第5章幕間(2-2) いずれ人はそれを喜劇とも悲劇ともいう
「帝国軍もバハムートを発動させるなんて……。」
睨み合う聖国兵と帝国兵の間に発動させた竜王召喚だが、次の瞬間にはもう1体召喚され、まさに怪獣大決戦と言う光景が広がっている。
それを眺める女性--バハムートの召喚者は、戦闘馬車の台座の上で腕を組み、唸る。
そのまま左右色違いの瞳を細め、イエローゴールドの美しい髪を掻き分け、“わざと罠に引っ掛かったふりからの帝国本陣営奇襲作戦” が暗礁に乗り上げたと、心の中で舌打ちをした。
――彼女こそ、聖国の英雄。
“聖女” ミリアータだった。
激突する2体のバハムートを眺め、ぼやく。
「私は “幻獣師の旋律” を取らなかったから、発動まできっかり1分。でも相手は速攻でバハムートを被せてきたから、純粋な獣使士系で間違い無いはず。さて、どなたでしょうか?」
「知るかーい。そんな奴。」
独り言のはずだった。
しかし、その言葉に突っ込みを入れるのは、銀色の厚い装甲を纏う女性。
ボブカットの短めの青髪に、可愛らしい丸顔。
装備品を外すと少女のように幼く見えるのが特徴だ。
脳内で “インチキ童顔” と罵っていることは、ミリアータだけの秘密。
そんな “インチキ童顔” はいつ乗ったのか、台座の隅に腰を掛けていた。
表情を歪め、舌打ちをしたくなる衝動を抑える。
うふふ、と微笑み聖国旗を持っていない左手で頬を触れ、にこやかに振り向いた。
「あら? 聞いていたのですか、イセリア様。」
そんなミリアータの表情に、思わず両手で身体を抱きかかえて身震いするインチキ童顔こと、イセリアだった。
「うわ、キショッ! 今ここにはアタシらだけなんだから、普通の話し言葉で頼むぜマジで。」
イセリアの反応にピシッとこめかみに青筋が立つが、それでも笑顔は崩さない。
うふふふふ、と笑い、
「御冗談を。これでも私は聖女なのですよ? 貴女様にも敬意を払うのは当然の義務でしょう。」
そう言い左手を胸の下へ回して旗を持つ右腕を掴む。
その恰好、ミリアータの豊満な胸がさらに強調され、彼女のことを “ウシ乳女” と脳内で罵っているイセリアは思わず口元を引きつらせた。
「ふぅぅ~ん? とても敬意を払っているとは思えないんだけど?」
「あら? それはイセリア様の思い違いでは?」
「思い違いじゃ無いと思うんだけどなぁ~?」
奇襲の真っただ中というのに、笑顔で火花を散らす女性二人。
そこに。
「おいコラ! じゃれ合っている場合か、お前ら!」
戦闘馬車の真下から怒声が届く。
白い鎧に身を包んだ、黒髪黒目の端正な若者。
“竜騎士” クラークは2mはある巨大な戦槍を振り上げて、帝国兵側を睨んでいた。
「来たぞ!!」
その刹那。
『ガインッ!』
大きな剣戟音。
黒赤の剣を振り下ろすレイザーに、それを防ぐクラークだった。
レイザーの反対の手に掴まれた、ジークノート。
唐突の移動で多少混乱したが、すぐさま戦況を掴み、ジークノートも腰に下げていたミスリル剣を振り抜いてクラークに斬りかかった。
「させるかぁ!」
『ギンッ』
しかし、ジークノートの一振りは簡単に防がれた。
戦闘馬車の上に居たイセリアが飛び降り、腕でジークノートの剣を弾いたのだ。
その時。
『グギャアアアアアオオオオッ!』
ミリアータが召喚したバハムートが、突然後ろを振り向き、戦闘馬車目掛けて飛翔しようとした。
「げっ!?」
『ズドオオオオオオンッ』
『ギギャアアアオオオオオッ!!』
だが、そのバハムートを、ジークノート召喚のバハムートが背後から押さえつけ、首元を鋭い牙で噛みついた。
“同程度の召喚獣が召喚されたら、術者を狙う”
だからこそ、最初は互いの術者。それぞれジークノートとミリアータを狙っていたのだ。
だが、ジークノートが突然ミリアータの前に姿を現したことで、「やれ」という単純な命令しか受けていなかったバハムートは、移動したジークノートを狙い続けたことでまるで奇行に走ったかのように見える。
―― 実際、レイザーが “皇太子” のジークノートを引っ張ってきたのも、この結果を狙ったからだ。
「……そういう仕様でしたね。」
戦闘馬車の台座から降りたミリアータは、迂闊にもそのことを失念していた自分を責めるように呟いた。
“このゲームの世界も、あっちのゲームの世界と同じだった”
「負けてんじゃん、あんたのバハムート。」
ジークノートの剣を弾いたイセリアが、呆れる。
流石のミリアータも、その言葉にはムッとなった。
「単純な仕様の所為です。……それよりも。」
ミリアータはすぐさま笑みを浮かべ、レイザーとジークノートに向けてカーテシーをした。
「こちらの世界では初めましてですね。私は聖国で聖女の任についているミリアータと申します。」
「そうか。貴様が【殲滅天使ミリアータ】か。俺は帝国軍輝天八将 “黒鎧将” レイザーだ。」
レイザーは切っ先をミリアータに向けた。
その様子に、周囲の聖国兵が「何て罰当たりな!」「帝国の蛮族めが!」と罵声を浴びせ始めた。
しかし、ミリアータが左手を軽く上げると、罵声が一瞬で止んだ。
更に笑みを深め、丁寧に頷く。
「うふふ。懐かしい呼び名ですね。確か貴方様は “フリーダムキャット” の “軍鬼” レイザー様でしたね。お会い出来て光栄です。そして……貴方が、バハムートの術者でしょうか? お名前を伺っても?」
今度は、ジークノートを見る。
しかし、反応が無い。
……ジークノートは、戦場にも関わらず呆然とミリアータに見惚れてしまっている。
今世、婚約者だったレオナこそ世界一の美貌の持ち主だと思っていた。
もちろん、メルティも負けていなかったし、憎きアロンの妻だというファナという娘も村娘にしては異常な美しさだった。
しかし、今、目の前に居る美女はそれらも凌駕する。
儚く、そして優し気な風貌に雰囲気はまさに “聖女”
何より目を引くのは、非常に大きく実った胸部。
それを強調するかのような腰の括れに、肉付きの良い臀部。
耳障りの良い声質に、温かみのある丁寧な言葉遣い。
何よりも、その美貌。
前世でも、今世でも初めての体験。
一目惚れをしたのは。
「おい、ジークノート。どうした。」
剣を構えたままレイザーが尋ねる。
その言葉で我に返り、ジークノートは焦りながら咳払いをする。
「わ、私はジークノート! 帝国皇帝第一皇太子だ!」
その言葉に、周囲の聖国兵が色めき立つ。
何故なら、敵対国の特級首なのだから。
それを討ち取れば昇進どころの話ではない。
聖王から直々に報奨金が手渡され、一生安泰が約束されるだろう。
だが、そんな一般兵たちとは逆に、聖国陣営の超越者、クラークとイセリアは怪訝顔だ。
「ジークノート? 聞いたことねぇな。」
「そんな奴いたっけ? ねぇ、聖女様。」
眉間に皺を寄せながらミリアータに尋ねるイセリア。
だが、ミリアータは答えない。
聖女もまた、何か様子がおかしい。
「……聖女様ぁ?」
「え、あ、はいっ! もう一度お名前を……。」
何故かしどろもどろのミリアータ。
再度、ジークノートに名を尋ねた。
「私は……ジークノートだ。」
「ジークノート様、ですね。ミリアータです。」
呆然と、見つめ合う二人。
何か、微妙な空気。
その時。
『グギャアアアオオオオアアアアア……。』
響く断末魔。
ミリアータが生み出したバハムートは、背後を見せた隙を狙われ、ジークノートのバハムートに首を噛まれ続け、いよいよ躰を維持できなくなった。
召喚獣は、術者のSPを吸い続ければ永遠に存在出来るのものではない。
それぞれにHPとSPが設定されており、敵対者に倒されるか、大技を連発して召喚獣自身のSPを枯渇した時、強制的退場となり、もちろん術者のSP枯渇によっても強制退場となる。
獣使士系にとって、強制退場は避けるべき現象だ。
通常、召喚後は1分を経過しなければ発動停止、つまり任意で退場させることが出来ない。
逆に言えば、1分後はいつでも術者次第で退場させることが出来る。任意で退場させれば、召喚に必要とするSPの消費と詠唱時間を以て再び召喚可能だ。
しかし、強制退場の場合。
その召喚獣を再び呼び出すには1時間ものチャージタイムを要することになる。
さらに、他の召喚獣を呼び出すにも1時間の間、詠唱時間が3倍になるというペナルティまでも課せられるのだ。
“1分以内に召喚獣を倒せば、獣使士は無能となる”
強力な召喚獣を自由に使役出来る人気の高い職業。
しかし、スキルの扱いを間違えると急激に弱体化する側面を合わせ持つのだった。
「おおい! 負けたぞ、ミリアータ!」
イセリアが “聖女様” という呼び名をすっかり忘れて叫ぶが、当のミリアータは「あら~」と微笑んで誤魔化すのであった。
「不味いな……。」
焦るクラーク。
その眼前には、先ほどミリアータのバハムートを屠った、敵のバハムートだ。
帝国の罠に引っ掛かった振りの、急襲。
バハムートを当てて大混乱に陥れ、背後から帝国の地の利をそのまま奪ってしまおうという作戦だった。
それが今度、バハムートが自分たちへ牙を剥ける。
それでも、ミリアータは微笑みながら聖国旗を揮う。
「仕方ありません。守ってくださいね、クラーク様、イセリア様。」
『パンッ』
聖国旗を脇に抱え、両手を叩く。
そして、何かのスキルの詠唱を始めるミリアータ。
その時。
『グ、ガッ。オオオオオ……。』
泡となって消える、バハムート。
同時に、
「グッ!」
額から大量の汗を吹き出しジークノートは膝を着くのだった。
「ジークノート!」
「ジークノート様っ!?」
すぐさま駆け寄るレイザーに、詠唱中でも何故かジークノートの身を案じるようなミリアータ。
「まさか……SP枯渇か!?」
「す、すみません……レイザーさん。」
ジークノートの総SPで、バハムート召喚と召喚時間合わせ、約500秒が限界。
それが尽きる前にミリアータのバハムートを倒せたのは僥倖だったが、返ってレイザーとジークノートは危機に陥ってしまった。
「くそっ!」
レイザーは慌てて剣を向けるが……。
相手は、聖国陣営で最高峰の超越者。
それも、3人同時に相手だ。
いくらレイザーが強く、そして纏う鎧に剣がファントム・イシュバーンから偶然に持ち込めた伝説級の武具であっても、無謀。しかもジークノートを守りながらなのだ。
「形勢逆転だな。レイザー、ジークノートとやら。」
巨槍を構え直し、睨みつけるクラーク。
その隣に、腕に付けた大盾の先端から刃を伸ばした “盾刃” を振り上げるイセリアだ。
「これ、絶好のチャンスだよね。両腕両足を千切って、自害されないように縛り上げればレイザーと、バハムートを召喚できる危険な王子様を二度と戦場に立たせることが無くなるね。」
「そういう訳だ。覚悟しろ。」
近づくクラークとイセリア。
「レイザー将軍と殿下をお守りせよ!」
「「「おおおおおおおおおおお!!」」」
その危機を察したのか。
大勢の帝国兵が突撃をしてきた。
“あの化け物は、殿下が倒してくれた”
“今度はオレ達が、殿下を守る番だ”
その気迫と勢い。
とても千の兵で対処できるものではない。
「そこまでです!」
その刹那、ミリアータが叫んだ。
「それ以上近づかないことです。貴方たちの大切な将軍と皇太子だけではない。貴方たちも多くの命を失うことになります。」
ミリアータの詠唱は、終わっている。
あとは、発動するだけだ。
「近づくな! 下がれっ!」
そして、ミリアータが何を発動させようとしているか察したレイザーが叫んだ。
その声で突撃の足を止める、帝国兵たち。
「レイザー将軍、しかし!」
「命令だ! すぐさま全軍後退せよ! ……さて、ミリアータ。貴様が放つは “ミーティア” だな?」
レイザーの言葉に寒気が走るジークノート。
……もしこのまま、帝国兵が止まらなかったら凶悪な隕石が、彼らだけでなくレイザー、ジークノートごと潰したのだろう。
見惚れた、聖女ミリアータ。
しかし、その本性は【殲滅天使】だと、理解するのであった。
「ご名答。さすがレイザー様です。私がこの両手を外すか、スキル名を唱えれば天より十の隕石が降り注ぎます。バフは受けてないので純粋な攻撃範囲のみとなりますが、それでも最強と呼ばれる魔法士系の奥義。それをこの私が放てば……どれほどの被害が出るか、貴方なら分かりますよね?」
憐れむようにレイザー、そして、ジークノートを眺めるミリアータ。
そして、ミリアータの正面には武器を構えるクラークとイセリアだった。
レイザーとジークノートは振り向けないため分からないが、徐々に後退する帝国兵たち。
それでもまだ、流星魔法の攻撃範囲内。
“チェックメイト”
「クラーク様、イセリア様。お可哀想ですが、レイザー様は両腕を落として聖国へ連行します。ジークノート様は……。」
チラリ、とジークノートの目を見る。
だが、すぐさま逸らすミリアータだった。
「ジークノート様は帝国の要人。しかも先ほどSP枯渇でバハムートが強制退場された状況。つまり、獣使士として全く使えない状態です。」
「ああ、そういやそうだったねぇ。」
被虐的な笑みを浮かべ、首肯するイセリア。
ギラリと輝く盾刃の切っ先をジークノートに向けた。
だが。
「イセリア様。ジークノート様を斬る必要はありません。自害防止に捕らえれば事足りるはずです。」
「は? え? ……そりゃそうかもだけど。」
「聖女命令です。ジークノート様は、そのまま捕らえてください。」
唖然とするイセリア。
そして、更に顔を顰めるクラークだった。
聖女からの命令は、聖国を治める聖王の命令と同等。
いくら同じ超越者だからとは言え聖女の配下の聖天十二騎士爵であるなら、その命令は絶対なのだ。
「そいつが逃げたらあんたが責任取るんだよ?」
「ええ。もちろんです。ですが、ジークノートなるアバターに記憶が無い以上、彼は手元に置いて調べるべきです。しかも第一皇太子なら、次期皇帝の継承権も持つでしょう。捕虜としても人質としても絶好のカードです。」
心無しか、嬉しそうに語る。
そんなミリアータにますます不審そうに睨むイセリアだった。
「ま。アタシはあんたが責任取るなら何でもいいや。さぁて、じゃあレイザーは。」
にやりと笑い、イセリアは盾刃を振り上げた。
「ちょっと痛いけど、我慢してねー。」
このままでは四肢を落とされ、生かさず殺さず捕えられてしまう。
それは、殺せない超越者に対する “死” 以上の敗北。
『ガンッ』
イセリアの剣を防いだレイザー。
それを予想していたのか、イセリアは笑みを深めた。
その背後から、槍が伸びる。
レイザーの腕を狙い、クラークが刺してきた。
(ここまでか!)
伝説級の防具のため、その一撃で腕が吹き飛ぶことは無いだろう。
しかし、相手も屈強な超越者。
レイザーの総防御力を破り、槍が腕を貫くだろう。
(ならば!)
利き腕は守り、わざと刺されようとする。
そこでクラークの槍を封じ、腕を犠牲にしてでもイセリアを斬り伏せようとする。
--強靭な、“剣聖” の奥義で。
レイザーはクラークの槍が刺さる寸前。
スキル “剣聖解放” を発動させた。
「させるか!」
だが、イセリアもまたファントム・イシュバーンでは最上位に君臨する猛者の一人。
レイザーの動きを予想していたように、その剣を弾き飛ばそうと動いた、その時。
『ガキィィィィン』
あり得ない展開に、全員が驚愕するのであった。
「あっはは~。超絶ピンチにぃ、アイラ、参・上★」
クラークの槍を左手の盾で防ぎ、右手が握る槍でイセリアの刃を防いだ者。
ふわふわのファーの付いた外套を纏い、白と青で拵えた豪華な鎧を纏った戦場には似つかわしくない派手な女、“白金将” アイラだった。
「アイラッ!?」
「へーぃ、レイザっち。やばかったねー。」
全員の攻撃を弾き飛ばし、平然と立つアイラ。
そんなアイラに、レイザーはさらに叫ぶ。
「何故、お前が!?」
本来、進軍予定の無い将軍位が戦場に降り立つなどあり得ない事だ。
聖国軍との戦線はレイザーと、奥で殿を務める “騎馬将” メッサーラの2人が仕切っている。
そこに別の輝天八将が訪れるなどあってはならない。
焦るレイザーにアイラは、へへへー、と笑う。
「ほら、アタシとレイザっちはズッ友じゃん? ズッ友のピンチに駆けつけるのが、友情ってもんでしょ? 嬉しぃ?」
「ふざけている場合か!」
憤るレイザーに、あっはっは、と大笑い。
「ごめんごめん。本当はねぇ、オジ様に行ってこいって命令されたからよぉ。」
「ハイデン殿が!?」
「うん。それにぃ……あの糞野郎はアタシが居ない方が好都合だろうしね~。」
それだけ伝え、アイラは聖国の超越者3人を眺めた。
「へ~。その超絶美人子ちゃんが、あの【殲滅天使ミリアータ】でぇ、そこのイケてるおにーさんが、クラーク? あと……。」
アイラは、イセリアを見て止まる。
「……え? イセリアって子供なの?」
「誰が子供だ! これでも二十歳過ぎているわ!」
余りの童顔に思わず “子供” と言ってしまった。
顔を真っ赤にして憤るイセリアは、まさに子供のようだ。
「……。」
「ちょいちょーい。何を笑っているの聖女様ぁ?」
顔を背けプルプルと震えるミリアータをジト目で睨むイセリアだった。
だが、すぐにミリアータは平静を保ってアイラへと目を向けた。
「アイラ様、とおっしゃいましたね。貴女はかつて覇国の “アヌビスの棺” に所属していた、“聖騎士” アイラ様でお間違いないでしょうか?」
丁寧なミリアータの言葉に、アイラはブフーッと盛大に吹き出した。
「ちょ!? マジ! 本物のミリアータってそんなんなの!? めっちゃ、お嬢じゃん! やだぁ、ガチなお嬢様だって噂はマジだったんだ! 超金持ちのくせにプロゲーマーになっちゃったっていう変人! うーーわーー、それがどうして、この世界に転生しちゃったの!? マジでウケるんですけどー! しかも聖女って!? ないわ~~。」
大笑いするアイラに、ミリアータは笑顔のままだが、ピクピクとこめかみに青筋が立つ。
そこに、クラークは容赦なく巨槍を突き刺した。
だが「おっとぉ!」と笑いながら左腕の盾で裁く。
「この……ふざけた奴め!」
「あははははっ! あんた、イケメンだけどやる事狡いねー。性格出ているわー。」
「お前に言われる筋合いは無いっ!」
『ガンガン』と槍と槍を打ち付ける。
だが、アイラの参戦で余裕が出たのもまた事実。
「はぁっ!」
「くっ!」
『ギィンッ』
レイザーはイセリアの盾刃を弾き、間合いを取った。
その状況に、“アイラにばかり構っていられない” とクラークもまた、間合いを取る。
その僅かな、隙。
「ほらぁ、殿下! プレゼントォー。」
アイラはようやく立ち上がれるまで回復したジークノートの腕に絡みつき、SP回復薬を握らせた。
「あっ……。」
その様子に、思わず声を漏らすミリアータ。
僅かに漏れた声、僅かに現れた表情、目線。
“手練手管”
“百戦錬磨”
そう評されるアイラは、瞬時に悟った。
そして、ニンマリと笑みを深めて……。
「ほぉら殿下ぁ。早く飲んでぇ。」
人目も憚らずさらに身体を寄せて、手に握らせたSP回復薬を口元へと近づけた。
「ちょっ、アイラ、さん!?」
「照れないでよー。私と殿下の仲でしょ~?」
そう言いつつアイラはミリアータへ視線を飛ばした。
「っ!!」
ミリアータも、アイラの意図を感じ取った。
―― いや、気付かれてしまった。
その事で頭に血が昇り、
閉じていた両の手を、外してしまった。
『ドウンッ』
響く、鈍い打音。
「あっ。」
「あ!」
「あああっ!?」
上空に広がる、紅い魔法陣。
そして。
『ギュゥゥゥンッ、ギュンギュンギュンギュンッ』
大音響の、甲高い音。
紅い魔法陣から降り注ぐ、豪速の隕石。
「ジークッ!!」
「うわああっ!?」
「ふぇっ、きゃわああああああっ!」
それは咄嗟の判断だった。
レイザーはジークノートの腕を掴み、引っ張る。
そのままジークノートの腕に絡みつくアイラも同時に引っ張られた。
(間に……合えっ!)
『『ズガドゴゴゴゴゴゴズガゴゴゴゴゴゴゴゴ』』
10の巨大な隕石が、容赦なく降り注ぐ。
「ぐあああああああっ!」
「ぎやあああああああっ!」
それに巻き込まれ、肢体を吹き飛ばす帝国兵たち。
辛うじてミーティアの攻撃範囲から逃れていた帝国兵たちは、目の前に降り注ぐ “絶望” に、ただただ言葉を無くし、腰を抜かし、中には放尿してしまう者も現れた。
“これが、聖女ミリアータの力”
その凶悪な一撃は、身も心も打ち砕くのであった。
「はぁっ、はぁっ……。」
何度もファントム・イシュバーンで見慣れたとは言え、実際に肉体を潰し、砕く威力を持つミーティアに、レイザーは愕然となった。
咄嗟に助けられたジークノートとアイラも同様だ。
煙が立ち上るミーティアの痕に、無数の死骸。
その有り様に、言葉を無くすのであった。
「ちょいちょーい。聖女様ぁ?」
「……らしくないな。」
突然の暴発。
呆れるイセリアとクラークだった。
ミリアータは両手で顔を覆い、しゃがみこんで「ごめんなさい、ごめんなさい……」と呟いている。
「まぁ、聖国側に被害が無かったから良しとしよう。次は発動する前にちゃんと言えよ?」
「ううう……申し訳ありません。」
しかし、ミリアータらしからぬ失敗。
「それにしても一体どうしたんだ? 本当にお前らしくない。」
「性悪アイラが来てから、可笑しくなったねー。」
ビクッと身体を震わせるミリアータ。
しかし、これ以上悟られては敵わない、とスクッと立ち上がった。
「……本当にどうしたの?」
「何でもありませんわ。うふふふ。」
いつものにこやかな笑みを浮かべて答える。
その笑みに苛立ちを覚えるが、いつもの聖女に戻ったと考えるイセリアだった。
「さて。仕切り直し、ってわけにはいかないか。」
クラークは、立ち上がったレイザー達を睨む。
SP枯渇を起こしていたジークノートは、時間経過とアイラが持ち込んだSP回復薬でそれなりに回復した。
「よくも、やってくれたな!」
ミーティア暴発に激高するレイザーも万全。
さらにアイラまで加わっている。
それに対し、聖国側の3人。
傍から見れば万全だが……。
「……流石に、限界だろ?」
剣を構えたレイザーがミリアータに告げた。
にこやかに笑うミリアータだが、内心焦っている。
竜王召喚に、流星魔法。
大技2連発で、彼女のSPも枯渇寸前だったのだ。
“次元倉庫” にあるSP回復薬を服用する手もある。
だが、その間は無防備になるためクラークとイセリアに守ってもらう必要があるが、相手が3人に増えた今、それは悪手だ。
「さぁ? それはどうでしょうか?」
そのことを悟られないように。
にこやかに、ミリアータは脇に抱えていた聖国旗を手に取った。
よく見れば先端に宝石が括り着いている。
それは、大きな魔法杖に旗を括りつけたものだった。
しかし。
「ふん。痩せ我慢だと見え見えだぞ?」
冷たくレイザーは吐き捨てた。
それぞれ武器を構え、睨み合う3人と3人。
周囲の空気は凍り付き、帝国兵も聖国兵も固唾を飲み見守る。
一触即発。
その時。
「はぁ~~。やめやめっ。」
突然アイラは構えを解いて、大きな欠伸をした。
呆気にとられる他の5人。
「おいっ、貴様……本当にふざけるなよ?」
アイラのふざけた様子に、クラークは怒り心頭だ。
イセリアも表情を歪め、ジト目で睨む。
しかし、アイラはまるで気にしない。
「別にー、ふざけてないよー。てかさぁ、このままやったら、あんた等負けるよ?」
「「はぁ!?」」
「どう見ても、ミリアータちゃんはSPスッカラカンだしぃ。こっちはミーティア受けて被害は出たけどぉ、兵力はそっちよりもまだ上だしぃ? 最初のミリアータちゃんのバハムートが失敗した時点で、奇襲は失敗じゃないのぉ?」
―― 図星である。
まさか、帝国側にバハムートを発動出来る転生者が偶然にもこの戦場に居るとは予想していなかったのだ。
「ま、それでもぉ。クラっちと小娘ちゃんが大技ぶっぱすればワンチャンあるかもだけどー。」
「ちょちょちょーい。誰が小娘だ!」
「私もレイザっちもぉ、元気いっぱいで大技ぶっぱ出来るから、結局ワンチャンなんて無いねー。」
イセリアを無視して、アイラはまるで馬鹿にしたような笑みを浮かべて告げた。
激高しかけるクラークだったが、
「ふふふっ。では、見逃してくれるのでしょうか?」
制するように、ミリアータが尋ねた。
「おいっ、ミリアータ!?」
「逃げるつもりなの!? アタシはヤダよ!」
異を唱える二人。
“この性悪アイラが見逃すはずが無い” と考える。
だが。
「いいよー。こっちもさぁ、ミーティア受けてもまだ生きている人いるかもしれないしー? ほらほら、救出しなくちゃだしぃ。今ここで無理して戦ってさ、せっかく帝国有利! の状況をふいにするのもバカバカしいじゃーん。」
「けっ。所詮はお為ごかしか。」
「えー? 何そのオタメゴカシって? 意味わかんないんですけどー?」
わざとお道化て小馬鹿にする態度。
益々頭にくるクラーク。
しかし……。
「お言葉に甘えて撤退させていただきますね。」
丁寧にお辞儀をするミリアータであった。
「おい、マジかよミリアータ!?」
「ちょっと!?」
「ですが、このままおめおめと逃げるわけにはいきません。」
バサッ、と旗を一振りしてミリアータは笑う。
「今回、私たちも奪われた領地奪還のために勇み足になったのは否定できません。ですが、奪われたものは必ず奪い返す。それが、私がこの地に立った理由です。」
「へーぇ? それでぇ?」
「次は正々堂々と。正面から殺し合いましょう。」
ミリアータは、アイラとレイザーに向けて告げた。
――どうしてもジークノートの目は、見られない。
「うん、わかったー。」
「おいっ、アイラ!?」
勝手に戦闘を止め、勝手に敵対者の言葉を了承する態度にさすがのレイザーも止めに入る。
アイラの言う事も最もなのだが、ファントム・イシュバーンで聖国最強の【殲滅天使ミリアータ】がSP枯渇という状況、むしろ今こそ契機であり、ここで四肢を切り刻んで捕えることが出来れば聖国との戦争を遥かに有利に進めることが出来る。
だが、アイラはまるでやる気が無い。
「いいじゃんー。それに絶対勝てるって保障は無いし? どうせやるならー、絶対勝てる状況に持ってこなきゃダメでしょう?」
アイラの目が、悠然に語る。
“アロン様に、コイツ等も殺してもらおうよ?”
「ぐっ……。」
レイザーの全身が震えあがった。
アイラは、確かにふざけた人間だ。
紡ぐ言葉は馬鹿丸出しで、節操がない。
その見た目といい言葉遣いといい、超越者という存在をさらに悪評立てることに事欠かない厄介な存在だ。
―― だが。
洞察力と、思考力。
そして人心掌握術に関しては、自分より遥かに上だと認める他無かった。
「大した自信ですね?」
笑顔で穏やかに伝えるが、アイラの「絶対に勝てる状況」という言葉に怒り心頭のミリアータ。
それはミリアータだけではない。クラークもイセリアも、怒りを隠さずアイラを睨んでいる。
しかしアイラは、まるで気にしない。
「はぁー? 自信なんて無いべ。まぁ、アンタらは単純そうだしぃ? ねぇ、殿下ぁ♩」
甘ったるい猫撫で声でアイラはジークノートの腕に再度絡もうとする。
その様子に息を飲みこむ、ミリアータ、だった。
「聞いて欲しい!」
しかし、ジークノートはスルリとアイラを躱して数歩前で繰り出し、大声で叫んだ。
「待て、ジークノート!」
ジークノートの考えを読み、制止するレイザー。
だが、そのレイザーの手すら、跳ねのけた。
「おかしいと思わないか!? このファントム・イシュバーンの世界で、遥か昔から戦争が続いていることが!」
「「は?」」
突然、“何者かはっきりしない” ジークノートの言葉に、盛大に怪訝となるクラークとイセリアだった。
「やめろっ、ジークノート!」
それでも、ジークノートは止まらない。
「私は、この戦争を止める! そのために、この世界に転生したのだ! 超越者と呼ばれる私たち転生者こそ、この世界の戦争を止めるために女神に選ばれた存在ではないのか!?」
その叫びは、ミリアータ達だけではない。
後方で盾を構えて隊列を組む聖国軍にも、ミーティアの痕から生き残った者を救出したり、この悍ましい攻撃を放った聖国の蛮族に一矢報いようとジリジリと近づく帝国軍にも、聞こえた。
「いい加減にしろ!」
激高するレイザーは、ジークノートを後ろから押し倒して捕らえた。
その様子にアイラは「わぉっ」とニヤニヤと笑う。
「この世界を平和に導くのは、私たちだ! 手を取り合い、世界を、平和に!」
それでも止めないジークノート。
レイザーはいよいよ顔面を殴ってでも止めようとした、が。
「「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」
「「「「ジークノート殿下っ、万歳っ!!」」」」
絶叫に似た雄叫びを上げる、帝国兵たち。
“超越者” である皇太子が、帝国だけでなく世界の平和を願っている。
この血みどろの絶える事の無い戦争の終結を願っている。
聖国軍もまた、動揺が広がる。
帝国の皇太子が、自国だけでなく世界平和を訴えた。
戦争の終結は、世界共通の願いだ。
だが、それを敵対国は理解しない。
“邪神・悪神に唆された蛮族だから”
だが、いずれ敵国を率いるだろう第一皇太子の口から漏れたのは、世界の平和。
そして、聖国でも様々な優遇政策で天狗となる超越者が、自らの転生の理由が “この世界の戦争を終えるため” という高尚な考えを持っているという事実。
帝国だけじゃない。
聖国も、覇国も。
もしこれが力ないただの凡夫なら、“何を血迷ったか” “何を夢見ているのか” と失笑されただろう。
しかし、偉大な聖女が生み出した竜の王と同じ化け物を召喚した、超越者の中でも選りすぐりの実力者だ。
“素晴らしい” と叫びたい。
賛同したい。
だが、自分たちは聖国兵。
“聖女様は、何て答える?”
全ては、それ次第。
賛同し、手を取り合うのか。
それとも、油断を誘う甘言と切り捨てか。
「面白い事をおっしゃいますね。」
静かに、ジークノートを見つめるミリアータ。
にこやかに、そして頬を赤らめ、呟いた。
「ですが、無駄な事です。」
「そん、な!?」
「ファントム・イシュバーンの世界ですよ? そんな裏技のような攻略法があって堪るものですか。」
ミリアータの視点。
それは、“プロゲーマー” としてファントム・イシュバーンで最強ギルドを率いて、そして自身も極限まで強くなったという自負がある。
そんな彼女自身、この完成された “ファントム・イシュバーン” を完全攻略するのに、少なく見積もっても50年は費やすだろうと考えている。
“真に辿り着くべきは、7つの大迷宮の攻略”
―― 戦争は、その目的に誰がより近いか、またそこで得られる報酬や経験値を以て強くなれるか、という手段でしかない。
“目的を達成するための手段が、無くなるはずがない”
「まぁ、個人的には面白い発想とは思います。……そうですね、ジークノート様。貴方達帝国が奪った聖国の領地を今すぐお返しいただけるなら、戦争終結に向けた対話テーブルの場を設けましょうか。」
「ふざけるな! ジークノートも、ミリアータも!」
怒声を上げるレイザー。
「領地を返せ? その後、後ろから刺すのが貴様のやり方だろうが、ミリアータ!」
「あら? 聞き捨てなりませんね。レイザー様。」
「“殲滅天使”、その異名。最悪の天使族のように相手を油断させて勝ち筋を掴むそのやり方、忘れるわけがない!」
―― それが、【殲滅天使ミリアータ】だ。
「いずれにせよ今日はここまでです。私は帝国に奪われた領地奪還の任を、聖王様に委ねられてこの戦場に馳せ参じました。互いに転生者同士。今度は全力でやりましょう。」
微笑みながら、聖国兵へ撤退指示を飛ばす。
徐々に後退を始める、ミリアータ達。
帝国兵は追うことも出来るが……。
「来てみろよ? こいつが火ぃ吹くぜ?」
2mの巨槍を大きく振りかぶる、クラーク。
その腕、その槍はおどろおどろしい紅いオーラに包まれている。
戦士系覚醒職 “竜騎士” スキル
“奥義・ドラゴニックブレス”
投擲のように構え、放つ武器から噴き出るはドラゴンの吐息。
巨大なレーザーのような剣戟は、直線状の範囲で言えば近接系で最も射程が長い。
ただし、横への広がりが限定的であるため、あくまでも直線的な攻撃でしかない。
それでも “奥義” の名に相応しい一撃。
本来は、同じ竜騎士スキル “竜騎士解放” による跳躍を活かした上空から放つのがセオリーであり、頭上から真っ直ぐ巨大レーザー、それも物理攻撃が降り注ぐため、遠距離攻撃を得意とする魔法系職業を一掃するのに一役買うのだ。
「くっ! 全軍、追うな! 下がれ!」
ジークノートとの会話で、チャージを許してしまったレイザーは地団太を踏みたくなった。
“最初から殴って止めれば良かった” と後悔するばかりだ。
じわじわと距離を離す聖国軍。
もう間もなくドラゴニックブレスの射程から外れる。
その時。
「“ドラゴニックぅ、ブレェスぅ”!」
「なっ!?」
目を丸くさせるレイザーとジークノート。
何と、いつの間にかアイラもまた、同じ “ドラゴニックブレス” をチャージしていて、射程範囲ギリギリで放ったのであった。
―― 気付かなかった理由。
アイラは、武闘士系をジョブコンプリートしている。
その中の、“忍者” で選択したスキル。
“忍者の心得”
常時発動能力、無音攻撃。
退く聖国軍、クラークのドラゴニックブレスに意識が集中していた隙を突いたアイラの凶悪な一撃だった。
「なにぃ!? “ドラゴニックブレス” !!」
その攻撃に気付いたクラークもまた、ドラゴニックブレスを放った。
だが、一手、遅かった。
実はクラークも、射程が切れる寸前にジークノート達向けて後ろの帝国兵も巻き込むつもりでドラゴニックブレスを発動するつもりでいたのだ。
それが、最強ギルド【ヴァルハラ】の常套手段。
ミリアータというよりも、サブギルドマスターであったクラーク達が良く使った手だ。
その結果。
ギルドマスターであるミリアータに、【殲滅天使】という二つ名がつくのであった。
―― もちろん、ミリアータも例外では無かったが。
それが、まさか。
自分たちがやられる側になるとは。
『ジャギャギャギャギャギャギャ』
ぶつかる竜の吐息と吐息。
一瞬、アイラの方が早く、そして。
僅かに強かった。
『ズガアアアアアンッ』
「ぎやああああああああっ!?」
「ぐはああああああああ!!」
軌道は逸れたが、その余波が聖国兵を百人ほど巻き込んだ。
凶悪な “超越者” の無慈悲な一閃は、ただの兵や冒険者など、紙屑ように命を奪うのであった。
「ふんっ。」
額の汗を拭い、満足そうに口角を上げるアイラ。
その視線の先、柔らかな笑みを無くし、苦々しく表情を歪めてアイラを睨むミリアータだった。
「よ、よくも……。」
怒りで震えながら、持ってきたSP回復薬を服用し、再度ミーティアを放とうかと思った。
だが、止めた。
アイラがよく通る声で告げた、言葉。
「これでぇ、御相子!」
“ミーティアのお返し”
それも【ヴァルハラ】の常套手段を真似てだ。
皮肉な意趣返し。
「う、うふふふふふふ。よくもやってくれましたね? 野蛮人め。」
“この借りは、必ず返す”
笑いながらも、怒りに満ちる聖女の表情に聖国兵たちは、仲間たちの惨状も相まって更に肝を冷やすのであった。
◇
夜。
“ウァサゴ渓谷” の帝国陣地・聖国陣地の間際。
満天の星空の下、ジークノートは一人佇んでいた。
それは、深夜の奇襲に備え警戒する、夜警の兵たちを労ってか?
先ほど、レイザーに『戦場で馬鹿なことを言うなんて!』『お前の言葉で兵たちが動揺しているぞ!』とミリアータたちに叫んだ言葉をコッテリドップリと散々絞られたからか?
―― 違う。
「……ミリアータ。」
それは、一人の女を想ってだった。
初めて、女性に目が奪われた。
初めて、女性に心が奪われた。
だが、相手は敵国の要人。
それも敵国で敬愛される “聖女”
“敵国の女に、恋をした”
これが物語なら、何てベタな、何てありきたりなのかと笑われてしまうかもしれない。
それでも。
「ミリアータ。」
どうしても、その名を呟いてしまう。
その、時だった。
『カランッ』
ジークノートの足元に何かが落ちてきた。
「殿下っ! お下がりください!」
「敵襲か!?」
その物音で、周囲を警戒していた夜警の兵たちがわらわらと集まってきた。
揺らめく松明の火が激しく動きまわることを受け、反対側で睨み合っていた聖国軍の火の光が右へと左へと、激しく動き回る。
「いーや、奴等はこっちの動きを見て警戒しているっぽいな。石が落ちただけで過剰になりすぎだ、テメェら。まぁ、こんな夜更けに最重要人物がフラフラ出歩いていれば、邪魔でしかねぇからなー。」
“忍者の心得” の効果である夜目を持つ、武闘士系上位職 “軽業師” の超越者の男が、皮肉たっぷりにジークノートに告げた。
「悪かったですね。失礼しました。」
そう告げ、ギロリと睨む。
その眼力に、思わず身震いする軽業師の男だった。
「ん?」
そろそろ天幕に帰ろうと踝を返したジークノート。
足元には、恐らく先ほど “物音” を立てた石礫だ。
「これは……。」
思わず、息を飲む。
それは紙がグシャリと包まれた小石だった。
問題は、“小石” ではなく、“紙” の方だ。
(誰が、これを?)
その小石が包まれた紙を拾い、広げて見た。
「……っ!?」
それは、手紙だった。
向こうの世界の共通言語で書かれた、手紙だった。
ジークノートは、再び聖国軍の方へと目線を飛ばす。
先ほど、帝国軍の動きで慌ただしくなったが、今は落ち着いている。
恐らく、ジークノートと同様に。
そこに居たのだろう。
「ミリアータ……。」
手紙の差出人は、聖女ミリアータ。
宛て名は、帝国皇太子ジークノート。
『貴方のおっしゃった、“裏技” に関心があります。』
『私も、戦争を止めたいと願っております。』
『だから、近いうちに。』
『貴方と私。二人だけでお会いしましょう。』
また会える。
それも、二人で会える。
高鳴る鼓動。
ジークノートは満天の星空を眺め、笑みを浮かべるのであった。
次回、12月27日掲載予定です。
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【お知らせ】
年内の掲載は、次回(幕間3)が最後となります。
私事ですが、年末年始を利用して実家へ里帰り+遠方へ旅立つため、その間の掲載が滞ってしまいます。お楽しみいただいている方には大変申し訳ありませんが、どうか御容赦ください。
【休載期間】
2019.12.28sat - 2020.1.5sun (9days)
一応PCは持ち歩くので、実家&旅先でも執筆はするつもりです。
ただ掲載できるほど余裕はありません。本当に申し訳ありません。
(執筆の事は家族や友人たちにバレたくないので……。)
引き続き、【暴虐のアロン】をよろしくお願いいたします。