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DA:-SEIN ~御伽奇譚~ 「傀儡」  作者: 藤乃宮 雅之
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~教会と神父と叢雲と~


 柳町。川沿いに柳の並木が植えられて、水の流れる音と柳の葉のさやさやと触れ合う音が涼感を誘う。

 川沿いから一ブロック入った所に、低めの白漆喰の壁に黒い金属柵を立てた塀に囲まれた、広いお屋敷がある。

 元々は何かの商館だった建物を大正時代にプロテスタントの教会に改修して使っていたものだが、その所有者も絶え、長らく放置されていた。

 五年前、新たにキリスト教系の教団が買い取り、建物の補修と改装を行い、幽霊屋敷のような建物はモダンな白亜の建築物と姿を変えていた。

 午後七時。

 この教会の正面の門をスキニーパンツにミリタリーブーツを合わせ、ボアの付いたフードを被った男性が開いた。

 真新しい木製の扉は軽やかな音を立てて客を迎え入れた。

 そこから真っ直ぐ伸びる通路の両端には長い木製のベンチがずらりと並び、通路の正面には白い説教壇が据え付けられてある。

 その後ろには大きな祭壇があり、真鍮の十字架に大理石のキリスト像が祀られている。

 その背後の壁面には聖母子像を表したステンドグラスが祭壇のLED照明の明かりを受けてキラキラと輝いていた。

 男は靴音をコツコツ響かせながら、説教壇の前を通り過ぎ、右手奥の黒檀の扉を開けた。

 扉には真鍮のプレートに『懺悔室』と彫り込まれてある。

 男は扉を静かに閉めると、こじんまりした椅子に座り、傍らの呼鈴の紐を引っ張った。

 ほどなくして、正面の壁の向こうから足音が聞こえて来た。男は正面の壁の引き戸前の棚に両肘を付いて両手を組む。

 その引き戸がすっと開き、そこから神父の衣装の胸元と、顎先が現れた。顎先にはブロンド色をした短めの顎髭が見て取れた。

「懺悔なさる方ですかな。神は全てをお許しになられます。さあ、お話ください。」

 少し外国なまりがあるが流暢な日本語で神父は静かに語りかけた。

「ふふふ。型通りだな。俺だよ、(むら)(くも)だよ。」

 男はフードをすっぽりと被ったまま不敵に笑った。

「ああ、やっぱりあんたか。時間通りだな。」

 引き戸の向こうから神父が答えた。

「今日は良い情報を仕入れて来た。この土曜日の午前中、おたくの開催するフリーマーケットにあんたのトコのシスターが目を付けている獲物が俺の獲物と一緒にやって来る。」

「ほう? 確かなのか。」

「ああ、間違いない。そこでだ、俺が預けてある『鬼喰い』を上手く使ってもらいたい。もうだいぶ魂魄を喰わせて手なずけてあるんだろ?」

「ああ、ちゃんといい子にしてるよ。そうだ、そういう事なら一つ用立ててもらいたいものがある。」

「何だ?」

「マリオネットをもう二体頂きたい。」

「うん? 傀儡を二体だと。またおたくの入所者を始末するのかい?」

「いやいや、私の敷地内で行方不明者が二人も出たとなって警察にでも踏み込まれてはコトだからね。その辺はちゃんと工作しておきたいのさ。」

「ああ、そう言うコトか。判った手配しよう。俺の式に持って行かせよう。搬入場所はいつもの地下室で良いか?」

Vielen(フィーレン) Dank(ダンク). それと、あんたの獲物を仕留めた時の報酬のコトだが・・・」

「ああ、解っているさ。先の戦でそちら側から流出して来た『マナートの胸飾り』だろ? こちら側では扱いあぐねているものだ。約束通りちゃんとお渡しするさ。俺としてはヤツの骸の方が重要なのでな。」

 フードの端から、意味深な笑みを浮かべた口元がちらりと覗いた。

「まぁ、お互い深い所の探り合いは無しと言う取り決めだからな。よろしく頼むよ。」

「ああ、コトが順調に運んだら使い魔のコウモリでも飛ばして連絡をくれ。」

「分かった。楽しみにしていてくれよ。」

 話が一通り終わると叢雲と名乗ったフードの男は静かに席を立ち出て行った。

 その様子を見届けて引き戸を閉めた神父の背後から女性の声が響いて来た。

「ミハイル。そのムラクモってヒト、信用出来るの?」

 シスターのワンピースを着た女性が、腰まである長い黒髪を揺らせて神父の背中にぴったりと体を添わせた。

 赤い唇の端からキラリと長い犬歯の先が覗いた。

「ああ、玲子。このマリオネット・システムを私たちに使わせてくれたのも彼だし、『鬼喰い』も彼からのものだ。彼の目的がこちらを向いているうちは妙な事は起こさないさ。それに・・・」

「それに?」

「上手くこのコトが済んで『マナートの胸飾り』が私の手に入れば、あの力が蘇る・・・十五年前に私を失脚させ、君を害したあの連中を始末することが出来る・・・あの屈辱を晴らす為にこの極東のデーモンと手を組んだのだからな。」

 神父は寄り添っている玲子の頭を撫で、肩越しに口づけを交わした。

「ふふふ。そのお望みが叶ったら、次は何に手を出すつもりなのかしらね。」

 黒髪をふわりと掻き上げた玲子は正面に向き直り、二人は熱い抱擁を重ねた。

「くく・・・それはこれから・・・」

「あら、悪い子。」

神父は絡みつく玲子を抱えたまま、軽快な靴音を廊下に響かせた。



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