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45 貝のように



 避ける、逃げる、隠れる。息をひそめる、様子をうかがう。どれも、弱いものには必要で、力の無いものはそうやって生きていくしかない。

 ワイバーンに囲まれたアムは、何とか逃げ出して隠れ、息をひそめ様子をうかがっていた。


 冒険者で無ければ、龍の宿木のメンバーでなければ、アムはこのような危険を冒すことなどなかっただろう。しかし、冒険者にならなければ、龍の宿木にいなければ、アムはもう生きていられなかっただろう。


 アムは、生まれながらにして、力を持っていた。しかし、その力は自身の肉体の限界をすぐに超えてしまい、気を抜けば自分自身を傷つけるような厄介な力だった。

 魔法ではない、単純な肉体の力。一撃で人を殺すことができるが、その力に肉体が耐えきれないので、自分にとっても致命傷になってしまう。使いどころのない能力だ。


 でも、それだけならよかった。この力はそれだけではなく、振わなくても膨大なエネルギーを必要とする。


 力を使えば、敵を倒せるが自分も傷つく。

 力を使わなくても、勝手にエネルギーが消費される。


 だから、アムはこの力が嫌いだ。

 荷物持ちに使うくらいしか、使えない力。敵から逃げるときにも使ってはいるが、そもそもこの力がなければ冒険者という危険な仕事はやっていない。

 消費したエネルギーを補うために、大量の食事を必要とするアムは、その大量の食事を買うためのお金が必要で、冒険者になった。




 冒険者になる前、いつもお腹を空かせていたアムの前に、旅の料理人が現れた。実際は、旅の料理人ではなく冒険者のユズフェルトだったのだが、最初旅の料理人だとアムは思っていた。

 なぜなら、ユズフェルトは様々な料理をアムにふるまってくれたから。


「お前、本当によく食べるな!作っても作っても平らげるから、俺も作り甲斐がある。ほら、次の料理だ。」

「食べて・・・いいのか?」

「あぁ、もちろん!」


 嬉しそうに笑うユズフェルトを見て、アムは神か何かかと思った。

 今まで満たされなかった腹を、この料理人なら満たしてくれるかもしれないと。結果満たされることはなかったが、それでも幸せだった。


 幸せを体験したら、その幸せを継続させたいと思うものだろう。アムもそう思い、旅を再開すると言った彼に付いて行くことを決める。

 そこで、彼が冒険者だということを知ったが、それでもアムの決意は揺るがない。


「何でもする。・・・ここに残っても・・・餓死して終わりだ。俺を、連れて行って欲しい。」

「事情は分かったが、冒険者は危険な仕事だ。いつ何時死ぬかはわからない・・・今まで食べていけたのだから、急いで冒険者になる必要はないと思うが?」

「今でなければ・・・お前が行ってしまう。この機会を逃せば、もう会うこともないかもしれない。」

「そうだな。そこまで言うのなら、荷物持ちとして龍の宿木に入ることを、俺は反対しないよ。だが、絶対守るなんて約束はできない、そこはわかって欲しい。」

「守ってもらおうとは思っていない。危険な状況になった時は・・・逃げる。邪魔にならないように・・・」


 幸い、アムの生まれ育った場所は自然に恵まれていて、食べるものに困るということがない場所だった。だから、生きることができる程度には、この年まで食べることができたが、いつまでそのように生きられるかはわからない。

 10年、20年、大丈夫だったからと言って、21年後が大丈夫な保証はない。


 魔物を倒せるとは思っていないアムだったが、魔物から逃げることはできる自信があった。今まで彼は、誰にも追いつかれたことがなかったからだ。


 同じ年頃の者と追いかけっこをしたとき、つまみ食いのし過ぎで父に怒られ、追われた時。森で木の実を集めている時に遭遇した熊や狼も、彼は逃げ切ることができた。

 大丈夫だろう、そう思った彼の考えは、今のところ間違っていなかったようだ。


それもこれも、強敵を前にして攻勢に出る、ユズフェルトとナガミ、アーマス、今はいないコリンナのおかげだった。




 荷物持ちをして稼いだお金で、生きる分だけの食事ができるこの環境を、アムは不満に思うことはなかった。いや、多少はあったが我慢できる範囲だったのだ。

 ナガミやコリンナに嫌味を言われ、小間使いのように使われることもあったが、これも仕事と割り切って今までやってきた。

 コリンナがいなくなってからは、仕事が3分の1くらいに減ったので、アムの悩みもだいぶなくなっていいはずなのだが、そこで新たな悩み、というよりは不満が出てきた。




 ワイバーンと戦う仲間たち。ユズフェルトがいれば瞬殺されるワイバーンだが、ユズフェルトがドラゴンにかかりきりのために、ナガミとアーマスが対処している。

 数が多いワイバーンに、2人は苦戦していた。しかも、彼らにはお荷物がいるので、さらに苦戦を強いられている。


「なんで。」


 そう呟いてしまったのは、仕方がないことだろう。

 アムの目には、仲間に守られているお荷物のシーナがいた。


 アムは、荷物持ちというパーティー内の役割がある。戦闘では役立たずで、実際そう言われたりもするが、仕事はしているのだ。

 なら、シーナは?


 何もしていない、お荷物のシーナ。

 仕事のない、逆に仕事を増やしている、そんなものがなぜ守られているのか?


 不満が出ても仕方がなかった。


「・・・考えても仕方がないことだ。・・・俺は、生きることだけを考えればいい。」


 不満はあっても、それを口に出すつもりはない。

 口に出したらどうなるのか、その末路をコリンナで見たアムは、口を閉ざすことを選んだ。




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