~美幸の気持ち~
とにかくオーダーを放っておく訳にはいかないということで頼光はキッチンに入り、支度を始めた。
白玉だんごを煮る鍋を火にかけた後、業務用のステンレス冷蔵庫からバットを取り出す。その中から棒状にカットされたわらびもち二色をそっと取り出して厚めに三切れずつカットして備前焼の平皿に盛り付けた。
平皿とバットを冷蔵庫に戻した後、そこからパフェ用のグラスとタッパーに入った黄桃、寒天、粒あん、栗甘露煮を取り出した。
「皆本くん、手際が良いわね。」
感心してカウンター越しに美幸は声をかけた。
頼光は冷凍庫から白玉だんごを取り出して、煮えた鍋の中に放り込んでから振り向いた。
「まぁ、慣れってヤツ。そんなに難しくない注文ならなんとか出来るよ。で、ウチの女将さん達はどこ行ったの?」
刻んだ黄桃とサイの目寒天をパフェグラスに入れながら、頼光は美幸達と手元を交互に視線をやりながら口を開く。
「紗彩の赤ちゃんの頃の写真見たら、奥へ引っ込んじゃったの。」
「なんだか泣いてたみたい。」
何となく腑に落ちないような表情を浮かべながら頼光は、あんこを盛った上にホイップを絞り、鍋の中を覗き込んで白玉の茹で具合をチェックすると氷水を張ったボールを準備した。
奥から皐月が戻って来た。
「あ、江田さんすみません。わらびもちセットと白玉ぱふぇ入っています。冷蔵庫の中のわらびもちセットの仕上げとお抹茶お願いします。」
「あ、はい。ごめんね、皆本くん。」
皐月は百人一首の小野小町のプリントされた抹茶茶碗を保温器から取り出し、茶さじを手に取った。
頼光は、茹で上がった白玉をボールにさらしてグラスに盛り付け、ソフトクリームを盛り、傍らに栗甘露煮を添えた。
自分の仕事をチェックすると黒漆風のトレイに和柄布をコースターとして敷いたものを二つ用意し、パフェにスプーンとフォークそれに、造花の緑もみじをそっと添えた。
お抹茶を点てた皐月は、二色のわらびもちに、きなこと抹茶きなこを振り、造花の桜の花弁と共にトレイに据えた。
「わぁ、これもキレイ。」
紗彩は出来あがった商品を覗き込んで感嘆の声を上げた。
「ありがと。今度注文してみてね。」
皐月はにっこりと笑ってカウンターの外に出た頼光にトレイを手渡した。
颯爽と給仕を行う頼光の姿を美幸はカウンター席から見つめていた。
「あの・・・涼子さん、どうしちゃったんですか?」
紗彩は心配そうに皐月を見上げた。
「う・・・ん。何か、落ち着いたら行くからそれまで店お願いって言われちゃった。」
戻って来た頼光は事情を聞いてカウンター内に入り、美幸と対面する位置に立った。
「皆本くんて着物似合うのね。何だか着なれているって感じ。」
「ありがと。着物は好きなんだ。それに普段、着ることが多いからね。お稽古事とかも。」
頼光の言葉にあやふやな表情を浮かべる美幸に、皐月はおかわりのお茶を差し出した。
「美幸ちゃん、鴻池駅から見える大鳥居のある神社、知ってる? あの神社の息子なのよ。皆本くん。」
「正確には宮司の息子ですけどね。」
「あ、紗彩知ってる。毎年子供の日に屋台が出て、境内でキレイな衣装着て舞を踊ってるトコでしょ?」
「え~と。まぁ、間違ってはいないな。」
困った顔をする頼光に美幸と皐月はころころと笑い、紗彩はきょとんとした顔をしてみんなを見回した。
「それに今年も皆本くんは奉納舞をやるのよね。」
「あ、皐月さん。同じ学校の子が居る時にその話題はやめてくださいよ。」
「え、じゃ、あの踊ってるヒト、皆本さんなんですか?」
そう言って紗彩はスマートフォンをいじって動画を映し出した。
そこには豪奢な衣装を身に纏い、薄化粧に紅をさした端正な面持ちの少年が独舞を演じている様子が映し出された。
小さく笙の音が流れている。
「うわっ、紗彩ちゃん、恥ずかしいから閉じてよ。」
取り上げようとする頼光から身をかわして紗彩は美幸にスマートフォンを押しつけた。
「あ・・・きれい。」
画像を見た美幸の口から素直な感想が漏れた。
「まいったなぁ。美幸ちゃん、あんまり言いふらさないでね。」
「え? 名前・・・」
不意に頼光に名前を呼ばれた美幸は、上目使いでちらりと見た。
「あ、みんなが呼んでたからつい乗っかっちゃった。嫌だった? ごめん。」
「ううん。嫌じゃ・・・ない。」
美幸は恥ずかしそうに画面に視線を戻した。
「あ、そうなのぉ。」
皐月は納得したようににやりとしてうなずいた。
「な、何が『そう』なんですか?」
美幸は目を見開いて皐月を見据えた。
「だって、すぐに皆本くんのコト判ってたじゃない。」
「僕のコト判ってたって?」
「ああっ! 皐月さん、ストーップ!」
カウンターから身を乗り出して右手をかざす美幸に、皐月はにんまりしたまま口に手を添えて後ずさった。
程なくして、奥から涼子が鼻を軽くすすりながらやって来た。目元のライナーとマスカラはメイクを直したらしく先ほどと感じが違っていた。
「ごめんなさいね。もう、落ち着いたから大丈夫。」
カウンターの一団から気遣う声をかけられた涼子は赤い目のまま、ぎこちなく笑ってみせた。