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1-5 足をつけた日、離れた日

「う、お、え……。」


本日、何度目の嗚咽か。

嘔吐くアロンは、肩で口元を拭う。


VRMMO【ファントム・イシュバーン】の世界に転がりこみ、1時間。

アロンは早速 “洗礼” を受けた。


それは、言わば “映像酔い”

この世界(・・・・)の住人とは違い、VRゲームに全く慣れていない、それどころかテクノロジーによって映し出される機器の映像すら見たことも触れた事も無いアロン。

三半規管は揺さぶられ、全身から脂汗を吹き出しながら四つん這いに伏せる。


「こん、な、のを……続けるのか。」


早くも心が折れそうだ。

だが、アロンは大きく深呼吸をして再度着けっぱなしのゴーグルを起動させる。


あの日の、絶望。

目の前で繰り広げられた、惨劇。


そのことを思えば、こんな程度の嫌悪感など雑作もない。

いずれ、慣れる。


前へ、進む。

それしかアロンに残された道が無いのだから。





『500万ダウンロード達成キャンペーン!』


陽気な女の声が響く。

意味も分からないまま、アロンは装着するゴーグルに映し出される世界を眺める。


まだ違和感はあるが、見れば見るほど、本当の “イシュバーン” の世界だ。

空の色、雲の形、うっすら浮かぶ赤と青の2つの月。


『初心者限定! 1回限り10連ガチャ!(SR、SSR確定)』

『大人気アバター大放出! 白皇煌シリーズ放出確率3倍!』

『注目! 上位職別装備ガチャ実施中!』


矢継ぎ早に耳元で響く声と、画面の表示。

……全く、意味が分からない。


どうやら、“キャンペーン” とやらは強力な武具などが手に入るチャンスらしい。

アロンは、目の前に表示される文字を押すように右手人差し指を差し出す。


ポン。


軽快な音。

同時に展開される、画面。


訳も分からぬまま、まずは “初心者限定” を押してみる。

すると、画面が変化した。


「ぐ、う。」


吐き出しそうになる。

だが、耐えた。


様々な色が舞い、巨大な穴に吸い込まれていく。

次には、その穴から10個の箱が飛び出してくる。


銀色が8つ。

金色が1つ。

そして、虹色が1つ。


それが、丁寧に一つ一つが空いていく。


『バック所持数+10』

『バック重量上昇+100』

『経験値上昇の書(低)』

『能力値上昇の書(低)』

『アイアンソード』

『アイアンシールド』

『皮の兜』

『皮の鎧』

『能力の書《次元倉庫》』<SR>

『魔剣フレイムタン』<SSR>



「なる、ほど。こうやって必要な道具が手に入るんだね。」


激しい呼吸と止めどなく溢れる脂汗に耐えながら、呟く。

再び、アイテムが入るであろう画面を見る。


“初心者限定” が消えていた。

どうやら、1回限りのものであったのだろう。


続け様に、『大人気アバター大放出! 白皇煌シリーズ放出確率3倍!』を押そうとする。


「ん?」


アロンの右手が止まる。

その視線の先は、“1回” か、“11回” か、選ぶボタン。


1回は、“幻影結晶” を5個消費する。

11回は、“”幻影晶析 を50個消費する。


アロンの手持ちは、丁度50個。


「11回の方が、お得だよな?」


そのまま、アロンは “11回” を押す。

再び、先ほどと同じ巨大な穴。

飛び出る、箱。


だが今度は、全て “銀色” であった。


『ブラックフルフェイスS』

『ブラックフルフェイスA』

『ブラックアーマーS』

『ブラックアーマーS』

『グレイアーム』

『ブラックレッグS』

『ブラックアーマーS』

『ブラックコイル』

『ブラックアーマーS』

『グレイアーム』

『ブルーレッグ』



「????」


得たアイテムに、アロンは首を傾げる。

先ほど得た武具に比べると、立派な鎧や兜ではある。

だが、どれも “アバター専用” と表示されている。


「意味が分からないなぁ。」


それに、何故か “ブラックアーマーS” とやらが4つも出た。

所謂 “被り” だ。

とりあえず、アロンは装備してみる。





「……凄い。」


たった今、手に入れた装備を纏ってみたところ、アロンの見た目は鈍く銀に輝く黒騎士といった出で立ちとなった。

黒銀に輝くフルフェイスに、同じような鎧。

丁度、腕と腰回り、足も似たような装備であり、その姿は帝国を守護する近衛兵(インペリアルガード)のようだ。


平和を愛し、生まれ故郷で生きることを決めたアロン。

だが、幼い頃から胸に宿っていたのは、やはり帝国で勇猛馳せる英雄。


怖い。恐ろしい。

勇気がない。


だけど、憧れて止まない勇者の姿。


偽りの世界でも、仮想空間でも。

そのちっぽけな願いが、今、叶った。



「だ、ダメだ! こんなことで感傷に浸っちゃダメだ!」



滲んだ瞳の涙を拭い、再度、ゴーグルを着けなおす。

改めて【ファントム・イシュバーン】の世界へ舞い降りる。




「ここがボクの拠点か。」


そこは、マイルーム。

冒険や探索、敵対する陣営との闘いや先ほどの “ガチャ” で得たアイテムが、全て収納される “倉庫” があり、置いてあるベッドで休むことで全てのステータスが回復するのだ。


「こんな都合の良い世界……だから、遊戯(ゲーム)か?」


怒りと呆れ。

アロンは先ほど得た武具を、慣れない手つきで装備していく。


「……これがボクの力か。」


ステータス表示。

この世界(・・・・)では、アバターの力を数値化したり、視覚化したりできる “ステータス” なるものがいつでも確認できる。


―――――


名前:アロン(Lv1)

性別:男

職業:|剣士

所属:聖国

 反逆数:なし


HP:1,200/1,200

SP:800/800


STR:1   INT:1

VIT:1   MND:1

DEX:1   AGI:1

 ■付与可能ポイント:0


ATK:110

MATK:50

DEF:150

MDEF:200

CRI:10%


【装備品】

右手:アイアンソード

左手:アイアンシールド

頭部:皮の兜

胴体:皮の鎧

両腕:なし

腰背:なし

両脚:なし


見た目(アバター)装備品】

右手:なし(正装備品表示)

左手:なし(正装備品表示)

頭部:ブラックフルフェイスS

胴体:ブラックアーマーS

両腕:グレイアーム

腰背:ブラックコイル

両脚:ブラックレッグS


【職業熟練度】

「剣士」“剣士(0/100)”

 

【所持スキル 0/8】 保持JP 5,000

 スラッシュ 0/10(習得JP:100)

 クイックオクス 0/10(習得JP:100)

 パリィ 0/10(習得JP100)

 バーンスラッシュ(習得条件未達成)

 トライオクス(習得条件未達成)

 エアドファング(習得条件未達成)

 ブラストスイング(習得条件未達成)

 剣士の心得 0/10(習得JP:100)

 

【書物スキル 1/3】

1 次元倉庫(NEW)


―――――



「えー、と。“STR” が腕力?……“ATK” 、物理攻撃力に作用する。で、“INT” が精神力?? これは “MATK”、魔法攻撃力に作用する、と。」


ゴーグルの画面に表示されるFAQ(説明)を眺めながら、一つ一つ確認をするアロン。

御使いから “言語理解” の転生特典を貰っているとは言え、省略文字やゲーム上の表現はいまいち対応していない、というかアロンの頭が付いていっていないのだ。


「STRが1上昇すると、ATKは50増える……? 武器それぞれに設定されているATKはそのまま加算される、と。」



生まれ育ったイシュバーンでは、あり得ない環境。

だが、ここまでアロンが集中してこのステータスと向き合うにも理由があった。


それは、イシュバーンの御使い曰く、こちらの御使い(・・・・・・・)の手でイシュバーンへ転生する際に与えられる、3つの転生特典についてだ。


一つ目。【ファントム・イシュバーン】で得た能力(スキル)

ただし、現状のアバターで使用可能なスキルのみとのことだ。


二つ目。言語理解。

これはイシュバーンからこちらの世界へ転移させられた際、アロンにも与えられた特典でもあった。


そして三つ目。

【ファントム・イシュバーン】のシステム上で働いているスキルが得られる。

その一つが、目の前に広がるステータス表示だと言う。


“なぜ、こんなものが?”


その理由は、イシュバーンという “異世界” に転生した際、ファントム・イシュバーンで得た能力が本当に扱えるのか、自分の力は客観的に見てどの程度なのかを見定めるのに、このステータス表示が適切だから、だと言う。


“イシュバーンの救済” という大目的の達成を目指すため送られてくる転生者たちが、十全にその力を揮えるよう自らを鍛えるために。


そのため、アロンはステータスという慣れないものに、触れる。

イシュバーンの害虫、超越者は自分のステータスが見られる。



奴等を斃すヒントが、あるかもしれないから。





すでに、4時間が経過した。

未だアロンはステータスを眺める。

この間も、何度か嗚咽を繰り返した。


画面に表示される文言の意味は、ほぼ把握した。

後は行動を開始するだけだ。


だが、アロンの胸に去来するのは、違和感。


村が襲撃された日。

その時も、違和感を覚えていた。


だが、あの日は放置した。

放置、してしまった。

勘違いだろうと、無視をした。


あの惨劇を味わったアロンは、自ら感じる “違和感” を放置できなくなった。


ひたすら、考える。

この違和感の正体を掴めるまで、納得できるまで。



そして、突然閃いた。


アロンは立ち上がる。

その声は、怒りに満ちていた。



「だから……ゲームか!?」



転生者は、【ファントム・イシュバーン】のプレイヤー。

基準は分からないが、選ばれるそこには、例外は無い。


彼らには、ステータスが見える。

この偽りの世界と同じように、現実のイシュバーンでも。


それが意味するもの。

ファントム・イシュバーンと同じような、現実世界。

それが、転生者たち目線の、“イシュバーン” だ。



NPCモブが。』


『ゲームの世界だろ?』



“そういう事か”


アロンの全身から、漏れる憎悪。


“イシュバーンの救済”


それは、転生者がイシュバーンに送られてくる理由だ。

しかし、こんな遊戯(ゲーム)に興じた連中が、ゲームのような世界に転生され、まるで拠り所のように、自らの力を保障するようなこの無機質な表示に導かれるまま “超越者” と呼ばれる絶大な力を持って、まともに、正しく、世界を救済できるはずがない。


“根本が間違っている”


それが、アロンの結論だ。



アロンはステータスを閉じて、改めて “ガチャ” の画面を開く。

すでに手持ちの “幻影結晶” は無い。


『購入しますか?』


先ほどの女の声。

陽気な声とは打って変わって、冷静に、現実を突きつけるかのような問いかけ。


アロンは、豊富にある資金を遣って、ゲーム上で制限された一日に購入できる金額の上限まで、幻影結晶を購入した。


元より、この世界で生きるつもりはない。

再び、愛する者のいる世界へ、戻るその時まで。



「行くか。」



ようやく、アロンは偽りの世界へ立ち上がった。



=====



「懐かしいかい?」


淡い光を放つ通路。

それは、この世界と向こうの世界を繋ぐ道。


アロンの斜め前を歩く白い男。

――イシュバーンの御使いが、笑みを浮かべて尋ねる。


『ええ。5年も経ちましたので。……ですが。』


アロンは、目線を下げて呟く。


『昨日のことのように、覚えています。』



この世界(・・・・)に転移させられた、あの日。

生まれて初めて触れる、“VR” という器具。

【ファントム・イシュバーン】という仮初の世界。


そして気付かされる、転生者たちの真実。



「誰か、お友達は出来なかったのかい?」


アロンの思考が読めるだろう。

嫌味のようにしか聞こえない。


『……友情など、あるはずありません。』


いつ、誰が、転生者になるか分からない。

その中で、誰かと友情を結ぶなどあり得ない。


アロンはこの5年間、ずっと一人で戦っていた。

多人数で徒党を組むことが推奨される “ギルドシステム” を真っ向否定するかのように、自らギルドを立ち上げ、それも自分一人だけが加盟するという、【ファントム・イシュバーン】ではやりこみを超えた異常状態を貫いた。


何度、敵対するギルドに殺されたことか。

その度に、あの日の光景がフラッシュバックした。


“お前らのように遊びでやっているわけではない”

“ヘラヘラして”

“反吐が出る”


アロンはその度に立ち上がり、アバターを鍛え、自らのプレイヤースキルを磨き、最終的に “最強” へと辿り着くために、やるべきことを全て熟した。


気の遠くなるような作業、探索、そしてギルド戦。


全て、一人だった。

誰も信じられず、誰もが敵に見えた。


狂いそうな世界の中で、アロンを支えたもの。



それは、愛すべき家族の姿。

取り戻すべき未来。ファナの、笑顔。



「そうかぁ。その割には、慕われていたよね? 君。」


少し、悲しそうな表情で呟く御使い。

意外な反応にアロンは伏せた目を上げる。


『あれらは、ただ強い者に巻かれる “弱者” です。』


再び目線を下げるアロン。

その言葉は、まるで……。


「以前の自分みたい、に?」


戦いが怖かったアロン。

帝国の勇者たちに守られる農村。


そこで、“支える側” だと自らに言い聞かせて生きてきた。


その生き様は、強者に尻尾を振る負け犬と同じに見えた。

それでも、情けなくとも、それがアロンの生き方だった。


大切な者を守れるなら、自分を守れるなら。

例え泥に塗れようとも、生きる。


「それが普通だと思うんだけどね。君たちは。」


『そうかも、しれませんね。』


「ほら、最後に君に声を掛けた彼女。あれは良かったね。純真無垢な感謝の念だったよ。君が守ったそうじゃないか。なかなかやるね、色男。」


茶化したいだけなのか?

溜息が漏れそうになるアロンであった。


「まぁまぁ、君がどう思い、どう行動しようとも、結果的にあの子らは喜び、君を称えた。それだけの境地に君は達したのだよ。」


アロンの肩をポンと叩き、笑みを浮かべる。

溜息を漏らしそうになる口の角が上がる。


『ありがとうございます。』


同時にそれは、イシュバーンに転生した超越者に “決して負けない” “確実に葬り去る” という自信の表れだ。


「……素晴らしい。やはり、君は僕が見込んだとおりの男だ。」


それだけ呟いた御使い。

足が止まる。


アロンと御使いの正面に、巨大な黒い扉。

白い通路との対比が、荘厳さを醸し出す。


「さぁ、ここから先は君一人で行くんだ。彼女(・・)によろしくね。」


肩から、背に手を回してポンッと叩く。


『はい。ここまでありがとうございました、御使い様。』


「いやいや。君が転生した後に、まだボクの役割があるからね。もう一度、君を、君のお父さんとお母さんの許へ間違いなく送るという面倒臭い……じゃなかった、名誉ある仕事が、ね!」


呆れるアロン。

相変わらず、何が本音で何が建前なのか分からない、飄々とした優男でしかない御使いの雰囲気に不安を覚えるのであった。


「さぁ、行ってきなさい! 彼女も首を長くして待っているよ!」


『はい……。』



【ファントム・イシュバーン】に入り5年。

アロンは “転生” のため、こちらの世界の御使いとの再会を果たす。

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