4-20 逃亡
「ご理解いただけましたか?」
アケラが用意した2通の文書を眺め、絶句する視察団の面々。
一つは、“超越者” との疑いが持たれるが、帝都へ移り住むことを拒んでいるアロンという青年からの手紙。
そしてもう一つは、入口側に座るラープス村の村長、まだ若いがかつて帝国軍の百人隊長を歴任したという猛者でもある、アケラという女性が村の総意として差し出した通達書。
その両方が、言葉を失うに十分な内容を秘めていた。
「出鱈目だ!」
まず、最初に大声を張りあげたのはアロン獲得に同席した、人民庁長官だ。
その叫びに、財務調査官の3人は顔を顰めて耳を傾ける。
大臣に次ぐ職位を持つ彼がこの村に訪れるという事自体が例外でもあるが、詳しく聞かされていなかった財務調査官たちからして見れば、“それほどの絶大な適正職業を授かった者がいる” 程度の認識であった。
度々、帝都行きを拒む超越者が居ると噂は聞いていた。
その時、帝都の各省庁の上役や、帝国軍の幹部、または冒険者ギルドの上位者などがその者の居る街へ赴き、説得を試みるとのことだ。
――何故か、財務調査もセットで。
薄々は気付いていた。
“従わなければ、分かっているよな?”
その脅しの側面として、財務調査を同時に行っているという圧力を与えていることを。
だが、超越者の意思云々と財務調査による税額決定は、別物だ。
むしろ、そんな “脅し” の材料と使われているなど噂が立てば、財務庁が掲げている不可侵の指針、“公平と公正” を侵すことになってしまう。
だから、滅多に無い超越者の説得事と、財務調査との関連は別物だものだと信じていた。
それが、村長アケラと超越者疑惑のあるアロンという青年の訴えにより揺らぐ可能性が出てきてしまった。
「うむ、確かに出鱈目だ。」
アケラの通達をポンと叩き、財務調査官の主任が口を揃えた。
「ほら見た事か! 財務庁のお方もそのようにおっしゃっているではないか!」
“良い助け船が出た”
ほくそ笑む長官には目もくれず、アケラが尋ねる。
「どの点が、出鱈目と?」
主任はアケラに目を向け、すぐに長官へと目線を飛ばす。
思わず身体がビクリと震えあがる長官だった。
「……ここに書かれているように、我らの調査及び税額決定を覆すような、まさに脅しと捉えられても不思議ではない発言など以ての外。長官殿、そして神官長殿。あり得ないとは思いますが、神に誓ってそのような発言は無かったと、お認めになられますかな?」
主任からの指摘に、青ざめる長官と神官長。
特に、神に仕える身である神官長の顔色が悪い。
「どうされた? もしこれが事実だとすると、帝国を揺るがす大問題となりますぞ? 過去にそのような事実があったかどうかはさておき、この村に対してそのような真似を行われたとなれば……善神エンジェドラス様の御導きに背く、重大な悪行であると言わざるを得ませんぞ。」
口を塞ぐ、神官長。
だが。
「あろうはずが無いだろ! 神に誓おう!」
高らかに、長官が叫ぶ。
思わず目を見開き、長官を見る神官長。
そう、神に背く “嘘” を彼が言い放ったからだ。
そもそも、神官長はラープス村に住むアロンという青年が、当初受けた “剣士” ではなく、超越者しか得られない上位の職業であるはずだ、という疑惑の解消のために特例中の特例で村に訪問をし、さらに貴重な “神眼薬” を携えてきたのだ。
その時の光景を思い返す。
神眼薬という最高級の鑑定薬を持ってしても “鑑定不能” という前代未聞の結果となってしまった、アロンという青年。
その時に、神官長自身が告げた、言葉。
『こいつは、悪魔の子か!?』
そう、鑑定を妨害されるなど、長い教会人生の中で初めての経験だった。
もし、そういう話があり得るのならとっくに教義の中で語られていただろう。
それすら存在していないということは、鑑定妨害=帝国初の事件であるとなる。
だが、団長たるカイエンは “鑑定を妨害するアイテムがある” と平然と答えていた。
ただそれは、この帝国では未だ見つかっていない希少なアイテムであるとも、聞かされたのだった。
“それを持っているからこそ、超越者であるという証”
だが、その後にカイエンは何と伝えた!?
鑑定を妨害したため、再鑑定を受けねば、アロン共々このラープス村は、“悪魔の村” の疑いがあるとのことで、悪魔が不当な利益を上げたという理屈に伴う増税、帝都からの憲兵や異端審問官などの派遣を仄めかした!
“アロンは悪魔である”
“それを匿うラープス村は悪魔の村である”
その疑いから、憲兵や異端審問官の派遣請求を行うのは、教会の役目だ。
それは、分かる。
だが、増税はどうだ?
そんな話は聞いたことが無い。
“悪魔が得た利益だから、奪って当然”
そうとも聞こえるが、好景気で適正な営みの中で帝国への貢献に励むラープス村の行いを、果たして “悪魔” の行為としてひっくり返してしまう事が、果たして帝国にとって、教会にとって、益になる話なのか?
――偉大な<国母神>は、それをお赦しになるのか?
すでに、共に交渉の場に着いた人民長官は、平然と、神の名に誓って虚偽という咎を働いてしまった。
神学上の倫理観点から、村長アケラの指摘と長官の嘘のどちらに非があるかは、一目瞭然だ。
だが、それを否定したり咎めたりしようものなら、隣で怒気を放つ団長カイエンが許さないだろう。
(私は……ただ、言われるがままに自らの役目を果たしただけだというのに。)
酷く狼狽する神官長をよそに、長官は勝ち誇ったような顔をしている。
「さぁ、神に誓ったぞ。増税を仄めかすような脅しなどはしていない。ただ、鑑定不可との結果、そして神の御業たる鑑定の儀を欺いたアロンやらは悪魔の子であると私は思うがね。彼が嘆くのは、そのまま彼自身の身から出た錆では無いか?」
見下すように語る長官に、神官長は思わず目を見開く。
その隣のカイエンも、「バ、バカッ!」と思わず声を荒げた。
「へえ。彼が言う通り、貴方がたは確たる証拠も無しにアロンを悪魔だと、その場で伝えたというのですね?」
口元を緩めていたアケラが、険しい顔をして長官を睨む。
背筋が凍る思いの長官だが、
「そ、それがどうした? ……あ。」
気付いた。
自ら口走ってしまった、言葉の重大性を。
「聞きましたか、皆様。彼ら当村アロンの勧誘の場において、確たる証拠の無いまま、彼を悪魔だと断定したと。先ほど御覧いただいたラープス村の通達書、二つ目の要求に当たりますが、その証拠をこの場でお示しいただけませんか?」
青褪める、長官。
彼は、同じ省庁の財務庁の調査と今回の勧誘には一切関連が無いことを弁明することに終始してしまった。
それだけ、財務庁に疑惑を持たれてはならぬと、省庁間の駆け引きや省庁内の縦割り組織への影響を考慮していたのだ。
彼の立場にしてみれば、それだけが問題だった。
アロン某が “悪魔” と呼ばれようと、それは教会が決めることで、帝都の政治面や経済面を調整・管理する省庁には関係の無い話だった。
だが、この場においてその言葉は迂闊だった。
村長アケラの通達による、三つの請求。
1 アロン勧誘の交渉の内容を全て開示すること
2 アロンが超越者である確たる証拠を示すこと
3 財務調査が脅しの材料ならば不当行為に該当するので、白紙撤回すること
彼は、3番目の要件にしか頭が回っていなかった。
縦割りの世界と、省庁間のしがらみと、彼の立場が、優秀な彼の視界を狭めた結果となってしまったのだ。
これらの問題は、1から3の請求は、全て複合的な問題であると今の今まで、気付かなかった。
「う、ぐ。」
「帝都の教会本部から派遣されています神官長殿。貴方の立場として、アロンが悪魔だという確たる証拠、即ち、彼が超越者であるという確たる証拠をこの場でお示しください。」
アケラは追及の手を緩めない。
さらに、青褪める神官長。
“鑑定が妨害された”
その事実は、確かに無理をすれば、アロンを悪魔であると押し通すことが出来るかもしれない。
だが、ラープス村の請求は “アロンが超越者である証拠” だ。
つまり悪魔云々以前の話、今回の視察団訪問の目的の一つである “アロンの帝都への移住勧誘” に踏み切った政治的判断に至った証拠を見せよ、という意味だ。
「そ、それは……皇太子殿下であるジークノート様、それに、将軍ノーザン様の証言で、教会はアロンを超越者として……。」
「何ですかその理由は? 皇族や将軍の証言のみで彼を超越者であると断定したとなれば、どうして今回、鑑定を行ったのですか? 正式な教会による再鑑定でなく、この村で、この視察団に同行した貴方が鑑定を非公開で行ったこと自体、疑問でしか無いのですが?」
証言は、確たる証拠にはならない。
ここは、法廷ではないのだから。
そして、法廷の場に赴けば不利になるのは視察団だ。
何故なら、そもそもの発端が “アロンが超越者であるという証拠” から始まっている。
それを明確にできなければ、いくら皇族や貴族、将軍の証言があろうとも、覆るものではない。
加えて、財務庁の面々が不信感と嫌悪感を隠しもせず、長官と神官長、そして団長カイエンを冷たく睨んでいる。
彼らが法廷の場に立てば、当然ながらこの場での発言ややり取りを、全て包み隠さず事実として告げられてしまう。
それこそ、カイエン達にとって不利な要素だ。
“頭の固い財務庁の連中を引っ張っていけば、秘密裏に勧誘の場でバレずに脅しのカードとして利用すれば、説得力が増す”
その算段が、裏目に出た。
良くも悪くも、財務調査官たちは “公平” なのだから。
「もう一度訪ねます。今すぐ、アロンが超越者という確たる証拠を御提示ください。さもなければ、カイエン殿だけでなく、長官殿と神官長殿も “偉大な帝国の民を悪魔呼ばわりにした” と、善神エンジェドラス様の御導きに背いたと、司法庁だけでなく、教会本部の異端審問に告訴する用意がございます。」
「待てや、アケラ!」
ガタガタと青褪める長官と神官長を尻目に、今まで黙っていたカイエンが怒鳴る。
「なんですか? 当事者たる団長の貴方にこの場での発言権はございませんよ?」
「うるせぇ! 証拠だぁ? アロンが書いたこの手紙が証拠だろうが!」
バンッ、とテーブルを叩きつけるようにアロンの手紙を示した。
その様子に怯むことなく、怪訝そうな顔を向けるアケラだった。
「彼の手紙? それと彼が超越者だと結び付ける要素がどこにありますか?」
「あの野郎は、事もあろうか敵国への亡命を仄めかしているだろうが。そこに書いてあるだろう!……“貴方たちが私を高く評価するように、他国も歓迎してくれるのではないでしょうか”、あいつは、転生者だからこそ、テメェが聖国か覇国に行けば盛大に出迎えてくれるだろうって、自分で理解しているんだぜ!? これは、あいつが【暴虐のアロン】と呼ばれ恐れられた転生者だっていう証拠だろうが!」
立ち上がり、さらに怒鳴るカイエン。
彼にとって、アロンが書いたこの手紙こそ、アロンが自ら超越者であると示している証拠だと断定しているのだ。
だが、それは。
あくまで【暴虐のアロン】を知る転生者視点だ。
「……カイエン殿? もう一度お尋ねします。彼の手紙のどこに、彼自身が超越者であると自白している要素がありますか?」
「お前はバカか!? 書いてあるだろう!」
「カイエン団長。どこにも書いてありませんな。」
アケラとカイエンの応酬に、静かに声を挟む財務調査官の主任。
その目は、怒りを帯びていた。
「な、んだとぉ!?」
「おや、帝都の上位ギルド “蒼天団” のギルドマスターたる貴方が、省庁の士官に向けてそのような殺意を向けるのですか? それはそれは。もし本当にこの通達書が司法庁に届けられたら、証人として法廷に立つのは我らですぞ? 貴方はご自身の立場を弁えているのですか?」
思わず怯む、カイエン。
さらに主任は続ける。
「村長殿がおっしゃる通り、アロン殿の手紙には自身が超越者であるなど一言も書いてはござらん。彼が超越者であると確信があれば、そのように見えるのかもしれませんが……私が見る限り、確かに彼が超越者であるという証拠が無ければ、これは一介の村の青年が、不当に脅されその居場所を帝国から追われたという風にしか見えませんな。」
主任の言葉に、両隣の調査官たちも頷く。
「ちなみに村長殿。アロン殿はいずこへ?」
「今朝から見かけません。彼の家族もすでに村から姿を消しています。もし本当に、国境跨ぎなど企てようものなら……。」
心痛な面持ちでアケラはテーブルに目線を下げた。
うむ、と心底同情するように頷く主任。
「そうですな。この手紙自体にはまだ帝国を裏切るという要素はない。本当に国境跨ぎを実行すれば、彼と彼の家族は重罪人だ。当然ながら、それを許した村長殿にも相応の罰が下る。」
「……はい。」
「だが、ここまで彼を追い詰めた原因があるとすれば、その原因も裁かれなければならぬのが道理。その原因が……村長殿が示す三つの要求のうち、2番目の証拠とやらを明確にせねば、無罪放免にはならぬでしょうな。」
ギロリと主任は、カイエン達を再度睨む。
すでに、財務調査官たちの心証は最悪であった。
「……ぐ。そ、それは、ノーザンの野郎が。」
「この期に及んで依頼主に責任を擦り付けるのですか? 貴方はノーザン将軍の名代としてこの場に居るのでしょう。さて。」
財務調査官の主任は、両隣の調査官と耳打ちするように何かを告げる。
その言葉に、当然とばかり頷く調査官たち。
改めて、主任はアケラへと顔を向けた。
その表情は、清々しさすらあった。
「村長殿。財務庁を代表してラープス村の要求のうち三番目について回答いたします。今回、我々財務庁が実施したラープス村の財務調査の一切について、白紙撤回いたします。つきましては、昨年実施した結果である税額公証通知の効力を引き続き有効とします。」
おおっ、と思わず声を漏らすアケラの隣のオズロン。
プライドの高い、財務庁の調査官が今回の調査を無かったことにしたのだ。
「加えて。」
主任は、さらに続ける。
「今回の調査でラープス村には多大な負担を強いてしまった。よって、昨年の通知効力を3年間でなく、6年間有効といたします。当然ながら、飢饉等の不景気に見舞われた際は公平に現地調査を実施いたすので、その点は法律通りと解釈していただいて結構。この決定は、財務庁大臣の名代としてこの場に居る、我ら3人が保証人としてサインいたしましょう。」
この決定に、思わず口を開けて唖然となるアケラであったが、すぐ隣のオズロンに肘で叩かれ我に返る。
「か、寛大な御高配に感謝いたします!」
特例でなければ延長などあり得ない課税期限を、3年から6年に延長するという破格の決定であった。
これにより、残りの4年間にいくら利益を上げても、その間は増税にならない。
加えて、万が一飢饉等の被害があった場合は、現地調査に財務調査を実施して税負担を減らすという通常のルールも適用されたままだと約束してくれた。
一番大きいのは、何も無くても3年に一度必ず訪れる、今回のような財務調査が行われないという事だ。
これは村長にしろ村にしろ、負担が相当減る。
もちろん、過去3年間の村の財政を示す各種帳簿の作成や管理は義務であるが、それを調査のために要点をまとめたり資料を揃えたりという膨大な作業が無くなることは、大きい。
「それでよろしいですな、カイエン団長。」
主任は、睨むようにカイエンに尋ねる。
立場は、立場。
この視察団の団長は、カイエンなのだから。
「ぐ……。」
もし、これを認めなければ相応の理由をこの場で示さねばならない。
異を唱え、その理由を示すことが出来なければカイエンの立場は更に悪くなる。
「わ、分かった。それで良い。」
だからこそ、認めるしかなかった。
だが、それで状況が改善した訳ではない。
あくまでもその決定は、財務庁の決定なのだから。
「さて。アロンが超越者であるという証拠はこの場で提示されないのですか?」
再度、アケラはカイエン達に尋ねる。
青褪める長官と神官長、それに怒りを露わにするカイエンを尻目に、アケラは横の席を見る。
そこは、同行した役人たちだ。
「話は変わりますが、先ほど貴方たちのお一人と、護衛として同行された冒険者の一人をこちらで拘束させていただいております。その理由と証拠をお見せしましょう。」
アケラは隣のオズロンからを黒い箱を受け取った。
見る者が見れば、それが何か一目瞭然だ。
「貴様っ!!」
真っ先に気付いたのは、カイエン。
その形状と、使い道。
「それは……“カメラ” ですな?」
「ええ、そうです。」
“カメラ”
受けたスキルを即座に覚え、そのスキルで反撃してくる厄介な悪魔系モンスター “ラーンデビル” の体内に宿る魔石がある。
通称 “過去視” と呼ばれるが、スキルを封じても魔石だけでは発動することは無く、何故か魔石を使おうとした本人の姿が鏡のように投影されるだけというハズレ魔石として見向きもされていなかった。
それを、聖国に住むとある超越者が使い道を見出し、一方向からしか光を当てないように周囲を黒い箱で覆えば、魔石の大きさや保有する魔力の強さによって、人の視点のように風景を映像として残すことに成功したのだ。
その発明により、彼は大金持ちとなった。
所謂 “転生者の知識” による新たな技術の確立と魔道具の開発という、転生者なら誰しもが夢見る偉業を達成したのだ。
ただその超越者はあろうことか、その技術を聖国だけでなく、国境跨ぎした帝国・覇国といった敵国の商人たちに莫大な値段で技術を売ったことが罪に問われ、財産を全て没収されたという逸話までもある。
ラーンデビルの魔石自体が希少で、あまり市場に出回っていないカメラが、何故ラープス村にあるのか。
それこそ、今回の事を予測したアロンが用意したものであったのだ。
アケラはカメラをテーブルの上に置き、魔石側を天井に向けた。
取っ手の部分に魔力を籠めると、魔石を通してボヤッと映像が映し出された。
それは、厩舎の管理人を脅す、役人と冒険者の姿であった。
「な、なんて馬鹿なことを……。」
思わず頭を抱える、財務調査官たち。
その目線の先は、青褪めながら目線を下げ、テーブルを見つめている役人たちだ。
当然、その横のカイエン達も顔色が悪い。
「緊急事態。それはどういう要件で? それも、本来は重要かつ緊急的な要件でなければ使用できない早馬を、村長承諾もなく直接管理者たちに交渉……という名の買収行為と脅迫行為を働くなど、どう申し開きされるおつもりか?」
苦々しく紡ぐ主任。
だが、その言葉に答える者はいない。
「これは、酷いな。」
もう一人の財務調査官が呟く。
その言葉が、きっかけとなった。
「あー、もうめんどくせぇ!!」
ガチャンッ、と椅子を倒す程勢いよく立ち上がるカイエン。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ、モブ共!」
『ガァンッ!』
右手の拳でテーブルを思い切り殴る。
轟音と共に、テーブルが半分ほど、砕け散った。
「うわぁ!!」
「ひいぃぃっ!!」
その勢いに、隣に座っていた長官と神官長が吹き飛ぶように後ろへと倒れる。
同じように、あまりの勢いと驚愕により左右の役人たちと調査官たちも倒れ込んだ。
「何のつもりですか!」
怯まず怒鳴る、アケラ。
その瞬間、カイエンは腰に下げていた刀を抜き取り、一瞬にしてアケラの首元目掛けて切りつけてきた。
『ガギンッ!!』
だが、その攻撃はアケラの隣にいたガレットの盾に防がれる。
「てめぇ!! どういうつもりだ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶガレット。
その力は拮抗。
同じく顔を真っ赤にして怒りに歪むカイエンが叫ぶ。
「うるせぇうるせぇ! テメェら全員、皆殺しだ!」
『ガンッ!!』
ガレットが盾を前へと突き出すと同時に、弾かれたカイエンは宙で一回転して壊れかけたテーブルの上に着地した。
「皆殺しですって!? いくら超越者であろうとも、許されるはずがないでしょう!」
「黙れアケラァ! 元はテメェがくだらねぇ手紙を寄越した所為だろうが! 全員殺して、テメェが早馬で帝都へ送った奴を斬り殺せば、後はどうとでもなる! オレはぁ、転生者だぞ!? この世界の至宝だぁ!」
そう叫び、再度アケラへ斬りかかるカイエン。
「させるかぁ!」
ガレットは、背に背負っていた大盾も取り出し、両腕に盾を装備した。
それを交差するようにカイエンに立ち向かうが。
『ドゴッ』
「ぐああっ!」
カイエンが放ったのは剣士系上位職 “侍” のスキル、『剛腕術・鬼殺』であり、その勢いは殺せずガレットは大きく入口側の壁に向かって吹き飛ばされた。
「死ねや、アケラ!」
魔法を構築しようとするアケラとオズロンだったが、一歩カイエンが早かった。
カイエンの凶刃が、アケラの胸を穿とうと狙ってきた、その瞬間。
『ドウンッ』
――実際には、“音” などしなかった。
だが、カイエンの体感では、重々しい轟音が響いた錯覚を覚えた。
「が、はっ」
突然、全身の力が抜ける。
身体中に悪寒と震えが走り、それは恐怖となって行動が制限された。
大瀑布のような、殺意と圧力。
その感覚は、覚えがあった。
「これ、は、アロ……ン!?」
「おらあああああああっ!!!」
そのカイエンの隙を狙い、吹き飛ばされたガレットは再び立ち上がってカイエン目掛けて突進をした。
「“グラビティタックル”!!」
「がはぁあああっ!!」
ガレットの盾に激突したカイエン。
吹き飛ばされること無く、べたりとガレットの盾にへばりつき、そのまま意識を失うようにズルズルと倒れ落ちた。
「大丈夫か、先生っ!」
ガレットは倒れるカイエンなど目もくれず、後ろのアケラに声を掛ける。
「は、はい! おかげで助かりました。ありがとうございます、ガレットさん。」
一瞬ポカンとしてしまったが、笑顔で礼を伝えた。
アケラの表情に、顔を真っ赤に染めて目を逸らす事しか出来ないガレットであった。
「ま、まさか……超越者のカイエン殿を。」
「冒険者ライセンスB、帝国軍で万人隊長を兼任する猛者ぞ? 村の護衛に勝てるものなのか……?」
役人たち、調査官たちも驚愕する。
その後ろの冒険者たちも顎が外れそうになるくらい、口をあんぐりと開けて呆然としている。
「これも、貴方たちの視察団の……いえ、カイエンを断罪する理由になりませんか?」
「十分……すぎますな。」
アケラの問いに、主任が呆れながら同意した。
もはや、カイエンは言い逃れ不能。
完全に、自らの罪を認めてしまったからだ。
「わ、我らはカイエン団長の指示に従ったまで!」
「そうだ! 元はカイエン団長が!」
倒れる絶対強者を目の当たりにして、全ての罪をカイエンに擦り付け始める役人たち。
同様に、人民庁長官も喚くようにカイエンの悪行を洗いざらい語り、神官長も祈るように懺悔するのであった。
「すげぇな……。さっきの師匠のスキルだろ?」
その様子を見つめながら、入口を守っていたリーズルが呟く。
隣に立っていた素顔のアロンは静かに頷いた。
「さすがにカイエンは気付いたみたいだね。一昨日も同じのをあいつに掛けたんだけど……さっきのは、手加減無しの全力発動だったよ。」
カイエンの動きをとめた、アロンのスキル。
それは戦士系覚醒職 “竜騎士” スキル、“ドラゴニックオーラ” だった。
一昨日の勧誘の場で、怒りを露わにしたアロンが発動したスキル。
その時は一般人である長官と神官長の手前、効力は抑え込んでいた。
だが、先ほどのカイエンには一切の躊躇も無かった。
まさに全力、アロンの本気の “ドラゴニックオーラ” を浴びて、カイエンは文字通り指一本動かせなくなったのだった。
「……オレも強くなったと思うけど、まだまだ師匠の足元にも及ばないって思ったよ。」
呆れるように、だが嬉しそうにリーズルが伝える。
あはは、と軽く笑うアロン。
「いや、リーズルも強くなったよ。位置取りがそこじゃなかったら、カイエンの攻撃を止められただろうし、上手くガレットとオズロンと連携すれば、難なく倒すことも出来ただろうね。」
そう、リーズルが立っていた位置が、入口側の端であり、ちょうど立ちすくむ冒険者たちが邪魔になっていたのだ。
もし、そのような障害物が無ければ、ガレットが吹き飛ばされた時に駆け付け、カイエンの凶刃をアケラに届く前に防げただろう。
「もっと強くなりたいな。」
「なれるさ。もうすぐ、ね。」
“もうすぐ”
そう、来年の冬前には、奴等が来る。
“剣闘士” レントール達。
アロンにとって、憎き相手。
奴等をその手で打ち倒す。
そして、カイエンのような “超越者” を駆逐する、“選別” と “殲滅” が始まる。
いよいよ、アロンが動き出すのだ。
「さて、カイエン団長……いや、罪人カイエンはどうなさるおつもりか?」
未だ喚く役人たちを尻目に尋ねる主任。
「捕えます。貴方たち視察団は帝都で沙汰が下されると思いますが、彼は別です。こちらで拘束し、帝都の憲兵に連行してもらうようにします。」
懺悔などを聞くアケラの代わりに、オズロンが答えた。
その時。
「ククク、ククククク。」
嗤い声。
思わず主任を守るように前へ出るオズロン。
それにガレット、リーズルとアロン。
口から血を垂れ流し、ボロボロのカイエンはゆっくりと起き上がり、座る。
「こりゃあ……オレの完敗だ。」
笑みを浮かべる。
その表情に、思わず寒気を感じる面々。
「だ、だったら大人しく牢に入れ。法に照らし、適切に処分を下すことになる。無駄な抵抗は……。」
「へぇ。オレを捕えるってか。」
力なく呟くカイエン。
だが、その手には刀が握られている。
「まずい!!」
叫ぶ、アロン。
再び “ドラゴニックオーラ” を発動させる、が。
『ドシュッ』
一瞬、カイエンの方が早かった。
--その凶刃が、オズロン達に向かえば止める事など造作でも無かっただろう。
その凶刃を止められなかった、理由。
カイエンは刀で、自らの首を掻っ切ったのだった。
目がグリンと白目を剥け、どしゃり、と倒れる。
「ひぃぃぃぃ!?」
「うわあああっ!」
その光景に悲鳴を上げる役人たち。
リーズル、ガレット、オズロンも青褪めて思わず声を漏らす。
だが。
『シュウウウウウウ……。』
首から大量の血を流し、倒れこむカイエンの身体が、青白い光に包まれた。
「まさか、これが……!!」
驚愕するアロン。
そう、その光景を初めて目の当たりにしたのだ。
超越者が、超越者である所以。
“不死” の存在たる、理由。
死に戻り。
“デスワープ”
青白い光は粒子となり、カイエンの身体は20秒もしないうちに完全に消えた。
垂れ流していた血液も、全て綺麗に消えた。
「逃げたのか。」
苦々しく呟くアロン。
だが。
「それで逃げ切れると思うなよ、カイエン。」
それも、想定の範囲内。
アロンの策略。
超越者カイエン、引いては超越者ノーザンを追い詰める策略は、まだ続くのであった。
次回、9月20日(金)更新予定です。