~美幸と紗彩~
日もだいぶ高くなった頃、処方された安定剤の効き目が薄くなって、美幸は目を開けてベット脇の時計を確認した。
「あ・・・もうお昼過ぎてるんだ。」
慣れない薬のせいか鈍い頭痛が走り、口の中に苦みが感じられた。
美幸は寝ぼけた頭を軽く振って、渇いた喉を潤しに台所へ向かって階段を下りて行った。
母の用意してくれていたおにぎり二個入りの皿を自室に持って上がり、軽い昼食を済ませ一息ついた頃、スマートフォンを鞄の中に放り込んだままだったことを思い出した。
慌てて引っ張り出すと案の定多くの着信記録が表示されていた。
「ほとんど紗彩ちゃんからだわ・・・」
美幸は竹林から逃げ出した時の着歴分から読み始めた。履歴の中ほどまで開封した時、いきなり通話着信音が鳴りだした。
『着信 石川紗彩』の表示が点灯した。
「もしもし。」
『あ、美幸先輩! 良かった通じた。どうしたんですか? 昨日の夕方から全然「既読」にもなってなかったから、何か事故にでも遭ったんじゃないかとか思ってたんですよぉ。』
半分ベソをかいたような紗彩の声がたたみかけるように流れて来た。
「あ、あのね。実は今日休んでるの。昨日ちょっとした事があって・・・」
美幸は昨日の事の顛末を話した。
『ええっ! あ、ごめん気にしないで・・・あ、済みません、近くにクラスの友達が居たので。それじゃニュースのあの事件、美幸先輩が発見者だったんですか。すごい!』
「すごく無いわよ。殺されるかと思ったんだから。」
『ごめんなさい・・・で、もう体調は良いんですか?』
「ん・・・ちょっと頭痛は残ってるけど多分大丈夫。明日には学校に行けると思う。椎名も心配してメール送って来てるし。」
『美幸先輩が良かったらなんですけど、今日、紗彩が学校終わったら一緒にお茶しませんか? 今月出来たばかりの甘味処なんですけど、おいしいトコ友達に教えてもらったんですよ。』
「うん。いいわよ。じゃ、待ち合わせは鴻池駅の噴水前で良い?」
『はい。紗彩、中学の制服のまま行きますから四時前ぐらいに到着します。』
「そんなに急がなくてもいいわよ。」
『いいえ、美幸先輩のためなら学校からでも猛ダッシュして会いに行きますぅ。あ、それじゃそろそろ始業なんで電話切りま~す。』
「うん、それじゃね。慌てなくて良いから気を付けてね。」
元気な紗彩の声で気分が良くなった美幸は、部屋の大きな鏡に目をやった。
「あ、髪ぼさぼさだわ。さてと・・・紗彩ちゃんとのデートに何着て行こうかしら。」
髪を手櫛でほどきながらふと窓に目をやると、良く晴れた陽ざしがカーテンの隙間から差し込んでいた。
「今日も良い天気みたいね。」
大きく伸びをすると美幸はクローゼットに向かって歩を進めた。
そのカーテンの隙間から覗く窓の外に、細長い指をした手形が逆さまに付いている事に、彼女はまだ気付いていなかった。