四、
和裕が二次会を断り帰路を急いでいるのにはいくつか理由がある。
一つ目、一気に酔いが回った先輩は何か話題に上げたらそのことについての話が妙に長い。アレにもし捕まったら、朝までコースになるのは確実だ。サークルの飲み会で一緒になった際、二次会というフレーズが出ると不穏な感じしかしない。過去にそれで朝六時まで付き合わされたことをよく覚えている。
二つ目は安易にそういう場に参加すると、酒が進み過ぎてこれまで作り上げてきた<酒弱いキャラ>が嘘だとバレる可能性があるからだ。
酒好きだった父親の遺伝なのか、和裕は昔から酒にはめっぽう強かった。ほろ酔い程度になっても顔色に全く変化がないため、しょっちゅう飲みの誘いが来るのが嫌なのだ。例え飲みの席に呼ばれても今夜のように本数を減らし、時には缶ビール一本を約三十分ほどかけて飲み、三本目の半分に差し掛かるタイミングで飲み会から離脱している。あまり人と深く関わらないよう自らにボーダーラインを引いている。
家路に着き和裕が必ずやることがある。ドアの鍵とチェーンを掛けるのだ。もし万が一誰か来ても電気を点けていなければ居留守を決め込めるからだ。だが今日は鍵を掛けず、スマホを取り電話を掛け出した。
「荒瀬、今日ちょっと付き合ってくんね」
「いいぞー、ちょうど暇してたし。三十分後着だ」
「了解。鍵開けとくから着いたら勝手に入って来て」
「はいよ。(さて、今夜は何時コースかな...)そんじゃ後でな」
電話の相手は荒瀬聡。和裕とは小学校からの仲で和裕の能力を知っている人間だ。唯一和裕が心を許しているやつであり、実は酒豪であることも知っている。因みにだが、荒瀬の苗字は聡の父親の姓である。聡が中一の時に両親が離婚し父親に引き取られた。ある時、どうして母親の方に行かなかったのかと聞いたことがあるが、本人曰く〝荒瀬〟の姓を気に入ってるから、らしい。
部屋には常日頃から酒類のストックが大量にある。父親が送ってきたりするものもあるが、それ以外は自分の好みで買っているものも多く、和裕があまり外で飲まず宅飲みが多いのは酔い潰れて寝てしまっても公共的な問題にならないからだ。普段は一人が多いがごくたまに荒瀬を呼び出しては付き合ってもらっている。驚くことに、荒瀬は和裕よりも酒に強い。荒瀬の実家は酒蔵をしており周りの晩酌等に付き合っている内、いつの間にか家族でも一番の酒豪に育ったというわけだ。本人は実家のことを外ではあまり話したがらないが飲み会は好きなようで、しょっちゅう飲み屋街でその姿を見かけている。
先に始めようと硝子細工が施されているコップに球体のロックアイスを用意し、戸棚からウイスキーの瓶を取り出してロックで飲んでいた。和裕にはお気に入りのウイスキーがある。飲み足りない時の為に、同じやつを五本程ストックしていて後々無くなった本数を必ず翌日には補充するようにしている。
「暇だし、なんか適当に観るか...」
カーテンを全て締め切った部屋で録画していたドラマを流した。観ているのはちょっとしたホームドラマだが、ホラーや推理ものより惹かれるのは、幼くして両親を亡くした和裕にとって一般的な家族像を投影しているのかもしれない。小学生の時に両親を亡くし祖父母と暮らしていたせいか、中学に上がる頃には他人の顔色を窺ったり気を遣うことに人一倍長けていた。それもあってか友達には事欠かなかったが、心からの信頼を寄せているのは幼馴染みの荒瀬だけだった。
小学校の時から仲が良く直接接点を持ったのは三年生の時からだが、クラス替えで同じクラスになり席は隣り同士、すぐに気が合い休憩中はいつも一緒に遊んだりしていた。荒瀬の両親とも仲が良かったが、〝動物と話せる〟という能力については一切話したことはない。仮に言ったところで普通の人間には到底理解し得ない話だからだ。拒絶されなったとしても「オカルトチックな変な子」と思われるのが関の山だろう。小さい頃から近所の人や親戚に後ろ指を差されることが多かったから、あの頃に戻りたくないというのが強いのかもしれない。
「おーい、来たぞ...って、良い事でもあったのか」
「なんで?」
「なんか機嫌良いなぁと思ってさ」
「別に何もないけど」
付き合いの長さか信頼感が強いからかは分からないが、和裕のちょっとした変化に気付けるのは同級生の中でも荒瀬だけだろう。本人に自覚は無いがポーカーフェイスが上手く、会う人に「真意が読めない」と言われることが多い。
「そういや、例の森行ったんだろ。どうだった?」
「別に普通だよ。まぁ...ちょっと意外なことはあったけど」
「意外なことって...」
「このドラマ、次で最終回なんだよなぁ。これさ、ラストどうなると思う?」
「主人公とあのイケメンがくっついて終わりじゃね。それなら家族も安心出来るし万々歳じゃん」
「んー、なんか在り来たり過ぎね?」
「ドラマなんだからそんなもんだろ。世間はハッピーエンドがお好きってな」
時刻は朝の六時過ぎ。ウイスキーのボトルを一本空けたところで荒瀬が口を開いた。
「さっき、さりげなく話逸らしたろ」
「...何のことだ?」
「まぁいいけどさ」
水上先輩は俺と同じく能力については誰にも話していないようだったし、この能力があることで周りから気味悪がられる経験もありかなり辛い時期があったのも知っている。なにより本人の意思も聞かずに告げ口するのは何か違う気がした。
「あ、来週俺の従妹がウチの大学見に来るから顔合わせたら良くしてやってくれ」
「オープンキャンパスか、もうそんな時期か...。奏音ちゃん、ウチに来るのか」
「あぁ。文学部にお前が居るからって、それでウチの大学に決めたらしい」
「昔から本好きだったもんな」
「なぜかガキの頃からお前に懐いてた」
「奏音ちゃん、俺らの二個下だっけ?」
「そう。先月の誕生日で二十歳になったばっかだけど、やっぱ家系かなぁ」
「ん?」
新しい氷とまだ封の切れてない先程飲んでいたのと違う銘柄のウイスキーボトルを用意している中、和裕には衝撃的な言葉が飛び込んで来た。
「奏音のやつ、俺には及ばないがかなり酒強いんだよ」
「二十歳になったばかりならまだ飲み付けてないだろ。なんで分かるんだ?」
「それがさ、あいつ十八くらいからもう飲んでてさ。しかも、ウチの実家酒蔵だろ。そこら辺に酒瓶なんか普通にあるわけだよ、なんかあると親父の晩酌に付き合ってたらしい」
「まさかとは思うが、お前の親父さんが先に潰れたとか?」
「......そのまさかだ。俺も叔母さんから聞いた時は驚いたよ。どんだけ酒豪が多いんだってな」
二人分の水割りを作りながら、もし奏音ちゃんを入れて三人で飲んだらどんな話になるだろうと考えていた。彼女のことだから、大方大学の事や本絡みの話になるのだろうが、もし彼女が中学生の時に言っていたことを覚えていたらと思うと少し肝が冷えた。かれこれ五年前の事だから本人は覚えていないとは思うが、万が一ということもある。その話を振られた時の為にどう断ろうかを同時進行で考えていた。




