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5-14 差異

イシュバーンに存在するダンジョン、通称 “迷宮” の構造は多様に富んでいる。


ここ “プルソンの迷宮” のように、土と岩で出来た自然窟のものが最も多いが、人の手で建てた煉瓦造り、煌びやかな水晶、灼熱の溶岩、砂漠、氷山、森林、深海……とその容は様々だ。


個性あふれる迷宮だが、共通項も多い。

倒しても倒しても迷宮が生み出している(・・・・・・・・・・)ように湧き出るモンスター、そのモンスターを倒した際に “オーバーキル” と判定されなければドロップされる魔石や素材といったアイテムの入手、最奥に必ず潜んでいる(ボス)の存在。


そして、ボスを倒すと現れる地上への転移門(ゲート)


(うつつ)と常世を隔てる迷宮”


一歩入り込めば、そこは死神のはらわた。

常識の通じない、羅刹悪鬼蔓延る世界だ。



そんな迷宮だが、必ず一カ所には “セーフティゾーン” と呼ばれる安全地帯が存在する。


それは階層丸々だったり階層の一室や一部分だったりするが、決まってモンスターが侵入してこない、罠が無いなど、迷宮踏破を目指す者の聖域だ。



――何故、そのような聖域が存在するのか。



実は、迷宮に至っては現実世界イシュバーンとVRMMOファントム・イシュバーンの間に、さほど差異が無い。


存在する場所も名称も構造も、同じ。

出現するモンスターも同一。


“全てが同じ”


だからこそ、イシュバーンの世界を “ゲーム” だと宣う超越者は、気付くはずがない。

そしてそれは、イシュバーンの民であったとしても “迷宮とは常識とかけ離れた別世界” という常識(・・)によって、気付くはずがない。



“迷宮は、何かがおかしい”



それに気付ける者。


現実世界とゲームの世界を両方知る者。

全てに疑問を抱く者。


果たして、そんな者は現れるのか。




『気付く存在(ヤツ)など、現れるわけがない。』



その事実を指して。

少女の姿をする、ある大神(・・)の言葉だった。




―――――



「はい! お待たせしました!」


コンロ型魔道具でコトコトと小気味の良い音を立てる大鍋を前に、お玉を持つファナが笑顔で伝えた。


「待ってましたー!」

「うひょー! 腹減ったぜー!」


せめぎ合うように駆け出すリーズルとガレット。

余りの空腹で目が血走っている。


二人の勢いに「ひぃっ!」と思わずたじろいでしまうファナであった。


「落ち着け、二人とも。」

「料理は全員分、たっぷりありますよ。」


呆れるオズロンと、セイル。

だが、少しはリーズルとガレットの気持ちも分かる。


一気に14階層まで駆け抜け、問題の15階層では前回苦渋を舐めさせられたオーガジェネラル相手に強制的な連戦を強いられたのだ。

さらに、遭遇すること自体が稀であるレアモンスター、オーガジェネラル亜種 “シュテンドウジ” との死闘を経て、心身共に限界をとっくに超えている。


そんな状態に、ダンジョン攻略前にファナが焼き上げたパンと多くの野菜や肉などで作り上げた料理の良い香りが鼻腔をくすぐるのだ。

腹の虫が大騒ぎするのは本能であり、抗うなど出来はしない。


「あー、良い匂い~。私もお腹ペコペコだよぉ!」


リーズルとガレットのように目は血走っていないが、若干涙目のララがぼやいた。

彼女もガレットとアケラのサポートという普段行わない立ち回りに気を遣い、その結果の空腹感に耐えきれていない。


だが、ここまでずっと全員 “待て” の状態だった。


そもそも、アロンとセイルが使える書物スキル “次元倉庫” は時間停止効果もあるため、事前に作り上げた料理も収納しておけば、いつでも作り立てを味わえる。

しかしファナ曰く『それでも作り立てには敵わないはず!』という妙なこだわりを見せたため、ダンジョン攻略前に作った料理は保存食・携帯食扱い、何とこのセーフティゾーン内で調理を始めたのであった。


思わぬ “待て!” の状態。

特に育ち盛り食べ盛りの16歳たちは “オーガジェネラルの連戦より辛い!” と嘆きながら、ファナの手作り料理を待っていたのであった。



「今夜の献立はビーフシチュー! お替りもいっぱいあるから、沢山食べてね。」

「「ありがとうございます! 奥様!」」


偉大な師匠の奥様の手料理。

リーズルとガレットは早速大盛にしてもらい、嬉しそうに簡易テーブルに着くが。


「リーズルさん、ガレットさん。まさか全員が揃う前に食べ始めるなど、ありませんよね?」


恩師アケラが、にっこりと笑いながら釘を刺す。


すでにスプーンでほろほろに煮込まれた牛肉を掬い上げていたが、開けた口の手前でピッタリと制止するリーズルとガレットであった。


「学校の給食で散々覚えましたよね? 全員が席についてから、いただきましょうね? それとも……。」


目のコントラストを落とし、アケラがさらに笑みを深めた。


「それすらも忘れたというのなら、もう一度入学して最下級生からやり直す必要がありますよねぇ?」

「「もちろん待ちますー!」」


アケラの余りの迫力に、震えながらスプーンをシチュー皿へと戻す二人。


卒業して間もなく1年が経過するが、8歳クラスから担任だった “アケラ先生” の怖さは身に染みて理解する、やんちゃ坊主だったリーズルとガレットであった。


「本当、お腹空きましたよね。……リーズルさん。」


シチュー皿を持ってリーズルの隣にチョコンと座り、ララは精一杯の笑みを浮かべて話しかけた。


「本当だよね。ララちゃんには笑われちゃうかもしれないけど、オレ達はあのオーガたちの相手をするだけで命懸けさ。生きていた! と思ったら、次はお腹が減ってしょうがないわ。」


照れくさそうに頭を掻くリーズル。

“自分はモテる” とそれなりに理解しているが、偉大な師匠の妹のララを前にはいつも等身大の自分を曝け出している。


本来、このような格好悪い弱音など吐かない。

だが師匠の妹であり、年下とは言え実力はすでに自分(リーズル)を超えるララにだからこそ、弱音というよりも、本音で接することが出来る。


そもそも、ララも師匠(アロン)の元で、それは筆舌し難い修行を乗り越えてきたそうなのだ。

互いに困難を乗り越え続けている間柄だからこそ、リーズルにとって親友のガレットやオズロンに似た親近感を覚えるのであった。


――同時に、ララが自分に向けている感情が何かも、理解している。


自分よりも遥かに強い、年下の少女。

心底敬愛する偉大な師匠の、たった一人の妹。

しかし、まだ学校に通う未成年の娘。


ララのあどけなさ、可愛らしさ。

そして自分へ向けてくれる感情のベクトルは正直なところ、嬉しくもある。


だが自分の立場、彼女の立場を考え、リーズルはまるで考えないように無心かつ等身大で彼女と接するのであった。


――周囲から見れば、“まんざらでもない” とバレバレなのであるが。



「はああああ~~。ダンジョン内でもこうしてファナのパンを味わえるなんて……。これだけで “転生してよかった” って思いますよ~。」


軽く炙り、熱を帯びた山盛りのパンを簡易テーブルに載せたセイルが、目をハートマークにして呟く。


両手を組み、悦の入ったその表情は恋する乙女そのもの。

目線は、山盛りのパンにだが。


「ダメですよ、セイルさん! 全部食べちゃ!」

「わ、わかっていますよ、ララさん!」


山盛りパンは全員が手に取って好きなだけ食べられるようになっているが、セイルの表情に嫌な予感が過ったララが先手を打った。


だが。


「このパンにビーフシチュー……さすがファナは分かっているな~。浸して食べると、最高なのよねぇ~~。」


「……こりゃ、ダメだ。」


あり得ない程の空腹に、セーフティゾーン中に立ち込める良い香り、そして大好物のパンを目の前にするセイルはある意味トランス状態に近い。



「ごめんごめん。お待たせしました。」


鉄仮面だけを脱いだアロンが、ファナの分も合わせてビーフシチューの器をテーブルに置いた。

ようやく配膳を済ませたファナも、早足でテーブルに着く。


「……ダンジョンでこんな豪勢な食事を摂れる日が来るなんてね。」


改めて、アケラが呟く。

若かりし帝国兵だったころ、修練と探索を兼ねて迷宮へ籠ったこともあるが、食事は基本的には乾パンと干し肉、干し果実。それを度数の低い果実酒で口の中に流すものだった。

新鮮野菜や精肉、鮮魚など持ち込めるわけがなかった。


――“次元倉庫” 持ちの超越者が、携帯食料で無理矢理腹を膨らませる一般兵とは別に、これ見よがしに豪勢な料理を食べていたのを、恨めしくも羨ましく思ったこともあった。


「これもアロンとセイルのおかげですよね。」


「いやいや、ファナのおかげだよ。」


お互いに褒め合うアロンとファナ。

二人はにっこりと微笑み、恥ずかしそうに見つめ合う、が。


「イチャイチャするのは後にしてくれー! 餓死しそうだー!」


いい加減、限界だ。

リーズルの魂の叫びに、顔を真っ赤にして慌てふためくアロンとファナであった。


「じゃあ、先生、よろしくお願いします!」


「わざわざ年長者に向けなくても……ってそれ言ったら私よりもアロンさんやセイルさんの方が。」

「そういうの良いから、先生、早くしてくれー!」


今度はガレットの叫び。

「もぅ!」と少し睨み、アケラは手を合わせる(・・・・・・)


それに倣い、全員、手を合わせた。



「では、皆さんご一緒に。“いただきます” 。」


「「「「いただきます!」」」」



手を合わせての “いただきます”

これは、セイルが持ち込んだ文化だった。


帝国でも、今日の糧を得られた事に対して、女神に向けて感謝の言葉を述べる風習があるにはある。

だが、それを行うのは<国母神>の恩恵を強く受ける帝都在住の貴族や、皇族、さらに敬虔な教会の司祭や神官などだ。


セイルのそれは、少し違う。


手を合わせる対象は、神でもある。

前世、セイルが住んでいた地には “八百万の神” という信仰……というよりも考え方があり、万物様々な自然、物質、事象に神が宿る、というものだそうだ。


では、その神々に手を合わせるのか?

セイルは『私は違います』と答えた。


『手を合わせるのは、料理の全てに対してです。』


それは、この食材を生み出した自然に。

野菜や肉などの、素材そのものに。

そして、料理を作り出した人に。


その全ての “命を頂く”

だから、“いただきます” 、だと彼女は答えた。



この話を聞いて一番感銘を受けたのがアケラだった。

早速、村長権限を以て学校の給食時には必ず手を合わせることを導入し、セイルの教えを広めることとした。


学校で教わったことは、子から親へ伝わる。

感心した親は、家庭でも取り入れる。


アケラの狙いは的中し、いまやラープス村の殆どで、この “セイル式いただきます” が行われるようになったのだった。



「うめえええええええっ!」


ようやくありつけた、今夜の食事。

リーズルとガレットは競うようにパンを手に取り、ビーフシチューと一緒に頬張る。

その余りの旨さに、二人とも涙目だ。


「ちょっと! パン食べ過ぎないでくださいよ!?」


焦るセイル。

大量に積まれていたが、減るペースが速い。

原因は言わずもがな前衛職の二人だ。


セイルの言葉などお構いなしに、パンに伸びる手。


「少しは落ち着いてください!」


思わずその手を掴む、セイル。

しかし、その手は。


「……セイルさんこそ、落ち着いてください。」

「あ、えっ!? ご、ごめんなさい、オズロン君!」


一つ目のパンを食べ終えたばかりのオズロンだった。

慌てて手を離すセイルをジト目で睨み、そのままパンを掴む。


「本当に貴女は、奥様のパンの事になると見境が無くなりますね。」

「ごめんってばぁ!」


同じ村長補佐として、ライバルの関係でもある二人。

ここぞとばかりに、オズロンが嫌味を言う、が。


「なんだよー、オズロン。嬉しいくせによ?」

「は、はぁっ!?」


口をモゴモゴさせるリーズルがニヤニヤと茶化す。

思わず顔を真っ赤に染めて立ち上がるオズロンだった。


「オズロンさん、食事中ですよ?」


すかさず、教師だったアケラの注意が飛ぶ。

ぐっ、と固まり、しぶしぶ席に座り直すオズロンだった。


「くっくっく。行儀悪いぜオズロン?」

「低学年からやり直すかー?」


「お前ら、覚えてろよ!」


先ほどアケラに注意されたリーズルとガレットのコンビによる意趣返し。


「はぁ。この子たちは……まったく。」


これにはアケラも思わず溜息を吐き出すのであった。

だが、そんなアケラの正面に座るセイルの様子がおかしい。


「どうしました? セイルさん。」

「え、あ、いえっ! 何でもありませんよ!」


焦るセイルは、あはは、と笑いながらパンを齧るのであった。



(何で年甲斐もなくドキドキしているのよ!)



実は、前世 “真面目一徹” で学業を修め社会人となり部署のエースとなったセイルは、男性との恋愛経験が皆無であった。

“ゆくゆくは幹部” との噂が尽きなかった彼女だが、その私生活は謎に包まれていた。


……ただ、独身を楽しんでいたに過ぎなかった。


休日のパン屋巡り、そして心を患ってからは “コミュニケーションのリハビリに最適” と勧められたVRゲーム、ファントム・イシュバーンにハマるなど、所謂、お一人様女子状態だったのだ。





「それにしても、セーフティゾーンまで……本当にファントム・イシュバーンってこのイシュバーンの世界をそのまま投影させたのですね。」


“ファントム・イシュバーンと現実世界イシュバーン”


セイルは思わず『ファントム・イシュバーンと同じ』と、危うく現実世界イシュバーンの方が “真似ている” とアロンに誤解を与えかねない事を口に出しそうになったが、言葉を選んで紡いだ。


食後の茶を一口啜り、アロンは頷く。


「ええ。芸が細かいというか、冒険者の憩いの場まで同じに作っていたなんて、驚きを超えて呆れるほどですよ。」


“どのプレイヤーよりもファントム・イシュバーンを熟知している”

それが、最強の【暴虐のアロン】だ。


だが、ファントム・イシュバーンを誰よりも知り尽くすアロンが、恐らく世界で一番ファントム・イシュバーンというゲームを嫌っている。


彼から見れば、そのゲームは “超越者製造機” だ。

イシュバーンの人々にとって有益であるなら良いが、凡そ大半の超越者であろう “害悪” と判断されれば、不死の超越者を殺害可能とするスキル “永劫の死” によって葬られることになるだろう。


それが、アロンが御使いから受けた天命。


“選別” と “殲滅” だ。


今のところ、“殲滅” の対象外になっている……と信じるセイルは、固唾を飲み込みアロンへ尋ねる。


「例えばですが、あの湧き出る水も同じでしたか?」


セイルが指さす先。

アロンも振り向く。


そこは、壁に取り付けられた水道。

高さ1mの位置から、サァァ、と涼し気な音を立てて豊富な水が流れる。

そこでは、ファナとララが談笑しながら食器を洗っているところだ。


「あれは、あったかなぁ? あった気もしますが。」


さすがに “ギミック” 一つひとつまでは思い出せないアロン。


転生してもうすぐ17年目。

記憶の薄れを恐れ、ファントム・イシュバーンで培った知識については藁半紙に書きしたためたアロンであったが、さすがにそこまで細かな情報は書いていない。


この水道だが、アロン含めイシュバーンの人間は特段気にも止めず、普通に使っていた。

科学の発達した世界からの転生者であるセイルは『本当に安全な水ですか!?』、『罠では!?』と騒ぎを起こしたが、徒労に終わった。


勧められるがまま恐る恐る口にしてみたが、前世で愛飲していたミネラルウォーターと遜色の無い、澄んだ美味しい水であった。


“まるで人間を休ませるための施設”


ファントム・イシュバーンのダンジョンに存在したセーフティゾーン。

だが、現実世界であるイシュバーンにも同じように存在する事実に、何とも言い難い違和感を覚えるのであった。


それこそ、“イシュバーン” という現実世界が、毛嫌いする他の超越者と同じ “ゲームのような世界” と認識するに十分な状況であるからだ。



「アロンさん……怒らずに聞いてくださいね。」




“仲間だから”


セイルは、率直に思ったことをアロンに告げた。

ファントム・イシュバーンでも、現実世界イシュバーンでも、セイルは何度も迷宮に挑戦している。

ただどちらも、所謂 “低層” で断念した。


初めて、こんな深い階層まで辿り着いた。

そして、噂のセーフティゾーンを使っている。


初めて使うため、違和感は気のせいかもしれないが、どうしてもセイルはその違和感を拭えない。



他の超越者と、セイルの違い。

それは一重に “ゲームの世界として見ているか、現実世界として見ているか” といっても過言ではない。


自分という存在が確かに居て、ゲームではNPCだった他者にも確かな感情と息遣いを感じる世界。


痛みを覚え、怪我をすれば血を流す。

それは他者も同じ。


つまり、現実世界。

だからこそ、ゲームであるファントム・イシュバーンと、この世界であるイシュバーンの違いが明確に感じ取れた。


――ただ、それこそセイルが他人に “偽善者” と蔑まされ、苦しむ切っ掛けとなったのであったが。



そんな、違いを認識するセイルから見た、迷宮。

外とは違う、別世界。


そこで感じる、明らかな違和感。



“差異” が無い。



そう、ファントム・イシュバーンで潜った迷宮の様子と、今この場で感じる迷宮の様子に、何ら差異が無いのだ。


違いが無いことが、むしろおかしい。

――それは、超越者であってもこの世界を最初から “現実世界” と認識して暮らしてきた、セイルだからこその気付きなのか。


セーフティゾーンもそう。

迷宮から湧き出るモンスターも、倒せば必ず魔石が採れ、運が良ければドロップアイテムが出現することもそう。


アロンの知識通りに、ファントム・イシュバーンの “プルソンの迷宮” と、この現実世界イシュバーンの “プルソンの迷宮” が、全く同じであることもそう。


“差異が無いことが、おかしい”




「……。」


セイルの話が終わり、時間にして1分ほど。

沈黙が続いている。


ゴクッ、と喉を鳴らすセイル。

もし、今の話でアロンの気に障りでもしたら、“殲滅” の対象者入りなのかもしれない。


――だが、数か月の付き合いでアロンという人間をある程度は理解した。


彼は、ファントム・イシュバーンでは孤高の絶対強者であり、けして他者とは相容れない存在であった。


その背景は、前世の壮絶な経験。

超越者に村を蹂躙されアロン自身も殺されたからだ。


――アロンは口にはしていないが、セイルから見ても異常な程ファナとララにこだわっている所と、先日アロンが “殲滅” に成功した超越者、悪名しか聞かないレントール達の為人物像を考えれば、大方、彼の目の前で愛するファナとララが凌辱された、――というのが答えだろう。


あれだけ美しく気立ての良いファナと、可愛らしく兄が大好きな妹のララが理不尽に犯されるところを目の当たりすれば、どんな心優しい村人だろうと、悪魔に魂を売ってまで復讐するだろう、と思うセイル。


先日、復讐を遂げたアロン。

それに満足するだけでなく、御使いとやらに転生させてもらった “恩義” に報いるため、イシュバーンで同じように超越者の理不尽な行動によって苦しむ民を救うため、“天命” という大義名分のもとでその凶刃を揮う事になんら躊躇が見えない。


しかし、それはあくまで【暴虐のアロン】としてだ。


“ラープス村の村人アロン” と見ると、まるで真逆だ。


妻であるファナにはメロメロで、可愛い妹ララのことはいつも心配して、友であるオズロン達には優しく、他の村人たちからの信頼も厚い。


彼自身の本業は農業であり、日の出と共に畑を耕し、雑草を刈り取り、害虫を払い、実った作物を収穫するのを生業としている。


――これが、本来の “アロン” の姿だ。


超越者という理不尽な暴力がなければ、彼は絶大な力など手にせず、一介の村人としてその生涯を終えたはずなのだ。


【暴虐のアロン】でない、アロン。

それは、時折見える絶対強者ではない、彼。


働き者で、照れ屋で、トラブルや予想外の事があれば取り乱す普通の青年。


前世の知識と他者を圧倒する力を持って転生し、この世界の人々をNPC(モブ)と蔑む超越者から見れば、アロン自身もNPC(モブ)であり、小物でしかない。



そんな彼を狂わせた存在。


それが、超越者だ。



その “超越者” たるセイルが感じた事。

今、それを告げたことを正直、彼女は後悔している。


『なるほど。貴女もこの世界を “ゲーム” と宣うのですね?』


そう言われたら終わりだ。

出会い、同じギルドの仲間となり、せめてもの恩返しと超越者としての贖罪とし、てラープス村に出来る限り貢献してきたセイルは、それなりに信頼を積み上げてきたと自負する。


だが、信用も信頼も、瓦解するのは一瞬だ。

そのことは、前世の彼女の仕事柄、身に染み得て理解している。


もしかすると、迂闊だったのかもしれない。

額から冷や汗を一筋流すセイルは、アロンの次の言葉を待つ。



そしてそれは。


意外な言葉だった。



「……何かが、おかしい。」



「え?」


睨みつけられ、酷く落胆された言葉が紡がれると覚悟していたセイルは、思わず気の抜けた声を漏らしてしまった。


アロンは、改めてセイルを見つめた。


「セイルさん。貴女の言う通りかもしれない。」


「え、っと。何が……ですか?」



明らかに動揺するアロン。


それは、僅かに気付いてしまったからだ。



これは、元々イシュバーンで生を受け、超越者という理不尽な力を知り、別世界でファントム・イシュバーンという “紛い物” から超越者として転生することを逆手に取って絶対強者として上り詰めたアロンだからこその、気付きだったのかもしれない。



“ファントム・イシュバーンは、イシュバーンを模倣した別世界のゲーム”


それが、アロンの認識だ。

――違和感はあるもののセイルも同じ認識でいる。



だが、今回はその “違和感” が切っ掛けとなった。



元々イシュバーンの民であったアロンから見て、VRMMOファントム・イシュバーンの世界は、確かに “ゲーム” というだけあって、現実世界のイシュバーンとの違いは多く目に付いた。



しかし、“迷宮” にだけ目を向けたらどうか?


まるで、違いがない。



“差異が無い”



現実世界と、ゲーム世界に、違いが無い。

その時点で “異常” なのだ。



「迷宮は……何かがおかしい。」



初めて。


アロンは、この “現実世界イシュバーン” そのものに疑問を持つのであった。



次回、11月12日(火)掲載予定です。


【お知らせ】

いつも御覧いただきましてありがとうございます。

次回以降ですが、しばらく「火曜日」「土曜日」の週2掲載とさせていただきます。

本業がついに年末進行に入りました。

加えて毎週のように出張が重なってしまうため、思うように執筆が出来ないかもしれません。

お楽しみいただいている方には大変恐縮ですが、御承知いただけると幸いです。


今後も【暴虐のアロン】をよろしくお願いいたします。

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[良い点] 全員末永く爆発しろ [一言] 更新お疲れ様です むしろここ最近の怒涛の更新ペースが異常です笑(褒め言葉) お体に気をつけて下さい!
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