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5-6 憎悪の業火

今回は主に【Prologue 01 暴虐のアロン】のレントール側の話となります。



“防護柵”

帝国の一般的な村の入口のものに比べると、ラープス村のそれは一線を画している。


賊やモンスターの襲撃に備え、防護柵を張り巡らせて門番を配置しているのということには変わりが無い。


その違いは、防護柵の域を超える堅牢な構えであることと、そして今晩、月明かりが厚い雲に覆われた闇夜に、永久(とこしえ)の世界から這い出てきた幽鬼のような、黒と銀に輝く全身鎧を纏った男が居ることだろう。


まず、一般的な防護柵。

丸太杭を地面に突き刺して固定した柱に木の板を打ち付け、長細い鉄板で補強したものが一般的だ。あとはその隙間から、先端の尖った木杭を突き出してファランクスのように、侵入を試みる賊やモンスターへの牽制としている。


対してラープス村。

村人の大半が知らぬ事だが、村の南側に位置する豊かな森、通称 “邪龍の森” の最奥で祈りを捧げる伝説の存在、“邪龍マガロ・デステーア” と全身鎧男との密約で、村は彼女の庇護下にある。

その密約の証拠としてあるのが、村を囲む防護柵なのだが、まず素材から違う。


防護柵を形作る木製の板は、全て邪龍の森の最奥から伐採した霊樹のものだ。

邪龍や森に住まう屈強なモンスターの魔力をたっぷりと吸い取った霊樹は、一般的な村で使われる防護柵用の樹木との強度差、凡そ30倍。


伐採した樹木は、防護柵を始めとする建材として使用される前に、必ず乾燥させる。

充分に乾燥させなければ、樹木の中の水分の揮発に合わせて建造物に歪みが生じ、合わせて強度も十分保たれないからだ。


霊樹もその例には漏れていないが、乾燥が完了するまで一般的な樹木よりも早いこと、そして乾燥後わずか1週間程で鋼鉄以上の強度を発揮してしまうため、建材としての扱いは一般的な樹木よりも難しかった。


だが、この霊樹の防護柵は鋼鉄の防壁よりも堅固。

特に、霊樹の丸太と柱を組み合わせて築き上げたラープス村の入口は、もはや防護柵とは言えず、むしろ見張り台付きの砦と言っても過言では無かった。


……ラープス村にこのような立派な砦が築かれた背景には、全身鎧男が伝説の邪龍と運良く邂逅して密約を交わしただけでなく、村に降りかかった厄介事が関わっていたのだった。



そして、もう一つ。

今夜その入口に佇む全身鎧の男。


彼は、この村の護衛隊ではない。


村に住まう若い男として、時々護衛隊の補佐で夜営に参加することはあるが、彼の本業は農家だ。


日の出と共に起き、日が高くなるまで畑の仕事に精を出し、午後は村全体の仕事である家畜の世話か、森へ入り山菜や茸類などの採取をする。


どこにでも居る、平凡な村人。


だが、彼は “平凡” ではない。

その理由の一つとして、この村の護衛隊の存在だ。


このラープス村の護衛隊は一介の村に常駐しているとは考えられないほどの高い実力を有している。


それを支えているのは、つい1年程前にこの村の学校を卒業したばかりの剣士と重盾士の適正職業を授かった2人の若者が関わっている。


その2人は、高い実力を有していながらも、若者が憧れる帝都への冒険者や帝国軍への従属を蹴り、村の護衛隊として、そして若者の育成のために村に残る選択をした。


2人の指導により、目まぐるしいほど高い実力を付ける村の護衛隊や若者たち。

その実力は、帝国軍の一個師団でさえラープス村を落とすことは叶わないほどだ。


そんなラープス村で起こる “最強談義”

村の大人や、護衛隊のメンバーからは彼ら2人と、もう1人、同じく1年程前に学校を卒業し、村で魔法士の教員として働く傍ら村長の公務補佐を担う、天才と称される男がいる。


この3人こそ、村の最強と呼び名が高い。


だが。


彼らと同時期に卒業し村に残った若者たちと、当の彼ら3人は首を横に振る。



最強とは、平凡な彼のことだ、と。



彼は護衛隊を支える2人の男から “師匠” と呼び慕われ、天才魔法士からは “アロン様” と呼ばれ、崇拝されているのだ。


少し特殊なラープス村に住まう、平凡な農家の男。


黒銀の全身鎧と淡く白く光る外套が、彼の戦闘着。

背負うは、白と金に輝く背丈程ある大剣。



見る者が見れば、彼が “誰” かと分かるだろう。


そして、絶望するだろう。



彼こそ、かの世界で “最強” と呼ばれた存在。



――即ち、この世界でも “最強”




人呼んで、【暴虐のアロン】であるからだ。




―――――



「シッ。」



短く吐き出す息と共に、アロンは背負った鞘から、白と金に輝く大剣こと “神剣グロリアスグロウ” を振り抜いた。


同時に、200m程先に潜む “賊” の男が投擲してきた、猛毒スキル “毒蛇” が塗られた10本のクナイがパラパラと落ちる。


この攻撃が落ちたのは、スキルでもなんでもない。

ただ、剣を振り抜いた風圧で全て叩き落としたのだ。


全ての職業をジョブマスターへと到達させたアロン。

剣士系以外の他職系統では1職業につき1スキルのみ承継することが出来るが、その中で武闘士系上位職 “忍者” のスキルで選んだのが、“忍者の心得” だ。


遠視と暗視、そして無音攻撃。


敵にも、“忍者” がいる。

同じように、遠視と暗視、そして無音攻撃で猛毒クナイを投げつけてきたのだ。


だが、それはアロンも同じ。

丸見えだった敵の攻撃に合わせ、剣の風圧で全てを叩き落とした。


同時に、放った攻撃スキル。

剣士系基本職で得られる、平凡なスキル。


“エアドファング”


曰く、飛ぶ斬撃。

風属性を纏った、一本の剣閃。


本来、この “エアドファング” というスキルは、発動時に攻撃威力と比例して破裂音が発生する。

ATK(攻撃力)が最大値である10万に近いアロンが放てば、それこそ爆撃機が目の前を通過したような轟音と衝撃波が起こるだろう。


しかし音も衝撃波も、余計なものは無音攻撃の効果で全て消え去った。


静かに、だが喰らえば絶命必至の刃が確実に敵を目掛けて突き進んだ。



――ギャアッ!!



遠くから響く、男の叫び声。

遠視と暗視でその様子を確認したアロンは、静かに大剣を鞘へと戻した。


目線の先は、慌てふためく、仇たち。



「頃合いだな。」


森の陰で、仇たちが絶望に打ちひしがれている。


アロンは静かに呟き、ディメンション・ムーブで、今攻撃を当てて絶命した男の背後へと動いた。





「は?」


月明かりが厚い雲で隠され、同時に猛毒クナイを投擲して、たった一人しか居ないラープス村の門番を音もなく殺害したはずの仲間、忍者ブルザキが血を吹き出しながら倒れた。


そのあり得ない光景に、呆然と声だけ漏らすレントールであった。


「お、おい。ブルザキ?」


もう一人の仲間、司祭ソリトも唖然としている。

慌てたレントールは、倒れたブルザキの元へと駆け出した。


「うっ!?」


その姿に、愕然する。


白目を剥き出し、口から大量の血を吐き出すブルザキは、誰がどう見ても絶命していた。

未だドクドクと血が噴き出る胴体は、左肩から右腰がばっくりと斬られ二つに分かれている。


「な、なんだこりゃ!?」


いつ斬られたのか。

まるで理解が出来ないレントールとソリト。


「何故、斬られた!? どうして気付いたんだ!!」


らしく無く焦るレントールを尻目に、ソリトは倒れたブルザキ目掛けて魔法を放つ。


「“高位回復(ハイヒール)” !」


司祭であるソリトの、ハイヒール。

威力を爆上げする “高位化” “SP割合発動” を同時に発動させた、渾身の回復魔法だ。


しかし。


「死んでいるのか!」


回復しない。

威力爆上げのハイヒールなら、切断したてなら繋がり回復する可能性も高い。

だが、死亡しているなら別だ。


「仕方ねぇ!」


急いで、ソリトはもう一つの魔法(スキル)を使う。


「“瀕死回復(レイズ)”!」


死亡後、15秒以内なら蘇生が出来る神業。

VRMMO【ファントム・イシュバーン】なら当たり前のスキルだが、この異世界イシュバーンに住む者たちにとっては、まさに神の所業とも言える魔法。


それが、レイズだ。


しかもソリトは、“高位化”、“SP割合発動” まで使っている。

失敗する可能性もあり、成功しても復活時は全HPの1割回復のみとなるレイズが、消費SPに比例して成功率が高くなり、そして回復するHPも増加する。


ソリトの今のSPなら、間違いなく復活するだろう。


だが。


「な、何で復活しないんだ……?」


青褪めるレントール。

未だ目を見開き、口と胴から血を流すブルザキの姿に愕然とする。

それは、レイズを掛けたソリトも同じだった。


「レイズ!、レイズ!」


焦り、汗だくでレイズを何度も発動させるソリト。

だが、高位化とSP割合発動の所為で、見る見るSPが枯渇した。


「貴様っ! さっさとSP回復薬を寄越せ!」


汗で顔をぐしゃぐしゃにするソリトが、近くで呆然と佇んでいた子分に命ずる。


「ひっ!? は、はい!」


大慌てで腰のポーチからSP回復薬を取り出した。

ソリトは奪うように手に取り、豪快に飲み干す。


「レイズ!」


白く輝く、奇跡の光。

だが、あられもないブルザキの姿は一向に変わらず。


「何で? 何でデスワープしない!?」


超越者(転生者)は、転生特典としてファントム・イシュバーンのシステムスキルの恩恵が与えられる。


その中で最たるものこそ、死に戻り。

通称 “デスワープ”


超越者(転生者)は死亡判定後、ファントム・イシュバーンのギルド戦と同様に15秒経過でその身体を光の粒子に変え、消える。

そして、翌日の朝6時きっかりに、“拠点” であるマイホームこと、自室で五体満足で目が覚めるのだ。


不死なる存在。

それこそ、超越者の所以だ。


だがレントールが叫んだ通り、ブルザキの身体は一向に光の粒子に包まれない。


もう、とっくに15秒は経過しているというのに。



「レイズッ! レイズッ!!」


SP回復薬を飲んでは、何度も何度もレイズを掛けるソリト。

しかし、奇跡の光が輝くのみで、ブルザキの姿は変わらない。


「あ、ああ、あ……。」


この不可解な光景に、12人の子分たちも愕然としながら眺めている。



自分たちを率いるこの3人は、超越者。

つまり、死なぬ身体だ。


不死のメカニズムは、知っている。

“死亡” と見なされた数秒後に、光と共に全てが消えるのだ。


流れ出した血も、引き裂かれた四肢も、飛び出た臓物も、超越者の身体を作り上げる細胞という細胞が、全て光となり、消え失せる。


そして翌日、何事も無かったかのように復活する。



だが、自分たちを虐げている黒装束の傲慢な男の死骸は、一向に光に包まれない。


まるで、“死” が当たり前な自分(子分)たちのように。



「……ざ、ざまぁ見ろ。」



子分の一人が、聞こえるか聞こえないかほど小さな声で呟いた。

その呟きこそ、彼らが超越者であるリーダーの3人のことを普段、どう思っているかの如実に現していた。


忠誠心の高い者が居たなら、即座に咎めただろう。


だが、誰も咎めない。

彼ら全員が、同じ気持ちだった。


使い潰しの利く道具にしか思われていなかった。

ギルドの功罪ポイント獲得のためだけに、少人数で村を襲撃させられた仲間もいた。

そして、その仲間を捕らえ、処刑する自分たち。


悍ましいマッチポンプ。


不遇を囲い、盗賊に身を堕とさねば明日食う物も無かった彼らは、襲いたくて商人や村を襲っているわけでは無い。

そうしなければ、訪れる運命は “死” なのだから。


それが、レントール達に拾われた時は喜んだ。

温かな食事が与えられ、寝床まで用意された。

祈ったことが無く、むしろ呪ったこともあった神に感謝もした。


だが、違った。


レントール達は、自分たちを “駒” として雇用したに過ぎなかった。

彼ら3人の欲望と劣情を満たすために、ギルドの評価を高めるために使い潰されていった。


温かな飯を笑いながら囲んだ仲間を、翌日には “盗賊” として捕らえ、殺害するという地獄。


“冒険者として真っ当に稼ぎ、いつか幸せな家庭を持ちたい”


そんな、ありきたりのささやかな願いを胸に語り合った彼ら盗賊も、人間なのだ。

だが、レントール達 “超越者” は、彼らを人間として見ていなかった。


NPC(モブ)


その聴き慣れない言葉。

だが、意味は理解した。


“人間では無い”


そう、自分たちは人間では無い。

人間とは超越者(レントール)たちの事を指し、自分(子分)たちは家畜同然の資源でしかなかった。


――だが、反論も抵抗も出来ない。


“超越者” はその名が示す通り、この世界の住民に神より与えられた適正職業の枠を “超越” した “者” たちなのだ。


まさに、神に祝福された存在。

“神の使徒”

絶大な力に、不死の身体。


そんな彼らを目の当たりにしてしまえば、いかに自分たちが “選ばれた者” では無いと嫌でも理解してしまうのであった。


今、この瞬間までは。



見ろ!

あの情けない姿を!


あれが、超越者だと!?


我らと同じではないか!


仲間が一人 “殺された” くらいで取り乱すその姿。

汚く叫び、汗と涙で汚れるその姿。


自分たちが、自分たちだけが特別だと思い上がった者の末路!


それこそ、人間なのだ!


そう、我らも人間だ!

お前らが、お前たちだけが “人間” ではない!


オレ達も、人間なのだ!!



――叫び、罵りたい。

盛大に嘲笑い、見下したい。


だが、出来ない。


ここは、戦場。

毛嫌いする超越者とは言え、同じギルドの仲間。


それが、理解不能の攻撃で殺された。

何故か、超越者特権たるデスワープが発動しない。


全てが、理解不能。


情けないリーダー達を罵倒したい欲求と、目の当たりにする理解不能の光景に、理性と感情が追い付かない子分たち。


ただ、12人全員が今、思っている言葉がある。



“いい気味だな”



その時。



「無様だな。」



それは、いつ現れたのか。


血だまりの中で倒れるブルザキにレイズを掛けるソリトと、焦り叫ぶレントールの真後ろに突如として現れた漆黒の鎧。

厚い雲に覆われた月の明かりに照らされたその姿は、銀に輝く。


さらに、この仄暗い闇夜でも薄く光る白い外套に、背負った黄金に光り輝く大剣。

それだけでも、この幽鬼のような全身鎧の存在は異質だった。


「貴様っ!? いつの間、に……!?」


その存在に気付き、瞬時に長剣を抜いて斬りかかるレントール。


だったが。


いつ、抜いたのか。


全身鎧の男が背負っていた大剣を振り抜いていた。

その姿と同時に、宙を舞う、長剣を握った両腕。


「ひ、ひぎゃあああああっ!?」


斬られた両腕の先端から、血を吹き出すレントール。


それは、若き頃に犯そうとして公爵令嬢ローアにやられたブルザキとソリトの姿と重複した。


「ホ、ホ、“ホーリーレ” ぎゃぱっ」


腕を吹き飛ばされたレントールの姿に慌て、全身鎧を撃退しようと渾身の “ホーリーレイ” を放とうとしたソリトの頭部が、トマトのように潰れたのだった。


頭を失ったソリトの身体は、重力に逆らう事なく地面へと倒れ伏した。


「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!」

「ば、化け物だぁあ!!」


一瞬で起きた惨状に、理解と感情が追い付いていなかった子分たちが取った行動は、敵討ちでも迎撃でも無い。


逃亡だった。


蜘蛛の子を散らしたように一目散に逃げる12人の子分たちを、追いもせず眺める全身鎧。


そして、黒銀の鉄仮面が両腕を無くし、苦しみ悶えるレントールへと視線を飛ばした。



「残るは、お前だけだな。レントール。」



その言葉に、全身がビクッと硬直する。

腕の痛み以上に、目の前の全身鎧の男の姿に過るのは圧倒的な既視感。


「おま、おま、お前……は。」


自分の名(レントール)を知っている。

つまり、この全身鎧の男は村の住人で間違いない。


昼間に訪れた際に、美しい村長アケラに名乗った。

そして、宣戦布告までした。

だからこその、護衛なのだろう。


それは分かる。

だが、それ以上の既視感。


加えて、足元で転がる無残な2人の友の姿。


超越者(転生者)の特典であるはずのデスワープが発動されず死骸となって転がる友に、他の村とは何か違和感を覚えるラープス村。


数か月前、何かの役目があってこの村に訪れたはいいが、村長たちの卑劣な罠に掛かって投獄された、同じ超越者(転生者)のカイエン。


そして、目の前の黒銀の全身鎧。


両腕を無くし、2人の友を亡くしたレントールの頭は、痛みと絶望とは裏腹に冴えわたった。


――それは “死” を目前にした者の理外の力なのか。



「おまえ、は……【暴虐のアロン】!?」



その名を叫ぶ。


7,000万人というユーザーが愛好した世界最大級のVRMMO【ファントム・イシュバーン】


そのゲームで前人未到の取得上限数のスキルを有し、誰しも辿り着かなかったレベル900オーバーを達成し、武器と全5箇所の防具を全て神話級で固めた帝国陣営に所属する圧倒的存在。


敵対する聖国・覇国陣営とのギルド戦で、彼が参戦すれば『帝国の勝利確定』と謂われ、現実に彼が参戦したギルド戦で帝国陣営は負け無し。


それを支える圧倒的戦力に、人の手で動かしているとは思えないほど精密なプレイヤースキル、さらに緻密な戦略こそ、彼の強さの秘訣。



そして【暴虐のアロン】が “暴虐” と謂れた所以。


最高レアの書物スキル、“永劫の死” を所持する事だ。



ギルド戦などのP v P(プレイヤーバトル)では、戦闘不能となった場合、15秒のインターバルを経て死亡判定される。


15秒間に、蘇生回復の効果のあるレイズや “天使の雫” で復活させれば、戦線へ再び立つことが出来る。


“永劫の死” は、この15秒間を阻止するスキルだ。

つまり、“永劫の死” の所持者に殺害されたプレイヤーは、復活することが出来なくなる。


戦闘不能者の割合で勝敗を決するギルド戦において、このスキルは猛威を揮った。


当然ながら、“永劫の死” 所持者は真っ先に狙われ、仲間も所持者になるべく敵対者を始末してもらうよう立ち回る。


半端なプレイヤーなら、運良く “永劫の死” を所持していたとしても、真っ先に倒されてしまうだろうし、仲間のお膳立てで敵対者を始末しようにも、それすらも阻止されてしまうのが関の山だ。


だが、それが最強プレイヤー【暴虐のアロン】だと話が変わってくる。


狙い撃ちしようにも、返り討ちは必至。

そして本人も積極的に敵対者を始末しようと動き回るから厄介だ。


結果的に、大した攻略法も見いだせず敗北を喫する敵対陣営であった。


それでも、手が無いわけではない。


“最強” とは言え、一人なのだ。


理想形として、アロンに辛うじて立ち向かえる最上位のプレイヤーが集団で付かず離れず抑え込み、その隙に他のプレイヤーが帝国陣営のプレイヤーを倒してキル数を稼ぐ方法だ。


余談ではあるが、この戦法でゴリ押ししようと考えた聖国・覇国陣営だったが、残念ながらその時にはすでにアロンもイシュバーンへと転生してしまっていた。



この戦法を考えた最上位プレイヤーはこう評した。


『もし【暴虐のアロン】が “永劫の死” と同じ最高レアの書物スキル、“ディメンション・ムーブ” までも手にしていたら、お手上げだったな。』



それこそ絶望でしかない。

回数制限があるとは言え、神出鬼没であの絶対的戦力が縦横無尽に暴れるなど、想像したくもない。


ディメンション・ムーブを駆使した戦法を取ることで有名なのが覇国陣営の “キチガイ女” こと “魔聖” サブリナと “チキン野郎” こと “神医” バーモンドのコンビだった。


だがヒット・アンド・アウェイのこの戦法は、火力が物を言い、同時に “永劫の死” を所持しないサブリナの流星魔法(ミーティア)は、対処法を理解したチームで連携すれば全く怖くないため、あっさりと破ることが出来た。


もしも【暴虐のアロン】にその戦法を取られたとしたら、サブリナ如きのコンビとは違い攻略法が無い。


だが、そんな上手い話があるはずがなく、アロンはディメンション・ムーブ取得には至らずであった。




――そんな話を聞いた直後に転生したレントール。


【暴虐のアロン】を前に、全ての辻褄が合う。

つまり、デスワープが発動せず、死骸となって転がる2人の友は、アロンの “永劫の死” によって殺された(・・・・)のだと理解した。



「……久しいな、その呼び名は。」



戦場で、他人からその名を紡がれたのは本当に久しぶりであった。

一瞬、ファントム・イシュバーンのギルド戦の様子がフラッシュバックするが、アロンは即座に意識を現実に引き戻した。



ここはゲームの世界ではない。


アロンが舞い戻った、現実世界(イシュバーン)だ。



無情に、アロンは右手で握る神剣グロリアスグロウの柄に左手を添え、大きく掲げた。



ファントム・イシュバーンで最強に至るまで5年。

そして、転生後16年。


都合、21年。

この日まで、憎悪の炎を絶やす事なく燃やし続けた。


あの日に受けた絶望。

家族を殺され、村を焼かれ。

前の前で愛するファナが、ララが、犯された。


何も出来ず虫けらのように殺された無力な自分(アロン)


呪った。

憎んだ。


他でも無い。

無力だった自分自身を、呪い、憎んだ。


絶望と憎悪の業火は、今もアロンを焼き続けている。



怨敵を目の前にして、自分自身が成し得た事が “正しかった” と理解するアロン。



“永劫の死は、超越者(害虫)を殺せる”



不死なる者を、等しく殺害する力。

“装備換装” も成功し、そして本丸だった “永劫の死” の成功に悦びが溢れそうになる。


だが、抑える。


先ほど、戦場に赴く前に愛するファナから告げられた言葉が、アロンの脳裏に過る。



『何があっても、私は、ずっと貴方の味方だから。』



何故、ファナがそう告げたか理解が出来ない。

だが、今ここでレントールを前にこの溢れる悦びを露わにしては行けない気がする。


それは、何故か?


……何故か、ファナを、大切な “何か” を手放してしまいそうだからだ。



「ま、待ってくれ! ボ、ボクはあんたの傘下(ギルド)に入る! 村も襲おうなんて考えない!! 頼む、い、い、命だけはっ!!!」



全てを理解し、端正な顔を汗と涙と鼻水でグシャグシャに汚すレントール。

掲げる両腕からは未だ夥しい血が溢れている。


見れば、股間も濡れている。

遠視のあるアロンは、尿だけではなく脱糞もしていると理解し、仮面の中の顔を更に歪ませた。


放っておいても、恐らく絶命するだろう。


だが、失血多量で死した場合はどうなるか?

その原因を作ったのがアロンの剣であるなら、“永劫の死” が発動してもおかしくは無いとは考えるが、あまりそのような人体実験は好まない。


……尤も、逃がすつもりなど無い。



「黙れ。」



両腕に力を籠めたアロンは、無情に告げた。


その言葉に一瞬、何を言われたか理解していないようなレントールだったが、すぐさま表情を絶望と憎悪に歪め、怨嗟を叫んだ。



「この世界は、ゲーム(・・・)じゃないのか!? 【ファントム・イシュバーン】の世界じゃ、ないのか!?」



VRMMO【ファントム・イシュバーン】で培った職業とスキル、そしてゲームのシステムとも言うべきステータス表示にステータス振り分け、更に死に戻りのデスワープと、殆どがゲームのまま。


現実世界と見紛う程のリアルな世界観を生み出すVR機器を通して体感する【ファントム・イシュバーン】と、転生先であった異世界イシュバーンには、その世界観に大差は無かった。


むしろ、あらゆる欲望を満たしてくれるこの世界こそ、本当のゲームの世界だと確信している。


“ゲームは楽しいもの”


NPC(モブ)を操り、好きな時と場所で女を抱き、気に入らない奴は理不尽に切り裂いた。


好き勝手に動け、あらゆる権利を認められたこのゲームの世界に、まさか、【暴虐のアロン】までも居て、それが今まさに、死神のように神々しい大剣を振り下ろさんとしている。


あり得ない絶望。


その絶望ままに、告げてしまった言葉。



『この世界は、ゲーム』



それは、アロンに対する暴言であり失言であった。

同時に、僅かに残されていた “生還” という奇跡が、潰えた瞬間であった。



『ドシャッ』



大剣は、レントールの頭頂部から真っ直ぐ喉、胸、腹、下半身へと振り下ろされた。


圧倒的ATK(攻撃力)は、レントール自身のDFE(防御力)など物ともせず貫き、大剣が地面に届いた時には、レントールの胴体が肉片となって勢いよく左右に飛び散った。



静寂。

再び月は厚い雲に覆われ、漆黒の闇に包まれた。




「……この世界が、遊戯(ゲーム)?」



神剣グロリアスグロウを豪快に振り抜き、僅かに付着した血と肉片を弾き飛ばすアロン。



怨敵、レントール。

ソリト、そしてブルザキ。


この3人を葬り去れば消え去ると思った憎悪の業火。


だがそれは、未だ彼を燃やし続けている。



何故、消えないのか?


アロンは、はっきりと、その理由を叫んだ。



「それは、お前たちだけだ! 超越者(転生者)!!」



それは、この世界に蔓延る害虫(・・)

この世界を遊戯(ゲーム)と呼び、傍若無人な振舞いで世界を食い物にする害虫が蔓延ることは、即ち、アロンが前世で受けた絶望を、同じように罪なき民が味わうことことに他ならないからだ。


神の御使い、狡智神アモシュラッテからの天命。


超越者(害虫)の “選別” と “殲滅”


この復讐で超越者(害虫)を駆除できると証明された。


そして、復讐を果たしたアロンは止まる気が無い。


得体の知れない神の使いとはいえ、自分を救い、こうして “望むことが出来なかった未来” を与えてくれたこの恩義に報いるため、そして、世界に蔓延る害虫駆除のため、アロンは突き進むつもりだ。



「覚悟しろ超越者共。貴様らは全員、敵だ。」



“例え、悪魔と呼ばれようとも”



冷たい秋風が吹く中、アロンは決意を新たにした。




『何があっても、私は、ずっと貴方の味方だから。』



未だ消えぬ、憎悪の業火。

それでも、何故か耳に残るファナの声だけが、アロンを優しく包むのであった。



次回、10月21日(月)更新予定です。

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