5-25 大帝将の願い
時は戻り、決闘終了直後。
周囲を深く包んでいた霧も晴れ、朝陽も徐々に昇り始める。
帝都の夜明け。
肌寒い冬を感じさせない大勢の人々が行き交う熱気あふれる帝国の中心都市は、今日も喧噪に包まれるだろう。
しかし、ここ冒険者連合体帝都本部 “野外訓練場” は昇りつつある朝陽とは対照的に、重々しい空気に包まれていた。
「うむ。“デスワープ” とやらが発動する気配もない。間違いなく死んでいるな。」
胴体を真っ二つに斬られ、夥しい血を流して絶命する “超越者” ジンの死骸を一通り確認したハイデンが呟く。
その表情は、絶大な戦力 “超越者” が死んだ、という悍ましい事実を受け入れる者の表情では無く、ましてや死んだばかりの人間を前にした者の表情でもなかった。
(素晴らしい!)
どうしても、笑みが零れてしまう。
“超越者は、殺しても死なない”
――それが、イシュバーンの常識だった。
戦争が終わらぬこの世界にとって、その存在は絶対的。
有能で優れた超越者を数多く揃えることが、そして戦争に送りだすことが、何事においても優先すべき事なのだ。
だからこそ、12歳で全ての者が受ける “適正職業の儀式” で超越者と判明した者はすぐさま帝都への移住が勧められ、その見返りとして豪邸に余りある給金、そして質の高い教育など、ありとあらゆる手段を講じるのだ。
しかし、それを支えているのは普通の民。
“超越者優遇政策” の裏にあるのは、莫大な予算。
加えて、超越者たちの慰み者となる美しい女に容姿の優れた男など、金や地位だけでない。
“民” は、彼らに消費される資源なのだ。
(これを僥倖と言わず、何と言うのか!)
平静を装うハイデンの心は歓喜に満ち溢れる。
冒険者として名を馳せ、侯爵家に見染められた英雄ハイデン。
――彼もまた、超越者に辛酸を舐めさせられた者なのだ。
「転生者を、殺せる、だと……?」
その恐ろしい現実に、未だ正気を失うメルティを抱きしめながらジークノートは苦々しく呟いた。
婚約者のレオナに去られ失意に伏せていた彼を支えたのは、メルティ。
そう、今、アロンに “殺される” という絶望を悟り、気を狂わせてしまった哀れな娘だ。
ジークノートとメルティは、互いに心を通わせ、自然と唇を、そして身体を重ねるまでの時間は、そう大して必要ではなかった。
愛を語り合い、何度も絡み合い、ジークノートの心は益々メルティに傾倒していった。
その矢先。
傲慢にも “アロンは弱いはずだ” と決めつけ、ジンが申し出た決闘を承諾した結果、当の言い出しっぺであるジンは死に、愛を語り合ったメルティは見るも無残に狂ってしまった。
“もしも、アロンがファントム・イシュバーンと同じように強ければ?”
その予感はあった。
だが、転生後、皇太子となり、この “ゲームの世界” の “主人公” は “自分” だと信じて疑わなかったジークノートは、その予感を無理矢理、脳裏から追い出した。
その結果。
――結果だけ見れば、“何故、気付けなかった” と後悔するばかりだ。
“何故、アロンがVRMMOファントム・イシュバーンで【暴虐のアロン】などと呼ばれ、畏怖されてきたのか?”
それは圧倒的な強さだけでなく、ギルド戦等においてアロンに倒されれば復活することが出来なくなる悍ましいスキル、“永劫の死” の所為ではないか。
転生し、出会った仲間。
そして前世でも今世でも初めて抱いた女性。
ジンは死に、メルティは狂わされた。
その事実に、怒りと憎悪がふつふつと湧いてくる。
が、――無防備である、今の状況の恐怖が勝る。
間接的とは言え、“アロン転生” の事実をノーザンに告げ、彼主導の元でアロン獲得に動いた事が、この決闘に至った背景なのだ。
(わ、私は悪くない!)
全て、誰かの所為。
恐怖に震えるジークノートの脳裏に浮かぶのは、他責への転嫁だった。
「殿下。約束は約束ですよ?」
震えるジークノートの思考を読んだのか、どうか。
レイザーから渡され鉄剣を下げ、アロンは静かに告げた。
「わ、わかっている!」
顔を顰めながらも、頷くしかなかった。
そこに。
「殿下、アロン殿。決闘の約束事は後ほど書面で用意しましょう。」
ジンの死骸に羽織っていた外套を巻いたハイデンは、にこやかに告げた。
「あ、あぁ。そう、か。そうだな。」
“ふざけるな”、と叫びたい。
だが、相手が相手だ。
帝国で最も名を馳せる、生ける伝説。
“大帝将” ハイデンの言葉。
皇帝も絶大な信頼を寄せる男を前に、ただジークノートは、首肯するしかなかったのだ。
「さて。間もなく冒険者連合体の職員たちが出勤してくる時間となります。殿下、いつまでもその女を抱きかかえたままでは有らぬ噂を立てられ、それこそ陛下のお顔を潰す事になります。時が来れば迎えの馬車が来るよう手配しております故、殿下はその女を連れて城塞へ向かってください。……アイラ。」
ハイデンは、眠たそうに欠伸をしていたアイラに声を掛けた。
「ふぁ~……。なぁに、オジ様?」
「お前とレイザーの二人は、殿下の護衛と合わせジン殿のご遺体を城塞へ安置せよ。決して見られてはならぬぞ?」
げっ、と声を漏らすアイラだった。
そのアイラを見て、溜息を吐き出すレイザー。
ハイデンに一礼し、顔を上げた。
傍から見れば落ち着きを取り戻したようにも見える。
「分かった。事が事だからな。……一応聞くが、ジンの死体はどうするつもりだ?」
平静を装い尋ねるが、身体は、震えたまま。
レイザーもまた、ジークノートと同じく “アロンに殺されるかもしれない” という恐怖に身が凍りつく思いだ。
ハイデンは、ふむ、と頷いて続ける。
「恐らく、世界初となる超越者の死体……だが、どういう原理なのか、どうしてか分からぬまま事実を公表するのは不味い。まずは城塞に詰める将軍位の誰かを頼れ。本来なら同じ超越者であるサイモン殿に検死を頼みたいところだが、はっきりしないまま情報のみを陛下の耳に届けるわけにもいかぬ。秘密を守れると信頼できる者に、検死させるのだ。」
その指示に、少なからずホッとするレイザー。
皇帝、そして皇族専属の医師であり、帝都の教会本部の枢機卿でもある “聖者” サイモンもまた、色々と問題の多い人物だからだ。
いずれ、彼にもアロンの “永劫の死” の情報は届く。
だが、現時点で徒に告げるべきではない、という点についてはレイザーも同意するのだ。
「分かった。まずは上位執務官のローア嬢に相談してみる。」
しかし、同意するレイザーの言葉に思わず吹き出しそうになるハイデンだった。
「そう、だな。頼むぞレイザー殿。」
「……。」
仮面で表情は分からないが、レイザー、もといローアは、顔立ち美しい表情をニッコリと微笑みながらも、青筋を立てて怒りを露わにしているだろう、と想像するハイデンだった。
「さて、レオナ嬢。貴女は……。」
「私はこの男をバルト将軍の所へ連れて行きます。その後は姿を晦ましますので放っておいていただけると助かります。」
メルティの有り様で絶望の表情を浮かべる侯爵令息を片手で吊し上げ、レオナは “戻る気は無い” と平然と告げた。
はぁ、と息を吐き出すハイデン。
「せめて、御父上に無事だと告げたらどうだね?」
その言葉に、レオナは首を横に振り……。
未だメルティを抱きかかえるジークノートを顎で指し示した。
「そこのドラ息子と復縁させようとする父ですよ? 会うだけ無駄です。」
“ドラ息子” 呼ばわりで顔を顰めるジークノート。
しかし。
「……分かった。宰相閣下には考慮するよう告げておこう。」
ハイデンは咎めもせず、静かに了承するのであった。
それを受け、レオナは一礼してから、侯爵令息を引き摺りながら冒険者連合体の野外訓練場を後にしようとした、が。
「……レイジェルト。本当に戻ってくる気はないのか?」
項垂れるジークノートが、ぽつりと呟いた。
それは婚約者レオナに対してでなく、同じギルドで同じサブギルドマスターだった、盟友レイジェルトに対してだった。
しかし。
「言っただろう。お前には、ほとほと愛想が尽きたってな。」
レオナは振り向きもせず、冷たく言い放つ。
そして、そのまま野外訓練場を後にするのだった。
「さて。アロン殿、ファナ殿。」
それぞれの身の振り方を指示したハイデンは、アロンとファナに声を掛けた。
アロンはメルティのスキルで焼け焦げ、僅かに腰と恥部を隠すだけのズボン一丁の姿から、寒さ、そして羞恥でいつもの黒銀の全身鎧へと着替え終えたばかり。
その絶妙なタイミングでの、偉大な男からの声掛け。
大慌てでアロンとファナは膝を着くのであった。
「「はっ!」」
「……良い。そんなに畏まる必要は無い。」
だが、この光景はハイデンにとって見慣れたもの。
それでも、膝を着くのは、超越者。
ハイデンもまた腰を下ろし、アロン達と目線を合わせた。
「勝者であるお主たちには酷な話かもしれんが……。これから、ジン殺害に関する尋問を、お主らに課せなければならない。」
ハイデンの言葉に、思わず顔を上げるアロンとファナ。
しかし、ハイデンの表情は柔らかい。
「そう心配しなくても良い。本来、“決闘” とは両者合意の上で命のやり取りも含めている。帝国の法で禁じておる臣民の殺害には該当はせん。……だから、この決闘で本来、死の危険があったのはアロン殿の奥方、ファナ殿ただ一人だった。」
ビクッと、身体を震わせて恐怖で引きつるファナ。
それでも、偉大なハイデンは安心させるよう、穏やかに紡ぐ。
「結果は見ての通り。状況証拠のみだが、相手の卑劣な罠にも屈することなく見事討ち取ったアロン殿とファナ殿は天晴だと評価すべきだ。それでも、超越者の殺害という前代未聞の状況。どうあっても、見届け人であり帝国軍を率いる “大帝将” としての職務故、お主らから話を聞かざるを得ない。……なぁに、心配するな。悪いようにはせん。」
そう言い、ハイデンは立ち上がった。
「さぁ、私に着いて来てくれ。」
「は、はいっ!」
豪快に笑うハイデンの後に続く、アロンとファナ。
その後ろ姿を見ながら、アイラは口角を上げた。
(今までの言動に、あの現地妻。そしてオジ様に対する態度。……それってつまりぃ。)
アイラは横たわるジンの死骸。
そして、未だジークノートに抱きかかえられながらも意味不明な言葉をつぶやき続ける、見るも無残なメルティへと目線を飛ばし、確信する。
(アロン様は元からこっちの住人だって考えるとぉ、辻褄が合うわねー。)
◇
イースタリ帝国 “帝都” 東区 “貴族街”
“アルマディート侯爵邸”
「「…………。」」
「さぁ、遠慮はいらん。しっかり食べよ!」
目の前の光景、そして今置かれている状況に頭がついてこない、アロンとファナ。
5mはある長方形のダイニングテーブルに並ぶは、見た事もない豪勢な料理。
朝露を陽で照らす新鮮野菜のサラダ。
濁りの無い透き通った魚介のスープ。
きつね色まで丁寧にソテーされたような鶏の丸焼き。
それ以外にも肉料理、魚料理、さらに口休めにとフルーツの盛り合わせまである。
そして、最近、アロンとファナのお気に入り。
色とりどりの野菜や燻製肉、それにチーズがふんだんに使われた、ピザと呼ばれる円形のパン生地の料理まで並ぶ。
料理の質だけでなく、量も半端ない。
とても、ダイニングテーブルに腰を掛けるアロンとファナ、そして対面の “大帝将” ハイデンの3人で食する料理の量では無かった。
「アロンは成人を迎えておったな? なら、酒も嗜むべきだ。」
「え、あ。……はい。」
アロンの正面に座るハイデンが、満面の笑みでワインボトルを差し出し、アロンのグラスに酒を注ぐ。
――イシュバーンでの成人は、15歳。
アルコール類も解禁となる。
アロンは父譲りなのか、アルコールには強い。
だが、好んでは飲まない。
――今世、酒を飲んだのはファナとの婚礼の儀式の日のみだ。
「ファナはどうだ? 上手いぞ、このワイン。」
「ふぇ!? え、あ、いや、私は……。」
「ハイデン様、申し訳ありません。妻は……酒に弱いのです。」
焦るファナの代わりにアロンが答えた。
そう、ファナは一滴も飲めないほど、下戸だ。
――いや、違う。飲めなくはない。
(飲ませたら、大変なことになるからな……。)
前世でも今世でも、アロンはファナが酒を飲んだ時に大変な目に遭っている。
つまり、酒乱なのだ。
もちろん、その有り様はアロンから懇々と告げられているため、ファナ自身も “二度とお酒は口にするものか!” と心に誓っている。
だが、帝国で最も偉大で有名な男からの酌を断って良いかどうか判断に迷ったところ、愛する夫がすかさずフォローしてくれた形だ。
“ごめん、ありがとう”
小声でファナはお礼を告げた、ところ。
「はっはっは! 君たちは本当に仲睦まじくて羨ましくもあるぞ! 良いな、実に良い!」
どうやらハイデンにも聞こえたらしく、豪快に笑われた。
真っ赤になるファナだったが……。
「ああ、すまんすまん。卑下にしたわけでは無い。むしろ、超越者であるアロンが、超越者ではないファナを娶り、しかもここまで仲睦まじく互いを想いやり慈しみ合う姿に心が打たれたのだ。」
にこやかに笑い、ハイデンはグラスをアロンへと向けた。
「さぁ、朝食から酒を飲むなど無いだろう。今日は決闘で心身共に疲れ果てただろう、ゆるりと食事を摂り、我が家で寛ぐが良い。」
その言葉に盛大に頭を下げ、アロンもまたグラスを差し出す。
「お心遣いありがとうございます、ハイデン様。」
「はっはっは! 気にするな!」
再び豪快に笑い、ハイデンはワインを一気に飲み干すのであった。
◇
「さて、アロン。これから問う事には正直に答えて欲しい。」
食事が済み、ハイデンの私室へと移ったアロンとファナ。
ゆったりとしたローブを纏い、昼間にも関わらずほろ酔い――しかも、高級酒のコックを開けてグラスに注ぐハイデンが笑みを零しながら尋ねてきた。
「はい。お答え出来る範囲で。」
多少、酒が入ったとは言え平然とするアロン。
相手が伝説の男であっても、同じ将軍位には3人も超越者がいるのだ。
―― 油断は、出来ない。
そのアロンの空気を感じとったのか。
ハイデンは高級酒をグイッと飲み、アロンを見る。
「アロン。君は超越者で間違いないのだな?」
以前、“魔戦将” ノーザンから “超越者なら帝都へ移住せよ” という令状を受け続け、最終的には超越者カイエン率いる一団がアロン勧誘のため、ラープス村に訪れた。
だが、“アロンが超越者” という確たる証拠が無いとして、詭弁スレスレで退いた。
その場に居た、財務庁の職員たちが味方になってくれたというのも大きかった。
今考えれば、かなり危ない橋であった。
それでも上手く噛み合い、今の今まで誤魔化せてきた。
だが、この決闘でアロンは自ら “超越者” である証拠を散々見せつけた。
“次元倉庫” に、“永劫の死”
それだけでなく、ジンやメルティの全力の一撃すら物ともしない屈強な身体。
即ち、尋常ではないレベルをその身に宿しているという証左だ。
もはや、言い逃れは不可能。
「はい。」
アロンは固唾を飲み、静かに首肯した。
ふむ、と頷くハイデン。
その様子に、アロンは益々焦る。
「あ、あの! ノーザン将軍を偽り、そしてカイエンを退いたことは申し開きもありません! ですがっ!」
「良い良い。落ち着け、アロン。別に咎める気は無い。」
ハイデンに食って掛かろうとするようなアロンの様子に、ハイデンはにこやかに制した。
「むしろ、今の今までよくぞ耐えてくれたと感心するばかりだ。君の存在に対して奴等が躍起になっていた理由を改めて今日知ったのだが、その上で今まで君が奴等の甘言を受けず、一介の臣民として貫き通したことは賞賛に価する。その上でもう一度尋ねる。君は、超越者なのだな?」
「……はい。」
「そうか……。」
ハイデンは静かに頷き、グラスの酒を一口飲む。
「君も飲んだらどうだ? 酒精は強いが、旨いぞ?」
「あ、ありがとうございます。」
差し出されたグラスを手に、アロンも口を付けた。
唇、そして舌が焼けるような感覚。
同時に鼻を突き抜ける燻された肉の香りと、蜜のような甘い香り。
(これを飲んだら……さすがのボクでも酔うな。)
ハイデンの動きに合わせ、同時にグラスをテーブルへと置いた。
そのタイミングで、ハイデンは神妙に尋ねてきた。
「君は超越者。しかし、どうしてだ?」
「何が、ですか?」
「何故、私を敬う?」
その言葉に、アロンもファナも首を傾げた。
「な、何をおっしゃるのですかハイデン様。貴方様は帝国の英雄で……。」
「それだ。」
再度、グラスを持ち、その手の人差し指でアロンを指した。
「超越者から見れば、私は所謂 “モブ” だ。適正職業も “戦士” 。普通に考えれば、職業を超越している超越者が、いくら帝国軍を率いる “大帝将” だろうと敬うはずも無いだろう。」
その言葉に、アロンは目を丸くさせた。
「あ、あり得ません! 貴方は私たち民草にとって真なる英雄! 皇帝陛下と共に未開の地を切り開き、聖国や覇国の蛮族共を退き、数多の武勲を上げた正真正銘の英雄ではありませんか!」
アロンの言葉に、ファナも当然とばかり真剣に頷く。
そんな二人を、キョトンと見るハイデン。
すると、突然口元を緩めて笑顔を見せた。
「……君らの言う、その英雄の冒険話には興味があるかな?」
思わず顔を見合わせるアロンとファナ。
そして。
「「もちろんです!!」」
子供のように笑顔を輝かせるのであった。
―― 生ける伝説、“大帝将” ハイデン
それは、帝国に住まう男子にも女子にも憧れの存在。
その存在が、自らの口から “伝説” を語ろうと言うのだ。
それが帝国の民にとって、どれほど価値があり、どれほど心躍り、どれほど名誉なことか。
くくく、と笑うハイデン。
「よろしい。まずは私が冒険者になった時からだな。」
◇
「……こうして私は先代アルマディート侯爵に見染められ、爵位第一継承権を持つ長女のモナティスを娶ることでアルマディート侯爵を陞爵することとなり、翌年にはペルテ……おっと、ペルトリカ陛下より帝国軍を率いる “大帝将” を拝命したのだ。」
時間にして5時間。
すっかり昼を跨ぎ、ハイデンの部屋に給仕官が食事を運んできたが、その食事にも手を付けず真剣に、そして興奮を隠しきれない様子で彼の話に耳を傾け続けるアロンとファナであった。
「……まぁ、こんなところだが。面白かったか?」
「「はいっ!!」」
アロンもファナも、満面の笑みで答えた。
――アロンに至っては、時々目に涙を溜め、偉大な英雄譚に耳を傾けていた。
「ありがとうございます、ハイデン様! 我が一族、末代までの誉れです!」
感動に打ちひしがれるアロンが盛大に頭を下げた。
同じようにファナも頭を下げようとする、が。
「良い。実は、話ながらも二人を試していた。」
手を差し出し、アロンに頭を上げるよう促した。
「試して……いた?」
「齢五十を超える私の昔話を、最後まで喜んで聞くなど超越者には到底出来ぬ。だが君たちは最後まで私の話に耳を傾けていた。……つまり。」
ハイデンは喉を潤すように酒を飲み、告げる。
「アロン。君は超越者であって、超越者では無いな?」
その言葉に、アロンは再び目を丸くさせた。
この間に、ハイデンは察したのだ。
アロンという、異質な超越者の存在を。
「次は君の番だ、アロン。君の事を聞かせて欲しい。」
ファナは、不安そうにアロンを見つめる。
そんなファナの手を握り、アロンは笑顔で一つ頷く。
“大丈夫”
「ハイデン様。これから私がお話しすることは、出来れば他の超越者には内密にしていただきたいことです。」
「……それはノーザンは当然としても、君を買っているように見えるレイザーにも、アイラにも内密ということか?」
「ええ。お願いします。」
頭を下げるアロン。
ふむ、と一つ呟き。
「分かった。将軍位の超越者はもちろん、他の超越者にも黙っていよう。……それ以外、バルト含め他の将軍位には?」
「その皆様にはお話しいただいても構いません。」
ハイデンの質問にしっかりと答えるアロン。
その様子に、ハイデンは益々アロンを気に入るのであった。
「約束しよう。」
そしてアロンも語る。
前世の出来事。
“御使い” に見染められたこと。
超越者の正体を知ったこと。
二度と大切な者を失わないために。
超越者の “選別” と “殲滅” という天命のために。
向こうの世界こと、ファントム・イシュバーンで絶大な力を得てきたこと。
“永劫の死” というスキルなら、超越者を屠れる可能性に縋ったこと。
それが先日。
そして今日。
発揮されたこと。
その全てを語った。
◇
「全て、合点いった。」
もう何杯目か。
グラスに高級酒を注ぎながらハイデンは呟いた。
そして、神妙にかつ真剣に、アロンとファナを見つめる。
「アロン。君に辛い思いをさせてしまったこと。戦争のためとは言え、超越者を優遇する制度を推進する旗主として君と奥方のファナに謝罪しよう。申し訳なかった。」
深々と頭を下げるハイデンに、アロン達は慌てふためく。
「あ、貴方様が頭を下げる必要などありません!」
「良いのだ。たぶんだが、レイザーも同じように頭を下げたのでは?」
ハイデンの言葉通りだ。
レイザーと初めて会った時、彼もまた『超越者どもの悪事を裁き切る事も出来ず、どうか謝罪させてほしい』と頭を垂れた。
レイザーは超越者だが、将軍であるにも関わらず、同じ超越者を抑えきれない事の謝罪でもあった。
ハイデンは、それらを全て率いる者としての不甲斐なさもあるのだろうか。
「はい……。レイザー将軍にも、頭を下げられました。」
慌てるアロンの代わりに、ファナが答えた。
そうだろうな、と呟くハイデン。
「レイザーもまた、変わった超越者ではあるが……アロン、君はそれを遥かに超越している。合わせて、礼を言わせてくれ。」
ハイデンは、両手を両膝にバチンと叩くよう当て、深々と頭を下げた。
「よくぞ! 超越者を屠る術を持ってこの世界に戻ってきてくださった! 君は神の使いであり、そしてこの世界の救世主となろうぞ!」
「そ、そんな! ハイデン……様?」
アロンは、震えあがった。
それはハイデンから溢れる、涙を見たからだ。
「ありがとう、アロン……。辛い思いをした上に、よくぞ、よくぞ戻ってきてくれた。どうか、どうか。」
流れる涙も拭わず、ハイデンはアロンの両肩に手を置いた。
そして、震える身体、声で、叫ぶ。
「どうか! この世界から超越者を消してくれぇ!!」
イシュバーンの民の、怨嗟の叫び。
超越者優遇制度があるからか?
否。
元より、超越者はこの世界を食い物にしてきた。
“より現実的なゲームの世界”
“いるのは、NPC共”
“どうせ、自分は死なない”
不死だからこそ。
他者を超越しているからこそ。
この世界をゲームだと宣うからこそ。
その傍若無人ぶりは、この世界の民を食い物にする。
アロンだけでない。
数多くの民が、超越者によって弄ばれ、犯され、殺される。
無情に。
無残に。
理不尽に。
“大帝将” という肩書から、彼らも率いる。
そして、戦地へと赴く。
全ては、強いから。
死なぬから。
ただそれだけで、彼らは優遇される。
ただそれだけで。
彼らは、世界の全てを、玩具として見る。
―― だからこそ。
「ハイデン、様。お顔をお上げください。」
アロンもまた、涙を流しハイデンの両手を握る。
そして。
「お任せ、ください。」
“選別” と “殲滅”
“超越者の全てを消されるのは不都合だ”
それが、御使いこと狡智神アモシュラッテの言葉。
中には、セイルのように、この世界の住人を慈しむ者もいる。
中には、平然と頭を下げるレイザーのような者もいる。
だからこその、“選別” だ。
では、それ以外は?
決まっている。“殲滅” だ。
「全ては、お約束できません。ですが、この偉大な帝国を、世界を、食い物にする害虫共は、必ずこのアロンが、滅ぼします。」
“例え、悪魔と呼ばれようとも”
偉大な英雄との、約束。
アロンは再び、決意を固めるのであった。
◇
「すっかり暗くなってしまったな。」
どれほど話し込んだのか。
日の短い冬とは言え、朝から夕暮れまで侯爵邸の厄介になってしまった。
「申し訳ありません、ハイデン様! そろそろお暇させていただきます。」
「いやいや、何を言うか!」
ピシャリ、とアロンとファナを止めるハイデンだった。
「君たちとの出会いは、私の人生にとって最も華々しく素晴らしい事なのだ。この喜びをもっと味わいたい。」
「し、しかし、御迷惑では……。」
「迷惑なものか! それにもう外は暗い。こんな時刻に賓客を追い返したなど、将軍としても侯爵としても名折れ。せめて今夜はゆっくりと寛いでほしい。」
ギラギラと目を輝かせるハイデンの迫力。
そうでなくとも、偉大な英雄からの頼みなのだ。
「あ、ありがとうございます、ハイデン様。」
「お言葉に、甘えさせて……いただきます。」
そう答えるしか、なかった。
その言葉に、さらに気分を良くするハイデン。
恐らく、酔いも相当回っているのだろう。
「それに私は君たち夫婦をめっぽう気に入ったのだ。どうだ? これを期に、私の子どもにならぬか?」
「「は、い??」」
最初は何を言っているのか、全く分からなかった。
キョトンと表情を呆けさせるアロン達に、ハイデンは豪快に笑う。
「はははは! そうなるのも無理は無いか! アロン、ファナ。どうだ? 私の子ども……つまり、このアルマディート侯爵の養子にならぬか、と聞いている。」
その言葉。
みるみる、アロンとファナの血の気が、引く。
「ハ、ハ、ハイデン、様? お酒を、呑まれ過ぎでは?」
「ごごごご、御冗談を……。」
「いやいや、酔っていてもこんな重大な事を冗談で言うわけがないだろうが。アルマディート侯爵は女系貴族でな、私も入り婿として来たが、やはり生まれたのは女でな。継承権を持つのが一人娘のモニカで、今年25になるが、私に似て冒険一筋でなぁ。……婿を早く入れよと告げると、絶縁だと、すぐ喚きおる。」
“やはり、酔っているのでは?”
慌てふためくアロンとファナは、何とか撤回させようとアレコレ告げる。
しかし。
どうやら、ハイデンは “本気” だ。
「そこでだ! 君たち夫婦を迎えれば嫁も婿も必要なし! モニカの性格を考えれば次期侯爵などという面倒な立場よりも、冒険者として戦地へ赴くほうを選ぶだろう。」
“父親としてそれはどうなんだ!?”
言いたい、けど言えない。
相手は英雄、だから。
「アロンなら強さも申し分なし。いずれ将軍位を任せる器でもある! それに妻のファナも若い頃の私を見てるようだ!……おっと、失言だったかな? ははは。」
――もはや、アロンとファナの話など聞く耳持たず。
真っ白に燃え尽きたように呆然となる二人だった。
そんな二人を茶化すように、笑みを深めるハイデン。
「いずれにせよ、君らはこの私が後ろ盾となる。それでも、アルマディート侯爵に養子となるなら、相応の実績が必要だ。」
「い、や。ハイデン様。私もファナも一介の村人でして……。」
「ははは。そう謙遜するな。……養子の件は、追々詰めよう。もちろん拒否しても構わない。」
へ? と狐に抓まれたような顔となるアロンとファナ。
ハイデンが突然、目を細め真剣な表情となったからだ。
「アロン。君を見込んで一つ頼みがある。」
「な、なんでしょうか……。」
「君にちょっかいを掛けた “魔戦将” ノーザン。」
その言葉で、アロンも目を細めた。
超越者。
僧侶系覚醒職 “魔神官”
“嫌われ者” ノーザン。
ハイデンは冷たく、それでいて腹の底から憎悪を吐き出すように告げた。
「君に、ノーザンを殺してもらいたい。」
思わず、息を飲みこむアロン。
「それは……改めておっしゃるという事は、理由がおありで?」
「ああ。奴は、この私にとって最大の汚点であると同時に、この帝国にとっても害でしかない、君が言うところの “害虫” だからだ。」
「……何となく、理解は出来ます。」
アロンが頷いたことで、ハイデンは “避けられぬ未来” を語る。
「君やファナにとっても避けられん相手だと思う。」
「それは、……なるほど。」
ファントム・イシュバーンで知った、ノーザンという男。
“嫌われ者” である、難儀な性格。
アロンはすでに、ノーザンの顔を潰した。
そして、今日。
超越者を殺せる “永劫の死” を明らかにした。
ハイデン、そしてアロンの予想が一致した。
今までの事。
そして今日の事。
それを知ったノーザンの、次なる行動。
「そうだアロン。奴は、動くぞ。」
「ええ。超越者を殺せるボクを手中に収めようとする。そしてその手段、は。」
ハイデンとアロンの言葉で、ファナも気付いた。
同時に、沸き起こるのは。
―― 怒り。
かつて、超越者カイエンを使ってアロンを苦しめた。
親友となったセイルが苦しむこととなった。
その、元凶。
「あんな、遠回りな手段なんてとらないだろうね。」
アロンの言葉が示す通りだ。
次なる、ノーザンの一手。
「ラープス村を、皆を、人質にすること。」
それは、避けられぬ未来。
悍ましい現実。
だが。
それは、“悪手” だ。
「さぁ、お手並み拝見といこうか。アロンよ。」
静かに、怒りを籠めて告げるハイデンに、アロンはにこやかに答えた。
「ハイデン様。残念ですが……。」
「残念?」
「もう、手は打ってあります。」
“【暴虐のアロン】は、何故かラープス村に拘っている”
その情報こそ、ノーザンが突こうとする急所であるはず。
だからこそ、その急所さえ押えてしまえば【暴虐のアロン】とて従わざるを得ない。
それがノーザンの考えであり、ハイデンが危惧することだ。
しかし。
その考えは、覆る。
自信たっぷりに笑みを浮かべるアロンを見て、ハイデンはさらに心を躍らせる。
「アロン、やはり君は素晴らしい。……ノーザンを見事討ち取った暁には。」
“将軍位を約束しよう”
だが、今それを告げるのは野暮だ。
ジンやメルティとは別格。
帝国でも最上位に君臨する “魔戦将” ノーザンを相手に、どう立ち向かうか。
偉大な英雄は少年のように目を輝かせながらも、滾る興奮を抑えるのに必死になるのであった。
アロンとノーザンの激突。
それは遠い未来の話ではない。
“死闘”
それはわずか1ヶ月後に火蓋を切って落とされるのだった。
次回、12月21日(土)掲載予定です。
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【お知らせ】
次回以降、23日(月)、27日(金)を掲載予定日としています。
それ以降ですが……。
私事ですが、年末年始を利用して実家へ里帰り+遠方へ旅立つ予定があります。
そのため、その間の掲載が滞ってしまいます。
お楽しみいただいている方には大変申し訳ありませんが、どうか御容赦ください。
【休載期間】
2019.12.28sat - 2020.1.5sun (9days)
引き続き、【暴虐のアロン】をよろしくお願いいたします。