19 侵入者は
3回目の神殿守護者の討伐を終えた龍の宿木は、手早く報告を済ませて解散した。ユズフェルトは、早くハウスに戻りたかったのだが、コリンナが邪魔をしてなかなか戻れずにいた。
「ユズフェルト様、これから一緒に夕食はどうですか?おいしいパスタの店を聞きましたの。私、一緒に行きたいですわ。」
「いや、俺はハウスで食べるから。悪いが、別の人間を誘ってくれるか?」
「私、ユズフェルト様とご一緒したいのですわ。最近、つれなくて寂しいです。前にお誘いしたときも、全く興味を示していただけず・・・私、辛いですわ。」
「食事なら、ナガミが喜んで付き合ってくれるはずだ。おいしい場所ならな。アムなら、どこでも喜ぶと思う。」
話は終わりだと先へ行こうとするユズフェルトを、コリンナは腕をつかんで止める。ユズフェルトの腕に胸を押し当てて誘惑するが、ユズフェルトには全く通じず逆に彼の機嫌は悪くなる一方だった。
「私、申し上げましたよ。ユズフェルト様とご一緒したいのだと。それなのに、他の殿方の名前を上げるだなんて・・・うぅ。」
「俺もハウスで食べると言っている。わかったら、離れてくれ。」
「わかりません!」
「何が分からない!?」
「離したくないので、わかりません!」
「なら、わからなくてもいいから、とにかく放せ!別に後ろをついて歩いてもいいから、くっつくな。歩きにくい!」
「ひどいです!なぜ、私を遠ざけるのですか・・・」
「歩きにくいからだ!」
なかなか離れないコリンナに、ユズフェルトは諦めたようにため息をついた。そして、コリンナを気遣うことをやめることにして、そのまま力任せに歩き始める。
引きずられるようになったコリンナは、仕方なく歩き始めた。
「もう、意地悪なのですから。」
「どっちがだ?」
「ユズフェルト様が、です。でも、そういうところもお慕いしていますわ。」
「お前はよくわからないな。一番わからないのは、冒険者なんて危険な仕事をしなくても生きていけるだろうに、俺たちと冒険者を続けていることだ。」
「ユズフェルト様をお慕いしているから。それ以外に何があるというのでしょう?」
「また、そんな冗談を。」
「冗談ではありませんわ。なぜ、わかって頂けないのでしょうか。」
ユズフェルトは、コリンナの相手を渋々しながら、ハウスへと足を進める。嫌な予感がしていた彼は、いつもより速足で先を進んだ。
「速いですわ。」
「なら、ゆっくり歩けばいい。一緒に帰る必要はないのだから。」
「・・・あの女が大切なのですね。」
「シーナのことか?俺には、シーナを守る義務があるからな、大切に決まっている。嫌だったら、龍の宿木をやめればいい。」
「・・・」
「俺は、お前は冒険者をやめた方がいいと思っている。生活に困るわけではないのだから、こんな危険な仕事はやめた方がいい。」
「それは、私も思っています。ユズフェルト様、このような仕事はやめましょう。いつ死ぬかもわからないなど、不安で仕方がありません。」
「・・・俺は、まだやめるわけにはいかない。」
「ユズフェルト様・・・」
ユズフェルトもコリンナも、冒険者という危険な仕事は一刻も早く辞めたいと思っている。しかし、どちらにもやめられない理由があった。
ユズフェルトはその理由を話さないが、コリンナはわかりやすいので周知の事実だった。ユズフェルトが冒険者だから、コリンナも冒険者でいる。それだけが理由だ。
ドンっと、ユズフェルトはコリンナを突き飛ばした。加減はしてあったのでコリンナが転ぶことはなかったが、それでも彼女は傷ついた。
なんで?そう思った彼女が顔を上げた時には、ユズフェルトは目の前から姿を消していた。
「ユズフェルト様?」
バンッ。
コリンナの時とは違い、こちらは手加減せずに張り飛ばした。金具が外れて吹き飛ぶ扉は、ハウスの玄関の扉だ。
「なっ・・・!?」
「・・・」
シーナの苦しそうな声を拾ったユズフェルトは、急いでハウスへと帰ってきて扉を吹き飛ばした。その光景を見た、シーナの首を絞める男を視界に収めて、ユズフェルトは一気に間合いを詰めた。
ごきっ。
鈍い音がした。それは、シーナの首を絞めていた腕が折れる音だ。支えを失ったシーナを受け止めて、ユズフェルトはシーナの首を絞めていた男、侵入者の胴体を蹴り飛ばした。
抵抗もできずに、侵入者は壁に衝突して床に崩れ落ちた。意識を失ったのだろう、ピクリとも動かない。
「シーナ・・・ごめん。」
そっと、顔にかかった髪を払って、頬に手を当てる。
命に別状はないことを確認したが、怖い思いをさせてしまったことに深い後悔を覚えた。
侵入者は、以前討伐依頼に失敗し、ユズフェルトが尻拭いをする形で依頼を受けて討伐を成功させたことを、見当違いに恨んでいた男だった。
ユズフェルトとて、この男の尻拭いなどしたくなかったが、ギルドマスターに言われてしぶしぶ受けた依頼を完遂したまでのことだ。
それを、何を勘違いしたのか、依頼を横取りされたと恨まれていた。
「こんなクズに・・・」
苛立ちをぶつけたくなったユズフェルトだが、そんなことに意味はないので何とか感情を抑えて、踏みつけるだけにとどめた。
バキッ。
ちょうど男の骨を折ったところで、コリンナが着いたので後を任せたユズフェルトは3階へと上がった。
「腕輪では役に立たなかった。やっぱり、留守番などさせるべきではなかった。俺の目の届く範囲に・・・もう、目を離さないようにしないと。」
深い後悔は、少し深すぎるくらいだった。