一、
とある森で、月に一度開かれるそこに住む動物達による音楽の宴。
それにバンドを組んで参加している者や聴きに来ているのは、皆一様に木の上に住むリスや小鳥といった小動物から鹿や熊などの大型とも言える者達だ。
その音楽会は会費などもなく、いつでも行けるような自由参加型となっている。
月に一度、夜限定で行われている音楽会だが街の方にも音が漏れているようで、そのせいか最近では街に住む野良猫や空を飛び回るカラス等も気が向いた時に時々演奏を聴きに顔を出しているようだ。
だが今日は、いつもと様子が違った。何故なら......。
「おや、珍しい顔を見る。こんな森の奥地に人の子が迷い込んでくるとは」
会場となる広場のような場所で準備をしていたウサギ四匹のうち一匹が声を上げた。
「こんな夜更けに一人でこの森に来るとは、なんとも不用心な」
「学校で噂になってたんだ。月に一回、真夜中にこの森の奥から音が聴こえるって」
「で、その噂の真相を確かめようと一人でここに来たと...」
すると少し離れたところで宴の準備を再開していた他三匹を一ヶ所に集めて何やら話し込んでいる。
どうやら動物界で行われている月一の宴とあって、そこに人間が介入するのには抵抗があるようで、
「出来ればこの事については、誰にも言わないで貰えないだろうか」
「他の誰にも言うつもりは無いよ。ここにはオレのただの興味で来ただけだから」
そういうと、半信半疑ながらここに居ても良いという許可が下りた。
聞けば、この森を縄張りに取り仕切っている狸の親分は、時折森から出ては人に化け居酒屋に寄っては酒を飲み帰って来るらしい。人が怖くないと分かっているからか、その辺は寛容なようだ。
「...おぉ、これはこれは」
和裕と喋っていたウサギが珍しそうに声を上げた。
何かと思い振り向いてみると、そこには一匹の黒猫が座ったまま空に浮かぶ月を眺めていた。顔の感じからして直ぐにメスだと解った。まるでオレが好きだったあの人が目の前の黒猫に乗り移ったかのように綺麗だった。
「今日はどうされたんです? バンドの方はお休みですか?」
「前に来た時にもいったけど、私はもう歌をやめたの。今日は聴きに来ただけ」
「残念ですねぇ。私は好きでしたけどね、レイラさんの歌」
「それより、今日は居ないの、親分さん」
「いつもの事です。また何処ぞで飲んでいるんでしょう。それにしても...。ここは深夜に進むにつれて霧が濃くなり人間は近寄りもしないのに、よく一人で来られましたね。ご家族は心配されないのですか?」
「その心配はないよ。オレ親無しだし、学校でも特に親しいヤツも居ないし。オレが居なくなったって、多分学校を辞めたんだろうくらいにしか思われないだろうし」
和裕には十歳の頃から親が居ない。車の事故で一度に両親を亡くし、それから中学までは祖父母に育てられ一緒に暮らしていた。が、高校に入るのと同時期に祖父母の家を出て一人暮らしを始めた。高校を卒業してからは名門とはいかないものの大学に進学し、今に至っている。
「これって、毎月やってるのか?」
「えぇ。来月もまた今日と同じ日に」
「......また来ても、良いかな...」
「勿論ですとも。是非おいでください。ここには独り者から子供を亡くした者、それとは反対に親を亡くし里親に育てられた子供も多くいます。...貴男のように...。〝世間一般からは少し外れた環境で育った子もそうでない子も等しく平等に扱う〟というのが我らが親方の掲げるモットーなんですよ。かくいう私も子供の頃に群れと逸れ親方に拾われたクチでしてね。親方が居なかったら、私は何処ぞでのたれ死んでいたでしょう...あの人は私の命の恩人であるのと同時に親代わりなのです」
「...どんな場所に居ようと、一概に特別扱いしないってことか...。卑屈なことばっか考えてるオレとは大違いだな」
気ままに喋りつつ、ふと辺りを見回してみると、森の一角がすっかりステージとして出来上がっていて、いつ始まってもおかしくない雰囲気を醸し出していた。
広場に集まる動物達の数もだんだん増えてきて、少しずつ賑わいを見せてきた。
和裕たち人間の世界で云うところでは大掛かり機材と言えるかもしれないが、そこはやはり動物の世界。揃っている機材もリスやウサギ達の小さい体に合うようミニチュアサイズで統一されている。あれで本当に音が出るのだろうかと少々心配になったが、そんなものなんだろうと自己解釈した。
「これは珍しいこともあるものだね。私以外の人間が夜更けにこんな森に来るなんて」
昼は仕事に加えてちょっとした悪戯も上手くいったし、その上、こんなお客まで。と呟いている声の主は、森の木陰から現れ偶然にもここに来た和裕は、自分以外にも人間が来るのかと少し驚きそれと同時にその顔に見覚えがあったからこそ目を丸くしていた。聞けば、周りの動物達からは「千尋さん」と慕われており先輩はこの会のホスト(主催者)らしい。
「まさか私以外にも動物と話せる人間が居るとは思わなかったよ。...どうしてここに?」
「この森で、月に一回音が聴こえるって噂を聞いて...それで」
「どうやら、君とは仲良く出来そうだ」
そう言って、先輩はウサギ達の元へ歩いて行った。
水上千尋、大学のひとつ上の先輩で和裕と同じ文学部所属。人柄は生真面目だが下級生(主に女子)からの人気は高く、美術推薦で大学に入ったため美術部にも席を置いている。先程の昼間の仕事というのは文化祭で美術部が開いている展示会のことを言っているのだろう。ただ同じ部に居るというだけでそんなに接点が無かったが故に、こんな森の奥地で顔を付き合わせているのはなんとも不思議な感じがした。
「おや、親方が戻って来られたようですよ」
ウサギのマヤが声を上げた瞬間、音楽会の準備を終わらせた動物達が一斉に前に来て跪いた。
「おぉ、これはこれは。千尋さん以外に人の子が来ようとは。こちらはお友達ですか?」
「一学年下の大学の後輩です。今日ここで会ったのは偶然ですが、以前からこの音楽会の噂を聞きつけたらしく、真相を確かめに来たようです。まさか同じ能力を持っているとは思いませんでしたよ」
「ほう、では我々の言葉が分かると。それは心強い。どうかこの先も、仲良くしていきたいですな」
「俺に出来ることなんてないですよ。こんな力持ってても良い事なんてないし」
和裕は小さい頃から動物と話せる能力を持っていた事で周囲(親戚等)から厄介者扱いされてきた。
小学校五年生の時、住所が消えかかっている首輪を付けた一匹の猫を見つけたことがあった。周りの人間が保健所に連れて行こうとか動物愛護センターに連絡しようと話している最中、和裕はその猫を連れて一人出掛けて行った。白猫の先導で元居た家に送り届けたのだ。しかし、和裕が〝動物の話が分かる〟といくら言ってもその言葉に耳を傾ける者はいなかった。そして施設に入れるわけにもいかず、嫌々引き取ったに過ぎない。それが分かっているから和裕は家を出たのだ。自分の持つ特殊な力を誰にも悟られぬよう、一人で生きて行こうと。
「何か、嫌な思い出でもあるのかい?」
「............」
「...まぁ立ち話もなんです、今日は月一回の音楽会。一緒に楽しみましょう」
マヤに先導され椅子に座った。それと同時に動物達による音楽会が始まった。




