~明芳学園 一年二組~
明芳学園高等学校。鴻池駅からバスで丘陵地を十分程走った所にある学校で進学率の良さというよりかは、制服のデザインで人気がある学校である。
まだ開発途上の丘陵地の中に建つ白を基調にした建物は、周りの果樹園の緑と空の青色との対比が美しい。
始業前。午前八時二十分、普通科一年二組の教室はいつもに増してざわついていた。
三~五人の仲良しグループが教室内に島を形成して昨夜のドラマのことや雑誌のこと、おいしいお店のことなどをくっちゃべっているのが普通なのだが、今日に限っては、話題はあるひとつの事に集中していた。
「おはよ~。」
色白で華奢な感じの男の子に続いて、ショートヘアで大きな目が印象的な女の子が、ちょっと微妙な距離を取って教室の扉をくぐって来た。
「おぅ、おはよ。ライコウ、香澄。相変わらず仲が良いな。」
クラスの中では取り分け背の高い男子生徒、杉浦健明が人懐っこい笑顔で手を上げた。
「き、今日は朝練が無いからたまたま一緒になっただけだからねっ。」
慌てて一緒に居た男の子の傍らをすり抜け、ショートヘアの小柄な女の子、吉田香澄は大きな目をさらに見開いて健明に詰め寄った。その後をにこにこしながらその男の子、皆本頼光が続いた。
「いや~、香澄が迎えに来てくれなかったら、今日も駆け込み出席のトコだったよ。」
頬を紅潮させて睨みつける香澄を気にもせずに、頼光は珍しい紅い色をした瞳の目を細めた。
背はあまり高くは無いが、色白で鼻筋が通り、明るい髪の色のエキゾチックな面立ちは、どこか異国の人を感じさせる雰囲気があった。
「軽音部が三人集まってるトコみると新曲の構想?」
「はずれ。そうそう、新曲と言えば、六組の兵頭さんと尾崎さんが、またライコウくんの三味線とコラボしたいって言ってたよ。」
健明の隣で椅子に腰掛けている女の子、須藤杏子はにこやかに頼光を見上げた。
栗色のゆるふわ髪を後ろに束ねた彼女は、顔にこぼれて来た前髪を軽く掻き上げた。
「うん、僕もメールもらった。今度はゲームのオープニング曲で良い感じの見つけたから、一緒にやろうって。」
「ライコウってば何気に軽音部に出入りしてるのね。」
香澄はちょっと口を尖らして腰に手を当てた。
「ま、顧問のレミ先生もライコウ気に入ってるみたいだし良いんじゃね? ウチの部では和楽器出来るメンツは居ないんだし。良い刺激になる。」
健明は高い背を屈めて香澄を覗き込んだ。
「なんか本筋から反れちゃったみたいだな。何の話してたの?」
頼光は健明達を見回した。
「ライコウくんは昨日のニュース見てないの?」
「ニュース? 衆議院の定数是正問題?」
「社会派だな。ローカルニュースだよ。」
健明は苦笑いを浮かべて腕を組んだ。
「あたし知ってる。鴻池スポーツクラブ近くの朱雀淵公園で殺人事件があったってヤツでしょ?」
香澄は杏子の机の前に歩み出て学生カバンを後ろ手に回した。
「そうそう、その事件の第一発見者がウチの生徒なんだってさ。」
杏子の机に片手を付いて、クセっ毛の男の子、菊田祐輔が制服の前ボタンをもてあそびながら香澄と頼光を交互に見まわした。
胸元のネクタイをゆるく外している彼は、そのままストンと引っ張り出した椅子に腰を下ろした。
「へ~そうなんだ。」
ライコウも祐輔に倣って、近くの空いている椅子を引っ張り出して腰を下ろした。
「でさ、その発見者ってのが隣のクラスの有松美幸ちゃんなんだ。」
健明が嬉しそうに頼光を覗き込んだ。
「ふ~ん。」
「おいおい。ふ~ん、だけかよ?」
「だって良く知らないから。」
「先々週、新入生人気投票で一位になった、あの有松美幸ちゃんだよ。体育の合同授業、一緒にやってるだろ?」
健明は呆れた顔で頼光を見つめた。
「あんまりそういうの興味ないからなぁ。」
頼光が困ったように頭を掻くその様子を、香澄はにこにこと眺めている。
「じゃさ、ライコウくんは誰に投票したの? 結果出てるからもう時効じゃん。」
「え、俺? 俺は香澄に一票。」
頼光はすぐ隣に立っている香澄に笑顔を向け、香澄は慌てて目をそらせた。
「ふっ。香澄ちゃん、かっわいい。」
からかう杏子を追いかけて香澄が一緒に教室から姿を消すと、健明と祐輔は手近な椅子を引っ張りだして杏子の机の周りに座り直した。
「なんでも被害者は全身の血を抜かれて殺されたそうなんだ。同様の事件が隣の玄磐市でも起こっていて、同一犯の犯行っていう見かたが強いんだってさ。」
「良く知ってるな。」
頼光は感心して祐輔を覗き込んだ。
「そりゃ、俺の叔父さんがジャーナリストだからな。凶悪事件だけに用心しろって。」
「そう言えば、昨晩、僕の父さんの知り合いの探偵さんが社務所に来て、猟奇殺人がどうのって話をしていたけど、この件の事なのかな?」
「へぇ、ライコウのトコの神社、探偵と繋がりがあるのか。今度紹介してくれよ。未来のジャーナリスト菊田祐輔をよろしくって。」
慌ただしく杏子と香澄が教室に駆け戻って来ると同時に予令のチャイムが鳴り響き、生徒達はのろのろと各自の席に就いて担任の到着に備えた。
ホームルームは話題の事件についての概要と不審者への注意、人気の無い場所への立ち入りを自粛するようにといった、幼稚園で教わるような当たり前の事の指導に大半を費やした。
とりあえず昨日の今日のコトもあるので、そんな話でも生徒達は茶化しもせず話を聞いている風に見えた。
「・・・それじゃ、そう言う事だから不審に感じた場合は速やかに警察に連絡するように。面白がって、決して自分達で首を突っ込むんじゃないぞ。」
一通り話が終わる頃ちょうどホームルームの十五分が経ち、予令が鳴った。
日直が号令を掛け、礼を終えて生徒達がざわつき始めた頃、担任は何か思い出したような顔をして頼光の方に近づいて来た。
「そうそう皆本、忘れるところだった。放課後、高杉先生が体育教官室に来てくれって言っていたぞ。話しがあるそうだ。」
「え~。また空手部の勧誘じゃないでしょうね。」
「さあな。ま、ジュニア空手、地区準優勝者が帰宅部やっていたら空手部顧問としては放っておけないって言うのはなんとなく判るぞ。」
「こっちにも都合があるんですけどね。」
弱ったように頭を掻いて頼光は深く椅子に腰かけた。担任が教室を出た後、斜め後ろの席から香澄がやって来て頼光の机に手を置いて顔を覗き込んだ。
「人気者はつらいわね。いっそのこと入部しちゃえば?」
「香澄まで・・・そう言えば、バスケ部って最近遅くまでやってるよな。」
「うん。このゴールデンウイークに交流戦があるんだもん。レギュラーに選抜された以上がんばらなきゃ。」
香澄は得意そうに腰に手を当てた。
「開催日ってゴールデンウイークのいつ?」
「四日、みどりの日。県立競技場でやるの。」
「そうなんだ。じゃ、応援に行くよ。」
香澄は大きな目を見開いて両手をかざした。
「えぇ! いいよ。ライコウ、次の日、神社で奉納舞やるんでしょ? 準備とかで忙しいじゃない。」
「なんだかんだ言って、中学の時、試合に呼んでくれなかったじゃん。香澄の伝説のダンク見損ねたんだぜ。」
頼光は半騎座に脚を組んで香澄と向き合った。
「いや、それは・・・なんか知った人がいると緊張するじゃない。」
話し込む二人の所に杏子がにこにこしながらやって来た。
「ライコウくん、香澄困らせちゃだめよ。せっかくのデビュー戦なんだから香澄の動きやすいように気を配ってあげるのも友達ってもんよ。ね、香澄?」
「杏子、ありがと。」
がしっと手を握り合う二人の傍で頼光は不満そうに口を尖らせた。
杏子はにやりと笑ってちらりと香澄を見た後、頼光に顔を近づけた。
「それにね、女の子っていうのは、好きんぐっ・・・」
香澄が杏子の口を塞いで教室外に撤収して行く様子を眺めながら健明がスマートフォンをかざして頼光の席にやって来た。
「オミからLINEが入って来たぞ。あいつも放課後、高杉センセに呼び出しくらったそうだ。空手経験者召集ってことは、今日はセンセ本気で来るつもりだな。」
「バスケ部もこのゴールデンウイークに大会があるそうだから何だかそんな気がしてきたよ。でもオミは健明のトコのベースだろ? 何かやらないのか?」
「俺らは気楽にバンド活動やってるからな。タチバナ楽器堂のライブハウスでのギグに向けて地道に練習中ってヤツさ。そこの『ペッパー・ランド』で日取りが決まったらまた連絡するから、その時は聴きに来てくれよ。」
「ありがと。楽しみにしてるよ。」