第4章幕間(1) 黒銀の悪魔にかき乱された者達
アロンが帝都でメルティと再会した翌日。
帝都中央区
高等教育学院。
「なるほど。昨日の下校時にアロンが突然現れて、君を脅したわけか。」
メルティから渡された一通の手紙を片手で持ち、ヒラヒラと動かしながら顔を顰めるは、イースタリ帝国皇帝長男にして皇位第一継承者である皇太子ジークノート。
VRMMOファントム・イシュバーンでは、帝国陣営上位ギルド “ワルプルギスの夜” を牽引したサブギルドマスター、獣使士系極醒職 “神獣師” を極めしグランマスター “ニーティ” だ。
そんな、転生者としてはテンプレートな勝ち組かつ、完璧と形容しても過言でない端正な顔立ちなジークノートを、顔を赤らめて見つめるはメルティ。
「はい。それも、お慕いしていた私に当てつけるかのように、ファナを連れて彼はやってきたのです! しかもすでに夫婦だとか……私は、悔しくて仕方ありませんでした。」
銀色の髪を靡かせ、涙を堪える。
その幼気な姿に、ジークノートは優しくメルティの肩に触れた。
「それは……辛かったね、メルティさん。」
傍から見れば、恋人同士。
だが、ジークノートにはメルティに対してそんな感情は抱いていない。
むしろ、婚約者たる同じ転生者、“ワルプルギスの夜” で同じサブギルドマスターに任命されていた武闘士系極醒職 “神拳” グランマスター、レイジェルトこと帝国宰相の二女である公爵令嬢、レオナの目の前なのだ。
下手な行為は不貞とみなされるだけでなく、皇族と帝国で影響力の大きい公爵家との確執に発展する可能性がある。
いくら “絶世の色男” に転生出来たとはいえ、その辺りは空気を読んで自重するのであった。
――だが、あわよくば、という願望が無いわけではない。
“異世界転生” にある、ハーレム無双を夢見ていないと言えば、嘘になる。
昨年、編入した高等教育学院の “Sクラス” には、それこそ美女ぞろいだ。
まず、自分の婚約者で目の上のたんこぶでもあるレオナ。
見た目で言えば、完全な美の体現だ。
顔の美しさだけでなく、煽情的な肢体に心寄せる男子は少なくない。
次に、目の前のメルティ。
輝く銀色の髪は神秘的で、本人の美しさも相まってその人気は留まる事を知らない。
そんな彼女が、自分を慕ってくれるのは嬉しくないわけがない。
そして、冒険者としての任務がありしばらく休校中の、セイル。
通称 “癒しの黒天使” と呼ばれるだけあって、物腰柔らかく落ち着いた雰囲気は、本人の美しさをさらに引き立てるのだ。
ツンツンお嬢様の、レオナ。
ツンデレの美少女の、メルティ。
そして、癒しのセイル。
このSクラスにいる転生者は、どれも粒ぞろい。
だが、そんな “男” の顔を見せたら幻滅するだろう。
憧れる “異世界ハーレム” の実現のためには、今のポジションを最大限有効活用しながらも、丁寧に彼女たちと接する必要がある。
“焦る必要はない”
卑しいことに、ジークノートの考えはそれだった。
「その手紙の中身は見ないの?」
溜息と共に呆れた声を上げるのは、レオナ。
“もしや、婚約者である自分を放っておいて、クラスメイトのメルティに優しく接したことで嫉妬したのかな?” とも思うジークノートは、柔らかな笑みを浮かべてレオナを見る。
「もちろん、中身は確認するさ。卑劣な手段でメルティさんに接触を図った、アロンの意図を知る必要があるからね。」
その言葉で、メルティはさらに顔を赤らめる。
力強いジークノートの言葉に、うっとりと表情を艶やかに輝かせる。
(うん、メルティさんは私に夢中だよな。こんな美少女を篭絡できるなんて、ニーティを扱っていた頃を思えば夢のようだ。)
微笑みながらも、ジークノートは卑しい算段を繰り広げる、が。
(うふふ。レオナさんの前だから自重しているのでしょうけど、殿下は私を意識しているわね。ふふふ、ちょろいわ。)
相手も、相手なのだ。
卑しい算段を繰り広げるのは彼だけではない。
メルティも、虎視眈々とレオナの座を奪おうと画策していたのであった。
にこやかなジークノートに、うっとりと目を細めるメルティ。
そんな2人を眺め、レオナは心の中で大きく溜息を吐き出すのであった。
(はぁ~。さっさと結ばれろよ。お花畑ども。)
レオナは、ジークノートなど愛していない。
第一位の皇太子と、幼き頃から神童と呼ばれ将来を有望視される宰相の二女。
同じ年ということもあり、立場的に近い皇族と公爵家とのことで、あれよと婚約者に仕立てられた2人。
元は、同じギルドを牽引していたサブマス同士。
だが、元ニーティと元レイジェルトは、その在り方も存在も、意識もまるで違った。
“ワルプルギスの夜” の象徴的存在、ニーティ。
その美しい佇まいに憧れるプレイヤーは数知れず。
だが、いい加減なギルドマスターと同様に、ニーティも大概だった。
水面下で起こる様々なトラブルは、硬派を通していたレイジェルトが全て解決をしていたのだった。
同じサブマスだが、正反対の2人。
だからこそ、能天気なジークノートが自身の婚約者に、将来は絶世の美女となることが約束された美少女レオナが婚約者になったことを、手放しで喜んだ。
それもファントム・イシュバーンを知り、同じギルドでサブマスだった気の知れた相手。
それがかの “レイジェルト” という存在であったことは、その姿が美少女であったことですっかり頭から抜け落ちた。
しかし、レイジェルトことレオナは違う。
“よりによって、こいつか”
婚約者に仕立てられた時、転生して初めて涙して暴れるほど、はっきり言ってレオナは “ニーティ” が大嫌いであった。
もちろん、姫と呼ばれチヤホヤされていたメルティも大嫌いだ。
彼女が、何故 “男性アバター” を使ったのか。
それは、以前別のVRMMOで女性キャラを使っていた時、男性プレイヤーから心無い性的接触を図られて心の底から嫌悪したことが原因だ。
だからこそ、世界最大のVRMMOファントム・イシュバーンでは、あえて男性アバターで登録をした。
そのプレイヤースタイルも、硬派な男であることを貫いた。
“漢” を体現したようなプレイヤースタイルこそ、彼女の在り方。
だからこそ、女を武器にしたようなニーティやメルティが気に入らなかった。
ある意味、軽蔑。
ある意味、八つ当たり。
それでも実力が認められて、いつしか『最強プレイヤー【暴虐のアロン】と肩を並べて恥ずかしくないプレイヤーは“神拳” レイジェルトだ』と評価された時は、心から喜んだのであった。
そんな、硬派を貫いたレイジェルト。
転生後、本当の性別が露わになったレオナ。
それでも、心と在り方は硬派なままだ。
能天気な皇太子に、裏と表を使い分ける女狐。
気に入らない2人が、こうして出会って心に一物を持ちながら打算計算を繰り返す姿は、そんなレオナにとって滑稽でしかなかった。
「なぁジークさん。あの野郎の手紙の中身を見せてくれよ。」
赤髪少年、転生者ジンが急かす。
彼はセイルに一途であり、そしてかつて出会った【暴虐のアロン】を心底毛嫌いしている。
ああ、と答えてジークノートが手紙を開いた。
周囲に見せる前に、中身を読む。
しかし。
「あ……。な、なんで……。」
手紙を読み進めることで、青褪める。
身体はガタガタと震え、尋常じゃない汗が出る。
「殿下、どうされたの!?」
甲斐甲斐しくハンカチを手に、メルティがジークノートの額の汗を拭う。
本来なら、ここで爽やかな笑みを浮かべて応えるのだろうが、今のジークノートにはそんな余裕が無い。
「ノーザンさん、しくったな。」
辛うじて絞り出したのは、かつてファントム・イシュバーンで最も嫌われていたプレイヤーの名前だ。
「ジーク? まさか、アロンの事をノーザンに伝えたの?」
幻滅するようにジークノートに睨むレオナ。
“この件は信頼のおける将軍にも伝える”
以前のジークノートの言葉だ。
その言葉が正しいなら、輝天八将を纏める大帝将ハイデンか、同じ転生者で常識人の黒鎧将レイザーのどちらかであろうと、信じていた。
まさか、ここまで阿呆とは。
「あ、ああ。もちろんハイデンさんにも伝えたが。転生者のことなら、ノーザンさんだろうっていうことで、彼に全てを伝えた。」
「馬鹿じゃねぇの、お前!」
思わず怒声を上げ、ジークノートの胸倉を掴むレオナであった。
「レオナさん!?」
「ちょ! 喧嘩は止めるっす!」
メルティとジンがレオナを止める。
だが、レオナは止まらない。
「あの糞野郎が、まともにアロンを勧誘するわけねぇだろうが! 買収、脅し、何でもやるぞ、あの野郎は!!」
「だ、だが。」
「だがじゃねぇよ糞皇子!! テメェはそこまで馬鹿だとは思わなかったわ!!」
顔を真っ赤にして、言葉も乱暴になるレオナ。
思い切り、引くようにジークノートの胸倉を離した。
「もう我慢の限界だ。金輪際、私に関わるな。」
冷たく睨み、レオナは言い捨てる。
「な、なんだって!? 君と私は、婚約者だろう!」
「そんなもん解消だ。父上と陛下に直談判する。叶わぬなら、私は帝国を捨てる。……どうせ、ノーザンの糞野郎の勧誘が失敗したってことは、アロンも同じ事を言っているんだろ? ならば、私も一緒になって帝国を捨ててやる。」
レオナの言葉に、ジークノートは震えあがる。
まだ彼女どころか、誰にもアロンの手紙の内容を見せていない。
それにも関わらず、レオナは確信をしたのだ。
アロンの手紙の中身。
ノーザンと “侍” カイエンが仕出かした、顛末と結果。
加えて、恐ろしい宣言。
『これ以上、ボクとボクの大切な人、家族、仲間。そしてラープス村の全てに手を下そうものなら、ボクは帝国を捨てる。【暴虐のアロン】と呼ばれ畏怖されたその力を、敵として受けてみるが良い。』
「レオナさん! あんた、何言っているんだ!?」
ジンが叫ぶ。
そう、敵国への亡命は重罪だ。
例え転生者でも、許される行為ではない。
仄めかしただけでは罪になることは無いが、実行したら殺せぬ転生者は終身刑となり、一生薄暗い地下牢暮らしが強いられる。
だが、レオナの決意は固い。
「私は本気だ。馬鹿だ馬鹿だと向こうの世界でも思っていたが、そこまで馬鹿だとは思わなかったよ、ニーティ。もうお前には愛想が尽きた。……お前にもだ、メルティ。」
ギロッ、とメルティを睨む。
震えるメルティだが、その脳裏に浮かぶ算段を察してレオナは更に頭に血が昇る。
「はっ。どうせライバルが勝手に自滅しているとでも思っているんだろ、姫。私は元よりニーティは願い下げだったんだよ。良かったな、婚約者が消える事になって。馬鹿は馬鹿同士、後はよろしくやってろよ。」
「ばっ……!? 酷いです、レオナさん!」
「黙れよ、売女。どうせアロンにも色目を使って負けたんだろ、モブ女に。臭うんだよ、テメェの腐った本性は。」
同じ女性とは思えぬ、汚い罵倒にメルティも頭に来た。
「さ、さっきから聞いていれば! 何よ貴女は! 公爵令嬢だからって調子に乗っているんでしょ!?」
「だから、もう願い下げだって。私は家を出る。もちろんここも退学するさ。転生者だとか異世界無双だとか夢見てるテメェらに、ほとほと愛想が尽きた。良かったね、メルティ。あとはその朴念仁とよろしくやってくれ。」
手の平をひらひらさせて、部屋を出るレオナ。
超越者たちの激しい口論を目の当たりにして震えあがるクラスメイト達は、止めることも追いかけることも出来ず、ただ部屋を出るレオナを見つめ続けるだけだった。
「ど、どうするんすか、ジークさん!」
「放っておきなさいよ、どうせ出来っこないわ。」
焦るジンに、呆れるメルティが諭す。
「どうして、こうなった?」
手紙を見つめては部屋の入口を眺めるジークノート。
そんな彼の腕に絡み、メルティは頭を寄せて呟く。
「これもどれも、全部アロンの所為ですわ、殿下。」
それは、悪魔の囁き。
だが、絶世の美女たるレオナの激高を受けたのと、俄か信じられないアロンの手紙の前に、皇太子ジークノートは正常な判断が出来なくなっていた。
むしろ、美しく可愛いメルティに身体を寄せられ、気持ちは昂る。
ここで引いたら、男が廃る。
「そうだ。全てアロンの所為だ。」
ジークノートの心は定まった。
引き籠めれば良かったが、それが叶わぬと知った今。
全力で、アロンを排除することを決意した。
――そして、レオナも。
「メルティさん、ジンさん。私に力を貸してくれ。」
何が、最強の存在だ。
何が、大切な者に手を出すなだ。
今、お前の存在が大切な婚約者を奪ったんだ。
“剣神” ?
“暴虐” ?
関係ない。
どうせ、一介の村人上がりだ。
レベルは低いに決まっている。
扱えるスキルも、たかが知れている。
それに対し、ここは最高学府。
所属する転生者は、細部に至るまで考え抜かれたカリキュラムでどの転生者よりも強くなる。
……そうだ、何が【暴虐のアロン】だ。
その名に、ただ怯えていただけじゃないか。
強くなれば、良い。
そんな単純な事に、気付かなかったなんて。
「私も、メルティさんもジンさんも、強くなるぞ。レオナやアロンなんて、足元にも及ばない程レベルを上げ、赦しを乞うまで殺して殺して殺しまくるぞ。」
“抗えないまで、強くなれば良い”
「ああ、付いていくぜジークさん。」
「私もずっとお傍にいます。殿下。」
「あとはセイルさんだな。彼女にもこの件を伝え、誘おう。」
―――――
「よぉ、カイエンの旦那。しくったらしいな?」
帝都東区
冒険者や商人で賑わう東区の、足元。
そこには魑魅魍魎が巣くう、悪鬼の巣窟。
“帝都地下大牢”
東区と中央区を跨ぐこの大牢は、様々な犯罪者や謀反人が捕らえられ、今か明日か、処刑が下される日を待つ。
薄暗く、湿っぽく、不衛生。
まさに、帝都の裏の顔。
そんな地下牢の一番階層。
5階、超越者専用牢。
それは、1~4階とは打って変わって、鉄格子で閉ざされているとは言え、まるで高級スイートホテルのような高価な調度品や寝具に囲まれ、提供される食事も最高級という至れり尽くされりの待遇を受ける。
そう、犯罪者とは言え超越者。
その扱いは、どこへ行っても最上級のものだ。
「なんだよ、ブルザキじゃねぇか。」
豪華なソファに座り、書物を眺めていたカイエンは溜息交じりに訪問者へ顔を向けた。
「ははっ。そう邪険にしないでくれよ。せっかく会いにきてやったんだ。」
最近、帝都本部に鞍替えしたギルド “荒野の光” のサブギルドマスター、武闘士上位職 “忍者” ブルザキであった。
若い女に目が無く、強姦紛いの行為を繰り返してはこの “ゲームの世界” を謳歌してる自由人だ。
「聞いたぜ。どっかの村でヘマしたんだってな?」
そこまでが、ブルザキが掴んでいる情報だ。
詳しい事は知らない、だが、カイエンが絡んだという事はそれなりに大きいヤマであったと察する。
「ああ、オレとしたことがハメられた。」
「マジかよ。天下のカイエン様とあろうものが。」
「うるせぇ。だが、実際にオレはこんなヘボい穴倉に閉じ込められている。」
「へ。これがヘボい穴倉って。あんた、余程良い暮らししているんだな?」
「お前が言うな。何人喰った? お前やソリトの武勇伝は散々聞くぜ。」
下衆な顔をして嗤い合う2人。
ブルザキは嗤いながらも目を細めた。
「で、どうよ? 良ければオレ達が尻ぬぐいするぜ? そこに良い女がいればの話だが。」
カイエンと、ブルザキ達は言うなら蜜月の関係だ。
カイエンのギルド “蒼天団” が受ける依頼は、多くが慈善事業。
内容は、荒くれの盗賊たちの撃退が多い。
その盗賊たちが、“荒野の光” なのだ。
つまり、正体を隠した荒野の光のメンバーがあちこちで静かに暴れる。
困った周辺の町村の長が、冒険者連合体へ依頼を出す。
余り魅力に感じない、盗賊退治。
それを、まるで慈善事業で採算度外視に受注するのが蒼天団、もとい、カイエンだった。
そして、盗賊を撃退したかに見せかけて、依頼完了とする。
ほぼ、何の苦労もなく成功報酬とギルドの功罪ポイントを獲得できる。
そこに、協力してくれたギルドとして、荒野の光を押す。
同時に功罪ポイントが荒野の光に入る。
二つのギルド、いや、転生者たちが画策した、この世界のギルドシステムの裏を突いた自作自演だった。
それで潤う、蒼天団と荒野の光。
2つのギルド、いや、カイエンと荒野の光を率いる3人の転生者だけが、潤っているのだ。
「いるぜ。村長のアケラって女だ。村長だがまだ若い。べっぴんだぜー?」
カイエンの言葉に、目を輝かせるブルザキ。
さらに。
「あと、オレのギルドにセイルって女居るのは知っているよな?」
「もちろん! あの可愛い子ちゃんだろ? いいよなぁ、現世ならJKの年齢だよな。ああ、犯してぇ。でもダメだろ?」
「いや。犯せ。」
笑顔で告げるカイエンの言葉に、ブルザキは目を丸くして驚く。
「お、おい! テメェのギルドの看板娘、しかも転生者だろ!? どういうつもりだ?」
「どうもこうも。セイルの所為でオレはこんな豚箱に突っ込まれたんだ。あの偽善者の泣き叫ぶ顔を見なければ、オレの気が、晴れねぇ!!」
怒鳴るカイエンに、思わず身を震わせる。
しかし、すぐにその顔は厭らしく歪んだ。
「本当に……いいんだな?」
「ああ。犯せ。とことんな。ぐちゃぐちゃに犯して、狂わして、オレの前に引きずり出してくれ。その後オレがたぁっぷり可愛がってやるさ。……報酬は、そうだな。大金貨6枚でどうだ?」
その言葉にさらに目を輝かせるブルザキ。
大金貨6枚は、6千万Rという大金だ。
「いいねぇ! 受けた、その依頼! お前んとこのセイルちゃんを犯せて、どっかのべっぴん村長サンまで犯せるなんて最高だ! で、どこの村よ?」
「ラープス村ってところだ。知っているか?」
盛大に嗤う、ブルザキ。
「いいねぇ! いいねぇ! ちょうど良かった!」
手を叩き、転がるように嗤う。
そう、カイエンは知っていた。
荒野の光の、転生者3人。
レントール、ソリト、ブルザキは、ラープス村近くのダンジョン、『プルソンの迷宮』を攻略したがっていて、近くに拠点を構えようか考えていたことを。
「で、セイルちゃんはどこに居るの? 帝都?」
「いや、たぶんそのラープス村だ。オレをハメやがったんだ。帝都に戻らずその村でぐずぐずしている可能性が高い。」
――実際は、セイルが憧れた【暴虐のアロン】が居たからだ。
だけど、そんな野暮なことは告げない。
「よぉし、早速レントール達に報告だ。一応、セイルちゃんの動向は調べてお前さんに報告はするようにするわ。まー、でも。ラープス村の村長を犯すってことは間違いなく傘下に治めるって話になるからなー。それなりに準備がいるぜ? 根回しとか。」
垂れそうになる涎を拭い、ブルザキが語る。
ああ、とカイエンはソファに身体を預けて頷いた。
「そら、そうだ。お前らのことだ。いつもみたいに上手くやれよ?」
「任せろ。期待しておけよ、お前さんの前にセイルちゃんを引っ張ってくるわ。……オレ達のお古になるが、良いんだよなぁ?」
「構わねぇ。むしろ、その方が興奮する。」
「かっ! 旦那も大した変態だね! よっしゃ、任せろ。」
鉄格子越しに、拳を交わす2人。
そう、運命は動き出した。
アロンが受けた、絶望よりも1年も早く。
未来が、変わる。
だが、それも織り込み済みであるのだ。
むしろ、彼自身、手招きをして待っている。
前世、自分を無残に殺し。
愛する者たちを犯した相手。
【暴虐のアロン】は、今か今かと、待つのであった。
―――――
「さぁ、この失態を貴様はどう繕う?」
「オレが知るかよ。」
帝都大要塞。
輝天八将専用の、ラウンジ。
そこで踏ん反り返る魔戦将ノーザンに、黒鎧将レイザーが毅然と問いただしているのだ。
「はっ。だっせ。やっぱ根暗野郎だな。」
「黙れよ、腐れギャルが。」
そんなノーザンを茶化すのは、煽情的なドレスを纏う白金将アイラであった。
「アイラ、黙っていろ。ノーザンと話している。」
「へいへーい。」
レイザーが諫めると、アイラは気怠く返事をして、足の爪にネイルを塗り始めた。
すると、惜しげもなくアイラの下半身の下着が露わにあり、ピチッとしたその下着から彼女の恥部の形がはっきと見て取れる。
「て、てめぇは恥じらいってものが無いのかよ!?」
「あー? こんくらい見られてもどうってことないしー? あ、DTインテリ丸眼鏡根暗野郎には刺激が強すぎたかー。うわー、キモッ。」
顔を真っ赤にして目を逸らすノーザンに対し、平然とした様子のアイラであった。
嗤って茶化すが、目線も姿勢もそのまま。
慣れた手付きで足の爪にネイルを塗り続ける。
「おいレイザー! オレは忙しいんだ。あの件は全部カイエンの馬鹿がやらかした事だ! 話は以上だ!」
顔を真っ赤にして怒鳴りながらノーザンは立ち上がり、急ぎ足で去った。
だが、その間も露わになったアイラのスカートの中をチラチラ見ていたことを、アイラは見逃さなかった。
「やっぱキモいね。あの根暗。」
脚を組み替え、反対の足にもネイルを塗る。
同時に、アイラの下着はもっと露わになった。
「……レイザっちは全く動じないねー。」
ネイルを塗りながらもアイラはボソッと呟く。
「……何がだ?」
「あたしのパンツを見ても、何も動じないのはどうしてかなー? って聞いているんだよ。」
笑みを浮かべてレイザーの鉄仮面に目線を投げるアイラだが、レイザーは、はぁ、と溜息を吐き出すだけだ。
「くだらない。」
「うーえ。もしかしてムッツリ? あの根暗よりキモいんですけどー?」
「何とでも言え。俺も行く。」
そう言い、レイザーは踝を返した。
その後ろ姿を見て、アイラは厭らしく笑みを浮かべる。
「ねぇ、レイザっち。」
「なんだ?」
「それで隠しているつもりなの?」
ガチャッ、と黒鎧が音を立てる。
「……意味が分からないな。」
「ふーん。まぁいいや。でも他は騙せても、あたしには通用しねーから。」
「……何のことだ?」
クスクス嗤うレイラは、ギロッとレイザーを睨む。
「あたしはどっちでも良いんだけどね。ただ、余計にあんたの素顔が見たくなっただけよー? そのヘンテコな仮面外して、今度一緒にデートしようぜ?」
またまた、ハァ、と溜息を吐き出すレイザー。
「だったらノーザンに付き合ってやってくれ。その方が建設的だ。」
「あー、それは無理―。」
ケタケタ笑うアイラを一瞥し、今度こそレイザーは立ち去った。
その後ろ姿を眺め、アイラはポツリ。
「……へぇー。良い事、知っちゃったな♩」
―――――
「……何故だ?」
帝都大要塞の回廊。
レイザーは一人、狼狽するのであった。