5-24 真意
決闘から数えて、3日目。
イースタリ帝国 “帝都” 中央区
“帝国城塞” 大帝将執務室
『ゴンゴン』
「失礼します。」
重厚なノック音と共に、ハイデンの執務室へ足を踏み入れたのは、ハイデンの懐刀と称される、輝天八将の一人 “蒼槍将” バルトだった。
甲斐甲斐しくシルクハットを脱ぎ取り、一礼する。
その視線の先には、執務机に両腕を組んで座る部屋の主、ハイデン。
そして正面の応接テーブルに腰を掛ける、3人の男女。
「待ちわびたぞ、バルト卿。」
やや頭頂部が薄い部分を隠すように、灰色の髪をオールバックに寄せた魔導士風の男、“灰智将” ライザースが、気難しそうな顔を少し緩めて告げた。
「申し訳ありません。様子を確認してきたので。」
そう伝え、バルトは空いている席――、魔女のような老女、“紅法将” タチーナの隣に腰を掛けた。
「して、どうだったのだ? そのメルティとやらは。」
バルトの正面。
ますます頭頂部が寂しくなるが、反比例するように左右の髪は長く、そして美しく輝く青髪を靡かせるk片眼鏡の男。“騎馬将” メッサーラが興味津々といった表情で尋ねてきた。
ふむ、と一呼吸置き。
「酷い有り様でした。まるで別人ですな。」
鼻の下に蓄えたチョビ髭に触れながら、バルトは目を細め、答えた。
そこに。
「“殺されても死なない” ――これは全ての超越者の共通する認識だ。前世の知識とやらに、死なぬという傲りこそ、奴等の性根。それが覆る、と知るだけでもその絶望は計り知れないが、加えてあの娘は殺される寸前にまで追い込まれた。その結果、心が壊れるのも無理もないのだろう。」
淡々と、ハイデンが告げた。
豪奢なソファに座る4人の将軍たち。
思い思い、息を吐き出すが。
「愉快、やね。」
堪えきれず、タチーナが口角を上げて呟いた。
その言葉が、各々が押さえつけていた感情を、まるで堰を切ったかのように溢れさせた。
「ククク。これは有史以来の大事件ですぞ、ハイデン閣下。」
堅物、といった表情が似合うライザースも笑みを浮かべた。
「その場に居合わせた殿下、それにレイザー卿やアイラ殿はどのようなお気持ちになられたのか。聞いてみたいものですなぁ。」
併せて、メッサーラも笑顔をハイデンへと向けた。
――決闘の場に居合わせなかった、3人の将。
出てくる言葉は、世界の至宝たる “超越者” を侮辱するものだ。
いくら帝国軍最高幹部である輝天八将だろうと、超越者への侮辱は許されるものではない。
「はぁ」と一息吐き出したハイデン。
その溜息が耳に聞こえ、迂闊な言葉を吐き出したことで叱責されるか、と3人の将軍は一瞬身構えるが……。
「皆が思うとおりだ。超越者どもに対する最高の戦力が、我らの前に現れたのだ。」
凄惨な笑みを浮かべ、ハイデンが静かに告げた。
その表情に身震いするが、全員、おおっ、と声をあげた。
「まぁ、その話は後だ。まずはバルト。その後について報告を聞こうじゃないか。」
禍々しい殺意を押さえ、ハイデンはにこやかに告げた。
その言葉に「はっ」と応え、立ち上がる。
「まず、決闘を穢したライフルについてです。調べたところ、出所はジン殿であったと判明しました。それを、メルティ殿が懇意にしていた司法庁事務次官殿のご子息に委ね、あの日、家令の者に狙撃させたという裏付けが出来ました。」
「やはり、そうか。」
「中々口を割りませんでしたが、生き残ったメルティ殿の有り様を見て、ご子息、そして家令の者が洗いざらい白状いたしました。」
“決闘が穢された”
それも、超越者の悪辣な策略によって。
それが事実と判明した今、ハイデンはじめ場に集まった将軍たちは一様に表情を歪めるのであった。
「して。沙汰は?」
「家長である侯爵、事務次官殿は私財の2割を没収。殺人教唆を行った子息殿は1年間の鉱山労務を厳命、高等教育学院は退学。実行犯である家令の者は侯爵家解雇に加え、犯罪奴隷として何かしらの労務に従事することとなります。」
そして、一息入れ、続ける。
「本来、殺人教唆の主犯はジン殿とメルティ殿。彼らは加えて立会人であったハイデン様を始めとする将軍位、それに殿下を欺いた罪もございますが……。ジン殿は死亡、メルティ殿は気が触れている状況を鑑み、両者の現状を以て、今回の件は仕舞いとなります。」
ふむ、とハイデンは一つ呟いた。
「バルト。ジンの家族には何と?」
「事が事ですからな……。彼が冒険者として所属している “巨木の大鷲” は帝国軍万人隊長筆頭、オルト殿が率いるギルド。現在オルト殿はじめ、主力部隊が覇国との前線に向けて出立しましたので、ジン殿も学業よりそちらを優先した、と告げました。」
「そんなの、バレるのは時間の問題ではないのか?」
顔を顰め、メッサーラが尋ねる。
ライザース、タチーナも同様に頷く、が。
「“超越者殺し”、という前代未聞の事態です。それを成したアロン殿の真意、それが帝国にとって害にならぬかどうかの見極めも出来ていない状況。下手に騒ぎを起こされてはならぬと判断したまでです。」
“まぁ、そうだよな”
と、納得顔の三人だ。
「アロン殿、そして奥方のファナ殿とは、決闘後にハイデン様が面会なされましたが……。」
バルトはチラリとハイデンへと目を向ける。
その目線に、待っていました、ばかりにハイデンは口元を歪めた。
「ああ。あの日、私の屋敷で盛大に持て成し、寛いでもらった。その話は後ほどしよう。」
“話したくて話したくて仕方がない”
だが、まずはバルトから報告を受けるのが先。
輝天八将を率いる偉大な大帝将は、自身を諫めた。
「くくく。ハイデン卿も人が悪い。だがその目の輝き、まるで小童のようやの?」
しかし、見る者が見れば分かる。
タチーナが、皺のある顔を、更に皺を深めて笑みを零した。
「姐さんには敵わんな。少なくとも、我らにとって不都合な話は一つもない、とだけ伝えておこう。……さて、バルト。続いて殿下だが、どうだ?」
笑みを浮かべたまま、目を光らせる。
かつての戦友。
忠誠を誓う偉大な主。
それが、ハイデンにとっての現皇帝。
だが、その息子は別だ。
皇帝継承権一位、第一皇太子ジークノート。
“超越者”
皇帝と王妃に似た、端正な顔立ち。
加えて超越者特有の前世の知識とこの世界の言語理解から、幼少期より “神の子” として讃えられてきた。
ハイデンが彼に初めて会ったのは、1歳の時。
乳幼児とは思えないほど、知性溢れる表情に、たどたどしくもこの世界の言語を告げる姿から、間違いなく超越者だろう、と予想した。
しかし、ハイデンでも、皇帝でも、そのことは口にしない。
超越者かどうかは、12歳の年の頃に受ける適正職業を見定める、あの神聖な儀式を経なければ誰にも分からないのだ。
その前に、超越者だろうと口に漏らすものならば、偉大な善神エンジェドラスに背く、重大な背徳行為に該当する。
だから、12歳の時にジークノートが超越者だと判明した時は、“やはりな” と得心するものの、この帝国の次期皇帝に最も近い第一皇太子が “超越者” であることに、いよいよ戦争終結の足掛かりとなること、憎き聖国、覇国を滅ぼせるのではないかと期待をした。
だが、今やその期待は霧散している。
同じ超越者で、しかも向こうの世界では同じギルドの同胞だったという公爵令嬢レオナとの婚約解消に、アロンとの確執から始まった今回の決闘。
次期皇帝、しかも前世の知識を有する男とは思えないほど、短慮で無思慮な粗忽者。
超越者という戦力は絶大ではあるが、頭が足りない。
――超越者では無いが、第二皇太子の方が率いる者としてずっと優秀に思えてきてしまう。
「メルティ殿の有り様を目の当たりにして、酷く狼狽しておいでです。ここだけの話に留めていただきたいのですが、殿下とメルティ殿は、その、男女として深い仲だそうで。」
「ほほぉ。それは一大事やね。」
「高等教育学院内での情報なので真偽は定かではありませんが、件のご子息、そして今回犠牲になったジン殿も、さらに学院内の男子数名が、メルティ殿に恋慕の情を抱いているとのことです。」
「……中々の、魔女やね。」
茶化すように薄く笑うタチーナ。
そこに。
「魔性の女性、という意味では貴女の右に出る者はいませんよ。」
ククク、と含み笑いをするハイデン。
ケッ、と吐き捨て、顔を顰めるタチーナだった。
「いつの話だ、小僧?」
「こりゃ失礼。」
かつて、その美貌と凶悪な魔法で数多くの男性を虜にした、帝国一の美女。
その美しさは聖国と覇国にも轟き、戦場でその美貌を目の当たりにした敵国将軍が武器を投げ捨てて求愛してきたところ、容赦なく紅い炎で巻き上げたという列伝もある。
――現在、御年71歳。
帝国軍の魔法士、僧侶の部隊を鍛える一方、女性兵に “淑女” なんたるかを伝授する、老いてもなお美しく立ち振る舞う “紅法将”、それがタチーナだ。
ゴホン、と一つ咳払いをして、バルトは続ける。
「メルティ殿の様子はお察しのとおり。殿下も学業に公務がおありですが、手が付かぬ様子。」
「それこそ一大事ではないか? 殿下は来週には聖国との前線へ、初陣を飾る予定ぞ?」
バルトの言葉に、メッサーラが少し声を荒げた。
「ええ。その予定は覆りません。すでに皇帝の勅命を持ち、冒険者連合体帝都本部の連合長へ徴兵するよう命じております。オルト殿率いる主力部隊が覇国陣営へとの前線へ向かった今、頼れるのは冒険者ですからな。」
「荒くれ者ども、とりわけ超越者の冒険者を纏め上げられるのは、同じ超越者で、しかも “神” の職を授かった殿下が適任。しかし……。」
ライザースも顔を顰め、呟くように告げた。
その言葉で、バルトも顔を顰める。
「ライザース殿のご心配通りです。現状、殿下にそこまで期待は持てません。そのため、予定にはありませんでしたが、レイザー卿も同行することとなりました。」
その言葉で、ザワッ、と騒がしくなる。
「レイザー殿も!? そこはノーザンか、アイラがおるだろうが!」
「……ノーザン殿とアイラ殿はただ強いだけで選ばれた将です。アイラ殿は、ハイデン様が命じれば従うとは思いますが、ノーザン殿は無理でしょう。」
重々しい空気になる、執務室。
「奴も強いのだがな。自ら率先して戦場を駆け巡るタイプではない。だが、今は聖国と覇国の両面から本陣が攻寄る緊急事態だ。甘い事を言っている場合ではない。」
溜息を吐き出すハイデン。
バルト以外の将軍も、同意するよう頷く。
「……もう一つ。言葉通りに告げましょう。『ジークノートと一緒だと!? 何でオレがそんな奴と一緒に戦地へ行かなくちゃならねぇんだ!』とのことです。元々、ノーザン殿は殿下を毛嫌いしている節があります。」
「……将軍位とは言え、皇族に対する不敬として処罰するところだが。」
「奴は超越者やね。裁くだけ無駄だの。」
さらに、重々しい空気が場を占める。
「……聖国も覇国も、まだ陣を構えて間もない。すぐ退くなら問題無いが、これから戦況は徐々に激しく、凄惨なものへと変貌する。殿下と一緒が嫌だと我儘を言うなら、覇国側へ向かわせるべきか。」
「しかし、奴がそれで首を縦に振るとは思えん。」
輝天八将は、軍の要である。
前線に出るのではなく、本陣で指示をするのが役目だ。
――敗北の際、多くの兵の助命を嘆願する代わり、その首を差し出すのも役目。
“超越者の将” は、殺しても死なぬ者。
兵の助命と引き換えの首には、ならないのだ。
それでも超越者の将を置くのは、帝国軍や冒険者の中に紛れる超越者に対する抑止力だからだ。
だからこそ、輝天八将の超越者は軍法の造詣や人格よりも、“強さ” を基準に選ばれる。
「レイザー殿に覇国側へ向かってもらい、殿下と随伴をアイラ殿に頼むのはダメか? あの娘なら殿下となら喜んで着いていくだろう?」
「それこそダメさね。あの小娘、殿下に色目を使いよる。」
唸り、頭を悩ませる将軍たち。
そこに、ハイデンが口角を上げてポツリと告げた。
「……奴を、アロンが殺してくれれば話が早いのだがな。」
重々しい空気は一変。
ゾワリ、と冷たい空気に包まれた。
「ハ、ハイデン殿! それは余りにも……。」
「いや、彼はその気になれば “殺す” と宣言した。」
そう言い、ハイデンは立ち上がり、背にしていた大きな窓へと身体を向けた。
窓の外には、美しい帝都の街並みが広がっている。
「……ノーザンの性格を考えろ。奴はすでにアロンと敵対している。しかも、悉く自分の策が破られてきたんだ。アロンが “超越者を殺せる存在” だと知ったとしても、奴が黙っているタマか? むしろ、その状況であるからこそ、アロンを手中に収めようと躍起になるはずだ。」
「そ、そんな馬鹿な事を!? しかも取れる手段となると……。」
レイザーに次ぐ知将。
ライザースが青褪めて叫ぶ。
彼は気付いた。
聞かされた現状と、アロンという存在。
そこから導き出される、ノーザンが仕出かす、手段。
「そうだ。間違いなく、ラープス村を襲撃するだろう。」
その言葉に、バルトが異を唱えるように告げる。
「それでは、決闘の約束を反故にすることになるのでは? その約束は、貴方に言われ、私が書面にして殿下、そしてアロン殿に手渡したばかり。それにも関わらず、ノーザン殿にそのような手段を取らせるなど。……ハイデン様、面目丸潰れですぞ?」
あの決闘の日。
アロンが告げた “勝利の要件” について、ハイデンは名を掛けて約束した。
そしてアロンが勝利した今、アロン、ファナ、そして彼らの故郷であるラープス村に一切手を出さないことと、約束されたのだ。
「私、そして殿下は約束した。しかし、ノーザンは別だ。」
くくく、と笑うハイデン。
その表情に、バルトは嫌悪するよう苦々しく口を開いた。
「……それは詭弁ですぞ。」
「分かっている。」
背を窓に向けていたハイデンは、怪訝な表情となる4人の将軍へと顔を向けた。
「アロンはすでに知っている。」
さて、とハイデンは笑みを深めた。
「決闘の後。私の屋敷に招いたアロン、そして奥方のファナと何を話したか、彼らが何を語ったか、全て伝えよう。」
再び、執務椅子に座り、両手を組む。
「この話は、貴公らの胸の内に秘めておいて欲しい。ノーザンはもちろん、レイザー殿やアイラ殿にも内密に、な。」
◇
同時刻。
“帝国城塞” 魔戦将執務室
「糞っ! 糞がっ!」
叫び、喚き散らすは “魔戦将” ノーザン。
「おいおい、マジでうるせぇぞ、陰険丸眼鏡野郎。」
持ち込んだ、キンキンに冷えたワインを開けて煽るのは、“白金将” アイラ。
「黙れ! 糞女!」
「うーわ。やだねー、ヒステリー男って。そう思わない、レイザっち。」
もう一つのグラスにワインを注ぎ、目の前に座る “黒鎧将” レイザーへ差し出す。
その時、身体をグイッと近づけて、
(同じ “女” として、さ。)
と、呟いた。
しかし、黒鉄仮面を被り表情の分からないレイザー。
一つも動揺せず、
「戯言を。……それは、遠慮しておこう。」
あっさりと否定し、尚且つワイングラスは受け取らない。
ぶー、と頬を膨らませるアイラ。
「なによぉ! 一緒に呑めばその仮面脱いでくれると思ったのにぃ!」
「くだらん。それより報告が遅くなったことは詫びるが、今、話したことは事実だ。その上でお前の意見を聞く。」
レイザーは、頭を掻きむしるノーザンに向けて告げた。
「アロンの件。他の転生者に告げるべきか、否か。」
“永劫の死”
即ち、死なぬ超越者を殺す、手段がアロンにある。
すでに、ジンの一件がある。
この事はいずれ、バレる。
問題はその前に、この情報を適切にどう漏らすかだ。
このタイミングを間違えると、帝国は大混乱に陥る。
“超越者は殺しても死なない”
それは信頼であり、戦力であり、同時に人々にとって畏怖する事象だ。
だからこそ、各国は躍起になって超越者獲得に動き、その待遇を最大限考慮する。
だが、それは同時に各国で頭を抱える問題――、横柄、横暴にして理不尽かつ粗暴な行動を取る超越者にも目を瞑るということだ。
“超越者は、アロンの手によって殺すことが出来る”
この事実は、横柄、横暴にして理不尽かつ粗暴な超越者に苦しめられるイシュバーンの民にとってはまさに福音。
アロンを筆頭に、超越者排除の流れが出来てもおかしくない。
つまり、帝国にとってアロンの存在は魅力的なワイルドカードであると同時に、扱いを間違えると自らの首を絞めかねないジョーカーでもあるのだ。
“戦争” だけを切り取り、“理想” だけを述べると、アロンに敵対国の屈強な超越者を斬り殺してもらい、帝国の超越者たちが圧倒的戦力で敵対国を捻じ伏せることだ。
遥か太古から続く終わりなき、血みどろの戦争を “帝国陣営の圧勝” で終結することも、夢でなくなる。
だが、レイザーの脳裏にはそんな “理想論” は浮かばない。
(奴は、ジンを躊躇無く殺した。それも私含め、将軍位や皇太子であるニーティの前で。つまり、奴自身は “永劫の死” を隠すつもりは無いということだ。さらに。)
“その牙は、帝国在住の超越者にも剥く”
『この際はっきり言っておきます。ボクは、超越者の全てを “敵” だと考えています。』
震えあがる、レイザー。
仮面で表情は見えないが、冷や汗が額から伝う。
「他の連中に伝えるかどうかだと!? 馬鹿かテメェ!」
激高するノーザンは、レイザーに飛び掛からん勢いで叫ぶ。
「言えるわけねぇだろうが! それこそ、終わるぞオレたち!」
「オレたちぃ? そこは、テメーだけだろ、丸眼鏡。」
グラスのワインを飲み干し、再度注ぐアイラが下卑た表情でノーザンを睨んだ。
「ああっ!?」
「テメーは、もうアロン様に上等こいているんだよ。カイエンとかいう奴使ってさ、情けなく全部失敗してさ。心証は最悪も最悪だよ。次にぃ、ぶっ殺されるのはぁ……。」
「黙れぇ!!」
ノーザンの右の掌から漆黒に燃える炎が立ち上り、それが徐々に、死神の大鎌のような容を作った。
その凶悪な黒炎の鎌をアイラに向けて、揮おうとするが、
「やめろ! ノーザン!」
“シールドオブイージス”
レイザーは剣を揮い、その大鎌をかき消した。
しかし、若干レジスト失敗。
炸裂する黒炎の一部がレイザーの右腕を包んだ。
「あぐううううっ!」
苦悶の声。
若干、声色が高い。
(やっぱり!)
自身を守ってくれた、というのにアイラの感想は別だった。
しかし、当のノーザンは気付いた様子はない。
激高し、凶悪なスキルを揮ってしまったことに対する罪悪感が包む。
しかし、それを詫びるような神経を持ち合わせていない人格破綻者が、ノーザンという男だ。
「いいかレイザー! アロンの事が知られてみろ! 転生者どもを殺せ、と喚く連中が湧いて帝国は大混乱だぞ!」
「だ、が。いつかバレることだぞ!?」
「そうなる前に、アロンを抑えて帝国の駒に仕立て上げりゃいいんだよ!」
そう叫び、アイラが持ち込んだワインが置かれたテーブルを蹴り上げる。
「おっと!」とアイラはすかさずボトルと自身のグラスだけ持ち上げた。
割れる、テーブルともう1本のグラス。
「てめぇ等はどうせ、役立たずだ。オレが……このオレ様が! 糞ったれアロンをガチガチに縛り上げて逆らえねぇようにしてやるわ!」
「ま、待て! そんなことをすると……。」
「黙れレイザー! アイラもてめぇ、いつまで飲んでるんだ! さっさと、出ていけぇ!」
喚き散らし、レイザーとアイラを無理矢理退室さえたノーザン。
肩で大きく息を吐き出し、ブツブツと呟く。
「アロンには……現地妻のファナとかいう娘がいる。それに、カイエンの情報から奴はラープス村に固執している。……勧誘なんてまどろっこしい事せず、抑えりゃいいんだよ。適任は……そうだな、レントール達、それに、カイエンの野郎も動かせば、いい。」
――彼は、知らない。
すでにレントール達は動き、アロンに殺されたということを。
◇
「はーぁ。あいつ、終わったわ。」
部屋を弾き出されたアイラが、手に持っていたグラスに再度ワインを注いで飲み干した。
その様子に言葉、レイザーは苦々しく告げる。
「それでは困る。あんな奴だが、転生者であり、この帝国の将軍なのだ。この一件はハイデン殿にも具申しておく。」
焼けた右腕に目線を飛ばすレイザーに、アイラは、笑みを零す。
「ダメだよー、レイザっち。女の子なんだから早く火傷治さなくちゃ! オジ様への報告はアタシがしておくからぁ。」
再び、はぁ、と溜息を吐き出すレイザー。
「だから、お前は一体何を勘違いしているんだ? 俺は男だぞ?」
「ぶっぶー。もうバレバレだから。わざと声を低く出しているのは最初から分かっていたけどぉ、さっき、ノーザンの “魔神ノ鎌” の炎にやられた時ぃ。レイザっちって、結構可愛い声しているんだね!」
それでも引かないアイラ。
さらに、ニマーッと笑い、
「これ以上しらばっくれるならぁ、レイザっちの中身は女の子で偽物だー、って言いふらそうかなー?」
悪戯に告げるのであった。
「はぁ。」
ますます深い溜息。
レイザーは、笑うアイラの顔の横に仮面を近づけ、
(黙っていてくれるなら、私が誰なのか、今夜教えましょう。)
ローアの声で、告げるのであった。
その声に目を丸くさせ、さらに笑みを深めるアイラ。
「やった! それってぇレイザっち、部屋飲みのお誘い?」
「はぁ。そう取ってもらっても構わない。」
再び声を低く、レイザーとして告げた。
同意が取れ、キャー、と喜色の声を上げる。
「約束よー! お酒、いっぱい持って行くからたっぷり飲もうぜー。同じ転生者で話が合いそうな奴って中々いないしー。今夜はガールズトークだね、レイザっち!」
「……いいから、ハイデン殿への報告は任せるぞ。」
「りょ~~。」
スキップするように行く、アイラの後ろ姿を見てレイザーは深い溜息を吐き出した。
「……早まったかもしれん。」
◇
再び、大帝将執務室。
すでにバルト含め、4将軍たちはそれぞれの執務室へと戻った。
ここには、ハイデンとアイラの二人だけだ。
「と、言うわけでぇ~。ノーザンのアホは見事、オジ様の予想通りの行動に出ると思いまーす。」
明るく告げるアイラに、「そうか」と満足そうに告げてハイデンは、執務室の奥にあるワインセラーから、2本取り出した。
「奴を推挙したのは、私の最大の汚点であったからな。」
笑顔で、1本のワインをアイラに手渡した。
「お、これって良いやつ?」
「ああ。今夜レイザーと飲むと言っただろ? 私からの餞別だ。」
「ありがと! ところでぇ、オジ様はぁレイザっちの正体知っているのー?」
「知っている。」
その言葉にアイラは目を輝かせる、が。
「それは私の口から言うべきではなかろう? 本人から聞いて欲しい。」
べぇ、と舌を出して笑うハイデンであった。
その表情に、顔を膨らませるアイラだった。
「良かったね、オジ様。」
もう1本のワインを開け、ハイデンと飲むアイラがほほ笑む。
ああ、と呟くハイデン。
「ノーザンとは違い、お前を推挙したのは良かった。」
「あらー、嬉しい! でもそういう意味じゃなくてぇ。」
「ああ。お前の言動から予想したが、実際に目の当たりにして年甲斐も無く心が躍ったぞ。」
ぐびっ、とワインを飲み干し、アイラにお替りを注がれるハイデンは、目を輝かして呟いた。
それこそ、先ほどタチーナに “小童” と称されたような、表情だ。
「オジ様も人が悪いー。アタシはぁ、転生者っていう絶大戦力が死んじゃうのはヤバイって思って止めようとしたんだけどねー。」
だが小声で「メルティはどうでも良いけど」と呟くのであった。
「そうは言うが、お前も本気で止めなかっただろ?」
「うーん。それ言われちゃうとなぁ……。アタシもぉ、本当に “永劫の死” が発動するか半信半疑だったしぃ。」
「確率的には、どれほどだと思っていた?」
「99%は発動すると思っていた!」
その言葉で、ガクリと肩を落とすハイデン。
「お前……。やはり、酷い女だな。」
「あははー。良く言われるー。」
「で、決闘の後、アロン様たちと何を話したの?」
ワインも飲み干し、アイラは目を細めて尋ねた。
少々酔いが回り、良い気分のハイデン。
ソッ、とその手を握る。
こういう時、男の真意や本音を聞く事は、アイラにとって朝飯前。
もちろん、高いボトルを開けさせることもだ。
前世の職業。
大手キャバレーナイトクラブの、頂点。
“No.1キャバ嬢”
それが、アイラだ。
嬉しそうに、アイラの手にもう一つの手を重ねるハイデン。
同じように目を細めて、紡ぐ。
「彼の正体と、その真意。そして……。」
手を離し、ハイデンは首をコキリと鳴らす。
まるで、“娘のおいたを受け流す父親” のような表情だ。
「ノーザンが手を出してくること。」
「あとは?」
自身のテクニックにも靡かず少し頭にくるアイラ。
だが、表情には出さず、続きを尋ねた。
それこそ、ハイデンの真意だった。
「アロンに、輝天八将の座を……いや、違うな。」
その言葉だけでアイラにとって十分驚愕する事実であった。
しかし、ハイデンの真意は、もっと深かった。
「アロン、そして妻のファナ共々、私の養子となってアルマディート侯爵家に入ること。ゆくゆくは私の跡を継ぎ、“大帝将” の座を委ねたいと懇願した。」
しばし沈黙。
そして。
「げえええええええええええっ!?」
“レイザー以上のキレ者”
そう自負するアイラにとって、ハイデンが告げた言葉は予想を遥かに上回るものだった。
驚愕するアイラに、悪戯が成功した少年のような表情を浮かべたハイデンは、口元に人差し指を付けて「シーッ」とする。
「レイザー殿や、他の者には内密だぞ?」
「ふぇ、あ……はぃ。」
『ゴドンッ』
“ハイデンが、どれほどアロンを買っているのか”
思わず、手渡されたワインボトルを落としてしまうほど。
その事実に、半ば放心状態となるアイラであった。
次回、12月17日(火)掲載予定です。