5-13 リベンジ
【プルソンの迷宮】
“地下14階 下層階段前”
「さて、問題の15階だね。」
下へと続く階段を眺め、一息を付く面々にアロンが告げた。
段々になる自然石はヒカリゴケで覆われ、仄かに後を照らしている。その幻想的な光景を眺めながら、各々水分を摂りながら干し肉や干し果実を齧っている。
「前回のリベンジ。頼むぜ、ガレット。」
「おうよ!」
“オレが居ないからヘマをしたんだ” “なにおう!” と喧嘩をしていたリーズルとガレットだが、いざ死地を目前として悪ふざけは止め、互いに健闘を誓う。
いくら最強たるアロンが同行しているとは言え、一瞬の油断で死に追いやられる危険性が孕むのも、ダンジョンたる世界だ。
だが。
「あ。言っておくけどオーガジェネラルの相手はリーズル、オズロン、そしてセイルさんの3人だからね。あと、ガレットとアケラ先生は、ララがサポートするので基本は2人で対処してみてください。」
「「「「えええええー!?」」」」
ここまで順調に来られたというのに、各階層で慎重な行動を促していたアロンからの意外な提案。
「そ、それって……。」
「本当に、リベンジを?」
唖然とするセイルとオズロンの言葉に、アロンは首肯した。
「そうじゃなきゃ前には進めないでしょ。実力的には今言ったメンバーで対処できるはずだ。これを乗り越えなければ、この先の階層はより危険になる。」
“ここで前回の自分を超えろ”
普段、とても優しいアロンだが、死地であるダンジョン内であるなら甘えは利かない。
“プルソンの迷宮” もまだ半ば。
ここで躓くようなら、ダンジョン攻略など夢のまた夢だ。
「あと、ボクとファナは途中で湧いて出てきたモンスターの対応をする。そちらに注視することになるから基本的にサポートには入れないと思ってね。」
「……無茶言うぜ、師匠。」
苦笑い、そして震えるリーズル。
だがそれは、武者震いだ。
「やろうぜ、みんな。」
静かに、呟く。
“ここを超えられなければ、師匠の足手まとい”
それを理解しているからこそ、乗り越えなければならない。
「ええ。やりましょう。」
「前回とは違う。それを証明しよう。」
セイルもオズロンも覚悟が決まった。
「よし。じゃあ、行こうか。」
黒銀の鉄仮面で表情は見えないが、アロンも不安で仕方ない。
もしこの判断で、何か一つ間違えたら。
―― 死だ。
◇
『グルオアアアアアアアッ!!』
地下15階。
早速、宿敵オーガジェネラルの咆哮が響く。
「セイルさん、手筈通りに!」
「はい! “サンクチュアリ”!」
オズロンの声と同時に、セイルは僧侶系上位職 “祈祷師” のスキル、“サンクチュアリ” を展開した。
このスキルは、効果範囲内に居る者の状態異常を緩和し、併せて僅かだがDEFとMDEFを増加させる効果がある。
淡く白い光に包まれるリーズルとオズロン、そしてセイル。
「よし、行くぜ!」
まず、リーズルが駆け出す。
5mは超える体躯のオーガジェネラルにとって、駆けてくるリーズルなど赤子のようなサイズにしか見えない。
そのリーズルに向かって、
『グオオオオオオオオッ!』
響く怒声。
オーガジェネラルの “咆哮” だ。
状態異常の一種であり、鼓膜がやられるその音量に思わず耳を塞いでしまう。
これをVRMMOファントム・イシュバーンで食らえば、アバターはその場で耳を塞ぐ動作を取ってしまい、行動不能となる。
中には咆哮自体に攻撃判定が生じるものもあり、無防備なところに凶悪な音爆が襲い掛かり大ダメージとなる場合もある。
だが。
「はああっ!!」
セイルが掛けた “サンクチュアリ” の効果。
身体を覆う白い聖なる光によって、“呪怨”、“威圧”、“怯み”、“鈍足”、“咆哮”、“沈黙” の6種バッドステータスを防いでくれる。
防御効果がたった6種ということもあり使いどころが限定されるスキルではあるが、効果の接続時間が長く、他の防護スキルとの重複も可能。
“祈祷師”
使えるようになるスキルは “サンクチュアリ” のような状態異常のレジスト系が5スキル中3スキルと多くを占めるため、ファントム・イシュバーンの極醒職を除く48種の職業の中で最も不人気職だ。
反面、“僧侶系に使って欲しいスキル” として上位に並ぶのが祈祷師のスキルが多い。
回復手段や装備効果で防げなければどれも厄介な状態異常を、時間制限はあるもののスキル一つで防ぐことが可能であれば、攻略の幅が広がる。
立ち位置が完全にサポート職のため不人気ではあるが、極めれば仲間に重宝されるという背反した側面を持つ、祈祷師という職業。
ファントム・イシュバーンでサポート役ばかり担ってきたセイルが、真っ先に選択した上位職なのであった。
渾身の怒声に怯むこと無く突っ込んでくる、ちっぽけな人間に目を見開いて驚愕するオーガジェネラル。
そのわずかな隙を狙い、リーズルは大きく剣を振り上げ、目の前の巨体目掛けて揮う。
「“オーガスラッシュ” !」
剣士系上位職 “オーガスラッシュ”
同時に放つ三本の剣閃が重なり、三角形の波状となってオーガジェネラルの胴体を切り裂いた。
『ギャオオオオッ!?』
突然の事に、大きく怯むオーガジェネラル。
「“ラージフレア”!!」
リーズルの攻撃が成功すると信じていたオズロン。
延々と詠唱を紡ぎ、魔法士上位職 “魔導士” スキル “魔導士の心得” のSP割合発動で底上げされた魔導士最強の攻撃スキル “ラージフレア” を放つ。
轟々と燃える、オーガジェネラルの体躯とほぼ同じくらいの大きさの灼熱球体が真っ直ぐ襲い掛かってくる。
これに巻き込まれたら、さすがのオーガジェネラルも致命傷となる、が。
『グギッ!』
斬られた箇所を押さえながらも、その巨体からは想像できないほど素早く横へと転がり、ラージフレアの軌道から外れた。
知性ある “鬼種”
オーガジェネラルは、そのまま左手で握っている棍棒を横薙ぎに揮い、スキル発動後で立ち止まるリーズルに殴り掛かってきた。
「“セイントレイン” !」
だが、その攻撃がリーズルに届く前、光がオーガジェネラルを包む。
セイルが放った、僧侶系上位職 “司祭” の奥義とも言うべき “セイントレイン” が炸裂した。
オーガジェネラルの頭上に浮かんだ魔法陣から、聖なる光の礫が豪雨のように降り注ぐ。
『ギィヤアアアアアアアッ!!』
その礫は、巨体を穿ち、溶かす。
邪悪なる者を浄化させる無慈悲の光は、セイルのSP割合発動による威力底上げも相まって一つ一つがオーガジェネラルの肉体を容赦なく刺す。
「いまだ、リーズル!」
「おおぅっ!」
オズロンの叫びと同時に、リーズルは握る剣に力を籠めた。
「これで、終わりだ!」
セイントレインで全身を血塗れにして怯むオーガジェネラルに、大きく振りかぶったリーズルが容赦なくその剣を振り下ろす。
「“カタトロフオクス” !!」
『ズガンッ』
その叫びと同時に、真っ赤に染まる剣。
剣士系上位職 “剣闘士” の最強スキル。
それも “剣闘士の心得” によるSP割合発動によって底上げされ、より一層大きな紅のオーラに包まれるリーズルの剣閃。
それはオーガジェネラルの脳天に突き刺さり、真っ直ぐ両断した。
『ゴアッ……。』
真っ二つに斬られたオーガジェネラルの口から漏れる、音。
それは断末魔を上げる間も無く絶命した証拠だ。
『ズウウウンッ』
綺麗に両断された体躯が左右に割れて倒れる。
そして、ダンジョンの床に呑まれるように肉体が消え、そこには黄色い魔石と、ミイラのように干乾びた指先が転がっていた。
「か、勝った……。」
「勝て、たの?」
SP割合発動の効果で一瞬にして大量のSPを失ったオズロン、セイル。
流れる汗を拭おうともせず、自分たちの偉業を声に漏らした。
「よっしゃああああ! どうだ、師匠!」
同じく汗まみれのリーズルが叫ぶ。
その視線の先には、表情は見えぬものの拍手をして健闘を称えるアロンだった。
「凄い! 凄いよ、3人とも。この前とは別人のようだよ!」
アロンも興奮を隠さず、褒めたたえる。
汗を拭いながら、3人は笑顔で見合わせた。
「あの日、3人で “これじゃダメだよな” って話しあったんだよ。」
「オーガジェネラルは、最初に必ず “咆哮” を浴びせてくる癖がありますよね。その隙を狙って、即効で行こうって決めていたんです。」
「おかげでヘロヘロですけどね。」
リーズル、セイル、そしてオズロンがそれぞれ語り出す。
前回の失態が、よほど堪えていたのだ。
「敵に合わせて戦法を選ぶ。向こうの世界……ファントム・イシュバーンでも当然ながら必要とされていた技術だよ。そのためにも、よく敵を観察するのが大事なんだ。そういう意味でも、3人は予想以上の結果を出したんだ! 本当に凄いよ!」
アロン本人とすれば、もう少し苦戦すると思っていた。
しかし前回の失態をそのまま放置せず、それぞれが反省し、前を向いて現実と向き合った結果だった。
ただ。
「それでも、全員が “SP割合発動” で全力というのは少し軽率かもね。オズロンの切り札でもあるラージフレアを囮にしたこと、セイルさんのセイントレインで足止めして、さらにリーズルのカタトロフオクスで留め……。次は、もう少し力をセーブして戦ってみようか。1体ならまだしも、複数体で襲い掛かられたらさすがにその戦法はまずいよ?」
「うっ……。」
プルソンの迷宮の15階層。
だだっ広い部屋には、オーガジェネラルのみ出現する。
同時には、3体まで。
もしアロンの言うとおり3体同時相手であれば、このような戦法は取られない。
“連携” という面では上手く機能し始めているが、立ち回りとしてはまだまだ改善点の方が多いのであった。
『グルアアアアアアッ!』
「げっ!?」
そうこう言っている間に、ダンジョンの暗がりから湧き出たように別のオーガジェネラルが姿を現した。
さらに。
『ゴアアアアアアッ!』
後方から、もう1体。
「アケラ先生! ガレット! そっちは君たちが相手をするんだ! ララとファナはアケラ先生たちのサポートを!」
「わかった!」
「リーズル達は、今出てきた奴をもう1度だ!」
「わ、わかりました!」
◇
「はあっ、はあっ、はあっ。」
大きく肩で息を吐き出すリーズル。
剣を地面に突き刺し、柄に寄り掛かっている。
魔法を連発したオズロンとセイルも、地面に座り込んで同じように激しく呼吸を繰り返している。
15階層に入り込み、全体ですでに11体のオーガジェネラルを倒した。
本来、オーガジェネラルの出現タイミングは “前の個体” が倒されてから15分から30分の間隔があり、仮に3体同時に撃破すれば、最低でも15分のインターンバルがある。
その隙に、次なる地下16階へと辿り着くのがセオリーだ。
だが、最大でも同時に2体ずつ相手をするように調整すると?
まるで倒しても倒しても延々と湧き出るように、オーガジェネラルが出現するのだった。
もちろん、その調整はアロンが行っている。
“作戦タイム” と称して、リーズル達やアケラ達を休ませる間、アロンが引き付けてやり過ごし、そしてまたリーズル達に相手をさせるのであった。
「うん、さすがに間が空くな。」
調整しても、最大で30分出現しないことがある。
そのタイミングはさすがのアロンでも読めない。
運が悪ければ、3体とも出現しない時間があるのだった。
「し、師匠……。いつまで戦うんだ?」
汗だくのリーズルが苦々しく尋ねる。
最初の全力投球のような戦い方は是正されたが、それでも遥かに巨大なオーガジェネラルばかりの相手は骨が折れる。
いい加減、オーガジェネラルの顔も見たくないほど、リーズル達は追い詰められていた。
「うーん。そうだな。次でラストにしようか。」
「「「ええええー!?」」」
叫ぶ、リーズル達。
もちろんアケラとガレットも肩を落としている。
「ね、ねぇアロン。さすがにそろそろ、下の階層に行かない? みんなも限界だと思うの。」
「そうだよ、兄さん!」
ずっとフォローに立ちまわっていたファナとララも、さすがに疲労の色を隠せない。
一人だけでオーガジェネラルを撃破出来る力量を持っているとはいえ、サポート役に徹しているのは精神的にも堪えるものがあるのだ。
だが。
「そうだね。だから次で最後にしようかと。」
にこやかなアロンの声。
どうやら譲る気が無い。
「わ、分かったよ。師匠。次で最後なら、派手にやってやるぜ!」
回復ポーションをゴクリと飲み干したリーズルが叫ぶ。
「オレ達もやったるぜ!」
負けじとガレットも叫ぶ。
相方のアケラも、やれやれ、といった表情で魔力回復ポーションをコクリと飲み、立ち上がった。
「次の階層に行けば、今日は終わりってことですか?」
「ええ。そうです先生。」
アケラの質問に、アロンは首を縦に振った。
プルソンの迷宮の16階層は、所謂 “セーフティゾーン” だ。
ファントム・イシュバーンでも、ダンジョンのところどころで設定されているセーフティゾーンでは、“休息” と同じようにHP・SPが全快となり、“呪怨” 以外の状態異常も回復する “テント” というアイテムが使える。
また、貴重なアイテムだが “高級テント” というアイテムを使用すると、まるでセーブしたようにその場までに得た経験値、アイテムを万が一 “死亡” しても剥奪されず、得たまま復活出来る。
ファントム・イシュバーンでは、ダンジョンの途中で死亡すると、ダンジョン攻略中に得た経験値とアイテムを失ってしまう仕様であった。
唯一 “JP” だけは失わずに済むが、骨折り損のくたびれ儲けとなるこの仕様はファントム・イシュバーンで最も嫌がられるもので、事あるごとに情報掲示板などで『運営に仕様変更を訴えよう!』と騒動となることも。
だが、一向に変わらない悪辣仕様。
それが原因で、離れるプレイヤーもしばし居たのであった。
むしろ、ファントム・イシュバーン愛好家の中で実しやかに囁かれる、噂。
“ファントム・イシュバーンの運営は、すでにこのゲームは完成したと考えているのだろうね”
その理由の一つ。
他のオンラインゲームとは違い、バージョンアップも無ければメンテナンスも無い。
リリース当初から変わらない、ゲームの仕様。
“すでに完成したと考えられる”
その言葉とおり、ファントム・イシュバーンは他のVRMMOを圧倒する広大な世界を舞台に、リアルを極限まで追求したような緻密なグラフィック、バグや不具合報告が一切聞こえない丁寧な造り。
まさに、完成させた状態でリリースしたゲームであった。
バージョンアップが無い、ということは適正職業もスキルも拡張されないが、“極醒職” に辿り着くだけで数年掛かる仕様であり、72箇所の迷宮はその殆どが未攻略、7つある大迷宮に至っては最期の1箇所が未発見、さらに公式的には(実際はアロンが4箇所攻略したが)未だ誰も踏破していないのだ。
『ファントム・イシュバーンをまともにプレイしたとしても、世界の全てを周り、全ての迷宮を攻略するとしたら、軽く見積もっても50年は掛かるでしょう。』
これは、世界的に有名なプロゲーマーであり、ファントム・イシュバーンのギルドランキングで堂々の1位をキープし続けた最強ギルド “ヴァルハラ” を率いた “殲滅天使” の異名を持つ “大賢者” ミリアータが、取材を受けたウェブネット局のインタビューで伝えた言葉だ。
膨大かつ緻密なデータの集合体である世界最大級のVRMMOファントム・イシュバーン。
世界中に愛好家が居て、プレイヤー総数は7,000万人を超え、その全プレイヤーが同時にログインしてもサーバーダウンなど起こした事が無い。
ある者は、“神運営” と呼び、ある者は “バージョンアップもメンテナンスもしない糞運営” とこき下ろす。
そんな両者だが、共通する事が一つ。
今日も、ファントム・イシュバーンの世界を駆け巡る事だ。
「アケラ先生の言った通り、次を倒したらセーフティゾーンへ入る。そこで今日は休息を取るよ。」
「やったあああああっ!」
地獄のようなオーガジェネラル連戦の終わりが見えた。
俄然やる気の起きる、面々。
そこに。
『グルオアアアアアアッ!』
響く、咆哮。
「来たな!」
「よし、やるぞ! リーズル、セイルさん!」
「はいっ!」
まず立ち上がるのは、リーズル達。
すると、
『ガオオオオオオオッ!』
その反対側からも響く怒声。
「こっちも来ました!」
「やろう、先生!」
アケラ、ガレットも立ち上がる。
「足止めは任せてください!」
サポート役のララも “やっとゴハン!” と大張り切りだ。
しかし。
「どうしたの、アロン?」
ファナだけが、アロンの様子に気付いた。
何故かアロンが、リーズル達が睨む先をジッと眺めているからだ。
「これは……まさか。」
わずかに震える、アロンの声。
こんな様子を見せるのが珍しく、首を傾げるファナだった。
「どうしたの?」
改めて尋ねる。
それと同時に「行くぞぉ!」とリーズルの叫びが響く。
「まずい!」
アロンは、気付いた。
すぐさまファナの肩を優しく掴み、紡ぐ。
「ファナ! 3体目が現れた時の対処は任せる。ボクはリーズル達のサポートに入る!」
「ど、どうしたの、アロン!?」
今までに無い、焦り。
突然のことで不安が胸を締め付けた。
その答えを、アロンが叫ぶ。
「レアモンスターだ!」
◇
「行くぞぉ!」
叫ぶリーズルが全力で、声のする方へと掛ける。
すでにセイルの “サンクチュアリ” の効果が反映されているため、“咆哮” を受けても怯むことが無い。
リーズルは剣に力を籠め、渾身の “オーガスラッシュ” を放とうとする、が。
『“オーガスラッシュ”』
咆哮では、無かった。
姿を現したオーガジェネラルが、手に持つ大斧を揮い、三角形に光る剣閃を飛ばしてきた。
「げ、えっ!?」
余りの突然のことで、身体が硬直するリーズル。
「リーズル!?」
「リーズル君!」
詠唱の途中だったが、思わずリーズルの名を同時に叫ぶオズロンとセイル。
だが、容赦なく三角形の剣閃がリーズルの身体、に。
「“シールドオブイージス”!」
思わず防ぐリーズルと剣閃の間に滑り込むようにアロンが入り、放つは重盾士系覚醒職 “金剛将” の防御スキル “シールドオブイージス”
かつて、魔聖メルティの凶悪魔法をかき消した “剣” の盾だ。
『ボンッ』
かき消される、オーガジェネラルのスキル。
抜き出した神剣グロリアスグロウを振り抜き、アロンは目の前の巨体を睨む。
「し、師匠……?」
「大丈夫か、リーズル。」
振り向きもしないまま尋ねるアロンに首を縦に振る。
その場に、オズロンとセイルも駆け足で近づいた。
「アロンさん、一体!?」
「セイルさんなら分かるでしょ。レアモンスターです。」
その言葉に、息を飲むセイル。
「嘘っ!?」
レアモンスター。
それは、VRMMOファントム・イシュバーンでも、時折現れる変異種だ。
その力量は、通常種のそれと大きく異なる。
さらに種族によっては見た目がガラリと変わる者もいる。
アロンが邪龍の森こと【ルシフェルノの大迷宮】の最奥に初めて辿り着いた時、カイザーウルフの群れの中に、カイザーウルフのレアモンスター “インパラトールヴォルフ” と遭遇してしまい、敢え無くデスワープを発動させてしまった。
通常種とは天と地の力量差のある存在。
それがレアモンスターだ。
ただし、遭遇すること自体が稀。
アロン自身も、ファントム・イシュバーンでインパラトールヴォルフに遭遇したのは、後にも先にもたった一回だった。
「こいつは、オーガジェネラルのレアモンスター。“シュテンドウジ” だ。」
アロンの言葉を受け、グッグッグッ、と嗤う鬼。
『吾輩の事を知っているとは大したニンゲンだ。……ひぃ、ふぅ、みぃ……。八匹もニンゲンがいる! 今宵はツイているなぁ! 男は喰らい、女は吾輩の子種を孕ましてやるわい!』
下品に涎を垂れ流し、大声を張り上げる。
「まさか、言葉が話せるの!?」
驚愕するセイル。
彼女はファントム・イシュバーン内で中級者クラスであり、言葉を介する凶悪なモンスターと出会った事が無かった。
しかも今は、現実世界のイシュバーン。
モンスターが言葉を発するなど、想像していなかったのだ。
『ひゃははははっ! “こみゅにけーしょん” だ、娘ぇ! お前から犯してやるわ!』
斧を大きく振りかぶるシュテンドウジ。
その斧は真っ直ぐアロンの脳天に向かう、が。
『ゴンッ』
『は……?』
目の前のあり得ない光景に、口が丸々と開かれた。
振り下ろした大斧は、アロンの身体よりも大きい。
しかしその歯先は肉体を粉々に砕くことは無く、まるで降りかかる雨水から顔を守るかのように差し出した左腕に阻まれて、止まった。
「悪いが、お前の攻撃は効かない。」
そのまま、アロンは右手で握るグロリアスグロウを横薙ぎに揮い、シュテンドウジを真っ二つに切り裂こうとする。
しかし。
「待ってくれ、師匠!」
リーズルが止める。
「リーズル?」
「それは、オレ達の相手だ!」
叫び、駆け出すリーズルは握る剣をシュテンドウジの右足を斬りつける。
『グギャッ!』
短く叫び、二歩、三歩と後退する。
その間に、リーズルはアロンの前へと飛び出した。
「リーズル、こいつは……。」
「危険な奴なんだろ? だからこそ、オレ達で倒したい!」
“勝てないから、守られた”
そうかもしれない。
しかし、ここで怯んだら男じゃない。
前回の失態で、最後の最後でアロンに助けられたリーズル達。
『出来る限り、オレ達で戦おう』
それが、今回の目標だった。
『こ、小僧!』
叫ぶシュテンドウジは、今度はリーズル目掛けて剣を揮う。
そこに、
「“サンダーボルト!”」
手の平から雷閃を迸らせるオズロン。
大きく振りかぶったシュテンドウジは避けることが出来ず、まともに電撃を受けるのであった。
「今だ、セイルさん!」
リーズルが、アロンの前に飛び出してから “チャンスは来る” と信じていたセイル。
理外の電撃を受け怯むシュテンドウジ目掛け、渾身の “セイントレイン” を放った。
『グギャアアアアアッ!』
“効いている”
アロンですらリーズル達では歯が立たない、と思われた凶悪なモンスター相手に、ダメージが通る僥倖。
「“カタトロフオクス” !!」
そこに、リーズル渾身の紅いオーラを纏った大振りの一閃が放たれた。
オーガジェネラルですら、防ぐことが出来ずその命を散らした悪魔の一撃が、シュテンドウジを狙う。
『舐めるなぁ!』
しかし、相手はさらに凶悪なレアモンスター。
大斧を振り上げてリーズルの一閃と交差させた。
『ギャアアンッ』
響く硬質音。
威力はスキルを放つリーズルに軍配が上がるのだろうが、純粋な腕力なシュテンドウジの方が遥かに上だ。
大斧の勢いを殺せず、大きく仰け反るリーズル。
「しまっ……!」
『死ねぇ!!』
振り上げた大斧を素早く、横薙ぎに揮う。
万歳を上げたようなリーズルの無防備な胴に、その大斧が走る、その時。
「リーズルさん!」
「ララちゃん!?」
リーズルの身体に飛びつくララの勢いまま、地面に倒れる。
『ガンッ』
その二人とシュテンドウジの間に、アロンが一瞬で移動して大斧を防いだ。
「無茶をするな、ララ!」
アケラとガレットのサポートに入っていたはずのララだが、リーズルの危機に居ても経ってもいられず、ファナにサポートを任せてやってきたのだ。
兄のアロンが居るため、命を失うことは無い。
それは信じている。
しかし、心寄せる想い人のリーズルの危機に、身体が思わず動いてしまったのだ。
「いてて……助かったよ、ララちゃん。」
「よかった……リーズルさん。」
未だ身体に抱き着くララの頭を一撫でして、リーズルは笑顔で伝えた。
その表情に、兄の叱責はどこへやら。
顔を真っ赤にして「はい……」と呟くララであった。
「“セイントレイン”!」
再度、セイルのスキルが炸裂する。
その隙に、アロンがリーズルの傍へと駆け寄った。
「リーズル、君も無茶をしないでくれ!」
「師匠……。ここで、無茶をしなければ……オレはいつまで経ってもアンタの後ろだ。」
“弟子として、友として、隣に立ちたい”
立ち上がるリーズルは、剣を真っ直ぐ構えた。
「……これでダメだと思ったら、もう我儘は言わねぇ。」
それは男の覚悟。
「しかし……。」
たじろくアロンだが。
「アロンさん、私たちに任せてください!」
「このままじゃ先に進めないって、アロン様が言ったことですよ!」
セイルとオズロンの同じだった。
それぞれ持つ杖に魔力を籠め、次の攻撃の用意をしている。
「リーズルさん。これを!」
落ち着きを取り戻したララは、薬士系上位職 “高薬師” のクリエイトアイテムスキル “鬼力薬” を作り出し、リーズルに振りかけた。
チラチラと紅い結晶がリーズルの周囲を舞うのと同時に、身体の奥底から沸き起こる力を感じる。
「ありがと、ララちゃん。」
「えへへ。かっこよく決めてくださいね。」
そんな周りの様子に、アロンは深く溜息を吐き出した。
「ダメだと判断したら、即座にあいつは斬るからね。」
先ほどの攻撃で “ディメンション・ムーブ” の効果が掛かっている。
アロンはその気になれば、シュテンドウジの背後から一瞬で跡形もなく消し飛ばすことが出来る。
だが、それは本当に最後の最後だ。
リーズル達の覚悟。
それを感じ取り、アロンはララと共に数歩下がった。
『なめるなぁ!』
激高するシュテンドウジは、大斧に力を籠める。
沸き立つ、紅いオーラ。
「……カタトロフオクス、か。」
静かに呟く、リーズル。
そしてチラリとオズロンとセイルを見て、一気にシュテンドウジとの間合いを詰めた。
『青いわ、小僧!!』
燃え盛るような大斧をリーズル目掛けて振り下ろす。
その小僧の後ろにいる魔法使いのオスとメスが何か放とうとしているが、この距離にこの速度では間に合わないだろう。
むしろ、警戒するのは全身を鉄で纏う男。
アレは、桁が違う。
本能は “逃げろ” と警鐘を鳴らすが、矮小なニンゲン相手に尻尾を丸めたなど、最下層の主に知られたら末代までの恥だ。
鬼としての本能。
それは、飽くなき闘争心。
目の前の小僧を蹴散らし、動揺するニンゲンを蹂躙する。
それが、鬼としてのプライドだ。
「“ブラストストーム”」
それは、静かに響くオズロンの声だった。
まるで動作も無く、その呟きのまま沸き起こるは暴風。
シュテンドウジの足元からグワリと竜巻が起きた。
『な、なんだぁ!?』
ダメージはそれほどないが、大きくバランスを崩す。
そこに。
「“ホーリーレイ”!」
セイルの手に持つセイントスタッフから迸る光線。
一方向に真っ直ぐ、ただ一筋の攻撃は単体にしか効果が無い。
だが、ホーリーレイの真価はその発動速度と、攻撃速度。
“全魔法スキル最速”
光のような速さで、敵を穿つ。
MATKが高い者が放つと、それだけで脅威だ。
セイル渾身のホーリーレイは、バランスを崩したシュテンドウジの足を的確に穿ち、さらに後ろへと倒れこませた。
『グギィッ!?』
余りに予想外の、低威力による足元を狙われた攻撃。
最初に喰らった高威力スキルを警戒する余り、疎かになっていた体幹。
偶然なのかもしれないが、鬼の闘争心を逆手にとった絡め手であった。
(凄い!)
これにはアロンも思わず感心した。
特に、あのリーズルの一瞬の目配せで的確な判断が出来たオズロンとセイルだ。
そして、さらにアロンが驚く事態となる。
「“カタトロフオクス” !!!」
リーズル渾身の一撃。
先ほどのシュテンドウジが見せたような、燃え盛る紅いオーラに包まれた一閃。
オーガジェネラル達を葬り去ってきた一撃とは、一線を画していた。
(まさか!?)
SP割合発動の多寡で、威力は調整できる。
だがリーズルが今放とうとしているのは、その枠を超えていた。
「うおおおおおおおおおっ!!」
『ヒ、ギャアアアアアアアアアッ!!!』
リーズルの一撃は、シュテンドウジの右肩を削ぎ、そのまま胸へと食い込み、左脇腹を抜けるよう貫いた。
胸元から割れるシュテンドウジは、オズロンとセイルの攻撃の威力もあって、後ろに大きく反るように倒れこんだ。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ。」
限界までSPを絞り出したリーズルは、大きく息を吐きながらその場に倒れた。
「リーズルさん!」
飛びつくようにリーズルの肩を掴み、その表情を見るララ。
「あの、野郎は……?」
倒れたリーズルの気掛かりは、凶悪な鬼だ。
しかし涙目のララが、笑みを浮かべて指をさす。
『シュウウウウウウウ』
そこには、噴き出る水蒸気のような音と共に光に包まれ地面に吸い込まれるシュテンドウジ。
リーズルの渾身の一撃が、遥か格上のレアモンスターを屠った瞬間でもあったのだ。
「やったああああああっ!」
「よくやったぁあああ!」
倒れるリーズルの元に、喜び叫ぶオズロンとセイルも駆け出す。
「すげー! お前ら、すげーよ!」
「お見事でした!」
別個体のオーガジェネラルを倒したガレットとアケラもリーズル達の健闘を称えた。
「はぁっ、はぁっ。どう、よ。師匠。」
「リーズル……。」
アロンはリーズルの手を取り、起こす。
汗だくのリーズルに、アロンは面を取って笑顔で告げる。
「最高だよ!」
ファントム・イシュバーンの時には望めなかった、心許せる頼もしい味方。
それも、前世では共に歩むことすら叶わなかったクラスメイト達。
改めて、アロンは “望むことの出来なかった未来” を噛みしめるように、歩むのであった。
「さぁ、今日はここまでだ! あとはゆっくり休もう!」
「「「「やったあああぁぁぁぁぁ!!」」」」
◆
「シュテンドウジが……やられた?」
『グ、ギ。』
「アレに勝てるニンゲンなぞ、存在するのか?」
『グ、ギ、ゴア?』
「超越者……。いや、満足に武器を持たぬ連中が倒せる相手では無い。……と、なれば?」
『グギ?』
「天空人の、生き残り? ……馬鹿な。そんなはずはない、が。」
『グギ。』
「本物ならここに辿り着くはずだ。ならば迎え撃て。キュクロープス。」
『グギギオアアアアアアアアア!!!』
次回、11月8日(金)更新予定です。
本業が非常に立て込んできました。
恐らく次週から更新ペースが落ちてしまいます。
どうか御容赦ください。