41 エンカウント
私たちは甘く見ていた。というより、私は龍の宿木を高く評価しすぎていたのかもしれない。
進む道の先に、聖女が待ち構えていた。龍の宿木を追っていたのはコリンナ個人ではなく、王国だったようだ。
「あれれ・・・」
「どういうことだ、アーマス。」
「やー・・・温泉の町で、ニアミスしたのがバレていたみたい・・・てへ。」
「あのような不潔な場所で過ごした意味がなかった、というわけか。それでどうするのだ?来た道を引き返すか?」
「いや、アーマスの手が見破られたのだ、今逃げてもまた先回りされるだけだろう。ならば、用件を済ませてもらった方がいい。」
「コリンナちゃんと結婚して、だったら?」
「断る。」
「だよねー・・・せめて、逃げ道は確保するよ。」
「期待はしていないが、頼んだ。」
ユズフェルトは、私を後ろに隠す様に前へと出る。アーマスが逃げ道を作るという話なので、交渉役は自然とユズフェルトになる。
ナガミとアムは、見るからにダメそうだし、私は論外だろう。
「龍の宿木、ユズフェルトだな。」
聖女を守るように立っていた一人の男の問いを、ユズフェルトは頷くことで答えた。どうやら、このまま話が行われるらしいが・・・何も、こんな道のど真ん中でやらなくてもと思ってしまう。
今は通行人がいないが、この道を通る人が現れたら、何事かと驚くだろうし邪魔に思うだろう。
土を踏み固めた道の両サイドは、草むらだ。馬車の移動は厳しいのではないかと思うので、せめて馬車が来たらこの人たちがよけてくれればいいが。
そんなことを考えているうちに、状況は進んでいく。
ユズフェルトに対して、聖女側が名乗りを上げた。長い名前を覚える気はないので、王子と騎士と呼ぶことにしよう。まぁ、呼ぶことなどないだろうけど。
それにしても、聖女側は団体だな。聖女の左右に王子と騎士、後ろにコリンナ、さらに後ろに10人くらい騎士や魔法使いのような人がいる。実際はどうか知らないけど、剣を持っているし、ローブを着ているし・・・騎士と魔法使いだろう。
聖女は国に召喚された大切な身だろうし、守るための人員は十分に確保しているのだろう。おまけで召喚された私とは違うのだ。裏切って護衛対象を殺す護衛を付けられた私とはね。
聖女の顔をじっと見るが、彼女はこちらを全く見ない。ユズフェルトの顔から目を離さず、ずっと睨みつけている。
「単刀直入に聞こう、お前はワイバー」
「待ってください。」
王子の言葉にかぶせて、聖女が発言する。慌てた様子から、聖女は単刀直入に話すつもりでないことは明らかだ。面倒な、率直な言葉の方が分かりやすいので、王子はさっさと最後まで行って欲しい。
しかし、王子は聖女の意見を尊重するように黙ってしまった。顔は不服そうなので、権力を振りかざしていってしまえばいいのに。
「初めまして、ユズフェルトさん。私は、王国の問題を解決するように言われた、聖女です。」
「そうか。それで、俺たちに何か用か?」
話の途中ではあるが、一つ言いたい。私は聖女ですって、よく言えると思う。私だったら恥ずかしすぎて自分から聖女ですなどと言えない。
しかも、聖女は恥ずかしがることもなく堂々と言ってのけた。ある意味尊敬する。
「はい。誠に勝手な話ですが、王都へ戻って頂けませんか?」
「断る。」
「それは・・・なぜでしょうか?王都にはあなたが必要なのです。それは、ワイバーンを倒していたあなたなら、わかりますよね?」
「面倒ごとは嫌いだ。そこのコリンナとの関係が面倒になった、それで王都を出たのだ。」
「酷いわ、ユズフェルト様!もとはと言えば、その女が!」
ユズフェルトの正直な返答に、コリンナは怒りだして私を睨んだ。そういうところが面倒だと思われると分からないのだろうか?
コリンナの言葉で、聖女を除く者の目が私へと向けられる。聖女は変わらずユズフェルトを睨みつけていた。一体、彼に何の恨みがあるというのだろう?
王都にユズフェルトが必要だと言っていたし、ワイバーンの話題が出たということは・・・ワイバーンを倒す者がいないということだろう。だから、ユズフェルトに王都に戻ってもらって、ワイバーンを今まで通り倒してもらいたいのだろう。
聖女が怒っているのは、王都が困ると分かっていて王都を出たという行為だろうか?
そんな風に考えた時、唐突に振り返ったユズフェルトに抱き寄せられた。何事かと驚く私と周囲に、ユズフェルトは鋭い声を放つ。
「何か、来る!」
「何だと?」
「一体何を・・・」
ナガミやアーマス、アムが武器を構えるのとは対照に、聖女側はぼんやりとユズフェルトが睨みつけている空を眺めていた。
「何もいないが?」
あきれた王子の声が聞こえた。だが、先ほどであったばかりの王子の言葉より、ユズフェルトの言葉を信じる私は心の準備をした。
ワイバーンを何事もないように倒すユズフェルトが警戒する何かだ。何が来てもおかしくない。
その考えは当たっていたようで、王子が悲鳴のような声を上げるのにそう時間はかからなかった。
「何だあれは・・・黒い・・・わ、ワイバーン!?」
「・・・やはり。」
「聖女を守れ!」
「何だあの数は!一匹じゃない、10はいる!」
「大きいのがいる、ボスだ!」
慌てる護衛たちの中で、冷静な聖女の声が耳に届いた。こうなることを予測していたのだろうか?
「シーナ・・・」
「ユズフェルト?」
ユズフェルトは、真剣なまなざしで空にいるワイバーンから目を離さないまま、私にだけ聞こえる声量で話す。
「ワイバーンだけではない、何かがいる。俺は、その相手をするから・・・死ぬなよ。」
「・・・努力はする。」
「ナガミ、アーマス・・・シーナを頼んだ。」
「は?」
「りょーかい。」
あきれたナガミと冷や汗を流しながらも了承するアーマスの返事を聞いて、ユズフェルトは飛び上がった。
すっと、今までユズフェルトが触れていた部分が冷えてきて、寂しく感じる。
ユズフェルトは、空中に足場があるかのように飛んで、ワイバーンと同じくらいの高さまで上がった。
ワイバーンは、何匹もいた。そして、その中心に、ユズフェルトが言った何か・・・ワイバーンよりも大きく、何処か凛々しい魔物が悠々と飛んでいる。
あれはきっと、ドラゴンなのではないか?
スッと血の気が引いた。
ワイバーンなら、ユズフェルトは勝てる。きっとこの数でも圧勝できるだろうと、信じて待つことができる。でも、ドラゴンだとしたら・・・?
「ユズフェルト・・・」
情けない声が、自分の口から洩れた。