5-21 決闘
決闘当日。
イースタリ帝国 “西区” 冒険者連合体帝都本部
早朝。
冒険者連合体の建物には宿直と野営の職員数人が、眠い目を擦りながら清掃に励んでいる。
そんな彼らが時々深い溜息を漏らすのは、酒場で飲んだくれ酔い潰れた冒険者たちが机に椅子に、中には地べたに転がりながら大いびきを響かせているからだ。
これが、酒場を併設している冒険者連合体の日常。
冒険に戦場にと駆け巡る冒険者たちは、明日、命を失うかもしれない。
だから粗暴な冒険者の多くは、日銭を稼いでは酒にギャンブルに、男に女にと散財するのが日常なのだ。
その “日常” のしわ寄せは、誰かが背負う。
喧嘩に暴力にと絶えず暴れる者に壊された器具や食器の片付けに被害額の計算。
粗暴な冒険者への罰金処理に、それを支払えない者や、同じ冒険者内でも禁忌とされる “無銭飲食” を働いた者を憲兵へ突き出す。
それは、まだマシな方。
特に嫌なのは、泥酔した冒険者がまき散らした吐しゃ物の片付けだ。
酒場に、トイレに。
毎晩毎晩。
ところかまわずまき散らすから始末が悪い。
宿直や夜営といった夜勤業務は男性職員が当番で回している。
夜勤業務の手当はそれなりの額となり家族には喜ばれることもあるが、危険も伴う上に汚物処理の仕事もあるから正直割が合わない。
ペースとしては一月に一回、多いと二回。
この夜勤が原因で、辞める職員もいるほどだ。
割に合わない夜勤業務という日常。
ただ、今日は少し違う。
職員の出勤時間には早く、当然ながら冒険者も訪れないこの時刻。
後片付けをする職員たちは、皆、どこか落ち着かない様子だ。
そして、何故か生き生きと仕事に励んでいる。
その姿を見れば、“割に合わない嫌な仕事” を押し付けられた者には到底見えない。
彼らは全員、気分が高揚している。
その理由は、先ほどこの建物内を通過した者。
帝国に住む者なら誰しも憧れた存在に、この至近距離で会う事ができ、挨拶とは言え、言葉を交わす事が出来たからだ。
それは、誰もが認める帝国の英雄。
“生きる伝説”
だが、惜しむらくは……。
“彼ら” が来たことは口外無用。
冒険者連合体のトップ、連合長から “緘口令” を布かれてしまった。
だから家族や友人、同じ職員であっても話すことは禁じられている。
もちろん、こっそりと “彼ら” の後を追って様子を見る事も禁止。
あくまで、この場に居合わせた夜勤業務中の数人の間で共有される秘密。
“夜勤が終わったら、朝からやっている酒場で飲み明かそう”
せめて、この場にいる仲間同士で。
この日、この瞬間に得られた幸運を分かち合おうと誓うのであった。
◇
冒険者連合体帝都本部
“野外訓練場”
「へっ。逃げずに来たみたいっすね。」
朝靄に陽の光がわずかに当たる程度の明かり。
冬が間近の肌寒い季節に、その寒さも感じさせないように豪胆に告げる若者。
“銀騎士” ジン。
その隣には笑みを浮かべる “魔聖” メルティ。
訓練場を未だ覆う朝靄の中から浮かぶ、影。
この決闘を申し渡した憎き相手。
「逃げる必要なんてないからね。」
嫌味のように告げるのは、黒銀の全身鎧を纏った男。
【暴虐のアロン】
いや、冒険者ランク “F” の雑魚だ。
その隣。
キュッと口を一文字にしてジンとメルティを睨む、白い法衣を纏った女。
「良い顔付きね、ファナぁ。」
ニタリと笑うメルティ。
しかし、すぐさま目を細めた。
その視線の先。
ファナの後ろに、もう一つ影が映ったからだ。
“まさか、助っ人?”
一瞬その考えが過ったが、靄からその姿が見えると同時にその考えは霧散した。
メルティやジンがその名を紡ぐ前に、この決闘の見届け人の一人である皇太子ジークノートが、叫んだ。
「レオナ!!」
アロン達の後ろから姿を現した女性。
それはジークノートの元婚約者にして、超越者。
マキャベル公爵家二女、レオナであった。
見慣れたドレスの姿でなく、上位の冒険者が好んで纏うミスリル製のプレイートアーマーにモンスターの皮を継ぎ合わせて拵えた腰当、外套を纏い、その出で立ちは冒険者そのもの。
何より特徴的なのは、“御令嬢” を形容したようなふわふわと巻き上げたピンク色の髪をばっさりと切り落とし、ショートボブになっていたことだ。
レオナは金属の板が仕込まれたグローブに包まれた手を、その豊満な胸元の前で腕組みをしてジークノートをジロリと睨む。
その眼力に、思わずたじろいでしまうジークノートであった。
「ローア様、そしてアロンさん達から聞いたわ。なんて馬鹿な事を!」
怒声を上げるレオナの迫力に、ジンもメルティも思わず震えあがった。
「ジーク。私が何であんたの元を離れたのか全然分かっていなかったみたいね。それにジンもメルティも! 見損なったぞ!」
怒声を上げるレオナに、顔を顰めたメルティがジンよりも一歩、二歩と前へ歩き、そして叫ぶ。
「うるさいっ! 勝手に離れていった人が今更何よ! 貴女が居なくなって、ジーク様がどれほど苦労されたと思っているの!? 公爵令嬢に転生して、皇太子とも婚約して、何が不満なのよ!?」
憤慨するメルティを、レオナは冷たく睨む。
「ふん。私が消えたことをこれ幸いと思っている腹黒が何を言い出すのやら。どう? 少しはその糞皇子との仲は進展したの?」
冷たい目線のまま、口元を少し緩めるレオナ。
その言葉に、メルティだけでなくジークノートもビクッと身体が震えた。
その様子を見逃さない。
「は。すでにそういう関係、ね。」
顔を真っ赤に染めるジークノートとメルティ。
それでもメルティはふふっと微笑むが、
「何を根拠に言う、裏切り者め! 今更、復縁を申し出ようとも遅い! それに君は今までどこに行っていた!? マキャベル公爵の御心労を考えたことはあるか! 何故、ローア嬢が君に!?」
ジークノートは汚名を雪ぐように早口で捲し立てた。
このままレオナに殴り掛からん勢い、だが。
「俺が教えた。」
言い争うジークノート達、そしてアロン達を遠巻きで見る人影の中の一つが動いた。
黒の甲冑を身に纏い赤い外套を羽織った、この決闘の立会人にして場を仕切る者。
“黒鎧将” レイザーだった。
「レイザーさん!?」
「ローア嬢とレオナ嬢は懇意と聞いたからな。レオナ嬢は行方不明だと聞いていたが、ローア嬢なら居所を知っているかもしれないと思ってね。まさかビンゴだったとは。まぁ、本題はこの件が陛下の耳に入らぬよう、ローア嬢に城塞内の情報操作を依頼したのだが……。」
はぁ、と溜息を吐き出し後ろを振り向いた。
「徒労に終わっただけかもな。」
そのレイザーの声と共に、徐々に薄くなる靄の中から3つの影が動いた。
その先頭の男を見て、思わずアロンは「まさか……」と呟いた。
「ローア嬢の手は煩わせんよ、レイザー殿。この件は内密にすべきだと私も思うところだ。……だから殿下、決して手を出してはなりませんぞ?」
それは、黄金色に輝く鎧を纏った豪傑。
白髪のオールバックに顎髭を蓄えたナイスミドル。
“超越者では無い”
それにも関わらず、他者を寄せ付けない圧倒的な力量と知識量を持って帝国一の冒険者と成り、後にアルマディート侯爵に見染められ、入り婿として迎えて次期侯爵として推挙された勇者の中の、勇者。
「ハイデンさん。分かっています。」
レオナの登場で頭に血が昇ったジークノートは、溜息と共に笑みを浮かべて豪傑――、ハイデンにやんわりと告げた。
その時。
「お会いできて、光栄でございます!」
その名を聞き、アロンとファナは同時に膝を着いた。
超越者では無い者の中でも、最も偉大な男。
“輝天八将” を率いる “大帝将” ハイデンは、生きる伝説として男子にも女子にも、憧れの大英雄だ。
そんな大英雄は、はっはっは!、と豪快に笑う。
「面を上げよ。君らはこれから決闘なのだろ? 私は殿下のお目付け役。そう畏まる必要は無いぞ。」
やんわりと、笑みを浮かべて告げた。
しかし、それでも頭を上げないアロンとファナ。
やれやれと呟くハイデンに、苦々しい表情となるジークノートだった。
「……私はこの帝国の皇太子なのに、どうして私には敬意を払わないんだ?」
「お前は親の七光りで、何も成していないからな。」
ジークノートに、呆れながらレオナが嫌味を言う。
ぐっ、と唸り、さらに顔を赤く染めるジークノート、だが。
「殿下、落ち着いてください。こうしてレオナ嬢の安否が確認できたのです。宰相閣下に良い報せが出来るではありませんか。」
黒のタキシードに、シルクハット。
“蒼槍将” バルトもまたやんわりと、ジークノートを諫めた。
その時。
「やだー。レオナさん、こわ~!」
バルトの後ろからタタッとジークノートへと駆け寄り、その腕に絡む、女。
鮮やかな金髪に、派手な化粧。
煽情的な青のドレスの上に、ファーの付いた白のコートという娼婦のような姿。
「ちょっ、アイラさん!?」
「あー! こら、殿下から離れなさい!」
慌てるジークノートに、叫ぶメルティ。
そんな対照的な二人に、ペロッと舌を出して妖艶に笑う女性。
超越者。
戦士系覚醒職 “聖騎士”
輝天八将 “白金将” アイラだった。
「アイラさん……貴女まで来ていたなんて。」
嫌悪感を隠そうともせず、レオナは苦々しく呟いた。
その言葉に、にんまりと笑みを浮かべた。
「だってぇ。レイザっちから面白い話を聞いちゃったし? でもぉ、レイザっち一人で殿下を押さえるってちょっと無謀って言うか、かわいそう? って思って。アタシもお手伝いに来たの~。」
顔付きが端正、しかも次期皇帝と謂われるジークノートの腕に自身の胸をわざと当て、甘ったるい声で答えるアイラ。
あわわわわ、と焦るジークノート。
「離れろ、糞ギャル!」と大騒ぎするメルティに、それを押さえるジン。
そして、頭を抱えるレオナ。
しかしアイラは気にも留めず興奮するように続ける。
「それにさぁ〜。ここに居るメンツってぇ、考えたら帝国陣営のオールスターじゃね? アロン様にぃ、レイザっちにぃ、レイジェルトに、ニーティーちゃんまで居る! すっごいよねぇ。」
目を輝かすアイラは、小声で「中でもぉ、殿下が一番素敵ですよぉ?」と囁き、さらに胸を押し付ける。
ジークノートは離れるよう促すが、いやいや言って離れないアイラに、満更でもなさそうだ。
「いい加減にせんか、アイラ殿。」
そこを、ハイデンが諫める。
ええー? っと首を傾げるアイラに、もう一度「いい加減にせんか」と強めに告げた。
それでも、離れないアイラ。
「でもでも、オジ様ぁ。レオナさんは婚約解消でしょ? それにメルティと殿下はぁ、そういう関係じゃないんでしょ? だったらぁ、この前、伯爵家に養子に入ったアタシでどうかなーって思うの。ほらアタシ将軍だし? ピッタリじゃね? ね、殿下♩」
「余計なことを言うならつまみ出すぞ?」
語気を強めハイデンはさらに告げた。
ぷー、と頬を膨らませてジークノートの腕を離す、アイラだった。
しかし、腕を離すと同時に、
(あんな小娘を抱くだなんて、殿下も趣味がわるーい。本物の女を知りたければぁ、今夜、私の私室に来てくださいね。ジーク様ぁ♩)
耳元で囁き、息を吹きかけた。
その言葉で、完全にフリーズする。
直後、邪な考えが全身を駆け巡りもじもじと悶えるジークノートであった。
「はぁ。長い茶番だったな。」
溜息を吐き出すレイザーは、跪いていたアロンとファナを立たせて告げた。
その言葉にアイラは「 茶番って!」と大笑い。
(お前とジークノートの所為だろうが。)
頭を抱えたくなるレイザーは、アイラを無視してジン、メルティへと視線を向けた。
「まず、確認だ。決闘を行うのはジンとメルティの二人、対アロンとファナの二人で間違いないな? ……レオナ嬢は。」
「レイザー閣下。私は見届け人です。本当はこのくだらない決闘を止めようと思って来たのですが、将軍位が4名も立ち合いなされるのならば、止めるのはもう無理でしょうね。」
「そもそも、私が許さない。」
呆れ声のレオナに、ジークノートが睨みを利かせる。
また言い争いが始まりそうな気配となったが。
「ならば、この四人以外は見届け人だ。手出し無用で頼むぞ。」
レイザーが遮るように続ける。
「次に、勝敗だ。どちらか、二名とも戦闘不能に陥るか降参した時点で勝負あり。ただし、危険と判断した場合は俺が止める。その時はそうだな、俺、ハイデン殿、バルト殿、アイラ、レオナ嬢の5人で判定を行う。制限時間は……まぁ、始まればそう長引くことは無いと思うが、この施設の職員が出勤してくる8時の前、7時までに勝敗が決まらなければそこで判定に入る。良いか?」
「いいっすよ。」
「構いません。」
ジン、そしてアロンがそれぞれ同意した。
それを確認し、レイザーは更に続ける。
「次に、“勝利側の要求” についての確認だ。まず、ジンとメルティが勝った場合。」
ずいっ、とジークノートが前へ出た。
「ジンさん、メルティさんが勝った場合。私たちの傘下に入り、私たちの理想のため働いてもらう。もちろん、帝都に移り住むことも条件だ。」
“ジンとメルティに負けるようならそこまで”
“むしろ、Fランクの冒険者だから、実力はその程度”
――それでも、アロンに拘る理由。
それは、アロンが【暴虐のアロン】だからだ。
弱くても、そのネームバリューは底知れない。
むしろ、彼は弱くても “剣神”
それも、剣神で唯一のグランドマスター。
さらに理論上最高数となる72のスキルを有しているのだ。
“存在するだけで、他国にとって脅威になる”
弱かろうと、アロンの利用価値は非常に高い。
「それでいいのか、ジン、メルティ。」
改めて尋ねるレイザー。
戦うのはこの二人だが、要求はジークノートのもの。
「……付け加えてもいいんすか?」
「アロン達が呑めば、な。」
にやりと笑うジン、そしてメルティ。
「じゃあ、私から。」
メルティが一歩前に出て、アロンとファナを睨む。
その目は、冷酷に、それでいて悍ましい程の笑みを浮かべていた。
「別れなさい。」
その言葉に、アロンとファナは同時にビクッと身体を震わした。
「目障りなのよ、あんた達。アロンがこっちに来るときに、そのモブ女まで一緒なんて虫唾が走るわ。……でも。」
メルティは、さらに笑みを深めた。
「ファナ。あんたはアロンと別れた後、私の家の使用人になりなさい。こき使ってあげる。」
「そんな条件、呑めるか!」
激高するアロン。
しかし。
「オレとメルティさんに勝てばいいじゃないっすか。 それとも自信がねぇのかよ、Fランク。」
ジンはアロン達を見下した後、メルティを見た。
「なぁメルティさん。そこの女、もし使用人にするならオレにも貸してくれねぇっすか?」
ニヤニヤ笑うジン。
だが、少しメルティは顔を顰めた。
「それって……やだ、いやらしい。」
「そ、そんなことするわけ無いじゃないっすか!」
心寄せるメルティに嫌われたくない一心で言い繕う。
……だが、ジンの脳裏には、まだ若い幼妻で美貌溢れるファナを欲望まま犯すイメージが湧き出るのだ。
―― 屋敷の若い使用人と一夜を共にするのは、少々飽きてきたから。
「ま、いいか。私とジンの専属使用人でいいわね。」
「そう、それで行こうぜ! 決まりだ。」
笑いながら、アロンとファナを見る二人。
アロンは鉄仮面で表情が分からないが、ファナは見るからに青褪め、嫌悪丸出しでジンとメルティを睨むのであった。
「だ、そうだ。もちろん断っても構わない。だがジンの言う通り、お前らが勝てば良いだけの話だが?」
レイザーもまた、内心は嫌悪感に満ち溢れているが、あくまでこの場では立会人。
平静を装いながら、アロンへ尋ねた。
「勝ち負けは関係ない。ファナと別れること、ましてやこんな卑劣な奴等にファナを差し出すなど、どうあっても呑めない。」
湧き上がる怒りや憎悪を押さえ、アロンは毅然と断った。
その言葉で、ジンは少し期待外れと言った感じで顔を顰めたが、
メルティは、にっこりと笑う。
「そうよね。そんな酷い条件なんて呑めないよね。でもね、それを取り消すとなれば相応の条件を呑む必要があるんじゃないの?」
「別の条件……とは?」
「その厳つい鎧よ。」
メルティは、アロンの黒銀の全身鎧を指さした。
「こっちは見ての通り、普通のローブに普通の革の鎧。なのに貴方は、仰々しい全身鎧なんて卑怯じゃない? せめて、ジンと同じ革製のものに変えるべきじゃない?」
――これが、メルティの狙いだった。
アロンの鎧は、考えたくないがファントム・イシュバーンの装備の可能性がある。
そうなると、少なくとも英雄級か伝説級。
――あり得ないが、神話級ということも。
だが、アロンが現在冒険者として最低ランクとも言える地位であり、しかも調べたら冒険者に登録してかなりの期間が過ぎているにも関わらず、未だFランクという事実から、その可能性は極めて低い。
しかし、念には念を。
その鎧を脱がしてしまえば、憂いは無くなる。
「それは勝利後の要求では無いのでは?」
呆れたように告げるレイザーだが、メルティはふふ、と笑う。
「その条件を呑むなら、こちらの勝利の要件は殿下が申し上げたことだけで結構ですわ?」
ファナとの別離との天秤。
“要件を呑むかどうかは、相手次第”
だから、鎧を脱ぐ、脱がない関係なく、アロン達は要求を突き放すことも出来る。
しかし、それを言葉巧みに “断れない” という印象を植え付け、ファナとの別離という非道な要件を取り下げる代わりに “防具を変える” という条件にすり替えたのだ。
これは、詭弁でしかない。
当然ながら、見届け人の将軍たちは勘付いている。
もちろんレオナも、気付いた。
「アロンさん!」
そのことを告げようとレオナが声を張り上げた。
しかし。
「ダメじゃない~。外野は黙ってなくちゃー。」
アイラが、レオナを諫めた。
ギッ、とアイラを睨むレオナだが、それにかこつけて「こわーい!」とジークノートの腕に再度絡みつくのであった。
(無茶苦茶な屁理屈。さすがはアホアホメルティって思ったけど……アロン様、悩んでいる? これはお顔を見れるチャンスかもー。)
アイラがレオナを制したのは、単純にアロンの素顔が見たいだけの個人的欲求からだった。
「分かった、それで良い。」
頷くアロン。
ファナが慌てて「アロン!?」と制する、が。
「これで良い。君と離れるだ何て条件など認められないし、あんな卑劣な奴等にファナを差し出すなんて、勝ち負け関係なく許せるはずがない。」
アロンは静かに告げ、まず、鉄仮面を外した。
「へぇ。そんなお顔だったんだー。」
「アロンさん……。」
ファントム・イシュバーンでも見た事の無い、アロンの素顔。
意外や平凡。
決して色男ではないが、落ち着きのある童顔で、印象は悪くない。
むしろ。
「やだ、結構かわいいじゃない♩」
その素顔は、意外やアイラの好みでもあった。
仮面を外したアロンは、ガチャガチャと音を立てて全身鎧を脱ぎ取り、そして外した防具を全て次元倉庫へと仕舞うのであった。
「アロン……防具は?」
レイザーが呆れ声で尋ねる。
それもそのはず。
アロンは、ただの村人の服のみ。
首を横に振るアロンは、静かに答えた。
「革の防具など持っていません。」
「生身でやり合うのか?」
「仕方ありませんね。」
アロンの姿を見て、ジンもメルティも笑いを堪える。
(ナイス、メルティさん!)
(あいつ、マジで馬鹿!)
ジンとメルティの様子に憤りを感じるレイザーだが、アロンが自ら詭弁を真に受け、鎧を脱ぎ去り、さらにほぼ生身の身体で決闘を受けることを了承したのだ。
余程の大物か。
――はたまた、ただの馬鹿なのか。
「まぁ、お前がいいなら良い。次に、アロン達の勝利後の要件は?」
レイザーの声に合わせ、アロンは全員に聞こえるよう、やや大きな声で紡いだ。
「この際はっきり言っておきます。ボクは、超越者の全てを “敵” だと考えています。」
突然のアロンの宣言に、周囲が騒然となった。
「敵、だと!? お前も転生者じゃないか!」
その言葉で、ジークノートが激高する。
しかし、それを無視してアロンは続ける。
「だから、超越者からの勧誘は全てお断りします。殿下、そして将軍各位。戦争に赴けと言われれば、ボクは帝国の臣民として微力ながら戦場へと馳せ参じましょう。しかし、そこの粗忽者がおっしゃるような寝惚けた理想論の駒にされるのはまっぴらごめんです。だから……。」
アロンは拳を作り、ジークノートに向かって叫ぶ。
「金輪際、ボクやファナ、ラープス村に関わるな!」
静まり返る、訓練場。
しばらくして「ふむ」という野太い声が響いた。
「そうか、分かった。お主の要望を呑もう。この “大帝将” ハイデンの名において約束しよう。」
ジークノート、ジンとメルティが答える前に、ハイデンが約束を取り付けたのであった。
「ハイデンさん!?」
「殿下。先ほどレイザー殿が申し上げた通りだ。ジン殿とメルティ殿が勝てば良いだけでは? それとも貴方は、自分の補佐役となる者たちを信じられないのですかな?」
やんわりと告げる言葉に、ジークノートは静かにジン達を見る。
「ジークさん、大丈夫っすよ。」
ニヤニヤと笑うジンがサムズアップした。
――すでに勝利を確信しているようだ。
「これで双方の要件が決まった。さて、続いてこの決闘だが。」
レイザーは、自身の次元倉庫から、鉄の剣、そして鉄の杖を二つずつ取り出した。
「双方、武器はこれを使ってもらう。武器の性能で決闘の勝敗が左右してはつまらないからな。」
レイザーなりの、思惑。
アロンが本当にファントム・イシュバーンから武具を持ち込んだ一人だとしたら、いくら冒険者ランクFだろうと、ジンとメルティは手も足も出ないだろう。
それだけ、現実世界イシュバーンとファントム・イシュバーンの武具の性能は天と地ほどかけ離れている。
そしてもう一つ。
ジンとメルティが【暴虐のアロン】と戦う際、正攻法は取らないだろうという疑いがある。
考えられるとすると、武器に何かを仕込むことだ。
――そもそも、この決闘は不公平だ。
何故なら、一人 “一般人” が紛れているから。
それは、アロンの妻のファナ。
殺しても翌日には復活する “デスワープ” という不死の特典を持たない一般人は、当然ながら、殺せば、死ぬ。
狙うならその穴だ。
恐らくジンとメルティはファナを執拗に狙うだろう。
そうなると、アロンはファナの安全を守るために防戦一方になる可能性が高い。
それが、決闘では大きな隙を生むことになる。
だからこそ、その穴を少しでも埋めようとレイザーは考えた。
不公平感の払拭、という理由もあるが。
“アロンが万全に戦う姿を見たい”
それが、最大の理由だ。
彼が、本当に【暴虐のアロン】なのか。
それとも、転生後に凡夫と成り下がったのか。
それを、見極めたい。
◇
「準備はいいか?」
いよいよ、靄も晴れてきた。
僅かに昇った太陽が、徐々に野外訓練場を照らし始める。
頷く、アロンとジン。
「では。……はじめ!」
レイザーの掛け声と同時に、一瞬でアロンとの間合いを詰めるジン。
「!?」
書物スキル、“縮地法”
レア度は、上から2番目。
ディメンション・ムーブのような万能の瞬間移動は出来ないが、真っ直ぐ、猛ダッシュによる移動を可能とするスキルだ。
使用後は数秒のチャージタイムを要するが、使用回数制限は無い。
ファントム・イシュバーンでは “次元倉庫” の次に多くのアバターに採用される、職業を選ばない汎用的なスキルだ。
『ガイィィィンッ』
鉄と鉄が打ち合い、火花を散らして音を響かせる。
その時。
『ダァンッ』
アロンの後方から、大きな衝突音が響いた。
目線は切らしていなかった。
ジンは、今、剣で止めた。
メルティは、後方で詠唱中。
慌てて目線を後ろへ飛ばすアロン。
全身から、血の気が引く。
「ファナッ!?」
アロンの目に飛び込んだ光景。
頭から血を流して倒れる、愛する妻の姿であった。
次回、12月7日(土)掲載予定です。
↑
再び、この日が前日より出張のため更新が深夜、もしくは翌日の12月8日(日)になる可能性がありますが、どうか御容赦ください。