5-19 確執
「すでに冒険者登録をされて、ギルドも結成されたのですね。こちらでもお一人ですか?」
冒険者連合体帝都本部のロビー。
突如現れた皇帝第一皇太子、超越者ジークノートは笑みを浮かべてアロンに尋ねる。
「いえ……。」
それに対し、アロンは静かに否定する。
だが、積極的に “仲間がいる” ということは告げない。
「そちらの女性が貴方の仲間、いや、奥様ですか?」
「……ええ。妻です。」
ジークノートは流し目でファナを見る。
思わずドキリ、と心臓が高鳴るファナ。
何故なら、帝国の女性なら必ず憧れる “端正な第一皇太子” ジークノート、本人だからだ。
噂に違わぬ美貌と、物腰柔らかな紳士。
多くの女性が虜になるだろう。
――もし、ファナが幼き頃からアロンを知らねば、憧れた紳士に出会えた興奮と喜びからその場で失神したかもしれない。
しかし、アロンから聞かされた事実。
“皇太子も超越者”
そしてそれは、今目の前の会話の応酬から事実であると知る。
尤も、アロンの言葉だ。疑いようもない。
ファナはアロンと組んだ腕を再度組みなおすように力を入れ、身体を寄せる。
その間、目線だけを皇太子ではなく、そのやや斜め後ろに居る灰髪の女性――麗しい貴族令嬢のような、かつての同郷の恋敵へと向けた。
勝ち誇るような見下した目線を飛ばしていたその灰髪の女性――、メルティは、身体をアロンへピタリと寄せるファナの様子に、笑みを浮かべたままピクピクと引きつらせた。
――見る者が見れば分かるだろう。
二人から激しい青白い火花が散っていることを。
そんな二人の様子など察することなく、ジークノートは一歩アロンへと近づく。
その瞳は、怒りが宿っている。
「アロンさん。君には失望したよ。」
皇太子から溢れる憤りと失望感。
血の気が引くファナとは対照的に、アロンは平然と、
「失望? それはこちらの台詞ですね。」
言い返した。
「ア、アロン!?」
思わず口を挟んでしまうファナ。
相手が “選別” と “殲滅” の対象である超越者であろうと、立場は “皇太子”、つまり皇族である。そんな人物に対し、一介の村人であるアロンが “失望した” などの物言いは、下手するも何も、不敬罪で極刑、その塁は親族にも及ぶ。
しかしアロンは「大丈夫だよ」と優しく告げる。
「殿下。貴方がノーザン将軍と共にラープス村へ仕出かしたこと、私が赦すとでも思っているのですか?」
その言葉で、ジークノートの表情が険しく固まる。
「その件は……私には無関係のことだが?」
「それが将来、帝国を指導する者の言葉ですか? 初めてお会いした時も不安で仕方ありませんでしたが、そこまで粗忽者だったとは。皇帝陛下の御辛苦……お察しするに余りある。」
溜息と共に吐き出される、嫌味。
それを受けカーッ、と顔を赤く染めるジークノート。
――そう、数か月前に婚約破棄を突きつけ学院からもジークノートの前からも姿を消した同じ転生者である “神拳” レイジェルトこと公爵令嬢レオナとの一件で、父である皇帝ペルトリカから、『この粗忽者が!』と散々に絞られたばかりだ。
「貴様っ! 言うに事欠いて。」
「臣民の前ですぞ、殿下。」
思わず殴り掛かりそうな気配を漏らすジークノートを諫める、黒スーツとシルクハットという出で立ちの初老紳士。
その男に窘められ、グッ、と踏みとどまるジークノートは、襟を正して一つ息を吐いた。
「……失礼しました。バルト卿。」
ジークノートの言葉で、静まり返っていた建物内が「ザワッ」と一瞬騒がしくなった。
(お、おい! あの方が “蒼槍将” バルト閣下か!)
(ハイデン様の懐刀、“死突” バルトか。)
(恰好いい……。)
バルトは鼻下のちょび髭を撫でるように触れながら、アロンを見る。
「貴殿がジークノート殿下の御友人、アロン殿であらせられるか。臣民であるにも関わらず殿下を諫めたその勇気に敬意を表し、またここが些か血の気の多い者が集う場ということも合わせ、発言は不問としましょう。……ですのでご安心を、マドモアゼル。」
バルトはそう言い、ファナに向けてウインクをした。
ビクッと一瞬、身体を震わせるファナだが、相手はどうやら “輝天八将” の一人。慌てて頭を下げるのであった。
「さぁ、殿下。要件を済ませましょう。」
バルト、そしてジークノートの目線が震える二人の受付嬢へと向かう。
憧れのイケメン皇子に、将軍様。
思わず喜色の声が漏れる受付嬢たちだが。
「手続きはバルト卿、貴方達に願いたい。私はこの者と話がある。」
しかし、ジークノートは譲らない。
バルトはシルクハットの鍔先に触れ、やれやれ、と首を横に振る。
「殿下……。この場には皇帝陛下の名代として参ったのですぞ。それに連合長殿との顔繋ぎの意味もあります。その臣民に用がおありなら、後日改め、帝都へお呼びすれば良いではありませんか。」
「それで来るタマかよ、こいつは。」
バルトの言葉を遮るように、ジークノート、メルティのさらに後ろ。
背の低い赤髪の男――、ジークノート達の学院でのクラスメイトにしてもう一人の超越者、“銀騎士” ジンだった。
「おやおや、ジン殿。」
「バルトさん、この鎧野郎には言いたい事が沢山あるんだ。オレも、ジークさんも……メルティさんも。」
ギッと歯を食いしばってアロンを睨むジン。
バルトは肩をすくめ、一番後ろに立つ黒の鎧を纏う将軍に目配せして、再度シルクハットの鍔先に触れた。
「……分かりました。連合長との会合の場は改めて設けましょう。それでは殿下、連合長には私たち将軍2名で会ってまいります。」
「俺も残る。」
「なにっ!?」
バルトは驚きの余り目を見開き、思わず声を漏らしてしまった。
……あろうことか、皇太子一行に同行している、もう一人の将軍に即座に拒否されてしまったからだ。
「な、何をおっしゃるか、レイザー殿!」
冷静沈着な紳士らしからぬ動揺を見せ、細身の黒甲冑に身を包み、赤い外套を羽織る将軍―― “黒鎧将” レイザーを非難する。
バルトの声で、さらに建物内部が騒がしくなった。
(やっぱり! “黒鎧将” レイザー様だったんだ!)
(あれが……帝国最強の男!)
(や、やべぇ……オレ、感動でチビリそうだ。)
(((トイレ行ってこい!)))
騒がしくなる周囲に顔を顰め、バルトはさらに深い溜息を吐き出す。
しかし、彼が口を開く前にレイザーもまた溜息を吐き出して理由を告げた。
「バルト殿。この場に殿下たちだけを残しても良い結果になるとは思えない。それに俺も個人的にこの者と話しておきたくてな。」
「レイザー殿まで……いったい、この者が何だというのですか?」
訝し気にアロンを睨むバルト。
普段の紳士然とした立ち振る舞いが台無しである。
そんなバルトに「そうだな」とレイザーは一つ呟き。
「この帝国に無くてはならない男、かな?」
静まりかえる建物内。
決して大きくないレイザーの澄んだ声が響く。
直後、沸き起こる驚嘆の声。
「マ、マジかよ!」
「おいおい、あのレイザー様にどういう評価をされているんだ、あの鎧野郎は!?」
「てか、あいつら、皇太子殿下や将軍たちとも知り合いだったのか!」
騒がしくなる中、アロンも溜息交じりに告げる。
「そのような過大な評価、身に余る光栄どころか恐縮過ぎますが。レイザー将軍。」
「ふん。白々しい。……だが、こうして会いたかった奴に会えたんだ。この幸運に感謝せねばな。」
そう言い、レイザーはアロンの前まで歩みを進めた。
「お初にかかる。帝国軍 “輝天八将” を拝命する “黒鎧将” レイザーだ。」
「お会いできて光栄でございます。私は冒険者のアロンと申します。隣は妻のファナ。共に “F” ランクの冒険者でございます。」
跪こうとするアロンとファナを制したレイザーは、アロンと握手を交わした。
そのままレイザーはアロンにコソッと耳打ちをした。
(“愚者の石” は使ってくれるなよ? お前といきなり敵対関係になるなんて俺はごめんだからな。)
その言葉に、アロンもそのままコソッと告げる。
(その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。)
互いに、“薬士系” のジョブコンプリートした者同士。
薬士系覚醒職 “狂薬師” で選んだスキルは “愚者の石” であることを互いに察している。
耳打ちをし合った二人。
互いに鉄仮面を被っているため素顔が分からないが、互いに笑みを零し、“会えることを渇望していた者” との出会えた喜びを、分かち合っているようだ。
「なんだ。殿下から色々と聞かされていたが……割と話の分かる奴みたいじゃないか。」
「それは光栄ですね。しかし、殿下からどう聞かされていたのですか? 何となくは想像できますが。」
「その通りだ、と言っておこう。まぁ、粗忽者の言葉だ。真に受けるほど俺も馬鹿じゃない。」
くくく、と笑うレイザーにバルトは青褪め、ジークノートはさらに顔を真っ赤に染めた。
「レ、レイザーさん……。」
「レイザー殿!? 貴方まで殿下になんて事を!」
「ああ。悪かった。さて立ち話もなんだ。こちらとて大衆に聞かれても良い話ではないからな。……お嬢さん。」
レイザーは、未だ硬直する受付嬢に声を掛けた。
「ひゃ、ひゃいっ!」
「連合長とのお約束だが、こちらのバルト卿がお会いする。そして皇太子殿下とこの者たち、少々込み入った話をするので個室をお借りしたい。」
淡々と告げるレイザーの言葉に、受付嬢は背筋をピシッと伸ばした。
「「畏まりました!」」
「バルト将軍、こちらへどうぞ!」
「皇太子殿下の御一行様、アロンさん達はこちらへどうぞ!」
先輩受付嬢と受付嬢はパッと行動に移す。
間もなく退勤時間だが、憧れの皇太子に帝国最強の男まで顔を出したなら、率先して業務を継続するのは当たり前なのである。
もちろん、残業手当はきっちり請求するつもりだが。
◇
「さて。改めて自己紹介をしよう。俺はレイザー。職業は “剣聖” だ。ファントム・イシュバーンでは “フリーダムキャット” というギルドでサブマスをやっていたが、今は帝国軍 “輝天八将” の一席を任されてしまっているので、冒険者としては活動していない。よろしく。」
冒険者連合体帝都本部の内部。
その奥にある応接室に通されたアロン達。
真四角のテーブルに入口側から時計回りで、
アロンとファナ。
メルティとジン。
ジークノート。
そしてアロン達の右隣りにレイザーが腰を掛ける。
「よろしくお願いします。アロンです。」
「ふ。そこで【暴虐のアロン】や “剣神” とは乗らないのは意図的か? まぁいい。ところで……。」
黒鉄仮面のレイザーは、ファナへと視線を向けた。
思わずビクッ、と硬直するファナ。
「そのお嬢さんは超越者では無いな? お前の妻と言ったが……只者ではないと見える。」
そして、レイザーは自分の胸のところへ手を当てた。
「アロン。お前の目からみてこれは何だか分かるか?」
しばし沈黙。
そして。
「……まさか。」
呟くアロン。
レイザーは、静かに首を縦に振った。
「そうだ。たぶんお前も同じなんだろうな。くくっ。互いに運が良いというのか、何と言うのか。」
その場にいる全員が首を傾げる中、ただ、アロンとレイザーだけが共通して理解したこと。
“装備換装”
ファントム・イシュバーンの “書物スキル” で最高レア扱いのスキル、“装備換装”
ゲーム上ではただアイテムを倉庫の物と入れ替えたり、登録枠に記録していた装備を一瞬にして変更するといった扱いの出来るものだった。
しかし、ファントム・イシュバーンの世界から、この現実世界イシュバーンへ転生する際、ゲームの中で入手したアイテムは、バッグだろうと倉庫だろうと、持ち込むことは出来ない。
それを覆したのが、“装備換装” だった。
「まさか……貴方まで。」
「まぁ、惜しむべくはそうなると知っていたら良かったのだがな。お前もそうだろ?」
「……ええ。」
“アイテムや武具を持ち込めると出来るのなら、もっと色んなアイテムを登録させておいただろう”
それが、レイザーから告げられた言葉の意味だ。
――それを肯定するアロンだが、実は違う。
アロンは、“装備換装” でアイテムや武具をイシュバーンに持ち込めるかもしれない、という確かな意図を持って、“装備換装” を取得したのだ。
その結果、99種のアイテム×10枠を、重量限界まで持ち込み、もう一つの書物スキル “次元倉庫” に収めている。
「で、そのお嬢さん……壁を破ったのか?」
黒の鉄仮面で隠されている、奥の瞳がギラリと光るように見えた。
しかし、同じく黒銀の鉄仮面を被るアロン。
「意味がわかりませんね? まぁ、違うと言っておきましょう。」
表情が見えないことを良いことに、嘘を告げた。
レイザーはアロンに “お前の妻に、転職の書を使ったな?” と言葉を選んで尋ね、それを察したアロンは “違う” と嘘を付いたのだった。
その嘘に気付いたのかどうか。
ククッと笑うレイザーだった。
「一体、何の話ですか、レイザーさん?」
痺れを切らし、ジークノートが尋ねる。
だが、レイザーはただ頷くだけ。
「悪いな、殿下。ちょっとした確認だけだ。さて、本題に入る前に……何やらお前らは因縁があるんだって? 同じ帝国陣営で同時期に転生した超越者同士なんだ。少しは話し合って分かり合ったらどうだ?」
ギシッ、とソファの背もたれに深く沈み、レイザーは静かに告げた。
「こちらとしては、十分な歩みよりを見せたのですけどね。そもそもこちらの協力を拒んでいるのはアロンさんですよ。」
目を細め、アロンを睨むジークノート。
だが、アロンもまた首を横に振る。
「殿下。以前も伝えた通り、貴方のやり方ではこの世界の人々は救えない。」
ジークノートの提案。
帝国、聖国、覇国の三大国が “ゲームの世界” 同様に、終わらない戦争を延々と繰り返し、多くの人々が犠牲となっている。
その戦争を止めるため、前世の知識を持って転生した超越者が、国の垣根を超えて手を取り合おうというものだ。
しかしアロンは、その提案に懐疑的だ。
何故なら、邪龍マガロ・デステーアから告げられた言葉があるからだ。
“終わらない戦争の元凶は、三大神”
“戦争を激しくするために、超越者を呼び寄せている”
戦争は神の意志とも取れる。
その戦争を激しくさせるための駒である超越者が結託して、戦争を止めようとしたら恐らく三大神は黙っていない。
それに、先日出会った主天使の言葉。
『ここまで辿り着いた者が現れたことくらいはアスマサリバザザ様に具申しておこう。』
“瞬星大神 アスマサリバザザ”
その名を告げたということは、天使が大神と何らかの繋がりを持っている、ということだけでなく、各国が信仰する大神が実在している、という事実に他ならない。
アロンは、マガロの言葉の全てを信じているわけではないが、ジークノートの言うような理想論が成るような楽観視も出来ない。
むしろ、“戦争を止めて人々の犠牲を少なくさせる” のならば、超越者がこの世界に居ない方がずっとその目的に近づくのだ。
アロンの天命、超越者の “選別” と “殲滅” こそ、世界の平和に繋がる最善手だ、と信じて疑わないからこそ、ジークノートの言葉など “理想論” としか思えず、まさに “お花畑な思考” だとばっさりと切り捨てているのだ。
かつてその事を指摘した上で忠告をした。
ジークノートがそれを反芻し、次期皇帝として深く考慮してくれたなら、救い様もある。
と、思いきや。
「転生者が手を取り合う未来が何故見えない! 貴様のような存在がいるからこそ、戦争が終わらないのだろうが!」
激高するジークノート。
その様子に、アロンは落胆するよう息を吐き出した。
そして、その落胆の意を伝えようとする、前に。
「それは違います!」
声を荒げたのは、ファナだった。
「な、なんだと?」
「殿下。平民である私めがこのような不躾な物言いをすることをどうかお赦しください。ですが、殿下のお言葉は間違っております! 超越者が手を取り合った先の未来など、私たち力なき民草にとって酷く暗い未来しかございません。事実、超越者の冒険者3名…… “荒野の光” が、私や、私のアロンが暮らす村を支配しようと、配下を連れてやってきたのです!」
ファナの言葉に、ギョッとなるジークノート。
「こ、荒野の光だって!?」
「レントールの……。」
それには、ジンも驚いた。
ジンは現在、ファントム・イシュバーンの時と全く同じように、ギルマス “鬼忍” オルト率いる冒険者ギルド “巨木の大鷲” へ入団し、活動をし始めた。
その活動の中で、“荒野の光” の良からぬ噂は、何度も耳にしたのだった。
そこを率いる、3人の転生者。
レントール、ソリト、ブルザキは、特に評判が悪い。
だが、最近は鳴りを潜めていて、活動もかなり縮小されている。
“憲兵に捕まったのでは” という噂も聞こえた。
驚くジン達に、顔を顰めファナは続ける。
「私は……私たちは、一生懸命生きています。それを、彼らは理不尽にも全てを寄越せと、従わないのなら村を襲い、男を殺し、女は慰み者にすると告げてきたのです。」
その言葉には、若干の誇張が含まれている。
それはアロンの前世の話も含まれているからだ。
しかし、その誇張は一つも間違っていなかった。
むしろ、レントール達の目的に合致していた。
「この世界を遊戯場か何かと思い、私たちをモブという言葉で蔑む貴方達が結託して戦争を止めるなど、戯言も甚だしいのです!」
「ファナ! 貴女如き村娘が殿下の高尚なお考えに異を唱えるなど不敬極まりない!」
ファナに、メルティがここぞとばかり叫ぶ。
そのメルティに、隣のジンも慌てて「そうだ!」と乗っかる。
しかし。
「ちょっと黙っていろ、二人とも。」
背もたれに深く腰を鎮めていたレイザーが身を起こし、メルティとジンにピシャリと諌めた。
何らかのスキル等は使っていないが、溢れ出る威圧感からか、すぐさまメルティとジンは顔を青褪めて目線を下へと向けた。
「その後、レントール達はどうした?」
静かに尋ねるレイザー。
その声は若干、怒りが混じっていた。
「追い返しました。後は知りません。」
淡々と答えるアロン。
その言葉に、はぁ、とレイザーは溜息を漏らした。
「あいつ等は学院時代においたを仕出かして退学になったような奴等だ。もちろん、それに懲りるような連中ではなかった。ただ、ギルド自体は真面目な活動もしていたから帝国としても手が出せなかった。……まぁ、超越者ギルドとして優遇されていたという事情もあるがな。」
レイザーは姿勢を正し、アロン達へ顔を向けた。
そして。
「帝国の軍を預かる将として、情けないことこの上ない。超越者どもの悪事を裁き切る事も出来ず、どうか謝罪させてほしい。」
ガチャリ、と大きな音を立てて頭を下げた。
これにはジークノート達だけでなく、アロン達も驚きを隠せない。
「そ、そんな! 貴方が謝ることではありません!」
アロンもファナも、慌ててレイザーに顔を上げるよう促すが、レイザーは頭を下げたままだ。
「いや。その結果、貴方たちに肩身の狭い思いを、やるせなさを、恐怖を与え続けることになってしまった。」
レイザーは頭を上げ、一呼吸置いて続ける。
「ラープス村の顛末はもちろん聞いている。村長の訴状により司法庁、ならび関係省庁において罪人カイエンを適切に裁き、合わせて関係者にも相応の罰を与えた。だが、後にあのレントール達が訪れた、というのは偶然にしては出来過ぎている。奴らはカイエンともノーザンとも親交があったからな。」
さらに深い溜息を吐き出す、レイザー。
「カイエンの逆恨み、それにノーザンの後ろ盾もあったということでレントール達が乗ったのだろう。」
「そんな……。」
レイザーの言葉に、最も驚きが隠せないのがジークノートだ。
“アロン獲得” のため、全てを同じ転生者である将軍ノーザンに告げた結果、カイエンの没落にギルド蒼天団の弱体化、ここまでは “アロン憎し” で話が終わるのだが、まさか悪名高いレントール達まで動く事態になるなど、予想だにしていなかった。
――かつて、婚約者レオナが激怒した言葉が過る。
『あの糞野郎が、まともにアロンを勧誘するわけねぇだろうが! 買収、脅し、何でもやるぞ、あの野郎は!!』
しかし。
「それも貴様が帝国に、私に、協力をすると告げれば万事収まった話だろう!」
棚上げかもしれない。
しかしジークノートは、アロンを非難する。
その様子にレイザーは、再び溜息を吐き出した。
「殿下。その一件で我々とアロンは敵対状態となっているのだぞ? 未だこうして、帝国の冒険者として励んでもらっていることを僥倖と見るべきだ。」
“下手に搔き乱したことで、アロンは帝国を見捨てたかもしれない”
それが帝国にとってどれほどの損失か。
―― “脅威” になるか。
そもそも、その件はジークノートがアロンに対する “私怨” 半分で、ノーザンに顛末を告げたことが発端となっている。
その事すら理解していないのか?
いや、棚上げにするのか?
呆れるレイザーは、さらに諫めようと口を開こうとするが。
「僥倖? たかが “F” ランクの冒険者風情に?」
立ち上がるジークノートはアロンを見下す。
「レイザーさん、確かにこいつは【暴虐のアロン】かもしれない。……だが、それが何だ?」
「何が言いたい?」
「所詮は、その程度だって話ですよ。こいつはあのアロンかもしれないが、この世界では未だランク “F” の最下層の冒険者。つまり、いくら大量のスキルを持っていたとしても、その程度ということだ。」
その言葉に、レイザーも唸る。
「確かに、アロン様は……いえ、アロンは未だ “F” 程度。話になりませんよね?」
クスクスと、下卑た目でアロン、もとよりファナを見下すメルティ。
その物言いと表情、頭に血が昇るファナが言い返そうとするが。
「いいよ、ファナ。事実だからね。」
すぐさまアロンが止める。
しかし、納得のいかないファナ。
ドミニオンという化け物を危なげなく斃しきれるアロンが、弱いはずがない。むしろ間違っているのは、未だ “F” というライセンス表記の方だ。
ただ単に、アロンがランクが上がらないよう、わざと振舞っているだけで、本来その評価は正しくない。
それでも。
「言わせておけば良いさ。」
再び、アロンはファナに告げる。
その言葉でファナも落ち着きを取り戻すが。
「は! 向こうじゃ誰も敵わない最強アロンが、この世界じゃ結局手も足も出ずに未だ最低ランクでまごまごしているってか! こりゃあ、滑稽っすね!」
盛大に嗤う、ジン。
隣のメルティも我慢しきれず、大笑いする。
「あははははははは! 鑑定の儀ではコテンパンにやられたけど、結局は職業解放の適性やスキルの差だったってわけね。今、やったら分からないかもね。」
アロンは、もはや憧れの人ではない。
こんな奴を巡って恋敵と諍いを繰り広げていたことに、羞恥すら覚えるほどだ。
むしろ、恋敵が勝手に消えた今、次期皇帝たるジークノートに一番近い距離にいるのだ。その彼のハートを射止めることが、何よりも最優先。
こんな冒険者ランクFのモブなど、今更どうでも良い。
――いや、良くない。
散々、コケにされた恨み辛みがある。
込み上げる笑いと共に、憎悪が、燃え広がる。
どうにかして、このモブとNPCに、痛い目に遭わせられないかと思考が巡るのであった。
「そ、そんなことはありません!」
さすがに、愛する偉大な夫がここまで馬鹿にされて黙ってはいられない。
ファナは立ち上がり、涙目で叫ぶ。
それこそ、メルティにとって僥倖。
「へぇ? モブ女が言うじゃない。言っておくけど、ここに居るジンはすでに冒険者ランクは “C”、かく言う私も、ジンとだいたい同じレベルよ? もちろん、殿下はさらにお強いのに、それでもそこのダサい鎧野郎の方が、強いっていうのぉ?」
“ダサい鎧野郎”
その言葉で一瞬レイザーが、ガチャッ、と音を立てたが、すかさずメルティはニッコリと笑い「レイザー様はとても素敵な方で、とってもお強いので違いますわ?」と取り繕う。
冒険者ランク “C”
それは、冒険者の中でも上位の存在であり、一騎当千の実力者の証だ。
それでも、ファナは確信する。
「私のアロンの方が、強いです。」
涙を拭い、真っ直ぐ言い放つ。
「ちょっと、ファナ。」
「アロン。このまま、言われっぱなしなんて、私には我慢ができない。」
零れ落ちそうになる涙をもう一度拭い、ファナは告げる。
「貴方の強さは、こんな利己的で考え無しの人たちとは違う、本物の強さだって私が一番知っている。貴方の強さ、逞しさ、気高さは、妻である私だけ知っていれば良い、……のかもしれないけど。」
一つ大きく息を吸い、そして。
「私の愛する夫を! 偉大な男を! ここまで侮辱するなんて、絶対に許せない!!」
ファナらしからぬ、怒声。
それは、恐らくここまでの人生で最も怒りに満ちた叫びだった。
だが、それこそメルティの狙いだった。
「へぇ、言うじゃないファナ。ここに皇太子殿下もいらっしゃれば、偉大な将軍様もいらっしゃるというのに、貴女の言う偉大な夫とやらが私たちよりも強いとでも言うの? それこそ、殿下やレイザー様、私たちへの侮辱だわ!」
笑みを凍らせ、底冷えするような冷たい視線を飛ばすメルティ。
「……何故、そこに俺が入る?」
そこに自分も含まれたことに異を唱えるレイザー。
同時に、メルティの狙いを看破した。
(確か、このファナという娘とメルティは、アロンを巡っていざこざを起こしたって話だったな。つまり、その時の屈辱を晴らすつもりか。)
“くだらない”
呆れるレイザーを尻目に、メルティとファナは火花を散らす。
「そうだな、こんな低ランク冒険者より弱いなど言われるのは心外どころか、怒りすら覚えるな。」
立ち上がっていたジークノートはソファへ座り直し、ジロリとファナを睨む。
怒り心頭の皇太子の圧に、顔を青褪めるファナ。
だが、即座にアロンがファナを庇うように前へ出た。
「だったらどうする? ボクへの侮辱はボク自身どうでも良いが、妻にここまで言わせて、しかも貴様らから妻への侮蔑の言葉を吐かれ、ボクが黙っていると思うか?」
まさに一触即発。
その雰囲気に、ジンも殴りかからん勢いで立ち上がった。
「テメェこそ、何様だよ! そもそもがテメェが協力しねぇのがいけねぇんだろうが、屑鉄野郎が!」
睨み、凄む、男3人。
「いい加減にしろ!!」
そこへ、怒声を飛ばすレイザー。
全員が思わずレイザーへと振り向いたタイミングで、場を落ち着かせるように「はぁ~~」と深い溜息を吐き出した。
「全員、落ち着け。同じ帝国陣営の超越者同士で何故こうもいがみ合う? 敵は聖国、そして覇国の連中だろうが。今、仲間内で言い争っている場合ではないのに。……ジークノート。」
レイザーの言葉に、ジークノートはビクッと身体を硬直させる。
「お前は、この世界に転生した超越者を全員纏め上げ、戦争を止めると豪語したな? 今この場でアロンを説き伏せられない時点で、それは夢物語だ。目的や語る言葉は一理あるが、それが相手に届かない内はただの妄言だ。よく考えろ。」
レイザーに諫められ、顔を顰め拳を握り締める。
そんなジークノートを一瞥し、今度はメルティとジンを見る。
「お前ら二人も落ち着け。高等教育学院のカリキュラムで確かにお前らは強くなった。特にジンは冒険者としても目まぐるしい活躍をしている。」
「い、いやぁ、それほどでもねぇっす」
思わず照れるジンに、レイザーは、また盛大に溜息を吐く。
「他の模範ともなり得る冒険者、そして超越者という立場がお前に求められる。お前の一挙手一投足がそのまま冒険者、超越者の評価にも繋がるのだぞ? レントール達のような悪行を仕出かす連中から抱かれたイメージを雪ぐ必要もあるのに、アロンやその妻たるこのお嬢さんから言われた言葉にいちいち反応するのはみっともない。今のお前、ただ傍若無人な乱暴者にしか見えないな。」
ぐっ、と言葉を詰まらせるジン。
次第に顔を赤くし、拳を作って俯いた。
「メルティもだ。かつて恋敵だったそうだな? だがお前は負けたんだ。アロンにも、このお嬢さんにも。すでにこの二人は夫婦なのだろ? ならば同郷の者として心の底から祝福するような度量が無ければ、淑女とは言えない。……アイラと同じだ、何て言われたくないだろ?」
「そんっ、な!!」
思わず叫び声を上げるメルティ。
“負けた” と他者に指摘されるのも我慢ならないが、まさか、毛嫌いしている学院の先輩であった、“輝天八将” の一人、“白金将” アイラ――、派手で性格最悪なギャルと同一視されるような物言いに、頭に血が昇る。
「理由はどうあれ、お前たち3人はアロンと、アロンの妻のファナ殿を侮辱したんだ。それが将来帝国を背負う次期皇帝に、その補佐役となる幹部候補生のすることか? 恥を知れ。」
同じ転生者にして、帝国の頭脳と言われる知将。
しかもその実力は、現帝国の頂点。
そんなレイザーからの指摘に、三者三様、憤りに羞恥にと身体が震える。
「……なんでレイザーさんは、そいつらを庇う?」
顔を真っ赤に染めたジンが、苦々しく呟いた。
レイザーは一つ、首を傾げた。
「庇う? 俺がいつアロン達を庇った? 俺はこの場ではただの傍観者だ。お前らの確執なんて、お前らや人伝に聞いたことくらいしか知らん。それにそんなことは、俺には関係ない。あくまで自分の目と耳で判断したまで。その上でもう一度言うぞ? お前ら、全員落ち着け。」
しかし、ジンは納得できない。
「いいや、こいつが【暴虐のアロン】だからだ。そうじゃなきゃ、ただの転生者にあんたがここまで肩入れするなんて思えねぇ。」
まさかの物言い。
相手は同じ転生者でも、現最強の男、レイザーだ。
思わず目を見開き、ジン、そしてレイザーを交互に見るジークノートとメルティ。
額から冷たい汗が流れる、が。
「……確かに。そう言われるとそうかもしれん。」
“あくまでも傍観者”
それを貫こうとするレイザーだったが、アロンを取り巻く様々な件で “アロンを失ったら一大事だ” という意識からか、知らずにアロンの肩を持っていた。
まさに、痛い所を突かれた格好だ。
「じゃあ、ジン。お前はどうしたい?」
意趣返し、というわけではないが、未だ話をぶり返すジンの真意を尋ねる。
そこに、待っていました! と言わんばかりに目が輝いた。
「こいつが、レイザーさんが肩入れするに値する野郎かどうか、決闘をさせてくれ。」
「はぁ?」
思わず呆れ声が漏れるレイザー。
そこに間髪入れず、同意する声。
「そうですわ。仮にそこの村娘が、偉大な殿下や上位の冒険者として八面六臂の活躍をしているジン、それに私を差し置いて、アロンや自分が強いなんて戯言、冗談でも看過できません。」
苦々しい表情だが、内心ほくそ笑むメルティ。
しれっと、“ファナ” もその対象に混ぜたのだ。
「ファナは関係ないだろ!」
もちろん、それを聞き逃さなかったアロン。
だがメルティは首を横に振る。
「いいえ。すでにこの席に着いている時点でその娘も同罪よ。殿下やレイザー様に吐いた数々の暴言に、虚言。それを証明できないと言うなら、少なくともその女は不敬罪で裁くまで。」
「メルティ……貴様。」
怒りに震えるアロンだが、メルティが冗談で言ったわけではないと理解した。
メルティは超越者として、帝都へ召喚されて長い。
加えて、次期皇帝のジークノートと懇意であるため、様々な貴族や省庁の上部層との顔繋ぎも十分。
つまり、メルティがその気になれば、ファナ一人を投獄させることなど雑作でもない。
「そうだな。」
そして、それを肯定するジークノート。
やや口角の上がった口から、憎々しい言葉が漏れる。
「皇太子の私がここまで言われて、黙っているわけにはいかない。ファナと言ったな? 今一度聞くぞ? その男とお前は、私やメルティさん、ジンさんよりも強いと戯言を漏らすのか?」
一瞬、たじろくファナ。
もし、“そうだ” と肯定すれば、皇族への侮辱。
“違います” と撤回しても、先ほどの言葉は覆らず不敬となる。
そして肯定すると、先ほどジンが告げた “決闘” を受けることとなる。
チラッ、とメルティを見る。
彼女の、勝ち誇るような視線が告げている。
『ざまぁみろ、モブ女が。』
――また、涙が溢れそうになる。
情けなく、悔しく。
そんなファナの手を、ソッと握るアロン。
そして、立ち上がり、左手で仮面を掴み。
外した。
「アロン!?」
「アロン、様!」
驚くファナと、メルティ。
メルティは思わず “様” を付けるくらい、驚いた。
決して、同郷の者の前では外さなかった鉄仮面を、外したのだ。
「へぇ、そんな顔していたんだ。」
「どんなイケメンかと思えば、パッとしねぇ面じゃねぇか!」
“意外や地味顔”
その事に、アロンを見下す。
だが、そんな二人など目もくれない。
アロンはにこやかに、笑顔でただファナを見詰める。
「ありがとう、ファナ。」
「アロン……。」
ボロボロと涙を零すファナの頭を撫で、そして、にこやかな笑みを浮かべたまま、ジンとメルティ、そしてジークノートへと振り向き、宣言する。
「決闘を受けよう。」
笑みを浮かべたままのアロン。
ジークノートたちは、その笑みを “余裕” とも取れたし、“妻の前で良い恰好をしたがるただの馬鹿” とも取れた。
その心に、何が宿っているのか。
下卑た表情で嗤うジークノート達は、思いもしない。
ーーアロンが、怒りに染まっていることなど。
次回、11月30日(土)公開予定。
↑
この日、前々日から遠方へ出張しているため、更新が深夜、もしくは翌日(12月1日)となるかもしれませんが、御容赦ください。