46 忘れられない
とある何の変哲もない町に来た。
特に目的のない旅だが、聖女に捕まるのは面倒という理由で、できる限り聖女一行を避けて、場所を転々とする旅の中で、休むためだけに訪れた町。
明日にはここを発つだろうと思われた町で、私はある男を見つけた。
人の顔を覚えるのは、難しいことだと思う。毎日顔を合わせている人間ならまだしも、一度しか見たことない顔を覚えるなんて、無理な話だ。
たとえ、毎日顔を合わせている人間だとしても、道端ですれ違ったときに気づかない私は、人の顔をよく見ていないのだろう。
「あ・・・」
そんな私が、あの男に気づけたのは偶然か?
いや、執念だったのだろう。
「・・・?」
私の小さな呟きを聞いた男は、知り合いだったか?というような疑問を浮かべた後、思い当たらなかったのか目をそらして、私から離れていった。
覚えていないのか。
それは、たいへん罪深いことだ、到底許せることではない。
忘れたのが私だとしたら、何も問題はなかった。だが、忘れたのはあの男で、私はしっかりと覚えている。一度しか会ったことがないあの男を。
「シーナ、知り合いか?」
「・・・うん。あまりよくは知らないけど・・・知っているよ。ユズフェルト、私あの男を追いたいのだけれど・・・」
「わかった。行こう、見失ってしまう。」
「・・・」
「シーナ?」
「ユズフェルトは、ここで待っていて。私一人で行く。」
「え?」
私は走り出した。後ろから驚きの声を上げるユズフェルトを振り返りもせず、私はただ男の背中を睨みつける。
男を追っている間によぎるのは、この世界に来て間もない間に殺された時のこと。まだ、自分が不死だと知らず、本当に死ぬのかと思った恐怖を思い出す。
あの男は、私を殺した。人間でただ一人、あの男は私を殺した。
憎い・・・
殺された時の恐怖、絶望、戸惑い。その感情より、憎しみが勝った。私は、私を殺したあの男が憎い。殺したくせに、私を忘れた男が・・・
「許さない・・・」
「待て。」
憎い男が角を曲がったところで、私の腕をつかんで止める者がいた。ユズフェルトかと思ったが、声がユズフェルトではない。一体だれかと振り返れば、全く予想していなかった人物だった。
「アム?」
「勝手な行動をとるな。・・・行くぞ。」
「離して!・・・邪魔をしないで。」
憎い男の背は、もう見えない。だが、角を曲がればまだ追いかけることはできるだろう。私は腕をつかむアムの手を振りほどこうとしたが、ものすごい力で捕まれていて外せない。
「痛っ!」
「何をしている、アム!」
「ユズフェルト・・・しかし、勝手な行動は、駄目だ。ユズフェルトだって、止めていた。」
「いいから、放してやれ。シーナを縛るつもりはない。自由にさせてあげたい。」
「・・・」
ユズフェルトの説得に応じて、アムは手を離した。アムが掴んでいたところが痛んだが気にしている暇はない。私は走って角を曲がり、憎い背中を探す。
しかし、もうどこにもその背中はなかった。完全に見失ったのだと分かった時、アムに対して苛立ちを感じた。
苛立ちのままアムを睨みつければ、何処か満足そうな顔をしているアムがいて、さらに苛立ちがつのる。
「見失ったのか?」
「うん・・・」
もう一度、辺りを見回したが、やはりあの背中はない。どこかの建物に入ったか、何処かの曲がり角で曲がったのかはわからないが、たぶん見つけるのは難しいだろう。
諦めたくない。しかし、諦めるしかないと思いなおし・・・というよりは、思い込ませて、私はユズフェルトに駆け寄った。
「いいのか?」
「よくないけど、仕方がないよ。・・・宿屋に行こう、おいしい食事が食べられるところだといいけど。」
「・・・そうだな。もし、厨房を使わせてくれるようなところなら、俺が作ろうか?」
「本当!?本格的なユズフェルトの料理、久しぶりに食べたい!あ、いつも外で作ってくれる料理もおいしいよ!ただ、厨房で作る料理とは違うから・・・」
「それはそうだろうな。外だと、調理法も限られるし、時間もかけられないからな。どうせ厨房で作るなら、時間をかけて作る煮込み料理をしたいが、流石にそれはできないな。またどこかで家を買うか借りて、拠点を作ろうか。」
「魅力的だけど・・・しばらくは旅をしていたいかな?私、色々なところを周って見たくって・・・でも、いつかは定住したいよね。ユズフェルトは人里離れたところがいいのよね?」
「あぁ。できれば、山奥、森奥などの人里離れた場所で、安全が確保されているならなおいい!」
「さすがにそれはないでしょ。人がいない場所っていうのは、きっと魔物が住んでいる場所だろうし、魔物でなくても凶暴な野生動物が住んでいそう・・・」
ユズフェルトと、家を持つならどういう場所がいいかという話をしながら、私達は宿の方へと足を向けた。
一度だけ、振り返ってあの背中を探すが、見当たらない。
未練はあったが、楽しく話すユズフェルトを置いて、一人で探す気にはなれなかった。
もう、終わったこと。生き返ったのだから・・・いいだなんて、言えない。よくない、憎い、どうにかしてしまいたい。
あの男を・・・
「・・・」
「シーナ?」
「おなか、すいちゃった・・・早く行こう!」
ユズフェルトの腕を取って、私は走り出した。
もう振り返らない。これ以上振り返ったら、ここで未練を断ち切れなったら、私はあの男を見つけるまで探し続けることになる。
それは、今の生活を手放すことになる。
危険は伴うが、優しいユズフェルトと個性的な仲間たちとの旅は、私にとって楽しいものだ。これを手放すつもりはない。
私は、そのまま宿へと向かった。
なるべく、あの男のことは忘れるようにして・・・