異世界に飛ばされた少女は叫ぶ。
少女は異世界に飛ばされた。
何があったのか、誰かの仕業なのか、理由も、原因も、何かもも解らない。ただ解ることは己の身一つのみここにあるという事。
「青い空、美味しい空気、見たこともない動物! 私、異世界に来たのね! これからどんな事が待っているのかしらぁ? キャハッ…………って言うと思ったかぁ! コンチクショー!」
コンチクショー、チクショー、ショー、ショー…………
少女の叫びは、こだまして消えていった。
何故、少女は機嫌が悪いのか、異世界だと分かっているのか。
それは、ふと気が付いたらヘドロのように濁った沼の真ん中に浮かぶ小舟に乗っていたからだ。小舟のみでオールが無い。
しかも、一瞬で異世界だと解るほどに辺りの情景は違和感しかなかった。
瞳が八個も並んだ紫色のワニっぽい何かは何匹かで船を囲っている。沼の周りに生えた木から木へと飛び移る紺色の猿っぽい何かはゲギャギャギャと鳴いている。
「誰かいませんかー! ここどこですかー?」
「ゲギャギャギャ!」
「お前らじゃなーい! 人間はどこだー!」
少女は考えた。
そもそも、なぜオールが無いのか。それがあれば解決するのに、と。
何をもって解決と定義付けたのかは定かではないがオールは万能だと思っているようだ。
「何でオールが無いのー? オールさえあれば変なワニとか猿っぽいやつとか全部殴って逃げるのに」
結構な無茶振りである。
少女はパニックを起こしている訳ではない。常に脳筋なだけなのだ。
ひとしきり「ここはどこだー」など騒いで叫んでは「ゲギャギャギャ」に「ゲギャギャギャ」と叫び返し無駄に体力消費をする。
「はー、疲れた。あれだ、『誰か、助けてくださぁぁい』って定番のセリフを叫ぶ時なんだよねー。周りに誰もいないけどさー」
少女は気付いていない。沼の周りに生えた木の影から様子を探られている事に。
あまりにも奇想天外な状況と、ただ叫びまくる少女を見て、助けた方が良いのか、助けなくて良いのか……。この世界の英雄と呼ばれる存在は迷いに迷っていた。
普通なら助けに行く状況だが、叫んでいる内容が謎過ぎて、頭がおかしい者なのか? と少し戸惑っているのだ。
少女が『助けて』と叫ぶまで後三十分。
それまでこの奇妙な状況が進展することは無い……。