~帰路にて~
貴船神社からの参道を博通と美幸は並んで下っていた。
左手側からは川のさらさらと言う水音が響いている。
少し傾きかけた初夏の日差しは新緑に柔らかく映えていた。
「体調はもう大丈夫かい?」
博通は静かに歩く美幸に声をかけた。
「あ、はい。もう、普通に動けます。あの、済みません、新幹線代出してもらえるなんて。何回かに分けてでもお返ししますから。」
「いやいや。学生さんがそんなこと気にするな。それに頼くんのお嫁さんなら家族と一緒さ。」
博道はにっこりとほほ笑んだ。
「え? あ、写真、見たんです?」
「ああ、キレイに写っていたよ。頼くんは闘牛士みたいだったけど。」
「うぅ、何だか恥ずかしいです。一緒に初めてのお出掛けのつもりだったのに・・・」
美幸はうつむいて、バックを持っている手をもじもじさせた。
その時、バックの中で着信音が鳴りだした。
「あ、済みません。」
美幸はバックの中からスマートフォンを取り出した。
『着信 石川紗彩』がディスプレイされていた。
「もしもし?」
『もしもし美幸先輩? 今大丈夫です?』
「大丈夫じゃなくてもお話しするつもりでしょ?」
『あ、もしかして今すっごい良いトコロで邪魔しちゃいました? お約束みたいな?』
「紗彩ちゃん、マンガの読みすぎっ。今 歩いて移動中。」
美幸は博道に目で会釈をした。
『へへ、紗彩も移動中です。丸ビルの中堪能して、雪月花へ涼子さん送った帰りなんですよ。』
「そう、楽しめた?」
『うん、とっても。紗彩のちっちゃい頃の話をたくさん聞いてもらいました。涼子さんすっごい嬉しそうに笑ってくれて、紗彩もゴキゲンな感じです。』
「良かったじゃない。」
『はい。紗彩、涼子さんと、こう、ぐっと近づけた感じです。またお出かけしましょうって言ってくれたんですよ。』
紗彩の生き生きとした声が弾んで、美幸の口元もほころんだ。
『で、美幸先輩たちは、今どこなんですか?』
無邪気な質問に言葉が詰まる。
「あ、えっと・・・・・・京都。」
『え?』
「あ、いいや。言っても信じてもらえないし。」
『京都って聞こえましたけど・・・あ、もしかして・・・』
「え? 何?」
『あの泉田の《HOTEL NEW京都》?』
「らっ、ラブホテルじゃないわよっ。修学旅行に行く京都っ。」
美幸は真っ赤になって電話に叫んで、慌てて回りを見回した。
博道が笑いをこらえて顔を他所に向けている。
『またまた。あれからこんな時間に京都に着ける訳無いじゃないですか。月曜日にでも詳しく聞かせてくださいね。 それじゃ、ごゆっくり~。』
「ちょっ、ちょっと紗彩ちゃ・・・切れちゃった。」
「仲の良い友達だね。」
博通は笑顔で美幸を見下ろした。
「中学からの友達です。良い子なんだけどちょっと暴走気味で。」
美幸はバックにスマートフォンをしまい込むと、ふぅと短く息をついた。
「貴船を出る前に時刻表を計算してみたら、鴻池駅には十七時三十七分に到着予定だ。兄貴に連絡して頼くんに迎えに来てもらう算段をつけたから楽しみにしていてくれ。」
少しぶっきらぼうだが優しい言葉に、美幸はにっこりとほほ笑んだ。