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第5章幕間(1) 赤髪の狂人は骸を積み上げる

後世、歴史家によって編纂されるであろう史実。


“聖国の大飢饉”


日照りと不作が続き貧困に喘ぐ聖国にこれ幸いと、敵対する帝国と覇国の両国は、まるで申し合わせしたように聖国への侵攻を強めた。


遥か太古から続く、三大国の戦争。

その戦争に、いよいよ区切りが着くかに見えた。


しかし、聖国もまた大国。

飢饉に貧困だけでなく戦争で多くの民を失ったが、それでも粘り、耐え抜いた。


結果だけ見ればいくつか領地を奪われることになってしまったが、 “聖国滅亡” という最悪の事態だけは免れたのだ。


そうして迎えた、念願の豊作。

国力は見る見る回復し、糧秣も、人口も、豊かになった。


聖国の人々はこの最悪からの転換を崇め奉る女神 “聖天神” の奇跡と語り、感謝と祈りを捧げた。

その危機を乗り越えたからこそ、聖国の民はより結束を強めることとなり、同時にそれは帝国・覇国という敵対勢力にとって脅威に成り得る。


その脅威の一つ。

他国は、その存在を無視することはできない。



神秘さを醸し出すイエローゴールドの髪。

過去と未来を見つめるかのような色違いの瞳。

“天女” と形容すべき絶世の美女。


聖国の人々に愛され、畏敬を集める一人の女性。

それは、まさに神が遣わした聖女。



“聖女” ミリアータ



貧困に喘いだはずの聖国が滅亡の危機を退いたのも、致命的な領地簒奪を水際で防いだのも、その聖女の力と采配が多く関わっていた。


聖国の滅亡回避は、同時に “聖女” の名を知らしめることとなったのだ。


強く、気高く。

そして誰からも愛される絶対的存在。


敵兵すら畏敬の念を抱かずにはいられない聖女には、その姿を目の当たりにした不死の存在、“超越者” が「敵うわけがない」と両の手を挙げ、戦意を喪失する事態が相次いだという逸話まである。


まさに歴史的英傑の一人として、その名を刻むだろう。



そしてもう一人。

同時期、その聖女と対となる “狂人” が台頭した。



帝国と聖国の争いよりも、多くの民が命を散らした戦場がある。


その名も、“ガミジン渓谷”

聖国と覇国との境界線であるその渓谷に現れたは、鮮やかな紅を纏う令嬢だった。


その令嬢も、聖女に負けず劣らずの美貌の持ち主だが……。


聖女とは、対極。


常に乱れた色鮮やかな赤髪。

狂気を孕む赤目に、深く刻まれた隈。

その唇から紡がれる、聞くに堪えない罵詈雑言の羅列。


出会う者すべてに “絶望” を与える狂乱の魔女。

人を人と思わぬ、狂気の権現。



“狂人” サブリナ



その狂人は、覇国を支える五大公の一つ、“大地のエンザーズ” に迎えられた超越者であり、その圧倒的力量を買われ、覇国軍を率いる最強の先頭集団 “五大傑” の一人として輩出された。


その闘い方は、狂っているとしか言いようが無い。

サブリナの手によってガミジン渓谷で潰えた命は、数万にも及ぶ。


それも、敵兵である聖国兵だけではない。

味方であるはずの、覇国兵すら巻き込むのだ。



聖女ミリアータと、狂人サブリナ。



“聖国の大飢饉”

その歴史的転換期が生み出した二人の英傑の名は、後世、伝えられるはずだ。



―― 本来、なら。



誰しも疑わぬその事実が揺らぐ、大事件が勃発する。

その結果、後世の歴史家たちはミリアータ、サブリナという時代の寵児についてあまり多く語ることは無く、歴史の影にただ埋もれてしまうのだ。



では、その “大事件” のきっかけとは何か。



後の歴史家は、こう述べる。



『聖国軍と覇国軍の本陣が、あろうことか偶然にも帝国へ向けて同時に侵攻してしまったのが、そもそも間違いだったのだ。』





アロンの決闘終了から、1週間後。

場所は、イースタリ帝国とサウシード覇国との境界線。


“アガレス平原”


大迷宮を除くと “最難関” とされる3つの迷宮の内の一つ、覇国側に存在する “アガレスの迷宮” にほど近いこの平原は、幾度となく帝国兵と覇国兵の血を啜っていた。


だが、“聖国の大飢饉” を切っ掛けに、布陣する勢力を最小限に留め、帝国も覇国も申し合わせたように聖国へ侵攻を強めた。


それから、5年。

血が流れることが無くなり、“平穏” そのものだった平原に、帝国と覇国は、それぞれ巨大な陣を組み、再び睨み合う日がやってきてしまった。


しかも。

ここだけではない。


反対側。

帝国と聖国の国境界である “ウァサゴ渓谷” でもまた、両軍の本陣が大々的に陣を組んでいるのだ。



聖国の憂き目が、今度は帝国に。



帝国は、まさに未曽有の危機を迎えていた。





「覇国軍は、総勢6万4千。こっちはちょうど6万。わずかに下回っている……か。」


斥候の報告書を読み上げ、“対覇国軍” の総大将である超越者、“鬼忍” オルトは「あー」と面倒くさそうに頭を掻きむしり、顔を上げた。


「どーする? 地の利はこっちが有利だけど……。」


「地の利なんて意味ないっすよ。オルトさん。」


オルトの隣に座る筋肉隆々の剣士の男―― 超越者 “大剣戦士” ホーキンスが自虐的な笑みを浮かべて告げた。

その言葉に、オルトは深い溜息を吐くのであった。


「せめてこっちに、ノーザンかレイザーさんが来てくれりゃあ多少良かったんだろうけど、なぁ。」


「レイザーさんはニーティさん、じゃなかった、ジークノート殿下のお供でしょ? それに屑野郎(ノーザン)が戦場に繰り出るなんて、絶対無いし。」


姿勢悪く腰掛け、マグカップに唇だけくっ付けてドリンクを啜る緑髪の魔法使い風の女性――、超越者 “魔導師” アニーが “ズズズ” と下品に音を立てながら呟いた。


その様子に、顔を顰めるもう一人の男。


「行儀悪いぞ、アニー。」


「いいじゃーん、別に。」


咎めたのも超越者。

“盾将” ゴリアテだ。


「で、どうするんだ?」


踏ん反り返り、足を組むのは着物を羽織った男。

“侍” カイエンだった。



―― 彼らは、帝国軍で24人いる部隊長、通称 “万人隊長” だ。

その内、半数以上の18人が “超越者” であり、それぞれが帝都や大きな街の冒険者連合体に登録されるギルドのマスター、またはサブマスターである。


覇国との前線で軍を率いている部隊は、全部で6隊。

そのうち、“万人隊長” を統べる筆頭者であるオルト含め、6人の万人隊長の内、超越者である5人が作戦会議と称して集っているのだった。



カイエンの “どうするんだ” に、オルトは頭を抱える。



「はぁ~~。聖国とドンパチやってりゃ良かったのに。何で、こっちに来るかなぁ。」



目を通すは、一枚の報告書。

そこに書かれたのは、これから激突必至の覇国軍を率いる、とある将の名だった。

その名を眺める度に、うんざりする。


そこに書かれる、名。


覇国軍総大将

五大傑 “神医” バーモンド


そして。


五大傑 “魔聖” サブリナ




「はーぁ。この中で、サブリナとやり合った事ある人、いますかー?」


テーブルに項垂れながら、オルトは尋ねる。

だが、手が上がらない。


しばし沈黙の後、


「オレ等、弱小ギルドの連中が覇国最強の “満天星”(ドウダンツツジ) が絡むギルド戦になんて、参加したことがあると思います?」


呆れながらホーキンスがぼやいた。


「あー、悪かった。つまり、この中でサブリナ戦法を攻略したのは、オレだけかぁ。」


さらに頭をテーブルに伏して呟くオルト。


「サブリナ戦法?」


チキン野郎(バーモンド)がバフ薬をイカレ女(サブリナ)に盛りまくって、ディメンション・ムーブで戦場ど真ん中に現れて流星魔法(ミーティア)をぶっ放してトンズラこく、糞迷惑な戦法のことだ。」


想像しただけで恐ろしい。

オルト以外の超越者は全員、顔を青褪めさせた。


「どう、攻略したんだ?」


「“聖将” の “聖盾” 使える奴4~5人と、“鬼忍覚醒” で回避力ましましの “鬼忍”、“武聖” が組んで、ミーティア絨毯爆撃を避けまくるって戦法。当たっても肉壁のダメージは3割カットだし、HPの高い奴に順番でダメージ行くから、回復さえ何とかすれば耐えきれたんだ。」


その言葉に、益々顔を青褪めさせる面々。


「それ……こっちの世界じゃ不可能じゃないの?」


「ああ。不可能だね。」


「だが、何とかするのがお前の仕事だろ? オルト。」


腕を組み、睨むゴリアテ。

再度頭を掻き、オルトは重々しく口を開いた。


「まぁ、その戦法も他に弱点、というか欠点が無いわけじゃない。それに、最初の一発(・・・・・)だけはどこに出現するかは大体予想がつく。そこに賭けるしかない。」


「もし、その賭けが外れたら?」


アニーの言葉に、オルトは溜息を吐き出す。

自虐的な笑みを浮かべて、凄惨な未来を告げた。



「帝国兵。ついでに覇国兵も、万を超える死者が出るなぁ。」





翌日。

アガレル平原 “聖国軍本陣営”



「どーう、戦況は?」


戦場に似つかわしくない、豪奢な椅子に深々と腰を掛けて、本陣営の総大将である “神医” バーモンドは笑みを浮かべながら尋ねる。

「はっ!」と覇国軍式の敬礼を行う、隣に立つ兵。


「互いに出方を見ている様子でございます! 我が軍は、今のところ使者は数十名、負傷者は百名ほどとのこと。悪神の尖兵、帝国軍共も似たような状況かと!」


「あ~~。じゃあまだまだ、お元気いっぱいってことだよねぇ~~。」


紺色の髪に入った、白のアッシュに触れながらグニャリと笑みを零す。

その表情に、兵は全身が凍える想いだ。



「んじゃぁ、そろそろ頃合いだねぇ。」



立ち上がるバーモンド。


その視線の先。

膝を抱え、地面をジッと見つめる紅ドレスを纏う赤髪女性。


「ぼちぼち殺ろうか、サブちゃん♩」


バーモンドは、満面の笑みで “魔聖” サブリナに声を掛けた。


……が、サブリナは答えない。


「おーぃ? サブちゃぁん?」


「うっせぇ。ヘッポコやぶ医者野郎。」


首だけをカクンと向け、左手中指を立てる。

そして再び、地面を見た。


「何しているの?」


「……ありんこ。」


地面に指さすサブリナ。

そこには、アリの行列。


その様子に一度、頭をガクリと下げ、苦笑いを浮かべゆっくりとバーモンドはサブリナの元へと歩みを寄せた。


「相変わらず、地味なのが好きだねぇ。」


皮肉のつもりだが、サブリナはまるで関心が無い。

だが。


「見ていて飽きねぇんだよねー。こいつら、脳みそカラッポの癖に本能で働いちゃあ、エサをせっせと運んでいるんだろ? まるでこのゲーム(・・・・・)の糞モブ共みたいじゃね?」


嗜虐的な笑みを浮かべ、立ち上がった。

そして。


『ガスッ』


アリが群れる箇所を、思い切り踏みつける。

さらに、グリグリと執拗に踏みにじるのであった。


「でぇ。こうやってぇ。私らにぃ、蹂躙されてぇ。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 傑作じゃね? ねぇ、バモさぁん♩」


盛大に嗤いながら、バーモンドの腕に絡みつく。


「はあああ、興奮した。ねぇ、帝国の屑共なんかモブ共に任せてさぁ、私ら、あそこのテントで一発抜かない? ねぇねぇ、バモさぁん♩」


甘ったるい声を放ち、バーモンドの首を舌で舐め、片手で彼の股間をまさぐる。


「はぁ……いいねぇ、サブちゃん。堪らないねぇ。」


バーモンドもまた興奮したようにサブリナの唇を貪る、が。



「……ってオイコラ、ヤブ医者野郎。サブちゃん言うなや。殺すぞマジで? お?」



サブリナは突然、表情を歪め、彼の陰部を触れていた片手で首を思い切り掴むのだった。


ギリッと爪を立て、握り潰さんとする。

しかしバーモンドは苦しむ様子も無く、その手を優しく掴み、にこやかに笑う。


「あはは。ごめんごめん。最高に可愛いよ、サブちゃん。」


「だーかーら、サブちゃん言うなや、この糞ヤブ医者野郎が! ぶっ殺すぞマジで!? ……うふふ、でも嬉しい。ありがとう、バモさん♪」


首の手をパッと放し、表情を180度変えてさらに強く抱き着く。


周囲の兵も、気が気で無い。

だが、これが五大傑最強のサブリナ・バーモンドのコンビなのだ。





「えーっと。“鬼力薬”、“ハイアップシャワー”、そして、“狂天”、と。」


“薬士系” を極めたバーモンド。

様々なスキル上昇効果を上乗せした、攻撃力増強のクリエイトアイテムスキルを全て、サブリナへ掛けた。



「あー。きたきたきたきたぁ!」



紅いドレスが、さらに紅く輝く。

幾重にも重なった赤のオーラに包まれ、サブリナは恍惚の笑みを浮かべた。


「帝国の屑共にとってぇ、初めてのミーティア爆撃だねぇ。派手にかまそうか、サブちゃん。」


「いいねいいねいいねぇ! あいつ等の絶望に歪む顔! ありんこみたいプチッと潰してぇ、殺してぇ、もし死にぞこないが居たら踏みつけて殺して殺して殺して殺して殺して殺しまくってやるぅぅぅわぁぁああ!!」


もはや、バーモンドの話など聞いていない。

凶悪に顔を歪めたサブリナは、両腕を天に掲げ、そして。


『パンッ』


叩く、両の掌。

大きな、クラップ。


流星魔法(ミーティア)の詠唱段階に入った証拠だ。



「さぁて、今のうちにボクはァ……。」


サブリナは “スキル高速発動” も掛け合わせている。

それでも、奥義・ミーティアは発動まで30秒もかかる。


そのジャストタイミングでディメンション・ムーブを発動させ、サブリナと共に戦地のど真ん中へと移動するのがバーモンドの役目だ。



その僅かな間に、彼が行うこと。



「決――めた。君が、いいねぇ。」


「ひっ。」



一列に並ぶ、下着姿の若い娘たち。

その数、10人。


この場に訪れた上位役職の付き人であったり、覇国の冒険者で徴兵された者であったり。

共通点は、どの娘も若く美しく、そして煽情的な肢体の持ち主ということだ。



その内の一人。

特に、バーモンドの好みに合致する娘の前に立った。


そして。



『ドゴッ』


「うごぁっ!」



嗤うバーモンドは、選んだ娘の腹を思い切り殴った。



「ひっ!?」


選ばれなかった(・・・・・・・)女たちは、あまりの仕打ちに思わず声を漏らし顔を背け、選ばれた(・・・・)女は、くごもった嗚咽を漏らしながら、腹を押さえ、吐血を繰り返す。


―― 彼女の内臓は、いくつか破裂してしまった。



「あはははははははははは!」



恍惚の笑みを浮かべながら、バーモンドは女の髪を掴み、無理矢理立たせる。

血反吐を吐き涙を垂れ流す女を見て、バーモンドは益々興奮する。


「死ぬなよぉ!? 君が、ボクとサブちゃんのぉ! 出口(・・)なんだからねぇ! 死んじゃあ、ダメだからねぇぇぇぇぇ!!」


そう叫び、さらに顔面を殴りつけた。

地面に倒れる女性は、咳き込み、吐き出し、


気を失った。



「さて。残りぃ、10秒。」



“このまま死なれては困る”

バーモンドは、クリエイトアイテムスキル “ポーションシャワー” を生み出し、倒れる女に振りかけてから詠唱するサブリナの隣へと立った。



――これが “サブリナ戦法” の、いつもの前段。


ディメンション・ムーブで適当な場所へ移るが、死ななかった屈強な超越者の手で返り討ちに遭うかもしれない。


それを逃れる方法。

ディメンション・ムーブの特殊効果。


『最後に攻撃した相手の背後に、瞬時に移動できる』


移動したい場所を脳裏に映し出してから発動すると、どうしてもタイムラグが生じてしまう。それを解消すること、文字通り瞬間移動を可能とするのが、“攻撃移動” なのだ。


バーモンドが女性殴ったのも、“最後の攻撃判定者” として登録し、サブリナのミーティア発動後の逃げ道として使うことが目的だった。


“思い切り攻撃しないと、発動出来ない”


それが、覇国で唯一ディメンション・ムーブを扱えるバーモンドの談。


彼のために。

彼の嗜好に会う(モブ)を、“生贄” にする。


それが戦場での、いつもの光景。



―― 本来、ディメンション・ムーブは、使用者が “これは攻撃だ” と意識し、軽く触れるだけで判定が生じる。


もちろん、バーモンドもそのことは理解している。


“それでは面白くない”


バーモンドは自らの欲求を満たすためだけに、幼気な少女の一生を潰すような暴力を揮うのであった。


回復量が微々たるポーションシャワーを振りかけるのも、“死なれたら困る” という利己的な理由からだ。


“戻ってこられれば、用無し”

―― その後、その娘がどうなろうと知った事ではない。


バーモンドにとっても、サブリナにとっても、その娘はこの世界(ゲーム)に存在している、単なるNPC(モブ)であり、どうせ殺しても、勝手に湧いて出てくると思っているからだ。




「さぁて、ショータイムだぁ!」



そして、これからがメインディッシュ。



残り、5秒。


バーモンドは、サブリナの肩に手を触れた。



残り、4秒。


“ディメンション・ムーブ” 発動。





「―― えっ?」


そこは、帝国軍本陣営。

その、ど真ん中。



突然、見慣れぬ男と女が、姿を現した。



余りに突然のことで、硬直する帝国兵たち。


この本陣に残るは選りすぐりの猛者たち。

そんな彼らも、想定外の咄嗟には、反応出来なかった。



残り。


―― 0秒。




「“ミーーーーーーティア” ♩」




全身を紅で固めた女が、両手を天へ真っ直ぐ突き出した。



『ドウンッ』



水太鼓のような低い音が空に響く。


同時に、両腕を広げる紅い女の眼前、地上100mほどの高さに、直径200mはあろう紅い魔法陣が一瞬で広がった。



「な……!?」


気付いた時は、もう、遅い。

――この間、ゼロコンマ数秒なのだから。



『ギュゥゥゥンッ、ギュンギュンギュンギュンッ』



大音響の、甲高い音。

そして紅い魔法陣から降り注ぐ、豪速の隕石。



その数、百。



――本来、普通に発動したミーティアは “10発” だが、バーモンドが扱った薬士系覚醒職 “狂薬師” のクリエイトアイテムスキル、“狂天” の効果で、その数を十倍に膨れ上がらせた。



天より堕ちる、隕石。



一つ一つが人の身体を覆うほどの大きさ。


それが音速を超える速度で、天から、容赦なく降り注ぐ。



「た、退避っ、ぎゃあああああああああっ!!」


「ひ、ぎゃあああああああああああっ!!」


「い、いやだっあああああああああ!!?」



天から響く、甲高い音。

そして地上に響く、爆音。


鼓膜を打ち破りそうな音に巻き込まれ、次々に命を散らす帝国兵たち。


祖国には、家族がいる。

恋人がいる。

年老いた両親がいる。


邪神、悪神に唆せれ、偉大な帝国の領地を簒奪しようと画策する蛮族共から、祖国を、大切な者を守らんと、この戦地に士気高く進軍してきた。


その想いを。

決意を。


嘲笑うかのように、踏み躙る。



―― 行列を為す蟻が、理不尽に踏み躙られるように。






「ひゃはっ♩」



全ての隕石が、大地を貫き終えた。


魔法(スキル)で生み出された、真っ赤に焼けた隕石は発動が終えれば跡形も無く消える。

しかし、その隕石によって砕かれた大地は、今ももうもうと煙を立ち上げている。


立ち込める煙の合間には、多くの死骸。

殆どが原型を留めておらず、僅かに残った手足、頭蓋の欠片、千切れ潰された胴など、常人なら見るも絶えない、“地獄” と形容すべき光景が広がっている。


だが、それを生み出した元凶たちにとっては、期待通りの、想像通りの、いつもの光景だった。


サブリナ、額から垂れる大粒の汗を拭おうともせず、口元を歪ませ、狂喜を浮かべ声を漏らした。


隣のバーモンドも、絶頂に達したような、恍惚の笑みを浮かべる。



その、刹那。



(死ねっ!!)



バーモンドの背後に、両手に黒刀を握った “鬼忍” オルトが斬りかからんと姿を現した。


放つは、鬼忍スキル “奥義・鬼獄八極”


8連撃の殴打、短剣を装備していれば斬撃を放つ、近接攻撃では最も手数の多いスキル。

しかも両手攻撃を可能とするため、両手装備が共に素手、ナックル、もしくは短剣と同一である場合に限り、倍の16連撃となる。


これに、“忍者の心得” の “無音攻撃” が加わる。

オルトの気配、そして攻撃の気配など、感じるはずがない


加えて “拳王の決意” によるSP割合発動。

“軽業師の歩行術” による高速移動。


そして、“武聖解放” による威力爆上げ。



持てる全てのスキルを費やし、この一撃に賭ける。


無残にも、犠牲にしてしまった帝国の兵に報いるために。



―― “超越者は死なない”


そのため敵対する超越者を殺害することは、デスワープを発動させて一時的に戦線を離脱させるという意味を持つ。

そのため、真の意味で超越者を抑える(・・・・・・・)には、生きたまま捕らえる必要があるのだ。


殺さず、生かさず。

それがこの世界(・・・・)において、敵対する超越者への正しい対処法だ。



オルトの狙い。

連撃により、まずはバーモンドを確実に殺す。

デスワープが発動してしまうが、この場ではやむを得ない。


本命は、大量虐殺の元凶。

サブリナだ。


連撃の内、数発で両腕、もしくは両足を千切り、そのまま身体を押さえ、自害防止に猿ぐつわを嵌めて身動き出来ない状況を作り出してから、死なない程度に回復魔法を掛ける。


不死である超越者(転生者)は、デスワープさえ発動されなければ、永続的に捕えることも可能なのだ。



(二度と、陽の目を拝めると思うなよ!)



オルトの全力の一撃が、バーモンドの首筋を、捕らえた。



その時。



「!?」



突然。

目の前に居たはずのバーモンドとサブリナの姿が、消えた。


空を切る二振りの黒刀の切っ先に、僅かな血。


「くそっ!」


逃げられた事を悟ったオルトは、すぐ後ろを振り返る。

その先には、運良くミーティアの攻撃範囲から逃れ、生き延びた帝国兵たち。



「伝令! 前線の1から3隊は、覇国軍勢に向けて突撃だ!」



オルトの叫び声に、驚愕する将校。


「と、突撃ですと!?」


目を丸々と見開き、震えながら復唱した。


本来、突撃命令などあり得ない。

よほど戦況が良く、相手を追い詰める場面か、または――。


―― 命を賭して、死兵として相手を刺し違えるか。



オルトは苛立ちながら、更に怒声を挙げた。


「せめて覇国兵たちも道連れだ! さもなければ帝国兵だけが被害を受けて戦線を維持できなくなる! いいから、突撃だ!」


それは、前線兵に “死ね” という命令だ。


あり得ない、総大将の突撃命令。

さらに異論を述べようと口を開きかける、が。



「さっきのが、もう一発来るんだぞ!!」



絶叫に似た、オルトの叫び。


―― 彼は、前世のゲームの世界で嫌と言うほど、“サブリナ戦法” を見てきた。


同じ帝国陣営の “軍鬼レイザー” が考案した手法で打ち破れはしたが、それ以前は、まさに確殺技として猛威を揮ったからだ。



そして。

その確殺技は、1発で終わらないことも知っている。



“ディメンション・ムーブの使用制限”


連続使用上限、5回。


敵陣への移動で、1回。

離脱で、1回。


残り。3回。


―― 1回分は保険として残しても、残り、2回。



つまり、もう1発。

“サブリナ戦法” が、この戦場のどこかで降り注ぐことを意味している。





「ひやあああっ! 危ねぇ!」



覇国本陣営。

ディメンション・ムーブで離脱したバーモンドが、全身あちこちに滲む血痕を見て大いに焦る。


―― 彼もまた、“サブリナ戦法” を打ち破ろうとする敵対者から、散々な目に遭わされてきたのだ。


一番多く狙われたのが、発動後の一瞬。

ミーティアの攻撃範囲から逃れた者が、“縮地法”、もしくは武闘士系上位職 “軽業師” のスキル “軽業師の歩行術” によって、縮地法まではいかないが瞬時に間合いを詰める動きを可能としたプレイヤー達からの攻撃を食らうこともあったのだ。


仮に反撃したら、もう逃げられない。


ディメンション・ムーブで瞬間移動するには “攻撃判定” の相手が必要であり、しかも連続使用は僅か5回までと、制限が掛かっている。


敵対勢力に大きな損害を与えるには、ミーティアを発動した直後に離脱するのがセオリー。

その事を、身を以て熟知するバーモンドなのだ。



本当は、ミーティアで朽ち果てた相手を見下したい。

悦に入り浸りたい。



だが、それでやられては元も子も無いことを理解しているからこそ、僅かな掠り傷で逃れられたのだ。



「いつの間にか、オルト君に背後を取られていたんだ。」


青褪めながら、手に付着する自身の血液を眺めるバーモンド。


“背後を取られた” だけではない。

“サブリナ戦法” がどこで発動されるかを予測し、攻撃範囲から外れ、発動直後に切り刻もうと狙ってきた。


“大勢の、帝国兵の命を犠牲にして”


その事実に、呆れるバーモンド。


「さっすが、オルト君。油断も隙も無い。」


呟き、そしてサブリナを見る。

そのサブリナだが……。


「……どうしたの、サブちゃん?」


隣で、ぐったりと首を地面へと傾けるサブリナ。


カタカタ全身を震わせ、息遣いも荒い。


「……サブちゃん?」


「あひゃっ、ひひゃっ。」


漏れる、奇妙な声。

「やばっ」と呟き、バーモンドは青褪めながら一歩二歩、サブリナから離れた。


その、直後。



「ひゃははははははははははは!! あひゃははははははははは! オルトオルトオルトオルトオルトォォォオ!!」



全身を反り立たせ、大笑いしながら叫びはじめた。


その悍ましい姿に、仲間である覇国兵やバーモンドの生贄に並べられた女性陣も、全員が寒気と吐き気に襲われる。



これが、“狂人” サブリナなのだ。



「あひゃひゃひゃひゃひゃぁああ! 居たんだ、居やがったんだっ、あそこに、あの場所にぃ! あそこで、私のぉ、ミーーーーーティアをぉ! 避けてぇ逃げてぇ、斬りかかってきやがった!? あのぉぉぉぉ屑忍者野郎があああああああああ!! オルトォ! てめぇは殺すっ、絶対殺すっ、殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺スぅぅぅぅぅうううう!」



半狂乱で嗤い、喚き、そして怒り狂う。


―― かつて、ファントム・イシュバーンで自慢の “サブリナ戦法” が初めて破られた時を思い出した。


レイザー考案、そしてオルトにレイジェルト。

そして、憎き【暴虐のアロン】


帝国陣営の有名どころが一致団結し、“対処法無し” と恐れられ、猛威を揮っていたサブリナ・バーモンドのコンビ技が破られた、あの日。


アロンの “永劫の死” で復活することが出来ず、ただ地べたに横たわり、自軍の敗北をただ眺めただけの、あの屈辱。



涎をまき散らし、瞳も真っ赤に充血させている。

サブリナは正気を失ったような笑みを浮かべ、バーモンドの胸倉を掴んだ。


「おぃこら糞やぶ医者野郎ぉ! もう一発だぁ、もう一発イケんだろぉぉ!? あの糞忍者野郎をぉ、オルトの糞野郎をぉ! 私のミーティアですり潰してやんぞぉ!? ぐちゃぐちゃにすり潰して、内臓引きずり出してぇ、××潰してぇ、デスワープが発動する間にぐっちゃぐちゃの肉片にしてやらあああああっ!!」



もはや、正気ではない。

―― いや、最初から正気ではない。


これが、サブリナなのだ。



「まぁまぁ落ち着きなよ、サブちゃん。」


胸倉を掴まれているが、バーモンドはにこやかに告げた。

その様子が気に入らないサブリナは、益々憤る。


「おおっ!? テメェ、コラァ! 何、日和ってやがんだ、おっ!? あと3発残ってんだろ、テメェの精液はよぉ!? テメェからブチ殺すぞこの糞野郎がぁぁああ!?」


「落ち着いて、サブちゃん。しかも違うし。」


「同じだろ、どっちでもぉ!」


叫ぶサブリナを、優しくほほ笑み、抱きしめた。



「ほら落ち着いて。愛しているよ、サブリナ。」



その言葉に、半狂乱であったサブリナの表情がトロンと甘ったるく変わった。



「うん、もぉ。ずるいよぉ、バモさん♪」



猫なで声で甘えるサブリナの頭を優しく撫で、バーモンドは耳元で囁く。


「オルト君は、いつでも殺せる。何度も殺せる。……その前に、ボクらの遊び場(・・・)に縛り付ける必要があるでしょ?」


「うん……。」


「だからぁ、オルト君を殺しても、またこの遊び場に戻ってこれるよぉにぃ……。ぐっちゃぐちゃにする必要があるでしょう? いつもみたいに(・・・・・・・)。」


嗜虐的な笑みを浮かべるバーモンド。

その言葉に、近くに居た覇国陣営の隊長格の一人が、青褪めた。


「か、閣下! それはつまり……我が軍にも被害が!」


「黙れ、モブ。」


サブリナを抱きしめるバーモンドが、その隊長に向けて手を伸ばした。


「召喚、“ニードルスキュラ”」


その手に、小さな魔法陣。

次の瞬間。


『ドシュドシュドシュドシュッ』


「が、はぁ……。」


地面から伸びる、弦のような触手に全身を貫かれる隊長。

血反吐を吐き散らし、絶命した。


その隊長の足元から、2mほどの黄色い球体、ばっくりと割れた口にギザギザの歯を生やした一つ目の化け物が姿を現した。

球体の躰から生える10本の触手が、うねうねと蠢く。


獣使士系上位職 “幻獣師” スキル、“ニードルスキュラ”

奇抜なその生き物は、本来イシュバーンには存在しない。


それを呼べるのは、獣使士系の超越者のみ。


隊長を殺したニードルスキュラは一つ目を細め、ジッとバーモンドを見つめている。

バーモンドは、そんな化け物をまるで幼気な子猫を眺めるような表情で、頷いた。



「いいよ、食べても(・・・・)。」



その言葉を受け、ニードルスキュラは『キャシィィィ!』と歓喜の叫びを挙げ、隊長の死骸をぐちゃぐちゃと咀嚼し始めた。


その光景。

数人の覇国兵、そして並べられた女たちは嗚咽を上げ、吐き出し、また気を失ったりし始めた。



「さぁてサブちゃん。もう一発だ。今度はお待ちかね、経験値稼ぎだよぉ~。」



そんな事はお構いなし。

笑顔で、バーモンドはサブリナに告げた。


「うんっ! 殺りまくろうねぇ、バモさん!」


再び、狂乱の笑みを浮かべてはしゃぐ。



だが、すぐさま表情を憤怒に歪めた。



「だからサブちゃん言うなや! マジ殺すぞ糞ヤブ医者野郎!」



混沌と化す覇国本陣営。

サブリナの怒声が、響き渡るのであった。





「と、突撃ぃ!!」



均衡を保っていたような、帝国兵と覇国兵の最前線。

突如、狂ったように突撃指示をする帝国隊長の怒声。



「どういうこった!?」


覇国の敵兵と刃を交わすホーキンスが叫ぶ。


その言葉。

そして状況を察するは、敵。


「あっちゃー。どうやらテメェんところの総大将、失敗したみたいだぜ?」


その相手は、覇国陣営の超越者だった。


「ああっ!?」


「いやあ、でもさすがオルトだわ。瞬時に突撃判断を下すなんてな。御見それしたぜ。」


「意味わかんねーよ、この野郎!」


ガキン、と剣を弾く。

すると、小馬鹿にしたように覇国の超越者が肩をすくめた。


「えっと、確かホーキンスって言ったな。また戦場で会おうぜ。」


「はぁ!?」


叫ぶホーキンスは、次の瞬間、顔を青褪めさせた。



上空に広がるは、戦場を包むかのような紅い魔法陣。



「まさ、か!?」


「うちのお姫様も、その王子様も、容赦ねぇからなー。」



全てを諦め、受け入れるような覇国の超越者。

それだけではない。


覇国の兵たちは、全員、絶望の表情。

中にはわざと、帝国兵に刺され、即死を選ぶ者もいた。



“生贄”



それは何も、バーモンドに殴られる女性たちだけではない。


戦場に立つ覇国兵も。

サブリナの経験値という名の、生贄なのだ。



「く、糞がああああああっ!!!」



全てを理解したホーキンス。

その叫びは、天から降り注ぐ無数の隕石によって、かき消されるのであった。





「か、壊滅、だと!?」



イースタリ帝国 “帝都” 帝国城塞。


覇国との戦線報告を受け、“大帝将” ハイデンは柄にもなく顔を青くした。


「レイザー殿から聞いていた話以上です……。」


報告をしたバルトもまた、顔色が悪い。



“狂人” サブリナの無差別攻撃。

それが、ついに帝国へ向けられたのだ。


その余りの凄惨な結果に、震えが止まらない。



だが。


ハイデンには、この状況を打破する “切り札” がある。



「バルト。すぐ報せを出せ。」


「それは……! ()に、ですね。」



ハイデンの言葉を即座に理解するバルト。

一つ頷き、ハイデンは大声で告げた。




「そうだ! 大至急、アロンに報せよ!」




帝国兵も、覇国兵も関係ない。

戦場に立つ者を、無差別に、無慈悲に殺戮する狂人サブリナ。


それを打ち破らねば、イシュバーンの民が次々と犠牲になる。



それは、聖国陣営との前線よりも、優先順位が上回った。





そう。

聖国との前線もまた、帝国にとって凄惨な結果になってしまった。


“軍鬼” レイザーと、次期皇帝で超越者、“神獣師” ジークノートという、現帝国でも最上位の二人を送り出した戦場にも、悍ましい相手が居たのだった。



歯を食いしばるハイデン。



「今に思い知らせてやるぞ。狂人サブリナに……。聖女、いや、悪鬼ミリアータめ。」




帝国は、まさに今。

前代未聞の危機に晒されているのであった。



次回、12月23日(月)掲載予定です。


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【お知らせ】

次回以降、27日(金)を掲載予定日としています。


私事ですが、年末年始を利用して実家へ里帰り+遠方へ旅立つ予定があり、その間の掲載が滞ってしまいます。

お楽しみいただいている方には大変申し訳ありませんが、どうか御容赦ください。


【休載期間】

2019.12.28sat - 2020.1.5sun (9days)


引き続き、【暴虐のアロン】をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もう覇国の人達も可哀想に見えてきてしまった…
[良い点] サブリナ戦法をアロンがどのようにして打ち破るのか楽しみです。 [一言] この戦場でついにアロンが世界に名を轟かせることになるんでしょうか。 それとも選別と殲滅の使命のために秘密裏に動くので…
[一言]  冒頭で述べた戦争の最中。  つまりここからアロンが暴虐の限りを尽くすって事ですね。
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