5-18 思わぬ再会
ラープス村 “集会場”
「強くなっても……まだオレ達は師匠の足元にも及ばないわけか。」
“プルソンの迷宮” 攻略から2日後の昼間。
迷宮攻略、という偉業を成し遂げたというのに、攻略者の一人であるリーズルの表情は暗い。
最後の宝物庫で遭遇した “天使” ドミニオン。
その姿を一目見た時、リーズルの脳裏に過ったのは、
―― “死” だった。
数えきれないほど、自らの体躯を遥かに超える巨体モンスターを屠り、迷宮の最奥に潜むキュクロープスも仲間との連携で見事撃破した彼は、確かな成長を実感した。
加えて、手にした “転職の書”
更なる高みへの希望そのものだ。
剣士系上位職 “剣闘士” のスキルをコンプリートしていないため、次なる上位職、“侍” か “剣豪” にはまだ辿り着かないが、それも時間の問題。
“超越者ではない、ファナやララのように強くなれる”
それは、リーズルにとって。
いや、リーズルだけでなく友のガレット、オズロンもまた同様であったはずだ。
だが、その想いは目の前の “理不尽” が容易に踏み躙ってきた。
“抗えない理不尽がある”
かつて師匠から聞かされた、前世の話。
先日、この村に訪れた鼻持ちならない感じの悪い超越者3人組の冒険者こそが、元凶そのものであったとのことだ。
それを、アロンはたった一人で斬り伏せた。
幼い頃から師匠と呼び尊敬し続ける彼の心に宿る深い絶望と憎悪が、理不尽からなるものだった。
その理不尽に抗うため、二度と大切な者を失わないため、彼はたった一人、別世界で超越者の正体に触れ、不死すらも打ち破る力を得て再びこのイシュバーンに舞い戻ってきた。
復讐を成し遂げた今、彼は言う。
“ボクや、ボクらと同じように、超越者に苦しむこの世界の人を一人でも多く救いたい”
リーズル達を鍛えるのも、その一環だと言う。
本当に絶望的な力を宿す超越者は、その多くが三大国の要人であり、ラープス村のような辺鄙な田舎村に襲撃してくる可能性は極めて少ない。
あり得るとすると、レントール達のような、ならず者の超越者。
その多くが冒険者であり、“別世界” と同じようにギルドを組んでは傍若無人の振舞いをしている、と耳にした。
そんな、別世界からやってきてはこのイシュバーンを “遊戯の世界” と宣う超越者を、アロン抜きでも相手にすることが出来るようにリーズル達を鍛えているのだ。
アロンの信念。
そして厳しくも優しい偉大な師匠。
幼き頃から尊敬して止まないアロンに抱くのは、憧れ以上の傍心。
しかし。
「このままじゃ、オレ達は師匠の足手まといだ。」
ギリッと歯を食いしばるリーズルの言葉に、ガレットもオズロンも頷く。
「私も……自分の慢心で、アロンさんだけじゃなくファナにも危険な目に晒してしまいました。超越者としての傲り、それに……全力のアロンさんの姿を見たいという欲求で、私は。」
震えながら呟くセイル。
その結果、身を挺してファナを助けたは良いが、自身が致命傷を負ってしまった。
“僧侶系は何があっても死んではならない”
それは、ゲームの世界ファントム・イシュバーンでも、現実世界イシュバーンでも共通して言われる常識だ。
セイルは、最近そのことについてアロンから窘められたばかり。
“アロンへの強い憧れ”
リーズル達も、セイルも、引き金はその想い。
だが根底にあるのは “油断”、“慢心” そして “傲り” だ。
「強く、なりてぇ。」
今までは、アロンに言われるがまま、アロンの指示に従うまま、鍛錬や修行を繰り返してきた。
確かにそれで、このイシュバーンの民の中でも遥か高みに居るのは事実である。
しかし、本物の実力を有する超越者相手には、まだ太刀打ちできない。
また、ドミニオンのような理不尽の権現と形容すべきモンスターと対峙した時、成す術もなく蹂躙されてしまうだろう。
「リーズルさん……。」
リーズルに密かな想いを寄せるララも、神妙な面持ちで呟いた。
ララは、兄アロンと兄嫁ファナと共に邪龍マガロ・デステーアの修行の成果で、この場にいるリーズル達よりも圧倒的な実力を有している。
しかし、ドミニオンを前にした時に感じた恐怖はリーズル達とさほど変わりはない。
むしろリーズル達よりも強いからこそ、より正確にドミニオンの実力を察し、恐怖で全身が竦んでしまったのだ。
リーズル達と共に先に外へと逃げた後。
聞かされる、残ってしまったセイルの惨劇。
それは、一歩間違っていたらララだったかもしれない。
ファナは兄嫁であるから残る選択をしたのも理解でき、また超越者セイルも、 “向こうの世界でいかにアロンが最強だったか” という談義から、兄に対する底知れぬ憧れを抱いていると知り、その結果、その場に残る結論に達したというのも理解できる。
だが、根底にあるのは、ファナの “武僧” という近接攻撃も回復も、サポートも出来る万能感からと、超越者セイルの “死んでも復活できる” という、二人の傲りの結果だったと、理解した。
ララは “高薬師” をジョブマスターにした、 “狩罠師”
あと僅かの鍛錬で、もう一つの薬士系上位職 “鍛冶師” になれるが……。
この “鍛冶師” は、ファナの “武僧” と同じく、近接系に近いと聞いた。
生み出せるクリエイトアイテムスキルの大半が攻撃スキルであり、サポートスキルの多い薬士系でも十分な戦力となる。
――もし、憧れる兄やファナのように。
心寄せるリーズルのように、力強いガレットや派手な魔法攻撃を放つオズロンやアケラのように。
自ら進んで敵を倒せる力に溢れていれば、恐らくファナやセイルと同じ選択をしていたかもしれない。
即ち、セイルが受けた致命的な怪我は、ララが負ったかもしれない。
油断、慢心、そして傲り。
自らを戒め、それでいて強くなりたい。
ならば、答えは一つかない。
「リーズルさん。皆さん、相談があります。」
ララは、思うがままその “答え” を告げるのであった。
◇
同時刻。
イースタリ帝国 “帝都” 西区
冒険者連合体、帝都本部
アロンとファナの二人は、ギルドの更新に訪れていた。
その前に、邪龍マガロ・デステーアの元へ “無事にプルソンの迷宮を攻略したこと”、“そこでドミニオンに遭遇したこと” を報告し、また不在時の村の守護を行ってくれたことに礼を告げて、ディメンション・ムーブで帝都へと移動した。
マガロが何やら神妙な面持ちであったが、特段何も語られなかった。
気にはなるが、ギルド更新を優先させたのであった。
「はい。シェルタイガーの魔石と素材、確かに確認が出来ました。ギルド “アロン” の更新は、再来月まで延長されます。併せてギルドメンバーの皆様の実績として成績を加算させていただきますのでご承知ください♩」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
素顔の見えない黒銀の鉄仮面と全身鎧を纏った冒険者ランク “F” のアロンに、頬を少し赤らめてうっとりするように告げる受付嬢。
アロンの横に立つ、彼の妻であり同じギルドメンバーでランク “F” のファナがジトッと睨んでいることなどお構いなしだ。
アロンが差し出したギルドカードを受け取り、意気揚々と更新手続きを行っている。
「……何か、あの人の態度が激変してて怖い。」
「ファナ、いい事じゃないか。冒険者連合体の職員と揉めても良い事なんか一つも無いんだし。」
にこやかに告げるアロンの言葉に、ファナは益々苛立ちを強めた。
(どうして一度も素顔を晒したことの無いアロンに惚れ込んだのか、全く意味不明なんだけど!?)
この鉄仮面と全身鎧こそ、アロンのトレードマーク。
聞けば、“向こうの世界” でもその恰好で貫き通したらしい。
だから愛着があるのか、持ち込めるアイテム枠を消費してでも “装備換装” で持ち込んだ、という話だ。
どれほど優れた装備なのか……。
恐る恐る尋ねたが、単なる見た目装備で、アロン自身もどういう原理が働いているか理解はしていないが、この鉄仮面や全身鎧には防具としての性能はまるでないらしい。
むしろ、その装備の裏に隠されている “真の防具” こそがアロンの真価だ。
ファナは一度、この全身鎧でない本来の防具の姿を見せて貰ったことがある。
その姿を見た時、禍々しさだけでなく、装備から溢れ出る素材にされただろう凶悪なモンスターの呪いとも形容すべき悍ましい気配と力を前に、一瞬で気を失ってしまった。
この見た目装備は、その気配や力を抑え込むものだと理解したのだった。
だからこその鉄仮面と全身鎧。
見た目は帝国軍の騎士様だが、素顔はこの帝都の外では一度も晒した事が無い。
それにも関わらず、ファナが冒険者登録に来た時の辛辣な態度とは一変して、まるでアロンに恋をしているような態度と表情となる受付嬢に、呆れと苛立ちが募るのだった。
それだけではない。
時刻は、午後4時30分。
すでに冒険者連合体の中の酒場が営業している時間だ。
ファナはチラッと酒場の席へと目線を飛ばす。
すると、数人は美貌溢れるファナに顔を赤らめて「おっ」と声を漏らすが……。
(バ、バカッ! 目ぇ合わせるな!)
(“ルッケスの腕潰し” の鎧野郎と、そのルッケスの拳を止めた怪力女だぞ!)
(ええっ!? あ、あれが、噂の怪力Fランクか!?)
周囲に居た数人の冒険者に押さえられる、事情を知らなかった冒険者の男。
そのヒソヒソ話は、もちろんファナの耳に届いた。
「だっ誰が!」
「はい、ファナ。落ち着いて。」
“誰が怪力女よ!” と叫ぶ前に、アロンに止められた。
うううー、と顔を真っ赤にして涙目となるファナだが、優しくアロンはファナの頭を撫でる。
「言わせておけばいいさ。ファナが可憐で優しく、素敵な女性だってことは誰よりもボクが知っているから。」
「アロン……。」
顰めた顔がホワン、と惚けてアロンを見つめるファナ。
そのまま腕を組み、肩に頭を寄せた。
(うわっ、羨ましい……。)
(怪力女なんだろうけど……やっぱり、すげぇ美人。)
(くっそ! あの鎧野郎! 死ね!)
酒場の方からドス黒い感情と怨嗟の声が漏れる。
しかし、アロンの言葉で全く気にならないファナだった。
ルッケスとか言う暴力男が絡んできたあの日以来、冒険者連合体の職員や訪れる冒険者から受ける態度が、ガラリと変わってしまった。
ほぼ専属となってしまった例の受付嬢は、何故かアロンにご執心。
冒険者たちの一部は相変わらずファナに手を出してこようとする者もいるが、事情を知る他の冒険者たちが全力で止めに入るとことがお約束になってきた。
そして事情を知る冒険者たちは、極力アロンやファナに関わらないよう、無視を決め込んだ。
“謎の怪力冒険者カップル”
“何故か依頼を受けず、未だギルドランクはF”
“強いくせに、ランクを上げようとしない変わり者”
そんな得体の知れない冒険者は、放っておくに限る。
もし手を出して、ルッケスのように腕を潰され、カウンターから連合体の外にまで軽々と放り出されたらたまったもんじゃないからだ。
「お待たせしましたアロンさん! 更新は以上です。」
笑顔で、アロンにギルドライセンスを返す受付嬢。
その表情にファナはますます苛立つが、
「ありがとうございます。」
アロンは何事も無いように受け取り、背負っていたバッグへと仕舞いこんだ。
「あ、あのぉ!」
「はい?」
受付嬢はゴクッと唾を飲み込み、意を決し告げる。
「私、もうすぐ業務が終了します! よ、よければ、一緒にお食事はどうでしょうか!?」
「はああああっ!?」
これはさすがに、ファナも声を荒げた。
“噂の怪力女を怒らせた!”
“何を言ったんだ、あの受付嬢!”
冒険者たちも固唾を飲み込んだ。
「あ、いえ! もちろん奥様もご一緒にどうでしょうか!?」
冷や汗を垂れ流しながら告げる受付嬢。
訝し気のファナの目を見ながら、ゴホンと一つ咳払いをして受付嬢は続ける。
「その、アロンさんやギルドメンバーである奥様のファナさんも、実力は高いのに依頼をこなさないため、ずっとランクが上がっておりません。それにギルド自体も……。」
「はあ?」
ますます睨みを強めるファナ。
受付嬢は極力 “怪力女” を見ずに、アロンへと告げる。
「で、ですので! 登録を認めている冒険者連合体としましても、そのままギルドもメンバーの皆様も、低ランクで居られると沽券に関わるといいますか、色々と不都合なんですよ!」
「……それで?」
「……えっと。連合長から、言われているんです。“やる気はあるのか”、“このままだとギルドの更新条件を見直す必要が出てくる” って。」
半分は本当。
“ファナさんという美人さんを妻に娶ったアロンさんは、第一皇太子ジークノート様のようなイケメンに決まっている!”
常に鉄仮面。
しかし、決まって隣には美人妻。
ならば、その素顔を拝見するのも受付嬢の務め!
……という欲求からだ。
しかし、“連合長が告げた” という言葉に、アロンは唸る。
「それは……困りましたね。」
アロンは冒険者に登録したその日に、ギルドを立ち上げた。
以来、欠かさずギルド更新条件である “討伐危険度Cのモンスターの魔石と素材の納品” を繰り返している。
実は、これに代わる条件としてランクと同一、もしくは一つ上のランクの依頼をいくつか熟すことで自動的に更新されるものである。
むしろ、普通のギルドにとってはその方が主流。
更新だけでなく、同時に依頼を達成することで得られる貢献度によって、ギルドランクが格上げされるからだ。
本来、冒険者にとってギルドランクの格上げは誉れであり、目的でもあった。
ランクが上がれば難易度の高い依頼を受注することができるし、その分の成功報酬は高くなるからだ。
しかし、アロンはギルドランクを上げようとは思っていない。
何故なら、帝国の場合、高ランクのギルドに直接 “勅命依頼” が入ることがあるからだ。
それは、戦争への介入。
超越者の “選別” と “殲滅” のためには避けて通れない、戦争。
いずれアロンは、戦争へと身を投じる日がくる。
しかしそれを、勅命依頼として受けるとなると、アロンだけという訳にはいかなくなる。
それは、“ギルド加入者の何割の冒険者の出兵” という内容であるから、アロンだけでなくファナやララ、リーズル達にも出兵義務が課せられてしまうのだ。
だから、最も勅命依頼が舞い込まない可能性の高い最低の “F” ランクのままで、ギルドを維持していきたい、というのが本心なのである。
しかし、それが冒険者連合体全体に影響を及ぼすこととなると話が変わってくる。
低ランクギルドは、それこそ必死になってギルド存続に躍起になり、数多くの依頼を達成したり、中には討伐危険度Cという危険極まりないモンスターを何とか駆逐して、文字通り命懸けで更新しているのだ。
もしも、アロンのギルドが原因で、その条件が厳しくなってしまったら……。それこそ、冒険者として立つ瀬が無くなってしまう。
それを理解し、唸るアロンの代わりにファナが睨みながら尋ねる。
「で。それと貴女と一緒に食事を摂ることと、何がどう繋がるのですか?」
“絶対、アロン目当てだ!”
それが分かる妻、ファナの牽制。
うっ、とたじろいてしまう受付嬢だが。
「その! 貴方たちの真意を確認し、私から連合長に直訴しようと思っているのです! こんな公共の場では話し難いこともあろうかと思うので、私の行きつけの個室のあるお店でお食事を摂りながらどうかな、と!」
“我ながら良い理由!”
内心、自画自賛する受付嬢。
……連合長に言われた事は本当だが、ギルド更新条件の見直し自体はアロンのギルド云々関係なく、以前からの検討課題であった。
さらに、低ランクギルドの更新条件が少し “厳しい” という声も上がっているため、実はF~Dランクまでの更新条件を緩めよう、というのが主旨であったりする。
そのことを都合よく、歪曲させて告げた受付嬢。
嘘は言っていない。
全ては、アロンの素顔を見るために!
『パコンッ』
「痛てっ!」
そこに、にこやかに笑う先輩受付嬢がやってきて、受付嬢の頭を用箋ハサミで小突いた。
「先輩! 痛いじゃない、です……か?」
徐々にトーンダウンする。
何故なら、先輩の目が、笑っていないからだ。
「ふふふ……貴女。公私混同するなんて感心しませんね?」
「ふぇっ!? べべ、別に公私混同だなんて!」
「あら? 自覚がないようですね。これは困りました。……アロンさん、ファナさん。この職員の指導不足は上司である私の責任。今夜、みっっっちりと個別指導をいたしますので、先ほどこの子が告げた戯言は、受け流していただけると幸いです。」
丁寧に頭を下げる先輩に、ええええー! と叫ぶ受付嬢。
「ちょ、先輩っ!?」
「だまらっしゃい!」
ギャイギャイ騒ぐ受付嬢二人に、唖然となるアロンとファナであった。
ファナは組むアロンの腕を強く引き、アロンを振り向かせる。
「ふふ。せっかくのお誘いがパアになって、残念だった?」
「いや……別に。それよりも。」
むしろ、連合長の言葉が気が気で無いアロン。
しかし。
(まぁ……その時はその時か。)
むしろ、ギルド更新の条件が厳しくなれば、弱い冒険者が無理に戦争へ駆り出されず済むかもしれない。つまり、戦場で超越者と出くわして理不尽に命を刈り取られる危険性が少なくなると、良い意味で捉えた。
――実際は逆の事が検討されているのだが、知る由もないアロンだった。
「ま。確かにお腹は空いたよね。村に帰る前に、何か食べていこうか。」
アロンの提案に、ファナはパァッと顔を輝かせた。
「それなら! 前にセイルが連れて行ってくれたピザ屋さんがいいな。あの味や材料を覚えて、作ってみたいし。」
「お、いいね! ファナが開くお店でもピザが食べられるようになれば、村の皆もよろこぶだろうしね。」
「……ふふ。アロンにならリクエストして貰えれば、家でいつでも作るよ。」
「あ、ありがとう……。」
言い合う受付嬢二人など蚊帳の外。
新婚夫婦さながら、甘々しい雰囲気に包まれる二人。
それを見て、さらに悔しい怨嗟の声を漏らす冒険者たちだった。
その時。
「ざわっ!!!」
一際大きい、ざわめきが冒険者連合体の建物内に響く。
「え……。」
「う、嘘っ!?」
ざわめきが起きた方向。
建物の入口側に目線を飛ばす、言い合っていた受付嬢二人も硬直した。
沈黙と、緊張感に包まれる。
響く、足音。
彼らは、わざと甘々しい雰囲気だった、腕を組むアロンとファナの近くへ寄り、そして声を掛けた。
「やぁ。相変わらず素顔は見せていないんだね。アロンさん。」
そこにやってきたのは、5人組の男女。
一番先頭を歩く、背の高い端正な顔付きの若い男が、笑みを零してアロンに声を掛けた。
鉄仮面で表情は見えない。
だが、アロンは目を見開き、一つ唾を飲み込んだ。
アロンの動揺。
それを感じ取ったファナ。
不安げにアロンと組む腕に力を入れ、そして5人組の男女の内の一人、灰髪の女をギッと睨んだ。
「チッ。」
睨まれた灰髪女は、一つ舌打ちをする。
しかしすぐさま笑みを浮かべた。
まるで、勝ち誇るかのように。
アロンは、声を掛けてきた男に静かに言葉を返した。
「こんなところでお会いするとは。お元気そうで何よりです。」
男は、さらにニコリと笑う。
溜息を吐き出しそうになるのを堪え、アロンは告げる。
「殿下。」
その男。
かつて、ファントム・イシュバーンで帝国陣営上位ギルド “ワルプルギスの夜” のサブギルドマスター兼アイドルとして、人気を博した女性アバター。
“神獣師” ニーティ
イースタリ帝国皇帝の第一皇太子にして、次期皇帝。
超越者ジークノートであった。
次回、11月26日(火)掲載予定です。