第5章幕間(3) 仮面の女達は盃を交わす
時間軸は少し戻ります。
レイザーとアイラのお話しです。
アロン達の決闘から数えて、3日目。
ハイデンが他の将軍たちにアロンという存在を告げ、また “超越者” ノーザンはアロンを手中に収めるべく策略を練り始めた日の夜。
イースタリ帝国 “帝都” 中央区
“帝国城塞” 5階 “将軍位執務層 回廊”
「ふんふ~~ん♪」
青の煽情的なドレスを纏い、その上にシースルーの白色ストールを羽織る超越者、“白金将” アイラは鼻歌交じりに機嫌よく回廊を歩く。
その手には、将を統べる “大帝将” ハイデンから先ほど “褒美” として譲り受けた最高級のワインだ。
すれ違う執務官や女官たちが頭を下げる中、アイラは「いよ! 働いているねぇ!」とか「早くお家に帰ろうねぇ!」と声を掛けまくっている。
声を掛けられた彼らは一様に「何か良い事あったのか、アイラ将軍?」と首を傾げるのであった。
(あー! いよいよレイザっちの正体を知れる! やっべ、超やっべ。めっちゃ楽しみ!)
先ほど、ノーザンの部屋で “アロン様は超越者を殺せる! 一番やばいのノーザンだよね!” の話をして追い出された時、常に素顔を見せない “黒鎧将” レイザーに対して、いよいよ “中身は女性だって知っている!” と切り出したのだ。
最初は煙に巻かれたが、バラすぞ! と脅したら呆気なく白状。
中身は “女性” だということは出会った当初から見抜いていたが、その中身が一体誰なのかということまでは、流石のアイラでも分からない。
その謎に包まれた正体を、遂に知ることが出来る。
しかも、一緒にお酒を飲む約束までしてくれた。
これを楽しみと言わず、何と言うのか!
◇
「ふっふふー。到・着★」
黒鎧将執務室、手前。
ピタッと止まったアイラは、大きく深呼吸をしてから高鳴る胸の鼓動に合わせるように強くノックをした。
『どうぞ。』
中から響くのは、女の声!
これが、レイザーの正体!?
「やっほーいレイザっち! 飲みに来たぜ! ……って、あれ?」
「あら? アイラ様ではありませんか。」
そこに居たのは、既視感ある女性。
いやむしろ、良く会う上級執務官の女。
「ローアさん、居たんだ……。」
思わず肩を落としてしまうアイラだった。
相変わらず全身黒鎧姿のレイザーは、執務机の椅子に両腕を組んで座っている。
問題は、そのレイザーの正面に佇むは先代ビッヅレーゼ公爵の長女ローア・フォン・ビッヅレーゼ、だということだ。
実は、ローアはアイラにとって苦手な相手。
神秘的に輝く青髪に、美しい容姿。
それだけでなく頭脳明晰、柔らかな物腰、誰にも慕われる人徳など、“転生者級のチートじゃね?” とアイラが評するほどのデキる女だ。
アイラが吐き出す軽い言葉にも動じる事もなく嫌味や皮肉を言ってもいつもニコニコと躱され、的確に要件を熟すスーパーウーマン。
しかもその美しい容姿とスタイルは、前世と今世含めアイラが出会った女性の中でも、トップクラスだ。
身長も女性にしては高く、前世の世界ならグラビアアイドルとしても大成しただろう、と思えるほど。
今世、アイラ自身も前世を超える美貌とスタイルだと自負しているが、このローアには一歩も二歩も及ばないと、心の奥底では敗北を感じている。
さらに特徴的なのは、その声質。
前世の世界なら、数々の男共を虜に出来るような甘ったるい美声。
所謂 “アニメ声” だ。
“わざと声色変えているんじゃね?”
と思うが、どうやらローアは素でこういう声らしい。
“これが本物の御令嬢……”
と、何度も呆れたのであった。
「ところでアイラ様。このような夜分、レイザー卿へどのようなご用件で?」
にこやかに首を傾げて尋ねるローアに、うっ、と身動ぎしながらアイラもまた、笑顔を作る。
「い、いやぁ。アタシとレイザっちで一杯飲みながら色々語ろうぜ、っていう約束を……。」
「まぁっ!!」
両手を顔の前で合わせ、目を輝かせるローア。
「素敵ですね、アイラ様! 私もご一緒してもよろしいでしょうか!?」
「えっ、う、いや……その……。」
余りのキラキラオーラに流石のアイラもドン引きだ。
(これだから、このお嬢様は苦手なんだよっ!)
屈託の無い笑み。
表裏の無い性格。
前世、“人間の欲望” を熟知し、それを操舵することで歓楽街のトップレディとなったアイラですら “グイグイ来る表裏の無い女” が物凄く苦手なのだ。
“嫌いな奴” は多いが、“苦手な奴” は数えるほどしか居ない。
それも、前世の知識と絶大な能力を持って転生した今、アイラにとって唯一無二の “苦手な奴” がこのローアだと言っても過言では無い。
「あ、あのさっ、アタシもレイザっちに誘われた方だからさっ。レイザっちに聞いて欲しいな~~。」
「え? レイザー卿からアイラ様を、お誘いした?」
表情を凍らせてジト目でレイザーを睨むローア。
「あっ。」
“しまった!”
だが、時すでに遅し。
帝国城塞内に実しやかに囁かれる、噂。
“レイザー将軍とローア嬢は、恋仲ではないか?”
アイラはその噂を耳にする度に “無いわー” と思っていた。レイザーの中身は “女性” だし、以前ローアは “レイザーの素顔を見た事が無い” と口にしていたのを覚えていたからだ。
しかし、この空気。
(やっべ! レイザっちの正体が女だと知らずにマジで惚れこんでいるとか? 無いわぁー。これ、修羅場?)
そして、気付く。
その修羅場の渦中に居るのが、自分自身だと!
「レイザー卿? これだけお慕いしているのに、私には一向にお声を掛けていただけず……それでも、アイラ様は誘われるのですね? ……やはりそうですか。殿方は、アイラ様のように魅力的な方がお好みなのですね?」
冷たく言い放つ、ローア。
思わずアイラは両手で両肩を掴み、ブルルッと震えてしまう。
(怖ぇー! ローア、超怖ぇー!)
“女だと白状しないからこんな面倒くさいことに!”
―― ローアには、3つ下の超イケメン弟がいる。
新たなビッヅレーゼ公爵となり、現在、財務大臣として活躍する大金持ち貴族エリートの弟!
“唾付けたい!” “お近づきになりたい!” と、アイラにとって未来の旦那候補の一人として目を付けていたのだが。
ただ、その姉はローア。
確かに、ローアは苦手である。
取り繕ってもいつか必ずボロが出るので最初から等身大の自分を晒してきた。
それでも変わらず接してくれるローアだったので、うまーく取り入れることも出来るかも? と考えていた。
だが、この修羅場。
原因は、自分。
(あああ~~。イケメン大臣が遠ざかる~~。)
その原因は、未だ一言も発する事なく腕組みをして座る太々しい黒鎧の男、もとい、女の所為だ!
“全部、レイザーの所為にしよう!”
『バンッ!』
そう考えた矢先、執務机を両手で叩きあげる、ローアの気迫にアイラは再度震えあがってしまった。
「何かおっしゃったらどうなのですか!?」
「あ、や。ローアさん……それくらいで……。」
“その人の中身! 女の人!”
―― 言いたい。
だが、言ったら言ったでローアがどうなるか分かったもんじゃない。
“男に惚れ込んで我を見失っている女の面倒臭さと、厄介さと危険ぶり” は、前世で嫌というほど味わってきたのだ。
(うーわ、ヤンデレ臭がプンプンするなぁ。……今日は、退散しよっか。うん、そうしよう。)
そろり、そろり、と少しずつ後ろに下がる。
もちろん、気配遮断の “忍者の心得” も発動中。
―― こんなことに、ファントム・イシュバーンで得てきたスキルを発動する自分が悲しくなるが、とにかく逃げるしかないと考えるアイラだった。
そんなアイラに気付かず、ローアは黙ったままのレイザーにギャイギャイと文句を言い続ける。
(ああ、マジマジやばいって! てか、何を黙りこんでいるんだよ、レイザっち!? 何か言ってどうにか収めろよ、お前!)
ドアまであと僅か。
ギャーギャー騒ぐローアから、腰掛けるレイザーへと目線を飛ばしたアイラは目を細め、“何とかして収めろ!” とアイコンタクトを送る。
その時。
(あれ??)
―― 違和感。
あと僅か、ドアをソロリと開けてこの場から退散出来る寸前だったというのに、アイラは目を細めたまま、レイザーへと歩みを進める。
「あれ?」
それは、声にも出てしまった。
「何ですか、アイラ様?」
涙目で憤りを隠さないローアが、苦々しくアイラへと振り向いた。
しかし、アイラはローアでなく、腕を組みながらずっと黙り続けるレイザーをジッと見るのだ。
そして。
「……あんた、誰?」
怪訝そうに、アイラは言葉を発した。
その言葉に、ローアは普段の柔らかい表情とは思えないほど顔を顰めるのであった。
「何をおっしゃっているのですか、アイラ様?」
「あ、いや、その……あれぇ?」
アイラは、顔を顰めるローアをジッと見つめる。
「何か……」とたじろぐが、それでもアイラはローアと、レイザーを交互に見る。
―― それは、生来の勘の良さからだろうか。
「ね、え。ローアさん。」
「はい?」
「あんたが、レイザっち?」
確信は、無い。
アイラ自身、半信半疑ではあるが、自然と言葉を紡いでしまったのだ。
だがその言葉に、ローアは目を丸くさせ、ただ黙って座っていたレイザーからも『ガチャッ』と鎧が擦れる音が立った。
ローアはともかく、レイザーは動揺丸出しだ。
それが、決定打。
「……嘘、でしょ?」
目を丸めて口を大きく開けて、呆けるアイラ。
だが、今まで揃った状況証拠。
自分自身の勘。
さらに、今告げた言葉に対するレイザーの反応。
もはや、確定としか言いようが無い。
「……くすっ。」
ローアは、顰めていた口元を緩めて笑う。
そして。
「よく気付いたな。流石はアイラだ。」
顔はローア。
だが、声はレイザーだった。
「ふぇっ? ひぇっ!?」
「気付かねばそのまま追い出して有耶無耶にするつもりだったのだがな。気付かれた以上、俺の負けだ。」
“レイザーは女がわざと声色を低くして男の言葉遣いをしている”
それにすぐさま気付いたため、女性、と見抜いた。
だが、その正体がまさか “アニメ声” を素で貫くローアであり、しかもそのローアの口からレイザーの声で、レイザーの言葉で語り掛けられたことに流石のアイラも盛大に混乱する。
あわわわわ、と震えるアイラは、ギギギと油の切れた歯車のように首を動かし、未だ執務椅子に座る偽物レイザーに目線を送った。
“じゃあ、こいつは誰だ?”
それは、当の偽レイザーから語られる。
「はぁ。公務の最中に無理矢理呼び出され、このような茶番に付き合わされる私の身にもなってくださいよ、姉上。」
普段のレイザーとは、似ても似つかわない野太い声。
つまり、中身は、男。
それよりも。
(今、姉上って言った!?)
“まさか!?”
「貴方も楽しめたでしょう? ロベルト。」
「楽しいはずが無いでしょう。アイラ将軍を困らせただけではありませんか。」
偽レイザーは、苦々しく伝え黒の仮面を取った。
―― 現れたのは、現ビッヅレーゼ公爵。
ローアの弟。
財務大臣ロベルト・フェオン・ビッヅレーゼだった。
「ロベルト様ぁ!」
思わず喜色の声を上げるアイラ。
だが、帝国内での立場は大臣と同列である将軍位アイラが、弟のロベルトに対し “様付け” で呼んだことに、ローアはあからさまに表情を歪めた。
「やぁ、アイラ将軍。不躾な姉の悪戯に付き合わされ、お互い大変でしたね。」
にこやかに語るロベルトは、続いて籠手、鎧と脱ぎ始めた。
その直後、アイラはわざとらしく「キャッ」と可愛らしい声を上げて、両手で顔を覆った。
「あ、や! この下はちゃんと服を着ております!」
顔を真っ赤にして慌てて弁明するロベルト。
その言葉に、またもやアイラは「もぉ!」とわざとらしく拗ねた。
「酷いですぅ、ロベルト様ぁ。私はこんなナリですけどぉ、そのぉ、殿方には慣れてなくて……。」
“どの口が言うか!”
その言葉に、ローアは汚物を見るような目でアイラを睨む。
しかし、弟ロベルトはさらに顔を赤く染め、鎧を丁寧に机の上に置いてから襟を正す。
「失礼しました! ご不快な思いを……。」
「いえ……ロベルト様なら。私は、別にぃ……。」
そう呟き、またもや両手で顔を覆う。
その可憐さにロベルトは思わず固唾を飲んだ。
「ゴホンッ!!」
わざとらしい、大きな咳払い。
ローアは、はぁ~、と深い溜息を吐き出して、手を叩いた。
「さぁ、ロベルト。貴方は公務が山積みでしょう? 私の我儘に付き合っていただいて感謝いたしますわ。さぁ、自室に戻ってください。」
「あ、ああ。わかりました、姉上。」
ローアは青筋を立てながらも笑みを浮かべ、ロベルトの背を押しながら退室を促す。
「ええー!? せっかく、ロベルト様ともご一緒出来ると思ったのですけどぉ!」
「ア・イ・ラ、将軍?」
ロベルトに色目を使う事に躊躇無いアイラに、ますます怒りが込み上げる。
「やだぁ、お姉様ぁ。そんなおっかない顔で睨まないでくださいませんか?」
「お前に姉と呼ばれる筋合いは無い!」
両手を軽く握り、口元に当てる、所謂 “ぶりっ娘ポーズ” を取るアイラ。
“やはり正体を明かしたのは失敗だった!”
今更ながら、激しく後悔するローアであった。
◇
「じゃあ、レイザっちの正体に、かんぱーいっ。」
「なんだ、その掛け声は……。」
ロベルトが退室した後。
低めのテーブルにお互い対面に腰を掛け、早速、ハイデンから頂いた超高級酒を開けて杯を交わすアイラとレイザー、もとい、ローアだった。
「やぁー、女の人とは思っていたけど、まさかぁ、ローアさんだったなんて夢にも思わなかったな!」
一気にグラスを開けて、感心するアイラは手酌でお替りを注ぐのであった。
その様子に「ここに来る前まで飲んでいたんじゃないのか……」と頭を抱えながら、ローアは溜息を吐き出した。
「まぁ、勘の良いお前にもレイザーが私だと想像していなかったということは僥倖だと思おう。だが、何度も言うが……。」
「分かっているよー。皆には秘密でしょー?」
更にグラスを開けてアイラは笑顔で応えた。
(不安だ……。)
頭を抱えたまま、ローアは軽くグラスの酒を口に付けるのだった。
―― 僅かしか飲んでいない。それでも、アイラは笑みを浮かべ、ローアにボトルを傾けた。
「今。“不安だ” って思ったでしょ? 信用無いなー。」
「ある訳無いだろうが。」
「ひっどっ! 酷くね!?」
文句を言う割には、楽しそうに笑うアイラだった。
◇
「そーいやさぁ、ローアさんはどうしてこっちの世界に転生してきたん?」
もう何杯目か。
すでにハイデンから譲ってもらった最高級酒は空となり、アイラは自身の “次元倉庫” 内から大量の酒とつまみを取り出した。
その光景に「何てアホな」「貴重な次元倉庫の回数をそんな事に使っているのか」と咎めるローアだったが、アイラは当然ながら聞く耳持たず。
今世、酒を嗜み、酒に強くなったローアはグラスの揺らめきを眺める。
「……あの白い女神様に、声を掛けられたからだ。」
「うん。それはたぶん皆一緒だよ? そうじゃなくてぇ、ローアさんはどうして向こうの世界を捨ててこっちの世界に来たのか、って聞いているの!」
頬を膨らませるアイラ。
……それでも、ローアは答えない。
ふぅ、と息を吐き出してアイラはつまみの干し肉の欠片を口に放り込んだ。
むぐむぐと噛み、度数の高い果実酒で流し込む。
「っぷはぁぁ~。まぁ、いいや。言いたく無いってのが分かったし。」
その言葉を吐いた後、ボソリと、
「……ま、アタシもだけどね。」
呟いた。
「ん? 何だって?」
「あー、いや。言いたくないこと聞いてごめんねって。」
「……お前が謝る何て気味が悪いな。」
ローアにとっては本心なのだが、アイラはその言葉でゲタゲタと大笑いする。
だが、すぐに目を細め、小声で尋ねる。
「ねぇローアさん。貴女は考えたことはあるかな?」
「何を、だ?」
「あっちの世界に残したきたもの。具体的には。」
アイラは再度果実酒で唇を湿らせ、呟いた。
「アタシらのアカウントって、どうなったのかな?」
それは、VRMMOファントム・イシュバーンというゲームの、プレイヤーアカウントの事だった。
「はぁ?」と思わずローアは口にしてしまう。
「どうなったって……。俺たちはこっちの世界に転生したんだ。普通に考えればアカウントだけ残って、放置されているんだろ?」
当然とばかりに答えるローアに、「だよねー」と斜め上に目線を飛ばして頷くアイラだった。
「じゃあ、次の質問。覚えてなかったら答えなくていいから。」
「何だ?」
「ローアさん……いや、レイザっちが所属していた帝国ギルド “フリーダムキャット” って、ローアさんが転生する直前の総合ランキングは何位だった?」
「ああ、3位だった。帝国では1位だったがな。」
「2位は?」
「お前が覇国を裏切る前に所属していた “アヌビスの棺” だ。」
「よく覚えているねー。じゃあ、1位は?」
「……聖国の “ヴァルハラ” だ。俺が覚えている限りあそこが1位から陥落したのは、2、3回だけじゃなかったか?」
“ギルドランキング”
結成したギルドは、2週間に1度、通称 “シーズン” の最終日に、“ギルドポイント” の総計で “陣営ランキング” と “総合ランキング” が公表される。
ギルドポイントは冒険者連合体からギルドが受けた依頼の達成、ギルド戦の勝利や貢献度、ギルドメンバーの総合ステータス、また迷宮の攻略や到達深度、ギルドで管理しているアイテムのレア度数やゲーム内通貨である “ローガ” の総額など、ゲーム上のあらゆる数値がポイント化されて目に見える形で優劣をつけるものだ。
それが2週間の間に “暫定順位” が表示され、全ギルド、順位をより高くしようと依頼にギルド戦に、迷宮攻略へとこぞって参加してはポイントを獲得しようと躍起になる。
これはギルドとしてのステイタスでもあるが、何よりも最大の目的は、順位別の報酬と “称号” 獲得だ。
順位報酬は、課金アイテムである “幻想結晶” を始め、順位報酬でしか入手できない “幻想コイン” という特殊アイテム交換通貨に、さらにゲーム内通貨のローガが、ギルドメンバー全員に同数配布される。
それが、“陣営ランキング” と “総合ランキング” の両方から得られるので、2週間に1度とは言え、プレイヤーにとって何よりの “ご褒美” になる。
これこそ、ギルド戦を激しくさせる要因でもあった。
ギルドポイントが一番効率よく獲得できるのが、ギルド戦。そこでも、ギルドメンバーがどれだけ相手に打撃を与えたか、また生存率はどうだったかと、あらゆる指標によって上下するのだった。
加えて、“称号” の取得も順位争いの要因だった。
陣営、総合、共に “シーズン100位以内” で称号を獲得できる。
だが、そこで終わりではない。
そのギルドが、“何回その順位を獲ったか” によって得られる称号すらあるため、非常に性質が悪い。
―― だからこそ、ファントム・イシュバーンのプレイヤー達は高みを目指し、今日もまたギルドポイント獲得に走る。
問題は、ファントム・イシュバーン全体で、ギルド数は200万を超えているということだ。
その中で上位100位以内というのは、まさに “雲の上の存在” と呼べる。
一桁台ともなれば、それぞれの陣営の “最高峰” だ。
「ちなみに4位は?」
「……覇国の “満天星” だ。ずっと2位から4位争いをしていた聖国の “ネバーランド” を退いて、覇国の “満天星” が初めて4位を獲得した。俺やオルト、それにアロンが組んでサブリナ戦法を打ち破ってからずっと低迷していたが、どうやら他のメンバーが頑張ったみたいで、再び浮上してきたのを覚えている。」
そう答え、ローアも果実酒を口に付けた。
唇、喉に焼けるような刺激が突き抜ける。
―― 酒がかなり入ったからか、ローアもまた饒舌だ。
「そっかー。その時かぁ。」
何やら思案顔のアイラ。
ローアは果実酒を少量ずつ口に含みながら、続ける。
「それで思い出したが、確かアロンがログインしなくなって、サブリナ戦法を打ち破るに苦労したんだったな。それを契機に “満天星” は順位を見る見る上げたんだったな?」
「……うん。」
「どうしたアイラ? 何か引っかかることでも?」
逆に口数が少なくなったアイラに、ローアは不審そうに首を傾げた。
「……ねぇ、ローアさん。気分を悪くしちゃったら申し訳ないんだけど。」
「お前が今更、それを気にするのか?」
“アイラの所為で何百回、気分を害したか”
それを言外に皮肉るローアだが、アイラは気にせず続ける。
「アタシがこっちに転生した時の総合ランキングなんだけど。」
「うん?」
「1位が、“ヴァルハラ”、2位が “満天星”、3位が “フリーダムキャット”、4位が “ネバーランド” だったの。」
「何だって? “アヌビスの棺” は?」
“アヌビスの棺” とは、覇国最強ギルド。
その地位は、ローアが覚えている限り不動だった。
しかし。
「アタシがさぁ、帝国に鞍替えした理由でもあるんだけどぉ……。あそこってさ、結構酷いプレイヤーが多くてね。アタシも何度もセクハラされてさー。まぁ、それはいいんだけど。」
「いいのかよ。」
「どうせ、ゲームの中じゃない。それはどうでも良いの。むしろ、覇国の他のギルドにちょっかい掛ける連中が多くてねー。それに巻き込まれて、アタシは “満天星” の連中とそりゃもうヤバイくらい……それこそ、アカ停止になるんじゃないかってくらい、揉めちゃってねー。」
「……まぁ、お前の言葉遣いや態度は誤解を招くからな。」
やはり酔いが回っているのか、ローアはいつも以上にアイラに対して皮肉が多い。
しかし、それを気にするアイラではない。
むしろ。
それよりも。
ローアの言う事が正しければ恐ろしい事実がある。
「ま、アレコレあってアタシは帝国に鞍替えしたんだけどぉ……。それから1年くらい経った後かな? “アヌビスの棺” のプレイヤーの何人か、リアルで逮捕されちゃった事件があるんだよねー。」
「……なんだって?」
「原因は、ファントム・イシュバーンには関係無かったんだけど、他のオンラインゲームでのリアルマネー絡みで詐欺を仕出かして捕まったってさ。ネットニュースで連中が手を出していたオンラインゲームの一つに、ファントム・イシュバーンがあって。人伝にそいつらは “アヌビスの棺” のコアメンバーだったって話。」
「そんな事があったのか……。」
「その事件の時には、ローアさんは転生していたと思う。その事件の前から、アヌビスの棺は順位を落としていって、最終的には100位圏内から陥落したし。」
「……信じられない。」
“それ以上に、信じられない事がある”
アイラは、唇を噛みしめた。
「で、それが俺の気分を悪くするって話か?」
酒が周り、赤みを帯びてきたローアが尋ねてきた。
アイラはローアのグラスに再度果実酒を注ぐ。
「……ここからが本題。ローアさんは、アヌビスの棺の転落を知らない。つまり、それ以前に転生したことになるよね?」
「まぁ、お前の話が本当ならそうだな。」
「で、最初の質問。アカウントはどうなったかな?」
「……何が言いたい?」
アイラは、ゴクリと固唾を飲みこみ、続ける。
「アタシが転生する前、一緒に戦っているの。ギルド戦で。」
アイラが何を言いたいか、理解した。
「……じょう、冗談、だろ?」
目を丸くさせ、思わず注がれた酒を手に零してしまった。
それほど、ローアは動揺したのだった。
アイラはローアが零した酒を布巾で拭いつつ、はっきりと告げた。
「アタシが転生する直前。ギルド戦でレイザっちと共闘しているの。間違いない。相手は、パッパラパァ、つまり、イカレ女だったの。今でも覚えている。」
アロン不在の中。
レイザー達フリーダムキャットのメンバーや帝国内でも有数の上位ギルド、それこそ当時アイラが加盟していたギルドも加わり、共闘する形でギリギリ、サブリナ戦法を打ち破り、その闘いに勝利を収めることが出来たと言うのだ。
そのサブリナ戦法を把握し、的確に指示を飛ばして対処したのが、レイザー本人だったと言うのだ。
「そんな、馬鹿な。」
青褪め、震えるローア。
同じように青褪め、首を横に振るアイラ。
「……アタシ、確かにちょっとふざけているけど。」
(ちょっとじゃ無いだろう……。)
「ここに来て、冗談を言うほど馬鹿じゃないよ? ……アカウントの乗っ取り、とも思ったんだけど……。あんな的確な動きと指示を飛ばせるのって、レイザっち本人じゃなきゃ無理じゃね? って思う自分も居る。」
アイラの言葉に、ローアは震える手で果実酒を一気に飲み干した。
「じゃあ、ここに居る私は、何? 私は確かに、あの日、あの子をっ、失っ……。」
―― 今まで、“レイザー” のように声色を低く、一人称も “俺” であったローアが、声を戻し、それはまるで “前世のローア” のような言葉を吐き出した。
「ローアさん!?」
自分の言葉で自分自身も驚きを隠せなかった。
だが、それ以上に、今、アイラは驚愕した。
ボロリと、ローアの両の瞳から大粒の涙が零れたのだ。
すぐそれに気付き、ローアは乱暴に袖で顔を拭う。
表情を落ち着かせ、息を吐き出した。
「すまない、アイラ。少し取り乱した。」
そして、自ら果実酒をグラスに注ぎ、またアイラのグラスにも傾けた。
「少なくとも、お前が嘘を言っているとは思わない。だが、お前が転生直前に一緒に共闘した中に俺が居たとすれば、現実的に考えればアカウントの乗っ取りだろう。それか、放置状態だった俺のアカウントを運営が弄ったか、そのどちらかだな。」
“軍鬼” レイザーの実力は、ファントム・イシュバーンで十指に入る。そんな強アカウントをむざむざ放置することなく、乗っ取り、もしくは運営が弄った、または――。
「女神、か?」
「アタシも今、それを思ったところ。」
しばし沈黙。
果実酒を口に含み、アイラは重々しく言葉を発した。
「ねぇ、妙じゃない?」
「……妙?」
「どうして女神は、ゲーム内で声を掛けてきたのかな?」
ローアとアイラの共通点。
いや、二人が聞いた限り全ての転生者に共通する事。
“女神からの転生の誘いは、全て、ファントム・イシュバーンのゲームの中でだった”
ファントム・イシュバーンのアバターまま女神に会い、女神の誘いに返事をして、女神から転生特典と転生における制限についての説明を受けた。
―― そう全て、アバターの状態で。
「アイラ。」
ローアは、神妙な面持ちで声を掛けた。
「なぁに?」
「今の話を互いに整理しよう。それに情報も集めたい。」
キョトンと目を丸くさせるアイラだった。
「情報?」
「ああ。俺とアイラが今まで集めた情報では少なすぎる。他の転生者から、転生の前後について覚えている限り話を聞こう。出来れば年表みたいなのも作りたい。同時に、転生者が転生した年代もプロットしていけば、何か見えてくるかもな。」
「ああ、なるほどぉ~。流石はローアさんねぇ。」
感心するアイラに、ローアは目を細めた。
「お前の所為で、確かに気分は悪くなったからな。」
その言葉に、アイラは苦笑い。
しかし。
「だが、同時にわくわくしている自分も居る。もしかすると、俺達が何故、女神に転生させられたのかという秘密に迫れるかもしれないからな。」
酔っているからか?
ローアは、レイザーの声色だが、声を弾ませて笑みを浮かべた。
その声、その表情にアイラもまた表情を輝かせた。
「いいねぇ! それ、いいね! アタシとローアさん、いや、レイザっちの二人でさぁ、この世界の秘密に迫るの! 超楽しいじゃん、それ!」
「俺としては、気味の悪い引っ掛かりを無くしたいのもあるんだがな……。」
照れ隠しのように、頬を掻くローア。
その表情に、益々笑みを深めるアイラだった。
「じゃあさ、じゃあさ! お互い情報を集めて持ち寄って、こうやってまた一緒に飲まない!? ローアさん、お酒強いし、アタシも楽しいし、転生の秘密に迫れて一石二鳥!」
「……お前はただ、飲みたいだけでは?」
「まぁ、それもあるけどねー♪」
ペロッと舌を出すアイラに、ガクッと頭を落とすローアだった。
「ま、そうでなくても……。」
突然、アイラは表情を落とし、真剣に紡ぐ。
「やっぱ、変だと思う。」
「……そうだな。」
アイラとローア。
二人の思考は、合致した。
転生先である現実世界イシュバーン。
剣と魔法と終わらぬ戦争の、ファンタジーワールド。
何故、“ファントム・イシュバーンと同じ世界か” という疑問は常にあった。
そして、何故、“現実世界イシュバーン” を模したゲームが、向こうの世界に存在したのかという疑問も抱いたこともある。
“卵が先か、鶏が先か”
そういう話ではない。
「両方、何かおかしい。」
「ああ。この世界も……あの、ゲームも。」
転生し、奇しくも同じ帝国陣営の将軍位に召し抱えられた二人の女性。
性格は真逆だが、着眼点、思考共に、似通っていた。
拭えぬ違和感。
取り払えぬ悪寒。
その正体を知ろうと、二人の女性は手を組むのであった。
―――
「ねぇ、レイザっち!」
酒瓶が、かなりの本数が空いた。
アレコレと話しを続けるアイラが突然叫んだ。
「な、なんだ!?」
ローアが正体を明かしてから一貫して “ローアさん” と呼んでいたアイラが、突然 “レイザっち” と愛称で呼んだ。
嫌な予感が、ローアに過る。
「アタシぃ。レイザっちの正体と秘密を知ったしぃ、それに、二人だけの秘密っつーか、作戦? ほら、同じ目的があるじゃない!」
「……何が言いたい?」
アイラはさらに目を輝かせ、両手を広げた。
「アタシとぉ。レイザっちはぁ、ズッ友だね!」
その言葉に、ローアは再びがっくりと頭を下げた。
そして。
「お断りだ!!」
顔を真っ赤にして、叫ぶ。
それは酒の所為なのか、それとも――。
「やーん、照れなくてもいいのにー★」
「照れてなんかいないわっ!!」
心底迷惑そうに顔を歪めるローア。
それにまぁまぁ、と酒を注ぐアイラ。
「そんなズッ友なレイザっちにぃ、良い事教えてあげるー。」
厭らしい笑みを浮かべ、アイラはローアに耳打ちをした。
その言葉を聞き、
「ブッ!!」
余りの驚愕で、口に含んだ酒を少し漏らしてしまった。
「うっ、げほっごほっ!」
「だいじょうぶ~?」
苦々しく睨む、ローア。
「……その話、本当なんだろうな?」
「本当だよ? どういう感じだったか、詳しく聞くぅ?」
「絶対にやめてくれ!!」
“アイラとジークノートの秘め事”
その事実に、苦労人のローアは益々頭を痛めた。
―― 酒の飲み過ぎだと、思いたい。
女子二人飲み。
夜は、更けていくのであった。
次回、1月6日(月)掲載予定です。
-----------
【お知らせ】
【暴虐のアロン】の年内掲載話はこれで最後です。
そして第5章を終え、次回から第6章へと話は進みます。
いよいよアロンが戦争に介入し、そして、因縁深い男との闘いがメインとなってまいります。同時に、今まであまり触れずにいた様々な謎も解明に向けて話は進んでまいりますので、今後もお楽しみいただけると幸いです。
さて、以前より告知してまいりましたが、年末年始を利用して実家へ里帰り+遠方へ旅立つためどうしても掲載が滞ってしまいます。
【休載期間】
2019.12.28sat - 2020.1.5sun (9days)
一応、PCは持ち歩くので余裕があれば執筆するつもりです。
ただ、Webに掲載できる余裕はありません。
執筆の事は家族や友人たちに伏せているため、一人の時間などにコソコソと書ければなー、くらいです。いつも同じメンバーで旅行に行くのですが、昨年も「落ちこぼれの烙印~」をホテルで執筆していたら、友人に「旅行に来てまで仕事?アホなの?」と罵られました。
でも書きたい時に、私は書く!
その精神でまた来年もより一層精進して励んでまいります。
今後もぜひ【暴虐のアロン】をよろしくお願いいたします。
それではまた来年お会いしましょう。
皆様、よいお年を!
浅葱 拝