二、
絶えず音楽が鳴り続け周りは賑わいを見せている。思えば、動物と話せる能力を持っていることは誰にも言ったことは無かったし、まして同じ能力を持っている者が身近に居るとは思わなかった。動物を話をすること自体数年振りで、少しの緊張もあった。
「先輩は、どうしてここに...。なんでホストなんてやってんですか」
「難しい質問だな。...敢えてそれに答えるとしたら、人恋しいからかな。私は五年程前に事故で妹を亡くしていてね...兄妹揃って同じ力を持っていたから多少の贐になるかなと思って、私から皆に頼んで妹の命日に合わせて毎月二十日にやってもらっているんだ」
先輩に兄弟が居るなんて知らなかった。もちろん事故の話も。俺から見たら先輩は完璧でいつも成績は学年トップ、どこにも穴が無いような自分なんて絶対に手の届かない雲の上の存在だと勝手に思い込んでいた。それが違うと分かった今、少しだけ動揺していた。
「如月君、兄妹は?」
「居ません、一人っ子なので。...先輩は妹さんを殺した犯人に復讐したいと思ったこと無いんですか?」
「当時は少しだけそんな事を考えることもあったよ。(当時通ってた高校の)通学路を通り道路沿いの花束を見て事件のことを思い出す度に腸が煮えくり返るような感覚があった」
「......どうやって乗り越えたんです?」
「仮に私が復讐をしたところで彼女が喜ぶことも戻って来ることもないということに気付いてね。それならもっと有意義なことをして日常を楽しもうと思っただけだよ」
「お二人共、そんな隅っこで何を話されているんです?」
狸の親方に見つかりそう問われると、先輩は「大した話ではないよ」とその場を流した。
「マヤ、酒を持って来なさい。今夜は飲み明かしましょうぞ」
「如月君、お酒はイケる?」
「そんなに強くはないですが、まぁ人並みには」
「じゃあ一緒に飲もう」
時々サークル内の飲み会等で一緒になることもあるが、正直後輩である和裕には水上千尋は間違いなく酒豪にしか見えない。何故なら彼が酒絡みで潰れた姿を見たことが一度もないからだ。これは学内での噂だが、「先輩は飲み屋でバイトしている」らしい。ただその事を本人に直接聞く訳にもいかず、その噂を聞き付けてから半年が経過していた。
中学以来ほとんど動物と接してなかったせいか、こんな形で犬・猫以外の動物と仲良さげに話す日が来るとは思っていなかった。聞けば、先輩とここら周辺の動物達はかれこれ三年の付き合いらしい。ここらの大将からかなりの信頼を置かれているらしく、毎回何かしらの手土産を貰うのだとか。ちょっと羨ましいような気もするが、そこまでのことを欲しているわけでもないのでそこら辺のことはどうでもよかった。
「...先輩、どうしてそんなに仲良くなれるんすか。人間相手じゃないのに」
「どうしてだろうね。深く考えたことがないから分からないけど、人間相手じゃないから適度な距離感で居られるのかもね。如月君こそどうなの? 人とも動物とも距離を置いているような感じだけど」
「.........」
「如月様、こちらに来て一緒に盛り上がりましょう!」
「おう。...悪いけどその話はまた今度で」
「ちょっと、如月君!?」
マヤ(兎)が声掛けてくれて助かった。正直、その手の話はこれまで他の誰にも話した事がない。というより話すことを避けていたという方が正しいのかもしれないが、自分でもその話題に関しては敢えて触れず、外では〝人当たりの良いヤツ〟を演じ切ろうと(十二歳の時に)心に決め普段の生活を送っていた。過去の話をしたところで感じが悪くなるだし、周りが明るくしているのにそんな話を持ち出して雰囲気を暗くするくらいなら自分が墓場まで持って行けばいいと思っていた。
「親方、隣り宜しいですか?」
「どうぞどうぞ。お連れの方に振られましたか」
「彼のことを聞き返したら流されちゃいましたよ」
「まぁ、嘸かし辛い経験をされたんでしょうな。我々と「意思疎通が図れる」なんて話を聞いたところで普通にはなかなかに信じ難いでしょうし、後ろ指を指されることもあったでしょう」
「私にもあったなぁ、そんな時期が。妹と二人公園で泣いていた時、よく私達の話を聞いてくれていたのがあなただった。そんな人の正体が実は狸だった...なんてことは、その当時の妹は全く気付いてなかったけど」
「そんな頃もありましたなぁ。私はあの公園の大樹を根城にしていたから、木の上から手を繋いでいるお二人を見掛ける度に仲の良い兄弟だなぁと思っておりましたよ」
「まぁ双子だからね。生まれた時から一緒だから、二人で行動するのが普通になっていたんだよ」
「先輩に聞いたけど、毎月やっててよく人間サイドにバレねぇな」
「実を言うと、この場所は水上様に用意してもらったのです。私達は一概に動物と云っても種族の違う者が多いので人気が無く多少の明かりがある所の方が良いだろうということになって。なんでも、ここは水上様が妹さんとよく来ていた遊び場で、ここを知る人はほとんどいない所謂穴場スポットだそうで」
「なるほどね。道理で噂程度の話しか出回らないわけだ」
この森はまだ水上兄弟が小学校高学年の頃、自宅によく来ていた白猫に誘われて当時一度だけ訪れたことがあり、中学生になってからは何かといえばこの森に来て猫と遊んだり夜の天体観測に使っていた。水上妹こと美彩里が星を見るのが好きだったため、兄・千尋が両親に頼み込んで天体望遠鏡を買って貰い、普段は千尋の部屋で使っていたのだが毎週土曜日の夜この森に来て二人と一匹で天体観測会をやるのが日課になっていた。そんなある日、二人の誕生日当日がちょうど土曜日だったため森に現地集合して誕生日会をやろうという話になっていたのだが、美彩里はバイトの都合で遅れて到着するはずだった。千尋はいつも連れている白猫と一緒に一足先に森に到着し準備をしていたのだが、その最中一本の電話が入った。それは妹の美彩里が轢き逃げ事故に遭い死んだというものだった。その事故があってからというもの、この会を思い付くまではあまり人と話さず笑い方を忘れた抜殻の様になっていた。
十八歳になった日に狸の親分・茶助と偶然再会し千尋の方から"美彩里への贐を送りたい"と持ち掛け、今のような音楽会をやるようになったのだ。
「あの黒猫、レイラって言ったっけ。なんで歌い手やめたんだ? 歌うのが好きだからバンドとかもやってたんだろ。なんかあったのか?」
「それは...さすがに私の口からは何とも...」
動物同士でもプライバシーはありますから、とマヤは苦笑い気味に口を噤んだ。
「そんなに私のことが気になるの? そんなに知りたいなら教えてあげても良いけど」
いつの間に登ったのか、大きな木の枝から声が聞こえた。
「良いのか...なぁ降りて来いよ。こっちで話そうぜ」
同意してくれたのか、レイラは静かに木から降りて和裕の隣りに座った。
いざ隣り同士になるとお互いに何を話すという事も無く、ステージから鳴り響く音楽を聴きながら様子を窺うことくらいしか出来ず、どう切り出して良いかも分からないままただ座っていた。




