4-18 波乱
「だ、ダメでしょうか?」
たった今、蒼天団を脱退する手続きを終えたばかりのセイルからの、“アロンのギルドへ加入したい” との申し出。
余りに唐突で、予想していなかった言葉に完全に固まるアロン。
まさか出会ったばかりと言っても過言でないアロンのギルドに入りたいなど、予想すらしていなかった。
明らかに混乱するアロンだが、それ以上に混乱する者が、一人。
「ちょ、ちょっといいですか、セイルさん? 貴女、何をおっしゃっているのですか? 貴女は蒼天団所属でしょ? ギルドの重複加盟は、重大な違反行為ですよ……?」
冷静を装うが、内心慌てふためく受付嬢。
彼女はセイル脱退の事実をまだ知らない。
そこに、セイルの脱退を受け付けた先輩受付嬢が近寄り、ポコン、と用箋はさみで軽く受付嬢の頭を小突いた。
「いっ。……先輩?」
「セイルさんは……先ほど蒼天団を脱退されました。ですので、規約違反には該当しません……。」
未だ、目の焦点が合わない先輩の言葉に、受付嬢は「ひぇっ!?」と間の抜けた叫び声を上げた。
「セイルさん!? それ本当ですか!? 何を考えているのですか!?」
「い、いや! ちゃんと考えた上で、ですよ! 私はもう蒼天団に居られません! それよりも、アロンさんのギルドに加盟したいのですが……。」
セイルは再び、アロンを見る。
「だめ、でしょうか?」
目を伏せ、今にも泣きそうなセイル。
アロンは腕組みをして、少し唸る。
そして。
「何故ですか?」
当然ながら、理由を問う。
黒銀の鉄仮面で表情が見えないが、その中身はあの金髪猫っ毛の可愛らしい少年だ。
きっと困った顔をしているに違いない。
アロンの表情を想像しながら、セイルはディメンション・ムーブで帝都前に移動し、そして今の今までずっと考えていた、決意を語る。
「私。貴方とファナさんに救われました。その恩返し……なんて大層な事ではありませんが、私は、貴方が為そうとする事に協力したいのです。」
ガチャンッ。
アロンの全身鎧が、大きく音を立てた。
明らかな、動揺だった。
「セイルさん……。ボクの為そうとする事が、何であるか分かっているのですか?」
震えるアロンの声に、コクリ、と頷く。
そのセイルの表情は、真剣そのもの。
セイルは、さらに確信的な事を告げる。
「アロンさん。私も、彼等がこの世界で好き勝手にするのが許せません。そしてそれは、私自身も含まれます。私は、私を許すことは出来ないと思います。」
息を飲む、アロン達。
受付嬢たちの手前、セイルは彼等と表現をぼやかしたが、確実に “超越者” を指し示した。
セイルがアロンに告げた意味。
彼女は、この短期間の間にアロンが御使いから授かった天命、超越者の “選別” と “殲滅” を、当たらずも遠からず、理解したということだ。
そして、私自身。
このイシュバーンの異物であることを、自ら理解し、例え “偽善者” と罵られようとも、この世界の民の役に立ちたいと決意を固めたセイルだった。
その表情と、言葉。
全てを言わずとも、セイルがそのような結論に至ったと察するアロンは自らの心の乱れを諫め、再び尋ねる。
「貴女はその考えをいつから、ですか?」
ふふっ、と微笑むセイル。
だがその目は、覚悟を決めた者の目。
“これで死んでも構わない”
それは、この世界に再び転生したアロンと同じ、目であった。
「この帝都に移り住んでからですね。」
「つまり、最初からと。」
頷く、セイル。
さらに唸る、アロン。
“アロンのギルドに入りたい”
確かに、今後の事を考えれば仲間を募っていくことは必要不可欠になる。
だが、そこにターゲットである “超越者” を入れるとなると……、と、アロンはその可能性を全く考えていなかったため、深く悩む。
その時。
「ねぇ、アロン。」
沈黙に切り込むのは、ファナだった。
「セイルさん、仲間に入ってもらいましょう。」
ファナの提案に、アロン、そして当のセイル。
ついでに受付嬢と先輩受付嬢も驚愕する。
ただ一人。
ファナの腕にしがみ付くララは、頷く。
「ファナ。……どうしてそう思う?」
「うーんと、アロンの成し遂げようとする事に、力強い味方になってくれるんじゃないかなって。私は今日初めてセイルさんに出会ったんだけど、何て言うかな、大丈夫だって思う。」
ファナの目が、アロンに語る。
“アロンの言う超越者と、この人は違う”
“この人は、ずっと苦しんできた”
“手助けをしたのなら、最後まで手を差し伸べたい”
それに、とファナは続ける。
「“中途半端は良くない” 、これ、アロンが言った言葉だよね?」
「う、ん。」
たじろく、アロン。
確かにそれは、セイルの覚悟を聞いて彼女に伝えた言葉だ。
「兄さん。」
黙って聞いていた、ララも口を紡ぐ。
「私なんかセイルさんと出会ったのはついさっきなんだけど、私もファナちゃんと同じ。セイルさんに仲間になってもらおうよ。」
「どうしてそう思う、ララ?」
「私の勘かな?」
ガクリとする兄の姿にケタケタ笑うララ。
“人を見る目は確か” である兄嫁が信じる人だからこそ、ファナの幼馴染で義妹である自分も信じたくなったのだ。
ふぅ、と溜息を吐き出すアロン。
そして、セイルへと振り向く。
「セイルさん。」
「はい。」
「覚悟は、出来ていますね?」
重々しい言葉。
ゴクリ、と固唾を飲んでセイルは頷く。
「もちろんです。」
真剣に、真っ直ぐ答えた。
アロンも一つ頷き、ポカンとしている受付嬢へと振り向く。
「間もなく閉鎖の時間にも関わらず申し訳ない。ギルド加盟申請を、もう1人追加でお願いします。」
アロンの言葉に、ファナとララは喜声を上げ、セイルは思わず両手で口を覆う。
その目から、ポロリと涙が溢れるのであった。
「わ、分かりました……。」
“悪夢かしら?”
唖然としながらも、先輩受付嬢の手前、すぐに申請用紙を取り出す。
それをセイルの前に出した、その時。
「おいおい。待てよ、テメェ!!」
悍ましいほどの、怒声。
全員で振り向くと、そこに居たのは、大きなジョッキを片手に立ち上がる、大男。
スキンヘッドに、2mは超える体躯。
まるでゴリラのような隆々とした筋肉に覆われた、むさ苦しい男だった。
大男は、飲み干したジョッキを床に投げ捨て、ドガドガとアロンの方へと近づく。
さらに、大男の仲間なのか、ガラの悪い男が6人後に続いてきた。
「おい、鎧野郎……。何でテメェのところに、セイルが入るんだ?」
「セイルは蒼天団の看板娘だぜ? どういうこった?」
酒臭い息をまき散らせながら、アロンに因縁をつける。
青褪めるセイルだが、震える身体に喝を入れて男たちへ向かう。
「私! 蒼天団を抜けました! 今日からこの方のギルドメンバーとなります!」
その言葉に、男たちは “マジかよ” という顔をする。
「セイルちゃんよぉ。だったら、オレ等のギルドに入らねぇか? こんな重っ苦しい鎧野郎のところなんかやめてよぉ。」
「それに、その白服の姉ちゃんたちも! オレ等のギルドに入れば毎日豪遊できるぜぇ!」
どうやら、先ほどこの施設に入った早々にファナ達に下卑た言葉を掛けた男たちだ。
青褪めるセイルに、震えながら体を寄せあうファナとララ。
それに、カウンター越しの受付嬢たちは「し、施設内での威嚇行動は慎んでください」と震えながら小声で告げるだけだった。
“冒険者同士の争いには、連合体は関わらない”
冒険者同士のいざこざは冒険者同士で収めるのが筋であり、それ施設内でのルールだ。
尤も、過度な争い、それこそ殺し合いに発展する場合は相応のペナルティ付きで止めることもあるが、余り意味が無い。
冒険者連合体が行うのは、あくまでも冒険者の身分保障のみ。
極力関わらない方針であるのだ。
下品な男たちの笑い声と暴言が響く。
それに対し当のアロンは、ただ立ち尽くしているようにしか見えなかった。
「おい、鎧野郎。ビビってるならさっさと帰れ。」
「知っているぜ? てめぇはボッチギルドで、どこからかくすねた素材で細々と更新しているだけだってな。」
「マジかコイツ。テメェの所為で帝都本部の質が下がるじゃねぇか!」
「どう、落とし前つけるんだ、鎧野郎!」
矢継ぎ早に、怒声がアロンに浴びせさせられる。
これが、普通の “F” ランクの冒険者なら股間を濡らせ、涙ながら這いずるように逃げるのだろう。
彼らは、セイルと同じ “D” ランク。
低ランク冒険者など、敵うはずもない。
そう、普通なら。
彼らの目の前に居る男は、普通でない。
「黙れ。」
たった一言。
アロンが静かに、だが恐ろしく低い声で呟いたのと、同時。
「ひ、ひぃ!!!」
一斉に、男たちは後ろに倒れるように尻餅をついた。
暴言を浴びさせていた目の前の鎧男から発する、今まで感じたことのない怒気に触れて足腰の力が一気に抜けてしまった。
その様子を見て、アロンは発動させた “ドラゴニックオーラ” を鎮めた。
突然、身体が自由になる男たち。
その様子から、数人は “コイツはやばい”、“相手にしない方が良い” と判断した、が。
この中で一番強い、ある意味ボスであったスキンヘッド男は顔を真っ赤にして怒り狂う。
「てめぇ! 今、何をしたぁ!!」
勢いよく立ち上がり、叫ぶ。
大層な鎧兜を纏うだけでも気に入らない上に、自分よりも遥かにちっぽけで、ランクも下の男に舐められて黙っているなど、彼には出来なかった。
だが、アロンは平然と後ろを振り向き、カウンター越しに受付嬢へ告げる。
「すみません、ここに長居するつもりは無いので、早く手続きを進めていただいてもよろしいでしょうか?」
アロンの言葉にポカンとする受付嬢。
しかし、すぐさま顔が恐怖に歪む。
「あ、危ないっ!」
思わず叫んでしまった。
アロンが後ろを振り向いたのと同時に、怒りに顔を歪めたスキンヘッドの男が拳を作り、アロンの顔面目掛けて殴り掛かってきたのだ。
男は、武闘士。
それこそ、素手で相手の鎧ごと潰す程の力量を持っている。
下手したら、アロンの仮面が潰れるだけでなく、その勢いで首の骨ごと砕かれてしまうだろう。
思わず叫んだ受付嬢の目には、頭と首を粉砕されるアロンのイメージが浮かんだのだろう。
だが、その男の拳が、アロンの仮面の頬部分に当たる、寸前。
『バンッ』
乾いた音と同時に、アロンの頬スレスレで男の拳が止まった。
その光景に、受付嬢も、男も、後ろに佇む男の仲間たちも目を見開いて驚愕する。
アロンの隣に居るセイルも、驚きのあまり口を大きく開くのであった。
男の手首を掴み、拳を止めた者。
それは、ファナだった。
「私の夫に、何をするんですか!」
怒り心頭。
顔を真っ赤にして怒鳴るファナ。
「な、なんだ、この小娘ぇ!!」
腕を掴まれ拳を止められたスキンヘッドの男も顔を真っ赤にして怒鳴る。
まさか、こんな華奢な娘に武闘士たる自分の自慢の一撃を軽々と止められるなど、誰が予測するのだろうか。
折れかかるプライド。
あり得ない光景に、頭に血が昇る。
男は、反対の手で拳を作り、有ろうことかファナの顔面目掛けて殴り掛かった。
『ボギャッ』
――実際には、殴り掛かろうとしたのだろう。
それが、寸前で止められたわけではない。
ただ、腕を振り上げただけだ。
「え……?」
青褪めて、スキンヘッドの男は自身の左腕を見る。
大木の如く太い腕は掴まれ、掴まれた上腕筋が骨ごと潰れ、潰れた先の腕がブランと垂れ下がっていた。
腕を掴み、潰したのはアロン。
「ひ、ひぎゃああああああああっ!!」
スキンヘッドの男の絶叫が響く。
ドズン、と音を立てて膝から崩れ落ち、潰れた腕を押さえてもだえ苦しむ。
アロンは、その男に容赦しない。
頭を掴み、自分よりも一回りほど大きなその男を、片手で持ち上げたのだ。
「はぎゃああ!! 痛ぇっ、痛ぇよぉ!!」
顔を歪め泣き叫ぶ男を一瞥し、アロンは告げる。
「ボクの妻に手を上げようとした罰だ。……それに、黙れ、と言ったよね?」
アロンの言葉、そして溢れる怒りに触れ、男はガクガクと震える。
腕を潰された痛みよりも、自分より遥かに背の低い鎧野郎と蔑んだ相手を前に、恐怖が勝る。
「手続きの邪魔だ。消えろ。」
そう言い、アロンはまるで投げ捨てるかのように男を放る。
2mはある体躯の男が棒切れのように吹き飛び、冒険者連合体の入口のドアに激突するのであった。
バキバキ、と音を立てて壊れるドア。
その一部始終、その場に居た者たちは唖然として眺めるだけであった。
「ひ、ひぃぃぃいっ!」
「ばばば、化け物ぉ!!」
取り巻きの男たちは叫びながら、中には恐怖のあまり尿を漏らしながら、その場を這うように逃げ出す。
壊れたドアの下で伸びるスキンヘッドの男を回収し、大慌てで施設の外へと飛び出していくのであった。
「ふぅ。ファナ、大丈夫だった?」
アロンはまず、ファナを見る。
怖かったみたいで、少しカクカクと震えているのであった。
そんなファナに寄り添い、アロンは優しく告げる。
「ボクを守ってくれて、ありがとう。」
その言葉にホッとしたのか。
ファナは微笑み、うん、と紡ぐ。
「アロンこそありがとう。私を守ってくれて。」
落ち着いたファナから身体を離し、次にアロンはララを見る。
「ララもありがとう。でも、そんな物騒な物は仕舞おうか。」
「あはは。兄さんとファナちゃんなら大丈夫だと思っていたけど、まぁ、念のためにってね。」
笑いながら答えるララ。
手に持っていた丸い球を消した。
その消えた球体を見て、セイルは思わず呟く。
「それ、まさか。……スタンボム?」
「ん? な、なんの事ですか?」
アハハ、と笑って誤魔化すララ。
(……あり得ない。)
今、目の前で繰り広げられた事に理解が追い付かないセイルであった。
まず、屈強な武闘士にして鍛え抜かれた体躯を持つスキンヘッドの一撃を、軽く腕を掴んで止めたファナの人外な動き。
そんな芸当、この世界の人間に出来るわけがない。
そして次に、アロンの腕力。
あの大木のような鍛え抜かれた腕を掴んで止めただけでなく、握りつぶした。
つまり、アロンもファナも、それを可能とする異常なSTRを保持しているということになる。
最後に、先ほど出会ったばかりのアロンの妹ララ。
異常性で言えば、彼女が一番おかしい。
手にしていたのは、クリエイトスキルアイテムの一つ、“スタンボム” で間違いなさそうだった。
薬士系は、SPを消費してその場で効果を発揮させる、クリエイトアイテムスキルという能力が備わっている。
その効果により、味方の回復や特殊効果を与えたり、敵にダメージだけでなく妨害効果を与えたりする。
問題は、発動させたスキルだ。
“スタンボム”
それは基本職にしかなれないイシュバーンの民では、不可能の領域。
何故なら、薬士系上位職 “狩罠師”のスキルだ。
即ち、アロンの妹ララも “超越者” という事だ。
加えて、スキンヘッドの男の暴力を軽く止めたファナもだ。
彼女は適正職業は “僧侶” だと名乗っていた。
しかし、回復要員である者が、腕力で鍛え抜かれた、それこそ冒険者ランクDに該当する武闘士の一撃を止めるなど、不可能。
そして、僧侶系でそれを可能とするのは、一つしか心当たりがない。
「……“武僧”」
セイルの呟きに、アロン達3人がビクッと身体を震わした。
その時。
『リンゴーン……リンゴーン……。』
冒険者連合体の受付終了を告げる、鐘。
ああ! と叫び、アロンはすぐさま受付カウンターに飛びつく。
「す、すみません! 時間が過ぎてしまいましたが、どうか受け付けていただけないでしょうか!」
先ほどまで、悍ましい程の気迫と実力を見せつけた全身鎧男とは思えないほどの、焦り。
余りのギャップに、受付嬢も、先輩受付嬢も、ただポカンとするだけだった。
「あ、はい。時間は過ぎましたが、受け付けたのは時間内だったので……大丈夫です。」
未だ呆然とする受付嬢の代わりに、先輩が答えた。
彼女は、カウンターに差し出されたファナ達3人の冒険者ライセンスを装置に通し、ギルド “アロン” への加盟手続きを行う。
「あ、後はアロンさん。ギルド認定証の提示をお願いします。」
「はい!」
先ほど仕舞ったばかりのギルド認定証を、大慌てで取り出すアロン。
その姿にファナはクスリと笑い、ララは「兄さん、何やってんのよ」と呆れ顔だ。
ただ、その様子にセイルもポカンと眺めるしか出来なかった。
「はい。確かに。これでアロンさんのギルド、“アロン” にはライセンスFのファナさんとララさん、そしてライセンスDのセイルさんのお三方が加盟となりました。ギルド評価は最低のFですが、依頼をこなすことですぐ上がりますので、積極的にお願いします。」
アロンにギルド認定証を返しながら、先輩受付嬢はにこやかに告げた。
「はい。微力ながら、頑張りたいと思います。」
散々焦ってしまったアロンは、顔を真っ赤にしながら頷くが、尤も鉄仮面で表情は悟られない。
“この装備には助けられるな……”
と心の底から安堵するアロンであった。
「さて、色々ありましたが帰りますか。」
深い溜息を吐き出し、アロンは3人に告げた。
「私、お腹空いた! ねぇ、せっかくだから帝都で美味しいゴハン食べていかない!?」
能天気なララが笑顔で提案する。
呆れるアロンだが。
「うん、賛成! ねぇセイルさん、美味しいお店ご存知ですか!? ぜひ案内して欲しいな。」
嬉しそうに、ファナが賛同した。
ファナはセイルの手を取り、セイルに尋ねた。
思わずたじろくが、
「え、ええ! この近くに美味しいピザ屋があるので、そちらに行きましょう!」
笑顔で了承した。
だが、“ピザ” という言葉に聞き覚えの無い3人。
「セイルさん、ピザってどういう料理ですか?」
キョトンとする、ファナ。
ああー、とセイルは声を漏らし、答えようとするが……。
「それは、行ってからのお楽しみ!」
「「ええー!」」
ファナとララの非難めいた声を、笑顔で躱す。
むしろ、黙っていた方が良いと思うセイル。
――その料理は、転生者がこの世界に広めたから。
「まぁいいか。セイルさん、お願いします。」
アロンもにこやかに了承した。
4人は施設から出ようとする、が。
「あ、そうだ。」
アロンは何を思ったのか、未だ呆然とする受付嬢の元へ足を運び、バッグから小袋を取り出してカウンターに置いた。
「受付のお姉さん。これは壊してしまったドアの弁償代です。たぶん足りると思いますので、残った分は、貴女とそちらのお姉さんにご迷惑をお掛けしたお詫びとして、受け取ってください。」
「え、あ、はい。」
ようやく惚けていた気持ちを奮い立たせ、アロンが置いた袋を手に取る。
ズシリ、と重い。
ギョッとして、恐る恐るその中身を開く。
すると。
「こ、こ、こんなに!?」
中には、1万Rする銀貨がたっぷりと入っていた。
凡そだが、これだけで40万Rはあるだろう。
壊れたドアは直しても、10万Rもあればお釣りが出るだろう。
つまり、このお金の大半を受付嬢たちへのチップとするという意味だ。
「足りないことは無いと思いますが、それで勘弁してください。」
それだけ告げ、アロンはファナ達女性3人を引き連れるように、冒険者連合体帝都本部の外へと向かう。
その様子を、酒場で縮こまりながら恐る恐る見守る、他の冒険者たちであった。
◇
「ねぇ、先輩。」
冒険者連合体帝都本部の、受付嬢更衣室。
ほんの少し残業となってしまい、2人だけとなった受付嬢と、彼女の先輩。
受付嬢は、顔を俯かせながら先輩に声を掛けた。
「ん、どうしたの?」
「私、あんな凄い人に酷い事しか言ってなかった。」
それは、アロンに対してだ。
ああ、と頷く先輩の女性。
「見た目は立派だけど、中身は朴念仁だ、って散々馬鹿にしていたよね、アンタは。」
「う……。でも、見た目以上に、凄い人だったって今日知りました!」
顔をあげて告げる受付嬢。
その頬は、何やら赤みを帯びていた。
「それに……あんな可愛い人が奥さんで、将来絶対美人間違いなしの妹が居て。それに、凄く強い人。きっと、凄いイケメンなんだろうな。」
未だ見ぬ、アロンの素顔。
その仮面の下は、噂の第一皇太子ジークノートに勝るとも劣らない、絶世の美男子であろうと勝手に想像するのであった。
「……まさか、惚れたの?」
「ち、違います!! ただ、今度来てくれた時は……態度を改め、謝ろうと思います。」
否定したが、胸のトキメキは言い訳ができない。
“早く、次の更新に来てくれないかな”
アロンに対して、大きな変化が生じた受付嬢だった。
◇
「さて、どういう事か全部説明してもらいますからね。私はもう、ギルドの仲間なのです! 隠し事は一切、ダメですからね!」
一方その頃。
セイルに連れてこられた、彼女曰くピザ屋。
良く訪れているみたいで、到着するや否や、二階の個室へと案内された。
案内され、一息つく間も無く声を張り上げるセイルであった。
「えっと。隠し事、とは?」
仮面を外し、焦りながら首を傾げるアロン。
その様子に、苛立ちが強くなるセイルであった。
「この期に及んでしらばっくれるのですか? まず、貴方たちのその装備! そして、ファナさんとララさんのその実力! ぜーんぶ、話してください!」
興奮し、鼻息が荒い。
せっかくの黒髪美人が台無しである。
「わ、分かりました。……ただ。」
アロンの全身から、放たれる悍ましい気配。
思わず息を飲みこみ、全身から脂汗がにじみ出るセイルであった。
「もちろん内緒ですよ? 仲間なのですから。」
「わ、わ、分かっています……。」
こうして、“癒しの黒天使” こと超越者セイルが、アロン達の仲間に加わった。
しかし、この時点で彼女はまだ気付いていない。
――気付いてはいるが、今、目の前の疑問をぶつけることに集中してしまっていたのだった。
明日、波乱が訪れる。
その原因の一部は自分自身である事に、セイルは目を逸らす。
だが、それが彼女にとっての、最善。
少なくとも、このイシュバーンに転生を決めた一つの理由であった【暴虐のアロン】に出会い、憧れた彼のギルドに加えて貰えたという事実に、浮かれながらも、気を引き締めるセイルであった。
夕暮れと共に、今日が終わる。
そして明日。
ラープス村に波乱が訪れるのだった。
【お知らせ】
いつも御覧いただきありがとうございます。
明日(9/12)よりプライベートで遠方へ行く予定があります。
一応、現地で執筆するためPCは持っていきますが、更新はままならないと思います。
次回更新は、9月14日(土)を予定しています。
来週は不定期になりますが、なるべく3話は更新したいと考えております。
再来週からは、月・水・金曜日更新を予定とさせていただきます。
まだまだ先の長いストーリーですが、お付き合いいただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。