5-17 最強
横たわるドミニオンの裂けた口から、立ち尽くすファナとセイル目掛けて一筋の光線が放たれた。
“ホーリーレイ”
吐き出されるのは、集団討伐推奨レベル550の “危険度S” ドミニオンの決死の一撃。
吐き出した瞬間。
ドミニオンの首が飛ぶ。
だが、決死の閃光は止められなかった。
立ち尽くすファナとセイルに、無情にもその光が襲い掛かる。
しかも、全スキル最高速度を誇るホーリーレイだ。
避けられるわけが、無い。
その、僅かな一瞬。
「ファナ!」
ホーリーレイが吐き出される寸前。
悪寒を感じたセイルはファナを突き飛ばした。
『ドシュッ』
突然、突き飛ばされたファナの目に映ったものは、青白い閃光がセイルの胸を穿つ瞬間だった。
「セイルッ!?」
「ガ、バッ」
鮮血を吐き出し、糸の切れた人形のようにその場に倒れるセイルの姿。
「セイルさん!!」
ドミニオンの首を刎ね飛ばしたアロンは、即座にファナとセイルの元へと駆け出す。
「いやああああっ! セイル、セイル!」
“自らを省みず自分を助けてくれた”
しかし、その代償は大きい。
胸に大きな孔を開け、血塗れになって倒れるセイルはもはや絶命必至だ。
「ファナ! ヒールを!」
すぐさま叫ぶアロン。
その声に我に返り、ファナ、そしてアロンは渾身のヒールを掛ける。
「ガ……。」
まだ息はある。
しかし、回復力よりもセイルの生命力が失われる方が早い。
“超越者だから、死んでも復活する”
以前、自ら命を絶って目の前でデスワープを発動させたカイエンの姿を目の当たりにしているため、デスワープは本当に発動すると、アロンは当然ながら理解はしている。
だが、セイルは仲間。
しかも、愛する妻を生かすため、自ら犠牲になった、命の恩人だ。
いくら死なぬことが分かっている超越者であっても、咄嗟に自らの命を投げ出すような行動が出来るだろうか?
これこそ、“偽善者” と罵られようとも、自らを犠牲にしてまで他人を救おうとして奮闘してきた、心優しきセイルの本質だと、改めてアロンは理解したのであった。
「どうしようアロン! 傷が、傷が塞がらない!」
泣き叫びながらも、全身全霊で “ハイヒール” を連続で掛け続けるファナ。
“私の所為だ!”
後悔、そして罪悪感。
当初、アロンを一人だけ残して逃げることに躊躇していたファナは、セイルから告げられた『足手まといになる』という言葉で、ここはアロンに任せて先に迷宮の外へ脱出することを決めていたのだ。
しかし。
殿として最後まで残るセイル。
彼女に “逃げないの?” と尋ねたら、セイルは恐怖で引きつりながらも、こう答えた。
『私は超越者だから、平気。』
『もしアロンさんが怪我をしたら、治そうと思う。』
『だから、残る。』
その言葉を聞き、リーズル達を逃した後、ファナもセイルと共に残ることを決めてしまったのだ。
だが、“先に仲間を逃してくれ” と頼まれていたセイルからすると、アロンからの願いを反故にすることとなる。
しかも、彼女はアロンの妻であり、自身の親友のファナだ。
アロンの足手まといになること、超越者と違い、死んでしまえば復活も叶わないイシュバーンの民であるファナを、何とか外へ逃がそうと必死で説得を試みるセイルだったが、ファナは頑なに拒否した。
(私が、我儘を言った所為だ……!)
その結果が、瀕死のセイルの姿だ。
……正直、傲りもあった。
アロンの正体を知り、共に邪龍マガロ・デステーアの許で修行を繰り返し、イシュバーンの常識を覆す “転職” を以て上位職へと辿り着いたファナ。
その身に宿すは、レベル500超えという絶大な力。
しかも、僧侶系上位職 “司祭”、“祈祷師” をジョブマスターへと辿り着き、現在の職業 “武僧” も間もなくジョブマスターへと至る。
上位3職のジョブマスター。
その後に辿り着くのは、超越者でも数少ない “覚醒職”
偉大な夫アロンの妻として。
誰よりも。
それこそ超越者よりも強くなったという実感と自信。
だから “足手まといになる” と告げられた時、アロンと対峙する凶悪な甲冑天使への恐怖よりも、“そんなはずがない” という憤りと傲りであった。
だからこそ、セイルが残るという言葉を受け、自身もこの場へ残る決断に繋げてしまったのだ。
そしてもう一つ。
アロンが傷ついた時に治療をするのは、妻である自分の役目だと、頑なに譲らない想いがあった。
それが全て、裏目に出た。
その結果が、親友の無残な姿。
それを招いた傲りと、アロンへ執着する心。
かつて、嫌悪したライバル。
“魔聖” メルティと同じだと、激しく後悔する。
泣きじゃくりながらヒールを掛けるファナに、歯を食いしばって表情を歪めるアロン。
その二人を、全身から流れる血と共に感じる悪寒と混濁する意識の中で見つめるセイル。
胸と肺を潰され呼吸も出来ず、言葉も出せない。
“これが、死?”
薄まる意識の中、セイルは理解する。
しかし何故か、恐怖は無い。
“超越者だから生き返る”
それは何度も目の当たりにしたので知っている。
恐らく、これで命を失っても、明日の朝には帝都の自宅で五体満足で目が覚めるのだろう。
だが、今セイルが思っていることは、全くの別だ。
(ファナが……、無事で良かった。)
文字通り命懸けで助けた、親友を想う。
前世でも今世でも、友と呼べる存在が少なかったセイルにとって、生まれて初めての親友がファナだった。
ファントム・イシュバーンで憧れた【暴虐のアロン】が、“暴虐” と恐れられた存在へと至った、最大の理由が、目の前で涙する心優しい、誰よりも可愛らしく美しいファナが、超越者の手によってアロンの目の前で凌辱されたからだ。
その事実を知り、憧れたアロンのため、この世界に生きる住人のため、まるで贖罪のようにラープス村で働くセイル。
アロンの妻であるファナに初めて知り合った時に嫉妬しなかったと言えば嘘になるが、彼女の手料理、特に手作りのパンを初めて口にした時、そして本当のアロンと彼を支えるファナの優しさに、セイルの心が救われた。
超越者に対する深い憎悪と自らに課せられた天命を組み合わせ、修羅になることも辞さないアロンを心から支えるファナに深い尊敬の念を抱き、いつしか心許せる真の友へとなった。
そんな親友を、敬愛するファナを救えた自分。
死の恐怖よりも、復活するということよりも、“友を救えた” という事実の方が、セイルにとっては大きい。
だが、徐々に近づく死の気配と共に、後悔の念も沸き起こってきた。
ファナが『私も残る』と告げた時、説得などするだけ無駄だと、最初から分かっていたはずだ。
むしろ、ファナに『私は残る』と伝えれば、彼女も最後まで残ると言い出すのは容易に想像できたはず。
アロンから頼まれた、仲間の殿。
それを全うするなら仲間が全員避難出来たところでセイル自身も逃げるべきであったし、残るとしてもファナには嘘でも『私も脱出する』と告げるべきだった。
それだけでない。
ファナが『残る』と言った瞬間、その手を取ってファナ諸共二人で、転移方陣に飛び込み脱出してしまえば良かったのだ。
--アロンが怪我をしたら云々は、方便。
ただ、見たかった。
ファントム・イシュバーンで “最強” と謂われ、恐れられた存在。
【暴虐のアロン】の全力を、見たかった。
遥か格上のモンスターに襲撃される恐怖。
アロンに仲間を守りながらの戦いを強いる恐怖。
“足手まとい” になる恐怖。
“親友《ファナ》が危険に晒される” 恐怖。
それよりも、憧れと好奇心が勝ってしまった。
何故なら、戦うのは絶対的強者のアロンだ。
いくら相手が狡猾かつ凶悪な主天使だろうと、遅れは取らないという信頼がある。
ドミニオンがファナや自分を標的にしても、その前に、アロンが倒し切ってしまうだろう。
その信頼。
翻っての、傲り。
その結果、痛みすら覚知出来ないほどの苦しみ、“死” を間近に感じるほどの致命傷を負うことになった。
“私の所為で、セイルが致命傷を負った”
“私の所為で、ファナに苦しみを与えた”
二人は、激しく後悔する。
だがそれは、共に親友を想っての後悔だった。
それは、瀕死ながらも穏やかな表情を浮かべるセイルと、涙を溢れさせながら命を削るかのようにヒールを掛けるファナの姿から、お互いにそれを感じとった。
“貴女の所為では無い!”
“私の所為だ!”
二人の想いを感じ取るのは、二人だけでは無い。
アロンもまた、二人の気持ちを汲み取った。
もし、このままセイルが事切れた場合。
デスワープが発動する前に、ファナが所持する “司祭” スキル、“死者復活” で生き返らせればよい、とも考えたアロン。
ただし、単にレイズを掛けただけでは失敗する可能性もある。
そこで、“SP割合発動” と “スキル高速発動” を掛け合わせた全力なら、確実に復活するだろう。
そうでなくとも、アロンがファントム・イシュバーンから持ち込んだ死者復活アイテム “天使の雫” で生き返らせることが出来るはずだ。
だが、一度セイルを “死なせてしまった” という事実は拭えない。
それは今、二人から感じる後悔をより強めることになる。
今回、この場に二人が最後まで残ってしまったのは褒められた事ではない。
だが、人間は誰しも “ミス” はある。
僅かな慢心や傲りから命に関わることに繋がるミスだって、無いとは言い切れない。
だからこそ、問題はその後だ。
ミスをどう受け止め、どう抗い、そして今後同じ過ちを繰り返さないようにどう克服するか。
それに、尽きる。
恐らく、このままセイルが死ねば、ファナは二度と立ち上がれないだろう。
自身の迂闊な行動によって大切な親友を、生き返るとは言え死なせてしまった事実は、一生拭えない大きく深い傷になる。
それがトラウマとなり、ファナは心を病むだろう。
その結果、セイルとの関係が崩れるだけでなく、ここまで一緒に来たララやリーズル達との関係にも影響が出るのは容易に想像出来る。
それは、セイルも同じだ。
“デスワープで生き返る” という傲りがあったからこそ、この場に残る選択をしてしまったセイルの判断によってファナも残る事を決め、その結果、“命を助けた” からといって自身が死ねば、ファナの心に大きな傷を植え付けることに繋がるなど、心優しいセイルなら誰よりも深く理解するはずだ。
“助けたかった人を、助けられなかった”
セイルの前世でも、今世でも、その想いはセイル自身を蝕む。
もしセイルが “死” という結果を迎えた場合、ファナの心に大きな傷を与えるなり、その原因が自分であれば、“ファナの命を救った” など誇るどころか、むしろその結果に至った自身の迂闊な行動を悔いて、結果的にセイルは自分自身を深く追い込み、心が壊れるまで自身を責め立てるだろう。
二人の迂闊な行動は、いくらでも咎められる。
だが、果たしてそれは “未来” に良い結果を齎す事なのか。
すでに、ファナもセイルも気付いている。
“アロン” に固執した結果、取り返しの付かない絶望に繋がってしまったことに、気付いている。
ならば、アロンが取るべき行動は二人を咎めることではない。
奇跡的に出会い、心許せる親友となった二人の大きな後悔を、同じ過ちを繰り返さないよう未来に繋げることが、アロンの為すべき行動だ。
だからこそ、アロンは笑顔で告げる。
「よく頑張った、ファナ。ここまで来ればセイルさんは絶対に助かる!」
「アロン……。」
“放って置いたら即死だった”
そんなセイルの傷を渾身のヒールで塞ぎ、完全回復させる時間を稼いだファナを労いつつ、アロンは次元倉庫を展開させ、そこから黄金に輝く小さな容器を取り出した。
乱暴にその蓋を外し、中の液体をセイルに掛けた。
すると、一瞬セイルの全身が黄金に光り輝く。
そして。
「へ?」
「あ、あれ?」
ポカンとするファナに、胸の穴が完全に塞がって同じようにポカンとするセイル。
無事だったセイルの様子に、アロンは安堵の溜息を吐き出した。
「ふぅ。ファナのヒールで上手く止血出来たから間に合ったな……。」
安心したのか、ドカッとその場で腰を下ろすアロン。
そんなアロンが手にする黄金の容器を見て、セイルは息を飲みこんだ。
それは、ファントム・イシュバーンで、全アイテムの中で最も効果が高く、最も貴重な消耗アイテムだったからだ。
「アロンさん……それ、まさか……。」
“何を使われたか” を理解し、青褪めるセイル。
アロンは、ああ、と声を漏らして空になった容器を掲げた。
「貴女はファナの命の恩人ですからね。これくらい当然ですよ。」
「でも! いくらなんでもエリクサーを使うだなんて!」
“エリクサー”
それは、ファントム・イシュバーン内で、最高の回復性能を誇るアイテム。
HP、SPを完全回復。
“呪怨” 含めすべての状態異常を完治。
さらに使用後5分間、“状態異常無効”、“5秒間に1割ずつHP回復”、“SP消費半減”、“被ダメージ半減” という効果まで得られる、最強の霊薬。
その価値、店頭の売却価格で5億R。
非売品、調合不可。
入手方法は、迷宮達成報酬 “アイテム” で運が良ければ手に入るか、または特殊なモンスターを倒した時にこれまた運が良ければドロップするかしかない。
貴重かつあまりの効力により、ファントム・イシュバーンのプレイヤー間で武具やアイテムを自由に取引できる “露店システム” において、その取引価格は毎回10億Rを超える。
それを、死んでもデスワープで復活出来るセイルに何の躊躇も無く使ったアロンだった。
「何でそんな貴重なアイテムを使うのですか!」
助けて貰ったというのに、非難するセイル。
もちろん、その価値を知っているからこそだ。
「貴女はファナの命の恩人であり、ボクらの仲間なんだ。死んでもデスワープが出来るとは言え、貴女の拠点は未だ “帝都” でしょ? ラープス村に戻るまでどれほど掛かると思うのですか。」
呆れるように告げるアロンに、ますます苛立ちが強まる。
「そんなの! 明日、ディメンション・ムーブで迎えに来てくれれば解決じゃないですか! むしろラープス村までの1週間くらい何てことも無いですよ!? エリクサー使うだなんて、あああああああっ!」
頭を抱えて悶絶するセイル。
だが、そんなセイルに抱き着く者。
ファナだった。
「セイル! 良かった……助かって良かった。」
「ファナ……。貴女が無事で良かった。」
ファナの無事を噛み締めるセイル。
そんな二人を眺め、ホッと息を漏らすアロンだった。
◇
「ボクが言いたいことはもう分かっているよね?」
「「ごめんなさい……。」」
未だプルソンの迷宮内。
宝物庫の転移方陣前で正座させられるファナとセイルだった。
そんな二人に、笑みを浮かべるアロン。
もちろん、鉄仮面越しであるからアロンの表情など分からない二人ではあるが。
「帰ったら反省会だな。」
ボソッと呟いたアロンの言葉に肩を震わせるファナとセイル。
「ごめん、アロン……。」
「すみませんでした。」
「まぁ、ボクももっと強く撤退を告げなかったのもいけなかった。相手がどれほど不味いかどうか、伝える術を皆で決めようか。」
さて、とアロンは続ける。
「そろそろ戻ろうか。きっと、ララ達も心配しているだろうね。」
そう言い、ファナの手を取って立たせるアロン。
しかし、セイルは正座したままだ。
顔色が悪く、未だカタカタ震えている。
「セイルさん? まだどこか痛むの?」
アロンの言葉にすかさずヒールを追加で掛けようとするファナだったが。
「あの、アロンさん!」
涙目で顔を上げるセイル。
声が異常なほど震えている。
「ど、どうしたのですか?」
「あ、あの! エリクサーの代金……私、一生かかっても返済します! なので、少し、待っていてはいただけないでしょうか……。」
ガクッと身体が傾くアロン。
次いで、「アハハ」と乾いた笑いが漏れる。
そんなアロンを信じられない!といった表情で睨む、セイル。
「笑いごとですか!? ……帝都の自宅に確か貯蓄が1億はあるので……とりあえず、それで。」
ブツブツと呟くセイルに、アロンは優しく告げる。
「必要ないですよ、セイルさん。」
「で、ですが!?」
「……言ってはなんですが、ボクがどれくらいエリクサーを持っていると思っているのですか?」
ヒッ、と息を飲みこむセイル。
恐る恐る、「どれくらい?」と尋ねる。
「ざっと。」
耳打ちするアロン。
目を丸々見開き、
「えええええええええええっ!?」
絶叫。
余りに予想外な数で、気を失いそうになった。
「そ、そんなに……。」
「まぁ、それだけ奴らには苦渋を舐めさせられたってことですよ。それに、ほら。」
アロンが指さす方。
そこは、すでに絶命して迷宮に躰を飲み込まれたドミニオンの残滓。
「え、あっ……、嘘っ!?」
「運が良いですね。」
拳大の黄金に輝く魔石と共にあったアイテム。
それは、エリクサーだった。
「主天使以上の天使系から、運が良ければドロップするんですよ。」
知らなかった事実。
余りのことに、口を大きくポカーンと開けるセイルだった。
「そんなわけで、たかが消耗品一つでとやかく言いませんよ。」
「た、たかが消耗品な訳がないじゃないですかー!」
こうして、トラブルも生じたがプルソンの迷宮を攻略したアロン一行。
予定通り、“転職の書” も入手することができ、さらなる高みへと目指すことを誓うアロンであった。
だが、アロンはドミニオンが告げていたことが、どうしても頭から抜けない。
(天空人……って、何だ?)
ファントム・イシュバーンでも、そのような存在は無かった。
アロン達がその “天空人” ならば問答無用で排除しようとしていた、ドミニオン。
しかも、その口から告げられたのは大神の存在。
“モンスターである天使が、大神と繋がっている?”
何とも言い難い不安を覚え、アロンは転移方陣へと乗るのであった。
◇
「アスマ様。プルソンの迷宮の管理をしていたドミニオンが殺されました。」
某所。
銀色に光る大小の箱が浮かぶ、庭園。
その中央。
煌びやかな椅子に座り、優雅にお茶を啜る銀髪少女。
ショートヘアに、頭には大きな紅いリボン。
幾重にも重ねたような着物を纏い、まるで人形のような佇まい。
だが、その正体は少女ではない。
覇国で信仰される “闘争神”
“連月大神” アスマサリバザザであった。
「ふぅ~。可愛い天使ちゃんを殺せるような超越者って、帝国にいたかな?」
お茶の香りと味を楽しみながら、笑みを浮かべて尋ねるアスマサリバザザ。
その脇に跪くのは黄金の兜を被り、黄金に煌く鎧を身に纏った六枚翼をもつ長身の女性。
天使系最上位 “熾天使” だ。
セラフは恭しく頭を下げ、答える。
「ミーア様の陣営に出現した、レイザーなる者くらいでしょうか。」
その言葉に、アスマサリバザザは、ふーん、と無関心のようだ。むしろ、天使がやられたという事実よりも気になることは……。
「あそこに隠していた禁書は?」
“禁書” の行方。
“アレは、特殊な条件が揃わねば人の手に渡るものではない”
そのまま安置されているだろうと考えながら、優雅に茶を啜る、が。
「持ち出された様子です。」
余りの驚きに、ブッ、とお茶を吹き出してしまった。
その吹き出されたお茶は、僅か先で震えるように跪く初老の男の頭に掛かる。
「あ、ごめん。覇王ちゃん。」
「い、いえ! 偉大な女神、アスマサリバザザ様の祝福でございます。この身、歓喜に震えている所存です!」
“何言ってるんだ、コイツ?”
怪訝な表情となるアスマサリバザザだったが、すぐさま余裕の笑みを浮かべ、
「そーよ。我が祝福、そなたに与えたもう。」
尊大に告げた。
「有りがたき幸せ!」と騒ぐ覇王を無視し、セラフに苦々しく告げる。
「まさか、天空人の生き残りとか言わないよね?」
「ご覧になられますか?」
「うん。見せて。」
セラフは徐に手を自らの右目に当て、ブチッ、と目を引きちぎる。
引きちぎったその目をグシャリと潰すと同時に、ボヤッと空間が歪み、薄暗い風景が映し出された。
それは、プルソンの迷宮のドミニオンが見た光景だった。
「……黒銀の鎧? こいつがレイザー?」
「いえ……超越者ではありますが、以前見かけたレイザーとは別種と見られます。」
潰した右目を再生させたセラフも首を傾げながら答える。
「ふーん。天空人では無いみたいだけ、ど……!?」
映し出される映像に、飛びつくように食い入るアスマサリバザザ。
「どうされました?」
「こいつの剣……まさか、グロリアスグロウ!?」
思わず叫ぶ。
しかし。
「……違う、か? 似せているが、奴の気配はない。精巧に似せた贋作か? 悪趣味だな。」
ホッ、と安堵の息を漏らす。
だが、屈強なドミニオンが成す術無く圧倒される姿を見て、さらに息を飲みこむのであった。
「……なによこいつ。強すぎない?」
「そう、ですね。この強さは異常です。彼女にオーダーされている超越者の域を遥かに超えている気がします。」
「ぶっちゃけ、セラフ。あんたよりも強い?」
震える声を悟られないように、悪戯な表情で告げるアスマサリバザザ。
それに「まさか」と答えるセラフ。
「御冗談を。七龍よりも強いと自負しておるのですよ? もちろん、私の相手ではありません。」
再びホッ、と安堵の息を漏らし笑みを浮かべる。
「そうよねー。ま、最悪はあんたを派遣してお仕舞いってか。……それよりも。」
空中からポットを取り出し、自ら追加の茶を注ぎながら眉間に皺を寄せた。
「こんな強い超越者を用意するなんて、エンジェちゃんはミーアちゃん贔屓しているの? ねぇ、覇王。」
突然、話を振られた覇王は跪きながら「ははっ!」と答える。
「おっしゃる通りかと!」
「まー、うちにはあの頭おかしい娘が居るからねー。このくらいの奴がいなくちゃ、面白くないよね。」
注ぎなおしたお茶を啜り、アスマサリバザザは嗤う。
「聖国のミリアータ。こちらのサブリナ。そして、少々役不足だったけどレイザーを超えるように見えるこの鎧の子。役者が揃ってきたね。」
底冷えする嗤いに、覇王はガタガタ震える。
それでも、アスマサリバザザは神の力を押さえない。
「くふっ。くふふふふ。戦争が益々激しくなる。そして沢山の人が死ぬ。いよいよ、大詰めね。」
少女に見える大神から溢れる、怒涛の神の力。
その横に、フッとセラフが立ち、アスマサリバザの肩にソッと振れた。
「アスマ様。それ以上は覇王が死んでしまいます。」
「おっと!?」
すぐさま神力を押さえた。
しかし、覇王は跪いたまま、泡を吹き出して倒れてしまう。
「あちゃー。やっちゃった。」
「全く……。どうして貴女達は興奮されるとそうなるのですか。少しは自重なさって……。」
「ごめんってばぁ! それよりもセラフ!」
慌てながらビッとセラフに指をさす。
「とりあえず、この鎧の子が何者なのか。貴女の配下を使って探って頂戴。たぶんミーアちゃんの隠し玉だとは思うけど、放って置いて良いかどうか調べて頂戴!」
「御意。併せて、この者たちが手にしたと思われる禁書の行方も調べさせましょう。」
「よろしく~。」
頭を下げたセラフは、横たわる覇王を抱え、一礼して姿を消した。
「はぁ~~。今日もお茶が美味しいわぁ。」
一人残るアスマサリバザザは、優雅に茶を愉しむのであった。
◇
(ふん。糞女神が、偉そうに。)
覇王の部屋。
未だ意識を取り戻さぬ覇王をベッドに横たわらせ、セラフは思わず呟きそうになった自身を、諌めた。
(恐らくアレが……アモス殿がおっしゃっていた “変革者” だな。)
口元を歪める、セラフ。
それは歪なこの世界を変革させる、まだ見ぬ存在。
(龍も動き出したそうね。つまりアモス殿もエンジェ殿も動き出したということか。さぁ、魑魅魍魎共が騙し、騙され合うこの現の世界、制するのは誰か?)
それは、壮大な遊戯。
嗤うセラフは、いずれその力を揮う日を待つ。
天使系最強、“熾天使”
討伐危険度、“SSS+”
集団討伐推奨レベル、900
“最強の天使”
龍すら屠る力を持つ美しい天使は、一人、世界の行く末を想うのであった。
次回、11月23日(土)更新予定です。