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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神の恩寵

作者: 嘆き雀

いじめに関する、気分を悪くする文章があります。

駄目な方は確実に見ないことをオススメします。


「お前、私のこと覚えてる?」


 夕刻の教室に男女がいた。不遜な態度で尋ねるのが女である。


「確か隣のクラスの子だよね?」

「そうよ」

「廊下で擦れ違ったことがあるね」

「ええ」

「……えっと、」

「他にはないの?」

「…………ごめん」

「へえ」


 男は困惑する。鋭い視線を向けられる覚えが全くないのだ。

 名も知らぬ彼女から呼び出され、浮わついた気分で教室に入ったところでこの仕打ちである。

 だが男は冷や水を浴びせられるも、機嫌の悪い女に努めて柔らかな表情を浮かべ且つ眉を下げる。


「私はラナよ」


 短く告げられた名前に男は反芻するがやはり覚えはない。そのことにラナはついに苛立ちを露にした。

 眉を吊り上げ開口する様から、堰を切る言葉を易々と予想できた男は「それでラナは僕に何の用があるの?」と言葉を重ねる。


 怯むことない男の瞳は曇りなく真っ直ぐだ。怒りに塗られる相手の本質を正しく捉えようとするものである。

 ラナは歯軋りし、体を震わせながらも感情を押さえる。


「私はお前「ウィレックだよ」……お前から受けた屈辱を晴らしにきたのよ」


 ラナは親交を深めるつもりは毛頭ない。距離をただ縮める一歩、踏み切る二歩目で殴りにかかった。

 不穏な雰囲気からどのようにも対処できるよう心構えをしていたウィレックは、その拳を受け止める。ラナは予想済みだと続けて左蹴りを繰り出した。

 冷笑は掴まれていた拳の腕を押され、崩れた重心を立て直せず床へと倒されたことから苦痛の表情に変わる。肉体への衝撃は最低限だった。

 ラナは急襲したにも拘わらず、相手に配慮する余裕があることに不平等な男女の差を見せられ舌打ちをする。


「……痛い」


 パッと反射的に弱まった力は押さえているラナを脱出させた。

 その際足蹴の反撃は忘れていない。ひらりと簡単に躱されてしまうが。


「いったい、なんで僕を……」

「分からない? そうよね、お前は覚えていないもの。―――私がどれだけ苦しんだことさえも」


 ラナは椅子に触れる。ウィレックが身構えるが、過敏な反応だと嘲笑し、ただ引くに終わる。そして椅子、机、机、教卓と上り詰めた。

 その所行にウィレックは眉を潜める。

 ラナは愉快だと、ここにきてようやく少女然してクスクス笑った。


「私が教えてあげるわ」


 覚えているものといないものの差から、巨慢の態度で見下ろす。


「お前の消えた過去というものを、ね」

「消えた……?」

「そうよ。忘れた、よりその表現がぴったりだもの」


 開放されている窓からの風が、ラナの漆黒の髪を靡かせる。斜陽を背後に受けていることもあり、表情は暗く塗られた。


「小学の頃の話よ」


 ぽつりと呟くようだった。杳とした過去が明らかになる初動だ。


「お前は虐められていた。まず、これは覚えている?」

「……ああ」

「どうして虐められていたのかは?」

「僕が、相手の気に触る言動をするからだ」

「あら、ちゃんと分かっているのね。利口だわ」


 二人の間では加害者よりも被害者が悪というのが共通の認識だった。事実はウィレックには全面的に非はなく、前者が完全なる悪なのだが、考えの一致により素通りされる。

 ここでまず二人の歪みが証明された。論破する者は誰もいない。


「―――じゃあ、虐めた側のことは?」

「…………ええと、」


 空白が発生する。

 閑静はラナが打ち破り、次々と問いを投げ掛けた。


「性別は? 人数は? 顔は? 背が高かった? どんな声だった? どのように虐められた?」

「……分からない。覚えて、いない」

「あら、それはおかしいわね。虐められたことは、自分のことは覚えているのに、相手のことを何一つも分からないなんて」


 ウィレック自身でもおかしいと思っているのだろう。だんだんと顔を蒼白にし、半端に口を開けて喘ぐ。


「心配しないで。大丈夫よ。だって私は明言したもの。安心して。ちゃんと親切に、事細かく教えてあげるから」


 レナは慈愛の微笑みを浮かべた。


「お前はね、いろんな奴からいじめられていたのよ。手を出したのはクラスメートのミレイナ、セヒィ、ザック、サンドラーの四人。その他大勢は見知らぬ振りをした。元々仲が良かった友達も、隣の席の子も、助けを願った先生も、他クラスの奴も、先輩や後輩からでさえも、皆お前をいじめた」

「親はそれ以前から嫌っていじめていたようね。そこはなんとなく察しているんじゃない? だって共に暮らしているのだから」

「まあ、そんなことはさておき、いじめにはね、首謀者がいたのよ。お前の言動全てがイラつかせてくるもんだから、ミレイナ達に指示して色んなことをさせた」

「物を隠す低級のものから便所に顔を突っ込ませたり、盗みを強制させたりもした。半年に渡ることだけど、どう? 何か覚えていたりした? ……そう。分かってはいたことだけど、つくづく都合のいい脳ミソになっているようね」


 ラナはいつの間にかウィレックの眼前にまで来ていた。


「ねえ、誰だと思う? 」

「誰、とは……?」

「首謀者のことよ。察しが悪いわね。普通、ここまで来たら記憶がなくとも分かるでしょうに」


 一呼吸をおき、言う。


「私よ」

「でも、僕は今だ何も、」

「だったら、今覚えろ」


 ラナは襟を掴んで引き寄せる。密着しそうな程に顔が接近した。ウィレックの視界には血走るラナの目が大部分を占めることになる。


「目に焼き付けろ。胸に刻め。神に愛されし者なら、そのぐらいできるでしょうがッ!」

「君は、何を言ってるんだ……? 神? そんなもの、いるはずないよ」

「いるわ、絶対に。私は見たもの。そしてお前と立場が逆転することになった。

 だって、おかしいでしょう!? 私を恐れていた奴等が急に態度を一貫と変えて、お前の味方になった! 対して私は無視され、嬲られ、挙げ句お前の記憶から消えた!」


 叫びが教室に反射し、響き渡る。ドンドンと何度も床を踏みつけ、怒りを爆発させていた。

 それでも鬱憤は晴らすことはできなく、髪を掻き乱している。


「こんなの屈辱よ! 今まで見下してた奴等を全てとられ、いじめられていた本人は私のことを関心さえ持っていない!」

「しょ、証拠は? もしかしたら全て、君の妄想じゃあ……」

「そんな訳ある訳ないでしょ! 証拠なんてお前の消え去った記憶にあるじゃないッ。それに私は光を見た! 辺りを真っ白く染め上げる、目を開けていられない程の光を! そこから私の人生は狂い始めたのよッ!」


 ウィレックはもう訳が分からなかった。

 神なんていない。それは人が創造したものだ。だから、光を発したり自分の記憶の一部を消したりなんてできるはずがない。

 だが、頭のどこかではなぜだか納得している部分があった。ラナの狂気に触発されてしまったのだろうか。


 逢魔が時、ウィレックはもう帰ってしまおうと行動に移す。

 だが後退りしかできなった。

 ビリビリとして体が動かない。それでも何とか顔を上げることには成功した。

 そして禍々しい黒の靄を纏うラナの姿を見ることになる。


「全部お前のせいよッ! お前さえいなければ、私は惨めな思いをすることはなかった!」


 ラナはウィレックの首に手をかけた。動けないウィレックは格好の的で、ギリギリと絞められていく。

 呻き声が漏れる。逃れようと藻搔くが、意味をなしていない。


「きゃはは! なんて気味がいい! 死ね、死ね死ねしね死ね苦しんで泣き叫んでシネしんでシンデケッ! 」

「ぐ……ぅ」

「キャハハハハハ!アハハハハ……ぇ?」


 突然ラナは首から手を放した。

 跡がつくぐらい握り締められていたウィレックは咳き込みながらよろめく。意識が朦朧としていた。瞳はうっすらと潤いをもっている。

 だがそんな状態でもラナを警戒することは決して忘れたりはしない。距離をとり、どういった訳か行動を変えたラナを見遣る。


 ラナもウィレック同様の疑問を抱いていた。

 確実に己は奴を殺ろうとしていた。この激情は止めれるようなものではなく、それは多少正気に残った現在でもそうである。


「な、なんで……? まさか、またお前かあああ! 神めッ!」


 ラナは教室をくまなく隅々まで睨み付ける。神とやらを探し求めているようだ。だが、何もいない。

 視界がきかなくともそう判別すると標的を元に戻し、再び激情をぶつけた。


「シネ!」


 ウィレックはまた体が動かなくなった。

 今度こそ殺される。

 そう思ったとき、またラナに異変が起こる。


「ァ、あ、あ、あ゛!」


 喉を押さえ、パクパクと口を開閉していた。何事かを発しようとするが、意味ある音にはなっていない。


「―――ッ、―――ッ! ッ!?」


 その次には床に倒れこんだ。痙攣しており、敵視していたウィレックにまで手を伸ばし救いを求める次第である。

 ウィレックは優しかった。その手を掴みとほうとする。

 だができなかった。ラナの姿が消えたのだ。その場で手探ってみるが、何もない。


「どういうこと、なんだ……?」


 体を強張らせ、困惑する。

 そんなウィレックの側には見えて且つ実体がないだけでラナはいた。


『なんで……っ嫌! 帰して! 私が、私が悪かったからあっ!』


 泣き叫び請うが、誰も何も反応はない。

 惨めなまでの様子のラナに対し、ウィレックはというと、


「……僕、どうしてここにいるんだっけ?」


 記憶が消えていた。

 真っ暗な教室にいた不思議さに首を傾げる。頭を悩ませるが、何も理由は思いつかない。

 そうして「帰るか」とその場を去る。


 ラナはそんなウィレックを見て、絶望する。神は二度目は許しはしなかったのだ、と罰を受け認識できなくなった体で嗤った。

 夜が明けるまで。そして日が沈めばまた嗤う。

 いつまでも、ずっと、永遠に。

 ラナは教室でただ独り、狂い続けたのだった。

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