~双子姉妹~
頼光の頭の包帯にも、みんなが慣れてきたお昼休み。お弁当を用意して来なかった頼光に付き合って、香澄も学生食堂に来ていた。
食券とプラスチックのトレイを持って長い列に並んでいる頼光を、二人分の席を確保した香澄は黄色い包の弁当をテーブルの上に置いて眺めていた。
「あら、香澄。学食に来るなんて珍しいわね。」
後ろからオネェ語で話しかけられた香澄は、声の方を振り仰いだ。
そこにはサラサラのボブヘアの男の子が愛想良く笑って立っていた。
「あ、オミ。なんか久しぶりだね。元気してた?」
「おかげさまで。香澄が居るってことはライコウも居るってことよね、仲良しさん。」
「わ、悪い?」
「そんな事言ってないわよ。そうそう、もうすぐしたら佑理・佑美が来るの。一緒にお昼いいかしら?」
「中村姉妹ね。そういえば入学式の時に紹介してもらって以来だよね。うん、話してみたいし、きっとライコウも喜ぶよ。」
正臣はお弁当の入った合皮の手提げ袋と制服の上着をそれぞれ隣の席二つに置いて席取りして、まだ列に並んでいる頼光に手を振った。
「それにしても、ウワサで聞いてはいたケド、ライコウがあんなケガするなんて、ねぇ。」
「そうだね。本人は油断したって言ってた。」
「もうちょっと手加減してあげれば良かったんじゃない? 香澄。」
「え、どういう事?」
「あら、香澄がやったんじゃないの?」
「なんでよ。」
「だってそういうウワサよ。血だらけのライコウを香澄が引きずってどこかに連れて行ってたって。」
「誰が言ってんのよ。ケガしてたライコウを保健室に連れて行ってただけだってば。」
「ほんと~? 『薄べったい』とか『日によって胸の高さが違う』とか言われたんじゃないの?」
「ぶつわよっ。」
「も~、ぶってから言う。」
頭を抱えて身をよじっている正臣の傍に、丸っこいショートヘアの、小柄な二人の女の子が小走りに寄って来た。
「やほー。オミくんおまたせ~。」
「へへ~、ちょっと片づけに手間取っちゃった。あ、香澄ちゃん、久しぶり~。」
ぱっちりした目が印象的なこの双子は、意図してか否か同じような姿勢で、同じように軽く首を傾げてにっこりと笑った。
「佑理ちゃん、佑美ちゃん、久しぶり。そうそう、ストリートスナップ見たよ。あれ、ゴスロリって言うのかな。可愛かったよ。」
「きゃ~。ありがと~。ああいうの作って着るの好きなの。」
「え? あれ作ったの?」
「うん、さすがにコルセットとスティグマータのバックとヨースケのラバーソウルはムリだけどね。」
「それでね、あの写真の時のミニハットとチュールパニエ、クチPイヤリングは佑美が作ったんだよ。」
目をきらきらさせて楽しそうに二人は香澄にじゃれついた。
「え・・・と。専門用語はちょっと判らないな~、はは。」
「え~、佑理、これってセンモンヨウゴなの~。」
「わっかんな~い。」
同じ顔がお互いの顔を見合わせてくすくす笑っている所に、ようやく日替わり定食を手に入れた頼光がやって来た。
「やあ。佑理ちゃん、佑美ちゃん久しぶり。元気してた?」
「うん。ライコウくんは・・・だいじょうぶ?」
「ああ、これ? 大したことないよ。かすり傷みたいなものさ。」
「いったい何が『かすった』らああなるのよ。」
香澄はあきれた顔でテーブルに肘を付いた。
「ま、いいじゃん。保健のセンセもほとんど癒着してるって言ってた事だし。」
「その回復速度がウソっぽいのよね~。そろそろ何があったか教えてくれても良いんじゃない?」
「聞いたら聞いたでつまんない事さ。それより今、服飾科では何やってんの?」
頼光は香澄越しに、正臣達の方へ顔を覗かせた。
「うん? 今はスカートとブラウスの制作。でもほら、あたし達ってそういうの作り慣れてるじゃない? ちょっとタイクツ。ね~。」
『ね~。』
正臣の隣の双子はステレオであいづちを打った。
「でねでね、裁縫部で、この土日に柳町の教会のフリマで売る商品を作ってるの。課題ちゃっちゃと終わらせた私たちはそれ作ってるんだ。」
箸で串刺しにした、お弁当のタコさんウインナーを軽く振り回しながら、佑美は楽しそうに香澄と頼光の方を見た。
「へぇ、そんなイベントがあるんだ。楽しそうね。」
香澄は自分のお弁当の卵焼きをつつきながら、ちらりと隣の頼光を見た。
「ライコウ、土曜日はヒマでしょ? ウチの出店ブース、覗きに来たら良いんじゃない?」
「あ・・・そうだね。」
「なによぉ。歯切れが悪いわね。いつもなら『そうだな。ぜひ覗かせてもらうよ。香澄、一緒にどう?』とか言うはずじゃない。」
正臣の言葉に乗っかるように、香澄はちょっと上目づかいに頼光を見た。
「ほら、香澄だって誘って欲しいって言ってるじゃない。」
「いっ言ってないっ。」
「きゃ~、香澄ちゃん真っ赤~。」
「タコさん~。」
ケラケラ笑う双子に告ぐ言葉が見つからず、香澄は乗り出した体をすとんと椅子に戻した。
「香澄、行きたい?」
少し困った風な顔で頼光は香澄の顔を覗きこんだ。
「え、いやその、別にムリにとは、言わないけど・・・」
「悪い。その日は先約が入ってて、その・・・ごめん。」
浅いシワを眉間に浮かべて、頼光は視線を落とした。
「あー冷たいんだ~。」
「ライコウくんひどーい。」
双子は楽しそうに頼光を指差して囃したて、正臣も一緒になってはしゃいでいる。
香澄もひきつった笑みを浮かべながらお弁当の雑穀米を箸でつついた。
五時限目は化学の授業。
生徒達は、広い理科室のあちこちに島を作って教諭の到着までおしゃべりを楽しんでいた。香澄も杏子達女子仲間と窓際の陽だまりでまったりとしていた。
「お昼後、こんなんだと眠くなるね。」
「そうね、座ってるだけだと絶対やばいよね。あ、そうだ香澄、お昼、トイレで三組の女子が大きな声で内緒話してたんだけど。」
杏子はぱんと手をたたいて香澄に視線を向けた。
「もうそこですでに『内緒』じゃないよね。」
「一組の有松さん、皆本くんとデートするらしいよ。」
周りの女子達は短い歓声を上げる中、香澄は目を大きく見開いて杏子を見据えた後、黒板付近でたむろっている頼光に視線を泳がせた。
動揺している香澄を尻目にクラスメイトはのりのりで杏子の方へ身を乗り出した。
「それって確かな情報?」
「有松さんの親友の小林さんが言ってたそうよ。」
「い、いつ?」
真顔で聞く香澄に杏子は顔を近づけてささやいた。
「この土曜、柳町の教会のフリマ。香澄がうかうかしてるからこういう目に会うのよ。」
(そういえば、お昼『用事』じゃなくて『先約』って言ってたのは・・・それになんか今日はライコウ様子がいつもと違う感じが・・・)
ぐるぐると思考していた香澄は、杏子に肩を揺すられて我に返った。
「あ、なに?」
「香澄、先生来てるわよ。ほら、席に着かなきゃ。」