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1-7 転生

農村ラープス。


夏前の雨季。

雨と雨の合間に差し込む、晴れ間。



「ほぎゃあっ……ほぎゃあっ……」



その時に、“彼” は産声を上げた。



「ルーディンさん! おめでとうございます、男の子ですよ!」


帝国兵として従事することを夢に描きながらも、早く亡くした父の畑を守るために村に残った青年。

名を、ルーディン。

彼は、帝国へ出稼ぎに行ったときに出会った隣町の女性と結ばれ、村に戻り式を挙げた。


それから2年。

この日、待望の男児を授かった。


「あ、ありがとうございます! 先生!」

「まぁまぁ、落ち着きなさい。まずは奥方を労って、産湯で洗ったらすぐにお子さんを抱っこできますよ。」


老齢の医師に窘められたルーディン。

寡黙な彼だが、この日ばかりは違う。

目に涙を溜め、笑みを浮かべてベッドに横たわる、愛する妻の許へ早足で駆け寄る。



「ありがとう、リーシャ。……お疲れ様。」

「ええ、あなた……。男の子、ですよ。」


出産で疲弊しきった妻、リーシャは虚ろながらも笑みを浮かべる。

その手を取り、ルーディンはまた涙を流す。


「ありがとう……ありがとう……。」


ふふ、と笑い、リーシャは呟くように告げる。


「あなた……。あの子に、素敵な名を、授けてください。」


その言葉でルーディンは慌てて涙を拭う。

寡黙で生真面目が取り得なルーディンは、“涙を流しながら我が子に名付けるなど、男の名折れ” など考えるのだ。


「うーん……。」


だが、良い名などすぐに思いつかない。

その名が、我が子の一生を決めるのだ。

簡単に、決めて良いものではない。


その時。


「お待たせしました。さぁ、貴方たちのお子さんですよ。」


助産師の女性が、大きな布に柔らかく包まれた我が子を優しく抱きしめて、連れてきた。


「お、おおおおっ……。」


再び、涙が溢れるルーディン。

そんな夫と、すやすや眠る、十月十日、胎の中で大切に育てた我が子を見て同じように涙を流すリーシャであった。


柔らかく、優しく抱きしめる。

ずしり、とする重み。


生命の重み。


我が子が、自分を、妻を、父と母にしてくれた。


「……アロン。」


思わず、呟くように告げるルーディン。


「アロン。……良い名ですね。あなた。」


思わず呟いた名だが、リーシャも賛同した。

頷くルーディン。



「この子は、アロン。オレ達の子、アロンだ!」





(転生って……赤ちゃんって……こういう事か。)



アロンは生まれた翌日、早速、試練が待っていた。


生まれたばかりで視界は悪く、聞こえる音も定かではない。

だが、薄眼から見える白黒の光景は、若々しい母リーシャが、ボロンと大きな乳房を丸出しにしてアロンの口に押し付けてくるのだ。


「飲まないわね~。」

「初めての子だから?」

「貴女はゴクゴク飲んだけどね~。」


アロンの母、リーシャの隣に座るのはアロンの祖母。

リーシャの母だ。


隣の町に祖父と住み、行商で生計を立てる祖母。

アロンが小さい頃、盗賊に襲われ命を失ったと聞いた。


そして、父が本格的に帝国兵の道を志す切っ掛けとなった。


そんな祖母が、居る。


“ああ、本当に、転生したんだ。”


物心つく前に他界した祖母の存在。

若かりし頃の母。


それにしても。

――腹が、減った。


羞恥心は、本能には抗えなかった。


「あ、咥えた!」

「ほぉら、アロンちゃん。おいしいごはんでちゅよー。」


本能のまま、ゴキュゴキュと乳を飲むアロン。

羞恥と、それを煽る二人の言葉に、アロンは無心で腹を膨らませることだけに集中した。


最も、今のこの状態は無力そのものだ。


「いっぱい飲んだねー。」


腹が膨れたはいいが、今度は胸が苦しい。

吐き出したくとも、声を出したくとも、何ともし難い。


すると、祖母がボンボンとアロンの背中を叩いた。


「ゲブッ」


その音、アロンの羞恥心は頂点に達した。


「出た出た! なるほど、そうやるのね、母さん。」

「そうよ。次は貴女がやってみなさいな。」


我慢も限界。

もはや、泣くことしかできないアロンであった。





(ああ、思い切り泣いたなんて何時振りだろう?)


あの日。

これから起こりえる未来。


怒りと、絶望。

絶叫をあげる愛する人と妹を前にして、何も出来ず絶命したアロン。


全てを蹂躙した超越者に対する怒りと絶望だ。

それ以上に、無力な自分自身が一番許せなかった。


だが、今、生きている。

全てが巻き戻され、再び生を授かった。



【超越者】の一人として。



(そうだ……。ボクは、ようやくこの場に立てたんだ。恥ずかしいからって、躊躇していちゃダメだ。身体を、身体を作らなくちゃいけない!)



されるがままのアロン。

だがその心に宿る闘志と憎悪は、決して消えていなかった。





(少しだけ、視界がはっきりしてきたな。)


生まれて1週間ほどか。

赤子として転生してから、1日の流れが異常に長く感じる。


やれる事が、極端に少ないからだ。


身体が未熟であるが故、すぐに睡魔に襲われ眠りにつく。

わずかな間で目が覚め、腹の獣が騒ぎ立てる。

母の乳を貪り、腹が膨れると下半身が勝手に粗相する。


意識では決して抗えない、赤子の身体。


睡眠、食事などを繰り返すが、体感の1日と、実際の1日の経過時間のギャップが激しい。

父と母の会話や食事から、通常の1日周期で、アロンは何と8周期は繰り返している。


体感的には、2か月ほど経過した。

しかし実際の時間、まだ1週間しか経っていない。


最初は “これが赤子” だと諦めた。

しかし、視界がある程度開けた状態なら、僅かな時間でやれる事がある。


それは。



(ステータスオープン)



アロンの目の前に、見慣れた(・・・・)半透明の白黒の画面が浮かび上がった。


―――――


名前:アロン(Lv1)

性別:男

職業:剣 神(ディバインソード)

所属:帝国

 反逆数:なし


HP:6/6(年齢補正中)

SP:1/1(年齢補正中)


STR:1   INT:1

VIT:1   MND:1

DEX:1   AGI:1

 ■付与可能ポイント:0


ATK:0(年齢補正中)

MATK:0(年齢補正中)

DEF:0(年齢補正中)

MDEF:0(年齢補正中)

CRI:0%(年齢補正中)


【装備品】

右手:なし

左手:なし

頭部:なし

胴体:布巻

両腕:なし

腰背:布巻

両脚:なし


【職業熟練度】

「剣士」“剣神(GM)”

 「剣士」“修羅道(JM)” “剣聖(JM)”

 「武闘士」“鬼忍(JM)” “武聖(JM)”

 「僧侶」“魔神官(JM)” “聖者(JM)”

 「魔法士」“冥導師(JM)” “魔聖(JM)”

 「獣使士」“幻魔師(JM)” “聖獣師(JM)”

 「戦士」“竜騎士(JM)” “聖騎士(JM)”

 「重盾士」“金剛将(JM)” “聖将(JM)”

 「薬士」“狂薬師(JM)” “聖医(JM)”


【所持スキル 72/72】(年齢補正中)

【内、使用可能スキル:0】


【書物スキル 4/4】

1 永劫の死

2 次元倉庫

3 装備換装

4 ディメンジョン・ムーブ(現在使用不可)


―――――



(弱っっっ!!)


わかってはいたが、見慣れた莫大な数値から一転して、リセットされたような初期数値以下の状況で思わず呆れてしまうアロンであった。


(この、“年齢補正中” って、赤ちゃんだからってことかな?)


アロンは、まるで “VR” の機器を操作するようにジッとステータス画面を見てみる。

すると、


『ポンッ』


聴き慣れた、クリック音がした。


『“年齢補正中”――12歳になるまでの間、ステータスに対しマイナス補正が掛かる。個体差があり、最短で6歳で解除される場合あり。』


(……ふぅ。)


集中したため、異常に目が痛い。

ステータス画面が閉じる。


アロンは目を瞑り、ゆっくりと考えを巡らせる。


(まずは、整理だ。現状、ステータスは【ファントム・イシュバーン】の初期値以下。当然と言えば当然。そしてボクの、――適正職業。)


以前とは違う。

“御使い” が言ったとおりだった。



剣士系最強、“極醒職”

【剣神】(ディバインソード)


5年間、ファントム・イシュバーンの世界に殆ど身を投じていたアロンは、最終的に所属していた帝国だけでなく、敵対する “聖国” “覇国” 両国に与していたアバターの情報も掴んでいる。


“極醒職” に辿り着いたのは、それなりにいる。

だが、アロンを含め極醒職のジョブマスターこと、“グランドマスター” に辿り着いた者は30人ほどしか居なかった。


その中で【剣神】のグランドマスターは、アロン、一人だけだった。

実は “極醒職” をグランドマスターまで辿り着くには、ジョブポイントの獲得だけでなく様々な条件がある。


その条件が一番厳しく、厄介なのが剣神だ。


元々、極醒職は “秘奥義” と呼ばれる最強スキルを一つだけ有しており、このスキルランクを最大値にして、それぞれの条件を達成することでグランドマスターの称号を得られるのだが、この中で剣神は “扱い難い秘奥義”、“GM条件がえぐい” と不人気だ。


30人のグランドマスターの内、その半分が魔法士系最強。

【大賢者】(マスターセージ)だ。


次点で獣使士系最強、【神獣主】(ゴッズロード)

その次が武闘士系最強、【神拳】(ゴッドハンド)

同率で僧侶系最強、【神皇】(デウスポープ)


あと、残り3職がそれなりに居る。



その中で、何人がこのイシュバーンの世界に転生したかは定かではないが、仮に全員転生していようと、【剣神】のグランドマスターはアロンただ一人だろう。


しかしながら、件の女神が伝えたとおり、アロンも熟知しているとおり、この世界では12歳になった者は適正職業を判別する儀式を受けることとなる。


仮に、そこで “剣神” などと判明すれば……。

アロンが女神に告げたとおり、大混乱が起きるだろう。


帝国は、“超越者” 獲得に躍起になっている。

確実に、皇帝お抱えの将官として召し抱えられるだろう。


……もしかすると、最悪は “神の名を騙る悪魔” として処刑されるかもしれない。

もっとも、死なぬ身体であるから意味は無いのだろうが、家族に、村に、迷惑がかかるだろう。


(それは……まっぴらゴメンだ。)


それでも、対策が無いわけではない。

むしろ、その状況を想定して “用意” してきたのだ。



アロンは、絶大な能力(スキル)を得た。

そして戻るまでの5年間、仮初の世界とは言えモンスターに、敵対する冒険者にと、闘いに明け暮れていた。

今は赤子の身だが、その身に宿る闘いのセンスや得たスキルは本物である。


LV1となったこの身体を鍛え上げ、ステータスポイントを積み重ねればこれらのスキルやセンスが全て開花するのであろう。



アロンの目的。

それは、“守る”、そして、“殺す” だ。


ラープス村に降りかかる災いを払い除けること。

愛するファナを守り、家族を、村を、守る。


そして、超越者の “選別” と “殲滅”

その基準は、アロン次第で良いと、御使いに言われた。


“イシュバーンの救済” に繋がるような、心正しき者は生かす。

剣士レントール達のような者は殺す。



(この世界でも、ボクに会ったら驚くだろうな。)



そう、【ファントム・イシュバーン】でアロンは、ラープス村を蹂躙したあの3人に “敵” として出会っていたのだ。


意外だったのは、この3人が組んでいなかった事だ。

3人は、別々のギルドに所属していた。


アロンは我を失ったように、執拗に、3人を斃した。

だが、それはどうても良い話。



(この世界で出会って……ギルドを組んだな。)


それが、アロンの答え。

考えれば当然のことなのかもしれない。


超越者が一人で行動するよりも、徒党を組んで、子分を従えて、甘い汁を啜る人生を謳歌したほうがよほど理に適っている。


しかも、死なない身だ。

仮に寝首を掻かれても “デスワープ” で翌日にはマイルームで復帰する。

死なない身なら、どんなに子分をこき使おうと平気なのだ。



(それも、終わりだ。)



アロンが見出した、超越者を殺せる方法。

ある条件下なら、必ず、殺せる。


――不安は、ある。

何故なら、こちらの世界で試したわけでは無いからだ。


だが。男の御使いは、アロンを咎めなかった。

つまりアロンが編み出した方法が有用である、と認めているのだ。



アロンは、眠たい目を開けて、もう一度ステータスを表示させる。


そして映し出される、スキルを眺める。




【永劫の死】




(これが、お前達の不死を砕く刃だ。超越者。)




そのまま、アロンは下のスキルを展開させる。


【次元倉庫】


念じる。



『次元倉庫を開きました。中身を表示します。――中身は、空です。』



聴き慣れた、無機質な女の声。

これすらも同じか、と呆れるアロン。



そして、恐る恐る、もう一つのスキルを見る。



【装備換装】



アロンがイシュバーンに戻ることを決意した、あの日。

最後に入手した、能力の書による任意スキル。


レア度は最高。

だが、覗き見した敵対勢力の男曰く、『なんかショボイ』と称されたスキルだ。

最も、そんな謂われなどアロンの知る由も無い。



眠たい目と身体とは反して、冴える頭。

赤子の身体でも、高鳴る鼓動。


アロンは、強く念じ、【装備換装】を展開させた。




『装備換装を使用します。―――選んでください。』




アロンは目を見開き、動かぬ身体、出せぬ言葉にも関わらず、喚くように叫んだ。


「アオォォッ、アオォォッ!」


「あらあら! またミルクかしら?」


母リーシャが素早くやってきた。

その声は、空腹で乳を求めていると思ったからだ。


だが、アロンは違う。

その心は、歓喜に満ちていた。



(やった! やったよ、母さん!! )



アロンは、自分の狙いが正しかったことを、自分の狙いが間違っていなかったことを、全身で悦びを露わにした。



「あ、わぁ! 笑った! あなた、アロンが笑ったわ!!」



その悦びは、家族にも幸福を与えた。



その根源。

イシュバーンに害成す超越者を葬り去る術。

それも、圧倒的暴力を持って(・・・・・・・・・)可能になったことだと知る由もない。

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