4-15 悪戯と算段
「予想していたとは言え……正直、そこまで酷いとは思いませんでしたね。」
ラープス村の集会場。
視察団の財務調査も2日目後半となり、ほぼ終わりが見えてきた矢先。
作業を行う財務官に断ってから別室でセイルからの告白を聞かされ、怒りで身体が震えるアケラであった。
「本当に腐ってやがるな、帝都の奴等は。」
同席したリーズルも吐き捨てるように呟いた。
その言葉に、セイルは顔を俯かせる。
だが、そのセイルを庇うように、ファナが口を開く。
「帝都の皆さんが全て悪いわけじゃないよ。アロンを狙う超越者の人たちが、全部おかしくしている。」
「奥様のおっしゃる通りだね。元は “魔戦将” ノーザン将軍と、蒼天団のカイエン団長の二人だ。……いや、アロン様が会った皇太子殿下も絡んでいると見てもいいな。」
ファナの言葉に、アケラのサポートとして財務調査に立ち会っていたオズロンが同意する。
そのオズロンの言葉に、ガレットもうんうんと豪快に頷くのであった。
俯きながら、セイルは続ける。
「はい。ジークノートさんも、どうにかアロンさんを引き入れよう考えていますが、ノーザン将軍やカイエン団長のような強硬策はあまり良しとはしておりません。ただ……。」
「ただ?」
「クラスメイトで同じ転生者のジンさん、そしてこの村出身のメルティさんは、かなり過激な発言がありました。その、ノーザン将軍やカイエン団長が画策した視察団での交渉よりも、もっと、強硬に出るべきだと言っていました。」
ジークノートがアロン勧誘に失敗した翌日。
メルティ抜きでアロンに会ったことを謝りつつ、さらにアロンの情報を聞き出したジークノート達。
“世界から戦争を無くそう”
その提案をアロンが断ったという事実だけを切り取って告げられたメルティは、それこそ怒りが爆発した。
“そうでは無い” と、アロンが告げていた真意をセイル、そして公爵令嬢レオナが説明しようとしたが、メルティは聞く耳持たず、怒り心頭のジークノートやジンにアロンの弱点を嬉々として語った。
それが、ファナというNPCの存在。
この婚約者だけでなく、ファントム・イシュバーン時代にアロンが拠点としていたラープス村に何か強い思いれがあるため、仲良いクラスメイトや村人も、アロンにとって弱点になり得ることを告げたのだ。
その情報が、ジークノートから【暴虐のアロン】獲得責任者となった、将軍ノーザンへと伝わったのだった。
自身の婚約者でもあるレオナが居る手前、そして後々アロンの怒りを無駄に買わないため、さすがにファナの存在だけは伏せたが、結果的にノーザンとカイエンは、村を丸ごと人質に取るような方法を用いてまで、アロンを獲得しようと画策したのであった。
「じゃあ、これで師匠が帝都へ行かねば、次はこの村だけじゃなく、奥様も狙われるってことか。」
リーズルの言葉に、セイルは顔を真っ白にして頷く。
「特に、ジンさんとメルティさんは、最初からファナさんを攫ってしまえとまで言っていました。さすがにレオナさんに酷く叱られていましたが……。アロンさんを獲得するだけでなく、言う事を聞かせるためにも必要なことだ、と言って聞きませんでした。」
「本当に、腐ってやがるな。」
さらに悪態をつくリーズル。
だが、すぐにニヘラと半笑いの表情となった。
「馬鹿だよなー。」
「そうだね。」
「ああ。」
リーズルに、オズロン。
そしてガレットまでもが薄く笑いながらファナを見る。
「え。ちょっと……どういう意味?」
「あ、や、いえ! その……。」
「オレ達よりもずっと強い奥様を奪おうなんて、メルティ達も馬鹿だよなーって話だよ。」
ギロリと睨むファナに、焦りながら言い淀むリーズルだったが、まるで空気を読めない脳みそ筋肉なガレットが笑いながら真意を告げてしまった。
「ば、ばかっ!」
「お前っ!」
慌ててガレットの口を塞ぐリーズルとオズロンだったが、すでに遅し。
「へえ~~?」と口元だけ笑うファナ。
こめかみに青筋が立ち、右手で拳を作っている。
「ひぃ!」
おびえる3人に、はぁ、と溜息を一つ吐き出しアロンはファナの拳に優しく手を乗せた。
「待ったファナ。それで殴ったらさすがのガレットも再起不能になる。」
「あはは。やだ、アロン。冗談に決まっているじゃない♪」
顔を赤らめてアロンを眺め、拳を解く。
しかし、その直後に怯える3人をジト目で睨み、さらに縮こませるファナだった。
そのやり取りに、ポカンと口を開くセイル。
「え……? ファナさん、そんなにお強いのですか?」
セイルの見立てでは、目の前で怯えるリーズル達3人の方が、超越者であるセイルよりも戦闘力は高いと予想していた。
尤も、それなりに強い攻撃スキルはあるとは言え僧侶系であるため戦闘は苦手だ。
現在、上位職 “司祭”
もう一つの上位職 “祈祷師” はジョブマスターとなっているが、残る一つの “武僧” は手付かずの状態でイシュバーンに転生してきた。
“司祭” と “祈祷師” の両方をジョブマスターにしてからの “武僧” は、ファントム・イシュバーン上位職の中で最強と呼び名が高い。
もし “武僧” なら、この3人にも負けなかっただろうが、そこに辿り着く前に転生してしまったのだ。
しかし、あの美味しいパンを焼きあげた女性。
アロンの妻である、ファナが3人よりも、強い?
「その、ファナさんの適正職業は何でしょうか?」
「私? 私は “僧侶” です。」
さらに「えっ?」と呟いてしまうセイルであった。
イシュバーンで冒険者としても活動するセイルにとって、後方支援の代名詞でもある僧侶が、他の職業よりも強くなれるなど、想像できない。
実は、ファナは “武僧” だ。
だが、本来イシュバーンの者は “転職は出来ない” ことが常識であるため、人前などでは最初に授かった僧侶と答えるよう心掛けているのであった。
「ま、ファナの強さ云々は置いておいて。奴等がファナを奪うなんて真似は、このボクが絶対にさせない。ファナは、絶対に守る。」
真っ直ぐ平然と告げるアロンの言葉に、真っ赤に染まった顔を両手で覆いながら俯くファナ。
その様子に、先ほどの失言の反省はどこへやら。
ニヤニヤ笑うリーズル達だった。
「……それに、ファナを奪おうだなんて。いい覚悟だよね?」
だが、同時に底冷えするようなアロンの笑み。
ファナを除いて、その場に居た全員は固まってしまうのであった。
「さて、セイルさんの告白を元に、正式に視察団へ抗議をします。もちろん、ただ抗議するだけでなく、帝都の司法庁にも提訴しますわ。」
そう言い、アケラはセイルを見る。
すでに覚悟が決まったセイルは、こくりと頷く。
「“私が密告した” とも載せてください。団長……いえ、カイエンは私が裏切ったと思うでしょうが、蒼天団は抜けますし、何より、これでも帝国ではそれなりに名の通った冒険者でもあります。カイエンだけでなく、ノーザン将軍も困るでしょうね。」
「しかし……それだと、帝都での貴女の立場が悪くなのでは? 貴女はまだ高等教育学院の在学生でもあり、帝都には貴女の家族もいます。」
アケラの懸念。
“超越者が誕生した時、帝都へ住まわせる” という政策の本質は、裏切り防止だ。
一等地の住宅に、毎月多額の給金。
家族全員で移住させ、豪華な暮らしを保障する。
その見返りが、帝国への忠誠だ。
別世界からの転生者である超越者は、不死。
本人を “殺す” と脅しても、何の意味も持たない。
だからこそ、超越者の抑止力として家族の命と暮らしを握ることとしたのだ。
――尤も、帝都の良い暮らしは超越者本人にとっても捨て難い、離れ難い甘い汁であるため、易々と裏切る事はない。
では、セイルはどうなるか。
ニコリと笑い「大丈夫です」と告げる。
「私は、蒼天団の方針についていけなくなっただけです。戦争で傷付いた人々を治療するのは、ギルドの垣根を超えた有志団でも行えます。……さすがに戦場に立つことは出来なくなりますが、まぁ、それは学業に専念するという事で。」
「カイエンを裏切るということは、ノーザン将軍をも裏切るという事ですよ?」
「それも大丈夫でしょう。すでに事を起こしてしまった後になりますし、私や私の家族への報復は、何の足しにもならないのでは。むしろ、アロンさん獲得失敗に私の離脱なんて、カイエン自身が罰せられるのではないでしょうか?」
セイルの読みは正しい。
今回、カイエンは将軍ノーザンの名代としてラープス村に訪れているのだ。
その立場に、ノーザンがお膳立てした様々な策略。
失敗は許されない交渉であったのだ。
それがアロン獲得ならずだけでなく、帝国軍でも有力なヒーラーであるセイルのギルド離脱まで波及したとなると、もはや失態どころではなくなる。
カイエン自身はまだ気付いていないが、“アケラの抗議”、そして “セイルの離脱” によって、カイエンは相当立場を悪くする。
加えて。
「先生、あとは作戦通り、ボクからも手紙を出します。」
「……本当に、やるのですね?」
アケラだけでなく、リーズル達の顔色も悪い。
「作戦、ですか?」
「ええ。これです。」
首を傾げるセイルに、アロンはすでに書きしたためた一通の手紙を差し出した。
丁寧に開き、内容を読むセイル。
「……ええっ!?」
そこに書かれていたのは、敵国である聖国か覇国への亡命を仄めかすものだった。
「ほ、本気ですか!?」
ファントム・イシュバーンでも、国家陣営の鞍替えは相当の覚悟の居る行為だ。
“陣営報酬” の制限だけでなく、“スパイシステム” と呼ばれる、陣営鞍替えに見せかけたスパイ行動も取れるため、陣営を鞍替えしたプレイヤーに対する当たりは冷たかったりする。
それが、この現実のイシュバーンではどうか。
転生者であるセイルは、まだはっきりと理解している訳ではないが、この世界に住む者にとって “最大のタブー” とされている行為だ。
だが、現実にそういう者が居ないのかというと、そうではない。
住む場所が無能な領主によって荒らされた時。
領土を敵対国に奪われた時。
さらには、間者によって、より良い暮らしや地位を約束されてゲームのように陣営を鞍替えする超越者など。
様々な理由で、敵対国に移り住む者、逆に敵対国から移り住んでくる者も確かに存在する。
尤も、どの国もそれは法で禁止している。
“国境跨ぎ” と呼ばれる、この行為。
移住者や間者だけでなく、密輸で稼ぐ商人などもいる。
これらは全て取り締まりの対象となるのだ。
アロンから渡された手紙を持つ手が震える。
ただでさえ大事となる国境跨ぎを【暴虐のアロン】が行うとなると、その影響は計り知れない。
“聖国・覇国の両陣営に絶望を叩きつけてきた最強プレイヤーが、帝国を離れる”
即ち、その “絶望” を今度は帝国が味わう事になるからだ。
震えるセイルを見て、アロンは満足そうに頷く。
まるで、“自分の考えが正しい” かのようだ。
「まさか。冗談ですよ。」
そして、手紙にある国境跨ぎを否定した。
唖然とする、セイル。
「え、じゃあ、これはどうして?」
「意趣返し、とでも言っておきますか。もし帝国陣営が乱暴かつ強引な真似をするなら、こちらも考えがある、という意思表示です。」
しかし、セイルは納得が出来ない。
アロンに手紙を返し、正直に伝える。
「アロンさん……さすがにこの手紙を出した後に、冗談でした、では済まないと思いますよ?」
「そうですね。その手紙がジークノート殿下やノーザン将軍の手に渡れば多少は面倒事になりそうだけど、渡すのは視察団……カイエンだから。」
益々意味の分からないセイル。
「どういう事です?」
「……まぁ、結果は明日のお楽しみってところで。」
アロンは、セイルには全てを伝えるつもりは無い。
何故なら、セイルはまだ視察団の人間だからだ。
「さて、私は抗議文を作り始めます。悪いけどオズロンさんは財務調査の方の対応、ガレットさんは視察団の監視を引き続きお願いします。」
「はい。」
「任せてくれ、先生!」
オズロンは、返事はしたものの少し気怠そうに、ガレットは心惹かれるアケラからの頼み事であるためやる気満々で答え、二人は財務調査が進む広間へと向かった。
「リーズルさんは、護衛隊から数人一緒に、居住地周辺の警戒に当たってください。」
「ん? ……ああ、人質にされるかもしれないって奴ね。了解っす、先生。」
リーズルは立ち上がり、ふとセイルと顔を合わせてウィンクをする。
思わず「ひぇっ!」と顔を赤らめて声を出してしまうセイルであった。
(((相変わらずのタラシだなぁ……。)))
呆れるアロンとファナ、そしてアケラだった。
「さて、私も行動を開始しますか。」
一瞬リーズルにときめいたセイルは頭を横に振って、立ち上がった。
キョトンとして、ファナが尋ねる。
「行動? このあとどうするのですか?」
「団長……いえ、カイエンに脱退を申し出ます。」
「待った。」
問いに答えたセイルに手を伸ばして制するアロン。
「今、それをすると下手したら貴女は軟禁される。それに、貴女が突然脱退を申し出ることで、セイルさんがアケラ先生や村の人たちに、昨日の交渉の話をしたのだろうと予想され、対策を打たれてしまうかもしれない。」
う、と言葉を詰まらせるセイル。
カイエンの性格なら、あり得る話だからだ。
“対策を打たれる” というのも、転生する前と後と長い年月を生きているカイエンは頭もそれなりに切れるため、確かに迂闊な事は出来ない。
「ちなみに、カイエンに脱退を申し出るというのは、すぐにでもギルドを抜けるという意味ですよね?」
「ええ、そうです……。」
「それなら、蒼天団が登録されている冒険者連合体の帝都本部へ行きましょう。」
笑顔で告げるアロンに、セイルは「ああ」と答えた。
「確かに、脱退は別にギルマスに告げなくても、冒険者連合体へ脱退の意志を表明すれば手続きが取れますよね。それなら、早速荷物をまとめて今日にでも帝都へ向かおうと思います。……あ、でも。そのためにもカイエンに許可を貰わなければなりません。」
顔を暗くするセイル。
セイルは、視察団のメンバーだ。
ギルドの脱退はともかくとして、将軍命でラープス村に訪れた視察団の一員である以上、団長たるカイエンの許可が無ければ勝手な行動は出来ない。
下手をしたら、セイル自身にペナルティが科せられてしまうからだ。
「いや、その必要もありません。」
しかし、アロンは首を横に振って告げる。
「今日行って、今日帰ってくれば良いのですよ。」
その言葉に、全く意味が分からないセイル。
そのままアロンはファナを見る。
「ファナ、これからセイルさんと帝都の冒険者連合体へ向かうけど、良い機会だからファナも着いてくるかい?」
一瞬、キョトンとしたファナだが、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「うん! 行く行く!」
「そうと決まれば早速準備だ。例の装備に着替えたら、出発だ。」
「はい!」
ファナはアケラに「失礼します!」と告げて、集会場を出る。
その様子に、未だ何の事がさっぱり理解出来ず、ポカンとするセイル。
「えっと、どうするのです? 私とアロンさん、ファナさんの3人で帝都へ向かうということですか?」
「そうですよ?」
「そ、それにはカイエンの許可を……。」
焦るセイルだが、アロンは手を振って「すみません」と謝った。
「説明不足でしたね。今日行って今日帰ってくるというのは、冗談でも何でもありません。ボクのスキルを使えば、一瞬で帝都まで行けます。」
その言葉に、セイルは「あっ!」と声を張り上げた。
「まさか、アロンさんは……。」
「ええ。使えます。“ディメンション・ムーブ” を。」
未だポカンとするセイル。
アロンは悪戯が成功したように笑いながら、紡ぐ。
「さぁ、一緒にカイエンを懲らしめましょう。」
こうして、カイエンが “アロン獲得は確実だ” と油断している最中、着々と出し抜く算段が積み上がっていくのであった。
そしてアロンが見据える先は、また別にあった。
(さて、どうでる? ノーザン。そして、ジークノート。)
御使いからの天命。
“選別” と “殲滅” のため。
運命は、動き出すのであった。