表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/116

5-8 葛藤

『ジュワッ』


焼け付くような、溶ける音。

アロンの視界が深淵の闇から、厚い雲の隙間から僅かに覗く月明かりに照らされた闇夜へと変貌した。


『ズリュッ』


「うわっ!?」


そんなアロンの眼前に、血に染まったような真っ赤な茨の蔓が無数に迫ってきた。

反射的に背負っていた神剣グロリアスグロウに手を掛けて、茨を切り裂こうとした、その時。


『ギッ』


鈍い音を立てて、茨がアロンの僅か30cm程手前で静止する。

そして、そのまま色がじわじわと灰色に染まり、ポロポロと朽ちていったのだ。


「ボクを守ろうとしてくれたのか?」


VRMMOファントム・イシュバーンで、“邪龍の森” こと【ルシフェルの大迷宮】の最悪に佇む最強最悪のモンスター、“傲慢の魔王オルグイユ”


その正体は、巨大な一輪の薔薇だった。


オルグイユの特徴は、真っ青な花弁に真っ赤な茎と茨という異様な姿。

だからこそ、血のように赤い茨を見て、アロンは “オルグイユ” だと思ったのだ。


しかし。



アレ(・・)に知性があるとは思えないけどな。」



アロンがファントム・イシュバーンで撃破した “魔王” は、全部で4体。



イースタリ帝国、最東の岸壁。

【サタニーシャの大迷宮】

“慈悲の光龍” アマツ・ライトカータが守護する者。


“憤怒の魔王” コレール

――七色の輝く、水晶の化け物。



ウェスリク聖国、海の中の宮殿。

【レヴァイタンの大迷宮】

“寛容の聖龍” リース・セインティスが守護する者。


“嫉妬の魔王” アンヴィ

――宙に浮く、水の化け物。



サウシード覇国、地下迷宮の裏の顔。

【アスモデウスの大迷宮】

“純潔の天龍” クラウ・プラネサンが守護する者。


“色欲の魔王” リュグズュール

――人の脳髄のような化け物。



そして。

イースタリ帝国、南に位置する深い森。

【ルシフェルの大迷宮】

“誠実の邪龍” マガロ・デステーアが守護する者。


“傲慢の魔王” オルグイユ

青の薔薇の化け物。



どの魔王も巨大かつ絶望的な戦力を有しており、その都度アロンは果てしない戦闘の末に撃破した、まさに “ラスボス” と言わんばかりの強敵ぞろいであった。


そして、共通する事がもう一つ。



“龍と違い、会話が無い”



どの魔王も戦闘前に必ず “龍” との戦闘がある。

そして戦闘前には、龍との会話がある。


その会話は、“何故、この地に居るのか” だ。


だが、当時のアロンにとっては全く興味が無い話であり他のモンスター同様に倒しても何度も復活(リポップ)する龍を倒しては、レベル上げに素材採取を繰り返した。


そして装備を整え、魔王と相対する。

会話も無く、突如として戦闘となる魔王戦。


どれも、4~6時間という長時間に亘る闘い。


その激闘の末に得られる素材は、無し。

代わりに得られたのは『アジュルードスクロアの鍵』という謎のアイテム、ただ一つのみ。



“全てにおいて異質な存在”



魔王は凡そモンスターとは言い難い造形を持つ異形な存在であり、ただ侵入者を排除することため “本能” で動いているとしか思えないアロンであった。


そんな魔王が、自分(アロン)のために動いた?

俄か信じられない。


その時。


「小僧! 大丈夫か!?」


叫ぶは、人間の姿に化けているカイザーウルフの婆、通称 “橋渡しの娘” であった。


「ああ。大丈夫だ。」


顔を顰める婆を落ち着かせるようにアロンは答えた。

表情は緩やかに落ち着くが……。


「先ほどの箱は何だ? アレ(・・)が動いたということは、この地にとって良からぬモノでは無いか?」


だが、目線が厳しい。

目を細めてアロンへ尋ねる。


「……魔王にとっては良からぬモノなのかもしれないな。ボクを包んだのは、御使い様だ。」


細めた目が、見開かれる。


「御使い……。狡智神アモシュラッテ様か?」


「そうだ。」


「貴様の言う “天命” を新たに授かったのか?」


「……いや?」


超越者を “選別” と “殲滅” するには変わりはない。

その基準についても指示があったわけではない。


ただ、御使いこと狡智神アモシュラッテは超越者全てを “殲滅” することは『都合が悪い』と言った。


それは、ある意味アロンに “選別は重要である” と言外に告げているようなものであった。


“超越者” だからと言って、全てを滅ぼす必要は無い。

“超越者” だからと言って、全てを憎む必要は無い。

“超越者” だからと言って、全てが害虫では無い。


それは、分かる。

だが、アロンの感情はそれを否定する。



『超越者はイシュバーンにとって害虫だ』


『超越者は全て憎い存在だ』


『超越者は全て、滅びるべき』



“セイルも?”



「……どうした、小僧?」


怪訝な表情でアロンを睨むカイザーウルフの婆。

黒銀の鉄仮面の下、呆然と思考を巡らせてしまったことに表情は見えずともアロンの動揺を察したのだ。


「何でもない。……ところで。」


アロンは話題を変えようと思考を振り払った。


「お前たちが主とするマガロが旦那様と呼ぶアレ(・・)に対して、アレ(・・)呼ばわりするのは良いのか?」


“アレが動いた”

無機質な、物に対するような言い方。


邪龍の森こと【ルシフェルの大迷宮】の最奥の魔王(ボス)に対する物言いでは無いことに驚いた。


だが、婆はクククと軽く笑うだけだ。


「アレは妾たちとは存在が異なるのさ。むしろ、アレの存在を理解する貴様の方が不思議なのだがな。

まぁ、これ以上詮索するのは止そう。どこぞで聞かれているか分からぬからな。」


ククク、と含み笑いを止めず婆は、風呂敷に包んだレントール達の死骸を背負った。


「その姿でも凄い力だな。」


「詮索や無用だぞ、小僧。だが良い。久々にコレを食らえるのだ。貴様には感謝をせねばならぬな。」


厭らしい笑みを浮かべる婆に、アロンは顔を顰めた。


「そんな恰好をしていても、知性はあっても、モンスターはモンスターか。さっきも言ったが……。」


「分かっておる。妾らはこの味で貴様らの村を襲うなどという低俗な真似などせぬ。むしろ、姫と貴様が交わした盟約を妾らがふいにするなどあり得ん。

……だた。」


「ただ?」



「その盟約が破棄された時は分からんがな。」



冗談のつもりだったのかもしれない。


ニヤニヤと笑みを浮かべていた婆の表情が、次の瞬間には凍り付いた。



「そうか。」



静かに告げた、アロンから発する悍ましい気配。


それは “冗談でも許さない” という意思表示だ。


本来、森の最奥に居る数十匹のカイザーウルフに、長である最上位種インパラトールヴォルフが一丸となって襲撃などしてきたら、小さな町村どころか、帝都ですら危うい。


それこそ帝国の歴史に名を刻む “天災” となる。


だが、間もなくレベル680(・・・・・・)となり、身に着けるは神話級の武具のアロンならば、ただ一人だけだろうとインパラトールヴォルフ率いる数十匹のカイザーウルフの群れを全滅させることなど、朝飯前だ。


周囲の被害や犠牲を考えなければ。

たった、一振りで終わる。


剣士系極醒職 “剣神” グランドマスターが扱える、最終奥義。



“秘奥義・グロトネリーア”



SPを30万をも使用する秘奥義。

その中で、最も扱い難い(・・・・・・)と不評なのが、剣神のそれだ。


だが、VRMMOファントム・イシュバーンで、剣神グランドマスターに辿り着いたのは、アロンのみ。


だからこそ、実際に“秘奥義・グロトネリーア” を使用したのはこの世でアロンだけであった。


そもそも、攻略サイトですらその詳細が掛かれない極醒職の秘奥義という最終技について、プレイヤーが知る機会は2つだけ。


1つは、実際に極醒職グランドマスターからその秘奥義を食らう時だ。


ただし、あまりに理不尽な攻撃によって食らえば絶命必至であり、威力、範囲くらいしか理解が出来ない。



そしてもう1つ。

“転職選択時に表示される、スキルのプレビュー”


極醒職に転職すると、他職系統への転職が不可能になる代わりに利点が2つある。


1つは全てのスキルが威力・効果が上がること。

そしてもう1つこそ、グランドマスターになった時点で扱えるようになる秘奥義の存在だ。


グランドマスターに辿り着けなければ使用不可の秘奥義だが転職前のプレビューで使用の様子が見られる。


その様子が、情報サイトの掲示板等で流れる。


どれも派手で、強威力が期待される秘奥義。


その中でただ一つ、“地味”、“使いにくそう” という悪評が流れるのが、剣神の秘奥義だった。


何故なら、他の極醒職の秘奥義プレビューで表示されるエフェクトは、どれも圧倒的多人数を絶大な暴力で倒すものに対し、剣神は、たった一人の敵対者に秘奥義を大振りで斬りつける、というだけであるからだ。


確かに、斬りつけた時のエフェクトは派手だ。

しかし、プレビューの様子が地味すぎる。


他職は圧倒的大人数を巻き込むのに対して、たった一人にしか効果が無いように映るそのシーンは、数々のプレイヤーを、特に剣士系のプレイヤーを落胆させるに十分だった。


“もしかすると防御力無視なのかも”

“もしかすると異常な攻撃力なのかも”


そういう淡い期待も噂されるが、あくまで噂。


“それなら、剣士系は一段下の覚醒職で十分”


他職への転職制限が生じる極醒職に、無理に成る必要は無い。


むしろ、“転職の書” を多数所持しているなら、籠るダンジョンやギルド戦の状況に応じて他職へ転職して立ち回った方が圧倒的に有利。

敵対陣営を欺く事も出来るため、一石二鳥。


こうして剣士系は、プレイヤー数は多い割に転職率が高く、所持する他職スキル数も他の職業に比べて多くなる半面、極醒職 “剣神” となるのは一部剣士を極めようとする高い志を持った奇特者か、【暴虐のアロン】に憧れる剣士プレイヤーくらいという微妙な立ち位置へとなってしまっているのだ。


まるで(・・・)剣神(・・)にならぬよう(・・・・・・)誘導するように(・・・・・・・)


これ以上の情報が流れ無い理由の一つとして、剣神グランドマスターがアロンただ一人であるという事も関係している。


異世界イシュバーンから転移したアロンが、倒すべき超越者が紛れているファントム・イシュバーンの攻略サイトに、その情報を書き込むはずがない。


だからこそ、未だ謎に包まれているのが剣神の秘奥義なのだ。



その中で、アロンは確信する。


極醒職の最強の秘奥義は、剣神だと。



プレビューにも、攻略サイトにも載らないその効果。

実際に使用した者でしか体感できない、圧倒的パフォーマンス。



“秘奥義・グロトネリーア”


その意味は、【暴食】



だからこそ、アロンは “魔王を倒せた” のだろう。




「す、すまぬ。冗談が過ぎた。」


汗だくで、歯をガチガチと小刻みに打ち付けながら震えるカイザーウルフの婆を前に、アロンは気配を押さえた。


「気を付けろ。お前たちがマガロの盟約を守るのと同じように、ボクもマガロとの盟約を守っているんだ。恩のあるマガロに剣を向けることはしたくないが、お前たちがボク等に危害を加えようものなら、容赦しない。」


「肝に銘じよう。」


それだけ伝え、婆は踝を返した。

だが、すぐに「あっ」と声を漏らしてアロンへ振り向いた。


「姫から伝言を預かっている。“次回である明後日は、お茶にしましょう” とのことだ。」


それは、5日置きのマガロとの修行。

だが、高レベルに達したアロンだけでなく、一緒に修行を付けてもらっているファナやララも最近はレベル上げが難航している。


マガロが生み出す使い魔によるレベリングに、限界が見えてきたのだ。


そのため、5日置きの修行の内、3回に1回は “お茶会” になっている。

むしろ最近は、こっちがメインになってきている気がしてならないアロンであった。




「……前回もお茶会だったのだがな。」


去り行く婆の後ろ姿を眺めてポツリと呟くアロン。

だが、それはマガロなりの気遣いなのかもしれない。



「……ようやく、ここまで来られたんだ。」



別世界に転移し、超越者のルールを理解した上で “最強” へと昇りつめ、そのルールの範囲内で超越者を死滅させる手段を得たアロン。


自らの考え、行動が正しかったと改めて噛み締めた。



前世、虫けらのように殺され、無力だった自分自身を呪い続けた。


それが、心から渇望した “未来” に向けて歩み始める事が出来る。

その喜びは、言葉に言い表せないほどだった。


しかし、先ほど無理矢理抑え込んだ “葛藤” がまたも心の中から沸き起こる。



それは、恐怖でもあった。



“神” である狡智神アモシュラッテの後ろ盾があるとは言え、自らの判断で超越者を “選別” と “殲滅” をするという天命を全うすること。


これが、“超越者を全て葬り去る” ことならどれほど楽だったか。

自らに課せられた “天命” だと割り切り、憎悪と使命に身を委ねて修羅に成り下がれば、良かったからだ。


だが、全ては殺せない。

殺してはいけない。


その “選別” の基準は、アロン。


その覚悟は、とっくに出来ていたはずだ。

だが、実際に超越者である怨敵レントール達を死滅させる事に成功した今、アロンの心は葛藤と恐怖で塗り潰されていった。


“超越者とはいえ、人間”


アモシュラッテから告げられた、考えようによっては当たり前の事。

むしろ、彼らの大半はイシュバーンの民をNPC(モブ)と呼び、蔑み、凡そ人間扱いにしていない。

だからこそ、アロンは未だ超越者に対する憎悪の業火が燃え続けているのだ。


しかし、超越者も人間。

転生し、不死の恩恵があるとは言え今を生きる人間。


その人間を、“誰を殺し、誰を生かすか”



殺生与奪を、神から与えられた者。


それが、アロンだ。




「全員、殺せれば……。」


思わず声を漏らす。

しかし。



“セイルも?”



「う、ぐっ。」



嗚咽を漏らすアロン。


もし仮に、“超越者を全て殺せ” という天命だったら、仲間となったセイルのその対象となるのだ。


確かに、彼女は超越者であり、心の底から信用しているかと言えば、“否” である。


だが、信頼していないと言えば、嘘になる。


帝国から超越者に与えられる贅沢な暮らしや特権を自らかなぐり捨てて、農業と酪農の田舎村であるラープス村に移り住み、前世の知識を駆使して村のために汗を流す。


そして、アロンのギルドメンバーとして、ダンジョン攻略に嬉々として着いてきては、アロンから課せられる特訓にも不満を漏らさず、仲間と共に立ち向かう。


彼女の前世の壮絶な体験は、掻い摘んで聞いている。

そして今世でも、同じように “偽善者” であると他人からも、そして自分自身からも、罵られてはもがき苦しんでいる。


“今度こそ、誰かのために正しくありたい”


ふと、漏らしたセイルの想い。

話を聞けば、前世含めアロンより長く生きるセイル。


そんな彼女が、涙し苦しむ姿を見ると胸が痛くる。


そしてセイルを想い、交流の末に親友と成ったのが、妻のファナだ。


互いに呼び捨てで呼び合い、同じ僧侶系として、実力の高いファナがセイルの修行を見て、逆にファントム・イシュバーンの知識を持ってファナに僧侶系の立ち回りやスキルの使いどころなどを教えるセイル。


すでに村に、ファナに、仲間として溶け込むセイル。


そんな彼女を、殺せるのか?



「……もし、裏切るようなら。」



自分に言い聞かせるように呟く。

その時は、村が、ファナが、悲しもうとも憎もうとも、“天命” を優先することを誓うアロンであった。



――だが、そのことを誓う時点で、アロンは……。





“邪龍の森”

ラープス村から5km程、奥へ入った所。


うっそうと生い茂る樹木の切れ間に、レントール達を包んだ風呂敷を置くカイザーウルフの婆。


「ここなら大丈夫でしょう、マガロ様。」


呟くと同時に、高い樹の上から『ズリュ』と音を立てて闇夜よりも深く黒い、雫のように大きな球体が落ちてきた。


「待っていたわ。」


球体が割れ、中から姿を現したのは邪龍マガロ・デステーアだった。


黒い布を巻きつけただけのよボロボロの服に、相変わらず白く病弱そうな肌に、骨と皮だけのような細身。


見れば “病人” にしか映らないが、これでも本人は至って健康だ。

尤も、大迷宮を管理する “龍” に健康・不健康などという状態は無い。


「お申し付け通り、死骸をお持ちしました。」


恭しく頭を下げ、風呂敷を開ける。

そこには、レントール達の無残な死骸。



「驚いたわ。……本当に殺せるなんて(・・・・・・・・・)。」


「あの小僧ですが、特段、妙な技や魔法など使った形跡が見られませんでした。つまり。」


「なるほど。彼の存在そのものが(・・・・・・・・・)この結果を齎すということね?」


マガロは目を輝かせ、感嘆の声を漏らした。


胴体が二つに割れたブルザキ、頭を潰したソリト、そして腕や足といった一部の残骸しか無いレントールの死骸を、手に取っては観察するように眺める。


「どれ。」


マガロは、上半身だけとなったブルザキの胸に手を差し込み、弄り始めた。


そして体内から、何かを引きずり出しす。



「ふふふ。半信半疑だったけど、これで確定ね。」



それは、魔石(・・)だった。



モンスターの歪なそれとは違い、綺麗なひし形をしている。


だが、魔物の死骸から引きずり出した物とも違い、色はくすんで輝きを失っていた。



「超越者。神々の使い。その証拠よ?」


「これが……。妾もかつて超越者を名乗る人間を食い殺した事がありますが、食い破った肉も、腸も、僅かな時を持って消え失せてしまったのですが。このような魔石があるなど。」


「信じられないでしょ? これが()であり、神が仕掛けたこの世の茶番で踊る玩具(彼ら)の仕組みの一端なのよ?」


凶悪な笑みを浮かべるマガロは、その魔石を砕いた。


「考えれば考えるほど、悍ましいわね。だが……。」



マガロは、暗闇に包まれる森の空を仰いだ。



「イシュバーンと、この世の茶番が噛み合い出して幾年月。初めて超越者が、老衰という肉体の限界以外で世から姿を消したのよ? どういう不具合(・・・)が生じるか、見物ね。」


「姫。アレ(・・)はどのような反応を?」


「特段、何も感知していないわ。むしろ、アロン殿が道化(アモス様)に攫われた時に妨害しようと動いたのは予想外だったけど……。余程、旦那様はアロン殿を気に入ったと見られるわね?」


ククク、と口元を歪めるマガロに婆は背筋が凍った。


「アレに、そのような感情は……。」


「無い。この世を支える(・・・・・・・)7つの魔王(・・・・・)は、あくまで世界の仕組みでしかない。私に、森に、そしてこの世の礎に、害成すものを排除するだけの防衛能力があるだけ……。」


歪めた口元を戻し、マガロは目線を婆へと向けた。


「しゃべり過ぎたわ。」


パチン、と指を鳴らすと同時に、婆の姿は美しい娘から、白く輝くカイザーウルフへと戻った。


「この死骸は貰うわね? 貴女が人間の里から買い出した物も預かっているので、戻ってきたら私の洞へ寄ってね?」


『御意。ところで死骸はどうされるので?』


「もう少しバラしてみようかと。旦那様にも協力してもらわなければだし、余りここで派手な事をすると……糞女神(ミーア様)にバレてしまうかもしれないわ?……食べたかった?」


再び口元を緩めるマガロ。

巨体なカイザーウルフの婆は、首を横に振る。


『少々、食傷気味でしてね。小僧の手前、ああは言いましたが、その人間の肉は臭くて溜まりません。』


「そうよね。ここまで業を積み上げた者も珍しい。悪食である私でもこれは御免だわ。さて、私は先に戻る。貴女もゆっくりと戻ってらっしゃい。」


『御意。』


マガロは長い黒髪で自分、そしてレントール達の死骸を包もうとした。



『ところで姫よ。』


「何かしら?」


『妾の干し肉は、召し上がらないでください。』


「……善処するわ。」



『ズリュ』という音と共に黒い球体へとなり、生い茂る樹々に掴まるようにして上空へと昇って行った。



『……預けたのは迂闊だったかの。早く戻らねば、食いつくされてしまう。』


呆れながら溜息を吐き出し、全力で駆け出す。



轟音、そして静寂。


“邪龍の森” は再び、夜更けに包まれるのであった。



次回、10月25日(金)更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ