25 第三王女
魔の大森林のすぐ近くにある国の中枢、王都。そのさらに中枢と言える城に一人の王女がいた。第三王女、コリンナ・オテルーア・マルシャンス。燃えるような赤い瞳に、意志の強そうな赤の瞳を持つ彼女は、その外見とは違って研究好きで内向的な人物路いう評価を周囲から受けていた。
両親、兄弟、周囲の側仕えや騎士。誰の言うこともよく聞いて、言われたことはしっかりとこなす、問題のない王女。しかし、彼女が研究することの楽しさに目覚めた時、問題が起きた。
「大変だ!王女が、第三王女のお姿が見えない!」
そんな声が遠くからするのを聞きながら、コリンナは城を抜け出した。
彼女は、あらかじめ調べた人目につかないルートを通って、闇口と呼ばれる門番が立っていない、秘密の門を通って王都を出る。
なぜ、このようなことをするのか?
それは、2週間前のことだ。彼女は、研究することが好きで、魔道具の修復をすることが好きだ。それを知った王は、彼女に研究のための道具、修復が必要な魔道具、修復のために必要な素材を与えた。
最初はお遊び。しかし、物覚えの言い彼女は、次々と魔道具を修復し、いつしか専門家よりも魔道具に詳しく、修復士と名乗っても過言ではない腕前を持つようになった。
そんなコリンナに与えられたのは、数百年前の宮廷魔導士が所持していたとされる、用途不明の魔道具。
全く動かない魔道具を調べ、必要な素材に見当をつけた彼女は、その素材が手元にないことに気づいた。なければ買ってもらえばいい。
彼女自身手にしたことのない素材。知識でしか知らない素材だったが、本で読んだ限りその素材が修復に役立つと予測し、他にも候補をいくつか書いて側仕えに渡した。
素材を手に入れたら、ひたすら実験すればいい。予想通りいかないことがあるのも、研究の醍醐味だった。
「コリンナ様、この素材は?」
「魔道具を修復するのに必要な素材です。城にはないようなので、調達してきてください。」
「・・・おそらく、この素材を調達するのは時間がかかるでしょう。」
「それは、どの程度かしら?」
「見当もつきません。もしかしたら1週間程度で手に入るかもしれませんが、下手したら何年たっても手に入りません。」
「・・・そういうこと?」
意味が分からないと問えば、側近は困ったような顔をして説明した。
その素材があるのは魔の大森林であること。
現在、魔の大森林には強力な魔物が目撃されており、よほど腕に自信がある者でなければ入らないこと。
調達するには、冒険者依頼に依頼しなければならないが、受ける冒険者がいなければ何年かかっても手に入らないこと。
普段使う素材でも、良く手に入る素材でもないこと。
「最近は魔の大森林に足を運ぶ冒険者が減っているようです。目撃された魔物が倒されるまでは、待つしかないでしょう。」
「そんな・・・それはいつになるのですか?」
「わかりません。」
コリンナは、机の下で拳を握りしめた。
魔道具を調べて、修復に仕えそうな素材を知識から引っ張り出した。あとは、その素材を手に入れて確認をするだけだ。それなのに、それがいつになるのかわからない。
そのことが、とてつもないストレスに感じた。
その後、コリンナには様々な魔道具の修復依頼が来た。しかし、どれもこれもが今まで修復してきた魔道具で、全くやりごたえがない。それでも、例の魔道具を治すことはできないので、気を紛らわせるために次々と直す。
そして、コリンナの手元に未修復の魔道具が一つだけ残った。
それだけの時間が経っても、魔の大森林の強力な魔物はいなくならず、素材は手に入らない。
「こうなれば、自力で手に入れるしかありません。」
城を抜けるなど一度も考えたことのないコリンナが、それを始めて決意した瞬間だった。
それから、魔道具の知識を得るための本を探している時に偶然見つけた隠し通路が描かれた本。城下の詳細な地図などを頭の中に叩き込んで、城にある素材を使って脱出に必要な魔道具を製作した。
それらを使って、コリンナは魔の大森林へと足を踏み入れることができた。
コリンナは早速素材を見つけ採集する。薬草やキノコなど、魔道具に関係あるとは一見思えないものをどんどんアイテムボックスに詰めていく。
これらは煮詰めて、これから手に入れる皮の表面に塗ることで効力を発揮するものだ。最後の最後、その皮を得るために、コリンナは黄色の犬のような形をした魔物を探した。
採集をしながら探していたが見つからず、結局採集が終わってから本格的に探すことになったのだ。
それから1時間後。やっとの思いで見つけた魔物を3体倒し、無事皮を入手した。初めての解体だったが、1匹目はともかく、2、3匹目は短時間で綺麗に皮をはがすことができ、コリンナは満足して立ち上がる。
「さて、すべての素材を集めたことですし、帰りましょうか。予備まで手に入れられたことは幸運でしたね。」
ポンとアイテムボックスを叩いて、にんまりと笑う。
まさか、自分がここまで行動力があるとは思わなかったと、驚きながらも達成感が心地よく感じる。
かさり。
何かが草を踏みしめる音が聞こえて、彼女はさっと振り返って顔を青ざめさせた。
「うそ・・・」
コリンナの背後には、見上げるほどの高さにまで顔を上げた大蛇が、舌なめずりするように長い舌を動かしている。
咄嗟に構えるが、足も杖を持つ手も震えて、歯の根が合わない。
駄目だ。勝てない。
コリンナの本能がそういった。
大蛇は、魔の大森林で目撃されているとされた魔物で、Aランク冒険者を3人、Bランクを8人は呑み込んだ、人食いの魔物だった。人を食い物としか思っていない大蛇は、もちろんコリンナのことを見て、食事の時間だとしか思っていない。
コリンナは、歯を食いしばって、何とか距離を取るために足を動かした。すると、大蛇は同じ分だけコリンナに近づいて距離は離れない。
震える足では走って逃げることはできない。すぐに足がもつれて転び、大蛇に足から食べられるという想像が頭を占めた。
逃げるには、大蛇をひるませるしかない。その方法は、魔法しかない。
一番得意な風魔法を放って、コリンナは駆けだす。
転ばないように、なるべく速く。
そう思っていたはずなのに、コリンナは転んでしまった。足に何かが絡まった。自分の足ではない。そう思ったコリンナを何かが引っ張る。
大蛇の方へ、コリンナの右足を引っ張る何かがいた。
「い、嫌ッ!」
引っ張られるわけにはいかない。地面に爪を立てて、わずかな抵抗をするが、引っ張る力の方が強く、地面に指の跡をつけるだけの結果となった。
嫌だ、嫌だ、まだ、死にたくないですわ。誰か、助けてくださいませ!
騎士、側仕え、兄弟、最後の両親の顔が浮かんだ。だけど、その誰もが自分を助けることができないだろうことは、コリンナが一番よくわかっている。
私が町にいるように見せかけました。きっと、みんな町を探しているでしょう・・・後悔しても遅いですね。これは、みんなを騙そうとした私への罰でしょう。
「それでも!誰か、誰か!助けてくださいませ!」
涙を流して、地面に爪をさらに立てて、コリンナは叫んだ。
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