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小さな森の名もなき音楽会  作者: 立花 馨
3/4

三、

 動物達の演奏が一段落したのを見計らってレイラが静かに口を開いた。


「どうして私のことを気にするの? 初対面なのに」

「...初対面だから余計に気になったのかも...」

「なにそのフワフワした感じ。...そんなに知りたいなら教えてあげる」


 あっちを見てみなさい、と指示された方を言う通りに見るとそこには楽しそうに茶助と談笑している水上先輩の姿が目に留まった。正直、レイラの話を聞くのにどうして先輩が関係しているのか訳が分からなかった。


「あなたはもう聞いた? あの男が学生時代に行動を共にしていた猫のこと」

「あぁ、白猫な。先輩が小学生の時に知り合って以来ずっと一緒に居たって。...つうか、お前と先輩が知り合ったのは先輩がこの音楽会を企画した頃なんだろ。その白猫の話がどうお前と関係すんだよ」

「...その白猫っていうのは...私の母なのよ」

「.........はい?」


 いきなり飛び込んできた情報に状況整理が追い付かず三分程思考が止まる。...今なんて?


「いやいやいや、お前黒猫じゃねぇか! なんでそこで繋がるんだよ」

「まぁ聞きなさい。親が白同士であればその子供は白猫しか産まれない。でもね、白猫と白黒((ぶち))だったらどうなると思う?」

「そりゃあ、白黒と交わりゃどっちかの色を引き継ぐんだろ」

「つまりはそういう事よ。私は父親の黒い毛色を全身に継いでしまったの。〝黒猫は不吉の象徴〟なんて風潮がメジャーになってしまったお陰で、私がどれだけ苦労したか...」


 一部の地域では反対に黒猫は〝福の神〟なんて崇拝しているような所もあったりするが、それを除けば殆どの人間が「黒猫が横切ると何かしら良くない事が起きる」などという迷信を信じているらしく、悲しいかな、黒猫は嫌われているケースが多い。


「お前さ、歳いくつ?」

「何よ急に。普通レディーに直接聞く? ていうか、あんたに早見表なんて分かるの?」

「単純に気になっただけだろ。...昔、猫飼ってたことあるしなんとなく覚えてる」


 そこまで言うと、少し考えレイラは重い腰を上げるように口を開いた。


「...今年四歳(人間に例えると三十二歳)だけどなにか?」

「へぇ、やっぱ若いんだな......って、俺より年上!?」

「何よ、今更驚くことも無いでしょ。それに、千尋さんと出逢う一年前に母は亡くなってるし私達の親子関係も全部、とっくに話してあるわ」


 缶ビールでほろ酔い気分になっていた頭が一気に冷めた。まさか年上だったとは...。

 あまりの衝撃に頭を抱えていると、マヤがトレイを持って近付いてきた。


「何か話し込んでいるようですが、お一つどうです?」


 トレイには駄菓子屋によくある一口サイズのドーナツやマシュマロなどが綺麗に並べてあった。


「これ、全部手作りなのか?」

「えぇ。我々が街に出て買い物など出来ませんから、毎回自分達で持ち寄ることにしているんですよ」

「じゃあ、酒類はあの親方さんが?」

「あの方は時々人に化けては飲み歩いているようで、何処からか持ってくるんです。狸であることがバレたらとんでもないことにもなり得るのに、警戒心というものが無いんだから困りもので」

「側近も大変なんだな」


 もう慣れましたよ、と溜め息交じりに行ってトレイを切株に置き和裕の隣りに座った。


「あの御方は基本的に〝楽しければ何でもいい〟みたいなスタンスを取っているのか、付き合わされるこっちはたまに大変な時はありますが、八割面白いが占めてます」

「そういや、お前親方に拾われたって言ってたよな」

「私は生まれは北海道の山奥でして、群れと逸れて彷徨っていたところを保護されましてね。この近くのペットショップに身を置いていたんですが、たまたま親方の目に留まり私を買い取って下さいまして。親方が人間の姿で借りていた部屋に数日居たんですが、ある日私を野に放してくれたのです。それ以来、私は親方に忠義を尽くしているのです」

「ただ単に、狸界のトップだから敬語使ってわけじゃないのか」

「それもありますが、私よりもうんと年上ですし恩返しをと思っているだけですよ」


 確かに和裕の家の近所には何件かペットショップがある。犬・猫限定の所もあれば、爬虫類専門やら(ふくろう)などの鳥や兎を取り扱っている所もある。ただその中からピンポイントに都合良く見つけられるのがすごい。


「いつもくっついてるのか? 飲み歩きも一緒に行くとか」

「時々はありますよ。一般的には親方が私を買った(飼った)ということになっているので付き添いのような感じですが。私がついて行く時は水上様と飲む時くらいなので、あまり心配もしていません」

「あー...あの人、酒強いからな。俺、先輩が酒に潰れたとこ見たことねぇもん」


 それぞれの昔話に沸いていると、少し遠い所から聞き慣れた声が近付いてきた。

 この短時間でかなり酒が進んだらしく、先輩がワイングラスを片手に上機嫌になっていた。


「如月君飲んでるかい?」

「飲んでますよ」


 とわいえ、まだ缶ビール二本目だが。


「一緒にどうだい?」

「いや、ワインはちょっと苦手なので」

「そうか。...えらく盛り上がっていたようだね」

「ちょっとマヤの昔の話を聞いていただけですよ。というか、先輩ペース早過ぎません?」

「昔話や近況を話してたら楽しくなってきちゃってね」


 ここまでで何本空けました?と問うと、何事こともないようにビール三本・日本酒一合、ワインが三本目かなとおどけて答えた。酒の量を聞いているだけで酒豪説再びと云わんばかりに、この人強すぎると内心思っていた。


「あ...」


 ふと時計を確認すると、時刻は五時半を指していた。


「そろそろお開きにしましょうかな。お二人も学校など予定がおありでしょうし」

「そうですね。良い時間ですし解散しますか。では皆、一ヶ月後にまた此処で」

「お疲れ様でした」


 いつの間にか機材も回収されていて、瞬く間に皆引けて行った。

 和裕には何とも懐かしいような心地良いようなゆったりした時間が流れていた。


「如月君、家はこの近く?」

「はい。ここを下りた先のアパートです」

「じゃあ、途中まで一緒に行こうか」


 促されるまま、先輩と二人で森を抜けて行った。

 ここは、小高い丘の上に森が茂っていて頂上まで遊歩道もあるが、街灯がほとんど無いので夜はあまり人が寄り付かず、その分集まりやすいのだと感じた。ただ昼間は見通しも良いので小学生の遊び場になっているようだが、さすがに先輩もこの場所だけは仲間内でも話したことが無く、振り返ってみると、確かにサークルの飲み会などは先輩が幹事をしていていつも個室のある居酒屋が多いように思う。


「...如月君、どこかの飲み屋で二次会とかどうかな?」

「せっかくですが、今日はもう帰ります」

「そうか。じゃあ、お疲れ様」

「お疲れ様です」


 道の分岐点に着いたところで先輩と別れ和裕は帰路を急いだ。

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