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4-19 視察最終日

更新が遅くなって申し訳ありません。

遠方滞在中につき、思うように執筆が進んでおりません。

しばらく不安定な更新が続きますが、ご容赦ください。

視察団がラープスへ訪問をして3日目。

最終日となる今日、団長である帝都の冒険者ギルド “蒼天団” ギルドマスター “冷刀” カイエンの怒声が響き渡り、早朝より慌ただしく動き始めた。


季節は、夏。

厳しい日差しが容赦なく照らす昼前までには農作業を終えようと、日が昇り始める前より村人たちは、秋に収穫される麦や粟などの穀物の手入れや雑草の除去、また夏の野菜の収穫が主な仕事だ。


そんな働く村人たちは、ドダドダと走る視察団の役人たちを冷めた目で睨むのであった。





「許可出来ないだと!? 何故だ!」



村の入口すぐ近く。

モンスターが出現する “邪龍の森” から最も遠い位置となるこの場所には、馬の厩舎がある。

村の荷車や農耕、定期便だけでなく、行商人や旅人などの村に訪れた者が所有する馬も預かる施設なのだ。


当然、視察団がラープス村まで乗ってきた馬車3台を引いてきた6頭の馬もこの厩舎に預けており、馬車本体も、厩舎裏の倉庫に見張り付きで保管されている。


本来、預けた馬や馬車本体は持ち主に返却を言われれば即座に返すのが筋だ。

それを厩舎の管理者が拒否するのは、預かり金や世話代の支払いが滞っている時くらいだ。


だが。


「出来ないものは出来ないんだよ。」


呆れるように首を横に振る管理人の男。

続いて、ピッチフォークで干し草を馬に与えているもう一人の管理人が、作業の手を止めずに苦々しく告げる。


「あんた等の馬や馬車はすぐにでも返すさ。だけどなぁ……うちの村の貴重な早馬を、村長の承諾も無く貸し出すなんて、いくら帝都のお役人さんとは言え、無理があるべ?」


そう、視察団の役人が厩舎の管理者たちに求めているのは、視察団の馬や馬車の返却ではなく、村に2頭しか居ない緊急用の早馬を貸し出せというのだった。


イシュバーンにとって、馬や牛などの家畜は資産として扱われている。

貴族や商人、行商人などは個人で所有している者が多いく、その世話だけで専用の厩舎を持ち、管理させる者を雇ったりするのだ。

尤も、アロンの祖父母(現時点では、父と母)のような個人経営を行っている行商人は、自前で世話をするのが主流ではある。


それ以外の、ラープス村のような農村の場合。

馬や牛は村全体の共通資産として大切に扱われていて、その管理や世話は基本的には専門の者が行うが、出産や病気の時、乳しぼりや解体などは手の空いている村人の仕事となるのだ。


村全体で大切に扱い、守る大事な資産。

特に、緊急時に窮状を携えて隣町や大きな市街、または帝都へ向かう早馬はその中でも価値が最も高いのだ。


重々しい荷台を引きながら人や物資を運ぶ馬車馬とは違い、一刻も早く目的地へ辿り着くことが求められる早馬は、その役割から若い馬が当てがわれ、尚且つ、距離や緊急の度合いなどでの酷使することで、怪我を負いやすく、早死にするリスクも高いのだ。


だからこそ地方の市街や農村の早馬は、本当に緊急な時にしか使うことが許可されない。

そして、その許可を出すのが市街や町村の長なのだ。



「わ、儂は帝都の士官なのだぞ! 一介の村長がいちいち許可など必要あるはずがなかろう! さっさと早馬を用意せんか!」


だが、視察団の役人は尚も食い下がる。

その隣に立つ背が高く眼光の鋭い護衛の男が、首や両手をゴキゴキと鳴らしながら一歩、管理人へ近づく。


顔を恐怖に引きつらせ、一歩下がる管理人。


「お、おい。まさか脅す気か?」


「脅す? 我ら帝都の善良な視察団が帝国の民を脅すはずがなかろう。」


にやり、と笑う役人。

同じように、護衛の男もニヤニヤと笑い管理人へさらに近づく。


「なぁ、オレの上司がこんだけ頭を下げているんだ。こっちも緊急事態なんでね。うちの馬を使い潰す訳にも行かないから……。」


そう言い、護衛の男は腰に下げていた小袋を取り出し、管理人の目の前に差し出した。

『ジャラッ』という音と、袋の底に突き抜けたやや丸みを帯びた幾つもの不揃いの形が、中身が何であるか雄弁に語っていた。


「これは、アンタとそこのオッサンの物だ。なぁ、これで手を打ってくれや。」


グッ、と顔を顰める管理人。

その様子に、護衛の男はわざとらしく息を吐き出し、袋の紐を緩めた。


袋の中身は、銀貨。


「オレも手荒な真似はしたくないんだ。な?」


ゴクリ、と管理人は固唾を飲みこむ。

だが。


「だ、ダメなものはダメだ! 使いたければ村長の許可証を貰ってこい!」


それでもなお、頑なに拒む管理人。

チッ、と舌打ちをして護衛の男は、腰に下げている剣の柄に手を掛けながら、役人へと振り向く。


「なぁ、上司。こりゃあ視察団の業務妨害に当たらねぇか? 帝都の正式な視察団が、緊急事態で村に早馬を貸し出せと命じているにも関わらず従わないのは、業務妨害だよなぁ?」


ニヤリと凄惨な笑みを浮かべる護衛。

その表情に一瞬顔をこわばせるが、役人の男もニヤリと笑い、頷く。


「そうだ。これは儂らに対する業務妨害だ。」


「そ、そんな理不尽なっ!!」


本来、“業務妨害” は視察団の目的である、村の財務調査で適切な財政資料や帳簿類の提供を拒んだ時を指す言葉である。

そもそも緊急事態であるならば、村長に早馬の使用許可を貰えばそれで事足りるのだ。


つまり、言いがかり。

それも余りに理不尽な、言いがかりだ。


ガチッ、と音を立てて護衛の男は剣を10cmほど抜いた、その時。



「そりゃあ、流石に看過できないな。」



護衛と役人の後ろから響く声。

慌てて振り向くと、そこに居たのは、ラープス村の門番をしていた端正な若者であった。


「てめぇは……門番か。」


「ああ。あの時はね。オレはラープス村の護衛隊副隊長のリーズルだ。で、この状況は何だよ?」


護衛隊の副団長――リーズルは呆れながら護衛、そして役人に尋ねる。

護衛の男は一旦剣から手を外し、リーズルに向き合った。


「こんな若ぇのが、この村の護衛隊副隊長? よほど人材不足に見えるな。」


厭らしく嗤う護衛。

――嗤いながらも、リーズルを舐め回すように見定める。


持っている武器は、ただの鉄剣。

そして、村の護衛の標準装備とも言える、鉄板を張り合わせた胸プレートに、皮の腕当てと腰当てといった軽装。

盾すらも持っていない。


対して護衛は、帝都でそれなりに名の通った鍛冶職人が打った鋼鉄の剣に、鋼で出来た鎧にガントレットとレッグガード、さらに鉄の盾も持っている。

加えて、彼は冒険者ライセンスCと、それなりに名の通った人物なのであった。


背は高いが護衛からして見て華奢である、若造。

恐らく成人したてなのだろう。

はっきり言えば、自分の相手になどならない。


「人材不足? 悪いな、この村にはオレのような優秀な若い奴が多く残って、村のために働いているんだ。そこらの町や村なんかよりも、ずっと充実しているぜ。」


男の皮肉に対し、薄ら笑いを浮かべリーズルは応酬する。

その言葉に、男はククク、と笑い再度剣を掴む。


「てめぇも業務妨害だな。悪いが、オレは早く帝都に戻らなきゃならねぇ。残念だがな。」


役人、というよりもこの護衛の目的。

ラープス村の村長の厄介な書状(・・・・・)を持ち、早馬で帝都を目指しているだろう不届き者を追いかけ、切り伏せることだ。


いくら早馬でも、帝都まで3日は掛かる。

その道中、飲まず食わずという訳にも行かず、馬にも休息が必要となる。


そのポイントとなる箇所は、冒険者である男は当然のように熟知している。

今から追いかけて、そのポイントでラープス村からの密告者を追い詰めて切り捨てれば、それで終わりだ。


後始末は視察団の団長カイエン、もしくは今回の視察の後ろ盾である将軍ノーザンがどうとでもしてくれるだろう。


そもそも、この命令はカイエンからのものだ。

帝国、いや、この世界にとって重要人物と言っても過言でない “超越者” の二人が後始末をするとなれば、たかが村人1人と早馬1頭を始末したところで、大した問題にはならないと踏んでいる。


――正直、超越者は嫌いだが、この世界に置いてその存在と権限は絶大なのだ。

庇護下に居れば、大抵の事がお咎め無しでまかり通る。



手に掛けた剣を徐々に抜く男。

その様子に、怪訝そうにリーズルは呟く。


「残念? 何が?」


未だ剣に手も掛けない若造の言葉に、男はクククと笑う。


「お前さんを夜、抱けないって話さ。なぁに、殺しはしない。それに安心しろ、オレは後日この村に戻ってきてやるから、その時はたぁっぷりと可愛がってやるぜ。」


その言葉に、さすがの役人もゾワリと身を震わせた。

――そう、この護衛の冒険者は、男色として有名なのだ。

目の前の、護衛隊副団長を名乗った成人したばかりの若い男すら、そういう対象として見る姿にうんざりするのであった。


「オレにはそんな趣味は無いよ。」


呆れるように吐き捨てるリーズル。

男は、その様子にさらに顔を歪めた。


「ひひひ。お前の都合なんか聞いてねぇ、よ!!」


一瞬だった。

男はあっという間に抜刀し、リーズルに斬りかかった。


視察団の護衛として就いた任務。

団長カイエンに次ぐ実力者は自分であるという自負がある。

カイエンと同じ超越者であるが回復特化、さらに距離を詰められれば即詰みとなる僧侶系のセイルにすら、負けるイメージが湧かない。


そんな自分が、相手の隙を狙い一瞬で斬りかかる。

殺すつもりは無いが、腕一本は奪う気でいる。


だが。


「“パリィ”」


冷たく呟く、リーズルの声。


『パキンッ』


甲高い音と共に、男の剣が吹き飛んだ。


いつ、リーズルは剣を抜いたのか。

それも、自分が持つ鋼鉄の剣よりも遥かに脆い、ただの鉄剣で捌けるものなのか。

さらに、ライセンス “C” である屈強剣士と自負しながら放った一閃を、武器ごと弾けるものなのか。


混乱する男に、リーズルはさらに冷たく呟く。



「“ストームファング”」



『ズゴンッ!!』



剣を弾かれ万歳するように両手を上げていた男のガラ空きの胸に、リーズルは片刃の鉄剣の裏側、峰で剣閃を揮った。

同時に、青白い5本の閃光が男の胸を切り裂くように穿つ。


「ぐべぇ!!」

「ひ、ぎゃああっ!!」


ベコリと歪む、男の鋼の鎧。

そのまま宙に浮き、後方に居た役人を巻き込んで吹き飛ぶのであった。


一瞬の出来事。

白目を剥き、口から泡を吹き出して意識を飛ばす役人と護衛の男であった。


「た、助かったよ! リーズル!」


厩舎の管理人たちは歓声を挙げてリーズルの許へと集まった。

照れくさそうにリーズルは頬を掻き、頷く。


「いやいや。オッチャン達も無事で良かったよ。」


そう言い、ジロリとのびる男たちを睨む。


「アケラ先生と、師匠の言ったとおりになったな。」


「ああ。全くだ。」


溜息を吐き出して同意した管理人たちは、ロープを持ってきて役人たちを縛り上げ始めた。


「で、一部始終バッチリ?」


徐に尋ねるリーズルの言葉に、厩舎の裏から姿を現す少女。

隠れていたため地味な服装に、ふわっと靡く金髪。



「バッチリ! ちゃんと撮れました(・・・・・)!」


満面の笑みを浮かべる少女は、取っ手の着いた黒い木箱を掲げた。

その木箱の中心には、ツルツルとした丸い青の魔石が取り付けられている。


――見る者が見れば、こう言うだろう。

“カメラ” 、と。



「よし!」と笑顔になるリーズル。


「早速だけど、それ持って先生……じゃなかった、村長の所へ行こう。ここには他の連中を回すから、それまでオッチャン達はそいつらの見張りを頼んだよ。」


「「おうっ!」」


笑顔で応える管理人たち。

手際よく、役人たちをガチガチに縛り上げ、すでに厩舎の柱に括りつけていたのだった。


それを確認したリーズルは、少女に笑顔を向ける。


「さぁ、行こう。ララちゃん。」

「は、はいっ!」


撮影をしていた少女――、アロンの妹のララは嬉しそうに、顔を赤らめて頷く。

すぐリーズルの隣に立ち、リーズルの横顔をチラチラ見ながら着いていった。



「……相変わらずモテるなぁ、リーズルの奴。」


二人の後ろ姿を見守りながら、厩舎の管理人たちは呆れ顔で呟くのであった。



そんな管理人たちや、気を失う役人、そして護衛の男は気付きもしなかった。

先ほど、リーズルが発動した剣士系スキル。


『ストームファング』


それは剣士系上位職 “剣闘士” のスキル。

ただ一人、リーズルの隣を嬉しそうに歩くララだけが、知っていたのであった。





「で、どうです? 色々とあら探しされていますが、何も無いでしょ?」


「あ、あら探しとは無礼な! 我らは真っ当な財務調査官だぞ!」


村の集会場の一室。

大量の資料が積まれているが、その全てを穴が開くほど確認したのだった。


一枚の紙を前に、財務調査官の主任は頭を抱えている。

その周囲、補佐役であった2人の財務調査官も、うんうん唸りながら詰まれた資料を手にとり、パラパラとめくり、戻す、といった、何の意味も無い動作を繰り返している。


その姿に、呆れかえる黒髪ストレートヘアの男。

銀縁の丸眼鏡をクイッと上げる動作に、調査官の主任は苛立ちを覚えるのであった。


しかし、一見女性に見えるこの若い男の言う通り、本当に何もやましいことが無い。

それほど、潔癖な財政運営と資料・帳簿管理を行っている。



好景気に恵まれた田舎の町村は、資産隠しを行うところが多い。

大商いや流通の拠点となる大きな市街こそ、領主や権力の強い者が個人的に資産隠しを行うことがややあるのだが、田舎の町村が行う資産隠しは、それこそ町ぐるみで行うから厄介なのだ。


資料や帳簿の隠蔽や偽造、さらに得た収入を貴金属に換金して木の下に埋めるなど様々な手口があり、それによって村の利益や資産を低く見せ税逃れを行うのだ。


だが、帝都で選りすぐりの財務調査官の目は誤魔化せない。

資産台帳や帳簿の僅かな痕跡や、他の町村との流通や取引内容から矛盾点を突き、税逃れの証拠をかき集めるスペシャリストなのだ。


そうして税逃れの証拠を突き出し、適正な課税だけでなく、懲罰的な意味を込めて多額の追徴税を課す。


だが、これらも適正な行為。

全て、偉大な帝国の公平にして安寧な資産運営のためなのだ。



「それにしても。聞けば昨年も財務調査を実施されたと聞きましたが。……それにも関わらず、今年も調査を行うなど、一体ラープス村が何をしたと言うのですか?」


黒髪ストレートヘアの男が、うんざりしながらぼやく。

だが、その言葉こそこの場に居る3人の調査官の心を抉るものであった。


――そもそも、今回の財務調査は異常そのものだ。

彼らは昨年もこのラープス村に訪れ、大量の帳簿を確認した上で課税額を決定したのだ。


それがどうだ?

1年も経たない内に、再び財務調査など。

何かしらの不正疑惑や調査内容に疑義があるなら理解できるが、そういったものが一切無い。


そもそも、何か違和感があれば昨年の調査で判明していたはずだ。

利益隠蔽や、帳簿偽造など一朝一夕で出来るはずがない。

大体の隠蔽体質は、数年から数十年規模の年月の上で築き上げられた、それこそ町村を挙げての共犯案件なのだ。



「わ、我らは、指示に従ったまで。」


調査官の一人が呟く。

だが、その言葉に若い男はわざとらしく溜息を吐き出す。


「私が憧れた帝都の官職が、この程度とは。」


明らかな皮肉。

だが、言い返さない。


何故なら、彼らはエリートだから。


成人したての青年にその事実を指摘されたからといって感情的に反論しようものなら、彼の皮肉を自ら認めてしまうからだ。


即ち、この財務調査自体が “茶番” だと認めてしまうことだ。


だからこそ、口を閉じる。


――いや、本当は分かっている。

この財務調査に、意味の無いことを。


ラープス村は、先々代の村長から清貧を貴ぶ村であると誰しもが理解している。

邪龍の森を背にしながらも、そこに生息するモンスターとまるで共存するかのように森の恵みを得て、そして村も真面目に粛々と農業に畜産業に励み、その恵みを確かに帝国への貢献に活かしている。


だからこそ、過去から踏襲される村と人々の営みを疑うような今回の視察には、彼ら調査官も疑問と不信感が溢れていた。


しかし、聞けば将軍命とのこと。

その将軍は、有ろうことか超越者。

異を唱えるなど、誰が出来ようものか。


それでも、理性と感情が訴える。


“この青年の言う通りだ”


ふつふつと、怒りも沸き起こる。

それは目の前の青年ではなく、自分たちにこの調査を命じた上官――、いや、命じた張本人、“魔戦将” ノーザンに対する、憤りだ。


“昨年の調査に不備があったのでは?”


帝国の省庁の中でも、とりわけ優秀な者しかその任に着けないエリート中のエリート集団、それが財務庁であり、その屋台骨を支えているのが彼ら財務調査官なのだ。


公平・公正な調査に基づく税の賦課徴収を担うため、高い専門的知識に不正を見逃さない・見過ごさない深い見識、そして誘惑や買収を跳ね返す強い意志。


自らを律する高い使命感こそ、財務調査官たる信念だ。


今回のラープス村の財務調査は、その信念を悉く踏みにじるようなものであった。

何かしら不正な点でも見つかれば留飲は下がったのだろうが、ここまで問題らしい問題の無い村の財政運営を目の当たりにして、より一層彼らの信念は酷く傷付いたのであった。


そして今。

砕かれたプライドと不信感は、目の前の一枚の紙にサインする事を躊躇することに繋がってしまっている。


財務調査官主任の目の前にある紙は、最大3年間のラープス村への税額通知。

主任がサインをした瞬間、公証通知として効力が生じ、毎年年末までに通知された額を納税することとなる。


書かれた額は、昨年の調査よりわずかに微増。

即ち、それだけラープス村は昨年よりも豊かに発展したという証明にもなる。


だが、それでも微増。

本来なら、昨年と同額としても良かったほどだ。


往復2週間に、3日間の怒涛の調査。

その労力を掛けてまで得たのが、微増の税。


誰一人として得をしていない。

むしろ、この調査によってラープス村が帝都の中枢に対する不信感を与えてしまったのは確実であり、そういう意味では遥かにマイナスだ。


その差は、微増となった税額程度では埋められない


だからこそか。

主任は、サインする事に躊躇をするのだった。



『ゴンゴンッ』


やや強いノック音が部屋に響く。

訝しげにドアを開けるのは、護衛と監視の意味でこの場に同席していた村の護衛隊の男、ガレットだ。


「どなた?」


ドアを開けた瞬間、険しい顔をした男が飛び込んできた。


「アケラは、ここに居るか!?」


響く怒声。

思わず身を縮こませる調査官たちだが、ガレットと同席していた黒髪の青年――、オズロンは平然としながらも睨み返す。


そこに居たのは、視察団の団長カイエンだった。


「村長は席を外しています。何か御用ですか、団長殿。」


表情は冷たいままだが、礼節を持って接するオズロン。

その態度に苛立ちを強めながら、カイエンはさらに怒鳴る。


「なら、セイルはどこ行った!? うちのセイルは!」


「セイル殿? 我らが知る訳が無いでしょう。貴方たちの団員ですよね?」

「こ、こちらにはお見えになっておりません!」


呆れ顔で答えたオズロンにギョッとしながらも、調査官の一人が慌てて答えた。

ますます苛立ちを強めるカイエンだった、が。



「こちらに居ましたか、団長殿(・・・)。」



カイエンの後ろから、冷たい言葉が響く。

振り向くカイエンの目線の先、そこに居たのは。


「アケラ……!!」


「この期に及んで村の長に対し呼び捨てとは感心しませんね。」


アケラはにっこりと笑っているが、額やこめかみに青筋を立てているアケラの気迫に、さすがのカイエンも全身が粟立つ。


そのままアケラは、机に座る財務調査官たちを見る。



「貴方たちにお伝えするのが遅くなってしまいましたが、当村は貴方たち視察団から、引いてはノーザン将軍から受けた不当な扱いに対して、帝都の司法庁へ提訴する準備があります。詳細は別室にて説明しますので、どうぞ、こちらへ。」



にこやかな口調とは裏腹に、とてつもない爆弾発言。

唖然とする財務調査官たちだが、その意味に気付き、思わず立ち上がって怒鳴る。


「ど、どういう意味だ!?」

「我らの財務調査を不当と申すのか!!」

「事と次第では、ただでは済ませんぞ!」


しかし、財務調査官たちの叫びに首を横に振るアケラ。


「いいえ。貴方たちでは(・・・・・・)ありませんよ(・・・・・・)。」


にこやかなアケラの言葉に、全員がカイエンを見る。

怒りに顔を歪めているが、心無しか青褪めている。


「アケラッ、てめぇ……。」


「団長殿? 貴方の言い分は聞く意味が無いので黙っていてくださいね。」


そう言い、アケラは背を向ける。

その背を切り裂きたくなる衝動を抑え、渋々カイエンは後に続く。


何故なら、坊主頭の背の高い護衛の小僧が、物凄い形相で睨みを利かせているからだ。

仮に手を出せばこの男が黙っていないだろうし、何より財務調査官たちの心証も悪い。


「チッ!」


大きな舌打ちをするカイエン。

その様子に首を傾げながらも、財務調査官たちは後に続くのであった。





「リーズル、首尾はどう?」


その後ろ姿を眺め、アケラと共に集会場へ入ってきたリーズルにオズロンが口角を上げて尋ねた。


「バッチリだ。」


同じように口元を緩めるリーズル。

その隣にチョコンと立つララも嬉しそうに頷く。


「アケラ先生や兄さんの予想通り。早馬を奪おうと脅していたシーンがバッチリ撮れましたよ。」


「よし。これも証拠の一つとなるな。」

「後は、先生の手腕に任せるだけだ。」


そう語りながら、リーズルとオズロンも広間へと向かう。

あっ、とだけ声を漏らすララ。


「ララちゃんは、予定通り別室でファナさん達と待っていてね。」


にこやかに告げるリーズルに、泣きそうな表情となるララ。


「一緒に行っては、ダメですか?」

「ダメだ。いくら顔が割れていないからと言っても、君は師匠の家族なんだ。万が一を考えての師匠なりの考えだから、約束は守って欲しい。」


さらに顔を顰めるララにリーズルは一瞬戸惑うが、それでも笑顔を向ける。

徐にララの傍により、頭を優しく撫でる。


「リ、リーズルさん……。」


「そりゃあ、ララちゃんもオレ達よりも強いけどさぁ。……言っていて悲しくなるけど、せめて女の子たちは、オレ達に守らせてくれよ。」


ニカッと笑うリーズルに、顔を真っ赤に染め上げてポーッと見つめてしまうララであった。


「いくぞ、リーズル。」

「ああ。じゃあ、ララちゃん。ファナさんとセイルさんと一緒に待っていてね!」


手を振るリーズルを見つめ、「はい……」と呟くように答える。

その様子を見て、オズロンは小声でリーズルにぼやく。


(お前さぁ……。アロン様の妹様だぞ!? どうすんだよ!)

(わ、分かっているよ! オ、オレもちゃんと考えているって!)


本人も悪気は無いのだが、端正な顔立ちの上に紳士的なリーズルは、非常にモテる。

若くして護衛隊の副隊長を務め、護衛隊だけでなく学校の剣術指導者としても熱心に指導する姿から、特に女性陣からの人気が絶大なのだ。


恐ろしいのが、女性たちがリーズルを巡って水面下で攻防を続けていることだ。

仮に、そこへ並みの超越者を超えてしまっているララが参戦したら、下手をしたら大惨事に発展する可能性がある。


オズロンはその光景を思い描き、寒気がするのだ。


“こいつ、本当に分かっているのか?”


ジト目で睨んだオズロンは、思わず目を見開く。

あれほど女性の扱いに手慣れているリーズルが、心無し顔が赤い。


(まさか、なぁ。)



女性にはモテるが、浮ついた話が一切ないリーズル。

一時、アロンの妻であるファナに執心だった時期もあったが、それも過ぎた話だ。


(ガレットと言い、リーズルと言い、浮ついた奴らだ。)


呆れるオズロンは、溜息を吐き出したいのを堪えながら広間へと急ぐのであった。



――余談だが、後日、オズロンにも春が訪れるのであった。





「視察団の皆様は、これで全員ですか?」


広く四角いテーブルの椅子に座る視察団の面々を眺め、アケラは確認する。


アケラの正面には、団長カイエン。

その両隣には、アロン獲得の任に就いていた神官長と人民庁長官が座り、向かって右側には、先ほど声を掛けた財務調査官3人が座っている。

財務調査官の対面には、顔を真っ青にして震えている視察団に同行してきた役人3人だ。


その役人の後ろの壁際には、視察団の護衛の任に就く冒険者3人。

さらに、馬車の御者3人までもが呼ばれていたのだった。


「いや、あともう1人が来ていない。」

「それにセイル嬢と、オレ等とパーティー組んでいる奴も来ていないな。」


役人の1人が告げた後、訝しげにしていた冒険者の1人も声をあげた。


ふふ、と微笑むアケラ。


「そうですか。セイルさんは(・・・・・)知りませんが(・・・・・・)、お役人様と男性の冒険者は村民に対する暴力行為を働いたため、こちらで拘束させていただいております。」


その言葉に、更に顔を青褪めさせる役人たち。

逆に、後ろの冒険者たちは顔を歪める。


「どういう事だ?」

「あいつ、アッチ関係はアレだけど、弱い村民に手を上げるような奴だったか? ……まぁ、状況によってはやりかねないか。」



ひそひそと話す冒険者に、顔を青くする役人たち。

その様子を見ながら、カイエンは更に怒りが沸き起こる。



(あの、野郎ども! 失敗したのか!)



益々、自身の立場が弱くなったことを理解するカイエン。

周囲を見渡す。


村側には、村長アケラ。

その両隣には、護衛の長身丸坊主の男に、財務調査に対応していたのだろう、女みたいに髪の長いインテリ風の男。

入口側には、気取った感じの護衛隊の男。


さらに、もう一人。

この3日間、見た事は無いが、金髪のザ・村民という男だ。

風貌からして護衛隊の、気取った男の部下だろう。



(アケラは魔法士。この距離ならオレが有利だ。そして両隣の小僧は、そこそこ強いだろうがそれでも転生者であるオレには手も足も出ないだろう。あとは……。)


チラリと、入口を見る。



(あの野郎2人も同じだな。……よし。)



多少、焦りもしたカイエン。

心を落ち着かせ、アケラを見る。



「で? 村長殿は一体全体、オレ達に何の用件が?」


ふてぶてしくカイエンが尋ねる。

クスクス笑いながらアケラは椅子に座り、凍えるような鋭い眼光を、カイエンへと飛ばす。



「白々しい。貴方の……いえ、ノーザン将軍の企てを、白日の下に晒すだけですよ。」



テーブルの上に、2通の紙。

アケラの通達と、勧誘しようとしたアロンからの手紙。


それを見たカイエンは、静かに嗤う。



「さぁ、身に覚えがないな。」



この場を切り抜ける算段を付けたカイエンは、しばしこの世界に住む、虫けらのような “NPC(モブ)” 共の遊びに付き合ってやるか、と考えるのであった。



(さぁ、かかってこいや。アケラ。)



――だが、カイエンはまだ気付いていない。


視察最終日に訪れた、この出来事。

これが、彼にとって破滅へのカウントダウンである事など。

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