36 不思議な世界へ
落ちるワイバーンを見て、これで何度目かとため息をついたユズフェルトは、さっとワイバーンの死体を回収すると、温泉町に戻った。
人通りの多い道を迷いなく進む。
「はぁ。」
付いたため息は、何度も現れるワイバーンに向けてだった。
ユズフェルトが村を出てから、何度も・・・もう数えきれないほどワイバーンを倒してきた。それは、ユズフェルト自身が望んだことだし、覚悟していたことだ。
今まで王都にいる間も、何度も現れるワイバーンを倒し、出現数が増えたワイバーンの討伐が常時依頼になるほどになって、他のチームが倒す様になっても、誰も倒す者がいないときは、ユズフェルトが倒した。
そのことに対して何も感じていなかったが、シーナと出会ってそれを煩わしく感じるようになった。
シーナを守らなければならない。そう思うのに、常にそばにいることが難しい。
ワイバーンを倒すときは、シーナと離れることが多い。王都では連れまわしていたが、旅の疲れがあるであろう今は、なるべく町で過ごさせてやりたいと思うユズフェルトの優しさだった。
それに、こう何度もワイバーンに遭遇するのも、不自然だ。
「ん、こっちか。」
危うく曲がるはずの曲がり角を通り過ぎたユズフェルトは、来た道を戻って曲がり角を曲がった。
緩やかな坂の上。立派な建物が見えて、ユズフェルトは足を速めた。
ユズフェルトは、立派な造りの宿屋から出て首を傾げた。
宿屋に入ったはいいが、アーマスたちはいなかった。アーマスからこの場所の宿をとったと聞いていたので、ユズフェルトは訳が分からなくて首を傾げた。
ポケットから、アーマスに渡された手書きの地図を取り出す。それをよく見れば、今入った宿屋の隣に印があることが分かった。
「宿屋が2軒並んでいたのか。」
紛らわしいと顔をしかめたユズフェルトを、強い風が襲って手書きの地図が飛ばされる。
それを見送って、ユズフェルトは隣の宿屋の敷地へと向かう。
「・・・地図はもう必要ないと思ったが・・・」
立派な宿屋の隣は更地であった。
首をひねって、先ほど見た地図を思い返すが、どう思い返してもここがアーマスの取った今日の宿屋である。何もないが。
「今日は、ここで野宿ということか?」
この温泉町は宿が取りにくいと、以前聞いたことがある。そのため、宿が取れなくてこの土地を借りて、野宿するというのは納得がいった。しかし、仲間の姿が1人も見えず、荷物もないことに不安が募る。
「一体どこへ・・・シーナ。」
ユズフェルトは首にかけてあるペンダントを無意識に握った。こうしていてもどうしようもないことはわかっているが、あまりにも情報がなさ過ぎてどうすればいいのかわからない。今握っている身代わりのペンダントを使えば、シーナをこの場所に戻すことはできる。しかし、このような場所で一人になるよりは、シーナを頼んだアーマスが一緒だろう場所の方が安全だ。
仲間と合流するには、自力で仲間の居場所を見つけるしかない。
「・・・この場所に、何かあるのか?」
何もない敷地に入って、隠された出入り口などがないか、探す。しかし、ただの更地に隠せそうな場所などなく、数分歩き回った時点で足を止めた。
「勘は・・・ここに何かあると言っているが、特に何もないな。魔法的な何かもないようだし・・・ここではないのか?」
普通に考えれば、更地に宿屋があるはずもない。しかし、アーマスに渡された地図に印があったからではなく、ユズフェルトは自身の勘でここに何かあると踏んでいた。そして、その間は馬鹿にできないくらい良く当たるのだ。
「・・・」
だが、実際には何もない。流石にこれには悩んだユズフェルトはただ立ち尽くすしかなく、何かをしなければと顔を上げるが、目の前の景色をぼんやりと見ることしかできない。
更地。立派な道が通っていて、隣にも立派な宿屋が建っている。この辺は羽振りがよいのだろうと思うが、それなのに更地のままであるここは不自然だった。
道を整備するほど人が通るのなら、何かしらこの場所で商売をしたがる商人はいるはずだ。なのに、なぜ?
ユズフェルトがそう首を傾げた時、唐突にアーマスが現れた。そう、唐突に道の端に現れたのだ。
「なっ・・・!?」
アーマスはこちらに気づいた様子がなく、ユズフェルトが来た道を目を凝らしてみていた。
ユズフェルトは駆けよってアーマスに近づくが、いつもすぐに人の気配に気づくはずのアーマスが全くこちらを見ないことに、不安が募った。
一体何が起きているのだ?
「アーマス!」
道に出て、アーマスの肩を掴むと、やっとアーマスはユズフェルトに気づいたようで、目を大きく見開いていた。
「ユズフェルト!?ど、どこから、湧いた!?」
「その表現はどうかと思うし、それはこっちのセリフだ。お前、唐突に道の上に現れたから驚いたぞ。」
「・・・あ、もしかして地図失くした?」
「は?・・・あぁ、お前からもらった地図なら、風に飛ばされた。」
「そういうことかー。一応様子を見に来て正解だったな・・・ほら、ここが今日泊まる宿屋だよ。」
「宿屋って、ただの更地だろう。」
そう言って振り返ったユズフェルトは、アーマスが唐突に現れた時よりも驚いた。
そこには、建物があったのだ。先ほどまで更地だったはずの場所に、立派ではないが建物が確かに建っていた。