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5-22 思い違い

掲載が遅くなり大変申し訳ありません。

昨日、出張から戻った途端、発生した大きなトラブルに巻き込まれてしまい対応に追われていました……。

明日もまた出張なのですが、何の準備も出来ておらず執筆もままなりません。

次回も、掲載予定日より1~2日延びてしまうかもしれませんがご了承ください。


今回で決闘を終える予定でしたが予想よりも長くなってしまったので、2話に分けました。

もどかしいかもしれませんが、もう少しお付き合いいただけると幸いです。

「ファナッ!?」


ジンの急襲を防ぎながら、青褪めたアロンが叫ぶ。


“あり得ない!”


何故、ファナが頭から血を流し、倒れているのか。

目の前のジンも、その後ろのメルティも、ファナに対する攻撃を仕掛けていない。


決闘は始まったばかり。

それにも関わらず、何故、ファナが倒れているのか。



混乱するアロンに、ジンは凄惨な笑みを浮かべて鉄剣を滑らせ、アロンの胴に向けて横薙ぎに揮った。


『ガンッ』


しかしアロンはそれを容易く往なし、弾かれるように反動で後方へと飛んだ。

そのまま、倒れるファナの許へ駆け出す。



「ファナ!!」



倒れるファナへ、声を掛けるアロン。


(隙だらけだぜ!)


一瞬。

ジンは再度 “縮地法” でアロンのすぐ背後へ回り込み、全力で斬りかかった。



(殺った!)



二つの意味で、ジンは確信した。



まず、ファナがこうして倒れている理由。


それは、この野外訓練場を見渡せる位置。

帝都の外壁上から、用意したライフル(・・・・)で狙撃をしたからだ。


相手は、ただのNPC(モブ)

脳天を貫く一発で、すでに絶命しているだろう。



そして、憎きアロン。

無防備に背後を振り向いては、倒れた妻の元へ駆け出す姿は、【暴虐のアロン】と恐れられた男とは思えないほど、無様で迂闊だ。


もはや、一縷の同情も罪悪感もない。


後頭部目掛け、思い切り鉄剣に力を籠めた。


放つスキルは、戦士系上位職 “大剣戦士(ウォーリアー)” の “ボム・スイング”

斬りつけると同時に火・土・風の3属性同時による爆発の追加ダメージを与えるスキルだ。

この爆発ダメージは “防御力無視” のため、堅い相手やモンスターに有効な攻撃ともなる。


生身の、しかも無防備の状態。

それも生物の弱点と言える、頭部。


どんな生物も、頭を潰されたら生きていけない。


それが、摂理。


ジンのレベル250

STR(腕力)は、500。

他のパラメータよりも優先的に上げてきたおかげで、イシュバーンの世界の中でも上位に入る数値だ。

その結果、素手でもATK(攻撃力)は25,000にもなる。

これに、スキルの威力が掛け合わされれば、いくら相手が【暴虐のアロン】でも致命的。


加えてジンは “大剣戦士” のスキル、“大剣戦士の心得” によるスキルのSP割合発動も掛け合わせているため、総合的な被ダメージの換算値は10万を超える。



“この一撃で決める!”



想いを寄せるメルティのため。

敬愛するジークノートのため。


そして、NPCとは言えこんな美人な若妻を娶った、地味顔アロンに対する個人的な嫉妬を晴らすため。


ジンの全力の一撃は、真っ直ぐ、アロンの延髄に打ち当たり、

そして――、



『ドゴンッ』



暴発する、アロンの頭部。

爆炎を放ち、ジンはそのまま剣を振り抜き切った。


爆炎で見えないが、頭は潰れたか、首ごと刎ねたか。

いずれにせよアロンの頭部は無残な事になっているだろう。


その、刹那。



「ジン、どいて!!」



詠唱(チャージ)の終わったメルティが、叫ぶ。


「おう!」


再度、“縮地法” で後ろへと大きく離れるジン。


頭から煙を上げて微動だにしないアロン、そして横たわるファナ目掛け、メルティは容赦なく魔法(スキル)を放った。



「“ラージフレア”!!」



“魔導師の心得” によるSP割合発動。

“呪術師の隷属” による高速発動。


そして、“魔聖覚醒” による加算SPによる威力の上乗せ。

“聖属性追加” による、属性追加ダメージ。


さらに、メルティの書物スキル。


“闘神気”


『発動すると3分間、ATK、MATK(魔法攻撃力)CRI(クリティカル)を30%上昇。スキル効果、特攻ダメージを50%上昇。被ダメージを20%カット』


書物スキルの中で “永劫の死”、“ディメンション・ムーブ”、“装備換装” と同じく最高レアの “虹色” 書物。


発動後は1時間使用不可となるデメリットがあるが、装備やスキルに頼り切りとなる各能力の底上げをノーコストで行えるという破格の性能を持つ。


ポイントは、SP割合発動などで “威力の増加” されたスキルを、さらに5割も威力上昇させるという点だ。

そのおかげでファントム・イシュバーン内では所謂 “ぶっ壊れスキル” と称され、書物スキルの中で最も人気が高く、有名。


偶然にもこの書物スキルを入手した、メルティ。


発動は3分間のみ、そして1時間のクールダウンという時間制限はあるが、一時的でも爆発的な力を揮うことが出来るため、覚醒職 “魔聖” が中途半端な育成状態にも関わらず、帝国陣営上位ギルド “ワルプルギスの夜” の中でも強靭な戦力と成り得たのだ。


12歳の “適正職業の儀式” の時。

覚醒したメルティが放った最強攻撃 “ラージフレア” を、アロンがいとも簡単にかき消してしまった。


その時はまだ幼くSPも十分でなかったため、SP割合発動を代表とする各種スキル上昇効果を上乗せすることが出来ず、さらにこの “闘神気” の発動方法が分からなかったため、通常発動だったのだ。


“だから、かき消された”


しかし、今は違う。

これぞ、“ワルプルギスの夜” で “姫” という愛称で親しまれた幹部メンバー、メルティが放てる最強の一撃なのだ。


すでに、ジンの渾身の一撃でアロンは絶命。

もしくは、瀕死状態だろう。


それ以上に、この決闘を穢すような、遠方からのライフル狙撃によるファナ殺害の証拠をかき消すため。



メルティは、その最凶の一撃を放ったのだった。



憎きファナの、骨まで溶かしきる。


そんな、一撃が、




『ドドドドドドドドドウンッ』



アロンの背に直撃し、ファナごと包むように燃え盛った。





「やった! やったぞ!」


“帝都外壁”

その屋上にある見張り小屋から、双眼鏡で野外訓練場の様子を見守る男。


それは、高等教育学院で出会ったメルティに惚れ込んだ、かの侯爵令息であった。

彼の足元には、横たわってライフルを構える初老の男。


「坊ちゃん。これで良かったのですか?」


ライフルスコープを覗き、同じように野外訓練場の様子を青褪めながら見守るのは、彼の屋敷お抱えの執事だった。


「良いに決まっている! あいつらは超越者(・・・・・・・・)なんだろ? しかもメルティだけではなく、殿下にも無礼を働く不届き者とのことだ。お灸を据えてやったのさ。」




それは、昨日の夜。

突然、メルティが尋ねてきたのだった。


いつもは辛辣に扱われる彼だが、惚れこんだメルティが初めて会いに来たことに心が飛び跳ねた。


しかし、ここは自宅の屋敷。

いずれ侯爵を継ぐ者として屋敷の者に恥ずかしい姿は見せられない。


紳士然で出迎えた彼。

そんな彼の胸に、飛び込むメルティ。


息が止まった。

それほど、彼の鼓動は激しく、そして息継ぎすら忘れるほど高揚した。


涙ぐむメルティから告げられたこと。


“殿下に無礼を働く超越者が、有ろうことか殿下に決闘を申し込んだ”

“殿下を戦わせるわけにはいかない。そこで、私とジンの二人で相手をすることとなった”


“怖い”


“それでも、相手の超越者の女(・・・・・)さえ倒せれば勝てる見込みがある”



“だから――”



そうして手渡されたのが、このライフルであった。


ライフルの存在は、もちろん知っている。

かつて、一攫千金を狙った超越者が開発した兵器だ。


しかし、製造するために細かな部品を多く要し、さらに放つのは鉛玉。

撃てるのは一発で、鉛玉の充填も必要。


鉛玉が無くなれば、ただの鉄くず。


しかも、威力も微妙。

防御力の低い者には遠方より致命傷を与えられるのだが、こんな重々しい筒を持ち歩くよりも、魔法などの遠距離攻撃の方が威力は高い。

しかも魔法やスキルは、専用の回復ポーションを服用するか、少し休めばまた放てるのだ。


ところが、この兵器は鉛玉が無くなればそこまで。


“無駄な兵器”


それでも一部貴族の娯楽品としては普及している。


重量があろうとどんな職業の者でも遠距離攻撃が放てるため、これで鳥獣を狩るといった娯楽に使われるようになった。


そして、彼の屋敷の執事がこの趣味に精通していた。


そうでなくとも、心寄せるメルティたっての願いだ。

二つ返事で了承した。



……そして、成功した暁には。

そわそわと、メルティは顔を赤らめて約束してくれた。



『成功したらお礼をするので、デートをしましょう。』



これは、何が何としても成功させなければならない。


最近、妙に艶っぽく、色気が溢れるようになったメルティ。

皇太子ジークノートの婚約者、公爵令嬢レオナが御病気で休学中(・・・・・・・)の中、彼に今一番近い存在はメルティだという噂もある。


心無い者は、こうも噂する。



『あの二人は、肉体関係すらある』



“不敬で裁かれたいのか?”



偉大な侯爵の息子たるもの、そんな不埒な噂など微塵にも気にしない。


それが、紳士。



“メルティの心を掴むのは、僕だ”



そして、この狙撃が成功した今。

彼の脳内はメルティとのお礼デートのことでいっぱいだ。


女性が喜びそうな店を周り、エスコートする。

そして夜は、高級ディナーに舌鼓を打ち、そこで素敵なプレゼントを贈ろう。


喜ぶ彼女を抱きしめ、そのまま――。


ふっくらとした、色気溢れる唇。

憂いを帯びたエメラルドの瞳。

高貴さすら感じる、灰色の艶やかな髪。


そして、煽情的な肢体。


その全てが一夜で手に入ることを信じて疑わない、彼であった。





「や、やった……。」


もうもうと立ち上がる黒い煙を呆然と眺め、メルティは呟く。


「オレたち……【暴虐のアロン】に勝った!」


笑顔で振り向くジンだが、メルティは手で口を押え、嗚咽いた。


「うえっ、ゲ、ホッ。」


「メルティさん!?」



かつて憧れたアロンは、――超越者。

だから、ここで死んでも生き返る。


しかし。

心から憎んだファナは、この世界のNPC(モブ)


死んでも、生き返らない存在。



それを、殺めた。



“人は殺してはいけません”


“命は大切にしましょう”



前世、それは当然の倫理として言われ続けていた。

しかし、両親が早く死に、親戚をたらい回され、最後に辿り着いた祖父母宅でも、失意に伏せてからファントム・イシュバーンというゲームに没頭するメルティに嫌気が差し、優しかった祖父母ですら彼女勘当しようとしていた。


“私の命は、安っぽい”

“死のう”


そう思った時に女神からの勧誘を受け、この世界へと転生してきた。



――終わらない戦争を繰り広げる、血みどろの世界へ。



この世界は、前世の世界よりも命の価値が低い。


それでも、“超越者” と呼ばれる転生者は死なぬ身。

だからこそ、待遇が優れ、戦争では重用される。



いずれ戦争へ。


それは、人が人を殺すのが日常のセカイ。



いや、所詮はゲームの世界の(・・・・・・・)キャラクター(・・・・・・)


超越者(人間)が、NPC(人ならざる者)を、殺すセカイだ。




(これは……そのセカイへの片道切符ね。)


ファナを殺害した事。

そして復活するとは分かってはいるが、かつて憧れ、好いた相手を殺したことで湧き上がる嫌悪感と禁忌感を必死に押さえつけ、メルティは背筋を伸ばした。


もはや、引き返せない。


今日、この日。

この手は汚れてしまったのだから。



(せめて、私が皇帝夫人、……皇后って言うのかしらね? そこに辿り着いた暁には、墓参りくらいはしてあげるわ。ファナ。)



真っ直ぐ、立ち込める煙を睨む。

そんなメルティの様子にホッとした表情となるジンだった。


そして、ジンはレイザーに叫ぶ。


「レイザーさん! この決闘、オレたちの勝ちっす!」


決闘開始から、わずか20秒ほど。

NPC(ファナ)の脳天をライフルによる狙撃で打ち抜いてから、流れるように最強攻撃を打ち放ち、奴等はそれを無防備で食らったのだ。


“勝利” という結果は、疑いようもない。



だが。



「……レイザーさん?」



怪訝に、再度レイザーへ声を掛ける。

レイザーは微動だにせず、ジンとメルティの背後、立ち昇る煙をジッと見ていた。

それはレイザーだけでなく、ジークノートも、ジークノートの腕に絡みつくアイラも同じだった。


しばらくして。

レイザーはガチャリと鎧の音を立ててジンへと告げる。



「ジン。メルティ。まだ決闘中(・・・・・)だぞ?」



その言葉で、ジンもメルティも同時に後ろへと振り向いた。

そして、目に飛び込んできた光景。



「な、なん、なん、で?」



それは、背を向けて両腕を広げるアロンの姿。

上半身は服が燃え盛り、裸だった。


それは良い。

問題は、そういう事ではない。



何故(・・)五体満足でそこにいる(・・・・・・・・・・)!?”



「ジン! もう一度やるよ!」

「おう!」


すかさず剣を握り直すジン。


メルティのもう一つの書物スキル、“SP急速回復” の効果で失ったSPを多少回復させたメルティも詠唱を紡ぎ始める。


……が。




「嘘……。」




詠唱が潰え、籠めたSPが霧散した。

唖然として立ち尽くすメルティ。


それは、ジンも同じだった。



握った剣を落としそうになるほど、手から力が抜けてしまった。




彼らの、目線の先。




「いっ……た~~い。」




それは、頭を押さえて立ち上がるファナだった。


そして。


「ファナ! 大丈夫か!?」


自分が受けたダメージなど、まるで気にしていないアロン。

安堵の表情を浮かべ、ファナへ声を掛けたのだ。


すると、ファナは顔をカーッと真っ赤に染めあげ、慌てて両手で顔を覆い隠した。



「アアアアア、アロン!? なんで、裸なの!?」



アロンの上半身の服ははじけ飛び、下半身も服の足部分が無い。

辛うじて、腰と恥部の部分だけは服が残っていた。


両手で顔を覆っているが、指の隙間から露わになったアロンの肢体を覗き込んでいるのはバレバレである。


「あー。メルティの魔法かな。」


アロンも恥ずかしそうに頭を掻きむしる。

直後、「痛っ!」と短く叫んだ。


頭を掻いた指先にこびり付いたのは、血液だった。


「アロン!? 貴方、怪我しているじゃない!」

「いや、ファナこそ!」


アロンの頭部から流れる、血。

そして、ファナのこめかみ部分から垂れる、血。


怪我をしたのは、お互いだ。

だが、それでも致命傷ではない。


「あれ?」


血が流れるこめかみ部分に触れたファナ。

手には、金属のようなもの。


それは、円状に潰れた鉛。


「……なにこれ?」

「これが……ファナを傷つけたのか?」


怪訝な表情となるファナと、アロンだった。




「あれは、まさか!?」



アロンとファナの後方にいるレオナからも、その潰れた鉛が見えた。


既視感のある、金属片。

ファナが最初に立っていた位置、そして頭から流れる血。


そこから導く、一つの事実。


ギロリ、と立ち尽くすジンとメルティを睨み、



「あいつらまさか……。許せない。」



レオナは苦々しく呟いたと同時に、消えた。



“縮地法”


ジンだけでなく、レオナも取得していた書物スキル。



一瞬で動いたレオナが向かった先、それは――。





「お、おい! 立ち上がったぞ!?」


双眼鏡で様子を見ていた侯爵令息が叫ぶ。

それは、狙撃した執事も同じだ。


「ぼ、坊ちゃん! 如何なさいますか?」


「何を言っている! もう一度、あの女の頭を撃て!」


激高し、叫ぶ。

その言葉に慌てて執事は再度、スコープを覗く、が。



「なるほど。あんたの仕業だったわけか。」



『ベキッ』


乾いた音と同時に、執事が手にしていたライフルの銃身が潰れた。



「な、な、なんで、貴女様が!?」



ライフルを覗き込み、再度一発を放とうとしていた執事の男の身体が異様なほど震える。


目の前に立つ女性。

ライフルの銃身を握り潰し、“激怒” という言葉がピタリと当てはまる程、顔を怒りに歪めた麗しい女性。


「レ、レオナ様!?」


侯爵令息は叫ぶと同時に尻餅をつくのであった。



「メルティの気を引くために、そこまでやるのか。」



静かに、だが怒りを籠めて呟いた。

レオナは執事からライフルを強引に引きはがすと、さらに『バキッ』と中心からへし折った。


そして、へたり込む侯爵令息と執事を冷たく、睨む。



「レオナ、様。ぼ、僕は……。」



「言い訳無用だ、この野郎!!」



「「う、うわあああああぁっ!!!!」」





「“ヒール”」



立ち上がったファナは、アロンに回復魔法(ヒール)を掛けて止血した。


「ありがとう、ファナ。」

「うん。」


ヒールを掛けている最中、ファナの視線はメルティを外さなかった。


青褪め、震え、そして顔を怒りに歪める元・恋敵。

ファナに勝るとも劣らない美貌が、台無しなほど崩れている。



「何で!? 何で生きているのよ、ファナ!」



叫ぶメルティには、全く理解出来ていなかった。



死角からの、ライフルによる狙撃。

頭部から血を流して倒れたということは、確実に脳天直撃(ヘッドショット)が成功したはずなのだ。


それからわずか数秒。

ジンの一撃に、メルティの一撃。


それを食らって、アロンでさえ生きているわけが無かった。



「アロンが、守ってくれたの?」


「いや……守れなかった。」


“どういう攻撃だったのか”

未だ理解が出来ないアロンは、メルティの(・・・・・)攻撃を(・・・)防いだスキル(・・・・・・)を発動しつつファナを守り、警戒する。



「何故……あのファナという者は焼けていないのだ?」


致命傷必至の波状攻撃を受けながらも立ち上がったアロンとファナを見て驚くのは、何もメルティやジンだけではない。


見届け人として見守る将軍ハイデン、バルトの両名も目を丸くさせ、驚きを隠せなかった。



「……あれってぇ~、“聖将”(マスタージェネラル)の “聖盾” ?」


「間違いないな。」


同じように目を丸くさせるアイラに、レイザーがポツリと答えた。



重盾士系覚醒職 “聖将” スキル、“聖盾”


『毎秒1,000ずつSPを消費するが、周囲にいるパーティー、もしくはギルド戦の仲間が受けるはずの被ダメージを身代わりとなり引き受けることが出来る。身代わり範囲は半径10m内。被ダメージ30%カット。範囲内に “聖盾” 発動アバターが存在した場合、範囲重複する仲間の被ダメージ引き受けは、残存HPが高い方が優先される。』



“肉壁” と揶揄される、重盾士の真骨頂。


仲間が受けるはずのダメージを引き受ける、身代わりスキル。


特にギルド戦では重宝され、“聖盾” が使用できる重盾士系アバターが、強力なダメージソースとなる魔法士系や獣使士系を守りながら敵対陣営の最前線へと切り込んだり、また回避能力に優れる武闘士系と組んで、彗星魔法(ミーティア)のような高威力・多段攻撃といったスキルから受けるダメージを最小限に抑えたりなど、幅広い使い方が出来る。


――かつて、ファントム・イシュバーンで猛威を揮った、覇国陣営の【キチガイ女】こと “魔聖” サブリナと、【チキン野郎】こと “神医” バーモンドによる『ディメンション・ムーブで敵対陣営のど真ん中でバフましましミーティア爆弾』を対処するため、帝国陣営の頭脳である【軍鬼】 “剣聖” レイザーが考案した手段。


それが、武闘士系覚醒職 “鬼忍” のスキル、“鬼忍覚醒” による回避性能を底上げした鬼忍、または武聖といった武闘士系アバターと聖将の “聖盾” が発動できるキャラクターを組ませることで、突然降り注ぐ凶悪なミーティアを “回避”、“被ダメージ軽減”、“身代わり” でほぼ無効化したことだ。



「思い出すな~。あれでサブリナ(パッパラパァ)が超荒れていた時のこと! ウケたわ~。」


ジークノートの腕に絡みつくアイラが、さらに身体を寄せながら嗤い出す。


嗤いながらも “女” を武器にジークノートの心と本能をかき乱すことに余念のないアイラ。

その仕草や思考に、同じ “女” として嫌悪感を抱くと同時に、元は同じ覇国陣営の仲間だったサブリナを馬鹿にする態度が気に入らないレイザー。


深い溜息を吐き出すが、冷静に現状を把握し、



背筋が、凍る。



(防御性能の無い単なる服が焼けただけ。ジンの一撃をまともに食らい、被ダメージカットがあるとは言えメルティの渾身の魔法を、しかも2人分のダメージを背負ってあの程度のダメージのみで済ますのか……!?)


柄になく、震える身体。

歯を食いしばって、何とか奮い立つレイザー。



(……VIT(体力)MND(精神力)が相当高く無ければ、普通は死ぬだろ!? 何かしらのスキルを重複していたとしても、生身でも高い防御力に高いHPが無ければ、あの程度の傷で済むはずがない!)



食いしばった歯が、ガタガタ、と震えた。



(アロン……お前は、一体、この世界で(・・・・・)どこまで強くなった?)



震える手が、自然に “愚者の石” を生み出していた。



――知りたい。


アロンの強さを、知りたい。



潰すと同時に、甲高い音が鳴り響くのも “愚者の石” のデメリット。

周囲の状況や周りの者のステータスを見渡せる代わり、被ダメージが倍増するデメリットを考えると、敵の前で “愚者の石” を使用するのはまさに “愚者” だけだ。


皮肉のクリエイトアイテムスキル。


だが、今は戦っているわけではない。


レイザーは、ただの見届け人。


そして、当のアロンは決闘中。



――使うなら、今だ!



その時。



「だめだめ。止めておきな、レイザっちぃ。」


愚者の石を握った右腕を、いつの間にかアイラが掴んだ。


「なにっ!?」


「ほら見てよー。アロン様、ジンたちだけじゃねーべ? こっちも見ているって。」



引きつるアイラがチラリ、とアロン達の方へと視線を投げた。

その視線に合わせるように、レイザーもまたアロンを、見る。



同時に、ゾワリ、と悪寒が走った。



アロンは、対峙しているジン、メルティだけではなかった。

“見届け人” としてこの場に立つ、レイザー達にも意識を飛ばしていたのだった。




『この際はっきり言っておきます。ボクは、超越者の全てを “敵” だと考えています。』




それは、決闘前にアロンが “勝利時の要件” を告げる前に語った言葉。



“超越者の全て”



(わ、私も……なのか。)



その言葉は、カイエンやレントール、またはジークノート達だけに向けられた言葉だと思っていた。



“違った”


“思い上がっていた”



初めて会い、“話の分かる奴” と評価した。

そしてアロン自身も、レイザーに対してそう悪い印象は無いようにも見えた。



それは、レイザーの思い違いだ。



まだ、彼の中でレイザーは何一つ評価されていない。

むしろ、“敵” と言い切られた “超越者” の一人でしかない。


もし、アイラが制止せず。

またアイラの制止を振り切って愚者の石を使っていたら、間違いなくレイザーも、アロンの “敵” として覆ることの無い評価を下されただろう。


そもそも、最初に会った時にレイザー自身が『“愚者の石” は使ってくれるなよ? お前といきなり敵対関係になるなんて俺はごめんだからな』と告げてしまっている。


それは単に、自身(レイザー)の正体が公爵令嬢(ローア)だと知られたくないからであった。

その結果、レイザー自身の事情を優先させた結果、アロンとの間に “愚者の石の使用=敵対行動” というルールを布いてしまったのだ。


――危うく、自らその “禁” を破るところだった。



「そうだな。助かった、アイラ。」


愚者の石をかき消し、静かに礼を述べるレイザー。

だが、アイラの表情は険しい。


そして、意を決しアイラはレイザーに強く、告げた。



「レイザっち。そろそろ止めた方が良いと思うよー?」



その言葉に、レイザーだけでなく、ジークノートもハイデン達も目を丸くした。



人を馬鹿にした態度を取ることの多いアイラ。

しかも、彼女はメルティとは最悪と言っても過言でないほど、険悪だ。


そんなアイラが、最大攻撃を受けても平然と立ち上がったアロン達に、怯えるように距離を取るメルティ達を、まるで庇うような物言い。


「どうしてだ?」


これには、“大帝将” ハイデンも訝し気に尋ねるのであった。


だが、そんな大将軍の言葉を無視するように、再度アイラは、震えながら呟くように告げた。



「だからー、やばいって。手遅れになる前に(・・・・・・・・)、止めろし。」


「意味が分からん。どうしてかちゃんと言え。」



「アロン様の奥ちゃんの、ファニ?」


「ファナ、だな。」



「そのファナって子がさぁー、倒れた時。あんたら何とも思わなかったのー? あれ、やばいって。レオナさん気付いてすっ飛んでいったじゃん。超やばいって。」


「だから、何がやばいのかちゃんと言葉にして言え!」



焦り、引きつるアイラを大声で諫めるレイザー。

しかし、アイラは「馬鹿。」と小さく罵り、



ありえない未来(・・・・・・・)を告げた。




「気付かねぇの? あの二人、殺されちゃうよー(・・・・・・・・)?」




そう、アイラは最初から気付いている(・・・・・・)



その時。



「この決闘は、穢されています!!」



叫ぶ声。

それは、レオナだった。


全員がレオナの声がした方へと、視線を投げた。

そして全員が異口同音、驚嘆の声を漏らした。



まず、レオナの右手が掴んでいるモノ(・・)

それは、頬を真っ赤に腫らして泣きじゃくる男。

ジークノート達と同じく高等教育学院に通う侯爵令息だった。


そして、レオナの左手が掴んでいるモノ。



中ほどから折れた棒のような、筒。




「あ~ぁ。終わったねー、あの二人(・・・・)。」



驚く面々の静寂に、まるで小馬鹿にしたようなアイラの声だけが響くのであった。



次回、12月10日(火)掲載予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  アロンとファナが実はほぼ無傷なのが予想外。  強過ぎるのと、この後の展開が少し怖い。  ジンとメルティに冥福を。
[良い点] ☆成☆敗☆ レオナさん止めないで!その2人殺せない!!
感想一覧
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