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5-11 狙い通り

“邪龍の森”


【ルシフェルの大迷宮】

“最奥付近”



『シュンッ』


乾いた音と共にその場所へ姿を現したのは、黒銀の鎧兜に身を包むアロンと、金の髪飾りと白の聖衣を纏ったファナであった。


「いらっしゃい。」


貴族が好むような金や宝石をあしらった豪華な椅子に腰を掛け、同じく煌びやかなテーブルに茶器や菓子皿を並べている、黒ドレスに身を包んだ不健康そうな女性が口元だけ歪めて声を掛ける。


“邪龍” マガロ・デステーア。

彼女と初めて出会ってから一度も欠かしたことのない、5日置きの特訓。

今日がその日であるが、一昨日の夜に人間に化けたカイザーウルフの婆、“橋渡しの娘” から伝言で “次回はお茶会” と聞かされていたアロン。


その言葉に違わず、嬉しそうに準備を進めるマガロであった。


「おや? ララ殿はお留守番かしら?」


右手を口に当ててクスクスと笑うマガロ。


いつもはアロン達と一緒に来るはずの、アロンの妹ララが居ない。

最初に紹介された時はまだ幼いという理由でアロンが連れて来なかった時もあったが、ここしばらくは欠かさず着いて来ていた。


その言葉を受けアロンはわざとらしく、ハァ、と深い溜息を吐き出した。


「学業の結果が芳しく無くて。明日の休息日に出掛けられるように補習を受けています。」


そう、昨日のララの試験結果は最悪だった。

勉強不足というのもあるが、一晩中起きてしまっていたための寝不足が最大の原因。

原因の理由でもあるアロン自身、その状況や結果についてララを咎めるなど出来なかった。


だが学生の本分は、学業。

試験結果が悪く、しかも明日の休息日含め2~3日不在となれば今日中に挽回しなければならず、泣く泣くララはマガロの元へ行くことを断念したのだった。



「人間も大変ねぇ。」


“集団で画一的な教育を受けさせる”

万を超える時を生きるマガロだが、人間社会の “学校” というシステムはいまいち理解が出来ていない。


同じ個体だろうと、得手不得手はある。

それを見定め、得意分野を鍛え上げるのがモンスターの習わし。

特に群れをなして生きる種族はその傾向が強い。


それは人間も同じであるはずだと、マガロは考える。

しかも、人間は梯世神(ていせいしん)エンジェドラスから与えられているとされる “適正職業” で少なくとも八分割されている。

それにも関わらず、同じような教育を施すのは不合理極まりない、というのがマガロの感想だ。


――だからこそ、興味が尽きない。



「マガロさん、前のお皿を交換しますので出してください。」


「ええ。ありがとう。」


ファナに言われ、マガロが “次元倉庫” から出したのは前回ファナが持ってきたパイ皿だ。


“使った物は綺麗にして返す” のが人間の常識だとファナとララから教わり、森の奥に流れる清水で汚れを落とし、ファナから与えられた布で丁寧に拭ったのだ。


薄暗い森の中でもわずかに輝く白い皿。

汚れが無いことに満足するよう頷いたファナは、テーブルの上に “トン” と、持ってきた大きい木籠を置いたのだ。


「はい、これが今日の分と、あとマガロさんのおやつ用です。」


「うふふふ。いつもありがとう。」


青白い顔を少し赤く染め、両手で頬を覆うマガロ。

冷静であろうとも、自然と笑みが浮かんでしまう。


その視線の先はファナが木籠から出した2枚の大皿。


「こっちはお茶会用のアップルパイ。あと、こっちはマガロさんが大好きな、イチジクパイです。」


「嬉しいわ。」


アロンは相変わらずファナお手製のアップルパイが大好物なのだが、ファナはマガロに色んなファナのパイを食べさせてみたところ、ラープス村や邪龍の森では採れない、帝国の西地方の特産品である無花果をワインで甘く煮詰めたコンポートで作ったイチジクパイが最も好みだったと判明した。


ただし同じ帝国内とは言え、季節物の果実のため滅多に流通しない無花果だからこそ、多くは作れない。

しかも、かなりの高級品だ。


その話をしたところ、マガロはイシュバーンの最高貨幣である白金貨を数枚、無理矢理ファナに持たせようとしたこともあった。


白金貨は、1億R。

そんな大金、見た事が無い村娘のファナは、目を回して倒れそうになったのは言うまでも無い。


“修行の対価だから金は要らない”

アロンの説得によって、しぶしぶ了承するマガロであったのだ。



「……何か私に頼みたいことでも?」


早速、イチジクパイを一切れ頬張っては「んー!」と少女のように嬉しそうに悶えたマガロが、姿勢を正して尋ねてきた。


だが、口元にカスが付いていて威厳も何も無い。

半笑いで呆れるアロンとファナだったが、マガロの言う通りだ。


貴重な無花果を、しかも高級酒であるワインをふんだんに使用したコンポートを使うという金と手間をかけた貴重なパイ。

“特別な何か” が無ければ出さない逸品だからだ。


「さすがに察しが良いですね。」


「……ふふ。立ち話も何だから、座ったらどう?」


怪しく光るマガロの眼光。

アロンは黒銀の鉄仮面を外し、マガロが勧めるがまま椅子に腰を掛けるのであった。





「頼みというのは他でもない。ボク達は明日から “プルソンの迷宮” の最下層目指して行きます。」


お茶を啜り一息ついたアロンが、目的を述べた。

小さな口でモグモグとアップルパイを咀嚼するマガロは、しばし間をおいて飲み込み、


「数日留守にするから村を守れということね?」


口元に着いたパイのカスを拭って尋ねた。


「ええ。与えられた天命を全うするためにも、どうしても必要なのです。」


「目的は何かしら? あんなケチなダンジョンに潜る必要性があるとは思えないのだけれど?」


再度、アップルパイを手で掴み口へ運ぶマガロ。

心無しか不機嫌だ。


(さすがのマガロも、プルソンの迷宮の特殊報酬は知らないみたいだな。)


プルソンの迷宮の “6人パーティー以上で攻略すると転職の書を1冊ずつメンバーが取得できる” という特殊報酬は、ファントム・イシュバーンでの情報だ。


だが、何度か手にする機会もあり、課金等で得られる “幻想結晶” で購入可能な転職の書の入手情報よりも、最奥のボス “キュクロープス” を倒す事で得られる素材 “一つ目巨人の眼宝” が有名だ。


ファントム・イシュバーンでは、モンスターから得た素材と費用を “鍛冶職人” に手渡すことで、市販されていない強力な武具を製造してもらえる “錬成システム” がある。

最下級、下級、中級といった下位の装備は武具屋で販売されているが、上級以上となると錬成が基本となってくる。


ちなみに武器に限って “錬成システム” で作れるものは何故か“勇者級” 止まり。それ以上の英雄級、伝説級、神話級は難易度の高いダンジョンを攻略することでしか、入手不可なのだ。


防具のみ “錬成システム” で神話級まで製造することが出来る。


……もちろん、要求される素材は凶悪モンスターのレアドロップアイテムを山ほど、そして何億Rという莫大な金銭が必要となるのは言うまでもない。


こうした錬成システムの中で、“一つ目巨人の眼宝” はキュクロープスのレアドロップアイテム扱いだが、この素材を使って造り上げられる武具は微妙な性能なものばかり。

苦労して得ても、恩恵が少ない。


では、なぜこの素材が有名なのか。

それはずばり、素材屋で売り払うと高価格で買い取ってくれるからだ。


その額、50万R。


キュクロープスから入手できる通常の素材が、一つ5万Rほどであると考えると破格だ。

このため、金策に走るプレイヤーによって乱獲される対象として、プルソンの迷宮のキュクロープスが有名となったのだ。



では、現実のイシュバーンではどうなのか。


最下層まで行ける可能性があるのは、当然ながら超越者のみ。

しかし、超越者視点からすると、危険を冒してまで金策に走る必要が無い。

何故なら、すでに帝国から毎月莫大な給金を得ているからだ。


だから、イシュバーンの民はもとより、超越者も立ち寄らない寂れたダンジョンとなってしまっている。


――アロンに討たれた “荒野の光” のレントール達がプルソンの迷宮攻略に乗り出したのは、唯一、このキュクロープスから採れる素材 “一つ目巨人の大爪” が、武闘士系だったブルザキの武器 “ナックル” の上級武器、そして僧侶系であるソリトの武器 “杖” の上級武器の素材として必要だったからだ。


ファントム・イシュバーンでは金策のみのダンジョン、そしてイシュバーンではそのイメージから立ち寄る必要の無い微妙なダンジョンという位置の “プルソンの迷宮” だったが、必要とする者から見れば、それなりに攻略しようと思う場所であった。


――何故なら、この世界では満足出来る屈強な武具が無いからだ。


レベリングの難しさ。

同時に上げにくいSPの総量。

そして、入手できる武具の質。


転生者を悩ます、歯がゆい問題。

いくら死なぬ身体に他者では持ち得ない圧倒的スキルを有していたとしても、“ゲーム” であるファントム・イシュバーンのようにはならないリアルで、彼らは彼らなりに苦労しているのだ。


それが、イシュバーンの現実(・・)



「ファナやララはともかく、ボクの仲間たちのレベリングのために最適なのがプルソンの迷宮なんだ。良い機会だから、完全攻略という達成を一緒に味わいたい。」


丁寧に説明するアロンを眺め、マガロは「ふーん」と興味無さそうに相槌を打つのであった。


「約束は約束よ? わざわざこうして断らなくとも、村に悪意ある者が訪れれば私が対処する。2日前の件も、貴方が対処しなければ私が追い払ったわ?」


「ああ。だが奴等こそボクが倒すべき相手だった。」


再びアップルパイを摘む指先を眺め、呟くアロン。

パイを口元で止め、マガロは、


「ええ、そのようね。念のために橋渡しの娘に様子を見させたけど、どうしようも無い獣のような人間だったと聞いたわ?」


と、告げてアップルパイを咀嚼しはじめた。

同じようにアロンはアップルパイを一切れ手で掴み、頬張る。


「獣が、人間を獣だと断ずる理解があるのか?」


皮肉を言うアロンに、笑みを浮かべた。


「森の子らも繁殖はする。それは生存本能。だが、彼らにとって貴方たちが言う理性とは歯止めであり、闇雲に自らの子種をばら撒く行為とは対極に位置する。臭いで分かったが、アロン殿が殺害した彼らはその歯止めが無い知性、理性の低い獣と同じだったわ。……いえ、自らの子種だけで群れを生み出せばいずれ破綻することは程度の低い獣でも本能で知っている。それすら感じさせない彼らは、獣以下ね。」


饒舌に語るマガロ。

彼女から見ても、レントール達は “程度の低い獣以下” だったというのだ。


「それにしても。」


アップルパイを飲み込み、マガロは妖艶な笑みを浮かべた。



本当に殺せるのね(・・・・・・・・)? 奴等を。」



アロンも、ごくりとパイを飲み込む。


「橋渡しの娘を使って見ていましたよね? ボクは、彼らを殺せる。」


「正直なところ半信半疑だったけど、凄いわね。」


微笑み感心するマガロを前に、身を乗り出すように肘を着き、睨むアロン。


「ところで聞きたかったのですが、奴等を殺す前に、貴女がボクのこの剣に仕掛けた “邪龍の保護” とは一体なんだ? 何故そのような事をしたのですか?」


レントール達を倒す直前。

ラープス村の入口前に座るアロンに、“傲慢の魔王(オルグイユ)” を使って接触をしてきたマガロは、アロンの神剣グロリアスグロウに、“気配遮断” の効果を付与したのだ。


ファントム・イシュバーンで、“気配遮断” と言えば武闘士系上位職の “忍者” スキル、“忍者の心得” くらいしか思いつかない。

しかもそれは、攻撃やスキルの動作音や周囲に与える影響を限りなくゼロにする常時発動能力(パッシブスキル)であり、そもそも、武器そのものに効果を及ぼすものでは無かった。


それを武器に効果を付与出来たのは “ゲームの世界とは違うから” と理解したが、そもそも何故、マガロはわざわざアロンの武器に気配遮断を仕込んだのか。


「んー。」と考える素振りのマガロ。

すると、


『ズリュッ』


「うわっ!?」

「キャッ!」


突如、マガロの長い黒髪が伸び、アロンとファナごと空間を包む。

これは、初めてアロンがファナをマガロの元へ連れて行ったときに、彼女が見せたものだ。


久々であり突然だったため、思わず身構えた二人であった。


「そんなに殺気立たせないで? 前と同じよ。」


「……やるなら、初めから言ってください。」


呆れるアロンは、背に背負ったグロリアスグロウの柄から手を外す。

ファナもまた、握り締めた拳を降ろしたのであった。


二人の様子に、マガロは満足そうに口元を歪める。


「いいわね。すぐに臨戦態勢になれる。」


「修行を付けてくれる師匠の教えが良いからね。」


皮肉なのだが当のマガロはさらに笑みを深めた。



「……聞かれたくない事か?」


「そうね。誰が聞いているか分からないものだから。ところで。」


歪めた口元をキュッと締め、目を細める。

一瞬で雰囲気が変わったマガロの気配を受け、アロンもファナも、額から冷たい汗が垂れた。



「アロン殿。その剣が何であるかご存知で?」


「は?」



質問の意味が分からないアロン。

だが、その表情を見て再び口を綻ばせるだけだった。


「それで十分だわ。」


「待て。答えになっていないぞ? 一人で納得していないで、分かるように説明して欲しい。」


憤りを隠そうとしないアロン。

隣のファナもムスッとしてマガロを睨んでいる。


ふぅ、と一つ息を吐き出し、マガロは語り始めた。


「アロン殿。貴方がどういう方法を使ったかは知らないけど、向こうの世界に存在する “在ってはならない” 武具をこの世界に持ち込んでいる。つまり、貴方個人の戦力で世界のバランスを脅かすものなのよ?」


「それは……。」


“当然、理解している”

不死となる超越者の身に、ファントム・イシュバーンで得た絶大なスキルの数々。

“最強” と呼ばれたアロンは、それだけでも他の超越者を圧倒出来る上、“永劫の死” という超越者を完全に殺害出来るスキルまで有している。


ファントム・イシュバーンに存在した “神話級” の武具は、はっきり言って過剰戦力だ。

マガロの元での修行で、前人未到のレベル680目前に達した【暴虐のアロン】が揮えば、それこそ敵う者など存在しないだろう。


「以前、話したかしら? この世界は神の手によって超越者が招かれ、終わらない戦争に加担させられていることを。その神の使徒たる “駒” を殺せるだけでも十分脅威なのに、神の力を宿す剣(・・・・・・・)を無闇に揮うなどすれば、それこそ、世界に災いが齎されるかもしれない。」


マガロの言葉に、アロンもファナも青褪める。


「世界に、災いが……。」


「まぁ、あり得ないだろうけどね? そうならないために、私が保護を掛けたから。だからアロン殿は気にせず害虫を駆除して欲しいの。アモシュラッテ様からもそう言われなかったかしら?」


真面目な顔を一辺、口角が上がる。

“邪龍” とは言え、優し気な微笑みにアロンもファナも少しばかり落ち着いた。


「ええ。御使い様より御名を持って赦すと賜りました。」


「そう。それは良かった。期待しているわ。」


御使いこと、狡智神アモシュラッテと、邪龍マガロ・デステーアの2柱からの期待。

どちらも “ただならぬ二つ名” の存在だが、神と伝説の龍からの期待を受けているという事実が、アロンを後押しするのであった。





「ふぅ。」


アロンとファナが去った後。

静寂に包まれる森の最深部。


時刻はまだ昼過ぎだが、そびえる霊樹に囲まれ薄暮時のように薄暗い。


『ズリュッ』


徐に、マガロは髪を伸ばして広々と空間を作った。


闇に、青白い星が輝くような空間。

しばし、一人で佇むマガロだが。



「よく、我慢出来たわね。」



響く声。

同時に、マガロは跪いた。



「ご無沙汰しております。エンジェドラス様(・・・・・・・・)。」



暗闇の空間に、銀と白で輝く箱が浮かび、奇妙に形作りながら開かれていく。

その箱が扉のような形になったと同時に、中から白い女が姿を現した。


白いスーツに、長い白の髪。

切れ長の冷たい目の、背の高い女性。


“梯世神エンジェドラス”


「2万年ぶりといったところね。元気そうで何よりだわ、マガロ。」


髪をかき分けたエンジェドラスは、笑みを浮かべた。

マガロは跪いたまま「勿体なきお言葉」と呟く。


「うふふ。貴女が結界(・・)を張ってくれるのを今か今か待っていたのよ。」


「ええ。気付いておりました。目的は、彼ですか?」


「そうね。あと彼の隣にいた子も興味深い。貴女が鍛えたのでしょ? あの箱庭から(・・・・・・)取り出した玩具(・・・・・・・)で無いのに、()に辿り着いているじゃない? これもアロン君のおかげかな? まるで……。」



天空人(・・・)のように、ですか。」



マガロの言葉に、エンジェドラスはグニャリと顔を歪ませた。



「そうね。この事にあの方々(・・・・)がいつ気付くのか、それとも……気付かずアモスの手の平で踊る(・・・・・・・・・・)のか、見物だね。」



「エンジェ様。」


「なぁに?」



「これは、貴女とアモス様の謀ですか?」



顔を上げるマガロ。

星に照らされたその顔は、様々な感情が浮かんでいる。


悦び、怒り、悲しみ。

そして、期待。



「私はアモスに言われたまま手を出しただけ。奴が最終的に何を狙っているかは、神すら知る由も無いことよ?」



再度、髪をかき分けたエンジェドラス。

まるで、“自分には責任は無い” と告げているようだ。



「それよりも良く我慢できたわね? この世界の秘密(・・・・・・・)をあのまま話すのではないかと、肝が冷えたわ。」


微笑むが、多少口元が引きつっている。

それを確認し、マガロも同じように微笑んだ。


「まさか? 彼らはこの世界の人間ですよ? 管理者(・・・)としてそんな真似をするはずが無いでしょう。」


「ふふ。さすがは糞ババア(ミーア様)に忠誠を誓った “忠義と嘆きの邪龍” ね。もう2万年にもなるでしょ? 飽きないかしら、毎日祈るなんて。」


「それが、私の役目ですから。」


目を閉じ、祈るように両手を組むマガロ。

その姿を憐れむように、見下すように、エンジェは見つめた。


「こうも牙が抜け落ちるなんて。しばらく見ない内に耄碌したものね、マガロ。」


呆れ、吐き捨てる。

だがマガロは跪いたまま、笑みを浮かべるだけだ。


「エンジェドラス様、一つお聞きしてもよろしいですか?」


「何かしら。」



「グロリアスグロウを持ち込ませたのは、貴女ですか?」



一瞬、固まるエンジェドラス。

だが、それは僅かな硬直だった。


「私じゃないわよ? いくら私でも、玩具を吸い上げる以外干渉することなど出来ない。……つまり。」


「十分です。エンジェ様。」



微笑んだまま、立ち上がるマガロ。



「十分?」


「ええ。後は彼女(・・)が聞きますので。」



『バギンッ』


「グギッ!?」



突然、閃光が走る。

暗闇のマガロの空間が真っ白に染まり、すぐさま静寂の闇へと戻る。


否、一つだけ違う。


優雅に佇んでいたエンジェドラスの胴体に、歪な青白い鎖が巻かれた。

その鎖は食い込むようにエンジェドラスの肉体を縛り上げ、自由を奪った。



「これ、は!?」


「はいはい~。お久し振りです、エンジェ様ぁ。」



陽気な、野太い声。

マガロの隣がボヤッと歪み、そこから姿を現したのは青髪の長身の女。


――いや、男だった。


胸元がばっくりと開いたスーツを纏いクネクネと歩くその男の顔には白粉が塗ってあり、唇にも紅が乗る。



聖龍(リース)……。」



苦々しく口にする、エンジェドラス。


その女のような男は、マガロと同等の存在。


ウェスリク聖国、海の中の宮殿。

【レヴァイタンの大迷宮】


その最奥を守護する、龍。

“寛容の聖龍” リース・セインティスだった。



「なぜ、貴様が……!?」


顔を顰め、何とか自身を縛る力を解こうと藻掻くエンジェドラスだが、その姿を見てクスクスとリースは嗤う。


「あらやだ、お察しでないの~? グロリアスグロウに、ルール適用外の存在を送り出した神サマ達。もうこれは、決まっているじゃない~。」



リースは、捕らえられたエンジェドラスの顎に手をソッと差し伸べ、耳元に口を近づけて呟くように告げた。




三大神たち(糞ったれ共)への、謀反。」




ギリッ、と歯を食いしばる。

『ビギビギ』と拘束の鎖に、歪な音が響く。


「おっと!? さすがは神様ねぇ~。」


リースはエンジェドラスを縛る鎖に手を掛ける。

同時に青白い光が仄かに浮かび、鎖はより強固となった。


「貴女様と、アモス様が何を企んでいるか知らないけど~? せっかく害虫(・・)をまっさらに駆除してくれそうな人材を寄越してくれたんだから~。利用しない手は無いじゃない?」


「なら……私たちと貴様らの利害は一致するはず!」




「黙れ、裏切り者(・・・・)。」




リースは鎖の力を強め、さらにエンジェドラスを縛り上げた。

苦痛に歪む、彼女の顔。


一瞬、笑いかけたがリースは表情を落とした。


「今更なによ? あのお方(・・・・)をあんな場所に追いやり、あんなモノをこっちの世界(・・・・・・)あっちの世界(・・・・・・)植え付けた(・・・・・)三大神(糞女狐達)に与する貴女様たちが、しかも、この世界にとって害でしかないあっちの世界の連中を寄越す役割を担う貴女様が、今更何を取り繕っても後戻りは出来ないのよ?」


「だ、だがそれはっ!」


「言い訳無用~。それに抵抗無用~。迂闊よねー。神を殺せる私たちの前に、ノコノコ偉そうに姿を現すなんて? さっき、マガロさんに言っていたわよね? 耄碌したって。それは、貴女様じゃないのぉ~~?」



「こ、このぉ。オカマ野郎が!」



叫ぶエンジェドラスに、思わずマガロは「あっ!」と声を上げた。


それは、聖龍(・・)に対する禁句(・・)だったからだ。



「……今、何て言った? このアマァ!」



『ギギギギギギギギ』


「ああああああああっ!」



ギチギチと、拘束する鎖が大きく、そしてさらに強くエンジェドラスを縛り上げた。

余りの苦痛に叫び、口から血を流すエンジェドラスだった。


「止めろリース。さすがにやり過ぎよ? 今ここでこのお方を殺してしまったら、さすがに奴等が黙っていない。」


思わず止める、マガロ。

「フー! フー!」と顔を真っ赤にして、大きく鼻息を荒げるリースは、大きく深呼吸をして鎖を弱めた。


「失礼、エンジェ様。でも、二度と言わないでね~?」


まだ顔を怒りに歪めるが、いつもの “オネェ言葉” に戻す。

少し落ち着きを取り戻したリースは、隣に立つマガロに顔を向けた。


「マガロさん。予定通りこのお方は、覇龍(オルオ)の元へ運ぶわ~。」


その言葉に、エンジェドラスは「何だって!?」と叫んだ。

だが、ヘラヘラとリースは嗤うだけだ。


「当然じゃない? いずれこの拘束も抵抗(レジスト)されてしまうって分かっているのだから~。むざむざ、放っておくわけないじゃない~?」


再度、ギリッと歯を食いしばるエンジェドラス。

その様子に、リースは満足そうだ。


覇龍(オルオ)は私と違って優しいから安心してね~。まぁ、洗いざらい吐いては貰うことにはなると思うけど?」


「……こんな真似をして、三大神が黙っていると思うか? 私が向こうの世界に戻れないということは、滞る(・・)ということだぞ?」


一瞬、顔を見合わせるマガロとリース。

だが、すぐさま、リースは嗤う。


「望むところよ~? 彼が間引きして、供給も止まる。気付いた時はすでに遅し。良い塩梅だと思うんだけどね~?」


そう言い、エンジェドラスを縛る鎖を肩に掛けた。


「じゃあマガロさん。後はオルオを介して相談しましょう~。これから面白くなるわねー!」


「ええ。貴女にも苦労を掛けますが頼みますね、リース。」


薄く笑うマガロは、小さく「旦那様、お願いします」と告げた。

すると、マガロの空間を突き破って、赤い茨が足元から伸びる。


「じゃあリース。貴女の旦那様にもよろしく。」


「ええ。またね、マガロさん。」


赤い茨に包まれる、リースとエンジェドラス。

――それは、神にも悟られない、知られない、龍だけの移動方法であった。



だが、包まれる瞬間。

隙間から覗くエンジェドラスの瞳を見て、マガロは背筋が凍った。




「……本当に、これで良かったのかしら?」


――恐らく、三大神には当面気付かれない。

だが、共犯者(・・・)のアモシュラッテはどうか。



「注意しないとね。」



――アロンが動く裏。


龍たちも、動くのであった。







某所。


「くくく、ふふふふふ。」



一人、空間で笑うのは狡智神アモシュラッテ。

この一部始終を眺めていたからだ。




「狙い通りだなぁ!」



笑う。

それは、一人捕まった女を思って。




聖龍(リース)に連れられる時。

茨の隙間から覗くエンジェドラスの眼が、雄弁に語っていた。




『狙い通りよ、アモス。』




神もまた、大きく動き始めるのであった。



次回、11月4日(月)更新予定。


それ以降の更新ですが、しばらく(11月中)は週2回更新になるかもしれません。

申し訳ありませんが、追ってご報告いたします。

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