5-16 指標
VRMMOファントム・イシュバーンと、現実世界イシュバーンの共通項の一つとして、モンスターの “危険度” の指標が2種類あることが挙げられる。
“討伐危険度” と “討伐推奨レベル”
“ゲームの世界” であるファントム・イシュバーンでは、基本的な指標はプレイヤーのレベルであり、その多寡によってある程度の強さや、やり込み度が表せられる。
だが、それはあくまで一つの指標。
現実世界さながら、VR機器を身に着け自らの脳のシナプスに連動したような仮想現実ファントム・イシュバーンの世界では、レベルという指標よりも、職業や身に着けているスキルの多様性、装備している武具による攻撃属性や防御耐性、そして何よりも自らの肉体を動かすような世界観でのプレイヤースキルが物を言う。
さらに、レベルアップ時に得られるステータスポイントは自身の分身たるアバターに適したステータスに割り振りするのが基本。
近接系ならSTRやVIT。
魔法系ならINTやMDN。
当然ながら、モンスターによっては物理攻撃に強い者も居れば、魔法攻撃に強い者も居る。
敵に与える攻撃手段によって、または敵から受ける攻撃によって、撃破しやすい者もいればその逆も然り。
そんなゲームの世界で、『このモンスターはレベル〇〇あれば倒せる』など、気休めも良いところだ。
職業差による得手不得手、モンスターとの相性もあるなか、レベルによる指標は全くと言って良いほど参考にならない。
だが、それはあくまで『個人』で相手にする場合だ。
ファントム・イシュバーンでは、そのゲームの特性上 “パーティープレイ” が推奨される。
基本8種の職業がそれぞれ役割を担う中で互いにサポートしあい、冒険に駆け出すことが前提となっているのがファントム・イシュバーンというゲームだ。
その前提のもと、モンスターの危険度を現すレベル表記については、“個人でも討伐可能” と “最低でも4人1チームの平均レベルによって討伐可能” とされる指標が生まれた。
それが、
“単独討伐推奨レベル”
“集団討伐推奨レベル”
この二つの指標だ。
例えば、“単独討伐推奨レベル” 270のオーガジェネラルと “集団討伐推奨レベル” 250のカイザーウルフを比較した場合、どちらも討伐推奨レベルは近く、むしろ若干だがオーガジェネラルの方が上に見られる。
しかし、実力差で言えばオーガジェネラルはカイザーウルフの足元にも及ばない。
“単独でも倒せるか”、“集団で様々な戦法を駆使すれば倒せるか” の違いは大きい。
単純に、“集団” と定義されている推奨レベルのモンスターを “単独” で倒そうものなら、一般的には表記より1.2~1.5倍のレベルが必要とされている。
だが、これもあくまでも指標。
実際は相対する冒険者の純粋なレベルだけでなく、立ち回りを含めたプレイヤースキルによっても左右される。
そして、推奨されるレベルに応じた武具の等級。
装備も揃っていることが前提となる。
基準としては、討伐推奨レベル100までが上級装備、200を超えてくると最上級装備が要求され、300~400は最低でも勇者級、400を超えると少なくとも武器は英雄級であることが求められるのだ。
では、現実世界イシュバーンの民から見たらどうだろうか。
基本職しか居ないイシュバーンの民では、オーガジェネラルもカイザーウルフも等しく “災害級” のモンスターであり、その危険性には変わりは無い。
出現したら多くの民が命を失い甚大な被害が齎される。
そうした想定される被害度に応じ、モンスターを区分けする基準が “討伐危険度” だ。
この基準は、冒険者連合体に属する冒険者が、最適なチームを組んだ場合に “討伐できる” という想定で決定されている。
例えば、“討伐危険度B” の場合。ライセンス “B” 認定の冒険者が4人掛かりで相対した場合で恐らく倒し切れるという期待だ。
しかし、これもまた “ゲームの世界” と “現実世界” で大きな隔たりが生じる。
このイシュバーンに転生した超越者のジレンマ。
“レベルが上げにくい”
“スキル発動で要求されるSPが確保しにくい”
“最上級以上の武具が入手しにくい”
“現実世界” の歯痒い現実。
“ゲームの世界” ファントム・イシュバーンでも、冒険者連合体の依頼達成や貢献度に応じたライセンスナンバー制度が存在してはいるが、レベル等の指標に比べれば “オマケ” 程度のものだった。
なぜなら、上位職ならC~B、覚醒職にもなればA、極醒職に達すればS以上が当たり前だったからだ。
しかし、現実世界イシュバーンでは思うようにならない事ばかり。
この世界で冒険者ライセンスを “C” に達するだけで一苦労、“B” などほんの一握りしか存在しない。
帝国の現役冒険者の中で現在の最高ランクは “B” であり、しかも4人だけというのが良い証拠だ。
“討伐危険度” と “討伐推奨レベル”
どちらも、ファントム・イシュバーンの世界からの転生者である超越者が考え、決めた指標だ。
二つの指標から、どれほど危険で対処が難しいモンスターであるかの判断材料とする。
だが、現実世界イシュバーンの民から見れば……それを倒し切れるレベルに達することもなく、また強力な武具を持つなど敵わず、ただただ、蹂躙されるだけであった。
◇
「我の事を知っている? キサマ、超越者か。」
アロン達の目の前に現れた、青銀に輝く細身の全身鎧。
男とも女ともつかぬ奇妙に響く声で、尋ねてきた。
討伐危険度 “S”
集団討伐推奨レベル550。
ファントム・イシュバーン最強種 “天使系”
“主天使”
「だから、なんだ!」
驚き、身体を震わせるアロンが威嚇するように大声で答えた。
“あり得ない”
ファントム・イシュバーンで最高難易度を誇り、“ラストダンジョン” と比喩される【ベルフェゴールの大迷宮】の57階層のボスとして出現するモンスターだ。
難易度で言えば “中の下” である “プルソンの迷宮” に現れることは無く、仮に現れればそれだけで難易度、危険度が跳ねあがる。
それが、まさか目の前に。
しかも今、アロン達が居る場所は “宝物庫” だ。
“宝物庫は、モンスターが出現しない”
時折、ゲームのヒントらしき事を告げるモンスターが居座っている事もあるが、戦う事は叶わず、その立ち位置なNPCと同じだ。
そうした前提を覆し、今、極めて凶悪なモンスターが存在している。
(やはり……ファントム・イシュバーンとこの世界は違うな。)
道中、現実世界イシュバーンに何かしらの違和感と疑いの芽が生まれたアロンは、その疑惑を振り払うように思いを巡らせた。
だが、それよりも何よりも、この危機をいかに回避するか。
何故なら、アロンとセイル以外は純粋なイシュバーンの民なのだ。この場で殺されれば、当然ながらデスワープなど発動せず、命を失うことになる。
現在、アロンのレベルは678。
黒銀に輝く全身鎧は見た目装備だが、その裏は神話級の防具に包まれ、手に握る大剣はアロン愛用の最強武器、神剣グロリアスグロウ。
つまり、例え凶悪な天使系のドミニオンだろうと、アロン一人なら倒し切れる。
そう、一人なら。
今、この場にいるのはアロンだけではない。
妻のファナを始めとする仲間たち、7人も一緒なのだ。
ファナ達が装備する防具はどれも最上級止まり。
加えてレベルも、アロン以外は対ドミニオンの討伐推奨レベルを下回っている。
下手したら、ドミニオンが放つたった一撃で全滅だ。
それを守りながらの戦いになってしまうが、もしドミニオンが広範囲攻撃を仕掛けてきたら、いくらアロンでも守り切れるものではない。
「ア、アロン……。」
不安そうに呟くファナ。
今まで見た事も感じた事も無いアロンの様子から、目の前の天使のような全身甲冑モンスターの危険性を理解した。
「ファナ、皆、よく聞いてくれ。」
アロンは大剣を構え、目線をドミニオンに飛ばしながら語る。
「ボクが時間を稼ぐ。その隙に、あの転移方陣で外へ逃げてくれ。」
それは、ドミニオンの後方。
青く輝く直径3mほどの魔法陣だ。
迷宮攻略した後、ダンジョンの入口へと帰還できる転移方陣。
そこに飛び込みさえすれば、逃げ切れる。
つまりアロンにとっての勝利条件は、ドミニオンの攻撃を防ぎながらファナ達全員を外へ逃がし、それからドミニオンを撃破することだ。
しかし、転移方陣がドミニオンの後方にあることを考えると、かなり難しい。
何とかして、ドミニオンの意識をアロンだけに向けることも必要なのだ。
「そ、それじゃ……アロンは一人で!?」
叫ぶファナ。
愛する夫が一人残り、目の前の甲冑を相手にするというのだ。
「それが、全員が生還するための最善手なんだ。」
「そんな! 私も戦います!」
同じ超越者のセイルも叫ぶ。
ファナ達を先に逃がすのは賛成だが、アロンがたった一人で残ることは了承出来ない。
ファントム・イシュバーンでも遭遇したことの無い、最強種 “天使系”
しかし、その強さ、狡猾さ、そして厄介さはギルドの上位メンバーから聞かされていた。
いくらアロンが最強だろうと、現実世界イシュバーンではファントム・イシュバーンのような絶対的な強さにまで達していないだろう。
ならば、せめて “回復役”、“囮役” として役に立ちたい。
――自分は超越者。死んでも復活するのだから。
「いや、セイルさんは皆の殿を頼みます。」
セイルの考えが読めるアロンは、やんわりと拒否した。
仲間を逃がすため、その役割をセイルに委ねたのだ。
「アロン、さん……。」
「師匠……。」
不安がる仲間たちの声に応えるように、アロンは全身からオーラを立ち昇らせた。
戦士系覚醒職 “竜騎士” スキル “ドラゴニックオーラ”
毎秒SPを1,000ずつ消費するが、ATK、MATKを2割増とし、さらに敵対者が自身よりもレベルが低ければ、“威圧”、“恐慌”、“怯み”、“咆哮”、“鈍足” の効果を与えられる。
しかし、“天使系” は状態異常を全て無効とする。
加えて、属性攻撃に対する耐性も高い。
狡猾かつ多彩な攻撃手段までも誇る天使系。
故に、“最強種”
力を籠めるアロン、だが、ドミニオンは止めるように両手を上げた。
「待て待て。大神から委ねられた神聖な場で戦おうというのか。それはさすがに節操がないぞ、ニンゲンよ。」
「は?」
思わずドラゴニックオーラを弱めてしまうアロン。
だがすぐ、自分を戒めるように力を籠めた。
しかし、ドミニオンは両手を組んで、まるで戦闘する気が無い素振りを見せる。
「警戒しなくても良いぞ、ニンゲン。我はキサマらと戦う気は無い。まさかニンゲンの身でここまで辿り着けると思っていなかったからな。その偉業、賞賛に価する。」
「どういうつもりだ!?」
「天空人では無いのだろ? その剣、てっきり奴等の物かと思ったが精巧な偽物なんだな。なら、殺す必要が無い。しかもキサマは超越者だ。殺せぬ相手をどうやって殺すというのだ。」
溜息を吐き出し、呆れるドミニオン。
どうやら本当に戦う気が無い様子だ。
だが。
「天空人?」
聴き慣れない単語。
アロンだけでなく、ファナ達も首を傾げる。
だが、まるで聞いていないドミニオン。
独り言のように言葉を次々に吐き出す。
「天空人でないなら、禁書をどうしようと我が関与することではない。まぁ、ここまで辿り着いた者が現れたことくらいはアスマサリバザザ様に具申しておこう。誇ってよいぞ、キサマら。」
思わず息を飲むアロン。
“アスマサリバザザ”
それは、かつて邪神マガロ・デステーアから告げられた大神の1柱の名だった。
“この世界で繰り広げられる終わらない戦争の元凶”
“世界を盤上として人々を争わせるゲームに興じている”
“超越者をイシュバーンに招き入れている存在”
三大国それぞれで崇められる、三大神。
覇国で信仰される “闘争神”
“蓮月大神アスマサリバザザ”
「なぜ……モンスターが大神の名を?」
「ん? むしろキサマこそ何故、アスマサリバザザ様を大神だと知っている? 超越者とは言えニンゲンの身、しかもここは帝国だろ? 向こうの世界でもその御名は伏せられているはずだが。」
漏らしたアロンの言葉に反応するドミニオン。
僅かに殺意が漏れる。
しかし。
「……まぁ、御名を知っている程度でいきり立つ必要もなかろう。我はキサマらと戦う気が無い。失せろ。」
気怠そうに、組んでいた腕を外してパッパッと揮う。
「そうか。」
アロンも身に纏わせたドラゴニックオーラを消し、剣を降ろした。
その時。
「走れ!!」
『ガァアアアアアンッ!』
アロンの怒声。
同時に、神剣グロリアスグロウで突如攻撃してきたドミニオンを押さえた。
「キャアッ!! アロン!?」
「ファナ! 皆! 転移方陣まで走れ!」
再度、大声を張り上げる。
まるで殺意を感じなかったドミニオンが、突然襲い掛かってきたのだ。
それを察し、すぐさま剣で防いだアロン。
「キサマッ!? やるな!」
「そうくると思っていたからだ!」
イシュバーンにおける天使。
それは神学上、“神に仕え、悪魔を祓う存在” として崇められている。
最上位の熾天使を筆頭とし、人々に救いの手を差し伸べる慈悲の存在。
一説では、人々に宿る適正職業を、善神エンジェドラスからお告げとして授かり、人々に与える存在とも伝えられる。
それが常識だった、アロン。
ファントム・イシュバーンで、“天使系” と初めて相対した時は、モンスターとは思わなかった。
そして、まるでアロンに興味が無いように佇む天使。
帝国式の祈りを捧げ、先へ進もうとしたアロン。
その背後から突然奇襲を受け、殺された。
それも、一度や二度では無い。
出会った当初は、まるで殺意を感じず、神々しくもその場に佇むような天使系モンスター。
しかし一度隙を見せれば、まるで通り魔のように背後から刺してくる。
“油断大敵”
姑息かつ一体一体が強力かつ凶悪なモンスター。
それが、天使系という種族だったのだ。
「ここは神聖な場所じゃなかったのか?」
「恐れ多くも大神の御名を知るキサマを生かすほど、我は甘くはないぞ!」
『ガンッ』と硬質音を響かせ、距離をとる二人。
その直後、アロンは豪速でドミニオンとの間合いを詰めた。
「なにっ!?」
「“天誅殺”!」
剣士系覚醒職 “修羅道” 奥義 “天誅殺”
赤黒く輝く刀身に宿すは、闇属性と邪属性。
属性攻撃に強い耐性を持つ天使系だが、闇と邪の属性だけは通じる。
大振りに揮う剣が巨大な赤黒の死神の鎌のように剣閃を描き、ドミニオンを襲う。
しかし、その動きを読んでいたかのようにさらに後方へと跳ぶ。
ところが。
『ズオンッ』
「ぐがああああああっ!!」
振り上げた剣閃から赤黒の光りを放つ無数の刃となって前方に飛び交った。
数百にも及ぶ刃には、さすがのドミニオンも予想外。
青銀の甲冑にめり込むように刃が幾つも突き刺さった。
「今だ! 行け!」
再度叫ぶ、アロン。
アロンが放った絶大な力に度肝を抜き、その場で立ち尽くすようなファナ達は我に返り、アロンの叫びのまま転移方陣へと駆け出した。
「逃がすかぁ!」
だが、ドミニオンもまた強力なモンスターである。
アロン渾身の奥義とは言え、細かくなった刃を数十受けただけではまだ健在。
転移方陣へと走るファナ達を襲おうと、背の鉄の翼を広げて豪速で飛ぶ、が。
「“ダークネスホール”」
アロンの左手から放たれる、赤黒の頭大の光球。
一瞬、その光球が現れ消えたと同時に、豪速で飛ぶドミニオンの身体が赤黒の光に包まれた。
『バゴンッ』
ひしゃげる轟音。
赤黒の光に包まれたドミニオンは、飛ぶ勢いのまま地面に叩きつけられた。
「ゴ、ガッ」
躰の底から漏れる音。
思わぬアロンの魔法攻撃に成す術なくダメージを負い、その場に倒れ伏した。
「これが……アロンさんの本気。」
メンバーを転移方陣へと誘導するセイルは思わず呟いた。
今、アロンが放ったのは魔法士系覚醒職 “冥導師” のスキル “ダークネスホール” だった。
直線状に居る敵対者を赤黒の光球で覆い、回避不能の邪属性・闇属性のダメージを与える凶悪な魔法。
発動の瞬間は、使用者の目の前に一瞬現れるような光の球。
これが消えた瞬間、攻撃範囲に居る敵対者は個別に光に包まれ、ダメージを負う。
ファントム・イシュバーン内で、最も発動の瞬間が読み辛く、最も回避し難いスキルだ。
“最強職業は、魔法士系”
そう言われる理由が、覚醒職 “魔聖” と “冥導師” のスキル。
“奥義・ミーティア” と “ダークネスホール” の存在だ。
超広範囲かつ超威力のミーティア。
回避がほぼ不可能かつ威力も高いダークネスホール。
しかし、強力なスキル発動は、大量のSPが要求される以外にも、大きなリスクや隙が付き物。
ダークネスホールは発動の瞬間は読みづらいが、術者から見れば『発動まで時間が掛かる』癖の強いスキルなのだ。
もし、このスキルの発動を早めようとするなら、魔法士系上位職 “呪術師” のスキル “呪術師の隷属” の効果の一つである “スキル発動速度向上” が必須だ。
この常時発動能力を展開していなければ、延々と詠唱をしなければならなくなる。
加えて、ダークネスホールが “最強の魔法士” と呼ばれるに値するだけの十全な威力や効果範囲を求めるなら覚醒職 “魔聖” の “魔聖解放” と “聖属性追加” までも要求される。
当然ながら、この二つのスキルと掛け合わせると必要SPがとてつもないことになる。
加えて、ダークネスホールは奥義ではないにも関わらず、発動後のチャージタイムは1分も必要となる。
それでも、アロンが “冥導師” の奥義 “深淵なる触手” を選ばず、ただのスキル “ダークネスホール” を選んだ、理由。
「いつか、お前らを斃す日が来ると思っていたからな。」
地面に横たわるドミニオンを見下すように告げるアロン。
ダークネスホールを選択した理由。
それがまさに、目の前で横たわる “天使系” の存在だ。
ファントム・イシュバーンで、アロンは “天使は凶悪なモンスター” という認識が嫌というほど植え付けられた。
現実世界のイシュバーンで天使に遭遇した時、当然ながらゲームの世界であるファントム・イシュバーンとは違い、神学通り人々を救い、導く存在である可能性もあった。
そう、あくまでも可能性だ。
もしも、天使がファントム・イシュバーンと同じく人類の脅威に成り得るなら、それは、超越者と同じイシュバーンの民にとって害となる存在だ。
その天使系にとって有効な手段。
攻撃範囲が広く、“呪術師の隷属” と掛け合わせることで発動速度が速まり、狡猾かつ動きの素早い天使が複数相手でも一気に巻き込むことが出来る魔法。
それが、ダークネスホールだった。
「グ、ギッ。キサマ……ただの、超越者では、ないな?」
苦悶の声を上げるドミニオンはすぐさま翼を広げてその場から離脱しようとする。
『ズバンッ』
「ぎゃああああああっ!」
飛び跳ねた瞬間。
チャージタイムを終えた奥義 “天誅殺” を再度食らわせた。
しかも今度は、避けられた時に分裂した細かな刃ではない。
正真正銘、凶悪な奥義の一撃だ。
その一撃を読んで空中で避けようとしたドミニオンだったが、わずかに遅く、左の翼と腕、そして両足が吹き飛んだ。
バランスを崩し、そのまま地面に叩きつけられる。
「お、のれ……。」
「あのまま見逃してくれれば、良かったんだがな。」
当初、ドミニオンが告げたように “戦う気” が無ければ、アロンも応戦するつもりは無かった。
しかし、相手は狡猾な天使系。
警戒を最大限にするアロンを前に、寝首を掻こうとしたことがドミニオンの失敗であったのだ。
「アロン!」
「アロンさん!」
転移方陣から響く声。
どうやら、ファナとセイルを除く5人はすでに転移方陣で外へと移動した様子だった。
残る二人。
セイルは元より全員を逃がすまで残るつもりだった。
しかしファナが、頑なに残ると言って聞かなかった。
レベル500を超えるファナ。
何かあれば、アロンの手助けになると思った。
それよりも、愛する夫を一人残して先に戻るなど、彼女には出来なかった。
だが、それこそ裏目に出るというものだ。
「なっ!?」
驚愕するアロン。
“何で逃げなかった!?”
“今すぐ逃げろ!”
その叫びの前に、ドミニオンが動く。
鉄仮面がグニャリと歪み、口元が裂けた。
「しまっ……」
“しまった”
叫ぶ前に、動くアロン。
“ディメンション・ムーブ” で、横たわるドミニオンの背後へ動き、その首を跳ねようと剣を揮う。
しかし、一瞬。
ほんの一瞬。
ドミニオンの方が、早かった。
ドミニオンの首を刎ねようと神剣グロリアスグロウを揮うアロンが見た光景は、横たわるドミニオンの口から放たれる、渾身の “ホーリーレイ” だった。
光速の閃光は立ち尽くすファナとセイルの身体をつき破らんと、迸る。
そして。
『ドシュッ』
ドミニオンの首を刎ねたアロンの目に映ったもの。
無情を告げる鮮血が、舞い散るのであった。
次回、11月19日(火)更新予定です。