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5-9 長い一日の終わり

『シュンッ』


アロンは怨敵レントール達を倒し、そしてカイザーウルフの婆と別れた後に、自室へとディメンション・ムーブで戻ってきた。


「アロン!」

「兄さん!」


呼びかける声に、驚き戸惑うアロン。

時刻は深夜を過ぎ、あと数刻も立てば空が白む。

それにも関わらず、アロンの帰りを待っていた最愛の妻のファナと、妹ララであった。


「ファナ、ララ……。」


アロンは “装備換装” で一瞬にして普段着へと戻る。


書物スキル最高レア度を誇る装備換装は、単純にアイテムや武具を持ち運ぶのみに取得したアロンだが、本来はアイテムバッグの中身や装備そのものを “換装” するのが正しい使用方法だ。


そのため、いつもの装備品と普段着の両方を登録して、このように一瞬で姿を変えられる。


……この事に気付いたのは、つい最近。

セイルをダンジョンである【プルソンの迷宮】へ連れ出した時に、セイルがふと『装備換装って、装備変更にも使うのでは』という一言により、試したところ上手く行ったからだ。


この辺りも、“ゲーム” が当たり前の別世界の住人と、異世界イシュバーン出身のアロンとの思考や認識の違いであった。



「ただいま。」


笑顔を、待っていてくれた大切な二人に向けたのと同時にアロンへと駆け出して抱き着くファナとララ。


「アロン……良かった。無事で、良かった。」

「兄さん、一人で抱えないでよ……。」


震える二人に手を回し、優しく抱きしめるアロン。


「ありがとう……。ごめんね。」


二人の不安、そしてアロンを想う心。

噛み締めるように、二人を包むのであった。





「御使い様より賜った天命を果たせる。」


僅かに外が白み始める中。

厨房のテーブルに座り、温かな茶を飲みながらアロンは二人へ報告する。


「“荒野の光” は?」


「追い払った。リーダーを失った彼らがどのような行動を取るか分からないが、まぁ、大丈夫だろう。」


アロンの見立てでは、盗賊崩れの蛮人。

仮に彼らが襲撃してきたとしても、リーズルとガレットによって鍛え上がられたラープス村の護衛隊なら問題なく対処が可能だろう。


「兄さんが超越者を倒したことが知られたら……。」


「望むところさ。それに遅かれ早かれ、ボクの目的は知られるべきだ。」



この世界は、あらゆる面で超越者が厚遇されている。

その結果、レントール達が仕出かしてきたように、苦しむイシュバーンの民はごまんと居るだろう。


レベル680目前という実力。

イシュバーンに存在していないだろう神話級の武具。

そして、超越者をも殺害出来る存在。


しかも【暴虐のアロン】と呼ばれ恐れられる者。


アロンの天命、目的が知れ渡れば悪業を自重する超越者も増えるだろう。

同時に、NPC(モブ)と虐げられてきたイシュバーンの民は、アロンの存在を歓迎するかもしれない。


だが、どれも現時点では想像の範疇を超えられない。

アロンというイレギュラーな存在が、どのように世界に作用するかはまだ分からないのだ。



「前から伝えているとおり、この状況において最も危険なのが、ファナとララだ。」



アロンへの抑止力と成り得そうなもの。

それは、妻と妹の存在だ。


“この二人を人質に取ってしまえば、さすがのアロンも止まるだろう”


普通なら、そう考える。


だが。


「それこそ、望むところよ。」

「兄さんの邪魔にはならないから。」


アロンが為すべき天命の支障にはならない。

それが、二人の覚悟。



もし超越者や国が、ファナとララを利用するなら?


人質として捕え、アロンを脅したら?



その瞬間、“国” は破滅へと向かうだろう。



その時、アロンは容赦するつもりは無い。

むしろ、アロンの抑止力は “ファナとララ” が平穏無事であるからこそ機能するのだ。



“二人に手を出したら避けられぬ絶望が降りかかる”



その単純かつ明確な事柄を、世に理解させる。


“永劫の死”

“ディメンション・ムーブ”

“神話級の武具の数々”

“圧倒的スキル数”

“異常なレベル”


手段を選ばなければ、国落としも可能な存在。

それが、【暴虐のアロン】だと理解させるのだ。



それ以前に、誰がファナとララを捕らえることが出来るのか?


二人は、すでに上位の超越者と遜色が無い。

下手に手を出しても返り討ちにされるだろう。




「さて、目的の一つは達成できた。いよいよ。」


「プルソンの迷宮、攻略だね!」


不安と眠気を飛ばすかのように笑顔で告げるララ。

いつもの笑顔を浮かべ、頷くアロン。


「ああ。“転職の書” を手に入れよう!」


アロンが持ち込んだ転職の書は、残り16冊。

ファナとララを極醒職に辿り着かせるためには、数が足りない。

もちろん、リーズル達も強くするためにもまだまだ転職の書がまだまだ必要となるのだ。


プルソンの迷宮で6人以上のパーティーで攻略すれば、一人1冊手に入る。

つまり、最低でも6冊。


ただし1ギルドパーティーにつき1度きりの特典だ。

他国のダンジョンでも同様であり、いずれはそのダンジョンも攻略しよう……と考えるアロン。



そして、もしファントム・イシュバーンの設定が同じならば、例外的(・・・)に、多くの “転職の書” を得られる場所が存在している。



「ファナ、ララ。」


改めて、アロンは告げる。



「二人が覚醒職のジョブマスターに辿り着いた暁には、連れて行きたい場所がある。」



首を傾げる二人。


「どこへ?」

「アロンとならどこでも着いて行くよ。」



「 “ベルフェゴールの大迷宮” だ。」



悪戯をする子供のような表情で告げる、アロン。

その言葉に、ファナもララも二人揃って「ひっ」と短く吐き出した。


「ベ、ベルフェゴールって、“奇跡の谷” の……?」


「あの、天空の……。」


顔を青くして言葉を漏らす。

震える二人の様子を見て、アロンも “恐怖” を振り払うように、笑顔で告げた。


「そう、そのベルフェゴールだ。」




世界7箇所の “大迷宮” は謎に包まれている。


それは、VRMMOファントム・イシュバーンから転生した超越者でさえも、その全てを知る者が居ない。


何故なら、大迷宮攻略者はアロンしか居ないからだ。


――尤も、アロン自身がそのことを公表していないため、あくまで “【暴虐のアロン】が大迷宮を攻略した” という噂話の域を出ておらず、公式的には未だに攻略達成者が存在しないとされている。


加えて、7つあるはずの大迷宮の内、1つは何処に存在しているかすら知られていない。


一応、三大国に2つずつ(・・・・・・・・)存在しているだろう(・・・・・・・・・)、という予測から、最後の一つは帝国に存在しているのでは無いかという噂はある。


発見されていない最後の大迷宮。

その名は【ルシフェルの大迷宮】

つまり、アロンだけが知る “邪龍の森” の真の姿だ。


逆に、異世界イシュバーンでも、VRMMOファントム・イシュバーンでも、共通して存在が知られている大迷宮がある。



その名も、【ベルフェゴールの大迷宮】



場所は、イシュバーンの大陸のちょうど中心。

三大国の国境界となる、世界のど真ん中。


通称、“奇跡の谷”


三大国の全てに跨る国境界は、底の見えない深い谷で分断されている。


イシュバーンの神学、そしてVRMMOファントム・イシュバーン共通して、その谷は “遥か古代時代、神々が邪悪な悪魔と千年の激闘の末、地底深くに封印した地” として伝わる場所だ。


三つの大国を分け、どの国にも属さない不毛の谷。、


だが、太古より終わらない戦争を繰り返す “血塗られた大陸” ことイシュバーンで、伝説の闘い以来一度も争いが無いとされる、不戦の地。



血に染まらない、奇跡の谷。


それは、広大な渓谷が広がる美しい世界だった。



しかし。

訪れた者はその圧巻な風景には心を奪われない(・・・・・・・)


誰もが天を見上げ、息を飲む。


三大国の国境界の僅か200m程上空に、それ(・・)があるからだ。



大地から切り取ったような、浮遊する島。

その島の内部には、未踏破のダンジョンが存在する。



それが、【ベルフェゴールの大迷宮】



異世界イシュバーンで固有名称を付けずに “大迷宮” と言えば、このベルフェゴールの大迷宮を指すほどの有名なダンジョンである。


何故なら、イシュバーンの民なら誰もが学ぶ神学で、このベルフェゴールの大迷宮は、奇跡の谷の奥底に封じた悪魔を押さえこむための “神の楔石” とされていて、大迷宮の内部には、神が悪魔を撃ち払った神器が眠ると謂われがあるほど神聖視されているからだ。



では、ファントム・イシュバーンではどうか?


実は、全てのプレイヤーが知らず知らずに目にしているのが、この “ベルフェゴールの大迷宮” である。


何故なら、ファントム・イシュバーンのオープニング画面で映し出される広大な空と大地こそ、ベルフェゴールの全容なのだ。


つまり、ファントム・イシュバーンのプレイヤー間にでも【ベルフェゴールの大迷宮】は非常に有名であり、同時に憧れなのである。



“いつか、この大迷宮を踏破する”


“誰よりも早く、一番に踏破する”



そう考え、挑戦する最上位プレイヤーは多い。



【ベルフェゴールの大迷宮】への入口は、悪魔が封じられているとされる奇跡の谷の底にある転移方陣から、浮遊島に簡単に移動できる。


その間、“奇跡の谷” という名前の設定上なのか、底までモンスターは一切現れない。

つまり、奇跡の谷にさえ辿り着けるなら、低レベルでも “大迷宮” の浮遊島に辿り着くことは出来る。


問題は、その後。

転移方陣のある洞から外へ出て、【ベルフェゴールの大迷宮】の真の入口まで、体感的に100m程。

走れば、10数秒で辿り着く距離だ。



その僅かな距離で、多くのプレイヤーが “デスワープ” を発動させる事になった。



洞から出て入口までの僅かな間。

奇跡の谷の静寂が嘘のように、無数の飛竜(ワイバーン)が群れとなって襲い掛かってくるのだ。


討伐危険度Aランク。

集団討伐推奨レベル320。


単騎でも迷宮のボスレベルのワイバーンが、群れをなして襲い来る、まさに、死地。


撃退しようにも余りの物量で押し切られてしまう。

逃げてやり過ごそうにも、あちらこちらから火球ブレスを弾幕のように吐き出してくるため、生半可なレベルや装備ではたちまち黒焦げにされてしまう。


この弾幕を対処するため、あるパーティーは、全員が “火属性無効” となる装備で固めて走り抜き、ベルフェゴールの大迷宮の入口に辿り着いたことがある。


ブレスに耐えられるだけのレベルと装備があれば、入口にはたどり着ける。

だが、その直後に彼らは絶望に塗り潰された。


第1階層は、広い一室のみ。

そこで、いきなりボス戦が始まる。

まるで、大迷宮に入り込んだ不届者を排除せんと巨大なボスモンスターが待ち受けているのだった。


出てくるボスは、ブリザードキマイラ。

討伐危険度Sランク。

集団討伐推奨レベル400。


扱うは、水属性と風属性の複合攻撃。

さらに猛毒を始めとする様々な状態異常攻撃を有する厄介な存在だ。


“火属性無効” で固めた装備は、多くが水属性か風属性を弱点としてしまう。

装備を変更して対応出来れば良いが、初見ではまず不可能だろう。


こうした情報を元に装備やアイテムで準備を固めても、第2、第3階層と、奥へ進めば進むほど、難易度と凶悪さが増してくる。


ありとあらゆる想定をして潜り込んだとしても、その想定すら上回る、大迷宮の階層数。


その数、120階層にも及ぶ。



“運営の悪意の塊”


“クリアさせる気が全く無い”


“ファントム・イシュバーンのラストダンジョン”



それが、【ベルフェゴールの大迷宮】の評価だ。



ちなみに、公認の最高到達階層は68階層。

ファントム・イシュバーンのギルドランキングで1位をキープする最強ギルド、聖国陣営 “ヴァルハラ” 率いる “殲滅天使” こと “大賢者”(マスターセージ) ミリアータとその仲間によって到達した記録は、未だ破られていない。


【暴虐のアロン】に次ぐ重廃人プレイヤーと言われるミリアータの当時の到達レベルは710で、仲間のレベルもアベレージ650。


それでも、ようやく中間地点を超えるが限界だった。



ちなみに、アロンの到達階層は60だった。


実は、彼はそこで引き返した。

何故なら、そこでアロンの目的が達成できたからだ。


60階層のボス、ワイトキングアナザー。


討伐危険度Sクラス。

集団討伐推奨レベル580。


すでに4つもの大迷宮を攻略したレベル900超えのアロンにとって、ワイトキングの亜種とは言え、ただの大型モンスターに過ぎない


最上位パーティーでも苦戦必至の相手ではあるが、アロンは問題なく軽々と倒した。


そこで手に入るアイテム。

一つが、確定ドロップアイテムとして “転職の書”


そしてもう一つ。

それこそ、アロンが求めた物だった。



レアドロップアイテム “アナスタシスの天宝石”



意匠を凝らした造形の腕輪。

目に付くのはサファイアのような鮮やかな蒼の宝石。



――その蒼は、愛するファナの瞳のよう。



“イシュバーンに転生し、再びファナと結ばれたら、この腕輪を贈ろう”



書物スキル “装備換装” を何が何でも入手し、このファントム・イシュバーンの様々な武具やアイテムを持ち込もうと考えていたアロンは、この腕輪を手にしてファナに贈ることを決めていたのだ。


ワイトキングアナザーのレアドロップアイテムであるため、何度か倒さねば手に入らないと思っていたが、運良く1回の撃破で得る事が出来たアロン。


先も長い【ベルフェゴールの大迷宮】には全く興味が無く、さっさと脱出したのであった。



だが、この時の知識と経験が活きる。


この大迷宮の60階層ボス、ワイトキング。

確定ドロップアイテムが、“転職の書” だ。


ファントム・イシュバーンの確定ドロップアイテムは、原則、撃破した時に生存しているパーティーのメンバー全員に配布される。


つまり【プルソンの迷宮】の限定特典を常に得られることと同じである。


だが、言うは易し。

行うは難きである。


そこまでに辿り着くためには、まず “奇跡の谷” に辿り着き、奥底の転移方陣で浮遊島へと移動することから始まる。


洞を出て、ワイバーンの群れを掻い潜り【ベルフェゴールの大迷宮】へと入り、迫りくる迷宮内の凶悪なモンスターを倒しつつ、階層毎に控える討伐危険度Sクラスのボスたちを撃破しては、一つずつ階層を進む。


それを60回繰り返した後に、手に入る。



当初アロンは、イシュバーンに戻ってきてもこの【ベルフェゴールの大迷宮】に潜るつもりは無かった。


しかし、マガロとの邂逅の末、イシュバーンの世界で前人未到のレベル680目前となり、妻のファナも妹のララも平均レベル500となり、さらには “不可能” と思っていた適正職業を超える転職が可能であったことから、ファナもララも、超越者以上の実力者となったのだ。


加えて、リーズル達。

ファナ達に及ばないにしても、その実力はイシュバーンの民から見れば圧倒的だ。


さらにレベリングを行い、転職を繰り返せばいずれは【ベルフェゴールの大迷宮】へ挑戦出来るだけの力を得られるはずだ。




「もちろん、今すぐじゃない。慌てて飛び込んでも、入口に付く前にワイバーンの餌食になるからね。」


笑顔のアロンの言葉に、更に青褪めるファナ達。


「ワ、ワ、ワイバーン!?」

「伝説のモンスターじゃない!」


「あ、そうか」と照れくさそうに頬を掻くアロン。


飛竜など、普通は見かける事などない。

それこそ、教科書の挿絵くらいでしか見ない存在だ。


「ボクは向こうの世界で普通に倒した相手だからね。今のファナとララでも問題無く倒せると思うよ。」


「「へ、へぇ~~。」」


“伝説上の凶悪モンスターと戦わせる気なの!?”


愛する夫、そして幼い頃から憧れ大好きな兄の感覚に、呆れる二人であった。



「さて、ララも言ったとおりまずはプルソンの迷宮の攻略だ。いよいよ本格的に潜り込もうと思う。ただ、その前に……。」


「マガロさん?」


「そう。明後日……いや、日付では明日だな。約束の日に合わせてボク達が留守になることを伝える。あとは、リーズル達が一緒についてくるかどうかも確認しなくちゃな。」


“次回はお茶会”

自宅に戻る前、人間の姿に化けたカイザーウルフの婆が告げたマガロの言葉を思い出しつつも、プルソンの迷宮攻略の事を思い巡らせるアロンだった。


「リーズル君は絶対来るよ。」


ニヤッと笑って横目でララを見るファナ。

当のララはビクッと身体を震わせ、徐々に顔を赤くさせるのであった。


「あと、セイルも来るだろうね。あの子、今日……あ、昨日か。アロンに言われたことを凄く気にしていたみたいだから。」


真っ赤に顔を染めて何か言わんとするララを無視するように、ファナは不安げに告げた。

そしてファナは、ずっと言い出せなかった想いをアロンへとぶつける。


「ねぇ、アロン! セイルは貴方の言うとおり、私たちの仲間なんだよ? あの子が……私たちを裏切ったり、他の超越者みたいに酷い事をするなんて思えない。だから……。」


「……転職の書、かい?」


温くなったお茶を一口啜り、アロンはゆっくりとファナへと顔を向けた。


小さく頷くファナ。


「転職の書があれば、セイルも私と同じ “武僧” になれるみたいなの。そうすれば、今よりももっと強くなれる。だから。」


「ファナ。悪いがボクは手持ちの転職の書を超越者に渡す気は無い。例え、セイルさんでもね。」


瞳に涙を溜めて、息を飲みこむファナ。

隣のララも、目を伏せる。


それほど、愛する夫は、兄は、超越者を憎んでいる。


茶器をテーブルに置き、アロンは静かに告げる。


「確かの彼女はボク等の仲間だ。それに疑いは無い。だけど、今ボクがこうして立っていられるのも、向こうの世界から武具を持ち込めたことも全部、御使い様の御力があってこそなんだ。……だから、“選別” と “殲滅” の対象である超越者に、生まれ持った能力を超えられる転職の書を渡す事はしたくないんだ。」


「そうだよね……。ごめんね、アロン。嫌な事を聞いちゃって。」


涙を拭うファナの手を取るアロン。


優しく微笑み、ファナとララを見つめる。



「だけど彼女自身が手にした物(・・・・・・・・・・)は、彼女の物だ。」



最初は意味が理解出来なかった。

だが、アロンが何を言わんとしているかを察して、「あっ」と声を漏らし、徐々に笑みを浮かべるファナとララであった。


「アロン……。」


「さ、もうこんな時間だ。明日の仕事は休みだな。」


そう言い、立ち上がる。

嬉しそうに涙を流すファナを、ララも涙目で背をさするのだった。





「ふぁぁ~~。もうすぐ朝かぁ。」


窓に掛けられたカーテンの隙間からは、朝日が柔らかく差し込み、“チュンチュン” と朝を告げる小鳥の鳴き声も聞こえてくる。


そんな朝を告げる世界に、大きく欠伸をするララ。

兄アロンが心配でファナと一緒に起きていたが、寝る事が大好きで普段は徹夜など絶対にしないララだ。


このまま自室へ行って泥のように眠ろう。

そんなララを、気まずそうに見るアロン。


「ところで……。」


「ん? なぁに。兄さん。」


再度、欠伸をしながら眠たそうに返事をする。

隣のファナも安心したのか眠たそうだ。


「ボクの為に起きていてくれたけど、その。」


「何? はっきり言ってよ。」



「オズロンが言っていたけど、今日、試験だよね?」


「……あっ。」



サーッ、と見る見る顔色を悪くさせるララ。


プルソンの迷宮から戻ってきた時に、学校の教師でもあるオズロンから “神学と数学の試験を行う” と聞かされ、帰ったら猛勉強! と誓ったはずだが、ラープス村にやってきたレントール達の騒動ですっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。


ワナワナと、震えが止まらない。


両手で頭を抱えて、叫ぶ。


「しまったー! 試験ー!」


「あ、はははは……。」


両親が不在の中、ララの保護者はアロンとファナだ。

本来、試験を忘れて勉強していなかったとなれば咎める必要があるが、その発端がアロン自身であるため、叱るに叱れない。


「うふふっ。」


はにかんで笑うファナは、寝室に向かっていたを止めて、台所へと向かった。


「ララちゃんのために、目が覚めて元気が出る朝ご飯を作るよ!」


ファナも眠たいが、ララのためにと腕をまくる。

そんなファナに(欠伸や何やらで)涙目のララが両手を組んで嬉しそうに笑みを浮かべた。


「わああああ! ありがとうファナちゃんー!」


「手伝うよ、ファナ。」


アロンも腕まくりをして台所へと向かった。


「兄さんも、ありがとー! じゃあ、私はその間少しでも寝 「「勉強!」」 ……はい。」


“一度寝たら、中々起きない”

昔から寝坊助だったララが徹夜した今、寝てしまったらテコでも起きないだろうし、学校へ行くどころでは無くなってしまう。


酷ではあるが、このまま起きて試験を受けさせるべきと考えるアロンとファナであった。





「い、いってきます……。」


眠気を押し殺して朝日が昇る中、学校へ向かうララ。

そんな妹を笑顔で送る出した。




「……お休みで、二人きりなんて久々じゃない?」


顔を真っ赤に染めてファナが呟いた。


「う、うん。そうだね。」


同じく顔を真っ赤にするアロンだった。





二人は寝室のベッドへ腰を掛け、唇を重ね合わせる。


「ねぇ、アロン。」


「うん……。」




「「寝よう。」」



プルソンの迷宮から戻り、レントール達を退いた長い一日が終えた今、朝日は高くとも、二人も眠気と疲れは限界だ。


“ちょっと勿体ない?”


そう思いながらも、二人はベッドに転がり込み、抱き合いながら横になる。



アロンは、あの日潰えた未来を、愛する人と歩める喜びを噛みしめながら。


ファナは、愛する人が道を踏み外したとしても、こうして抱きしめ共に歩む覚悟と安堵を感じながら。



長い一日を終えた二人は、穏やかに眠るのであった。



次回、10月28日(月)更新予定です。

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