21 手一杯
苦しい。我慢できるほどではあったが、全身に圧迫感があって苦しく感じた。水の中にいるように体が重くて、水の中以上に体の自由が利かない。
視界はふさがれて、周囲の様子はわからない。
あぁ、怖いな。
目の前にいるはずの、私を包み込むように抱きしめているユズフェルトの服を掴む。それだけで少し安心できた。
大丈夫、生き埋めにされたとしても、経験者のユズフェルトがいる。
そう、何度も仲間の代わりに生き埋めにされ、何度も自力で脱出した経験者がついているのだ。不安は何もない!
とは言ったものの・・・正直不安だらけである。なぜなら、私はユズフェルトが脱出する様を見たことが無いからだ。実際自分の目で見ていないものを信じるのは難しく、ユズフェルトの実力を疑うことはないが、それでも不安だった。
ワイバーンが倒せるのと、生き埋めにされたところを何とか出来るのは違う。
ワイバーンが倒せる実力があっても、生き埋めにされても問題ない実力というのは全く違うものなので、とても不安である。
祈るような気持ちでユズフェルトの服を掴む手に力を込めた時、全身にかかっていた圧迫感が唐突に消えた。いや、まだユズフェルトに抱きしめられているという圧迫感はあるが、それ以外の・・・おそらく生き埋めにされていたための土からの圧迫が消えたのだ。
脱出したのだろうか?
目を開けると、何も見えなかったはずの視界に、ユズフェルトの服が見えた。
ユズフェルトの私を抱きしめていた腕が緩んで、そっと地面に私の足が着いた。私は、しっかりと自分の足で立って、顔を上げる。
綺麗な2つの青い瞳が、気遣うようにこちらを見下ろしていた。
「大丈夫か?気分が悪くなったりはしていないか?」
「・・・うん、大丈夫。ありがとう、ユズフェルト。」
「ならよかった。それにしても、今回は全員を巻き込んだ罠か。」
あたりを見回したユズフェルトに続いて、私も周囲をうかがう。立っていたのは、神殿を見る限り先ほどと同じ場所で、周囲に人影はない。
どうやら、私たち以外のメンバーも生き埋めにされたようだ。
今までは、ゴーレムに攻撃を仕掛けた者だけに向けて罠が発動していた。実際罠にかかったのはユズフェルトだが、仕掛けられたのはゴーレムに攻撃を仕掛けた一名だけだったと聞いている。
それなのに、なぜ今回は攻撃を仕掛けていないものまで巻き込まれたのだろうか・・・
「あっ!ユズフェルト、みんなを助けないと!」
なぜ前回とは違うのか、そんな問題は後で考えればいい。今は、生き埋めにされた仲間を助けることの方が優先されるべきことだ。
「方法がない。」
「え?」
「仲間を助ける方法が無いから、自力で脱出してくるのを待つしかないだろう。」
「そんな・・・みんな自力で抜けられるの?」
「・・・みんなは無理だな。1人は確実に出てくるだろうが・・・ほら。」
そういったところで、地面から唐突に人が飛び出てきた。
「えぇっ!?」
「は―びっくりした。なんだ、2人はもう出てきたんだね。」
「あぁ。」
地面から出てきた男、アーマスは白い服に着いた土汚れを手で払った。
「落ちるかな、この汚れ。」
「よく落ちる石鹸があるとナガミが言っていたから、借りればいい。」
「それはいいことを聞いた。なら、ナガミを助けるかな。ユズフェルトはコリンナちゃんを助けてあげたら?最近相手をしてくれないと拗ねていたから。」
「俺は今手がふさがっている。助けたいならお前がやればいい。」
「・・・はぁ。なら、コリンナちゃんが先かな。絶対うるさいと思うけど、ユズフェルトがどうにかしなよ。」
「なら、後回しにして欲しい。」
「冷たいなぁ。」
苦笑して、アーマスは土の中へと消えていった。
土の中を出たり入ったり、相当土魔法が得意なのだろう。
それよりも、アーマスに仲間を救出することを任せたユズフェルトの言い訳がひっかかった。手がふさがっているとはどういうことだろうか?
「ユズフェルト、仲間を助けることはできないの?」
「あぁ。俺は今手がふさがっているからな。危険な場所にシーナを一人にするわけにもいかないから、俺は助けることができない。」
「・・・私なら大丈夫だから、アーマスと一緒に仲間を助けに行っていいよ。」
「嫌だ。」
「嫌だって・・・仲間が心配ではないの?」
「一番大切なことは、シーナの安全を守ることだ。仲間を助けたくないというわけではないが、シーナを危険にさらすくらいなら見捨てる。」
「・・・」
言葉が出なかった。冒険者の仲間に対していた幻想が崩れる。
共に危険な依頼をこなして苦楽を共にしてきただろう仲間、相応の絆があってお互い助け合ってきたはずだ。それなのに見捨てるなんて。
どうして?仲間のために自ら罠にかかっていた人とは思えない。
「なんで見捨てることができるの?体を張って守ってきた仲間でしょ?」
「・・・シーナ、俺が何を一番大切に思っているか知っているか?」
「ユズフェルトが一番大切に思っているもの?」
仲間・・・ではないのだろう。なら、仲間より優先された私?など、うぬぼれることはできない。もっと大切な物があるはずだ。
それは、私が大切にされていることを考えれば、明らかだったし、当り前のものだった。
「自分の命?」
「そうだ。」
ユズフェルトは地面に視線を落とした。もうすぐアーマスが仲間を連れて出てくるのだろうか?それとも、生き埋めにされている仲間を思っているのだろうか?
「先ほど、俺はシーナを守るためには、仲間を見捨てると言った。だが、俺が生きるためなら、シーナを見捨てるだろう。俺はそういう男だよ。」
「・・・それは、普通のことだと思うよ。でも、信じられないのは、自分の命が大切だと言っておきながら、仲間の代わりに罠にかかったユズフェルトの行動だよ。なんで、変わってあげたの?」
「簡単な話だ。俺にとって命の危険がなかった。それだけのことだ。」
「・・・確かに、生き埋めはユズフェルトにとって、命の危険ではないみたいだね。」
「そうだ。でなければ、変わることなどしない。」
「・・・なら、行って。仲間を助けに行ってよ。」
「それはできない。」
「なんで?命の危険がないのなら、助けに行ってもいいよね?」
「さっきも言ったでしょ?シーナを守ることの方が大切だからだよ?」
ユズフェルトの手が、私の頭の上に置かれた。
苦しそうにユズフェルトの顔がゆがむ。仲間を助けたい気持ちはあるのだろうが、ユズフェルトは私を優先しなければならないと思っているのだろう。そんなことないのに。
「私は、何度死んだって生き返るけど、みんなはそうではないでしょ?」
「・・・そうだとしても、君を何度も死なせる理由にはならない。生き返るからって何が違う?死は・・・恐ろしいものだ。それに変わりはない。」
「・・・」
あぁ・・・私は、本当にいい人に拾ってもらえた。
生き返るからと言って、私のせいをむやみに消費しない・・・なかなかそんな人には巡り合えないだろう。
ユズフェルトと出会う前、不死の能力を知られれば使い捨てにされるという未来も想像した。そんな生き方は絶対嫌だと思っていた。
死ななくたって、痛くて苦しいのだから。
「ありがとう、ユズフェルト。」
「礼を言われるようなことは、していないと思うけど?」
「本当にそう思っているの?不死者に、そこまで心を砕ける人はいないと思うよ?」
「・・・自分が死にたくないと思っているのに、相手にそれを求めている俺は・・・ただの身勝手な男だ。礼を言われる人間ではない。」
「そんなことないよ。普通なら、死なないとわかれば、その命は軽んじられるものだよ。同等に見てくれる人なんて、きっとユズフェルトくらいだよ。」
私がそう言っても、ユズフェルトは顔をしかめるだけだった。
同等になど思っていない、俺は自分の命を一番に考えていると言って。