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5-15 迷宮攻略

【プルソンの迷宮】

“地下29階 セーフティゾーン”



「皆、準備はいい?」


アロンは黒銀の鉄仮面を被り、立ち上がる。

その言葉にそれぞれ頷き、同じように立ち上がった。




地下16階のセーフティゾーンで1泊したアロン一行は、その後順調に階層を下へ下へと進んだ。


道中、他の超越者にはあまり知られていない隠し部屋で、“勇者級” の片手剣と同じく勇者級の “杖” を入手し、リーズルとオズロンの戦力増強に繋がるといった事もあった、が。


『こんな細かいところまで覚えているんだ……。』


半ば呆れるセイル。

アロン曰く『ラープス村の近くのダンジョンだったから』との事だが、それでも彼の知識、記憶の深さに感銘を覚えるのであった。


道中で出現するモンスターは、見慣れたオーガジェネラルに盾のような甲羅を背負うシェルタイガーの進化系、アーマータイガーといった討伐危険度Bクラスの災害級モンスターばかりだ。


しかし、プルソンの迷宮に潜ってからの連戦によって鍛え上げられたリーズル達の手により危なげ無く撃破して突き進むことが出来た。


“シュテンドウジとの死闘で、レベルだけでなく精神面でも大幅に強くなった”


これはリーズル達だけではない。

アケラとガレットの2人の成長も著しい。


普段は村の運営で忙しくダンジョン潜入がままならない村長アケラと、アケラの護衛を積極的に行っているガレットは、リーズル達に比べてレベルが低い。

だが時間を見つけては二人で特訓をしていたため、スキル練度で言えばリーズル達と遜色は無い。


しかも、魔法士と重盾士という相性抜群のコンビ。


持ち前のフィジカルを活かしたガレットが突進とガードでモンスターを抑え込む間に、アケラは素早く詠唱して強靭な魔法の一撃を食らわせる。


“攻撃でしかモンスターを抑え込むしかない” 剣士リーズルと、リーズルが斬りつけて怯むモンスターの僅かなタイミングで魔法攻撃を放つ、といった戦法を取り続けているオズロン・セイルの3人コンビに比べ、ガレット・アケラの2人コンビの安定感は遥かに上だ。


加えて、そこには薬士系上位職 “狩罠師” のララが加わっている。


主にララは、すでにジョブマスターとなった上位職 “高薬師” のスキル、攻撃力増加、防御力増加と効果のあるクリエイトアイテムスキルでサポートしているが、これもまた二人と相性が良い。


現在、ガレットの適正職業は重盾士系上位職 “盾将”


盾将のスキル一つ “ディフェンシブタックル” は、盾を構えたまま豪速で直線に突き進み敵にタックルを食らわす技だが、その威力は ATK(攻撃力)DEF(防御力)を加算させ、さらにAGI(素早さ)数値の1%を掛け合わせるものと、それぞれの数値が高ければ高い程、絶大な破壊力を生み出す。


ガレットは、アロンに告げられた “AGIを上げる鍛錬” を愚直に繰り返し、またアケラとの特訓でさらに底上げを続けているため、ガレットが放つ “ディフェンシブタックル” の威力はメンバーの中でアロンとファナの攻撃を除けば、最も威力が高い。


そこに、ララの攻撃力・防御力増加スキルで底上げされれば、並みのモンスターはひとたまりもない。


プルソンの迷宮に出現するモンスターの殆どが、このガレットの一撃で体力の4分の3以上を削り取られ、さらにアケラの強靭な一撃が降りかかってくる。


リーズル達は、あれだけ苦戦したオーガジェネラルが、ガレット、アケラの連携によるたった二発の攻撃で沈む姿を目撃して、何とも言えない気持ちになるのであった。


『相性の問題もあるからね。』


アロンのフォローの言葉があるとは言え、悔しい気持ちでいっぱいのリーズル達はさらなる鍛錬を誓うのであった。




こうした中、順調に最下層手前の地下29階まで辿り着いた。


この下、最下層である地下30階には、プルソンの迷宮のボス、一つ目巨人 “キュクロープス” が居る。


“討伐危険度A”

“集団討伐推奨レベル300”


単独(・・)討伐推奨レベル270のオーガジェネラルとは格が違う、まさに迷宮の主と言うべき凶悪なモンスターだ。


地下29階に辿り着き、そのまま突入するかと思いきや。


『少し離れたところにセーフティゾーンの部屋がある。今日はそこで一泊しよう。』


意外や、慎重な判断を告げるアロンだった。

薄暗い迷宮内では中々時間の感覚が掴めないが、地下16階から地下29階まで辿り着くのに、すでに10時間以上経過している。


順調に階層を進めたこと。

強靭な武器を手に入れられたこと。


ある意味、気分が高揚していた面々であったが、アロンの一言で身体の疲れを認識したと同時に、一斉に腹の虫が『グゥ~』と鳴り響いたため、提案通り休息時間とした。


……腹の虫が鳴ったのは男性陣のみだ、とファナとララが騒ぎたてたというトラブルは、別の話だ。





地下29階のセーフティゾーン。

16階とは違い、入口がぽっかりと空いた普通の穴倉だった。

広さは約40畳ほどあり、テントを4張広げても問題は無かったが……。



『ズン、ズン、ズン』


準備を整えたアロン達に、まるで気付いていないように入口の外を横切るオーガジェネラルだった。


「……何度見ても、慣れないね。」


ブルッと震えるララがぼやく。

隣のリーズルもうんざりした表情で首を縦に振った。


「そうだね。あの足音で何度も目が覚めたよ。」


師匠(アロン)曰く、“セーフティゾーンには、絶対にモンスターは入ってこない” そうだが、それでもポッカリと大きく開く入口を横切る凶悪なモンスター達を見ては、毎回震えあがり、警戒する面々だった。


「どうして、私たちに気付かないのでしょうか?」


現実世界イシュバーンも、“ゲーム” のファントム・イシュバーンと同じようにモンスターが侵入してこないセーフティゾーンの仕様に、首を傾げるセイル。


「何か秘密があると思うのですが……。さすがに分かりませんね。」


昨日、初めて “現実世界イシュバーン” に対する疑問を抱いたアロンも同じように呟く。

ファントム・イシュバーンでは、ゲームであったため “そういうものだ” と思っていたし、そもそもファントム・イシュバーン自体が現実世界イシュバーンの “模倣” のため、様々な差異はあっても世界に広がるルールは同じだろう、と思い込んでいた(・・・・・・・)


だが、考えれば考えるほど、違和感が沸き起こる。

ここまで、“ゲーム” と同じ状況であることに。


“外” は当然ながら、ゲームとは違う。

全てが現実だからだ。


だが、迷宮はどうか?

侵入する自分たちは、当然生身。


しかし迷宮の構造も、現れるモンスターも、倒せば消えること、ドロップアイテムが出現することも、全てが同じ。


さらに、アロンが扱える書物スキル “ディメンション・ムーブ” を使用しての迷宮への侵入が不可だったことも同じ。

ディメンション・ムーブで入ることは出来なくても、同一フロア内なら使えるという “前情報” 通りであることも同じ。


……試す気は無いが、アロンが死んでデスワープが発動した際、迷宮で得た経験値は無かったこととなり、レベルも底上げしたステータスポイントも、迷宮侵入前に戻されることも同じだろうと考える。


唯一、得ることが出来たJPは残る。

それによって練度を高めたスキルだけは、そのままなのだろう。


そしてまた “前情報” とおり、ダンジョン内で “転職の書” を使って転職をしたとしても、デスワープ発動でも元の職業には戻らず、転職が有効であることもきっと同じなのだろう。


“経験値だけが、初期化される”


神学上、敵やモンスターを倒して得られる経験値は、倒した相手の “生命力” だとしている。

倒す事で適正職業に宿る神の力が働き、自然にその生命力を取り込んで自らの存在の “格” を高めるのだと謂う。


だからこそ、死ねばその生命力は自分を殺した相手に奪取されるのだ。


しかし超越者はどうか。

死なぬ、復活する身。


復活後、迷宮内で得た “生命力(経験値)” を、何故か喪失する。


自らを殺した相手に “生命力” を奪われるから?


――それでも、自らが得た “経験値” は自らのもののはずだ。



何故なら、ファントム・イシュバーンでは迷宮外でデスワープが発動しても “経験値” を失わないからだ。



迷宮だけに作用する、謎の現象。



「考えても、答えなんて分からないよな。」


モンスターが、セーフティゾーン内のアロン達に気付かないことも。

失われる経験値についても。


ファントム・イシュバーンと、現実世界イシュバーンに存在する同じ迷宮に、違いが見られないことも。



「さぁ、行こう!」


違和感を振り払うように、明るく告げるアロン。


「おお!」


リーズル達も、自らを鼓舞するように応える。

いよいよこの下の階層に辿り着き、そこに鎮座するボスを倒せば――。


“迷宮踏破” というイシュバーンの民にとって憧れの、英雄の仲間入りを果たせる。





「さて、手筈は先ほど伝えた通りだ。」


地下30階へ続く大きな扉の前。

この扉を開け、下へと進めばいよいよ主の間だ。


その前にアロンが再度、連携について確認をする。


「まずセイルさん。全員に “サンクチュアリ” を。そしてララはクリエイトアイテムスキルの鬼力薬と鋼体薬をリーズル、ガレットに。」


「はい。」

「オッケー!」


自分の役割を噛みしめるように返事をするセイルとは対照的に、あどけなく明るく告げるララであった。

あまり緊張感の感じられないララに苦笑いしながら、次いでアロンはリーズルとガレットへと顔を向ける。


「最初はリーズルとガレットの二人で前進。この時、それぞれ左右に別れて横から迫るように。決してキュクロープスの正面に立たないこと。」


「「おう!」」


笑顔で応える二人。

気負ってもなければ、怯えてもいない。

良い精神状態だ。


続いてオズロンとアケラ、魔導師の二人へと顔を向けた。


「キュクロープスは、必ず目線を飛ばした方へ攻撃を仕掛ける癖がある。目線の動きを読んで向かって右を向いたらオズロンが、左を向いたらアケラ先生が、それぞれ “サンダーボルト” を放ってください。」


「「分かりました。」」


「片方のサンダーボルトが当てられたら、もう片方はそのまま待機。ファントム・イシュバーンと同じなら、キュクロープスは必ず持続ダメージ “電撃” 状態になる。すると奴は、眼力スキル “解除の波動” を放ってくる。電撃解除に合わせ、近くにいるリーズルとガレットに掛かっているバフスキルが全て解除されると思うから、素早くリーズルとガレットは離脱。波動が終わったところで、オズロンかアケラ先生のどちらかの、サンダーボルトを食らわしてください。」


そして、とアロンはセイルを見る。


「留めはセイルさんです。奴の目を狙い、全力で “ホーリーレイ” を食らわせてください。ファナの “アタックカバー” とララの “鬼力薬” でバフを盛り込めば、恐らく一撃で撃破出来ると思います。」


「は、はいっ!」


緊張の走るセイル。

それもそのはず。

ファントム・イシュバーンでも、ボスモンスターの留め役など任されたことが無かったからだ。


しかも、ここは現実世界。

否が応でも気負ってしまう。



セイルの緊張を察し、アロンは明るい声で続ける。


「恐らく、皆の連携で最速で倒せるのは今言った方法だ。だけど、もちろん失敗することもある。」


沈黙。

しかし、「大丈夫」と呟いてアロンはさらに続けた。


「失敗しても大丈夫。再度立て直し、何度も挑戦しよう。危険な攻撃は全てボクが防ぐ。……それでも本当に危ない時は、ファナが倒す。」


そう言い、アロンは隣に立つファナの肩に手を優しく乗せた。

その手筈を聞いていたはずだが、ファナは顔を真っ赤にさせて「ヒャイッ!」と裏返った声を上げるのであった。


「ぷっ。」

「ふふっ、今の何? ファナちゃん。」


笑うセイルとララ。

リーズル達男性陣も手を口に当てて笑いを堪え、元教師のアケラも肩がプルプルと震えている。


良い感じに全体の緊張感が解れた様子だ。



「さぁ、行くぞ!」



大きな扉に手を掛けるアロン。

観音扉は『ギギギギギギギ』と、鈍い音を立てて開かれた。


そこは、今までの階層とは違う、人工物の大きな階段が広がり、両脇の壁には魔石が埋め込まれ、灯りが煌々と輝いている。


すると。



『ゴガアアアアオオオオオオオオオ!!!』



階段に響く、咆哮。

思わず全身を身震いさせる面々だった。


「どうやら、お待ちかねのようだね。」


にこやかに告げるアロン。

そのまま、一歩一歩階段を下るのであった。





『ゴアッ、ギガッ、グアアアアッ』



地下30階。

天井の見えない大広間に、体長10mはあろう巨体の一つ目巨人 “キュクロープス” が1体、佇んでいた。


茶色い身体に、筋肉隆々とした体躯。

特徴的なのは一つ目だが、併せて人間のような首がなく、身体の鎖骨部分からせり上がったような瘤のような頭。

その手には、キュクロープスの身体程ある巨大な鉄の棍棒が握られている。


「う……わ。でけぇな!」

「予想以上だぜ!」


セイルの “サンクチュアリ” とララの “鬼力薬”、“鋼体薬” を掛けられたリーズルとガレットが叫ぶ。


オーガジェネラルも遥かに巨大な相手であったが、キュクロープスはその倍はある大きさ、しかも手に握る棍棒は、一撃でも喰らえば肉片に変えられてしまう悍ましさしか感じない。


「さぁ、手筈通りに!」


リーズルとガレットの恐怖を打ち消すかのように、アロンの鼓舞が響く。

二人は互いに目線を飛ばし、一つ頷くと左右に別れて駆け出した。


『グゴッ!?』


自らの巨体、そして咆哮で震えあがっていたはずの豆粒のようなニンゲンが、恐怖も宿さずに駆け出しただけでなく、それも左右に別れて突撃してきたことに戸惑うキュクロープスだった。


しかし即座に、狙いを定める。

自らの、右側。


鎧に包まれる、頑丈そうなニンゲン。


つまりアロン達から見て、左側を駆け出すガレットに目線を向けたのだ。


『ガオオオッ!』


大きく振り上げる鉄の棍棒。

その鉄槌がガレットの身体をすり潰さんとする、が。



「“サンダーボルト”!!」



アケラ渾身の、サンダーボルトが迸る。

紫電に輝く雷は真っ直ぐ突き進み、振り上げた状態のキュクロープスの身体にクリーンヒットした。


『ギギャオアアアアアッ!』


叫ぶキュクロープス。

バチバチ、と体躯を覆う電撃の光が体力と行動を奪い始める。


「はぁっ!」

「とりゃあっ!」


その隙に、リーズルとガレットがキュクロープスの足を傷付けた。


一瞬、倒れそうになるが踏み込む。


それは、わずか一瞬。

ギロリと大きな目を見開き、魔法を放ったアケラを睨んだ。


標的を変えた。

しかし、まずは身体を襲うこの雷だ。


キュクロープスは、グワッと目をさらに見開き、怪しい緑色の光をストロボフラッシュのように放った。


“解除の波動”


巨体に迸る電撃が消えると同時に、近くにいたリーズルとガレットの身体を覆っていた白と赤、そして青の光のベールが霧散するように消えてしまった。


その瞬間、踝を返し後退する二人。

意外な行動を取るニンゲンの動きに、アケラに狙いを定めようとしていたキュクロープスは、僅かに混乱した。


「“サンダーボルト” ォ!!」


その一瞬の間隙。

オズロンは魔導師スキル “魔導士の心得” によって底上げされた全力のサンダーボルトを放った。


“この一撃でも倒し切る” そのつもりの、一撃だ。



『ガアアアアアアアアアッ!!』



苦しみ悶えるキュクロープス。

走る電撃に、焦げたように躰中から煙を上げるが、まだ健在。


キュクロープスは、再度掛けられた “電撃” をかき消そうと目を見開いた、ところ。



「“ホーリーレイ”!!」



セイルの叫びが、空間に響く。

手の平から発動するは、光速攻撃ホーリーレイ。

白く輝く一閃は、見開かれたキュクロープスの瞳を的確に捉えた。


『バシュンッ!』


ファナとララのスキルによって更に底上げされたホーリーレイは、普段の全力で放つ光線よりも3倍は大きい。


その閃光が、キュクロープスの頭部分を覆うと同時に甲高い破裂音が炸裂した。



『ボフッ』



頭部分から立ち上がる煙。

それが晴れて見えるは、頭部を失ったキュクロープスだった。


『ドズウウウウウンッ』


絶命したキュクロープスは、重力ままに地面に叩きつけられる。

そして徐々に青白い光に覆われ、その体躯は迷宮へと吸い込まれていく。


残るは、真っ赤に光る人の爪先ほどの魔石と、人の頭部大の眼球のような宝玉だった。



「や、やっつけちゃった……。」


沈黙を破るように呟くは、セイル。

アロンに言われた通りだったが、遥か格上のモンスターの留めという大役を果たした。


「よっしゃあああああっ!」

「やったぜぇぇぇぇ!!」


さらに。

大声を張り上げて飛び跳ねるリーズルとガレット。


攪乱、足止めがあったからこそ、成功した作戦だ。

キュクロープスの “解除の波動” を受けた時は一瞬、死の恐怖が過ったが、それぞれの役目を問題無く果たせた。


「よもや……あんな御伽噺に出てくるモンスターを退治出来る日が来るなんてね。」


その場に座り込むアケラがぼやく。

成功したとは言え一瞬でもミスがあればかつての教え子、今となっては村にとって無くてはならない貴重な人材であるガレット達を失うことに繋がった恐怖が沸き立ち、腰を抜かしてしまった。


「先生!?」


そんなアケラに気遣うは、喜び飛び跳ねたガレット。

すかさずアケラの元に駆け出し、真剣な表情で手を取った。


「大丈夫ですか!?」


「あはは。情けないところを見せてしまいましたね。……無事で何よりです、ガレットさん。」


仄かに頬を赤らめたアケラが笑顔で応える。

その表情に、頭の先まで真っ赤に染めるガレットだった。



「はぁ、やれやれ。……それにしても凄い威力でしたね、セイルさん。さすがです。」


渾身のサンダーボルトでも倒し切れなかった事に、自らの不甲斐なさを痛感するオズロン。

恐らく、セイルに掛けられたバフがあったとしても、自分の一撃では倒し切れなかったのだろう。


――だからこそ、留めはセイルだった。


セイルのことを一方的にライバルと思っているオズロンは、素直にセイルを労った。

その言葉に、キョトンとなるセイル。


「えっと、ありがとうございます。オズロンさん。」

「何でそんな反応なんですか?」


憮然顔。

その表情を見てセイルは思わず、ぷっ、と漏らして笑ってしまう。

ますます眉を顰めるオズロンであった。


「……なんですか?」


「ううん、ごめんなさい。いつも憎まれ口を叩くオズロンさんから褒められるなんて、思いもしなかったのですから。」


笑うセイルに、カーッと顔を赤く染めるオズロンだった。


「し、失礼ですね! 私がいつ貴女に憎まれ口を叩いたというのですか!」


「え、自覚していないの!?」


さらに笑うセイル。

グッ、と更に文句を言おうとするが、それ以上にオズロン自身も笑いがこみ上げてくる。


「く、くふふふっ。あははっ! そう言われればそうですよね。」


「でしょー! たまには褒めてくださいよ!」


笑い合うセイルとオズロン。

傍から見たら仲睦まじいカップルだ。



「リーズルさん、その怪我!?」

「へ? ああ、これか。」


リーズルの元に駆け出したララが見たのは、少し焼け焦げたリーズルの腕。

実は、オズロンのサンダーボルトが発動する前に即座に離脱したのだが、オズロン渾身の魔法の攻撃範囲が予想以上に広く、少し掠ってしまったのだ。


……同じようにガレットも喰らっていたのだが、高い魔法防御力を誇っていたために掠った程度ではノーダメージだった。


しかし、素早く敵を切り裂くことに特化したリーズルは別だ。むしろ、それだけ素早い動きが出来るからこそ、リーズルは掠る程度で済んだのだ。


「“ポーションシャワー”!」


ララの手の平が生み出す、クリエイトアイテムスキル “ポーションシャワー”

ポーションの効果を広範囲に広げ、さらに “SP割合発動” で威力を底上げできる、薬士系HP回復スキル2種のうちの、一つだ。


ただしこのスキル、ポーションを持ち込む必要が無くなる……という訳にはいかず、普通に発動してはポーションよりも回復力が低く、ポーション以上の回復量を確保するためにはそれだけSPをつぎ込まねばならないため、どちらかと言えば “応急的”、“緊急的” なスキルという、微妙なものだ。

しかし、ララは手持ちのポーションをリーズルに振りかけるよりも、こちらを選択した。


――恋する乙女は、自分の力で癒したかっただけだ。


見る見ると傷が塞がるリーズルの腕。

それをまじまじと見るリーズルだが、目線は腕ではなく、ララだ。


「あ、ありがとう。ララちゃん。」


「良かった……。あ、や! 別にリーズルさんが心配で掛けたわけじゃないんですからね!」


顔を真っ赤に染めて目線を背けるララ。

その気持ち、バレバレである。


頭を掻きむしりながら、リーズルは改めてララに笑顔を向けた。


「ありがとう、ララちゃん。」


「……どういたしまして。」




「何か……良い感じにカップル成立しそうね。」


コソッと笑顔で紡ぐファナ。

その言葉に、アロンは「う、ん」と微妙な返事だった。


ガレットがアケラを想っていることは知っている。

そして兄としては微妙だが、妹ララがリーズルに熱を入れていることも何となく理解している。


前世とは違い、リーズルはアロンを “師匠” として慕い、さらに自身も村に残って護衛隊の副隊長としてガレットと共に活躍している。

特に、リーズルは同年代や若い子供たちに修行を付けてあげるなど面倒見が良く、その姿勢から村の男たちからの信頼が高く、何より村一番と謂われる美男子で女性陣から圧倒的人気を誇っているのだ。


“ラープス村一番の人気者”

それが、リーズルだ。


……前世では、“顔が良いだけで偉ぶる、鼻もちならない奴” と村の男性陣がこぞって彼を嫌っていたこと、同学年のガレットやオズロンとも仲が悪かった事を考えると、その人間性はまるで別人。



これは、ガレットやオズロンにも言えることだ。


ガレットは、村一番の力持ちであることは前世も同じだが、加えて “暴力に訴える粗忽者” として村中から嫌われていた。

彼の父や腕利き大工の叔父、ガゾットが人格者であるからこそ、余計に彼の粗暴さが目立っていた。


それが今世、リーズルと親友にして良きライバルの関係を築き、共に護衛隊副隊長として一生懸命働く。

多少頭の弱いところもあるが、それでも今世惚れたアケラの指導の元で子どもたちに多少勉学も教えられるほど効果が現れている。



オズロンは、相変わらずインテリぶって他者を見下す素振りもあるが、それでも前世のそれと比べれば相当ましだ。


村一番の天才であった彼は、その頭の良さから他人を酷く見下し罵る素振りがあった。

中性的な顔付きであるため、黙っていれば良い男なのだが、どうしてもその口の悪さと態度が目立ち、特に村の大人たちから嫌われていた。


前世では帝都へ向かい、財務庁職員を目指した。

だが、その難儀な性格から周囲との軋轢が絶えず、実は帝都入りしたリーズル、ガレットなど若者の中で、最も早くラープス村に戻ってきてしまったのだ。


――その直後、レントール達の襲撃に遭い彼もまた命を失ってしまったのだが。


ところが今世では村に残り、アケラの村長業を献身的にサポートする傍ら学校の教員としてその深い知識と魔法士としての高い技術を、惜しげも無く子どもたちの指導に費やしている。


少々プライドが高いきらいもあるが、面倒見の良さから同じ教員たちからの信頼は厚く、また学校に通う子どもたちからの人気も絶大だ。



『それは全部、アロンのおかげだよ。』


以前、アロンは前世と今世の違いを、ファナに告げたことがある。


――前世と同じようにファナと結ばれたが、今世、絶大な力を持って転生したアロンの存在によって、周囲の人間関係が様変わりした、と明らかにしたのだ。


もちろん、リーズル、ガレット、そしてオズロンの3人が、前世、帝都に移る前にこぞってファナに求婚したことも明かしたのだ。


その事実に、大笑いするファナ。

出てくる言葉が『あり得ない』『考えられない』『私って魔性の女だったの!?』と、最後の台詞に至っては少し憤っていた。


前世のアロンを知らないファナは、当然自身の前世など知る由も無い。

彼女によって “今世” が自分の人生。

そのためリーズル達の変貌など知る由も無いし、彼らがファナに惚れ込んだなど与太話も良いところ。


ラープス村が若手に溢れ、好循環に好景気となる背景。そして多くの若者が村に残る理由が、アロンに憧れてというものだ。


“アロンを中心に、ラープス村が回っている”


それは事実である。

その中心人物こそ、自らの夫アロンである。

これが誇らしくないわけが無い。


“アロンのおかげ”


これはファナの主観だけの話ではない。

村長のアケラも、リーズル達も、村人たちも、全員が思っていることだ。


そんな彼は、自らの力を誇示することも、他者を見下すこともしない。

ただ愚直に、ラープス村の住人として居るだけだ。


朝早くから大切な畑を耕しては良い汗を流し、学校へ向かう子どもたちに笑顔で挨拶を交わし、道行く大人や年寄りと談笑を交わす。


どこにでも居る、普通の村の青年。

それが、アロンだ。



そんな普通の村人アロンが、微妙な声を漏らした。

それは、今さっきファナが告げた “カップル”


「ガレットはまぁ、ボクも応援しているし何となく先生もまんざらな様子では無いのは分かる。だけど……ララは。」


「もう。ララちゃんの気持ちは知っているでしょ? お兄ちゃんとして、そこは応援してあげなくちゃ!」


ニコニコ笑いながら肘鉄をするファナ。

ぐっ、とアロンは言葉に詰まる。


やはり、兄として微妙だ。


そしてもう一組。


「オズロンとセイルさんは……あると思う?」

「私はあると思うな。」


ライバルのような、仕事の関係の二人。

果たして、その予想通りいくのか、どうか。


「オズロンも、モテるからなぁ。」





「さて、この奥の部屋が最後だ。」


キュクロープスのドロップアイテムを回収したアロン達は、部屋の中を真っ直ぐ進むと、すぐさま神々しい扉が見えてきた。


いよいよ、プルソンの迷宮の最奥だ。


ファントム・イシュバーンでは、この奥の部屋が “迷宮の宝物庫” となっている。

いくつか貴重なアイテムが手に入り、そして特殊報酬である “転職の書” が手に入るはずだ。


……“手に入るはず” というのは、アロン自身が入手出来たわけではなく、ファントム・イシュバーンの攻略サイトからの情報だからだ。


何故なら、アロンはファントム・イシュバーンでは常にソロプレイで動いていたため、“パーティー6人組で完全攻略する” という条件は、端から達成できる事ではなかった。


“迷宮の宝物庫” のさらに奥には、地上へと出られる転移方陣がある。

それで移動することで、迷宮攻略達成者として認定されるのだ。


ファントム・イシュバーンでは、攻略した迷宮一覧がステータスの別覧として眺める事が出来た。

そしてそれは、プレイヤーランキングにも反映されるポイントとしても採用されていた。


ファントム・イシュバーン迷宮攻略ランキング。

堂々の1位は、アロン。

攻略数、56(内、大迷宮4)


ちなみに2位は、聖国の “大賢者” ミリアータ。

そして、同率で帝国の “剣聖” レイザー。

攻略数、19(大迷宮は無し)


1位と2位との大きな開き。

それだけ、アロンはファントム・イシュバーンで “強くなるために” 動いていたという証であった。




『ゴゴゴゴゴゴゴ』


アロンが両手で押す事で開かれる観音扉。

その先に見えるのは、地下29階のセーフティゾーン程の部屋だった。


置かれるは、3つの宝箱。


「おお! これが迷宮達成者の報酬なのか!?」


早速リーズルが目をキラキラと輝かせて宝箱へと駆け出し、後を追うようにララも駆け出すが。


「待った、二人とも。」


アロンが止める。


「どうしたの、兄さん。」

「一つ開けると、他の2つは消えると思う。」


「「えっ?」」と声を漏らすリーズルとララ。

ああ、と頷くセイル。


「そう言えば、そうでしたね。迷宮攻略報酬は、3択だって。」



それがファントム・イシュバーンでの仕様だった。


しかし迷宮攻略 “0” のセイルも、そのことは自ら体験して知り得たことではない。


「右から近接系報酬、魔法系報酬。そして一番左がアイテムだ。」



――これもまた、ファントム・イシュバーンで嫌われる仕様の一つ。


“迷宮アイテムの山分け問題”



一つの宝箱の中には、必ず8~10の武具かアイテムが収まっている。

しかし、3択であるように、その報酬は系統分けされており、何が出るかはランダム。


もし、パーティーに近接系と魔法系が混在している場合は、まずここで揉める。

――攻略を目指す場合、パーティーを組む以前に “何を選ぶか” を決めておくのが、セオリーだ。


本当に平等で行く場合は、再度同じ迷宮を攻略する必要がある。

しかし、中には『2回は攻略必須』として募集したパーティーであるにも関わらず、初にお目当ての系統武具が手に入れば黙ってパーティーを離脱する “ハイエナ行為” も多少なり生じた。


これを防ぐため、あえて剣士系武具は魔法士系が、魔法士系武具は剣士系が持つことで、パーティー離脱を抑止する方法も取られるようになった。


“ダンジョンの悪辣な糞仕様”

一つ、死亡時に奪われる経験値とアイテム。

二つ、3択の攻略報酬。


そして三つ目。

“死んだら最初の階層からやり直し”、“ディメンション・ムーブでも天方の翼でも侵入出来ない”



ファントム・イシュバーンで、迷宮攻略者が余り多くない理由の一つでもあった。


――しかし、3択とは言え、攻略すると強力な武具やアイテムの入手チャンスには間違いない。


ファントム・イシュバーンの愛好家たちは頭を悩ますのであった。




「師匠、どうするんだ?」


尋ねるリーズル。

彼としては、是が非でも近接系報酬が欲しいが……。


パーティーの内、ファナ、アケラ、オズロン、セイル、そして薬士系のララを含め、5人が “魔法系” に分類される。

半分以上が魔法系にも関わらず、ここで剣士系を選ぶのはどうかとも思う。


しかし、欲はある。


だが、ここでアロンは意外な言葉を発する。



「何を言っているんだ、リーズル。“アイテム” に決まっているでしょ。」



そう言い、一番左の宝箱を指さした。

全員が一度、その宝箱を眺め、そしてアロンを見た。


え? という声も聞こえる。



「ああ、言って無かったか。恐らく、その中身が “転職の書” なんだ。」


「「「えええ! そうなの!?」」」



“特殊報酬”

迷宮で一定の条件を満たす事で得られる、達成報酬。


それは、3択の宝箱から得られるものだった。



「この迷宮に潜った目的が、転職の書の確保だからね。ただ……。」


アロンは全員を見渡す。


「気持ちはわかるよ。“残念だ” ってね。だから。」


再度、アロンは宝箱へと目線を送った。



「また来ようと思う。」



その言葉に、全員が全員、様々な反応を示す。


嬉しいような、辛いような。



だがこの3日間の迷宮攻略は、楽しかった。


普段、村の中では味わえない非日常空間。

気心知れた仲間同士の交流。


――何より、想いを寄せる人との距離が近まった。


「そうだな、また来よう!」

「うん、そうしよう!」


もう一度、このメンバーで。



(超越者に負けないためにも。)



アロンが見据えるもの。

ラープス村の戦力だけで、“超越者” と戦えることだ。




「さぁ、開けるよ。」


アロンは、一番左の宝箱へと手を掛ける。

固唾を飲み、見守る面々。


ギギッ、と音を響かせて開かれる宝箱の中身。

それは。



「やはり……転職の書だ!」



“ファントム・イシュバーンと同じ”


特殊報酬、転職の書。


しかも。



「……8冊。」



それは、この場に居る全員分。

即ち。


「やったね、セイル!」

「……うん。」


その1冊は、約束通りセイルの手にと渡る。

それは、超越者として初めて現実世界イシュバーンで、転職を果たすという意味だ。



「約束通り、一旦はボクが預かる。だけど1冊はセイルさん、貴女のだ。」


そして、その約束を反故にするアロンではない。

この3日間の迷宮攻略にて、アロンもまた、セイルへの信用と信頼を強めたのだった。


「ありがとう、ございます……。」


アロンから手渡される、1冊の転職の書。

これもまた、アロンが超越者でありながら仲間であるセイルに対し、“信用と信頼” が強まったということを意味している。


涙目で、しかし笑顔で受け取るセイルの表情を見て、彼女が転職で得る力を悪戯に揮わない人物であると改めて認識するアロンであった。



その時。




「……天空人、ではないな?」



男とも、女ともつかぬ声が響く。


「誰だ!?」


転職の書を一瞬で “次元倉庫” に仕舞ったアロンは、瞬時に臨戦態勢へとなった。

後ろのファナたちも、それぞれ武器を構える。


“ガチャリ、ガチャリ”

音を立て、部屋の薄暗い角から姿を露わにする、それ(・・)



「なんだ、こいつ!?」



それは、青銀に光る甲冑。

異様なのは、背に、鉄の翼を付けている。



その姿を見て、アロンは唖然となった。



「馬鹿な……なんで、プルソンの迷宮に?」



“この迷宮に、存在するはずがない”



驚くアロンは、青銀の甲冑の名を口にした。




「“主天使(ドミニオン)”……。」




それは、モンスターの一種。


討伐危険度、S

集団討伐推奨レベル、550



【ベルフェゴールの大迷宮】57階層、ボス。



“天使系” と呼ばれる、ファントム・イシュバーン内で最強種に数えられる、凶悪なモンスター。



ドミニオンが、アロン達の前に姿を現した。



次回、11月16日(土)更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 頭を掻きむしりながら、リーズルは改めてファナに笑顔を向けた。 ここララに笑顔を向けたのではないですか?
2020/03/03 00:41 退会済み
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