第4章幕間(2) 赤髪の狂人は全てをかき乱す
【ウェスリク聖国】
“聖都” 聖国大城塞内 戦略会議室
「今年はようやく豊作になりましたな。」
巨大な白の円卓に並ぶ十三の席。
その内、八つの席に座る者たち。
全身鎧、軽装鎧、ローブ、法衣。
様々な装備であるが、その全ては一様に白く、胸には大きな黄金に輝く紋章が取り付けられている。
紋章は<聖天神>と呼ばれる、聖国で信仰される女神が祈りを捧げる姿をモチーフにした国章でもあり、この白の装いと金の紋章が彼らの身分を現している。
聖国最強の12人の将。
“聖天十二騎士爵”
戦争に出役中の5人の騎士爵を除いた7人が、集う。
彼らの視線の先、十三ある席の頂点。
「ええ。瞬星大神サティースジュゼッテ様の御力により、この偉大な聖国へ恵みが齎されました。かつて、この地に振り撒かれた帝国と覇国の邪悪な神々の呪いに、我らは打ち勝ったのです。」
年の頃は、十代後半。
薄く輝くイエローゴールドのストレートヘアに、憂いを帯びた赤と青の色違いの瞳。
首元から伸びる白いドレスを纏い、その胸には騎士爵たちと同じ紋章が輝いている。
ただ一つ違うのが、あまりに豊満な胸である故、偉大な女神が多少歪んで見えるところであった。
彼女こそ、この聖国の象徴。
国を統べる “聖王” と対となる存在。
第211代 “聖女” ミリアータ
「かつて、我らの命を繋いだ海の恵みも、質と量ともに良好と報告が上がっております。兵站は十分に配備できます故、これを機に覇国に奪われた領地を奪還してみせましょう。」
聖女ミリアータの二つ隣の席に座る、顔の濃い金髪男が笑顔で告げる。
ミリアータは、柔らかな笑みを浮かべながら頷く。
「よろしく頼みます。輜重隊長殿。」
「はっ!」
豪快な笑みで胸に右手拳を当てる輜重隊長と呼ばれた金髪男。
キラキラ輝くその笑みに内心引きつるが、顔には出さない。
「輜重隊と共に、現地でしのぎを削っております歩兵隊と騎馬隊の増員部隊を、我ら治療隊も交え覇国との前線へ向かいます。その後、歩兵第3隊長と魔法第2隊長を聖都へ帰還させますので、報告を受けていただきたく存じます。」
続いて、長い白髭の老人が告げる。
現在、騎士爵最高齢であり、同時に最長就任者でもあった。
「治療隊長殿、承知しました。……しかし兄はご高齢でありますので、決してご無理はなさらぬようお願いします。」
「ははっ。聖女様にそのように御心配をお掛けし申し訳ありませぬ。今、後任の選定をしておりますので、その内に新たな騎士爵として紹介いたします。」
治療隊長である白髭老人は、嬉しそうに顔に皺を寄せてほほ笑む。
その言葉に、丁度対面に座る青髪の女性が尋ねる。
「治療隊長殿。後任は “神皇” のラウル?」
ムッ、と一瞬顔を顰めるが、すぐさま好々爺の表情に戻す。
「重盾隊長殿、同じ超越者として気になりますかな?」
その問いに、ボブカットされた短めの青髪に触れながら、重盾隊長は頬杖をつく。
「そりゃあ気になるさ。なんたって私ら転生者の中で最強の “極醒職” なんだからね。……尤も、聖女様の前で聞くことじゃなかったけどね。」
重盾隊長は、チラッとミリアータを見る。
ふふ、と軽く笑顔を向けるミリアータ。
「イセリア様も面白いことをおっしゃいますね。貴女も “極醒職” ではありませんか。」
「ふふふ。聖女様もね。」
笑みを交わす二人の女性。
だが見る者が見れば、2人の間に青白い火花が迸っているのが見えるだろう。
そして、火花が見えた者の一人、治療隊長が「まぁまぁ」と諫める。
「ラウルは確かにいずれ騎士爵を任せられる逸材でしょう。だが、些か幼い。超越者として他の者よりも長い年月、生を謳歌していたはずだが彼は年相応としか思えませぬ。……まぁ、わざと年相応を演じているという見方も出来ますがな。」
「そうなると、繋ぎとして別の者?」
重盾隊長こと、イセリアの右隣りに座っている筋肉隆々の大男が尋ねる。
こう見えても、彼は魔法士だ。
「ええ、魔法第1隊長殿。儂の一番弟子である者を据えようと考えております。まぁ、ラウル次第ではありますがな。」
“いずれにせよ、近々席を譲る”
それが治療隊長の意志であるということだ。
そして、話題に出た “ラウル” について、さらに言及する者が。
「治療隊の方々が前線へ増員派遣となると、その場にはラウル氏も?」
「うむ。さすがに今回ばかりは彼も行かせなければなりませぬからな。」
重々しい空気が流れる。
イセリアが、苦々しくその名を呟く。
「あの、イカレ女の所為ね。」
ゾワリ、と場の空気が一瞬で凍り付いた。
「……覇国の五大傑 “流星紅姫” サブリナ。彼奴の所為で、先日も多数犠牲になったと報告が上がっておりますぞ。」
重々しい鎧を身に纏った老齢のスキンヘッド男が静かに呟いた。
その呟きに、はぁ、と溜息を吐いてイセリアは再度ミリアータを見る。
「なぁ、聖女様。貴女なら止められるのでは? あっちは “魔聖”。貴女はその上の “大賢者”じゃないですか。」
「イセリア様。それは報復として流星魔法を戦場で放て、という事ですか? ……大惨事になりますよ?」
呆れるミリアータに、ムッとして表情を向ける。
「じゃあ秘奥義は?」
「余計に大惨事ですよ。そもそもSPが足りないから使えませんが……貴女は秘奥義を使えるのですか?」
「無理。」
今度はミリアータがムッとする。
“だったら聞くなよ” と言いたいが、他の面々の手前グッと堪える。
「報告によると、サブリナは戦地のど真ん中に突如現れて、天から降り注ぐ流星魔法を放ち、そしてすぐさま消えるらしいのです。そのおかげで捕えることも出来ず、混戦の最中であるため敵・味方関係なしに被害が甚大化するのです。」
「……本当、狂っているとしか思えないな。」
顔の濃い輜重隊長の報告に、見た目は少年といった風貌の黒髪黒目の男が呟いた。
「歩兵第1隊長殿、どう対策される?」
魔法第1隊長が、ジロリと睨む。
戦場のど真ん中に現れて、ミーティアを放たれた時に甚大な被害を受けるのは、主は歩兵隊や魔法隊だからだ。
最前線で守りを固める重盾士や騎馬隊を潜り抜けて、戦力の要である本隊を無差別に蹴散らす。
それも敵味方関係なく、だ。
覇国で “魔聖” サブリナが五大傑に抜擢されて5年。
この無差別攻撃の所為で、すでに3万人以上が犠牲になっている。
もちろん、覇国陣営も巻き込まれた犠牲者が数多く存在しているだろうが、それでも聖国の犠牲者の方が遥かに上回る。
そして、未だそれを防ぐ手立ては見出せていない。
「……以前も伝えたが、“ディメンション・ムーブ” を扱える転生者を見つけ出すことだ。だが、転生者自体がそう数多くない中、“虹色” の書物スキルであるディメンション・ムーブを取得している奴を見つけ出すなんて容易ではない。しかし、サブリナが、いや、その戦法を誘導している協力者がディメンション・ムーブを駆使していると考えると、それ以外に方法が無い。」
「そんな藁をも掴む話ではなく、今、この瞬間にも犠牲になっている者たちを救い出す方法が無いかと尋ねているのだ!」
黒髪黒目の歩兵第1隊長の言葉に、魔法第1隊長が激高する。
だが、冷たく睨む歩兵第1隊長。
「なら、あんたが考えたらどうだ。犠牲になっているのはこの世界の住人だろ? その方法で無差別にやられても、転生者はケロリと生き返るんだ。正直、この世界に無関係なオレにそんな事で責め立てること自体が間違っているんだよ。」
ぐっ、と青筋を立てながら言葉を濁す魔法第1隊長。
歩兵第1隊長は、そのまま椅子に深く背を預け、目を閉じる。
「お二人共、そこまでにしてください。」
ミリアータが、悲しそうに呟いた。
「も、申し訳ありません、聖女様。」
魔法第1隊長は慌てて頭を下げる、が歩兵第1隊長は目を閉じたまま動かない。
その様子に益々苛立ちを強くするが、
「良いのです。」
再度ミリアータが、制した。
「少しずつではありますが、サブリナの出現パターンの割り出しが出来つつあります。混戦の最中による無差別攻撃ですので、その近くに転生者を配置して抑え込むのが一番でしょう。協力者がディメンション・ムーブを駆使しているとなると、出現時と離脱時の間は攻撃を仕掛けられないはずです。」
「そうだ。こちらから攻撃を仕掛けてサブリナと協力者を離れさせる、それか協力者に一撃でも攻撃をさせれば、奴等ご自慢のヒット・アンド・アウェイ戦法が使えなくなる。」
同意する歩兵第1隊長に、ミリアータは少し躊躇うように尋ねる。
「可能だと思いますか? クラーク様。」
「……一時凌ぎにはなるが、根本的な解撤にはならない。サブリナと協力者を殺さずに捕えるという事が前提だが、正直なところ不可能に近い。あいつらも転生者だ。いくら殺しても意味が無い。」
黒髪黒目の歩兵第1隊長、戦士系覚醒職 “竜騎士” クラークは目を開き、苦々しく言い放った。
「やっぱり、ディメンション・ムーブを使える奴を見つけて対処するのが一番の近道なのかもね。」
クラークと同じように、背もたれに身体を預けるイセリア。
「……帝国の奴等にその牙が向けば良いのだが。」
超越者たちの解決策は、正直不可能に近いらしい。
だからこそ、覇国のサブリナという厄介な相手が、もう一つの敵国であるイースタリ帝国に向かうことを願うのだ。
――消極的な考えなのかもしれないが、超越者という悍ましい相手によって犠牲になるのは、不死である超越者ではない、一般の兵なのだから。
「帝国と言えば……向こうは硬直状態なんだよな?」
クラークは、先ほどとは打って変わって興味津々に尋ねる。
はぁ、と深い溜息を吐き出して魔法第1隊長が答える。
「厭らしい事に、そちらは超越者オルト率いるゲリラ部隊の妨害もあり、思うように進撃出来ない。向こうも積極的にこちらの兵力を割こうとしているわけではないが、却って兵站が尽き、兵の士気も下がる。覇国のサブリナも問題だが、帝国のオルトも大概だぞ?」
「帝国陣営、“鬼忍” オルト。奴の “巨木の大鷲” にも散々苦渋を舐めさせられたなぁ。思い出しただけで苛々するわ。」
爪を噛みながらイセリアが顔を顰めた。
聖国陣営で有名な “魔法士系殺し” だったイセリアだが、相性の関係で1ランク下の覚醒職であったオルトに、良いようにあしらわれた経験がある。
動きが鈍い重盾士系にとって、即効攻撃に状態異常攻撃まで繰り返してくる “鬼忍”、“武聖” は非常に相性が悪かったのであった。
「……いっそ。」
クラークが呟く。
「覇国の方を硬直状態に持って行って、その間に帝国陣営を攻めるのはどうだ?」
ある意味、これも消極的な提案。
――だが。
「そうしましょう。」
聖女ミリアータが、静かに頷いた。
「ようやく長い間の飢饉が終わったのです。覇国に奪われた土地も気掛かりではありますが……食料事情の豊かな帝国の領地を奪い、大勢を整える中で覇国、いや、サブリナの対応策を検討しましょう。」
聖国の方針が、決まった。
◆
「うっひょー! 今回も上手くいったねぇ。」
【サウシード覇国】
聖国と覇国の国境界。
“ガミジンの迷宮” 近くであるため、ガミジン渓谷と呼ばれる場所だ。
渓谷を隔てて、岩と土の不毛な大地が広がる。
ところどころには大小様々なクレーターが大地に傷痕を付け、その周囲には潰れ、炭となった兵士たちの無残な死骸が、多数転がっている。
その光景を、紺の髪に白いアッシュの入った軽薄そうな優男が嬉しそうに眺めている。
「バ、バーモンド様! 本国より撤退命令が入りました。“五大傑は速やかに戻られよ” と、覇王命でございます!」
銀色に輝く全身鎧を纏った兵士に告げられ、男、バーモンドは「ベェ」と舌を出す。
「まじかーよー。せっかく、聖国のザコ共を蹴散らしてレベルアップしているっていうのに。
ねぇ、サブちゃん。」
バーモンドはやや後方へと目線を飛ばす。
そこには、屈みながら赤土の地面を弄っている鮮やかな紅いドレスを纏った、赤髪の女性が居た。
「……ちょとぉ、聞いている? サブちゃん?」
「うーるーさーい。今、良い所なんだから黙っててよ、ヘッポコやぶ医者野郎。」
声だけ出し、赤髪女性はまだ地面を弄っている。
やれやれ、と呆れるバーモンド。
その瞬間。
「しゃぁ、おらぁ!」
赤髪女性は突然立ち上がり、拳をガッと握り締めてポーズを決めた。
「相変わらず地味な事が好きだね、サブちゃんは。」
呆れるバーモンドの目線の先。
赤髪女性の足元には、拳大の石が7つ、器用に積み上げられていた。
「だってぇ、ヒマじゃん? 聖国の腰抜けどもはー、逃げちゃったし。」
グルリ、と首を不自然に傾けてバーモンドを睨むように見る、女性。
ややボサボサな長い赤髪と同じ、真っ赤に染まった瞳の目元には大きな隈が刻まれている。
全身の赤とまるで対比したかのような、色白の肌が余計に彼女の不吉さを象徴しているのだ。
その姿と表情に、兵士は全身に悪寒が走る。
“狂人”
まさに、その表現が正しい。
黙っていれば煽情的で美しい女性なのだが、その表情、言葉遣い、そして思考回路から、そういった対象には当てはまらない。
「てーいうかさー。ヤブ医者野郎。サブちゃんって呼ぶなって言ってんだろ? 殺すぞマジで? お?」
顔を歪め、首をカタカタと左右に振りながら、赤髪女性はバーモンドにゆらゆらと近寄る。
その姿はまるで幽鬼のようでありながら、粗暴な盗賊のようにも見える。
しかし、バーモンドは両腕を広げる。
「そういう乱暴な言葉遣いも最高だねぇ、サブちゃんはー。」
満面の笑みを浮かべ、ゆらゆら近づいてきた赤髪女性を抱きしめた。
「……今日もお疲れ様。マイスイートハニー♪」
「うっせぇ。ぶっ殺す。……ふふっ。愛しているよ、バモさん♪」
抱きしめる満面の笑みのバーモンドに、嫌悪感丸出しな表情から一転、ガラリと甘ったるい乙女の表情となり、バーモンドの唇を貪る。
熱い抱擁に、熱い接吻。
戦場の最前線に似つかわしくない二人の、理解不能の行動。
そのままバーモンドは、赤髪女性の胸をまさぐる。
女性は僅かに息を漏らすが、そのままバーモンドの首に噛みつき、一言。
「バモさん? そりゃあ今夜のお楽しみよぉ? さすがにあの人、引いてるって。」
「ん? ああ、そういや居たね。モブ男クンが。」
抱き合っていた二人が、いきなり顔を向ける。
背筋が凍り、捕食者に睨まれたように身も心も震えあがるが、それでも使命は果たさなければならない。
「は、覇王陛下よりご命令です。帰還、せよ、と。」
“矮小な自分は、彼らの気まぐれで命が握られている”
それが、この戦場のルール。
似つかわしくない優男バーモンドと、赤髪女性こそ、この覇国軍の最前線における最高権力者なのだから。
覇国最高戦力 “五大傑”
その中で、“難攻不落” “最強” と呼ばれるこの超越者コンビ。
薬士系極醒職 “神医”
五大公 “灼熱のフォルテ” から輩出された五大傑の一人、【死霊博士】バーモンド・フォン・フレア・フォルテ。
そして、赤髪女性。
彼女こそ、“五大傑” 最強。
「モブ男くん、了解。これからボクとサブちゃんは帰るって覇王ちゃんに伝えておいてねぇ。」
「サブちゃんって言うなや、糞やぶ医者野郎。」
またしもて首をカックンと下げて、睨む赤髪女性。
再びバーモンドは女性を抱きしめ、耳元で囁く。
「拗ねる君も最高に素敵だよ。サブリナ。」
「そんなんじゃ騙されねぇって。……嘘。最高に嬉しい。バモさんマジ愛している。」
サウシード覇国最高貴族 “五大公”
“大地のエンザーズ” から輩出された五大傑の一人。
【流星紅姫】
“サブリナ・フォン・アースド・エンザーズ”
この2人。
バーモンドとサブリナの、コンビ。
“変態快楽殺人狂”
敵も、味方も関係ない。
戦場で目に映る者を等しく無慈悲に、殺す。
戦況や損害など、二の次三の次。
“自分たちが興奮出来れば、それでよい”
刺激だけを求める、異質の二人。
恋人同士であり、戦友でありながら、時として殺し合う。
その価値観や生き様は、誰もが理解出来ない。
この二人にしか理解できない、二人の絆。
“狂人”
他人から見た二人は、この言葉しか当てはまらない。
◇
「ボク達のコンビで聖国陣営はガタガタだからねぇ。後はモブ君たちで何とでもなるくらいよね。」
「むしろ、そっちの方が被害がすくねぇってね。」
震えながら敬礼を続ける兵の間を、バーモンドとサブリナは腕を組みながら歩く。
傍から見れば仲睦まじい恋人同士だが、兵は気が気でならない。
何かの拍子に、この二人は殺し合いを始めるからだ。
その衝撃や余波は、所かまわず近くに居る者も巻き込む。
仲間である兵の命を、徒に奪う事は無い。
だが、それ以上に性質が悪い。
何がこの二人の琴線なのか、誰にも分からないからだ。
「君にぶっかけた補助マシマシの流星魔法を、ボクのぉ、ディメンション・ムーブで戦場のど真ん中に降らせる。ファントム・イシュバーンじゃぁ、アロンやらレイザーやらにブチ破られた戦法だけど、この超リアルなゲーム世界、イシュバーンなら十分通じるからねぇ。」
「そもそも。ディメンション・ムーブ持っているのはバモさんくらいだから? 分かっていても防ぎようが無いよね。それに。」
サブリナは空いている方の手を掲げ、ステータスオープンと囁く。
バーモンドには見えないが、そこにはサブリナのステータスが表示されているのだ。
「どう? ハニー。」
「しゃあっ! レベル、450超えた!」
無差別に大量虐殺している恩恵。
イシュバーンの超越者の中でも圧倒的レベルを誇ることも、彼女の強さの一つであった。
「おめでと、サブちゃん♩」
「だからサブちゃんって言うなやボケ。……でもありがと、バモさん。」
苦々しい顔から、すぐさま女の顔に様変わりする。
そして、猫撫で声でバーモンドに甘える。
「ねぇぇ、バモさん。今夜だけど無茶苦茶にして。」
「お? 盛っている?」
「めっちゃ。やっぱゴミを潰した後って興奮するよねー。今夜だけどさぁ、私に思いっ切りブチまけていいから、その後におもくそ首絞めてぶっ殺してくんね? アレ、あの感覚、最高なんだよね。」
甘々しい言葉とは裏腹に、自らを “殺せ” と嘆願するサブリナの言葉を耳にしてしまった兵たちは、一瞬、劣情を抱いた自分たちを呪った。
「いいけど。急に吹っ切れてボクを殺さないでくれよぉ? まぁ、君で腹上死するのも最高に興奮するけどねぇ。」
「あー、やっべ。今すぐ抱いて。」
「待った待った、サブちゃん。皆見ているから。」
顔を綻ばせて甘えていたサブリナの表情が、一瞬で悍ましいものへと変貌した。
「だーかーら。サブちゃんって言うなや糞やぶ医者野郎がよぉ。ぶっ殺すぞ? お?」
「そんな君も最高に素敵だよ。」
「騙されねぇよボケ。……うふふ、愛しているよバモさん♪」
“サブリナは二重人格なのでは?”
そんな噂もあるが、彼女を目の当たりにした兵たちは、一様に首を横に振る。
コレが、サブリナなのだ。
誰にも止められない、止まらない。
享楽的に生きることが、彼女の全て。
サブリナは、純然無垢の狂人なのだ。
「で、さぁ。覇王のボケは何でこのタイミングで私らを呼び寄せたんだ? ついにボケたか、あのボケ。」
辛辣に覇国の最高位である覇王を罵るサブリナ。
そんなサブリナの頭を撫で、バーモンドは嗤う。
「さぁてね。時々よく分からない指示をしてくるから今回もそうじゃないか? そうなると、次は。」
「帝国かぁ。」
サブリナは、凶悪に顔を歪めた。
「あー、やっと帝国をぐっちゃぐちゃに出来るんだ。……ファントム・イシュバーンで【暴虐のアロン】や【軍鬼レイザー】にボロッボロにされたあの恨みを、やっと晴らせるんだー。あと、ニーティに、レイジェルトに……。」
「待て待て、サブちゃん。そりゃあ向こうのゲームの話でしょ? こっちのゲームの世界に、奴等が居るとは限らないよぉ?」
「でも、レイザーの糞野郎は転生してやがるからぁ。あと、覇国裏切ったあの腹立つ糞汚れ尻軽糞ギャルの糞アイラも転生しているんでしょ?」
サブリナは、首と背をコクリと下げて、斜め下からバーモンドを睨む。
「糞が多いよ、サブちゃん♪」
「いいじゃんー。それに楽しみだあ。奴等は殺しても死なないけどぉ、それって何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、ぶっ殺せるってことでしょうぉ? ひゃあははははははっ、興奮してきた!」
ぐにゃりと姿勢を戻し、両手を広げて凄惨に嗤う。
(このイカレっぷり。ボクも大概だけど、サブちゃんには敵わないなぁ。)
同じく享楽的な生き方を続けるバーモンドも、さすがにこの状態のサブリナには一歩引いてしまうのであった。
「ああああ、待っていろレイザーにアイラ。全部、私のミーティアでぐちゃぐちゃにすり潰して、デスワープが発動する前に、潰した肉や内臓を貪ってやる。ひゃあはは、ひゃははははっ!」
「……それ本気?」
「どうせ食っても、肉も内蔵も血もぜーんぶ消えるし。てか、さすがに人肉は不味いだろうなー。特にアイラなんて苦そうだし。……やっぱ、やーめた。」
可愛らしい笑顔を浮かべ、サブリナはバーモンドに飛びつく。
そして。
「痛っ! ちょっと、サブちゃん!」
「どうせ食べるならー。バモさんのがいいな。」
飛びつき、再びバーモンドの首に歯を立てる。
ジワリとバーモンドの首筋から血が、滴る。
「あー、エッチやめて殺し合う?」
「ボクは君を抱きたいなぁ。正直溜まっているし。てか君もブチまけられて、首絞められたいんでしょ?」
「うーん。気が変わった!」
「えええええー!?」
―――――
これは偶然なのか、必然なのか。
互いに甚大な被害を出しつつ、せめぎ合っていた聖国と覇国が同時に、次なる標的を帝国へと向けた。
そう、超越者は帝国内だけに居るのではない。
間もなく、アロンは彼らにも目を向ける日がくるのであった。
聖国の聖女 “ミリアータ”
覇国の狂人 “サブリナ”
特にこの2人とアロンが出会う時、運命は大きく捻れていくことになるのだが、それはまだ当分先の話である。
次回、10月2日(水)更新予定です。
今夜〜土日まで本業の出張につき、更新作業が滞ってしまいます。少し間が空いてしまいますがご容赦ください。