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38 見えるもの




 私は、遂に見てしまった。人ならざる者、幽霊という奴を・・・


 一度宿を出てユズフェルトの様子を見てくると言ったアーマスが部屋を出て行ったあと、私もユズフェルトのことが気になってアーマスを追いかけた。


 一人になるなとは言われたし、一人は怖かったが最初から私がアーマスに付いて行けばよかったのでナガミ達には言いづらく、私は勇気を振り絞って部屋を出た。

 それがよくなかったのだ。


 部屋を出てすぐの角。そこから、何かが現れた。

 心臓がドクリとなる。息を止めて、目の前の光景・・・お盆が宙に浮いているというものを、信じられない思いで見つめる。


 軽く上下に揺れるお盆は、確実にこちらに向かってきていた。


「ひっ・・・いやあぁああああああああ!!!」


 恐怖のあまり、私は宿屋の迷惑になるとかは考えずに叫んでしまった。しかし、そのおかげでユズフェルトがすぐに駆け付けてくれたのだから、良しとしよう。




 ユズフェルトとともに部屋に戻ると、すぐにアーマスも追いついてきて、狭い部屋に5人もの人間が集まった。最初に入った時は怖くて仕方がなかったが、ここまで人がそろうと先ほど幽霊を見たばかりだというのに、あまり恐怖を感じない。


「シーナ、もう大丈夫か?」

「うん、もう平気。それより・・・あれって、やっぱり幽霊だったのかな?」

「まー、そういうこと。なーんだ、わかっているなら話す手間が省けたねー。」


 私とユズフェルトの会話にアーマスが入り込み、私の疑問を即解消した。できれば、アーマスのマジックだったとか、ナガミの魔法だったとか・・・幽霊以外の回答が欲しかった。


「つまり、この空間は死者が作ったとでもいうのか?」

「そういうわけではないけど、死者と死者を見ることができるもの以外は、普通見ることも触れることもできない宿だよ。」

「よくわかった。アーマス、お前は永久にここの住人になるがいい。」

「え、ちょっと!?うわっ!」


 ユズフェルトは、アーマスに向かって剣を振り下ろした。もちろん、その攻撃をよけたアーマスは、ナガミと肩がぶつかった。


「触るな、汚らわしい。」

「えぇっ!?ちょ、ちょっとひどくない!誰がいつも宿の手配をしていると、思っているわけっ!毎回毎回、本当に宿をとるのは大変で、特に今回なんて・・・っ!」

「相変わらず、殺気に敏感だな。」


 ナガミに文句を言うアーマスの隙をついて、ユズフェルトが剣を振う。しかし、すぐにそれを察知したアーマスは、ユズフェルトの攻撃をよけると今度はユズフェルトに叫んだ。


「ユズフェルト、マジで殺す気かよ!?」

「当たり前だ。死者の空間に連れてきたということは、お前は俺たちを殺す気なのだろう。なら、殺される間に殺す。」

「いやいやいや!待って、落ち着いて。別に死者の空間?に連れてこられただけで、死なないから!ここに連れてきたのは、話しただろ?コリンナがいるからだ。」

「・・・」

「人間の王女か・・・面倒なことだ。」


 ナガミがため息をつくと同時に、ユズフェルトもそうだったと、思い出したような顔をして剣を鞘に納めた。

 どうやら、この宿屋に泊まることになったのは、他の宿屋が埋まっているからという理由だけではないらしい。

 それにしても、この宿屋・・・死者の空間にあるって、どういうこと!?

 死ぬわけではないようだけど、普通に怖いよ!


「悪かったな。それで、コリンナはなぜここに?」

「そんなの、ユズフェルトを追いかけてきた、以外に何があるのかなー・・・あの王女様にも困ったものだよねー。」

「俺を追いかけてきた・・・本当にそうだろうか?」

「現実を見なよ、ユズフェルト。」

「逆に、人間の王女がそれ以外の理由で王都を出たというのなら、そちらの方が驚きだ。公務などあの王女はしないだろうし、王都を出るとしたら結婚くらいだろう。」


 ユズフェルトを追う以外の目的で王都を出ないなんて、ものすごい引きこもりだ。公務もしないとなると・・・冒険者もやめたようだし、ほぼニートである。

 この国は大丈夫なのだろうか?

 ニートの王族など、不安でしかないので、早く結婚させるに限ると思う。そうすれば、ユズフェルトも安心できると思うし。


「なら、明日は朝一番に、なるべく目立たないように出発しよう。・・・アーマス、ここは朝食付きの宿屋なのか?」

「そうだよー。なんなら、朝日が昇る前に朝食の準備をしてもらえるけど、どうする?」

「それはいいな。」

「でしょ?ほら、コリンナちゃんから隠れられて、朝食も早めに出してもらえる!こんなに今の状況に適した宿屋を取った俺を、もっとみんなねぎらってくれてもいいからね。」

「今回のお前は説明が足りなかった。こういう場所ならあらかじめ言っておくべきだったというのに・・・次はないからな。」

「全くだ。」

「もしゃもしゃ」


 少しでも褒められたい、ねぎらって欲しいと思ったアーマスだが、誰一人としてその思いは叶えず、冷たく突き放す。

 しょんぼりと肩を落としたアーマスは、最後の希望とばかりに私の方へと顔を向けた。


「シーナちゃんは、この宿のことどう思う?これ以上ない好条件だよね!」

「ごめんなさい。」

「え・・・」

「こ、怖い。」

「あ・・・」


 今は、部屋にみんながいるし、みんな起きているから怖さを感じない。しかし、この宿屋に来た時、部屋を出てお盆が宙に浮いているのを見た時、みんなが寝静まった後を想像すると、怖くて仕方がない。

 確かに、コリンナと出会うと面倒だと思うが、こんな怖い思いをしてまでこの宿に泊まりたいとは思わなかった。


 私の答えを聞いて、さらに肩を落としたアーマスは、自分は別の部屋へ行くと言って部屋を出て行った。

 明日になったら、姿が消えていた・・・彼は、すでに死者の仲間入りをしていたのだ。という展開にならなければいいけど。


 駄目だ、怖い想像しかできなくなってしまった。今日は、早く寝てしまおう。




 次の日、特に誰一人欠けることなく温泉町を出た。

 まだ日も登っていない道を、ナガミの魔法の火が照らす。


 私は、アーマスのことが少し気になって、後ろの方をとぼとぼと歩くアーマスに歩調を合わせた。ユズフェルトもそれに続く。

 ナガミはちらりとこちらに視線をよこしただけで、自分のペースで先に進んでいった。


「アーマス・・・少しいい?」

「どうしたの、シーナちゃん?まさか、昨日は怖くて眠れなかったという苦情でも言いに来た?」


 どうやら、相当昨日のことが堪えたようだ。ネガティブ思考となっているアーマスに、苦情なんてとんでもないというように首を横に振って答えた。


「違うよ、ただ少し気になったことがあって。」

「・・・何かな?」

「アーマスって、見える人なの?」


 今朝、ふと思った疑問。別に見えようが見えないが関係ないが、どっちなのだろうかと疑問に思ったので聞いた。

 幽霊が見える人なのかどうか。


 ただの興味なので、別に答えてもらわなくてもかまわない。アーマスに話しかけたのは、何か少しでも話せば元気が出るのではないかと思っただけで、彼との話題がこれくらいしか浮かばなかったのでこの話題にした程度だ。


「見えるよ、普通にね。生きている人間と区別がつかないくらい、普通に見えるよ。」

「それは困りそうだね。区別がつかなかったら、人間だと思って話しかけたら幽霊だったっていうこともあったの?」

「それはないよ。気配でわかるから。区別がつかないのは見た目だけ・・・そういえば、昨日の霊は面白かったなぁ。ごつい鎧を着ていて、フリルのエプロンをつけていたんだよ。」

「・・・それは、どちらの性別なの?」

「わからない。声は聞かせてくれなかったから・・・」


 昨日の幽霊の性別が気になるところだが、わからないのでは仕方がない。とりあえず、当初の目的は果たせたようで、アーマスはいつものように次の町のことや、温泉町で聞いた面白い話などを話し始め、調子を取り戻した。


 よかった。あのまま背後霊のように、後ろを歩かれるの怖かったのよね。




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