18 欲しい物
目を覚ますと、そこは見覚えのない場所・・・ではなく、天蓋付きのベッドの上にいた。
私は首をかしげる。確か、ハウスに侵入者が来て、私はそいつに首を絞められて気絶させられたはずだ。次に目を覚ました時は、薄暗くて酷い匂いがする場所だと思っていたのだが。
実際は、自室のベッドの上で眠っていた。
気絶させられて放置されていたところを、ユズフェルトが移動してくれたのだろうか?
「シーナ、気分はどうだ?」
「・・・ユズフェルト?」
ちょうど思い浮かべていた人物の声がした。
天蓋の向こう側から声をかけてきたのは、ユズフェルトだ。やはり、気を失っている間に帰ってきたのだろう。
「話はできそうか?」
「うん、大丈夫。」
私の答えを聞いて、天幕を開いたユズフェルトは、出て行った時と同じ服装をしているので、帰ってきてからずっと付き添ってくれていたのだろう。
しばらく黙って私の様子をうかがっていたユズフェルトだったが、急に頷き始めて宣言する。
「大丈夫そうだな。これからは、シーナから離れないから、安心して。」
「はい?」
「俺の目の届く場所が、一番安全だという話だ。ハウスはそれほど危険がないと思っていたが、俺の認識が甘かった。俺は、シーナを守る義務があるというのに、それを果たせなくてごめんな。」
「え、いや。腕輪があるから大丈夫だよ。私、呪文?を忘れちゃって、腕輪を使えなかっただけだから!呪文を覚えるから、次からは大丈夫だよ!」
ユズフェルトの目の届く範囲ということは、仕事に連れていかれるということだ。明らかに邪魔者扱い、足手まといにしかならない未来が浮かぶ。
そんなのは、ごめんだ。
「・・・首を絞められていたから、声が出せなかったのだろう?」
「呪文を覚えてなかったからだよ!えーと・・・何だっけ?何と言えばいいの?」
「パラライズだ。」
「パラライズね。これから毎日言って、忘れないようにするよ。」
「・・・」
絶対忘れない、パラライズという呪文を。これさえ覚えていれば、次に襲われたとしても大丈夫だ。
私は、大丈夫だと言い聞かせようとしたが、ユズフェルトが難しそうな顔をしていたために、声を出せなかった。
「悪かった。」
「・・・いや、呪文を覚えていなかった私が悪いだけだよ。」
「違う。どうやらシーナは魔道具が使えないようだ。」
「え?」
「パラライズ、と言っても、腕輪に反応がない。おそらく、シーナには全く魔力がないのだろう。まさか、魔力のない人間がいるなんてな。」
「・・・」
魔道具を使うには、魔力がいるようだ。最初から言ってほしかった・・・異世界から来た私に魔力などあるわけがない。いや、聖女様ならあったかもしれないが。
私があるのは不死の能力だけだ。それ以外のオプションはないので、下手したら普通の人よりも能力が低いかもしれない。
この世界の人間は、少なからず魔力を持っているらしい。そう、魔道具を動かせる程度には。魔道具は人の魔力をエネルギーにして動くらしく、ほとんどの魔道具が一般的な魔力を持っている人が、1回は使える程度の魔力を必要とする。
私の腕輪も、一般的な魔力を持っていれば、日に3回は使えるらしい。
「シーナ、動かないでくれ。」
「わかった。」
ユズフェルトは、私の顔に手を持ってきて、何をするのかと思えば、耳を触ってきた。くすぐったくて身じろぎをしたが、動くなと言われたのでそれ以上は我慢をしてあまり動かないように気を付ける。
空いている方の手で、腰の袋に手を入れて何かを取り出すと、それを私の耳に着けた。もう片方の耳にも同じようにつけて、満足そうにユズフェルトは頷いた。
「よく似合っているよ。それには俺の魔力が込められているから、肌身離さず持っていて欲しい。その耳飾りを付けていれば、問題なく魔道具を使えるはずだ。」
「ありがとう。見ていい?」
「あぁ。」
ドレッサーの前まで行って、私は自分につけられた耳飾りを見た。
綺麗な涙の形をした青い石が、耳の下で揺れている。
「綺麗。」
「喜んでもらえてよかった。」
鏡に映ったユズフェルトの青い瞳が、嬉しそうに細められる。
「この耳飾り、ユズフェルトの目みたい。」
「俺も、同じ青色だからな。」
「そうだね。綺麗な青色だよ、この耳飾りもユズフェルトの目も。」
「ありがとう。」
それにしても、もらってばかりだ。ネックレスは、ユズフェルトの希望だからいいとして、腕輪に耳飾りは、私のみを案じて贈られたもの。
何もお返しができないのが、心苦しい。
私は、ユズフェルトの代わりに死ぬという約束をして、衣食住の保証をしてもらうことになったが、どう考えても私は与えられすぎている。何かを返したい。
「ユズフェルト、何かして欲しいこととかない?」
「して欲しいこと?」
「うん。いろいろもらっているから、何かお返ししたくって。だけど、私はお金も宝も持っていない。何も持っていないから、何か行動で返そうと思ったのだけど。」
「気持ちはうれしいけど、その必要はないよ。逆に、欲しいものがあったら気軽に言って欲しい。そうだ!何か欲しいものはないか?」
「えー・・・もう、十分だよ。ありがとう。」
あれ、与えられてばかりだから、何かして欲しいことはないかと聞いたのに、欲しいものがないか言って欲しいって言われたよ。
嬉しいが、十分に与えられているので、これ以上欲しいものはなかった。