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5-3 信用と信頼

※修正※

前々話(5-1)でリーズル達のレベルを300超えとしましたが、「レベル200超え」に訂正しました。

【プルソンの迷宮】

“地下15階 大広間”


「セイルさん!」


「任せてください! “ホーリーレイ”!」


大声を上げるオズロンに応えるように、セイルの両手から白く輝く浄化の光線が迸った。

高速で突き進む光線は真っ直ぐ、5mは超える禍々しいオーガジェネラルの躰を穿った。


『グガォォォォ!』


だが、浅い。

僅かに鎧を歪ませた程度。

オーガジェネラルは迸る光線を振り払うように、右手に握られた巨大な棍棒を振り回した。


「くそっ!」


「リーズルさんっ!?」


セイルを守るように、リーズルは間に入り込んで剣を棍棒に合わせ、防ぐ。


「ぐっ!」


STR()VIT(身体)共にイシュバーンに住む者を遥かに超える数値を誇るリーズルだが、危険度B、単独討伐推奨レベル270のオーガジェネラルの一撃は重い。

本来、上位の “超越者” か有力なギルドのパーティーでなければ相手にならない、それこそ、かつてラープス村を蹂躙したフレムイーターと同程度のモンスターなのだ。


「舐め……るなぁ!」


それでも、彼は強くなった。


「うおおおおおっ! “チャージル……バーン” !」


オーガジェネラルの棍棒を押しのけるように、叫ぶ。

刹那、リーズルが握る剣が燃え盛り、そして、


『ドバンッ』


ダンジョン内を赤く照らす、閃光と破裂。

暴発した炎がオーガジェネラルの躰を吹き飛ばした。


剣士系上位職 “剣闘士” スキル “チャージルバーン”

剣闘士スキルで唯一の、カウンター技だ。


敵のSTR×自身のVITの火属性・土属性のダメージを与える破格のスキル。

これは、敵が強ければ強いほどダメージソースが上昇するカウンター技なのだが、タイミングがシビア。


ジャストタイミングならその乗算ままのダメージを与えられるが、ゼロコンマ数秒のズレで、威力が8割、5割、3割、1割と下がる。


今、リーズルが当てたタイミングは……。


「5割か。まずまずだね。」


戦闘を少し離れた位置で見守るアロンが、嬉しそうに呟いた。


「ね、ねぇ兄さん! 本当に大丈夫なの!?」


その隣。

アロンの妹ララが彼の外套を引っ張りながら、この戦闘が始まってから何度尋ねたか分からない質問を投げかけた。


黒銀の鉄仮面を被るアロンは軽く頷き、ララを見る。


「大丈夫さ。……たぶんね。」

「たぶんて!」


このやり取り、何度目か。


青褪めるララの手をソッと握る、ファナ。


「ラ、ララちゃん……信じよう。リーズル君たちなら、きっと、大丈夫だよ。」


その当のファナだが、顔色が悪い。

“信じよう” と告げたは良いが、この中で一番不安がっているのは当のファナなのだ。


その時。


『グガオオオオオ!!』


突然、アロン達の後ろから響く叫び声。

何と、オーガジェネラルがもう1体、現れた(・・・)


「ほら、今度はファナの出番だよ?」


「うううううっ! もう!」


バッと後ろを振り向き、構えるファナ。

大きな棍棒を振りかぶりながら突進してくるオーガジェネラルを真っ直ぐ睨み、右手に魔力を籠めた。


そして。


「“ブラストナックル”!」


叫び、突進するオーガジェネラルと一瞬で間合いを詰め、同時に右手の拳を巨大な体躯に向ける。


『ズババババババババババンッ』


乾いた連撃音。

オーガジェネラルの全身が、ファナから放たれた無数の拳大の閃光を受けて宙に浮いた。


「はああああっ! “ホーリーレイ”!」


輝く、光線。

それは宙に浮いた巨大なオーガジェネラルの胴体を貫き、天井の見えないダンジョンの暗闇へと飲み込まれていった。


その威力は、セイルのものよりも段違い。

辛うじてオーガジェネラルの鎧を歪ませる程度のセイルの威力に対し、ファナのそれは鎧ごと、巨大な体躯を貫くレベルだ。


INT(精神力)によるMATK(魔法攻撃力)の差が、如実に現れた結果であった。



『ズウウウウン』


地面に叩きつけられ土埃を上げるオーガジェネラルだが、すでに息絶えている。

その体躯は、まるでダンジョンに呑まれるように朽ち果て、その場には鶏の卵大の黄色い魔石と、20cm程の尖った角が残るのみだった。


「お見事!」


嬉しそうに声を上げるアロン。

ファナは溜息を吐き出しながら、ドロップアイテム(モンスターの落とし物)を拾う。


「はぁ~。私、前までは普通の女の子だったのに。」


魔石と角を拾い、アロンに聞こえるような独り言をぼやいた。


「アハハ。ファナはファナだよ。」


鉄仮面で表情は見えないが、相変わらず優しい笑みを浮かべているのだろう。

少しムッとするが、それでもその笑顔、笑い声を聞くとどうでもよくなるのであった。


溜息を吐き出し、アロン達の横に魔石と角を置いた。

そこは、アロン達がこのフロアで倒したモンスターのドロップアイテムが山積みにされている。


「そう言ってくれるのはアロンだけだよ。他の人から見たら、私もララちゃんもとっくに化け物の領域だからね!」


「ファナちゃん! しれっと私を混ぜないでよ!」


その事を考えないようにしていたララが、顔を真っ赤にして怒る。

だが、事実だ。


まず、ファナ。

―――――


名前:ファナ(Lv510)

性別:女

職業:武僧(モンク)

所属:帝国

 反逆数:なし


HP:290,100/290,100

SP:713,100/999,700


STR:610    INT:919

VIT:231    MND:520

DEX:198    AGI:440

 ■付与可能ポイント:142

 ■次Lv要経験値:9,218,300


ATK:32,500

MATK:48,950

DEF:1,955

MDEF:4,200

CRI:18%


【装備品】

右手:ミスリルナックル

左手:ミスリルナックル

頭部:精霊の髪飾り

胴体:聖職の衣

両腕:聖職の腕布

腰背:聖職の腰布

両脚:聖職の足袋

装飾:アナスタシスの天宝石


【職業熟練度】

「僧侶」“武僧(94/100)”


【所持スキル 23/23】 保持JP 2,221,800

【武僧】

 ブラストナックル 10/10(MAX)

 アタックカバー 10/10(MAX)

 ガードカバー 8/10(必要JP:110,000)

 オーバークラッシュ 9/10(必要JP:524,200)

 武僧の心身 10/10(MAX)

【司祭】(JM)

【祈祷師】(JM)

【僧侶】(JM)


【特殊効果】

・回復量増加

・自動SP回復 1%/20秒

・デスガード(1回)


【無効】

猛毒、麻痺、恐慌、呪怨、威圧

怯み、鈍足、停止、烙印、閃光

誘惑、反射、封印、咆哮、暗闇

混乱、吸血、吸収、盲目、沈黙

炎上、凍結、裂傷、振動、電撃


【半減】

闇属性、邪属性


【増加】

火属性


【弱点】

なし


【常時発動中】

・高位化(基本職スキル強化/司祭の心得)

・SP割合発動(スキル割合発動/司祭の心得)


―――――



レベル510、僧侶系上位職も間もなくカンスト。

彼女自身知る由も無いが、現在転生した超越者を除く純粋なイシュバーンの民で人類最強は、ファナだ。


そもそも、単独でオーガジェネラルを簡単に屠れる超越者でもそうは居ない。


ファナの実力は帝国内でも五指に入るほどだ。



そして、ララ。


―――――


名前:ララ(Lv491)

性別:女

職業:狩罠師(トラップラー)

所属:帝国

 反逆数:なし


HP:269,700/269,700

SP:610,500/821,800


STR:330    INT:770

VIT:205    MND:251

DEX:340    AGI:633

 ■付与可能ポイント:417

 ■次Lv要経験値:874,000


ATK:22,500

MATK:38,500

DEF:1,825

MDEF:2,255

CRI:24%


【装備品】

右手:ファントムナイフ

左手:なし

頭部:精霊の髪飾り

胴体:ミスリルの胸当て

両腕:聖職の腕布

腰背:薬士の道具箱

両脚:ミスリルの脛当て

装飾:白銀の首飾り


【職業熟練度】

「薬士」“狩罠師(90/100)”


【所持スキル 18/18】 保持JP 3,001,400

【狩罠師】

 サイレントボム 10/10(MAX)

 アシッドボム 10/10(MAX)

 スタンボム 10/10(MAX)

 フラッシュボム 7/10(必要JP:1,800)

 狩罠師の爆撃 8/10(必要JP:197,600)

【高薬師】(JM)

【鍛治師】(未習得)

【薬士】(JM)


【特殊効果】

・調合(薬士系専用効果)

・合成・調合率100%

・自動SP回復 1%/20秒


【無効】

猛毒、麻痺、恐慌、呪怨、威圧

怯み、鈍足、停止、烙印、閃光

誘惑、反射、封印、咆哮、暗闇

混乱、吸血、吸収、盲目、沈黙

炎上、凍結、裂傷、振動、電撃


【弱点】

なし


【常時発動中】

・SP割合発動(スキル割合発動/高薬師の心得)


―――――



彼女も大概であった。


薬士系上位職 “狩罠師” というトリッキーかつ癖のある職業であるが、少々お転婆なララの性格とマッチしている為か、立ち回りが上手い。


無効化していなければ防ぎようの無い多彩なバッドステータス効果を持つボムスキル。

サポート系職業である薬士系だが、その中でも異質な狩罠師は現状イシュバーンの世界で、個人 vs 多人数の場面において圧倒的な力量を見せる事となる。


もちろん、対人だけでなく対モンスターにも有効。


高いHPを持つオーガジェネラルが相手では、ファナのように圧倒的戦力を持って倒すことは叶わないが、持ち得る手札を駆使することで、単独撃破が出来るほど、ララも強い。



(正直なところ、ファナとララの2人だけでも【プルソンの迷宮】は攻略できるんだけどね。)



感慨深くなるアロン。

それほど、自身の妻と妹は強い。


だが、“6人以上のパーティーでの攻略” が “転職の書” を得るための条件であり、さらには命よりも大切な妻と妹をわざわざ危険な場所へ送り出すような真似など出来ない。


当初の考え通り、このパーティーでの攻略を目指す。



問題は、共にいる3人だ。



(上手く立ち回れば、問題無いんだけどね……。)


未だ、オーガジェネラルを相手に決め手を欠けるリーズル、オズロン、セイルの3人だ。


リーズルとオズロンはレベル230前後、セイルも鑑定したところ、レベル170と決して低くは無い。


3人ではあるが、単独(・・)討伐推奨レベル270のオーガジェネラル相手なら、上手く立ち回れば苦労せずとも撃破可能なはずだ。


だが、動きが堅い。

圧倒的巨体を誇るオーガジェネラルの存在に、気持ちが呑まれてしまっているからだ。



「ねぇ、兄さん。大丈夫なの!?」


再度尋ねてくるララ。


心寄せるリーズルが、慣れない盾役としてオズロンとセイルを守りながら立ち回り、その身体に生傷を作っているからだ。

心配で心が張り裂けそうなのである。


「大丈夫だよ。たぶん。」


またも、同じ答え。


この場に盾役の重盾士上位職 “盾将” のガレットが居れば、状況は違ったのだろう。


彼の防御力と胆力があれば、オーガジェネラルの一撃くらい防ぎきれるはずだ。

そこに、リーズルとオズロンが高火力のスキルを当てるという戦法が取れれば、問題無く撃破出来る。


しかし、ガレットは村長アケラや、村の護衛中。

そして代わりに居るのは、超越者の “司祭” セイル。


セイルも、決して弱くは無い。

事実、僧侶系上位職 “司祭” と “祈祷師” をジョブマスターにしているため、スキル自体は多彩なのだ。


だが、火力が低い。

何故なら、セイルはファナのように司祭スキル “司祭の心得” の “SP割合発動” をオフにしているからだ。


“SP割合発動”


発動させれば、放つスキルが段違いに威力を増す。

その代わりに、使用SPがスキル毎に設定されている数値でなく、“割合” で発動される。


当然ながら、必要とされる消費SPの下限もあり、いくら割合で発動するとは言えその下限を下回れば発動しない。


つまり、セイルは消費SPを割合で発動させられるほど、SPが豊富にあるわけではないのだ。



――これが、超越者の “弱点” である。



いくら前世の知識を持ち、ファントム・イシュバーンの職業まま転生出来たとしても、レベル1からの再スタートが強いられ、さらにはゲームの世界とは違って自由に敵対者やモンスターを倒せる環境ではないため、満足にレベリングが出来ない。


それが、ゲームの世界と現実世界の違いだ。


超越者の弱点にして、頭の痛い問題。


“SPの確保”


ステータスでINT(精神力)を1つ上げれば、SPは1,000ずつ上昇する。

この数値は、普通にスキルを発動させる分には十分となるが、SP割合発動を前提としている数多くのスキル、それこそ覚醒職の “奥義” や、極醒職の “秘奥義” を発動させようと思うと、最低でもINTは500以上無いと心許ない。


奥義発動で要求されるSPは、10万。

SP割合で全体の3割が要求され、下限は20万。


そして最強スキルである、秘奥義。

要求されるSPは、30万。

SP割合を適用させると全体の5割要求で、下限が50万となる。


当然ながら威力は絶大。

しかし、引き換えとなるSPが膨大なため、覚醒職・極醒職の超越者はせっかくの奥義や秘奥義の発動がままならないのであった。



(セイルさんが仲間になってくれたおかげで、超越者共の実情が見えてきたな。)



邪龍マガロ・デステーアとの出会いは、アロンにとって幸運であった。


彼女に見染められ、レベリングに協力してもらえているからこそアロン、そしてファナとララは高レベルとなれたのだ。


当然、このようなSP問題も解消されている。


超越者も、ゲームのようにINTへ “極振り” をすれば解決する問題ではあるかもしれないが、彼らからして見れば現実世界のような(・・・・・・・・)イシュバーンで、極振りなどの無茶は出来ない。


加えて、装備も満足に得ることが出来ない事情もあり万遍なくステータスの振り分けを行う者が大半だ。


だからこそ、SP問題が付き纏う。

装備によるSP上昇も見込めないからだ。



ファントム・イシュバーンから “神話級” の装備を持ち込んだアロンは、これすらも解決する。



では、ありきたりな超越者でしかないセイルは?



「ぐぅっ!!」


僅かな隙を狙われ、棍棒がセイルの肩を掠めた。

その勢いで、大きく後ろに吹き飛ばされる。


「セイルさん!」


苦々しい表情のまま、オズロンはオーガジェネラルに向けて氷の竜巻、“フローズンストーム” を食らわす。


ダメージはあまり与えられていないが、一瞬、凍えたため動きが鈍くなる。


「リーズル、頼む!」


「おうよ!」


その隙を狙い、リーズルはオーガジェネラルへ斬りつけた。

何度か斬りつけている足の傷に、更に刃を突き立てる。


『グゴアァァァァァッ!』


苦しみ叫ぶオーガジェネラル。

その僅かな間に、オズロンはセイルの元へ駆け出した。


「大丈夫ですか、セイルさん!?」


「う、うん。ありがとうございます、オズロン君。」


よろよろと立ち上がるセイル。

ホッとしながら、肩を貸すオズロンであった。


「アロン様も人が悪い。あんな化け物を私たちだけで相手をしろだなんて。」


「今更、ですよ。……それに、恐らく私たちなら勝てるって信じてくださっているのですから。」


“最悪は、身を挺して2人を守る”

もしかすると超越者特典 “デスワープ” を含めて、この死地に立たせたのかもしれないと考える、セイルであった。


超越者でなく、死ねば終わりのリーズルとオズロン。

いくらセイルが司祭スキル “レイズ(蘇生)” が使えたとしても、本当に復活させることが出来るかどうか、彼女には確信が無かった。


戦場では、後方で怪我人の治療だけだった。

死者も運ばれてきたが、レイズでは復活させる事は出来なかった。


ファントム・イシュバーンのギルド戦で、戦闘不能の者を復活させられるチャージタイムは、15秒。


その間にレイズを掛けなければ、離脱扱いとなる。


恐らく、イシュバーンでもそれが適用されている。

そういう意味で、15秒以内なら死亡しても復活させられるかもしれない。


――だが、現時点ではその確信が無い。



「オズロン君、最悪は私が盾になりますので……SP割合で底上げした “ラージフレア” を当ててください。私ごとで、構いません。」


セイルの言葉に、ギョッとするオズロン。


「あ、貴女は何を言っているのですか!」


「大丈夫です。私には、デスワープがありますから。拠点は帝都の自宅ですので戻りは1週間程掛かりますが……ラープス村には戻ってきます。」


「そういう意味じゃありません! そんな真似、認められませんよ!?」


青褪めながら怒鳴るオズロンの言葉を無視して、よろよろと前へ出る。


「もしかすると、ファナのレイズで復活出来るかもしれませんし……それを試す絶好の機会かもしれませんね。」


「師匠がそんな事考えるわけない!」



“いや、それも見込んでいる”



セイルは、【暴虐のアロン】という男の考えを、ある程度理解している。


悍ましい程、超越者を憎んでいること。

超越者を、何かしら抑え込もうとしていること。

そのために、手段は選ばないこと。



そして、仲間になった超越者(セイル)を、完全に信用していないことを。



イシュバーンの民である、ファナやララ、そしてリーズル達をここまで鍛え上げたのもその証拠だ。


何かしら目的があるなら、同じ超越者を仲間にした方が良い。


イシュバーンの民では持ち得ない上位スキルを有し、ステータスも任意で上げられ、さらにデスワープで死なない身体なのだ。


だが、アロンはそれらを明らかに避けている。


唯一の例外がセイルであって、その立ち位置は他の超越者よりも僅か、若干ながら仲間として受け入れられているに過ぎない。


そして、もう一つ。

アロンとセイル、二人きりで話した時に告げられた言葉がある。



『貴女はボクの仲間だ。それに何一つ疑いは無い。しかし、ボクは貴女に “転職の書” を渡す気は無い。理由は……分かりますよね? もし欲しいのなら、全てを捨てる覚悟で奪ってください。』



“転職の書” させあれば、イシュバーンの民だろうと超越者だろうと、更なる高みへと進める。


それこそ、ファントム・イシュバーンでも数少なかった “極醒職” の扉も開けるかもしれない。



だが、アロンはそれを超越者に渡す気が無い。



セイルは “司祭” をジョブマスターにしている。


つまり、転職の書さえあれば、上位職の残りの一つ “武僧” に転職が可能だ。

更にジョブマスターにまで辿り着ければ、いよいよ “覚醒職” にもなれるのだ。


だが、アロンはそれを認めない。



――欲はある。


自分のしている事、他の超越者に “偽善者” と罵られるのは、単に実力が無いからだ。


イシュバーンの民を救い、前世の後悔を雪ぐこと。

他者の雑音を閉ざすには、実力が足りないからだ。


それを解消するには、転職しかない。


しかし。

それは、叶わぬ願いだ。


何故なら、信用されていないから。


“超越者” という枠組みである以上、一生かかってもその溝は埋められないかもしれない。


それほど、前世の世界でアロンやラープス村に対して超越者が与えた苦痛や絶望が大き過ぎるから。



――だからこそ。


“信用されていなくても、構わない”


“私は、私が思うまま超越者の罪を償う”



それが、セイルの覚悟であった。




「さぁ、オズロン君……お願いします。」


そう呟き、オーガジェネラル向けて “ホーリーレイ” を放つ。

リーズルに翻弄されていたオーガジェネラルは、標的をセイルとした。


「おおぃ! セイルさんっ!?」


当のリーズルも驚愕する。

せっかくオズロンが生み出してくれた隙を、セイル自身がふいにしたからだ。


「なんてことを!!」


愕然と叫ぶオズロン。

だが、その言葉を無視するように、オーガジェネラルへ駆け出すセイル。


「後は、任せました!!」


セイルは手に握るセイントスタッフに力を籠める。

放つは、SP割合消費で一発だけ放てる、司祭最強攻撃スキル “セイントレイン” だ。


“恐らく、それでも倒せない”


そもそも、火力が弱い。

それでも大きく怯ませることは出来るはずだ。


その隙に、オズロンの最大火力 “ラージフレア” が当たれば、後はリーズルの攻撃で倒し切ることが出来るだろう。



痛いのも、死ぬのも、怖い。

だけど、死ぬことは無い。



(これが、私の覚悟です!)



オーガジェネラルの間合いまで、あと僅か。

渾身のセイントレインを放とうとした、その時。



「そこまで。」



『ズバンッ』


響くアロンの声。

そして、一瞬で頭頂部から真っ直ぐ切り裂かれ、綺麗に真っ二つ、左右に倒れるオーガジェネラルだった。


「……え?」


ポカンとするセイル。

倒れ、消えるオーガジェネラルの後ろから現れたのは淡く光り輝く剣を振り払うアロンであった。



「減点ですよ、セイルさん。」



呆れ声のアロン。

え? と声を漏らす事しか出来ないセイルであった。


「何のために3人でオーガジェネラルに向かわせたと思っているのですか。玉砕なんて以ての外です。貴女は仲間であるリーズルとオズロンを信頼していないのですか?」


淡々と告げられる言葉に、セイルは愕然となった。


「そ、そんな事は……。」


「言ったじゃないですか。ボク等はギルドの仲間でパーティーなんです。貴女自身が仲間を信頼しなければ、連携何て有って無いようなものですよ。」


そこに、疲れ顔でリーズルとオズロンもやってきた。


「あああ、結局師匠の手を煩わせちまった。ダメだな、オレは。」


力なく、その場に座り込むリーズル。

そんなリーズルを横目に、オズロンも溜息を吐いた。


「私も反省点が多いですね。ガレットが居ない中、リーズルに頼りでしたし。もっと私もセイルさんと一緒に丁寧に立ち回るべきでした。」


最後のセイルの単独行動は褒められた事ではないが、セイルがそう判断せざるを得ない状況を作り出してしまったのも、リーズルや自分(オズロン)、そしてセイルの連携不足だったと考えた。


その様子に、頷くアロン。


「それぞれ課題が見えたね。今日はここまでにして、また準備を整えてここに来よう。特にセイルさん。」


「は、はい!」


「デスワープがあるからと言って、それに頼っては絶対にダメです。パーティーは、誰か一人でも欠けたら終わりなんですよ? それに貴女は僧侶系だ。自分の身を挺して仲間を守る事は、そもそもパーティーを危険に晒すことになる。ここはファントム・イシュバーンでは無い。現実世界なんです。」


ハッとするセイル。


――未だ、どこか心の中で “この世界は現実とは違う” と思い込んでいたのかもしれない。



セイルは死んでも復活する。


だが、残されたリーズルとオズロンはどうなるのか。



仮に、アロン達が居ない3人パーティーなら?



残された2人が、回復役(ヒーラー)抜きで無事に戻れるのか?



自分自身の浅慮を悔いる。


「申し訳ありません、アロンさん。」


「謝る相手を間違っています。さぁ戻りましょう。」


手を差し出すアロン。

すかさず、その手を握るのは妻のファナ。

続いて呆れ顔のララであった。



「はい。」



セイルは、思い知った。


アロンに信用されていないのではない。



自分(セイル)こそ、仲間を信じ切れていなかった。



(そうだ。私はアロンさんの信用を勝ち取るのではない……。私自身が、皆を信頼しなければ。)



気持ちを新たに引き締めるセイル。

同じ過ちを繰り返さないことを誓うのであった。





ラープス村の入口近くの小さな森。

アロン達はディメンション・ワープで戻ってきた。




「さて、帰ろう。」


空に星が見えるほど、薄暗くなっている。


鎧兜を外し、村人に戻るアロン。

普通の村娘であるファナもララも装備を外して服に着替えた。


「はぁー。オレはこのまま夜営があるからなー。まずはガレットのところだな。」


「私も明日から子供たちの試験ですからね。戻って早く休むことにしますよ。」


リーズルもオズロンも、それぞれ仕事がある。

ただ、オズロンの言葉に、ゲッ、と声を漏らすララ。


「オズロン……先生。明日って試験でしたっけ?」


「そうですよ、妹様。明日は数学と神学です。」


あわわ、と震えるララ。

ダンジョンに潜ることばかり考えていて、勉強が手付かずだった!


「ボク達は明日、森に入ってナユの花を摘もうか。そろそろ冬だからね。」


「そうね。」


そんなララの姿に呆れつつも、アロンはファナと明日の仕事について話し合う。


「私は村長さんと帳簿のまとめですね。しばらくは財務調査が無いとは言え、資料は整えておかないといけませんから。」


落ち込んでいたセイルも、気持ちを奮い立たせた。


そんなことを話しながら村へと向かった、その時。



「おおっ!? おい、セイルじゃねぇか!!」



響く、野太い声。

その声のした方を振り向くアロン達。


「あ、が……。」


息が詰まる、アロンだった。



そこに居た、人物たち。



「レントールさんに、ソリトさん、ブルザキさん。」



顔を一瞬しかめたが、笑みを浮かべその名を告げたセイルであった。



ギルド “荒野の光”


ギルドマスター、“剣闘士” レントール。

サブギルドマスター、“司祭” ソリト。

そして同じくサブマス、“忍者” ブルザキ。


同じ超越者の中でも、余り良い噂の聞かない3人組であった。


特にセイルにとっては、会いたくなかった3人。


何故なら、以前所属していたギルド “蒼天団” ギルドマスター、現在投獄中のカイエンと親しい仲であったからだ。



「こんなところで何をしているのですか、セイル?」


穏やかな笑みで、レントールが尋ねる。


「わ、私は今、この村のお世話になりながら、旅をしています。」


無難な回答。

だが、何故か目を輝かせるソリトとブルザキ。

その目線の先には、ファナにララ。


思わずアロンの後ろに隠れるように身を縮こませる二人であった。



「そう。良いね(・・・)。」


笑いながら頷くレントール。

そして、眼を細めながらセイルに再度尋ねる。


貴女の拠点ですか(・・・・・・・・)?」


ビクッと身体を震わせるセイル。


「違います!」


二つの意味で、否定した。


本来、帝都に住み続けることが絶対条件である超越者にとって、帝都を離れることは、帝国の許可が無ければ出来ないことだ。


セイルは許可を得た上で帝都を離れているが、それでも “拠点” を移すことまでは許可が出ていない。


そして、超越者の言う “拠点”


それは、ファントム・イシュバーン上では “支配” という意味だ。


数多く存在する市街や町村と友好を結ぶか、配下に治めるかによって “支配” できる。


その恩恵は様々。

より多くを得るには、無理矢理配下した方が大きい。


しかし、ギルド毎に設定された功罪ポイントが極端にマイナス査定となるため、余程の善行を積まねば支配という行為には走れない。


尤も、現在 “蒼天団” を抜けていてフリーと思われているセイルだ。

支配は無い、と最初から考えている。


「レ、レントールさん達は、何でラープス村へ?」


「たまたま立ち寄っただけさ。もう出発するよ。」


にこやかに答えるレントール。

だが、後ろに控えるソリトとブルザキは終始ニヤニヤしている。


“何かある”


だが、聞けないセイルだった。


「そう、ですか。」


「じゃあ、ボク達は行くよ。またね、セイル。」


手をヒラヒラさせて街道に向けて歩き出す。

その後ろ姿を睨むように眺める、セイルだった。




「セイルさん、あの人たちは?」


ファナは両手で腕をさすりながら尋ねた。

あのソリトとブルザキという男の目線が、何とも言えない嫌悪感……それこそ生理的に受け付けぬ何かを感じ取ったからだ。


青褪めるセイルは、一言。


「……良くない、人達です。」


とだけ、答えた。



「ど、どうしたの、兄さん?」


アロンの顔を眺めながら震えるララ。

だが、アロンは答えない。


「アロンさん?」


「どうしたの、アロン?」


セイルも、ファナも不安げに尋ねる。

だが、アロンは震えたまま、硬直している。



屈強なアロンが、こうも顔色を悪くさせるなんて。



首を傾げる面々。


しばらくして、アロンは絞り出すように声を出した。



「皆に、話すことがある。」



街道方面を見つめる、アロン。




アレ(・・)が、ボクの、ボク達の、仇だ。」





「いやぁ、テンション上がってきたなぁ!」



街道の外れ。

森の中に作り上げた簡易陣地で嬉しそうに声を上げるブルザキ。


「全くだ! 探していたセイルがここに居ただけじゃなく、見たかよ! あの可愛い子ちゃんたち。」


レントも下卑た表情を隠そうともせず答えた。


「ああ、嬉しいね。セイルだけじゃなく、あんな若くて美しい娘を壊れるまで抱けることを思うと……カイエンには感謝しなければね。」


優男のレントール。

端正な顔つきが、凶悪に歪んでいる。


ソリトやブルザキに負けず劣らずの、好色家。

しかもアブノーマルかつサディスト。


それが、レントールの本性。



レントールの表情を見て、思わず震えるブルザキ。


「お、おいレントール。どうする?」


その声に合わせ、表情を普段の優男に戻して、レントールは嬉しそうに答えた。


「どうするも何も。村長には宣戦布告(・・・・)をしてきたんだ。あの村長と、護衛の小僧は強そうだったけど、たった数時間で何が出来る?」


辺りを見回す、レントール。



そこにいるのは、彼らの12人の部下。



ニヤリ、と顔を歪める。



「予定通りだ。今夜、襲撃するぞ。」



“支配” の恩恵のため。

そして、自分たちの劣情を満たすため。



レントール達は、今夜、動く。




――それが、自分たちの最期になるとも知らず。



次回、10月14日(月)更新予定です。

台風19号、何事もなければ良いのですが……。

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