56 望んだこと
濃い血の匂いが、岩でふさがれた道の先から漏れ出ている。すぐにそれに気づいたユズフェルトは、今までとは違い慎重にその壁を壊し、先に進んだ。
床や壁に血のシミができていることに顔をしかめながら、襲い掛かってくるゴーレムには目を向けず片手間に倒していく。
「シーナ!どこにいる、シーナっ!」
答えは返ってこない。それが何を意味するのか、あまりに多い血のシミを見やって、悔しさに歯をきしませる。
自分自身を責める言葉が次々と浮かぶが、そんなことを考えている暇はないとその言葉を追いやって、血の匂いが濃い場所へと足を進める。
天井が崩れてできた岩の裏側、床に大きなへこみができた場所に、見慣れた足がのぞいていた。ピクリとも動かないその足を見て、今まで考えていた出来事がすべて吹き飛び、血の気が引く。
「・・・ナ」
早く行かなければならないはずなのに、どうなったのかなんてもうわかっているはずなのに、ユズフェルトの足はすぐには動かなかった。
確認するのが怖かったのだろう。現実を直視することを、本能から拒否していたのだろう。
それでも何とか身体を動かして、足を引きずって少しずつ進む。そんなユズフェルトを襲うようなゴーレムは、もういない。彼がすべて倒してしまったから。
こんなに簡単に倒せるのに、ユズフェルトがいなかったから、シーナは多くの血を流して、岩の陰で倒れることになった。
いや。
遂に、ユズフェルトの目に、シーナの姿が映った。
すべての血が体の外に出てしまったような血だまりの上に、固く目を閉じて動かなくなってしまったシーナがいる。
青白い顔、ピクリとも動かない体。呼吸もしていない様子のシーナを見て、ユズフェルトは膝から崩れ落ちた。
ぐちょっ。
何か生暖かいものが膝に当たるが、気にならない。気にする余裕がない。
シーナが死んでいた。ユズフェルトの頭には、それしかない。
「あ・・・あぁ・・・あ・・・」
これが、ユズフェルト自身が彼女に求めたことだ。
ユズフェルトの代わりに死んでほしいと、ユズフェルトは彼女に望んだ。その望みが現実となって、今、目の前にある。
「あ・・・う・・・」
ゴゴゴゴゴ。
地鳴りが響く。大きな岩が天井から落ちる。その一つが、シーナの頭を直撃するところで、ユズフェルトはその岩を粉砕した。
「ごめん・・・ごめん、シーナ。すぐに、すぐに・・・地上へ。」
ぐっしょりと、血に濡れたシーナを抱きかかえて、ユズフェルトは泣きそうな顔をして、地上へと向かった。
来た時と同じように、道をふさぐ岩を排除し、残ったゴーレムを排除し、穴の開いた天井を使って、地上へと向かった。
ユズフェルトが地上に戻った時、多くの見物人が集まってユズフェルトに好奇の視線を向けた。聖剣を抜いた者が現れて、その者が血を流した少女を抱えているという状況だ、視線を向けずにはいられない。
「ユズフェルト、シーナは・・・?」
なぜおまえがシーナの名を呼ぶのだと、ナガミの言葉を聞いて思ったことはそれだった。しかし、あえてそれにはツッコまずに、事実だけを伝える。
「息はある。回復魔法をかけたので問題はない。」
地上にたどり着く間に、シーナは生き返っていた。しかし、流石に損傷が激しかったからなのか、まだ目覚める気配はない。
まさか、このまま目覚めないのだろうか?嫌なことが頭によぎったが、ユズフェルトはその考えを追い出す。
「問題はないだと?回復魔法は、失った血を戻すわけではない・・・こんなに血を流していて、問題がないはずが・・・」
「黙れ。・・・お前にとやかく言われたくない。こうなったのは、お前らがシーナを置いて行ったからだろう!」
「否定はしない。だが、それはシーナが望んだことだ。その女は、お前を生かすことを、私たちが無事にお前を地上へと運ぶことを望み、自らの意思で残った。」
「だから何だ?お前たちが、シーナを置いて行ったことに変わりはない。」
「・・・私は、最善を尽くした。それに、シーナのことも信用して、残してきた。私が言えるのはそれだけだ。」
「信用、だと!どの口がそんなことを!都合よく、都合よく解釈して・・・お前たちは、何も力の無いシーナを・・・見捨てただけだ。」
普段は邪険に扱い、お荷物だと言っていた口で、何が信用だと・・・シーナを置いて行った言い訳でしかないと、ユズフェルトは断じる。
そんなユズフェルトに、アーマスの言った通りだな、とナガミは呟いて苦笑した。
「なら、私をどうする?」
「・・・どうもしない。しばらく話しかけないでくれ。」
「わかった。アム、宿へ行こう。私たちも疲れている。」
「・・・僕は・・・ご飯がある。先に行ってくれ。」
「そうだったな。では、私は行く。」
ナガミが、見物人の前に来れば、人垣がわけられ道ができた。その間を堂々と通っていき、ナガミが消える。それにならうように、アムも消えた。
「その、ユズフェルト様。聖剣はどうなさったのですか?」
勇気を振り絞って、受付がユズフェルトにそう尋ねるが、そんな受付をユズフェルトは睨みつけて言い放った。
「あんなもの、すでに人にやった。」
「は?」
呆然とする受付を置いてけぼりにして、ユズフェルトはナガミ達と同様にその場を後にした。