お飾りな妻は何を思う
最近シリアスや悲恋ものにどハマりしている作者が書いた救いのない話です。
ハッピーエンドが大好きな方や救いのない話が苦手な方は戻るボタンを押すか、ご了承のうえお読みくださいませ。
※10/13:時系列が矛盾してたので一部修正しました。
「君の婚約者だ」
私がまだ十歳になったばかりの頃。
そう言って父が連れてきた私より二つ歳上の男の子は、硝子のような瞳をした美しい人だった。
あまりの美しさに言葉を奪われ、緊張しっぱなしだった私が話しかけられるはずもなく。結局そのまま言葉を交わすこと無く彼は帰っていった。そんな彼の後ろ姿を見送りながら、『彼はあまり私に興味が無いんだわ』と子供心ながらに感じたのを今でも鮮明に覚えている。
それほどまでに彼はその瞳に何も映すことなく帰っていったのだ。
それからは形式的な手紙のやり取りや贈り物を交わしていくだけの、わりと淡々とした関係が続いた。
しかしながら彼の美しい字に柔らかく私を気遣うような内容の手紙。そして、何気なく書いた私の好物を誕生日に贈ってくれる微かな優しさにとんでもなく心を惹かれたのだ。
その手紙の中で私は愛する婚約者である彼を幾度となく誘った。だが、今は騎士になるための鍛錬や学園の勉強で忙しいからと断られ、ついに学園に入るまで一度も誘いに乗ってくれることはなかった。
私が学園に上がった頃。やっと久しぶりに婚約者である彼と再会を果たす。
彼は出会った当時とは変わり、素敵な男性として成長していた。記憶の中にいた幼い彼とは違い、にこやかに笑いながら私を出迎えてくれた。
「リーリア、久しぶり。……綺麗になったね」
眩しそうに私を見てそう言った彼は入学したばかりの学園を、手を繋ぎながら案内してくれた。
場所は学園ではあるものの、私にとって初めての彼とのデート。浮かれた私は、半歩先を歩いて導いてくれる彼を惚けた顔で見ていたので結局学園の中をあまり覚えていない。
「リーリア」
愛おしそうに私の名を呼ぶ貴方の声がとても好きで、それだけで天にも登るような気持ちだった。
──だがそれは彼が学園を卒業して騎士団に入った時を境にパタリと連絡が止んでしまうまでの話である。何度か手紙を書いても返事すら来なかった。
それを私は『きっと国を護る仕事なうえに慣れない職場で忙しいのだ』と。そう思い込み、湧き上がる不安や悲しみに蓋をした。だから、まだ学生である私は卒業したら彼と幸せな夫婦になれると思っていた。
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学園を卒業して数ヶ月後。
突然『会おう』という内容の手紙が彼から届いた。それはあの時のような微かな甘みすら一切含まない、事務的に書かれた通告のような手紙だった。
その日数年ぶりに彼に会えると浮かれた私はいつもより少しだけ着飾って彼を笑顔で出迎えた。
「リーリア、結婚しよう」
そう言って真っ赤に咲いた綺麗な薔薇の花束をそっと私に差し出した。花束を持つ彼は頬を赤く染め、緊張で手が震えている──なんて気配が微塵もない。
ただただ感情の乗らない上っ面だけの一言と、体裁の為に用意した豪華な花束を手に真顔で言い放った。
そんな彼は騎士団の服に身を包んでいて、すぐ後ろには同じ服を纏った男性がいた。恐らく仕事の合間に時間をつくり、私に求婚しに来たのだろう。
「……はい、喜んで」
突き付けられた現実に私は滲みそうになる涙を奥歯で堪え、花がほころぶように精一杯わらう。
彼の後ろに立って居心地が悪そうに傍観していた同じ騎士の男性が、私の笑顔を見てその表情を固めた。そしてひゅっと小さく息を吸い込んだのが見えた。
……わたし、上手く笑えていないのかしら。
そこからはあまり覚えていない。
この時彼が何と返事をしたのか、彼と何を話したのかさえ分からないのだ。
ただ一つ覚えているのは、あの騎士が驚いたような、畏怖するものを見たようなそんな表情を浮かべていた事だけ。
私たちの婚姻に関した話は淡々と進み、職場が王城である彼に合わせて少しだけ豪華な結婚式を上げた。
紙のように薄っぺらい言葉だけの誓いと氷のように冷たい口付けを交わし、形だけの指輪を互いの指に嵌める。私にはこれが恐ろしく重い枷に思えてならない。……傍から見たらただの装飾品でしかないのに。
そして、退場の為に振り返る。
参列した人々が立ち上がり、祝福を込めた拍手を私たちに贈る。その波を掻い潜りながら進む傍らで、兄や妹のその場に似合わぬ程の絶望を滲ませた顔が視界の端にチラつく。私は何も言わずに彼とそのまま教会を後にした。
彼の上司に当たる国王夫妻や王太子とその婚約者ももちろん出席してくださった。
王太子の婚約者であるミーシャが苛立たしさと憎悪の含む瞳を私の夫に向けて、隠すことをしなかっただけで私は救われた気がする。
そのあとの挨拶回りも私は始終笑顔で、さも幸せな花嫁であるかのように振る舞い、隣を歩く彼の腕にするりと腕を絡ませた。
これくらいは許してもらえるでしょう?と彼を強い視線で見上げ、無理やり許しを貰ったようなものである。
そしてその日夫婦となって初めての夜。
──彼は私の寝室に姿を現すことは無かった。
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初夜すら床を一緒にしなかった私達はそのまま、夜を一緒に過ごすことなく日々が過ぎ去った。
朝は早く出かけていき夜は日付が変わる程に遅く、外で食事を済ませることが多い夫とは寝食--いや、全ての時間を共有することはなかった。寧ろ会うことがほとんどなく、そちらを数えた方が早いだろう。
私は表面だけの妻だと求婚されたその日に少なからず自覚はしたが、まさか食事すら共に取りたくないほどだとは思わなかった。
それでも、日中は庭にある美しい薔薇たちを眺めながらお気に入りの小説を読んだりとある程度好きに過ごしてはいる。きちんと庭師が手入れしている庭の薔薇達は様々な色や品種があるようで、少しずつ季節によって移り変わるであろうその景色を想像するのが最近の楽しみだ。
だが彼は対外的には新婚にあたるであろう、式から一月後に私と正反対の可愛らしい女性を連れていつもよりかなり早く帰宅した。
「こちら、アイリーン。彼女は平民から実力でここまで登りつめた私自慢の副官だ。……彼女も今日からここに住むからよろしく頼む」
彼が彼女を見る視線には熱が籠っていたし、肩を抱くその手はまるで大切なものを抱いているかのようにそっと触れている。
彼女もまた潤んだ瞳で彼を見上げ、春に咲く花のように頬をピンクに染めあげて幸せそうに微笑んでいる。
私など目の端にもいれず互いだけを中心に世界がまわっているのであろう二人は、傍目から見ても本当の夫婦に見えた。
そして二人の左腕には美しい装飾のブレスレットが嵌っている。遠目で見ただけで分かるその美しいブレスレットは互いの瞳の色を模した宝石が一つずつ飾られている。
──私の左薬指に嵌る質素な装飾品よりも、ソレが指輪に見えた。
「奥様」
そう呼びかけてくる彼女に吐き気を覚える程に嫌悪したし、憤怒を覚えた。
ただの肩書きでしかない私を蔑むことなく本心から【奥様】と呼びながら、【妻】という位置に、距離感に置かれている彼女はなんて厚かましいんだと。
でもね。きっとわたしの方が厚かましいの。
彼の愛を得られない私が、【妻】という名だけの装飾品である私が彼女を羨むこの感情が。
それに、アイリーンを連れてきた彼はもはや私がただの装飾品でしかない事を解ってると思っていた。だからこそ、この仕打ちにも耐えれたしアイリーンが我が物顔で家に住んでいるのも我慢出来ている。体裁の為の妻だとしても、貴方の傍に居られるのならそれだけで私は幸せだった。
「旦那様。王太子より結婚式の招待状が届いております。返信は如何なさいましょう?」
結婚式から数年が経過したある日。
偶然にも彼の自室の前を通り過ぎた時に聞こえた、執事の些細な何気ないごく当たり前の質問。
数少ない友人のミーシャが王太子妃になることに喜んだ私は直ぐにそこから立ち去る行為をしなかった。
「いつだ」
「一月後の二十日でございます」
「出席する。そう返信しておいてくれ」
「畏まりました」
出席という事は、久しぶりに友人に会える。その事実が嬉しく気持ちが舞い上がる。
「ああ、ちょっと待ってくれ。その返信に追記して欲しい事がある」
踵を返し、主の部屋を退出しようとした執事を引き止める彼の声。
どのドレスを着ようかしらと考えながら自室へと踏み出した足は、床に一歩踏み出したまま止まる。ドクリと心臓が嫌な音を立てた。
「“妻は体調を崩している。恐らく出られないだろう。忙しいと思うので見舞いは不要である。妻の代わりに私の副官を連れていく”と。そのように上手く書いてくれ」
「……は、畏まりました」
出てきた執事と目が合う。ちょうど扉の裏側に当たる部分で立ち竦んでいた私は、中にいる彼からは見えないだろう。
その執事は同情するような表情を一瞬だけ浮かべ、何事も無かったかのようにお辞儀して去っていった。主である彼には逆らえないのだ。
現時点で体調を崩してもいないし、崩す予定ももちろんない私は彼の装飾品ですらなくなってしまったようだ。
その後、音を立てないように注意を払いながら戻った自室で枕に顔を埋め久しぶりに泣いた。声を上げずに涙が枯れるほどに。
心の奥底でパリンと何かが割れたような音がした。
きっとそれはもう戻らない大切なものだったのだろう。
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「奥様。朝食の準備が出来ました」
扉を軽く叩き声をかける。
いつもは軽やかに返ってくる彼女の声はいつまで経とうとも聞こえなかった。
「……体調が悪いのかしら」
侍女であるタニアはそう思い、その時はそれ以上声をかけることもその扉に手をかけて中に入ることもしなかった。
だがそれから数刻の時間が経とうとも、昼近くになろうとも彼女は現れなかった。部屋から出たのを見たものも居ない。
「奥様。入りますよ」
流石に異変を感じた彼女はそう声をかけ、慎重に扉を開ける。
「……奥様!? そんな!」
彼女のあげた悲鳴に近い叫び声で執事を始めとしたその屋敷に住む使用人たちが、部屋の前へと集まった。
「どうしたのですか。そんなに声を荒らげるものでは無いですよ」
「奥様が……いらっしゃらないんです」
長年屋敷に勤める執事が主の妻である彼女の部屋を改める。
そこにはまるで使っていないのかのように綺麗に畳まれた寝具とネグリジェ。そして色の派手なドレスがかかったクローゼットに、同じく色の派手な靴。様々な化粧品が残されたドレッサー。
その部屋には置き手紙や彼女の意思を伝えるものは何も無かった。
だた、部屋の隅にある机の上にはいくつか想いが詰まった物が置かれていた。
綺麗に咲いた二十四本の黄色い薔薇に交じって一本の赤い薔薇が飾られている花瓶とその傍らに、鈍く光る指輪が一つ。
ただそれだけが寂しそうにポツンと置かれていた。
妻が行方不明だと主にも伝え、捜索するも結局女性は見つけられなかった。数ヶ月経とうとも手がかり一つ得られなかった。
当然彼女の実家にも連絡したが『居ない。居場所も知らない』と突っぱねられる始末。
結局誰も行方を知らない彼女は、親族からの意向により死亡した事になった。家族や数少ない彼女の友人が参列するとても慎ましい葬式が行われ、リーリアという女性はこの世界から存在しなくなったのだ。
そして、喪があけた数ヵ月後。
その屋敷の主である、彼の元には新しく可愛らしい【妻】が迎えられる事になった。
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王国の端--外れといっても過言ではない程に王都から遠く離れている--にある小さな小さな村。その村にとある調査のため、騎士団を連れた貴族の男が立ち寄った。
前妻が亡くなった後。新しく妻を迎えたばかりの男に村に唯一ある宿屋の食堂で同僚が、男に根掘り葉掘り聞いていた。
『え? 妻はどういう人かって? アイリーンっていう、とても可愛らしい女性だよ』
と、わたしをとうに忘れた彼は、それはもう幸せそうに微笑んで彼らに惚気を吐いていた。




